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シナリオ詳細

松尾霞風という男

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 不意に老人の生首が舞った。
 何故無体なことをと悲鳴を上げた、しかし疑問を差し挟む蛮勇を持ったひとりの村人に対し、刀でも鎌でもなく丸太のごとき太い腕にて老人の首を叩き切った大男はぎろりと睨めつけてみせる。そしてその場の者たちを見回して、心底不思議そうに問う。
「おいを用心棒ば雇いよったんは、わいらじゃっど。村を守っためなら何でんすっち言ったんは嘘じゃったんか」

 ゼシュテル鉄帝国の寒村に過ぎないこの村を松尾霞風というサムライが通りかかったのは、強者を探す旅の途中、ほんの偶然の出来事に過ぎなかった。しかし、それはちょうど村が野盗団に狙われていた折のこと。霞風は道端に現れた大羆を素手で絞め殺していたところを村人たちの目に留まり、用心棒として野盗団から村を守ってくれるよう懇願されたのだ。
 霞風はローレットに囚われずに動く旅人ながら、武芸の求道者たちより成る『鬼閃党』と呼ばれる一党に加わりまでして強者を探す身である。こうして荒野をやって来たのも、無論、鉄帝が強さを尊ぶ国であると承知した上のこと。
 ならば、野盗とて腕が立つだろう……提示された謝礼は雀の涙だが、霞風は二つ返事で頷いてみせた。強者を片っ端から潰せるのだとしたら、強者の肉体を壊す感触に魅入られた霞風を、さぞかし満足させてくれるに違いあるまい。
 ……が。
 野盗どもは霞風の暴れっぷりを目の当たりにした途端、彼との戦いを選ぶどころか、賢明にもとっとと尻尾を巻いて逃げ出してしまった。
 とんだ肩透かしもあったものだ。しかし、にもかかわらず村にはいまだ、野盗たちへの恐怖と霞風への期待が残る……どうやら、盗賊どもはいまだ村を諦めてはおらぬらしい。野盗の頭目は去り際に、「大首領様の軍勢がお前らを滅ぼしてやる」と吐き捨てたではないか。次は、これまで以上の盗賊どもの集団が現れるであろう。ならば、今しばらくこの村に逗留してやろう。彼らと霞風、少なくともどちらかが滅ぶまで――。

 ――そして冒頭に戻る。
「盗っ人どもが風呂敷ば広げちょるんでもなかれば、次は三倍、四倍で襲うてくっと。おいとて勝つっ保障はなか」
 いかに幼少期より喧嘩に明け暮れていた“壊し屋”といえども、自らの腕っ節に自惚れてはいなかった。上には上がいることを知っている……ゆえに、村の長老の首を取る。霞風は、この世界の法則“RPG”を理解していた――すなわち、戦えば戦うほど人は強者となることを。自分が次のレベルに至るには、あと僅かな経験値を得るのみであることを。哀れな老人を殺して得る経験値など碌なものではないが、それでもこの難易度VERYEASYの悪属性クエストを果たせば、これまでの戦いの成果がひとつの節目を迎えることを。
 つまり、少しでも野盗どもに抗う力がつく。老い先短い命ひとつで、村が助かる確率が上がる――はて? 遺された者たちは、それを長老自身が願わなかったとでも言うのだろうか?

 折りしも同じ野盗団を討伐するために、近くの領主も依頼を出していた。それを受けた君たちローレットの特異運命座標も、ちょうど村まで辿り着く頃だ。霞風と力を合わせたならば、いかな大首領様とやらの軍勢相手でも、村を守るという目的は叶うであろう。
 その上で……はて? はたしてこの霞風という男、この場で仕留めずとも良いものだろうか?
 確かに霞風は他者を傷つけることに快楽を感じる男だが、決して快楽のみのために行なうことはない。その点では霞風は悪ではないやも知れぬ。
 一方、薩摩兵児の論理と合理性の下で必要を感じさえすれば、彼は他者の命など露も顧みぬ。唾棄すべき巨悪を倒す手で、罪なき人々をも縊る。
 だとすれば、いつか彼の力が必要になる時のために見逃すも、その時までに生まれるだろう多数の犠牲のため討つも、どちらも正しい選択であると言えよう。
 では、どちらの正道を選ぶのか?

 それはちょうど今彼との邂逅を果たさんとする、君たちたちだけに決められることだ。

GMコメント

 リプレイは、皆様が数十人ほどの野盗たちの集団が村を囲んだところに到着した辺りから始まります。
 村にも多少の柵などはあり、唯一の出入り口の前で霞風が仁王立ちしてはいますが……野盗たちは蒸気バイクと蒸気バギーを駆り、柵や霞風ごと村を蹂躙してやろうと目論んでいるようです。
 皆様の成功条件は、『村の被害を村の存続が可能な範囲に抑えつつ野盗団を壊滅させること』です。その上で、霞風にどのように対応するかをお決めください。以下に3種類の対応例を挙げますが、必ずしもこれらの中から選ばなくてはならないわけではありません(部分的に組み合わせたり、全く別の方法を考えたりしても構いません)。

●対応例
(1)霞風と共闘し、見逃す
 霞風と手分けして野盗を蹴散らします。大首領や幹部たちを霞風に譲れば、恩を売ることになった上に強敵も任せられるでしょう。
 どれくらい霞風に強敵を譲るか次第ですが、難易度は最も低く抑えられます。

(2)共闘の後、霞風を討伐する
 戦闘終了までは(1)と同じですが、その後霞風を殺害します。霞風と戦う余力は残さねばなりませんが、かと言って強敵を彼に押しつけすぎて彼我の消耗に差が出ていると、いかに強者との戦いを好む霞風とはいえ決闘には応じてくれません(もちろん、一方的に襲うことはできます……卑怯なので鉄帝における悪名も得てしまいますが)。

(3)霞風を見殺しにする
 野盗たちは手痛い敗北の原因である霞風を目の敵にしており、村での略奪以上に彼との対決を重視しています。霞風が数の暴力の前に敗れた後、霞風の抵抗により痛手を負った野盗団を一網打尽にするのは簡単なことでしょう。
 戦闘難易度だけで言えば(1)よりも低くなりますが、霞風と戦っていない野盗たちは村を襲いますし、霞風を倒した後は全員が意気揚々と村に雪崩れ込みます。タイミング等の調整がシビアです。

●松尾・霞風
 江戸時代後期より召喚された薩摩藩士で、我流の無手格闘術の使い手です。強者を自らの怪力で破壊することを快感とする人物で、強者との戦いを望んで止みません……もしもその途中で自分が命を落とすならそれまでと考えています。
 命が極めて軽い価値観の持ち主で、他者も当然同じ死生観に従うものと考えている危険な人物です。本人はそれこそ道理だと信じており、悪意のつもりはないのがさらに厄介です。

●野盗たち
 世紀末モヒカン野郎ども×たくさん。
 どこかの遺跡を根城にしているようで、幹部連中は遺跡から発掘された蒸気バイクや蒸気バギーに搭乗しています……まああんまり乗りこなせてないんですが。でも、機動力と防御力、あと突っ込んでくる時の突破力はそこそこ洒落にならない模様です。
 徒歩の三下モヒカンたちは基本的に雑魚揃い。村を守るためには対処が必須ですが、対処自体は容易でしょう。

  • 松尾霞風という男完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月29日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
源 頼々(p3p008328)
虚刃流開祖
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐

リプレイ

●雪と蒸気
 雪明かりが朧げに照らし出す自らの輪郭を、襲撃者らは隠そうとしてもいなかった。それどころか高らかに乗物のエンジン音を吹かせ、これでもかと自らの存在を誇示してみせる。
 対するは――僅かひとり。いまだ袖に返り血の跡を残した丈夫はあたかも野盗どもの威嚇が空威張りに過ぎぬと言わんばかりに嗤い、寒風の中、素足に草履という出で立ちで雪を蹴る。この場で恐らく誰よりも強いであろう男はしかし、多勢に無勢を覆せるほどの圧倒的な力までは持たぬであろうけど。
 だとすれば、『折れた忠剣』微睡 雷華(p3p009303)にとって松尾霞風なる人物は、不本意ながら「悪事を働いた」とまでは言い切れぬままだろう。
(ん……たまに見かける、戦闘好きな人の中でも、あの人は特に厄介な類の人みたい……。でも……今、考えないといけないことは、村をどうやって守るかだから……)
 こうして援軍が来ているとはつゆ知らぬ霞風が村を守るには、少しでも強くなる他なかったのは確からしかった。事実、隙間だらけの柵の先、家々の陰から覗く不安げな瞳は、自分たちの長老を殺めた男へと憎しみでなく、祈りに似た感情を向けている。村人たち自身も霞風の行為に対し、今はもう疑問を抱いてはおらぬのだろう――最初に少々、行為と説明の順序に重大な逆転があったというだけで。
 だがそれは、あくまでも今回に限った結果論に過ぎぬに違いなかった。だから、もしも正当な理由なく再び彼の牙が村に向くのなら雷華は許さぬし、『放浪の剣士?』蓮杖 綾姫(p3p008658)に至っては、本当は今すぐにでもあの男を斬って捨てたくて仕方ない。
(失った記憶にこの手の輩がいたのでしょうか……。本能が『今ここで斬れ』と囁きます)
 だがその本能を抑え込み、盗賊どもに漁夫の利を与えるのを防ぐため、綾姫は霞風を内心で蔑んでみせることで無理やり自らの溜飲を下げさせた。
(このような蛮行をせねば勝てぬとは、薩摩兵児とやらも高が知れるというもの)
 格下の愚行に心乱されて、真に為すべきことを忘れてはならぬと自身に言い聞かす。今まさに霞風は最後の大跳躍の構えへと入り、野盗らはバイクのスロットルを全開にしてそれを迎え撃つところ。霞風の吐き出した湯気の如き息。野盗どもの魔導蒸気機関の排気。互いの蒸気が交錯し、白雪の上を白い煙で埋め尽くす中で、綾姫が斬るべき敵は――野盗ども!
「ヒャッハー! 大首領様がいらした以上、貴様はもうお終いだーッ!」
「け死み場所ば決めっとはわいらじゃ無か」
 気炎を吐いた霞風が右の敵の首を捻じ切り、左の敵の顔面を握り潰した頃には、彼は既に周囲を取り囲まれて身動きが取れなくなっていた。その様を傍の針葉樹林より見ていた紅色の艶やかな唇が、人知れず微かな動きを作る。
「若いな。合戦を知らぬと見える」
 見た目のみで判断するならば霞風より数割も差し引いた年頃に思えたその唇の主は、次の瞬間には新たな煙を作り、たおやかにモヒカンどもの目前に参上す!
「おうおう! 『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)、義によって助太刀いたす!」
「かたじけなか!」
 霞風はそれだけを百合子に返すと、雑魚どもを無視してバギーへと向かっていった。雑兵どもは吾らに任せ、貴殿は存分に大将首を狙うがよかろう――百合子の構えが語った言葉を、霞風も感じ取ったのであろう。
 では、こちらも存分に仕事を果たす時間だ。ではやるか、と呼びかけた『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に『砂の幻』恋屍・愛無(p3p007296)も君がいるなら楽をさせてもらうとしようと軽口を叩く。揃って、名乗りを上げてやる。そんな見え透いた挑発に引っかかるのは三下連中ばかりだが、だからこそこの状況ではちょうどいい。
「ご丁寧に自己紹介とは、馬鹿のやることだぜーッ! お貴族様なら身代金もガッポ……ギャーッ!?」
 ベネディクトを金蔓と勘違いして踊りかかった下っ端が、次の瞬間には顎と懐に拳の跡を作って吹き飛んでいった。揃って駆け込んできたお仲間たちがしばし唖然と立ち尽くす中で、哀れな盗賊に流星のごとき連撃をお見舞いした男は残心を決めながら常速の時間へと戻り来る。
「やはり、あの方と比べればまだまだですね」
 素手でバイクのフロントカウルをたわませて、バギーの突進を受け止める霞風へと、そこで『狼拳連覇』日車・迅(p3p007500)は敬意と手合わせへの意欲を含む視線を遣った。
 あれからは、濃密な修羅の気配が漂ってくる。悪人とまでは言えぬやもしれないが、決して善人と言えるかも判らない。それでも、それが名刀であれ妖刀であれ目的に適うなら良刀ではあるし、いつしか一戦を交える時を思えば迅の口許は弛む。
「何笑ってやがる!!」
 別の下っ端が喚き散らした。だがそれを気にも留めぬ迅。何故なら、こちらは霞風とは違い、決して独りではないからだ。『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)の剣が、愚か者どもを纏めて薙ぎ払う。甲冑に覆われた彼のシルエットからは、何の感情も見て取れはしない……ただ、もしも野盗たちにその剣筋を深く読めたなら、彼の秘める強い憤りを感じたことだろう――たとえ理由あってのことだったとしても、罪なき鉄帝の民を殺めた霞風への。そして、その原因となった悪党ども――鉄帝の民でありながら同じ民を虐げ奪う、鉄帝人の風上にも置けぬ野盗団らへの。
 その理屈から言えばオリーブからすれば、霞風などどうなっても構わなかった。
 それでも、霞風が複数の敵に同時に囲まれた時、彼は本能に近い形で警告を飛ばす……彼が幹部連中を抑えきれなくなれば、危険に晒されるのは無辜の人々だから。
 生憎、魔導蒸気機関に囲まれた霞風の耳には、その警告は伝わらなかった。もっともそれはその警告が、無駄に終わったことを決して意味しない。
「――なぁに。あちらはワレに任せるがいい」
 虚ろに響いたその声と共、空想の刃が無数に分かたれ飛来した。雪の白も蒸気の白も貫いて、霞風の周囲の野盗らだけを襲った刃。
 夜闇の中から姿を現した『虚刃流開祖』源 頼々(p3p008328)は、額より伸びる2本の角をぎらつかせ、野盗たちににじり寄りながら嗤ってみせた。
「霞風とやら。無闇な殺生とは感心せぬよ――んん? こやつらの髪型はなんだ? モヒカン? よく解らんがもしや角では? ということは貴様ら鬼であるな? よし、こやつら相手なら無闇な殺生をしても良し!!」

●力には力にて
 頼々に半ば獲物を横取りされる形となって――しかし霞風は気にせぬ風にこちらも嗤う。
「こやつら、頭数ばっかい立派に揃えちょって、辟易しちょったとこじゃ。機械乗りの半分はくれてやりもす。首魁は他を先に倒した方んもんじゃ」
 彼とは思えぬ素直な引き下がり。それが本当に幹部連中の相手も飽き飽きしてきたせいか、余人には理解されぬ論理を力にて押し通すというただ一点において頼々と通じ合ったせいかは定かではないが、ここに幹部狙い同士の共闘が為されたことだけは事実だ。
 だが、そうなればのっぴきならぬのが野盗たち。霞風はバギーの突撃にもびくともせぬ風を装うし、頼々の伸ばせし“無”の刃は、鋼鉄のバイクも切り裂いてみせる。幹部たちでさえそれならば、下っ端連中の困惑はといったらどうか?
「こ、こいつらは無駄に相手にするな! いただくもんだけいただいてずらかるぞ!」
 幹部たちとの再合流は叶わぬと見て、しかし逃げれば幹部たちからの叱責も怖く、遠巻きに村へと近づこうとした者たちの匂いが愛無へと届く。
 そうだ……匂いだ。「強い者と戦いたい」などと嘯きながら結局は己より“少し弱い強者”に気持ちよく勝ちたいに過ぎない男とはまた違う、「世の中は弱肉強食だ」と他者をせせら笑いつつも自身が肉になることだけは受け容れられぬ者たちの匂い。確かに、どちらも“合理的”ではあろう――それらは人間のというよりも獣のものに近いし、愛無にはそのことを懇切丁寧に指摘してやる義理などないが。
「ベネディクト君。そちらは任せた」
 それだけ言い残して迂回組へと向かっていった愛無へと頷いて、ベネディクトは改めてこそ泥たちへと向き直り、蒼銀の槍を高らかに掲げると再び大声を張り上げてみせた。
「どうした! 貴様らもこの大地に生まれた者たちならば、蒸気バイクや蒸気バギーに頼らずとも振りかざす拳があろうというもの。それをこの俺にぶつけてみせろ!」
 白銀に覆われた大地の表面の粉雪を、吹き飛ばさんが如くの大気迫。そもそも誉れある拳の持ち主であれば、最初から野盗などに身を堕としてなどおらぬ――だというのに野盗たちは卿の気迫を浴びて、しかし拳を彼へと向けざるを得ない。今突きつけられた選択は名誉の敗北か不名誉の勝利かでなく、名誉の敗北か不名誉の敗北かでしかないと悟ってしまったが故に。
 だから不幸にもその事実に気付けなかった者らは、彼らが最も避ける必要のあった結末を迎えることになった。まずは――ベネディクトの“忠告”を無視した背中のひとつに、再び迅の拳が刺さる。離れたところで仲間が宙を舞ったのを目撃し、ぎょっとした表情を浮かべた別の野盗は……次の瞬間には自身の背中に、仲間を殴り飛ばした敵がもう迫っていたことに気付く。
「は、速――」
 そればかりかその頃にはもうひとつの神速が、さらに別の野盗を斬り刻んでいた。顔面に突き出した拳に敵が身構えたなら、巧みな踏み込みにてそれを全身ごと崩す。そのまま拳の陰に隠すように逆手に握ったナイフを突き出した雷華の一連の近接格闘術は、まるで手品のように見る者を――その罠に掛かった獲物すらをも――惹き込んでしまう。無論、それが意味するものは獲物の敗北だ。
 勇気ある4人目の盗賊が、捨て身同然の覚悟で同僚の仇を討たんと欲した。青紫色の液体に濡れたナイフを雷華に突き立て、ざまあ見やがれと口許を歪め、……そしてきょとんとした表情のままの雷華の顔色を伺って、一転、錯乱の表情へと変化する。
「何でだ……? こいつは灰色熊も倒せる毒だぞ!?」
 それが彼の最後の言葉になった。彼の心臓はまるで恋をした時のように激しく動悸する。
「嗚呼、確かに良い村焼き日和ではあったな。しかしごきげんよう、そしてさようならだ」
 卑怯と承知でナイフに毒を塗った盗賊は、その飽くなき勝利への渇望を称えた百合子のウィンクを浴びて、神経毒を注入されたのである。

 獅子奮迅の霞風と頼々。次々と倒れてゆく手下たち。
 初めこそ霞風への憎しみに支配されていた幹部たちの中からも、ようやく、これはおかしいぞ、たかがいち分隊の面子なんぞのために全員が厄介な敵と戦う意味なんてないぞ、と思う者が出はじめた。
 霞風と距離を取ったフリをして、実のところ別の方面へ逸れようとする幾らかの幹部。ところが……そこで霞風にばかり向けていた殺気を、周囲にばら撒いたのが悪かった。
 唸りを上げて、縦横無尽の爆走を開始するバギー。無秩序に雪を巻き上げて作った雪煙はその姿をすっかり覆い、これから飛び出ようとしていることさえ隠してしまうが――
「これでどうだァ!」
 ――意気揚々と彼らが飛び出した先には、機攻大剣を腰の辺りに構えたままで、真っ直ぐにこちらを見据える女剣士の姿!
「それほどの殺気を放つ相手を……捉えられぬわけがないでしょう?」
 抉るように大地ごと斬り上げた大斬撃。バギーが耐えきれずに横転したならば、幹部らとて下っ端どもと変わらぬ無様さだ。
 だが綾姫が剣を振り抜いた刹那、雪煙の中より新たな魔導蒸気エンジン音が鳴り響く。
「ゲッヘッへ、隙アリだぜお嬢サマよう!」
 そんな下卑た台詞と同時、大地の傷痕を殊勝なハンドル捌きで躱して飛び出したのは蒸気バイクたち。彼らは思い思いの武器を振り回しながら……今にも綾姫の喉元に喰らいつかんとす!
「だ、そうですが――オリーブさん、お任せして宜しいでしょうか?」
「無論です。それが、この国の民のためになるならば――!」
 吼えるように綾姫に応えたのと同時、彼は長剣を真っ直ぐに突き出した!
 慌ててハンドルを切ったバイクモヒカン……けれどもそんな操作など、決して気休め以上にはなりえない。何故なら綾姫へと踊りかからんとしたバイクは既に、何の支えもない空中にいる。前輪をどれほど曲げたところで、その軌道が変わることはない。
 バイクの勢いと重量が、オリーブの剣へとずしりとかかった。タイヤからエンジンまでを串刺しにされて、急制動を受けたホイールが激しく火花を散らす。乗員は――とうの昔に後方の雪原の上だ。
 そして深々と刺さった剣を、オリーブは主人と動力を失ったバイクごと振り回してみせた。後続のバイクもその竜巻に巻き込まれ、次々に主を手放させられる。起き上がったはいいが唖然としたままの幹部らが、ひとりずつ、雪の上を駆けてゆく疾風――迅の拳により意識を奪われる。霞風が戦場から逃げ出した彼らに興味を持たぬのだけは確認済みだ。そろそろ自分から言い出した割り当てを完遂しかけていた霞風にとって、頼々が自身の敵をさらに誰かに分け与えるのは彼の勝手とでも言うところなのだろう……別に頼々としては意図して敵を流したつもりなんてなく、単に鬼に対する怒りが先走りすぎた結果として空想の刃の安定を失(ファンブ)っただけではあるのだが。
「兄キ! 後ろの奴の剣が消えちまったぜ!」
「おうよ弟! ちまちまと斬撃をぶち込んでくるだけの奴なんて、このまま轢き潰して勝利への弾みにしてくれるわぁ!」
 それを燃料切れと勘違いしたバギー上のモヒカン兄弟が、意気揚々とバギーを雪の瘤に乗り上げさせた。勢いのまま降り来る重量を前に、頼々は――目を閉じ、改めて全身全霊を鞘へと集中させる。
「痴れ者め――バギーなど、壊せばただのガラクタよ!」

●修羅の道
 再び具現した虚空の刃が、バギーを真ん中から左右に断ち切った。目を丸くしながら二手に分かれるモヒカン兄弟に対し、今度は機剣と蒼銀の槍、それぞれの刃が襲いかかってゆく。
「こいつら……確か手下たちのほうに行ってた奴!」
「だとすると、手下たちはもう全滅か……畜生め、引き際を間違えたぜ!」
 彼らの言ったとおりであった。雷華もベネディクトも自らの敵を雪に沈めて、今にも幹部戦へと加勢してゆくところ。ここからは姿が見えない迂回組の野盗らも、恐らくは“化物”としての真の姿を表した愛無によって、ことごとく無力化されている頃だろう……実際、雪の間を見ればちらほらと、凄まじい何らかの音圧により鼓膜と精神をやられたモヒカンたちが、口から泡を吹きながら雪の間に埋ずもれている。
「随分と汚れたな。春が来るまでは大地も凍る故、埋葬もままなるまい――野盗どもも、そして無論、村長も」
 瞑目とともに発せられた百合子の囁きは、そろそろ最後の戦いも決着を迎えるであろうことを物語っていた。他よりも大きかったバギーの残骸の傍で、一際立派な棘つき肩パッドのモヒカンの首を片手で吊り上げた霞風。
「何じゃあ。大首領やないじゃち言ちょってん、そげん程度ん雑兵か」
 すっかり興味を失った大首領を傍らに投げ捨てて、彼は何事もなかったかのように特異運命座標たちへと振り向いた。
「おいは村から頼まれっだけん身じゃ、後は煮っなり焼っなりすりゃあ良か。口直しにわいらと手合わせ願おごたっ気持ちはあっどん、今じゃ無かな」
「そうですね……お互い、決して万全ではない身。次の機会までお預けといたしましょう」
 とは迅の言。縁があればまた会うこともあるだろうから、その時にもしも敵同士になったなら、恨みっこなしで御首級頂戴させて貰うと約束し――彼が無闇に敵を作らぬ生き方さえしてくれるなら命取り合わずとも切磋琢磨もできるだろうにとも思えば、少しばかり残念には感じるのだが。
 強敵を探すならラサで傭兵稼業でもしたらどうだというオリーブの勧めは、これ以上この国にいてくれるなとの意味だ。強さとは何かを語らいたい――そんな建前で綾姫が図った接触は、実のところ彼女の中に僅かに戻った記憶が囁く、力持つ者としての心得を彼にも考えて貰いたいという切望の表れだ。
「私もかつて世界を敵に回し、滅ぼした身。無辜の民を、などと綺麗事を並べる気もなければ、清廉潔白、強きを挫き弱きを助く、とまでは言いもしませぬが……弱者の命を弄んだところで、有体に言えば、そう。『カッコ悪い』でしょう?」
「違いなか! じゃっどん、ケジメはつけないけん」
 変えるつもりはないのだと、彼は言ったも同然であろう。それが彼の選んだ生き様だと言うのであれば、百合子はそれ以上は何も言わぬ。誰もが彼を獣と看做すだろうが、彼自身が構わぬ以上、口を挟む余地はない。

 そうこうしている間にも、雷華は幸運にも命を落とさずに済んだ野盗たちを尋問し、彼らの情報などを聞き出していた。
「なるほど……アジトは他には誰も知らない遺跡で、今いるのは留守番ばかり……」

●鉄帝某所にて
「――成る程。未知の有用な遺跡を抑えていた盗賊に、狂犬にしては目に余る『鬼閃党』、か」
 表情も変えず、ご苦労、と報告に訪れた愛無を労ったのは、鉄帝軍人、グラナーテ・シュバルツヴァルト。
「彼らを“尋問できる形”で連れてきてくれたことにも感謝するよ。なに、報酬のことならこれまで通り、気に揉ませるつもりはない……必要になれば再び依頼をしよう。ゼシュテル鉄帝国と君の繁栄のために」
 冷血卿と蔑まれる男の本心は、誰にも知れず。

●???
「随分と楽しそうだったじゃねえか、松尾」
 村より離れた一本杉の頂上で、その男――『鬼閃党』の首魁、新城弦一郎は口許を自ず綻ばせていた。
「じゃっどん頭領どの。おいが楽しかったんはローレットん方じゃ」
 麓には、彼の気配を感じてやって来た霞風の姿。なるほど、と頷いた弦一郎。
「ローレット。その勢い留まるところを知らぬ……か」
 弦一郎はもう一度頷いて、特異運命座標たちの帰っていた地平線へと目を遣った。

 それから彼は音も立てずに跳躍すると、どこか遠くへと去っていった。

成否

成功

MVP

微睡 雷華(p3p009303)
雷刃白狐

状態異常

なし

あとがき

 なるほど――確かに野盗たちの情報を得ることも、今後を考えれば重要だ。尋問と報告、どちらが欠けても有用な形にはならなかったでしょうが、ここは尋問の側にMVPの軍配を上げておきます。

 ところで……はてこの次、『鬼閃党』はどう動くのか?
 それはこれから、様々な人の口から語られることとなるのではないでしょうか……。

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