シナリオ詳細
<傾月の京>みかの原 わきて流るる 泉川
オープニング
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嗚呼、嗚呼、わたしが何をしたというの。
嗚呼、嗚呼、わたしは何もしていないわ。
怒りを感じた直後、とんと押された気配がした。前のめりになった体は唸るソレに捕まって、巻きつかれて、囚われる。
ねえ、ねえ、どうしてこんなことをするの。
ねえ、ねえ、どうしてわらって見ているの。
縛られた手は助けを伸ばすことさえできず。縛られた足は逃げ出すことすらままならず。無力な妖憑はただ歪な笑みに晒された。
あの時も、今も変わらない。場所を変えても醜い人間は必ずいる。
「鳴」
我が子の名を呼ぶ。
「葵」
我が子の名を呼ぶ。
「蛍」
我が子の名を呼ぶ。
助けなど来るわけがない。ここには醜い者しかいない。
あの子たちが生きているわけもない。皆、皆、燃えてしまったのだから。
理不尽に怒りが積み重なり、身の内を満たし。わたし、わたしは──。
「──芙蓉殿?」
その声に芙蓉は目を開けた。眠っていたわけではないけれど、つい回顧してしまっていたようだ。視界には柔和な面立ちの男が映っていた。
「ふふ、なんでも。あなたもお母さんの子になる気になったかしら?」
芙蓉が柔らかく微笑みかけてもこの男は靡かない。一件弱々しくも見える柔らかな面立ちだが、その実そこまで優しくはない。けれど愛しい子だと思えば、少々の反抗期も多めに見よう。
「しかし、……良かったのですか。あの者たちに姿を見せて」
男が告げているのは夏前にカムイグラへ降り立った神使──イレギュラーズたちのこと。龍神へ危害を加えた者たちとも言われており、こちらの目的を知ったならば邪魔だては必須だろう。けれど芙蓉は小さく首を振った。
「関係ないわ。だって、今夜だものねぇ」
「今夜? ああ、満月ですか」
2人は空を見上げる。そこにはぽっかりと美しい満月が浮かび、高天京を照らしていた。
そう、今宵──『大呪』が成立する。
●
呪詛と関わる行方不明者の事件、そしてイレギュラーズの前へと姿を現したブルーブラッドの少女。些か外見年齢には疑問が持たれるが、彼女こそ焔宮家前当主であると焔宮 葵はイレギュラーズへ告げた。
「まさか、とは思ったが……」
その言葉は裏を返せば、どこかでそうではないかと思っていたという事にもなる。焔宮 鳴(p3p000246)は彼の言葉にぐっと唇を噛み締めた。彼女にとっては前当主であり、そして母である『らしい』。というのも彼女にほとんどの記憶はなく、葵と言う存在でさえ焔宮家の者であるという彼の言しか証拠はない。
それでも彼に、そして彼女に何も感じないわけではないのだろう。そして彼女がただの人間ではなかったことも、また。
「俺はあの方を追う」
葵は少女が消えた方向を見る。先ほど負った折には衛士たちに止められてしまったが、だからといってここで引き返すわけにはいかない。加えて、つい今さっきイレギュラーズたちへ届けられた情報の件もある。
「カムイグラに住まう民の為にも、『強大な呪詛』も止めなくてはなりません」
鳴は束の間瞑目し、瞼を上げる。迷いも混乱も心の内に──当主という殻の中に押し込んで、全ては民の為に。その様子に葵が一瞬もの言いたげな視線を寄越したが、すぐさまそれは高天御所の方角へ向けられた。
すでにあちこちで、そして高天御所の方角でも悲鳴と怒声が上がり始めている。これまで流行っていた呪詛がそこらで暴れまわっているのだ。イレギュラーズがいくらか軽減したとはいえ、全てを防ぎきれるものでもない。そして強大な呪詛が行われるためか、肉腫(ガイアキャンサー)なる存在も京に出没しているらしい。
いくつもの場所で起こることを1人で解決することは不可能だ。故に鳴は他の仲間へ戦場を託し、葵と共に高天御所へ──あの少女と無数の呪詛がいるであろう敵陣へと乗り出した。
●
「ふふ、ふふふ、あの子たちは来るかしら?」
少女は楽しそうに空を仰ぐ。真ん丸な月はとても綺麗で、今宵は良いことが起こりそう──いいや、起こるのだ。
「ふふふ、ふふふ」
笑みを殺しきれないと言うように笑う少女は自らを抱きしめる。正確には『自らが永遠に愛し続ける子供達』を抱きしめる。
「お母さんねぇ、とても楽しみなの。わかるかしら?」
この場には自身しかいないと言うのに。
「大丈夫。ここにいればお母さんが護ってあげる。失わせないわ」
その声音はまるで、子供をあやす母のようで。
にこり、と笑う少女の周りを複数の生霊が漂っていた。
- <傾月の京>みかの原 わきて流るる 泉川Lv:20以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年10月06日 22時25分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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(親子で殺し合うってな、ヤな運命だねぇ)
『朱の願い』晋 飛(p3p008588)は心の内で小さくぼやきながら素早く辺りを見回す。高天御所──一般人など門前払いされてしまうような場所だが、今は人っこ1人いやしない。遠くに聞こえるのは他のイレギュラーズたちが交戦している音か、それとも飛の知り合いがうまくやってくれているのか。何はともあれ侵入が容易で何よりだ。
飛は手招きし、仲間たちを呼ぶ。後に続いた『薬の魔女の後継者』ジル・チタニイット(p3p000943)は後方へ「足音注意っすよ」と告げた。暗視効果は絶大で、何より外は満月の光が差し込み辺りを照らしている。光の差しこまない室内は明かりが灯っていなければ暗いだろうが、少なくともそこまでの移動は苦でなさそうだ。
ジルは視界に植物を入れると仲間へストップをかけ、よくよく観察してみる。焔宮 葵と『救世の炎』焔宮 鳴(p3p000246)に縁のあるという魔種は体から枝を生やしているようだったという話だ。なれば植物を操るような──あるいは植物に擬態できるような──魔術に精通していてもおかしくない。しかしそれは知識にある種類のようで、罠ではないと判断したジルは仲間へそれを伝えた。
「満月、か」
『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は空を見上げてみる。冷たい光を地上へ注ぐそれは『呪いが成立しやすい』のだとか。成就すると具体的に何が起こるかはわからないが、少なくともけがれの巫女の話を聞く限り良い事ではない。良い結果にならないだろうことはアレクシア自身も感じていたことだ。
(呪い、呪詛……そんなものが良い事を起こすはずない)
何としても止めなければならないだろう。そして悪しき魔種もまた倒さねばならない。その魔種と縁を持つ鳴、そして葵はぴりぴりと緊張感を持ちながらもどこか心あらずのようで。ばさり──と使役した夜行性の鳥を飛び立たせた『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は彼らへ視線を向ける。
「鳴と葵は大丈夫か?」
レイチェルの言葉に2人は揃って目を瞬かせた。まるで『今しがた、ぼんやりしていたことに気付いた』とでも言うように。事実、レイチェルに声をかけられるまでは無意識だったのだろう。先に口を開いたのは葵だ。
「……動揺はある」
「だろうな。だが歪んだ愛に応えるなよ」
素直に吐露した葵へ頷くレイチェル。その視線は鳴へ向けられる。覚えている家族が以前倒した魔種──姉のみである彼女だが、血が繋がらなくともイレギュラーズは彼女の家族、それくらいに近しい存在だ。此処にいる皆も彼女を案じている。
「鳴も葵も、いざって時は俺らを頼って良いンだぜ」
「ああ」
「ありがとう、なの」
鳴も小さく礼を言って、先へと進む仲間たちの後を追う。けれどその声は普段の彼女からすればあまりにも覇気がなかった。
(私は……焔宮の当主)
たった1人──今は葵がいるから1人ではないけれど──残された者。その立場は民の為にあり、なればこそ仇なす魔種は討伐せねばならない。あれらはいるだけで混沌に狂気と恐怖と混乱をばらまく存在だ。
だと言うのに、何故──この手は震えているのか。
当主として戦わなければならない。そう思えば思う程苦しくて仕方がない。母のことなど、顔も、声すらも覚えていないと言うのに。
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は身体の蒼い炎を焼失させる。こういった場所ではギフトを使う余裕もないだろう。此処より先では激しい戦闘が行われるだろうから。その視線は移ろい、同じような姿かたちでありながら種族の異なる少女へ向けられる。
「鳴」
俯きながら後を追っていた彼女へ声をかけた胡桃は、向けられた視線に目を細めた。彼女の迷いや苦しみを真の意味で理解することは、グリムアザースである胡桃には少し難しいかもしれない。それでも。
「わたしは、鳴のしたいようにしてほしいと思うの」
今この瞬間、カムイグラという国が危機に立たされていることは分かっている。その上でそう思うのだ。だって『おかあさん』のことだから。
こくりと頷いた鳴。暫く無言の潜入時間が続き、やがて飛が「いたぜ」と硬い声で魔種の存在を告げた。そこそこ進んできた気もするが、結局誰とも会うことはなかった。余程あちこちで騒ぎが起きているのだろう。魔種は建物の中で霊──恐らく呪詛で顕現したモノ──と戯れているようだった。
鳴は母との相対を間近にして、葵の名を呼んだ。焔宮の縁者であり、従者であるという彼は当主の声にすぐさま振り返る。真っすぐな視線に鳴は束の間目をぎゅっと瞑り、そして開いた。
「これは当主として……ううん、鳴のわがままなの」
不安に揺れる鳴の瞳を見て、微かに目を見張った葵はすぐさま冷静さを取り戻し「はい」と小さく頷く。成長したとは言っても未だ幼き少女。当主としてではない彼女へ向けられた返事だ。
「何があっても、1人にしないで……また、『1人ぼっちの焔宮』は……嫌なの……っ」
当主らしくない言葉。失望されてしまうかもしれない。それでも言わずにはいられなかった言葉。俯いた鳴は、ややあって両手を温かなものに包まれた。
「当主……いいえ、貴女と約束しましょう。俺はこれから先、貴女にずっと仕える覚悟をしている」
それは例え、今後誰かが『焔宮 鳴である』と名乗りを上げたとしても変わらないのだと。鳴の両手を自らのそれで包んだ彼はそう告げた。だから、もし他の誰かへ心移りそうになっていたのなら引き留めてほしいとも。
視線を上げた鳴の瞳を変わらず真っすぐ見て頷く葵。彼を見て鳴は目を伏せ、そして当主の瞳をして皆を見る。
「もう……大丈夫です。行きましょう」
話したいことはたくさんある。聞きたいこともたくさんある。それを伝えるために、そしてこれ以上の被害を出さないためにも──この先に待ち受けるのは避けられない邂逅だ。
●
「ああ、いらっしゃい。私の可愛い子供たち」
姿を現したイレギュラーズたちに魔種・焔宮 芙蓉は悲鳴をあげるでも助けを呼ぶでもなくうっそりと笑った。優しい声音、柔らかな表情。それでも瞳は仄暗い焔を湛えている。『煌雷竜』アルペストゥス(p3p000029)が唸り声をあげたとて怯みもしないのは魔種ゆえか──それとも先代焔宮家当主としての器か。
「ええ、相見えることが出来て嬉しく思いますよ」
『地上の流れ星』小金井・正純(p3p008000)は瞳を眇めて弓を取る。呪詛の合間に起こる行方不明事件。それを追いかけ、数えて都合3度目。主犯が知己の──鳴の母でなければどれだけ良かったことか。
(とかく、このまま放置もできませんね)
魔種は敵だ。正純は厳しい視線で若々しい少女を見据えた。彼女は正純を、正純たちの事を『子』と言った。けれど──ここで真実子供なのは、鳴だ。
──本来ならば更にもう1人、いるにはいるのだが。それは彼自身の胸中に秘められ、この時イレギュラーズの誰もが知らない。
レイチェルと『おかわり百杯』笹木 花丸(p3p008689)によって保護結界が張られる。直後、レイチェルの眼前から紅蓮の焔が吹き上がった。
「喰らえ」
短く命じられた言葉に焔は蛇のごとく唸り、芙蓉の周囲を漂っていた生き霊へ牙を剥く。するりとすり抜けたそれは、悲しみの仮面を見せるようにレイチェルの方を見てカタカタと仮面を揺らした。
「見せても手加減なンてしねぇぞ」
剣呑な雰囲気を漂わせるレイチェルに、しかし芙蓉は臆する様子も見せない。
「まあ、遊びたいの? 元気ねぇ」
くすくすと笑う芙蓉は周囲の生霊へ視線を向け、「遊んであげて頂戴」と一言。生霊たちは彼女の言葉へ呼応するように、一斉に視線をイレギュラーズへ向けた。
カタ、カタカタ、カタカタカタカタカタカタ。
半透明なそれらが悲しみの仮面を一斉に揺らす。イレギュラーズの警戒に芙蓉は笑みを浮かべた。
「子供の悲しみを癒やすのも、子供を悲しみから守るのもお母さんの役目。そうでしょう?
だからダメよ──喧嘩なんて」
芙蓉の言葉へ頷くように揺らめく生霊。そのうちの1体にまばゆき天狼星を思わせる一矢が放たれた。次いで飛の暴力的な拳が生霊たちの闘争心を煽っていく。
「生憎と、知らねぇ運命じゃねぇしな。手伝ってやるよ」
「そうだね──鳴君が、自分の想いを伝えられるように!」
アレクシアは自らへ瞬間的な魔法障壁を展開し、暗闇の中へ白い綿毛を溢れさせる。視界をも奪うその中から現れたアレクシアに──より正確に言えば綿毛のような花の魔力にあてられて──視線が集中した。
「あら、面白いわねぇ。お母さん、もっと見てみたいわ」
芙蓉はアレクシアの魔術に興味を示したらしい。その動きにジルがアレクシアへ「気を付けてくださいっす!」と警戒を促し、『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)もまた警戒の色を強めた。暗闇の中、バジリスク・サイトを身に着けたシキの宝石眼がが煌めく。
彼女は鳴の母である以上に、魔種だ。原罪の呼び声を受ける可能性は十分にある。彼女と近しい鳴、そして葵。ともすればシキたちのようなただのイレギュラーズさえも。彼女の言動には過剰とも言えるくらいに注意すべきだ。さもなくば仲間を失いかねない。
飛の、そしてアレクシアの引きつけから漏れた生霊を後方に位置する胡桃の起こした旋風が捕らえる。胡桃の性質──炎を纏ったそれから生霊はどうにか逃げ延びた様だが、半透明な体は些か黒ずんでいるように見えた。そこへ鳴の放った炎の槍が投擲され、回り込んだ花丸がすかさず拳を撃ち込む。花丸自身をも焼き焦がすような紅蓮の一撃だ。
(家族、か)
遠目に鳴を見た花丸は自らの思考を振り払う。彼女は異世界の出であり、この混沌に家族はいない。自らの家族に想いを馳せないことはないが、それは決して今ではないはずだ。
葵も皆とターゲットを合わせて武器を振るう。部屋の形状柄もあるかもしれないが低い所を飛び回る生霊は『当たりさえすれば』どうということはない。その当てると言う行為が中々一筋縄ではいかないが、イレギュラーズたちは統率の利いた動きで生霊の力を少しずつ削いでいた。
(2人のためにも、まずは『時間』を作らないとね)
シキの剣魔双撃で生霊は動きを制限され、逃れられる方向へと向かっていく。そこを狙ってアルペストゥスは聖なる光を瞬かせた。
「グルルルッッ!!」
痛いほどに眩しい光。モロに浴びた生霊の仮面がひび割れ、砕けて消滅する。アルペストゥスはそれを見届けると仲間が定めた次の標的へ首をもたげた。
この部屋に、この京に嫌なモノが蔓延っている。不自然な巡りは只々彼にとって不快なものだった。
のろいも。
因果も。
歪んだ理さえも煩わしく。
──みんな、みんな、なくなってしまえばいい──!!
あるべき姿へ、自然の巡りへ戻さんとアルペストゥスは生霊を殲滅にかかる。これは『のろいのかたち』、良くないものだ。誰かを傷つける前になくしてしまわなければ。
「『あちら』に悪影響はなさそうだなァ」
決して大きくない声で呟いたのは、今しがた生霊をまたひとつ消滅させたレイチェルだ。その視線はアレクシアへ興味を持った芙蓉へ向けられている。
誰も彼もを自らの子供とみなす魔種。この生霊は彼女が何らかの方法で行方知れずにした者たちの呪詛だと思っていたのだが、呪詛の返る先はどういう訳か魔種になっている。そして返ってきた呪詛をあの魔種は、塵すら残らぬほどに燃やし尽くすのだ。
炎を操るその様は正に鳴と瓜二つ──どころか、魔種になったこともあるのか本来の器か、彼女より強大なものに感じる。繋がりを感じさせるということはやはり『焔宮の縁者』ではあるのだろう。それは誰よりも鳴と葵が感じ取っているはずだ。
(やっぱり、家族だと思っちまうンかね)
レイチェルとしては頼りになる仲間だし、何より魔種になどなって欲しくない。頼られたいと思う一方で、レイチェルたちに頼るか否かは彼女たち次第だ。
「アレクシアさん、まだまだ気張れるっすか!?」
「勿論!」
ジルの治療を受けながらアレクシアがにっと笑みを浮かべる。時に強力な魔法障壁の張り直しが間に合わないこともあるが、ジルのサポートが万全なおかげでまだ立て直せる範疇だ。この戦闘の中では命の灯火を見るような余裕はなく、芙蓉が自ら呪詛をねじ伏せてくれるのは──良いと言うべきかはわからないが──こちらに集中できると言う意味では有難い。ジルもまた最小限の動きで皆をサポートすべく立ち位置を意識していたが、狙われる相手が限られているのでより自らの役目に注力できた。
「それにしても……芙蓉さん、鳴さんと葵さんを狙うかと思いましたが」
「うん、完全に私狙いだね」
花丸とアレクシアは視線を交錯させ、かの魔種を見据える。これにはジルも同意見である。鳴や葵がターゲットとなるかと考えていたが、聞いている限り魔種は2人だけでなくこの場にいる全員を自らの子供と認識しているようにさえ見えた。
そんな彼女はアレクシアの植物を模した魔術が気になるらしい。彼女の袖からするりと植物の蔦が延び、鋭利にアレクシアへ向かう。障壁である花弁にヒビが入ったのを横目で見つつも、アレクシアは再び転移魔術を使用して敵を引き付けにかかった。
「狙いがそれるなら好都合っ、花丸ちゃんはこの拳を握るだけだよ!」
話ができる状態まで鳴たちを庇うつもりだった花丸も攻撃に転じている。飛は徐々に減ってくる生霊へ暴力を浴びせながら、その傍らで仲間へ英霊の闘志をつけることでサポートしていた。
「そろそろかね」
「うん。鳴さん、葵さん」
飛の呟きに頷いた花丸が行って、と告げる。ここで後悔を残さないためにも全てを吐き出して、と。
「女は、いや親子ってな少しでも分かり合えたほうがいい」
「でも、引っ張られ過ぎないでね」
「ええ」
頷く鳴。その表情は焔宮家当主としてのそれだが、瞳の奥に残る揺らぎには仲間の多くが気づいていたことだろう。無理もない、相手として立ちはだかったのが『家族』なのだから。2人を庇う位置についた花丸は『けれど』と思う。
(貴方たちの帰るべき場所は……もう、きっと)
そこではない場所に、あるはずだ。
「……っ。母、上」
改めて相対すると声が震えた。芙蓉は視線を巡らせ、母と呼んでくれた『子』へ嬉しそうな笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
母親が子供を案じる声。包み込むような温かな声。ぎゅっと締め付けられるような心地に鳴は顔を歪めた。葵が傍らで鳴へ視線を注いでくれているのを感じる。いいや、生霊を引き付け戦ってくれている他の仲間も。
鳴は1人ではない。だから──伝えなくちゃ。
「……鳴は、『本当の』貴女の子供だった筈」
彼女の言葉に芙蓉はきょとんとした様子を見せて、おかしそうにくすくすと笑った。
「もう、何言ってるの? 誰だってお母さんの──」
「違う、違うの……!」
鳴は首を激しく横に振った。違う。そんな言葉を求めている訳じゃない。
自分が覚えているわけでもないと言うのに。
この人は世界の敵──魔種だと言うのに。
それでも心のどこかが母だと認識していて、記憶から失われたモノを欲しがっている。
『偽物』に同じようなモノを与えるその姿になんで、どうしてと思ってしまう。
「鳴達だけが、貴女の子供だった筈なの! 本当の……焔宮の、母上の子供だった筈なの!!」
鳴が芙蓉へそう吐露すれば、彼女は大きく目を見張る。けれど、その唇が動くことは無くて。
「答えてよ……母上っ!!」
その言葉に、ようやく芙蓉の唇がひくりと動いた。鳴へ向けられていたかんばせが悲しそうに歪む。お願い、とその唇が動いた。
「どうか、そんな顔をしないで。お母さんは貴女の幸せに笑った顔が見たいの」
戦いながらも様子を伺っていたシキは鳴たちを見る。特に、特異運命座標ではない只人──焔宮 葵を。けれども幸いにして、2人とも未だ呼び声を受けたような様子ではなさそうだ。ただ、鳴は酷くつらそうな表情をしていたけれども。
(もう少しなら、時間を作れるからね)
だから必要なら、今のうちに。シキはそう願いながら大剣を生霊へと構えた。この呪詛たちを野放しにはできない。アレクシアと飛が引き付けてくれてはいるが、その負担を軽くすることもまた仕事だ。
「お2人が納得できる結果まで……気張って下さいっす!」
ジルもまた、敵を引き付ける仲間へ回復を施しながら叫ぶ。まだ、まだだ。戦力が一時薄くなるのは厳しいが、彼らの事を思えばこそ一同は耐える必要がある。
一方、鳴は芙蓉の答えに唇をぎゅっと噛み締めた。
(……答えて、くれないの)
『母』の言葉は『子』を案ずるものでありながら、決して鳴を見ているわけではない。鳴ではなくてたくさんいる──彼女の中ではそうなのだろう──子の1人へ向けられただけ。そこには本物も偽物もないのかもしれない。
「……貴女は、何も覚えていないのですか」
「? ああ、大丈夫。貴方たちは何も気にしなくていいのよぉ」
そう告げたのは傍らの葵だった。静かに吐き出されたそれへ、芙蓉は小さく首を傾げてみせる。魔種になるほどの何かを覚えていて、敢えて告げないと言った所か。
話はおしまい。そう告げるように芙蓉は自らの枝を伸ばし、鋭利な葉を弾丸のように飛ばした。
「──そこまでだ。鳴たちを連れて行かせはしねぇ……!」
レイチェルが負荷を顧みず術式制限を解除し、呼び出した紅蓮の焔を煌々と盛らせる。葉を燃やされた芙蓉はその攻撃に肌を軽く炙られながらも、向かってきたレイチェル、そしてイレギュラーズたちへ目を細めた。
「あらあら……反抗期の子が多いのねぇ?」
そういうお年頃かしら、なんて頬に手を当てて苦笑を浮かべる芙蓉へ、魔性を纏った一撃が放たれる。それを放った正純は身を走る痛みに小さく顔を顰めた。
部屋の中であろうと、満月の光があろうと。この空に星が在る事には変わりない。けれど身体が痛み、心が軋んでも友や仲間を手放す苦しみに比べれば安いものだ。
「いい加減、子離れしたらどうです?」
だから正純はその痛みを押し殺すように笑ってみせる。親の愛自体を否定する気はない。だって親の愛を知らない、親の記憶もない正純でもここにいるのは『誰かの愛』があったからだと知っている。そしてかの魔種が与えようとしている愛は、その愛を手放してまで受けるようなものとは思わない──思えない。
花丸もまた自らの拳を握って立ち向かう。鳴を狙ってこないのならば引き続き攻撃へ転じるのみ。花丸の拳は傷つけて壊すしかできないけれど、それでも守れる拳でもあるのだと握る。今守るべきは仲間、その中でも鳴や葵は特に。
残存する生霊を引き付けたアレクシアに治療を施しながらジルもまた「そうっすよ!」と叫んだ。
「本当に子供の事を考えているなら、自分の元に堕とすような真似はしないっす! だって──
──『健やかに生きて欲しい』から、今があるっすよ!」
ジルのそれは芙蓉にも、鳴にもかけられた言葉。飛も引き続き生霊を押しとどめ、殴りつけながら続ける。
「こいつの本当の言葉はお前らには幸せになって欲しいだ! 反転なんてしたら不幸まっしぐらだぜ!」
「不幸だなんて……皆、お母さんが守ってあげたいだけよ? だって『子供』だもの」
そう告げる芙蓉へアルペストゥスは唸りを上げる。彼は母というものを良く知らない。けれど大事なものなのだと聞いている。だから殺しはしないけれど、歪みを広げさせないためにも容赦はできない。
これいじょう、なにも歪ませてなるものか!
食らいつかんほどに牙を剥きだしにしていたアルペストゥスだが、葵が武器を向けるのに合わせてオーラを放つ。それは芙蓉の動きを阻害せんと、まるで縄のように蠢いてみせた。
──が、アルペストゥスは不意に振り返る。仲間の危機を察してのことだ。誰も失わないように、誰もいなくならないように。その身を盾にするべく息を切らせるアレクシアの眼前で翼を広げる。広い室内と言ってもギリギリではあるけれど、彼女を守るには十分だ。
葵に次いでシキもまた動く。大剣の切っ先を揺らし、惑わせるように。それにつられる魔種の瞳に宿る炎は──怒り、だろうか。
表面的には母が過剰に子を想っているように見えるが、その奥には何らかの怒りを抱えている。何もかもを燃やし尽くしてしまいそうな、苛烈な炎を。
「燃やさせないよ。大丈夫、君の愛だってなくならないさ」
だから、と安心させるようにシキは笑う。そのきらきら輝くアクアマリンの瞳の奥には──そう、何もない。死刑執行人に、人殺しに心など存在しない。魔種でさえも持ちうるような感情などありはしないのだ。
少なくとも──シキは、そう思っている。
「その怒りも、今日で終わりにしよう」
シキの刃が芙蓉の肌を撫でる。零れ落ちた血は常人と同じように赤く、畳を濃い赤に染めた。苦い表情を浮かべた芙蓉は、自らから生えた蔦を伸ばして止血するように肌へ這わせる。他の傷よりは深く入ったか。
しかし同時にイレギュラーズの負傷も少なくない。ジルはメガ・ヒールと大天使の祝福を使い分け、回復量が溢れてしまわないようにと調整しながら皆を支えていた。力はあっという間に削れていくが、必要になったら敵から奪えばいい。
「少なくとも、わたしはそなたの娘ではないのよ」
胡桃はそう呟き、蒼炎の狐火を苛烈に燃やす。胡桃は火の因子を備えたグリムアザースだ。何もかもを燃やし尽くすだけの存在。声を届けたいのはやまやまだが、胡桃の言葉より優先されるべきは魔種の打倒である。
「そなたは、わたしの焔で燃えるの」
燃える、燃える。胡桃の蒼い火が芙蓉を包み込んだ。ぐっと歯を食いしばった鳴が片手に焔で象られた刀を持ち、焔の斬撃を放つ。胡桃の焔ごと切り裂いたその中で、芙蓉は怯えるように自らの体を抱いていた。レイチェルは咄嗟に純白の大弓を構える。月光のようなそれは室内において花開くことは無いが、それでも弓としての性能に問題はない。追いかけるように正純の放つ明けの明星が煌めいた。
芙蓉はそれらに翻弄され、彼女の身を護るように枝が伸びる。それはまるで彼女の心に反応している様だった。
「──ダメ、ダメよ。だって今度こそ、守らなくちゃ……!」
めり、と畳が盛り上がる。そこからイレギュラーズが咄嗟に退けば、畳を突き破ってめりめりと木が伸びてきた。
「皆!」
傷つきながらも生霊を引き続けていたアレクシアの声にはっと振り返れば、生霊たちが何かへ引っ張られるように向かっていく。その先には──踵を返し、廊下を駆ける芙蓉がいた。
「しまっ、」
逃げるという事態に反応の遅れる面々からただ1人、飛び出していく影。それは芙蓉の存在をずっと気にしていた葵だ。
そう。あまりにも必死だったから、零れ落ちてしまったのかもしれない。
「待て──待ってくれ、『母上』!!」
「葵さん!?」
驚きの声を上げた鳴が葵に続く。このまま葵を見送ってしまったら、また『1人ぼっちの焔宮』になってしまうかもしれない。彼を追いかけなければ、そして連れ戻さなければ。
外に面した廊下は明るい月の光で照らされ、3つの長い影を伸ばす。
(今、母上って、でも、その人は)
葵の背を追いかける鳴は今しがた発された葵の言葉に混乱していた。しかしその答えが出るよりも先に、そう呼ばれた人が──魔種・焔宮 芙蓉が曲がり角へ姿を消す。葵が足により力を込め廊下を踏んだ。彼の姿もまた、曲がり角の先へ。
角に消える彼女が、一瞬笑みを浮かべていたような気がしたのは気のせいか。それすらも判断するより前に自体が動いた。
「──このようなところで、何をしているのです」
その腕を掴み、止めさせた人物がいた。葵は掴んできた手から視線を上げ、鳴は葵の背にぶつかる寸でのところで止まるも控えていた兵に抑え込まれる。ぐ、と葵が腕を引く様子を見せたが、それを苦も無く抑え込む男は明らかに只者でない。
「グルゥゥ……!」
アルペストゥスが2人を助けるべく追いかけようとしたが、正純が咄嗟に止める。更なる増援を警戒していた正純であったが、新たな足音よりも先に葵の言葉が聞こえたからだ。
「式部の、長……?」
「どうやら私狙いではなさそうですが、顔程度は知っていましたか」
葵を見下ろす男、式部省の長である橘・康之(たちばな・やすゆき)は自らの従えていた兵へ押さえつけられた少女を見る。その視線は妖憑(ブルーブラッド)の証とも言うべき獣の耳に向けられているようだ。
なるほど、と小さく呟いた康之。その真意を葵が問うより先に康之の声が夜の高天御所に広く響き渡った。
「侵入者です! 捕らえなさい!!」
にわかに騒がしくなったのは少し離れた棟の方向。近づいてくる気配は複数のものだ。レイチェルが顔に険を滲ませ仲間を振り返る。彼女が飛ばしていた鳥から、暗視の利く自らの視界で以て明かりが近づいてくる様子が見えていた。
「撤退するぞ」
「でも鳴さんたちが……」
ジルの言葉にアルペストゥスもその方向を睨むが、このままではやがて接敵してしまうだろう気配には退くことしか選べない。今の状態で経戦できるほどイレギュラーズたちの状況も芳しくないのだから。
ひとしきり唸ったアルペストゥスは、しかし彼もまた撤退を決めたようで酷く傷を負ったアレクシアを咥え上げるなり御所の外へと向かいだす。
やがて到着した兵たちに葵と鳴は引き渡される。2人とて孤軍奮闘するほどの余力は残っていない。鳴はそっと葵に視線を向けるが、彼の視線はどこか違う場所を、違うものを見ているかのようで。
鳴とてまだうまくまとまりはしないけれど。
(考えているのは……きっと)
魔種になっても優しい声をしていた、あの人のことだ。
●
大丈夫。
女はそう笑っていた。
大丈夫よ。
女はそう語りかけた。
大丈夫、大丈夫
女は1人きりだった。
女は母のように慈愛に満ちた声と微笑みで呟く。そこには自らしかいなくとも、彼女には守っている『子供たち』が見えているのだろう。
ここにいればもう怖いことなどない。
ここにいればもう痛いことなどない。
苦しいことも、悲しいこともありはしない。
あの時のように炎に巻かれることも。
あの時のように生贄とされることも。
受けるのは全て、全て──『母』1人で良いのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
芙蓉は撃退したため成功です。それはそれとして──ですが。
またのご縁をお待ちしております。
=====
捕虜:焔宮 鳴(p3p000246)
GMコメント
●Danger! 捕虜判定について
このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。
●成功条件
焔宮 芙蓉の撃退、あるいは撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気を付けてください。
●焔宮 芙蓉
焔宮家前当主であり、焔宮 鳴さんの母であり、魔種です。蒼白の肌とくすんだ髪や耳尻尾、そして服の裾から見える木々の枝が特徴的です。
葵の知るものより随分と若い姿のようですが、恐らくは反転の影響によるものでしょう。誰も彼もを『我が子』として見ており、若干話が通じないように感じるかもしれません。
炎を操る他、植物を操る魔術にも長けています。神秘型にも見えますが、油断はならない相手でしょう。ただし、引き際はあっさりとしているようです。
●生霊×10
呪詛により生み出された霊です。人間の不特定多数を呪い殺そうとしてきます。どこか半透明ですが実体はあり、攻撃すれば当たります。泣き顔のような白い仮面をかぶっています。
回避に優れており、防御技術はそこまででもありません。
カナシイ:怨嗟に混じった悲嘆。【封印】【足止】
イカリ:怨嗟に混じった怒気。【怒り】
●フィールド
高天御所です。畳の部屋で、襖が開かれており広いです。高さはありませんが広がることに支障はないでしょう。
明かりがついておらず暗いです。外からの月明かりは部分的にしか差しません。あくまでも御所には『侵入』していることから、わかりやすい明かりはつけない方が賢明です。
ここまでイレギュラーズは人間に見られることなく侵入できたものとします。
●同行NPC
・焔宮 葵
焔宮 鳴さんの関係者。従者であり実兄ですが、鳴さんは覚えていません。数年前から神隠しによってこちらにいます。芙蓉を非常に気にしているようです。
刀を所持しており、近接アタッカーとしてイレギュラーズに味方します。
●ご挨拶
愁と申します。さあ、ようやくお母さんですよ。
縁のある方もいらっしゃいますが、まずは着実に依頼をこなしましょう。
ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
●Denger!!
このシナリオでは『原罪の呼び声』の影響を受ける可能性があります。
承知の上ご参加ください。
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