PandoraPartyProject

シナリオ詳細

散るは空より舞ゆる花

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●天香の娘
 天香 花子(あまのか かこ)と云う娘は天香家の中でも其れなりに本家に近しい場所で生を受けた。花姫様と呼ばれ幼少の頃より蝶よ花よと愛でられ続けた娘である。
 彼女は当今の帝の后となるべく育てられ、高天御所に座する花衝殿の主として『花衝羽根媛(はなつくばねのひめ)』と名を改めた事で知られる。
 だが、当今の帝たる霞帝は彼女に手出しすることもなければ『友人の娘』のように扱い不自由ない生活を与えるだけで后となることは出来なかったのだが――

 花衝羽根媛は現在、手負いである。順を追って説明しよう。
 神威神楽は高天京を京と定め、帝と呼ぶ最高君主を頂く国である。黄泉津と呼ばれた島に位置したその国は島内では最大勢力であるだろう。
 神威神楽において帝の座は即ち神である。天命を受け天下を治める事となった者を指し示した。なれば、神霊なる大精霊達はどのような存在であるか――黄泉津瑞神を始めとした四神はある種の自然現象と同義である。本来ならば顕現せぬ存在。其れが国の危機に応じてその姿を見せただけなのだ。
 困惑を極めた神威神楽に一人の女がふらりと訪れた。美貌を湛えたかんばせに狂気を浮かべたその女は「いややわぁ」とうっとりと微笑んで手当たり次第に『旦那はんへの贈物と成り得る情報』を得ようとしたらしい。
 花衝殿の奥で息を潜め、生家たる天香の栄光と、当主の無事を祈っていた花衝羽根媛は『運悪く』その女――たてはと名乗った剣士に捕まることとなった。
 元より后教育は受けて居れど、武術の嗜みなど彼女にはない。
 天真爛漫にそれこそ自由に育てられ、将来的には好いた女子と政などほど遠い場所で過ごせる様にと愛された『義弟』殿と違い、花衝羽根媛は政の道具である。嫋やかな乙女に必要は無いと武術など身に付けずなされるが儘に甚振られた。
 霞帝が目覚めた後、幾度か中務卿と共に見舞いに来たが花衝羽根媛は顔を出さないままである。

「この様な姿をお上に見せるなど出来ませぬ。天香の罪と共に妾のことも花衝から追い出して下さいませ」

 何度声を掛けようともその一点張り。涙に濡れて出ては来ぬ。
 政の道具であった彼女は『天香が政敵となり、再建することとなった状態』では宙ぶらりんの儘に放置された御所の不良債権状態だと周囲の者は口さがなく噂する。
 聡い娘は善く善く理解している。『たては』という女に傷付けられた身体で殿方の前に姿を現すことさえ恐ろしく、天香が政敵とされたならば后となる道もない。
 それ以外の利用価値を教えられずに育った娘は「申し訳が立ちませぬ」と憂うばかり。

 さて、困ったと霞帝はイレギュラーズを呼んだわけである。


「花衝宮……いや、花衝羽根媛、貴殿等ならば花子(かこ)と呼んでも嫌がられはせぬだろう。
 天香の家は后妃にと天香の娘を推薦し、東宮の祖父や親族として政の実験を握るという『神威神楽では良く在る』手法をとっていた。故に、俺にも天香家の血を継ぐ娘である花衝羽根媛――花子殿が后候補として宛がわれていた。
 だが、知っての通り俺は眠りの呪いに掛っていた。花衝宮とは清廉な中であり恋仲でも況してや后とすることもないだろう」
 そして、現状は天香は『政敵』であった。故に、彼女自身は風当たりが強く花衝殿を去るべきだという声も聞こえてくる。
 彼女は其れに酷く心を病んでしまったのだろう。元より『后と為る事だけ』に価値を見出されていた娘だ。霞帝も、そして中務卿も彼女が不憫で為らなかった。
「花衝宮はまだ幼い。俺一個人としては彼女には好いた男を見つけ幸福に婚儀を結んで欲しいと願っている。
『帝』という座に付いている男に恋をせねばならないと定められた彼女が不憫でならんのだ」
 霞帝は嘆息した。彼がそう願えど、花衝宮は首を振るのだという。
 自身は后となるべくして育てられた。其れがなくなったならば、自身はどう生きればよいか分からないと。
 紫乃宮・たてはと名乗る女に『悪戯』をされた刀傷のある体では帝の言う様な幸福な未来など訪れないのかもしれない――とさえ、花衝宮は涙を流し全てを否定するらしい。
「これは黄龍と共に自凝島と『瑞を蝕んだ穢れ』を調査していた最中に判明した事であるが……花衝宮は『呪詛』に蝕まれんとしているようだ」

 花衝宮は心を病んでいる。故に、『魔』が差したのだろう、と。
 その心の柔らかくなった部分に呪詛が襲い掛かった。

 霞帝の后候補――花衝の主。
 ただ、それだけでも嫉妬の対象だったのだろう。
 手負いの娘は体に刻まれた刀傷に苦しみながらも自身の将来を憂いている。
 此の儘では彼女は呪詛に取り込まれてしまうかもしれない、と。

「……何時も頼み事ばかりで済まないが、花衝宮の事を救ってやっては呉れまいか。
 俺では顔を見る事も叶わんのだ。……良ければ花衝宮に伝えてやってくれ。
『具合が良くなったらば、けがれの巫女達も交えて雪見をしよう。中務卿には宮の為に暖かな衣を準備する様に頼んでいる』と。……もしも、此れがお節介であれば伝えなくとも構わないさ」
 折角用意したのだから、せめて渡したいとは思っているのだが、と霞帝は困った様に肩を竦めた。

GMコメント

 夏あかねです。TOPで拷問タイムアタックを決めてしまった花衝羽根媛ちゃんの様子を見に行きましょう。

●成功条件
 『呪詛』の獣を退ける事。
 +努力条件:『花衝宮の憂いを取ってやる』

●花衝羽根媛(はなつくばねのひめ)
 アカツキ・アマギ(p3p008034)さんの関係者。
 本来の名を天香 花子(あまのか かこ)。霞帝には坐する花衝殿より『花衝宮』と呼ばれています。
 天香家の地を継ぎ長胤は叔父上に当たります。后となり天香の『望月』を強固とするためだけに娘子として生を受けてから『后教育』を受けていました。善は急げと言わんばかりに、まだ幼い彼女は花衝殿の主となり、后候補となるべく霞帝の寵愛を待ちました――が、相手にされる事はなく、『神逐』の動乱の末、宙ぶらりんな状態です。

 ・『神逐』の動乱の際に、紫乃宮・たては(p3n000190)が情報収集がてらに拷問しました。体には刀傷が残っています。
 ・『神逐』の動乱後、天香の娘が後宮に住まう事に対してのバッシングが大きくなりました。
 ・霞帝は彼女が望むなら後宮でも天香の邸でも、新たな邸宅でも何処へでも置いてやることを考えています。(彼女の父代わりの気持ちだそうです)

 ・后となりたいと望む有力氏族の娘は多くいるために、嫉妬の対象となっており『呪詛』が放たれています。
 ・泣き濡れた彼女はちょうどいい餌状態です。今にも蝕まれてしまいますので呪詛が顕現した『呪詛の獣』を退けましょう。

●呪詛の獣
 花衝宮のそばで「お前の事は分かっている」と告げれば姿を現す呪詛そのもの。
 花衝宮が恐れる儘の姿をしているのか『紫乃宮 たては』の様な美しい紫の瞳をした黒き妖獣が姿を現します。
 ですが、所詮は呪詛。『紫乃宮 たては』を模せる訳ではないようです。
 刀を思わす傷をつける物理的な攻撃を得意としています。花衝宮はその姿を、傷を見れば混乱する可能性があります。

 ・不殺で撃破することで『呪詛返し』を防げます。
 ・通常に殺す事で呪詛返しが起こり、術者が獣によって食い殺されます。

●参考:霞帝
 神威神楽の最高権力者。花衝宮が嫁ぐはずだった先です。花衝宮に対しては父のような気持ちで接しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。主に、花衝宮の女心に関してなど……。

 それでは、神逐の事後のひとつとして。
 いってらっしゃいませ。

  • 散るは空より舞ゆる花完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月31日 22時01分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
彼岸会 空観(p3p007169)
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
只野・黒子(p3p008597)
群鱗
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

リプレイ


 神威神楽の文化は幻想の貴族社会にも似た部分がある。自由恋愛を是とせず、親の決めた相手と婚姻の契りを結ぶ、と言う部分だ。国には国の文化やしきたりが存在することは理解できる。其れを否定するつもりは無いが、それが『天香・花子』と言う少女を『花衝羽宮』と名を変えさせる程に生き方を決定付けたことは明らかだ。其れは『優しくないこと』であると『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は言った。
「……どうしてこれ以上苦しまないといけないの?」
 その問い掛けに応えることは出来ないが外――例えば、この国の天に位置する男に現状をありのまま伝えることでその境遇に光差す事が出来るかも知れないと『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は考えていた。
「先の流れがあった上で尚も呪詛を用いようなどと、あまりに浅はかで愚か。……とはいえ、手段が対応も可能な呪詛で助かったというべきか」
 神威神楽を取り巻いた一連の『流れ』――その中でも主として用いられた呪詛を使用するとは如何ともし難いことである。『転輪禊祓』水瀬 冬佳(p3p006383)が眉を顰めるが、逆を云えばその手法が市井にも流行した事でそれが用いられた可能性だってある。
(他人につけられた傷はなかなか忘れられない。忘れろ、と簡単には言い難いな)
 無数に考える事は存在するが、それ総てに答えを与える事は酷く難しい。アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は花衝羽宮が座す局に向かいながらため息を吐いた。呪詛は出来うる限り『返らぬように』勤めるのが花衝羽宮にとっても良き結果を齎すだろうとアーマデルは考えていた。
 辿りついた花衝殿は風雅な場所であった。整えられた庭園を望み、この殿の主が選び抜いた女御が「姫様はこちらでございます」とイレギュラーズを誘う。主の部屋は広々としており、愛らしい小物などが並べられて居乍らもしっかりと整頓されていた。
「誰じゃ」
「姫様、神使の皆さんでございます。此度、姫様を蝕む呪詛の対処にいらっしゃったと……」
 しずしずと告げる女御に、花衝羽宮――天香・花子は緊張したように顔を覗かせる。赤らんだ頬は緊張ゆえであろうか。10も満たぬ年の頃を思わせる幼い少女は「神使が参ったか」と呟いた。
 彼女が、霞帝の妻となる為に育てられた不幸な娘か、と。その時、真正面から少女を認識した『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は感じていた。望んでそうなった訳ではない。実験を握らんとする天香という家の風習であると言われれば各家庭の方針にケチをつける訳にもいかない。
(全く、女の嫉妬ってのは酷い業界だよな……。
 正直、表向きにも穏便に済めばいいんだが、俺は政治なんざ分からねぇからな。領地の面倒見るだけで手一杯だし)
 ため息を吐いたカイトは少女の姿を真正面から眺めた。彼女は緊張したように「花衝羽宮である。病床ゆえ……余り話し相手には向かぬが、此度はよろしく頼もうぞ」と堂々とその務めを果たしている。纏う衣は美しく、生活に困窮しているわけではない。幼いながらも可憐な花を思わす彼女は痛々しい傷を隠すように俯き加減であった。
「花衝羽根媛……花子様。私達は霞帝のご依頼で、貴女をお守りする為に参りました神使です」
 柔らかに、そう告げる冬佳に「お上様が」と甚く感動した素振りを見せたその娘。
「こんにちは、花衝宮様。花子様と呼んでもいいかしら? あなたに取り憑くわる~いやつを倒しに来たのよ」
 にんまりと微笑んだタイムに花子はこくり、と小さく頷いた。霞帝の言うとおり、彼女は名を呼ばれることに躊躇いはないらしい。
「初めまして、天香花子殿。妾はアカツキ・アマギ。炎が大好きな幻想種じゃ」
 微笑んだ『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)は自身が出来る事ならばなんなりと、と彼女へとそう言った。天香の娘であると噂され、役立たずの花衝羽宮であった娘は花子と呼ばれた名に肩の荷を降ろした様に息を吐いた。
「名で呼んでよいと申したのはお上様であろう?」
「ええ。ご無礼を。花衝羽根媛様をお守りするために参りました」
 静かにそう告げる『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)へ「花子でよい。その方が心も休まる」とぎこちなく笑う娘を見つめて唇を噛んだ。
 『貴方の事は分かっています』と、本当はそう告げてやりたかった。彼女の重責を理解してやれず、彼女の涙を止めてやることも出来ない。その役目は己にあるわけではない事を無量は肌で感じていた。
「花子、俺達は君の話を聞きに来た。同時に俺達からの言葉をもし聞いてくれるのなら、耳を傾けて欲しいとも思う。その為にも先ずは――」
 武器を手に、ゆっくりと振り返ったのは『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。呪詛を倒さねばらない。故に、『合言葉』を口にしよう。


「まずは厄介事を済ますとしよう。お前の事は分かっているぞ、悪しき獣よ。疾く現れるがよい」
 アカツキは堂々とその獣と向き直る。朱の刻印が刻まれた両腕に魔力が満ち溢れてゆく。
 まるで、点を結ぶように黒き靄が形作るは呪詛そのもの。それが自身らの前に呪獣として姿を現すというならば冬佳は『対処方法を知りえる』が為に僥倖であったかと真っ直ぐに其れを見やった。
「――花子様、必ず私達がお守り致します。どうか心を強く」
 そう告げる声は凛と響く。冬佳の言うとおり呪詛の獣が象るのは『対象者』である花子が忌む姿である。だからだろうか、その姿が『紫乃宮たては』と言う女剣士であったのは――
「……ッ」
 震え乍ら、頷いた花子。箱入りであった彼女の許に突如として現れた女はこの国の現状を知る為に『少しばかりおねだり』をしてきたのだ。結果、少女には消えない傷が残されたわけである。それを模すように、美しい紫の瞳が踊っている。
 大丈夫だと安心させる様に。タイムは花子の側に立っていた。怖がるのは無理もない。彼女を痛めつけた相手だからだ。ぎゅうと抱きしめれば震える手がタイムの背に回る。
「……怖い?」
「うむ」
 気丈であった娘はタイムの胸元で、その本音を震わせながら届けた。誰も、こうする事さえ許さなかった一人の娘。天香の家からは相手にされず、后になれやしない血を正しく引く娘など他所に許婚の弟――赤の他人であった義弟――が当主にたったと聞いた時、『己は誰にも必要とされていない』と娘は酷く絶望し、そう告げられる時が繰るのではないかと怯えたのだろう。
「……大丈夫よ」
 安心させる言葉になるのかは分からない。その様子を見つめながら冬佳は静かに告げた。それが、彼女にとっての慰めになることを願って。
「――貴女を縛るその恐怖を、私達が祓いましょう」
 ベネディクトは堂々と声を張り上げる。獣をひきつけたその腕に剣を模した獣の一撃が飛び込んだ。
「成程、これが紫乃宮 たてはを模して形作られた呪詛か」
 外見を見やればその女は強敵である。だが、呪詛だというだけで『挑み勝利を掴める』という可能性を其処に示せるのだ。ベネディクトが引き付ければ黒子は花子と呪詛の距離を測る様に目を配る。有為転変廟算籌と、その名を得た手袋は算籌が投影され、術式演算を補助し続ける。戦略眼を用いて見極める。
「呪いそのものを調理するのに『呪い』をけしかけるってのは不思議なもんだが――
 外法には外法を、って奴だ。正直見てて『よろしくない』絵面だろうから、ダメそうなら目は背けろよ?」
 そう呟くカイトの言葉にぎゅう、と花子を抱きしめたタイムは「安心してね」と微笑んだ。鮮やかな炎と共にアカツキが地を踏みしめアーマデルが進む。
 相容れなかった筈の蒼と紅の思念の交わった果て、その思念の交わった果てより放たれるのは内包する総ゆる苦痛。獣を包み込んだそれは痛ましい。カイトの傍らから伸びたのは蛇鞭剣ウヌクエルハイアは英雄が残した未練の結晶を獣へと届ける。
 グルルル――
 獣の低く唸る声が響く。それを聞きながらもアカツキは臆する事など何もないのだというように魔光を放った。
 呆然と、タイムの腕の中で一連を眺めていた娘は「終わった?」と酷く、怯えた様子で囁いた。
「まだです。『花衝羽根媛』様。目の前の獣が恐ろしくとも、傷を見たくなくとも目を開きなさい」
「ッ、」
 僅かな逡巡。そうして頭を下げた花子は、顔を上げたときには『花衝羽根媛』としての凛とした表情を浮かべていた。無量は彼女は未だに諦めきれぬのだろうと、そう考えていた。天香家の、后候補。その立場への責任感の強さ。故に、彼女は無量の言葉の通り『怯えながらも見ていた』
 タイムの腕から「これが役目じゃ」と声を絞り出し抜け出して、凛と立って眼を見開いていたのだ。
 アーマデルはその気丈な姿に「強いな」と呟く。
「花子殿。人の縁は思うようにはいかないもので、近づこうとしては千々に切れ、遠ざけようとしては絡み合う。
 霞帝は花子殿に政の道具ではなく……ヒトとしての幸福を、花子殿自身で見つけ、選んで欲しいと思ってるみたいだ。花子殿はまじめで……自分を追い込み易いタイプに見える」
 その言葉に花子は自嘲するように「ああ」と呟いた。真面目であるということは不必要な責任感を追っているともいえるのかもしれない。少女のその言葉にアーマデルは問いかける。
「花子殿自身はどうしたいんだ? 『そうなるべき』と『そうなりたい』は違うもの。……『霞帝』の『后』と『霞殿』の『嫁』が似ているようで違うように。
 花子殿には『自分の』夢はあるか? 『こうあるべき』ではなく『こうしたい』と思うことだ」
 花子は答えない。アーマデルとて、そう問われれば返答する事はできなかった。
 暗殺者になるべく、必要な権能をもたずに生まれ他に道はないと努力を重ね、劣る自身を自覚してからは、やるべきであった事すら見付からなかった。
(先は見えなくて、それ故に自由に描けるのだそうだが、足元ばかり見ていてはなかなか難しいものだな)
 アーマデルは目を伏せる。困ったような花子の手をぎゅうと握ったタイムは「あとで、ゆっくり教えてね」と微笑んだ。
「ふん、これがご自慢の攻撃か……確かに痛いが、ただそれだけの虚しい模倣品よ」
 アカツキが堂々と告げればカイトは「痛々しいかもしれないが、泣かないでくれよ」と囁く。
 ベネディクトが引き付け続ける獣の剣が打ち付けられるが、黒子は疲弊を奪い、その身を支え続ける。
 無量が地を踏みしめた。支えるタイムと黒子の間を抜け、前線へ。見ていろと、告げた通りに、無量は獣へと真っ向から立ち向かう。
「帝は貴女に仰られました。雪見をしよう、暖かい衣も用意してあると」
 無量が告げたその言葉に花子は目を見開いた。帝に問う事もせず、自らを、そして自身の生家を取り巻く環境に対して自身の中で結論出してしまったと言う愚かしさ。
『貴女の世界の糸はまだ繋がって居る』とそう継げるようなその言葉と共に獣の身体を切り裂く刃はただ、鋭い。
 これ以上、恐れることはない。アーマデルが放つ怨嗟の欠片の奏でる音色を聞きながら、冬佳は清廉なる気配をその身に纏った。穢れた思いが生み出した呪詛を、払うのは清廉なる気。水の気配を纏った少女は静かにその力を奮わせた。
「禊祓――滅せよ、穢れの獣」
 霧散する、しかし、呪詛が死したわけではない。呪詛は返らず、その場で封じられただけだ。それが、イレギュラーズが考えた筋書き。呪詛が返ったならば『花衝羽根媛』が無用な呪詛に手を染めたと噂が立つからだ。その様な事はない。故に、努力を惜しまず、傷を受け様ともイレギュラーズはその目標のために戦った。花衝羽根媛――花子にとって、それは素晴らしき事として映った事だろう。


「豊穣郷はまだ変化の渦中にある」
 ベネディクトに花子は大きく頷いた。そうだ。変化は続いているのだ。
 彼女の悩みが全くの杞憂ではない。現に、天香は代替わりし、后となる事は家自体も望んでいない。
「何より女の身として耐え難いというのも、わかります……が、そうでない方もいらっしゃいます。――帝や中務卿、遮那様もそうです」
「その遮那とは『血の繋がらぬ者』か」
 眼を見開き、娘は酷く苛立ったようにそう言った。冬佳は彼が働きかけない事には花子の境遇は変わらぬかと考える故に、彼女の問題は一朝一夕に結論は出ない。
「ええ。この問題は、再度呪殺しようという愚か者は必ず居るだろうという事。
 そもそも、そのような不心得者が現れる原因ははっきりしています。即ち、前天香公無き今の貴女には後ろ盾が居ないという事……遮那さんでは恐らく、未だ力不足、でしょう?」
 彼女本人が遮那を『血の繋がらぬ他人』であると見たように。天香という家を軽んじる者は山ほどいるのだろう。
「……お上様は、この様な女……」
「いいや、霞帝のにーさんはお前が望むならどうとでもしてくれるだろう。
 お后になるのが本心から、ってなら止めないが……考えてみたいことがあるなら多少は付き合ってやらなくもねーが。どーだい?」
 カイトがそう伺えば、花子は困ったような顔をして「分からぬ」と呟いた。誰かが決定し、其れに従うだけだった彼女の将来は彼女自身が決定できる事を誰もがわかっていた。
「……そうよね。どうしたいかなんて急に言われても困っちゃうよね。
 まずはどんなことが好きだったり興味があるかなって考える所からはじめてみない?
 その一歩すら踏み出すのもやっぱり怖いかもしれない。ただ自分の素直な気持ちを声に出してみるだけでいいの。焦らないで、ゆっくりね」
「ゆっくり」
 タイムの言葉を繰り返した花子にアカツキはそう、と手を取った。霞帝が身を案じていたと前置きし、そっと手を握る。
「話もままならぬ、という事で妾達が来たのじゃが……なに、豊穣の者とは違ってこちらは行きずりのイレギュラーズよ。犬にでも噛まれたと思って今の心持ちを話してみぬか?」
「……雪見を、その……」
 もごもごと告げるその言葉にベネディクトは柔らかに微笑んだ。視線を合わせ、優しく覗き込む。
「安心して呉れ。霞帝はただ、君の事を案じられておられた。天香の罪や政を持ち出している様な雰囲気では無かったと思う」
 無量が伝えた雪見という言葉――『具合が良くなったらば、けがれの巫女達も交えて雪見をしよう。中務卿には宮の為に暖かな衣を準備する様に頼んでいる』をしっかりとした形で伝えたベネディクトは「花子」と名を呼んだ。
「今、全てを決める必要は無い。必要なら俺達を、霞帝を頼ったって良い。それぐらいの懐は持っている心算だよ俺達も、彼もね」
 その言葉に、花子は「良いのかの」と声を絞り出した。黒子はその問いに答えるように静かに、理知的な言葉を投げかける。
「一度具体化した将来は『言われたこと』なのか、「自らの望み」か判別し辛く厄介でしょう。
 ただ、失敗や悩みは若者の特権。好きにすると良いのでは、と思う次第です。色々経験してそれでもなお、であれば、それは『自らの望み』かと……今から探せばよいでしょう」
 姫君は小さく頷いた。不安げなその表情に、僅かな安堵が過ぎる。
「先程の帝からのお言葉。余計な節介であれば伝えずとも良いとも言われておりました」
 無量は微笑む。花子もも帝も、同じだ。言葉は届けなければ伝わらない事もあると知りながら、知るのが怖いと無意識に遠ざけいるのだ。
「……それで気付けず離れ行くのは、寂しいものですよ」
「がんばれる、かの?」
 問う花子に無量は「貴女ならば」と笑みを浮かべた。アカツキは「花子殿」とそのちいさな少女のかんばせを覗き込む。
「何より、妾は花子殿……いや、花子ちゃんが気に入ってしまったぞ、可愛いし! 皆で一緒に雪見したいのじゃ!!」

 ――後、冬佳と黒子は霞帝へと謁見する。
「此度の発端は『后候補かも?の疑念と后を狙う者達の焦り』と推測されます。
『后候補かはともかく身寄りが難しい立ち位置ゆえの保護』との態度とることは如何でしょう。
 中務卿にも同様にお願いできればと思いますが……」
「若しくは彼女の為にも、誰かしら浅慮者でも理解できるような後見人をつけるべきではないでしょうか……」
 二人の言葉に、一時的に彼女の保護を行う事を大々的に発表すると彼は決定した。その後、のんびりと雪見をした際に彼女とも話そうと彼はイレギュラーズへと礼を言った。
 一時は后候補であった彼女――その彼女に笑みを与えてくれた事は何にも変えがたいと、そういうように。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございました。
きっと、花子姫は帝たちと新年の雪見を楽しむのでしょうね!

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