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シナリオ詳細

<根ノ国山>雲間に隠ろふ月を暴け

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●小望月を前にして
 以前から何となく、自分の中身が何処か足りないような、そんな気はしていたのだけど。
 私、月葉が物心ついた頃。お養父様が改めて仰った。

『お前の魂は欠けている』

 お養父さま曰く、人の魂は『肉体の魂』と『精神の魂』、このふたつが合わさって出来ており――神様ともなると、もっと多くの魂に分けられる事もあるとか――何らかの理由でどちらかの魂を失ったり、極端に弱まってしまう事があるのだと。
 心当たりならあるし、お養父さまもそうだと仰った。

 私には、『魂を分けた』双子のきょうだいが居る。
 尤も、生まれなどもう関係ない。お養父さまにお養母さま、結果さんに村の人たち、根ノ国の人たち皆にとても、とても大切に育てていただいた私は、紛れもなく奥村の娘、奥村の巫女。その務めを果たす事に何の躊躇いもない――けれど。

「お義父さま。儀式の前に……あの人に、会えませんか?」
「ふむ……」
 なんという偶然。浄閣寺の仁斎おじさま風に言うなら『縁』と言うものか。
 片割れについて気に留める事はあまり無かったけれど、実際に目の当たりにしてしまうと、やはりどうしようもなく魂が揺れる。
 日々積み重ねる儀式、満ちてゆく月に比例するように、自分が変わっていく事も感じている。魂が何かの『いれもの』のように変わっているような。満月に行う儀の全容はまだ知らされていないけれど、何となくの予想と、予感がある。
 だからこそ、最期に――

「……月葉はこれまで頑張ってくれた。少しぐらいなら、構わないだろう」
「! ありがとうございます!」
「但し、境内から出てはいけないよ。儀式前である事は、くれぐれも忘れないように」

 迫る儀式に備えながら、斎主たる伊久郎は考えを巡らせる。
 ――感情の大きなぶれは穢れをもたらす。万全な形で儀を行うべく、この贄は穢れぬよう大切に、大切に扱ってきた。ここで台無しにする訳にはゆかぬ。
 双子の片割れ、魂が欠けたあの娘はきっと、伊久郎の為に山が授けた贈り物だと、彼は疑わない。
 ここに来て贄の片割れに出会った事は想定外だったが、それ以外の『想定外』、神使たちの動きが全く読めぬ事も気がかりか。
 敵となるか味方となるか。はたまた、不干渉で終わるか。
 念のため警戒せよと、伊久郎は境内の者に通達を行った。

●『根ノ国』がはじまった日
 今日も今日とて休み無く、山から穢れが降り来たる。暁月や村の衆、協力者の神使たちが地に返してきた怨霊は数えきれず。
「なあ、おっちゃん。前から気になってたんだけど……子供の霊がちょっと多くないか」
「ああ、お前さんは来たばかりで知らんかったか。むかーし、昔の話じゃが」
 この浄閣寺は奥村の次に歴史ある場所であり、建立以来、根ノ国の様々を記録し続けてきた。『おっちゃん』こと仁斎和尚は、最も古い記録の一つを紐解いて語る。
「あの山にはしょっちゅう、『訳あり』の子供の死体が捨てられていての。奥村の巫女様がいらしてからは、その悪習も止まったのじゃが」
 死や殺しは穢れそのもの。故に昨今は、訳ありの子が生まれた際、殺さずに隠す形を取る事が多い。丁度、暁月と月葉たちがそうだったように。
「そうだったのか……それであんなに子供の霊と『お地蔵さん』も居らした訳だ」
 山の麓に佇む『お地蔵さん』と風車は、当時の子供を慰める為に寺院側で設えたもの。今日も休む事なく風車は回る。

「それはそうと、暁月。あの件は、どうするかね?」
「どうするもこうするも……俺だって会いたいさ」
 先日、使者を通して月葉から『会いたい』との言伝があった。今回の儀で巫女を務める彼女は境内から出られない為、暁月の方から向かわなければならない。

 ――はじまりの巫女は、『命を賭して』山を清めた――
 結月の大祓が文字通り、はじまりの巫女に倣うものならば、贄の月葉がどうなるかは分からない。
 これも先日、異界の神性が視た不穏な会話に死霊術師が観た亡霊の様子、彼らが出した『儀式が間違っている』という結論に、嫌な予感がしてならない。
「……もし、月葉を神社から連れ出せれば……」
「いや待て、暁月。こういった儀式は、順番を違えば何が起こるか分からぬ……お前さんとて、知らぬ訳ではなかろう」
 奥村の社は儀式の最中。月葉に会いに行くにも、不透明な部分がかなりある。
 万一、暁月と月葉の身に何かあってはと、イレギュラーズ達は今回の件への介入と、儀式に関する調査を申し出た。
 月満つるまでの僅かの間に、この不吉、不安を少しでも拭うために。

●来訪者たち
「む、随分と遅くなってしまいましたか」
 しゃらり、しゃらり。錫杖の音が、静かな森の路で涼やかに響く。5、6人ほどの僧侶たちが、根ノ国を目指して歩を進めていた。
「――様がご自身で出向かれずとも。高天御所の件も、まだ片付いたとは言えませぬのに」
「いえ。神使の方から聞いた此度の件、やはり気になるのです。大きな災いがあるのでは、と」
 位の高そうな僧が、深く被った笠越しに遠く、根ノ山を見つめ、柔らかな声音で答えた。
「確か、既に神使の皆様も調査に当たられていますね。危ない事になっていなければ良いのですが」
 急ぎましょう、と。高位の僧は仲間たちを促した。

GMコメント

ご祈祷の時以外でも、神主さんのデクレッシェンドがかったスーッ……
みたいな喋り方を聞くと毒が抜けてく気がしますね。あれも訓練なのかもですね。
という訳で調査とかいろいろ編です。皆さんのプレイングを受けまして、今回はこんな感じになりました。

・・・・・・

●目標
・『結月の大祓』や、根ノ国、奥村などについての情報を1つ以上入手する(※必須)
・他、可能な限りの情報収集や出来る事を行う(※自由)

●情報精度:C-
 足りない情報の収集自体が目標となっており、明らかに危険なエリアや人物、
 危険となりうる行動が存在します。不測の事態を警戒して下さい。

●ロケーションなど
 都より遠く離れた『根ノ国山』と、麓の寺社・村の一帯が調査対象です。
 満月の2日前(儀式完了)の、お昼?日没までがタイムリミットになります。

●主な調査対象(奥村神社)について
 最初に穢れ多き根ノ国、そして山に降り立った巫女が鎮守の社として建てたものです。
 先祖代々、強い霊力や秘儀を受け継いで村人を護ってきました。
 現在は特別な大祓中で本殿にだけは入れませんが、それ以外の所は開かれています。

 ○伊久郎(宮司)
  結月の大祓を執り行う者です。儀式の全容は当然知っていますが、
  真実を語る事は無いでしょう。心を読む系統の非戦もほぼ効かないようです。
  伊久郎以下、奥村の人間へのコンタクト自体は可能で、
  全員が(少なくとも、表向きは)好意的に応じてくれます。

 ○静香(母)、
  奥村の巫女、伊久郎の妻で結果の実母。本人も優れた戦巫女です。
  伊久郎同様に儀式に携わりますが、直接聞き出すのはほぼ不可能でしょう。

 ○結果(娘)
  奥村の巫女、伊久郎と静香の娘です。結構オープンな性格で、村人にも人気があります。
  彼女も奥村の子で霊力はとても高く、儀式にも参加するようです。

 ○月葉(養子)
  奥村の巫女、今回の大祓の中核となる人物です。
  儀式を直前に控えて外界との関りを断っていますが、普段は寺社や村人とも仲良くしています。
  接触は可能ですが常に誰かが見張っており、長過ぎる話や深い話は難しそうです。

 ○その他の神主や巫女、小間使い、見廻り人など(あわせて10人強)
  奥村家以外の神職や、神社の雑事に携わる人々です。
  特に神職は有事の際に武器を取り、それなりの戦力を有していると思われます。
  儀式については『外部の者よりは知っている』程度ですが、
  会話や雑談、質問には普通に応じてくれます。

 ○本殿(の手前)
  一般の参拝客がぽつぽつと訪れています。ご祭神、ご神体は根ノ国の山そのもの。
  本殿の奥に山の姿が視えます。

 ○各種の小社
  本殿以外にも、境内にはメジャーな狐神などを祀った小社がいくつかあります。
  こちらにも参拝客が訪れており、小社ごとにご由緒を書いた立て札が立っています。

 ○古びた小社
  始まりの巫女を氏神として祀っている場所です。
  草木がぼうぼうと生え放題で、長い事手入れされていないようです……
  ご由緒の立て札はありますが汚損があり、解読はちょっと大変かも知れません。


●それ以外の調査・行動対象
 〇村人
  子供から老人まで様々な『訳あり』、またはその子孫が暮らしています。
 、隠された双子の片割れであったり、権力者の不興を買った者だったり
  たまたま迷い込んだ旅人だったり、その出自は様々です。
  鬼人種が多めですが精霊種や旅人含む他の種も居り、元は高い身分だったり
  神事仏事に携わった者、学者などといった者も案外多く混ざっています。
  神社、寺、村など何処にでも居ます。

 〇浄閣寺、および併設の寺子屋・自警団詰め所
  奥村神社の次に古い歴史を持つ、根ノ国の仏閣です。ご本尊は根ノ国山を擬人化した『根ノ山権現』。
  奥村とは『解釈や作法が違うだけ』という事で、両者の仲は長らく良好です。
  寺子屋では僧侶たちが子供に読み書きを教えており、村で一番多くの記録や
  蔵書を有する場所でもあります。
  僧兵を中心とした自警団も詰めていますが、まだ怪我人が多いようです。

 〇墓地
  浄閣寺の管轄する墓地です。偉い人の石像(村人曰く『お地蔵さん』)や、
  大小さまざまな風車がずらりと並んでいます。お地蔵さんには色々なご加護がありますが、
  特に水子の供養や、子供の守り神として信仰を集めています。

 〇山の入り口、および山そのもの
  前シナリオでの戦闘場所でした。注連縄で閉ざされた大きな鳥居と、
  たくさんの風車やお地蔵さんが並んでいます。
  山自体は奥村にとってのご神体、浄閣寺にとっても重要な場所です。
  遥か昔より、ここに登って帰ってきた者が居ない事から、
  鳥居の向こう、山への立ち入りは固く禁止されています。

●協力者
 〇暁月
  根ノ国では新参者ですが、その腕っ節で村人から頼られています。
  神事・仏事、呪術の心得はありますが、本人の霊力はからっきしだそうです。
  月葉の招待を受けていますが、指示があれば従います。

 〇仁斎和尚(おっちゃん)
  浄閣寺や寺子屋、自警団の纏め役。代々、根ノ国の様々な記録を行っており、
  神事・仏事、呪術などの知識も豊富です。
  現在は体調が悪く外には出られませんが、知識や人脈面での協力が期待できます。

 〇旅の僧侶たち
  少人数で旅をしている僧侶たちです。色々と不明な集団ですが、
  接触すれば何らかの協力を得られるでしょう。目立つのですぐ見つかります。
  仁斎同様、神秘方面の知識を豊富に持っていると思われます。

●Danger!
 このシナリオで極端な無茶をした場合、パンドラ残量に拠らず、
 死亡を含めた重篤な判定を受ける可能性があります。
 充分ご注意の上、ご参加ください。

・・・・・・

ややこしそうですが、危険ポイントに気を付けつつ自由に動いていただいて構いません。
今回もよろしくお願いいたします!

  • <根ノ国山>雲間に隠ろふ月を暴け完了
  • GM名白夜ゆう
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月13日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
ニャムリ(p3p008365)
繋げる夢
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
コスモ・フォルトゥナ(p3p008396)
また、いつか
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手
ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)
星飾り
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き

リプレイ

●今ふたたびの穢土に立ち
「生きるということは、何かの上に立つことと見つけたり」
 食べるもの、着るものひとつとっても己以外、何某かの犠牲無しに我々――ヒトは生きられない。
 故にヒトは生きることに誠実であり、そう在らなくてはならぬ。『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)にも、その道理はよく分かる。
「果たして、彼らは知り得ているのだろうか」
「さて。どちらであろうな」
『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が、見極めんと再び根の地に降り立つ。
「権力がある者は、多少の後ろ暗い事は行う物よ。善であれ悪であれ、な」
「そういうものだよね、きっと、何処でも……僕としては、どこかザワついてならない……かな」
 思い当たる所があるのか、『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)が百合子の言葉を小さく反芻する。初めて訪れるこの場所には、不可思議な風習や概念があるものだ。
 村全体は満月の日を前に気もそぞろ、落ち着かない空気で満ちているが、それ以外にも雑多な――主に薄暗い感覚に、ハンスは魂が震えるのを感じていた。
「この儀式、大祓ってのは一生に一度。長生きさんでも二度見られるかどうか、って所のレアイベントだそうですから、直接出ない人でもそわそわしますよねぇ。確かこう、巫女さんに穢れを集めてどうこう……?」
『星飾り』ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)が聞いた所を話す。話中の巫女とはつまり贄、スケープゴート。
(何処にでも。そう、どこにでもあることですね)
 今更気に掛けることも無し。己に言い聞かせるように独り言つ星の娘の真意は、或いは本人にも分からない。
「そうだな。奥村の巫女に……この前のあの娘から、暁月に言伝が?」
『遺言代行』赤羽・大地(p3p004151)も、何かに導かれるように彼岸近くのこの村を訪れ、先日知り合った『訳あり』の鬼に問いかける。
「ああ。そっちは個人的な方なんだが……私用の方まで、面倒かけちまってすまねぇな」
「いえ、これも『目が合ったご縁』です。ヒトとは、他人との縁を大事にするものだと、聞きました」
『目醒めた意志の』コスモ・フォルトゥナ(p3p008396)は、あの時『視た』モノたちを想う。
 儀の中心となる巫女、月葉は恐らく、本来ならば境内から出て来る事は無かった。それが偶然、コスモと『目が合った』事で、運命が僅かに逸れて。
 出会う筈の無かった片割れ同士が出会い、互いに『会いたい』と言ったのだ。
 双子。その意味は分からなくとも、彼の願いは切なるものだ。
 ならばそれを叶えよう。叶えたい。明確な意思を持って、コスモは再び暁月を訪ねた。
「しかシ、どうもこの前の子供の霊の多さと言イ、この嫌な空気といい。単純に双子の感動の再会、とはいかなそうだナ」
 大地の中の『赤羽』は、より死に近しい者。一帯を覆う死の気配に死の予感を、殊更強く感じている。
「双子の存在も……因果というか、なんというか……」
 込み入った過去を持つハンスが今根ノ国を訪れた事には、何となく意味があるような気がする。そんな彼に、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が「因果よね」と返す。
「分からない事ばっかりだよね。少しでも紐解ければいいんだけど」
 郷に入るなら、という事で豊穣風の衣装を纏ったイーリンの傍らには『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)がぴったりと寄り添う。
「……この服、ちょっと甘過ぎたかしら」
 平素は飾り気のないイーリンだが、今回の衣装は甘めで装飾が多い。愛らしく着飾った恋人の姿に、ウィズィは密かに心が躍る。
 手探りで進む暗闇でも、二人一緒なら大丈夫。だから今は深く、手を繋いで。――静かに行こう。

「「神がそれを望まれる」」

(……さてさて。誰を味方に、誰を/誰が敵に?)
 価値、判断は振り子のようにゆらゆら揺れるし不透明、ラグラにとってはどちらでも良いこと。
「判断は皆さんにお任せするとして……とにかく情報を集めないと、ですね」
「基準を付けるにも、材料は要るよね……今日という日の花を、しっかり摘むとしようか」
 ラグラは今日明日の糧の為、ハンスは己の成すべき事の為。 イレギュラーズ達は、粛々と根ノ国に踏み込んだ。

●揺り籠の天上楽土
 高所より村を見下ろすハンスと、ウィズィと繋がった小鳥が空中ですれ違う。
「一緒に頑張ろう」
 ハンスの声掛けに小鳥は小さく頷いて、別の場所へと飛んでいった。
 此度の大祓は、贄の命――魂を賭すものだとか。ハンスが『そういった』儀に触れるのは、可能性の匣を宿してからは初めてになる。
「さて、と……」
 恐らく、自分は奥村の人間と接するのに不向きだ。例の巫女同様に、人のイノリを集める『贄』だった頃の経験と勘が、彼にそう囁いた。
(適材適所、っていう事もあるし)
 村人の話を聞きに行こうと、探し出した人だかりの中へ降り立った。
「きゃっ……!?」
 雑談に興じていた村娘たちの頭上からひらり、青い羽根が舞い落ちる。続いて、ふわり。羽根の持ち主が、娘たちの前に降り立つ。辺りに舞う鮮やかな青色の羽根は、地に落ちる頃には黒く染まっていた。
 山の方から降り立った、美しい六枚の翼を持つ天狗――いや、山の神の使い? 驚く村娘たちに対して、ハンスは柔らかく微笑みかける。
「こんにちは。ハンス・キングスレーと申します。……突然ですが、お話を聞いても?」
 余所者が多く集まるこの村であっても、見ない顔への警戒はやはりある。しかし、それも一瞬の事。
 彼が立つ場所、そして彼自身が多幸感をもたらす青の鳥籠。 娘たちは勿論のこと、少し離れた所からも子供や老人、大の男までもが惚けた様子でハンスの方を見やる。
(あまり使いたくはなかったけど……)
 この力ゆえ、贄として籠の中に囚われ続けた日々の記憶はまだ苦い。それでも、災厄が齎される事が無い様に、使えるものは何でも使おう。
 籠を出た鳥は覚悟を決めて、今一度、人々を救う為に羽ばたく。
「え、えーとっ。何か御用でしょうかっ」
「……きっと、何か事情がある人もいるでしょう。この地にはそういう方が多いと耳にしました」
 まずは柔らかい言葉で。続いて、真摯に訴える。
「お願いします。どうか……どうか、皆さんの知っている事を教えては貰えないでしょうか?」
 穢れ多きこの地に進んで踏み入り、まして好んで住まう者はそう居ない。この村の住人は皆、訳あって日陰にしか生きられぬ者たち。
「――大丈夫、今はただ、僕に委ねて」
 崇め讃えよ我らが贄を。人々は小さな楽土の中に神を視るが、それは破滅と隣り合わせの魔性。自らその籠に踏み入れた人々が、ぽつぽつと話し始める。

 その昔、山の穢れが意志を持ち強大な怨霊となった。それを鎮めたのが奥村のはじまり、かの巫女が行った結月の大祓である。
 ある物書きの言葉は、聞いていた話とおおむね一致した。彼はかつて宮仕えの身だったが、『入り込み過ぎた』事で遠い根ノ地に追いやられた、都合の悪い知識人だと言う。
 この融けた意識の中では、嘘や出任せはそう言えまい。はじまりの儀についてはどうやら確かで、もうひとつ、力を持った怨霊が居るようだ。

 ハンスが一礼して去った後も、人々は幸福感の残滓に浸る。
 幸いなるかな、無辜の民よ。けれども、ほんとうのさいわってなにかしら?
 遠くで聞こえた誰かの声にハンスは振り返るが、その場には誰も居なかった。

●回る歯車、かざぐるま
 地上ではイーリンの操る紙人形が、上空からはウィズィが呼んだ小鳥が村中に目を光らせる。特徴的な網代笠に墨染姿、旅の僧侶はすぐに見つかった。注意深く、彼らへと接触を試みる。
「ごきげんよう、旅に良い季節ね」
「お急ぎのところ失礼致します。あなた方は……」
 イーリンは世間話でもするように、ウィズィは丁寧に一礼を行う。ひと周り高位見える僧がゆっくり礼を返すと、ウィズィの問いに被せるように、男とも女ともつかぬ透明な声色で言葉を続けた。
「……神使様でいらっしゃいますね?」
 まさに自分たちが聞こうとしていた内容だ。何かしら読まれているのか? イーリンは警戒を強め、僧侶を観察する。
(……敵愾心とかは、まったく感じられないです……)
 直接言葉を交わしたウィズィが、イーリンがそっと耳打ちする。
(ええ。私にも分かるくらい。びっくりするほど筒抜けだわ)
 彼の心は曇り一つなく、技能を使う必要も無いほど、奥の奥まで見通せる。連れている僧侶を含め、看視者や敵意を持つ者はこの場に居ない。
 普通に話しても大丈夫そうだ。僧侶の問いに、頷きながらウィズィが答える。
「え、ええ。大きな災いの種があると聞き、調査のためこの山にやってきた次第で」
「嗚呼、やはり。貴女方が来ていると知って、探しておりました」
「そ、そうなの? ……私達を、探して?」
 イーリン達からは、目の前の僧が『敵ではない』という事しか分からないが、相手は果たして、自分たちの事を何処まで知っているのか。
 確かに感じるのは透明な心。それをを信じて、ウィズィはいつも通り真っ直ぐに問う。
「……お見受けしたところ、目的を同じくする方々のように窺えます……単刀直入に問いましょう。あなた方は『結月の大祓』を止めに来たのでしょうか?」
「はい。……止めると申しますか、行われている事を確かめねばと」
 さらりと、清い水が流れるように僧は答える。なお警戒を続けるイーリンが、ウィズィに続けて問うた。
「身も蓋も無い話だけれど。この土地は決して豊かでない上、村の外は妖だらけで、村の中は秘密だらけ。そんな旨味の無い場所までわざわざ出向いて、あまつさえその土地の実質的な権力者……奥村に介入しようだなんて、正気の沙汰じゃないわ」
「そうですね。正気のままでは、恐らく済度は成りませんから」
 深く被った笠の下で、高僧の薄い唇が笑みの形を作るのが伺えた。
「あなたは、いったい……」
 ウィズィにそう問われると、高僧がきょろきょろと周囲を伺い、人気のない路地へと促す。
 イーリンが視たところ、その場に伏兵などの危険は無い。秘密の話でもしようと言うのか。
 建物の影で高僧が大きな笠を脱ぐと、白い髪がふわりと広がる。尖端に桃色を帯びたその髪は、蓮の花弁を思わせた。

「……えっ」
『司書』たるイーリンは、その特徴的な佇まいに思い当たる節がある。

「申し遅れました、神使様方。私は七扇が一柄、治部省の蓮空(れんくう)と申します」
 豊穣の地の実力者、蓮の花の精は改めて、淑女ふたりに深々と一礼を行った。

「……流石に驚いたわ」
「ちょ、ちょっと上手く行き過ぎでしょうか」
 思いがけない大物との接触に顔を見合わせるイーリンとウィズィに、蓮空が気を楽にと促す。
「先程も申し上げましたが、私達も神使様を探していた身。目的を同じくする同志なのですよ」
 それでも、七扇に直接出会い、まして目的が同じなんて出来過ぎた話だ。イーリンはなお、偽物の可能性を疑う。
「すぐに腹を割るのは、難しいでしょうね。立ち話も何ですし、後ほど何処か……寺の方でお話出来ませんか。……申し訳ないのですが、長旅で少々疲れてしまいまして……」
「承知したわ。私達もそうする心算だったし……では、十六……申の刻に、浄閣寺で落ち合いましょう」
「ええ。楽しみにしておりますよ」
 蓮空はそう言って再び笠を深く被り、護衛の僧を伴って日向側へと戻って行った。

「……イーリン、大丈夫?」
 二人で観察結果や所感を話し合う。この時点では何とも、という所だが、話す約束を取り付ける事は出来た。
 彼は本当に蓮空その人なのか。その真贋は寺で落ち合う際、同職の和尚にでも聞けばすぐに分かる事だろう。

 一方。村はずれの墓地では、沢山の『お地蔵さん』と鮮やかな風車が休まず村を、山を、死者を見守り続ける。
 その中にぽつりと佇んで、マッダラーは思索に耽る。
(此処を訪れる前に、この地の『お地蔵さん』について聞いてきたが)
 この地の彼は、他の地方と趣が異なるような。
 僧侶に聞いた話では、寺を建てた者たちが子供の霊を慰める為に設えたものとか。神社側、はじまりの巫女が子殺しの悪習を断ち切ったてから少しだけ後の話と聞いた。
 救いの無くなった世界にて、現世に幽世、遍く世界を護り救わんとする聖者というのが『お地蔵さん』の基本的な性質だが、根ノ国の彼はどうやら、別の存在――この山の神や寺を建立した僧侶たち、彼らが立てた拠り所などが曖昧に混ざって信仰されているようだ。
 禍もたらす荒ぶる神が、丁重に祀る事によって護り神へと姿を変える。こと豊穣の地で散見される概念だが、何とも不思議な話である。
(これもヒトの可能性なのだろう。泥人形の俺には、持ち得ぬ力かな)
 思索に沈んでいると、墓参りに来た老人が何かを口ずさむのが聞こえてくる。
『とおりゃんせ……』
(童歌か?)
 何処か、聞き覚えがあるような。泥人形は朧げに、老人の歌に重ねてみる。
「……この子の七つの お祝いに……?」
「……、……」
 どうやら、知っているものと違う歌らしい。吟遊詩人として、非常に興味を惹かれるものだ。
「失礼。先ほど口ずさんでいた歌は、どのような?」
「おや、旅の方ですか。……ええ、これは村に伝わる歌でして」
「教えてくれないか。俺も奏でてみたい」

 同時刻。イーリンが待ち合わせの間、狐面を被って村の子供達と戯れる。
「にゃー」
「……にゃ~」
 彼女の手はどういう仕掛けか板を通り抜け、傍らにはとろけて長く伸びた猫に、無機物で出来た猫。
 子供達は大いに沸き立ち、夢中で猫を伸ばしたり戯れていると、墓地の方から、知った歌声が聞こえる。

 ――まんまるおつきさま とおりゃんせ とこよのみちのとおりみち――

 奏者はマッダラーか。ギターの調べに乗って、子供も一緒に歌い出す。よく知られている歌なのだろう。
「……お月様……常世の路の……」
 イーリンも子供に混じり、見よう見まねで一緒に歌う。
(この手の童歌には忘れられた物や、実際の伝承がよくあるけれど……)
 果たして、何らかの意味はあるのだろうか。とにかく歌詞を忘れないように、何度も繰り返し口ずさんだ。

●重なる想いを紐解いて
「はてさて。なにやらきな臭いが。まずは調べんことには何もわからんな……って、おーい? 起きとるかー?」
「……にゃむ……だいじょぶ、起きてる……よ」
 浄閣寺を訪れた『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)の右手には、青白くふかふかとしたものが浮かぶ。空飛ぶ枕の上でまどろむ『繋げる夢』ニャムリ(p3p008365)その人だ。神使二人を出迎えた僧侶も、目の前で眠る稀人に戸惑いの色を浮かべた。
「え、えーと……治療のお申し出? いただきまして、あ、ありがとうございます……?」
「わしは雀の涙程度しかできんがの。安心せい、この猫はこう見えて、治療術が達者だからな」
 不安げな僧侶を促して、二人は自警団の詰め所を訪れる。
 連日襲い来る怨霊から受ける傷や病がなかなか癒えず、部屋中が濃い疲労の色で満ちている。
「では、さっそく始めるか。怪我が重い者は、向こうの猫に任せるがよい」
「ん。ぼくに、まかせて……」
 最も傷が深い僧兵の傍らへ、ニャムリが枕に乗ってふわりと飛んでいく。
 その脇腹には大きく開いた傷があり、塞がり切っておらず時折出血もある。続く痛みに、昼夜呻き続けているようだ。
「かわいそうに……こんなに痛いと、よく眠れないよね」
 ぐっすりおやすみ。夢見る猫は、傷ついた男に優しい魔法をかける。傷はみるみる塞がり、あたたかい光が僧兵の意識をも心地よく解していく。
「これで、よし……でもまだまだ、みんな辛そうだから……ちょっと休んだら、君も手伝ってね……」
 僧兵が頷くのと同時。緊張の糸が切れたのか、彼はそのまま眠りへと落ちていった。
「ふうむ。こんな怪我は唾でもつけとけば治るじゃろうて」
 瑞鬼の方も、負傷者へ簡単な治癒術を施していく。体力や霊力面以外にも自覚しにくい疲労は確実に蓄積しており、治療を追い付かなくしている大きな原因となっている。
 その渦中にあっては、本人曰く雀の涙程度でも、治療を施してくれる他者の存在は有難いものだった。

「……これで、おしまい……」
 第一印象に反してニャムリの手際は非常に良く、治療の心得がある者から治し協力を仰いだ事で、手早く窮地を脱する事が出来た。案内に出た僧侶と、様子を見に来た仁斎が二人の手腕に揃って舌を巻く。
「そろそろ、僕も眠いや……と、その前にこっちは相談…… 色々な事が綴られた書物がある、図書館のような場所はないかな……?」
「書物をお探し、と。でしたらまさに、この浄閣寺は打ってつけです」
 この寺院は建立以来、根ノ国で起こる様々な事象を記録し続けており、子供たちに読み書きや学問を教える場所でもある。 仁斎と僧侶は、恩人たちを喜んで書庫へと誘った。

 根ノ国が積み重ねた記録は書庫の中、膨大な量の紙束や巻物、書物となって立ち入る者を圧倒する。目当ての情報を探すだけで骨が折れそうだが、そこまで時間がある訳でもない。
「じゃあ早速……さすがに、確信に迫る情報はないだろうけど……儀式が間違ったものだとは聞いているから……ぼくは、奥村の事を調べてみるね」
「それでは、わしは『根ノ山権現』とこの寺について、調べてみようかの」
「根ノ山権現の件ならば、儂からも説明させて頂きましょう」
 書物のひとつを紐解いて見せながら、仁斎は語る。

 その昔、この山は都合の悪い子供を殺して捨てる場所――いわば『子捨て山』であった。
 そんな子らを憐れんだ僧侶が数名、奥村の巫女よりも少し後にこの地に辿り着き、彼らの作法で供養を行い、住まう人々の為にも寺を開いた。これが浄閣寺のはじまりである。

「……山そのものを、神様として祀っているのが神社の方なら……お寺の方は?」
 奥村についての資料を紐解きながら、ニャムリが疑問を投げかける。
「儂らの『作法』には、自然物を崇める習慣がほぼ無いのです。目指す所も全く違うのですが、細かい部分はさて置きまして……最初に寺を開いた僧の一人と山の神を同一のものとし、拠り所として『立てた』のが権現、という訳です」
 つまりは方便。瑞鬼がふむ、と頷く。
 神社と信仰対象を同じくする事で、違う作法ながらも矛盾せずやっていけるという訳か。
「えーと……山に神様が宿っていたり、山自体が神様だったり、するんだね……」
 ニャムリは想う。はじまりの巫女は、過去に大祓を担ってきた代々の巫女たちは、記録を行った者は――それぞれ何を想っていた?
 人の想いは、強ければ強いほど何処かに滲む。どんなに厳密な文章を書こうと、書き手の主観(おもい)は思いがけず顔を出す。夢見る猫は、綴られた文字からそれらを辿る。
「人が起こす行動というのは、いつだってそこに“想い”が宿るんだ。ぼくが眠るのもそう。夢の先で会いたい人がいるから」
 あれに理由があったのかと、瑞鬼が少しだけ驚いて。
「本当に会えるかどうかじゃなくて、会えると信じてるから眠る(いのる)んだ」
「信じる者は、というやつか。わしにはどうにもしっくり来んが」
 瑞鬼が信じるは常に己。神頼みという感覚は、彼女からは最も縁遠いもの。
「それにしても、ふぁー……肩が凝っていかん。こういう細かい作業は、やはりどうにも」
「だいじょうぶ? もみもみする?」
 ぷに。と、ニャムリの手指と肉球が、優しく瑞鬼の肩を押す。
「有難いな。……おお、これはたまらん」
 猫の手を借りる、という表現は実話だったのかも知れない。 柔らかい感触に癒されながら、瑞鬼は何となしに考えた。

●秘された神の祈り
 大地が立つ場所には、常に死人を誘う花が咲く。清浄なる村の鎮守、奥村の境内も例外ではない。こと山を臨むこの場所にあっては、多くの思念が集まって来る。
「おお。これはまた、わらわらと」
 百合子もまた、霊魂と言葉を交わす者。死霊術師の前にあって『死人に口無し』などという常識は通用しない。
「赤羽殿。そちらは如何か」
「ふむ……やっぱリというか子供が多いナ。具体的な話ハ難しそうダ」
「吾の方もそうだな。なに、まだ始まったばかりぞ! そのうち身のある話も聞けよう!」
 求めるならば進むべしと、百合子は先陣を切って小社を巡る。
 主な祭神たる山以外を祀る社は、豊穣において有名な狐神や荒ぶる神、寺の方面と混ざった芸事の女神など。由緒書きの内容と大地が知る内容はほぼ同じ。
「目ぼしい情報は無し、カ」
『もし。そこの道往くお兄さん?』
 肩を落とす赤羽に向け、狐の社からひとつ霊魂が誘われ囁く。
『変わった事をお探しで? 数代前……ああ、割と近年の話なんですが。例祭含め、儀式のやり方が全体的に少し変わったような』
「儀式が変わった……そいつハ、如何にも何かありそうな話だナ!」
 百聞は一見に何とやラ、カ。狐社の霊魂は、お役に立てればとからから嗤った。

 大地が交霊を行う間も、参拝客が絶える事は無い。
 少し離れた場所で、ラグラが邪魔者を常に警戒しているが、今の所は何事も無い。
 一方の百合子は参拝客の一人、ただひとつの社を除いた全てを巡った者へと接触を行う。
「随分と熱心だな。はじまりの巫女の社は、行かないのか?」
「はじまりの……社?」
 参拝客の村人ははて、と顎に手を当てる。
「えっ。大事な巫女さんなのに、知らないんですか?」
「巫女様のお話は勿論存じておりますが、はて、社など立っていたでしょうか……?」
 ラグラと百合子が目を見合わせる。

 ――この地にとって重要な神の一柱であろう彼女、というかその社の存在を、忘れている?

「いやぁそんな、幾ら何でも。これは何かありますよねぇ」
「うむ。現地で確かめるのが手っ取り早かろう。赤羽殿が戻ったら、早速確かめに向かうとしよう!」

 件の社は本殿脇の細道、かなり奥まった場所にひっそりと在る。
「こっちに参拝客が少ないのはともかク……氏子か檀家みてぇなヤツすら掃除しに来ねぇのカ?」
「いえ。これは寧ろ……」
 人払いの結界か何かで『入れないようにしている』と、ラグラは見る。
 社へ続く細道に入った辺りから一歩ごとに足が重くなり、頭に霞がかかっていくような不快感が強まっていく。
「進めないほどではない、が……吾でも少々きついぞ」
「確かに、これは……普通の村人なラ、この場所の認識ごと霞みそうダ」
 神域との境界、小さな鳥居の向こう側踏み出そうとした大地がとりわけ強い引っ掛かりを感じ、はたと歩みを止める。どんな悪路も楚々と歩く百合子でさえ、踏み込むのを躊躇した。
「百合子もか」
「ああ。やはりここには何かあるぞ」
 意を決して踏み出せば、荒れ果てた社がよりよく見える。寂しい場所だと、大地が感じたままを呟く。
「はじまりの巫女は奥村の祖で、敬われる者ではないのか?」
「もしかしテ、これをおっ建てた連中の子孫もとっくに死に絶えテ、忘れられてんのかねェ」
 入れ替わりがあったのかもと、ラグラが何となくを口にして。
「ここは大分、数年……いえ、ひょっとすると十数年……? 放置されてた時間って 月葉ちゃんとは関係あるんですかね」
 これもまた、気まぐれな星の囁きのひとつか。少なくとも、彼女の年齢より長く放置されているのは確かだ。
「何にしろ見るに堪えぬ。仕事の前に、少しばかり掃除していこうか」
 百合子が袖を捲り、えいやっと大雑把に雑草を毟る。
「そうだな。調べるにも、このままだとやり辛い。大まかにでも……」
 大地は服の袖で、社に溜まった塵や蜘蛛の巣を拭い去りつつ、社の様子を伺う。戸を開けるかは、もう少し掃除してから考えようか。
「赤羽殿ー! これ、読めそうか?」
 百合子の手によって、ご由緒の立て札の汚れは綺麗に落とされていた。破損ばかりはどうしようも無いが、幾つかの文章を拾う事は出来る。
「んー。私にはさっぱり読めませんから。解読の方はお任せしましょう」
 情報の精査は出来ずとも、背後の警戒を絶やさないラグラが在ってこそ、大地と百合子が調査対象にしっかりと向き合えるのだ。
 大地が解読を試みる間、百合子は読める文字をメモに写し取る。ここまでも、由緒書きの類はすべて記録してきた。
「情報をいっぱい集めるとどういう関係なのか見えてくるってイーリン殿が言ってた!」
「その通りだ。何が糸口になるか分からないしな、……!?」
 社からがたがたと物音がして、百合子と大地の意識が引き戻される。
「社の中の方……からであるか?」
「虎穴に入らずんバ、ってやつダ。開けてみようゼ」
 恐る恐る戸に手をかけ手前に引くと、きぃ、と古い木が軋む音がして、ぽつりと置かれた簡素な祭壇が、来訪者の前に姿を現した。
 祀られているのは――翡翠と水晶で出来た、勾玉の首飾り。 百合子がそれを確かめた瞬間、勾玉がぼうっと光を放ち。

『……ようこそ、おいで下さいました……』

 頭の中に直接、たおやかな女性の声が響く。後方のラグラも何事かと、社の方を振り返った。
「も、もしや……貴殿は、巫女殿……?」
『左様でございます、美しいお嬢様……とは言っても、最早残滓でしかありませぬが……』
「こいつぁ十中八九本物って感じだゼ……驚いたナ。巫女殿と直接話せるとハ」
 霊魂疎通に優れる者が複数在ったが故か。万一の危機に備えつつ、ラグラはそう感じていた。
『見つけて下さって、ありがとうございます……話せる刻、も……そう長くなく、申し訳ないのです……が……どうか、お願いします』

 この月を、この山を正しい姿に戻して下さい――
 そう一言だけ言い残し、巫女の気配はぷつりと消えた。

「……もう少し、話したかったが……となるト……」
 つい先刻の、巫女の言葉を併せれば。
「うむ! やはり、今回の儀は間違っているのであるな!」
 改めて整理してみようと、大地が情報の断片を繋ぎ合わせていく。

 根ノ国は穢れ多き地ながら、その山の神、山そのものは五穀豊穣の神であり、護り神としての性質を持つ。
 ……というのは平時の話で、ひとたび山が穢れを受ければ、力を持った怨霊が目覚めて土砂崩れに水害、流行り病などの災厄を齎す。
 それを防ぐ為定期的に穢れを清め、時に大規模な儀を行い、山に宿る怨霊を『鎮める』のが『結月の大祓』なのであると。

「……確か、イーリンとウィズィが、寺で件の僧侶と話す約束を取り付けたんだったな」
 思いがけぬ収穫を得た三名は、情報共有の為にも浄閣寺へ向かう事にした。

●月分かつとも、やがて満つ
「私には、そもそも同じ世界に生物が存在し得なかったので、双子、というモノに、どのような感情を抱くかは、見当もつかないのですが……」
「へえ。何というか……随分と大仰な所から来たんだなぁ」
 奥村の社へ向かう道すがら、暁月とコスモが束の間言葉を交わす。
「双子、でしたね。血を分けたきょうだい……月葉様について、感じる事はあるのでしょう、か」
「そうだなあ……俺も初めて会った身で、実はまだ実感が追い付いてないんだが……俺の中に欠けた感じがずっとあって、あの娘がそこにぴったり嵌まるような、そんな気がした……かな」
「丁度、上弦と下弦の月のような。あなたにとっての月葉様は、そういった存在なのでしょうね」
 境内に続く大鳥居を潜り、面会場所に指定された拝殿へ真っ直ぐ向かう。今頃は、大地らが小社を調べている頃だろうか。そんな事を考えながら、月葉が待つ部屋の戸を引く。
「……おや。少し早く来てしまったようです、ね」
 月葉の姿はまだ無い。念の為、コスモは『目』を見開いて警戒を強める。
 この一室は単純に客間として使われているようで、隠れられそうな場所や、仕掛けの類も何も無い。
「少し、待つとしようか。拝借して……と」
 暁月が部屋の隅に積まれた座布団を三枚持ち出して畳の上に敷き、コスモに休むよう勧める。
「ありがとうございま、す」
 礼儀正しく、見よう見まねの正座で腰を下ろす。障子を隔てた屋外にはまばらな参拝客の姿が見えるが、それでもこの室内はとても静か。
「暁月様は、月葉様と何を話したいでしょうか」
 そういえば、と。コスモが暁月に問いかけてみる。
「うーん……実を言うと、あんまり考えて来れなくてな。ただ会いたい、って気持ちだけで」
「難しいのでしょうね。きっと……おや」
 廊下の方から、軽い足音が聞こえる。やがてがらりと戸が開き、鬼の少女が顔を出した。

「ご、ごめんなさい、遅くなりました。……月葉です」
 女子という事もあり顔かたちはそこまででもないが、感じる空気のようなものが、改めて見るとやはり似通っている。暁月とコスモは、改めてそれを感じた。
「あ、ああ……改めて、俺は暁月。忙しかったのかな」
「はい……儀が長引いてしまって」
 急ぎ足で駆け付けていたようで、長い髪や衣が少し乱れている。まずは呼吸を落ち着けようと、暁月は片割れに座るよう促した。
「す、すみません……本来なら、月葉の方がおもてなししなければならなかったのに」
「気にする事ぁ無いさ。何せ、俺達はきょうだいなんだし」
「……そう、でしたね」
 少し間を置き月葉の呼吸が落ち着くと、暁月の傍らで静かに見守る白い女性の存在に気づく。
「……あ、あなたはあの時『目が合った』……」
「ええ、目が合いましたね。改めまして、コスモと申します。……初めまして、です」
 ぺこりとお辞儀する異界の神性、その『目』はちょっとした権能である。それと『目が合った』という事は、力の行使が視えたという事。その事実が、月葉の霊的な感覚の強さを物語る。
「私よりもまず、暁月様への御用をどうぞ、です」
 座して向き合う双子から少しだけ距離を取り、その様子をただ見守る事にする。
 二人はただじっと向かい合って微動だにせず、一言も口にしない。何処までも静かに、時間だけが流れていく。
(……何てこった)
 結局、何を話すか全く纏まらなかったし、あったとしても上手く話せそうにない。暁月だけでなく、月葉も同じ状態のようだ。
「そ、そうだ。これを……」
「!」
 道すがら、暁月が土産にと買っていたかるめ焼きを差し出す。
「いただいて……良いのですか?」
「勿論。その為に買ってきたんだ。……甘いのが苦手だったら、申し訳ねえが」
「い、いえ! むしろ大好きです!」
 急に月葉の目が輝き出したと思った矢先、月葉は間髪入れず、砂糖菓子をがぶりと齧る。恥じらう気持ちは何処かに落としてきたようで、ぽろぽろ落ちる欠片も気に留める事なく。
「これ……これです! お砂糖の塊! 暴力的なまでの甘さの結晶! 月葉、これ大好きなのです! 暁月……兄さまは、何でもお見通しなので?」
 人が変わったようにはきはき話す月葉に暁月は一瞬たじろぐが、その表情は喜色満面。あっという間に、真ん丸だった砂糖の塊は半月ほどに欠けていく。
(確かにこれ、物凄く甘い、ですが……月葉様、良い食べっぷりです)
 自身もかるめ焼きを齧りながら、コスモは月葉に感心の眼差しを送る。
「え、えーと……お代わりもあるんだが、食べるか?」
「う、うーん……流石に二つも食べたら、お夕飯に響いてしまうでしょうか」
「そういえば、結構良い時間になってきたかな。だったら、こう……」
 手付かずの砂糖菓子を、暁月は真ん中でふたつに割って。その片方を、月葉に差し出す。
「はんぶんこ……ですか?」
「ああ。お互い、生まれて初めてになるかな」
「そう、ですね。兄さまと初めて……半分ぐらいなら、お夕飯にも響きませんよね?」
 きょうだいで分け合う甘い月、砂糖の塊を齧りながら、暁月は月葉を慮る。
 遠く離れた穢れの地で、悪い扱いを受けて来なかったか。特に彼女は忌み子ゆえ、ずっと気掛かりでならなかった。
 血色や肉付きは悪くなく着物も上等で、長い黒髪はよく手入れされており艶やか。身体にも傷は無さそうだ。
 何より心からの笑顔を見るに、贄の件以外では良い扱いをされていたのだろう――その一点こそがまさに問題ではあるが、ひとまず、暁月は胸を撫で下ろした。

 暁月が外の空気を吸いにと立った所で、コスモが月葉にそっと近づく。
「お二人は特別な縁で繋がっているご様子で、いらっしゃいます。……この地では、双子は忌むべきモノとして認識されているようです、が」
「基本的にはそうです。月葉たちは忌み子ですが、この地ではむしろ、そのように忌まれてやって来る者が……月葉も含めて多いのです。心身をしっかりと清く保てば、この地では問題にならないのですよ」
「なるほど、です。その忌み子、というのも様々な理由があるのかも知れません、が……」
 自分は彼女達に『何をしたい』のだろう? 双子が団欒していた間、コスモはじっと己の裡を見る。まだ真っ白なその心に、小さな点がぽつりと見つかり。
「私、ちょっとした"おまじない"が出来るのですよ。少し良いことがあるかもしれない程度の、本職の月葉様方からしたら、子供騙しでしょうが……」

 願うなら、またご縁が繋がります、ように。
 外なる神人が、巫女と小指同士を絡ませ願った。

(……あの子、大祓で死ぬことになっても構わないのかなー)
 見える限りで本殿を探っていたラグラは、月葉が居るという拝殿にふらりと立ち寄る。暁月とコスモが去った頃を見計らい、部屋の障子からひょっこり顔を出す。
「どもー。遊びに来ましたよっ」
「……こんにち……は?」
 今日は兄たち以外にも、神使の来客が多いようだ。月葉は思わずラグラの手元を見やる。彼女の両手、両指には真っ赤な糸が複雑に張り巡らされていて。
「……あやとり、ですか?」
 こくり、ラグラは無言で頷く。そのまま器用に指を繰り、糸で橋に狐の顔、色々なものを形作る。少しばかりやってみせた後、両手を広げてぴたりと止まり。
(これは……この糸を、こうすれば……)
 月葉がそっと糸を一部だけ摘まみ、ひょいと下から潜らせて糸を自分の手指へ移し。二人あやとりが始まった。
「お見事っ」
「月葉も、あやとりは好きですから……あの、あなたは?」
「昔の知り合いにとんでもないのがいましてねえ」
 何者か、月葉の問いにラグラは答えず。
「そいつは自身さえ頑張れば誰も悲しまないって考え方でして」
 呆気にとられる月葉を前に、淀みなく一人語り続ける。
「そりゃある人たちからすれば救いです。けどそいつの事を思っている人からすれば、その実自分しか救ってないって代物ですよ」
「……自分がいなくなった後は、自分は悲しむ事はないから、ですか?」
 流れるように語る間も、糸を繰る手は決して止めない。月葉の手元が覚束ない時はさり気なく糸を回し、あやとりを繋げられるようにして。
「自分がどうしたいか、誰が悲しむのかなんて蚊帳の外なやべー奴でしたよ」
 以上、豊穣突然昔話でした――そこまで告げると同時に、ラグラはひらりと手を振って立ち去る。
 あっという間の出来事だった。彼女の置き土産、手指に残された赤い糸を、月葉は暫し呆然と見つめていた。

●雲間に隠ろふ月を暴け
「お、おっちゃん……この人本当に、七扇の……?」
「儂ゃ妄語は口にせんぞ。というかこれ、暁月! ああすみません蓮空様、こやつめが失礼を」
 いよいよ日が傾いてきた頃、浄閣寺へ戻った暁月とコスモを、先に集まっていた仲間と仁斎、そして見慣れぬ旅の僧が出迎える。
「構いませんよ。此方こそ、突然の訪問で……文を出すのも忘れておりまして、申し訳なく」
 ゆったりと畳の上に座すのは、蓮空その人だ。
「蓮空様、と申しますと、確か治部省の……」
「はい。初めまして。不思議な目を持つお方。……あまり表立っては動けない身ですが、貴女がご覧になった状況が気掛りで、確かめねばと思いまして」
 万の祭事を纏める彼は、こと暁月にとってまさに空の上の人物だった。緊張で固まる彼を、蓮空はゆるりと手招いて。
 イレギュラーズに蓮空一行、仁斎、暁月がいよいよ一同に会し、円い座卓を囲む。卓の上や傍には山と積まれた書物に巻物、整理の為の走り書き。その中には百合子が「こんなこともあろうかと!」書き留めてきた覚書も多数含まれている。
「……さて。これで、我々と皆様が集めた情報が揃いましたね。改めまして、本当にお疲れ様です。……考える事は多いですが、少しずつ纏めて参りましょうか」

 イレギュラーズ達が新しく知る事となった中で大きいものは、古来、根ノ山には殺された子供が捨てられていた事、強大な怨霊が眠っている事。ハンスが村の知識人から聞いた話と、大地と百合子の調査内容が合致する。
「……確か、殺しそのものが穢れという話もあったか」
「よくご存知でいらっしゃる、泥の方。その通りで、はじまりの巫女がその悪習を絶ちました。寺院側としても、子供達の供養を行い続けています」
「『お地蔵さん』に風車、だな」
 絶えず回っていた風車も、子供の霊を慰めるもの。
「道理デ」
 子供の霊が多かった理由や、お地蔵さんの存在に『赤羽』は合点がいく。
「それに加えて、近年……何代か前に、儀式の作法が変わったとか。はじまりの巫女とも少し話せた!」
 どうだ、と言わんばかりに百合子が言うが、件の巫女本人に接触出来たというのは、やはり大事である。
「巫女曰く、儀式を止めてくれとも!」
「今に昔に、大祓がますます分からなくなってくるのう……和尚でも扇の方でもどちらでも構わん、『結月の大祓』について改めて教えよ」
 餅は餅屋だ。瑞鬼が最も詳しかろう者に改めて問い、先ずは仁斎がそれに答える。
「奥村の行う祓の儀は基本、隠されていましてな。儀の内容が変わった事も、うっすらとしか存じ上げずで……申し訳ない限りです」
「そういうものなのです、鬼の方。神事の中でも、奉ずる神や儀を行う者によって手順違いは出てきます。儀式を伏せる事も、外の穢れを持ち込まぬ為に重要な事なのです」
「その辺りは知っておる。わしはこの手の儀式とやらが死ぬほど嫌いじゃが。在らねばならぬ理由や、守らねばならぬ決まり事の存在ぐらいは、の」
「まっこと口惜しい話ですが、やはり奥村の方の力は強く……儂ら寺のもんの力だけではあの山を『鎮められませぬ』」
「『鎮める』?」
 仁斎の発した言葉に、コスモが首を傾げる。以前からよく聞く『祓う』とはだいぶ異なって聞こえる響きは、いわゆる『作法違い』のようなものか、それとも。
「作法と言えば……一人の贄に、穢れを集めるというのは、その……?」
「所感になりますが、根ノ山ほどの力を人の子一人に降ろすのは負担が過ぎましょう。……それに、山そのものを祓い清めるならば、もっと適した作法がある筈です」
 コスモの問いに蓮空が答え、それを聞いたウィズィが続けて、思ったままを投げかける。
「今の奥村がやっているのは寧ろ、わざと怨霊を起こすような……そんな感じがします」
「はい、恐らくは……」
 今の儀は間違っており、正しい形に戻す必要もある。では、正しい儀とはいったい――? 憶測で語り切れるものではなく。
「ねえ。これ……見て」
 言い淀む蓮空の横から、ニャムリがすっと書物を差し出した。
 卓に上がったそれらの書物は、はじまりの巫女と交流があった僧の記録――というよりも私的な日記だ。存在自体も忘れられていたようで、大量の紙束の中に紛れていた。こんな記録があったのかと、仁斎さえも驚いている。
 書を紐解くと、はじまりの大祓から、これまで行われた数回分の儀の記録、書き留めた者の所感などが書かれている。
「怨霊……その子が起きて来ないように山の穢れを清めたり、山を『鎮める』のが、奥村のお務めで」

 ――『ゆっくりおやすみ』。

 大祓を行ってきた巫女と、記録してきた者たちのあたたかい想いに惹かれるようにして、ニャムリはこの文章に出会った。 コスモと蓮空が記述を確かめ、大地は小社で集めた記録と照合しつつ読み進めていく。
「過去の結月は、穢れを『人に集める』事はせず、山と一体化した子供たちの霊を……」
「『根ノ山の意志』とでも言えるかな、それを『慰める』為のものだが。今の結月は、穢れを『人に集め』て『祓ウ』……」
「……あまり優しいものじゃない、ね」
 ふとした拍子に、ハンスが素直に漏らす。こんな真似をしては子供の霊は悲しむだろうし、あまつさえわざと穢れを集めているともなれば――
 真実の結月を確かめた蓮空が、静かに結論を述べる。
「ラグラ様がご覧になった本殿の祭具なども併せて、あくまでも予想になりますが……此度の結月は満つる月の力と触媒、恐らくは巫女の力を使って何らかの『路』を開き……そうですね、まさに。眠る怨霊を、この地に降ろさんとするものではと」

 現在のやり方は山への礼として適切でない上、災いさえ呼び起こしてしまうもの。恐らくは伊久郎が私欲の為、開いてはいけない『路』を開こうとしているのだろうと。

 ――とこよのみちの、とおりみち――

「常世……この世ならざる……その巫女を通して、例えば何か、霊的な場所や存在と繋がる……?」
 彼らとよく似た者として、快楽を通し神へ至らんとした者の存在を、ハンスはよく知っている。
「そして、大方予想は付くでしょうけど……『この大祓が成れば、月葉は命を落とすでしょう』」
 イーリンがいつものように啓示を得て。

「――そんなもん、許容できるものかっ!」
 その内容に瑞鬼が激昂し、言葉を荒げる。

「命はやらねばならぬことのためで無く。やりたいことのために使うものぞ」
結果が善きものにせよ悪きにせよ、自分自身を便り軸とする彼女が、他者犠牲など容認できる筈もない。
「命の正しい使い方、巫女とやらに教えてやる。その為にも……和尚に扇の方よ。何か、何かできる事は無いか?」

「――はい。月満つるまでの間、それに対する儀を行ってみます」
「おお、やってくれるか! 扇の方よ!」
「私達も、その為にここまで来た訳ですから。暁月君は護摩の火を焚いて、絶やさないように。仁斎和尚は動ける僧を集めて下さい。必要な法具と経文は、此方ですぐに用意します――」
「しょ、承知しました!」
 蓮空の矢継ぎ早な指示を受け、ばたばたと僧侶たちが散っていく。少し間を置いた後、蓮空は改めてイレギュラーズ達に向き直り、静かに言葉を紡ぎ出す。
「……私達が出来るのは、間違ったかの儀と怨霊の力を弱める事のみ。残された時間は当然全て使う心算ですが、完全な調伏までは敵わぬでしょう」
 その言を受けたイーリンが、にやりと挑戦的に笑って返す。
「……つまり、私達の手が必要という訳ね?」
「はい。大祓の日まで、我々の儀を奥村より隠し護って下さる方と……」
「儀式の最中に乗り込んで、元凶から断ちに行く者じゃな?」
 ずいと身を乗り出す瑞鬼に、ご明察ですと蓮空は返す。
「ええ。大本の儀を直接断たねば、災厄は止め切れませぬ故」
「任せるがよい! このふざけた儀式、必ず止めて見せようぞ!」

●つきむすびのうた
 浄閣寺の本堂、根ノ山権現の像の下には隠された道が在る。
 洞窟となっている道の最奥には本堂同様、僧たちの拠り所たる山の化身が鎮座する。
 とかく荒れ易いこの地において、如何なる時も光を絶やさぬ為に設えられた秘密の場所で、密やかに護摩の火が灯る。

 一方の地上ではマッダラーがひとり、村の伝承歌を歌っていた。
 泥の身でヒトを救うなど言える筈もないが、音楽は間違いなく心を癒せる。この心がどうか、ヒトへと届くようにと。

 ――まんまるおつきさま とおりゃんせ とこよのみちのとおりみち――
 ――まんまるおつきさま てをふれば にっこりわらって とおしてくれる――

 山の向こうに日が落ちたのとほぼ同時。月まで届かんとする大いなる済度の幕が、人知れず切って落とされた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

シナリオ、お疲れ様でした!
PBWのプレイングは一発勝負なので、こういった内容は難しかったと思います。
そんな中でかなり深くまで突っ込んだプレイングを多数いただきまして、とても嬉しく思っております。
月葉の気持ちにも、色々と動きがありました。

改めまして、今回のご参加、誠にありがとうございました!
奥村と根ノ国山の色々は次回で終わりです。
新顔も出ました所で、もしよろしければ、もう少々だけお付き合いくださいませ。

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