シナリオ詳細
<傾月の京>或いは、もう見えないし、聞こえない…。
オープニング
●何も見えない、聞こえない
空には白くて丸い月。
カムイグラ。高天御所の外郭、高天御苑。
ついこの頃は『肉腫』と呼ばれる存在の暗躍により、住人たちにも憂いが見える。
また、蔓延する呪詛による被害も、住人たちの憂う原因の1つであった。
特異運命座標による対処によって幾分か被害は軽減されたが、それでも高天京に及ぼされた影響は大きい。
そして今宵、高天御所では大規模な呪詛が執り行われようとしていた。
高天御苑の一角“丑寅門”が僅かに開く。
現れたのは1人の男。
ぼそぼそと、男は何事かを呟いた。
『アァ、ドコダ? 俺ノ顏ヲ、剥イデ行ッタ奴ハドコダ?』
くぐもった声だ。
見れば男はつるりとした白い仮面を被っている。仮面の隙間から、ドス黒い血が零れているのを見て、武者の1人が刀を抜いた。
痩せた身体に長い手足。
男は両手にボロボロの刀を持っていた。見れば刀からは血が滴っている。
つい今しがた、誰かを斬って来たのだろう。
『誰カ居ナイカ? 俺ノ顏ヲ剥イダ奴、知ラナイカ?』
ぐるりと周囲を見回すが、誰の姿もそこにはない。
けれど、しかし……。
『誰カ来ルナ? 誰ダ? 俺ノ顏ヲ剥イダ奴、知ッテル者カ?』
2本の刀を引き摺りながら、男はゆっくり歩き始めた。
向かう先には“丑寅の門”から御所へと襲撃をかけるべく迫る数名のイレギュラーズがいるはずだ。
『顔、剥ガサレテカラ、調子ガ悪イ。前ハ何デモ聞コエタノニ、何デモ見エタノニ』
今ハ斬ラナキャ、聞コエナイ
と、そう呟いて。
男……呪獣と化した妖“サトリ”は刀を構えて駆け出した。
●読心の怪異
「あぁ、貴殿らか。ここより先に進む前に、1つ聞いてもらいたいことがある。これは物見に向かった仲間からの情報なのだが……」
丑寅門へと向かう道中。
林の途中に待機していた武者は言う。
「この先に“サトリ”という妖がうろついている。どうやら貴殿らを探しているようでな……せめてもの助力に何点か伝えておこうと思ったのよ」
曰く“サトリ”は心を読む妖だという。
丑寅門に現れたサトリは“呪獣”と化しており、読心の力は幾分弱くなっているそうだが、代わりに高い戦闘力を手に入れたそうだ。
怒りに憑かれ我を失っているとも言うが。
サトリはどうやら、自身の顔の皮を剥いだ者を探しているらしい。
「既におかしくなっているのだろうな。見境なしに人を斬る怪異だ。どうも、斬ることで対象の深層心理まで読み取れるらしい」
もっともその身体能力ゆえか、通常の状態でもサトリは高い回避性能を誇っている。
けれど、斬られて【流血】状態にある対象からの攻撃は、サトリにとってさらに避けやすくなるようだ。痛みにより、心が乱れ“声”を聞き取りやすくなるということかもしれない……と武者はそう予想を立てた。
「戦場となるのは丑寅門周辺。この辺りは竹林でな、障害物が多いのが難点だ」
移動や攻撃のたびに竹が邪魔になる戦場は、ともすればサトリにとっても不利なように思える。
サトリの得物は何しろ2本の刀なのだから。
ましてや竹にはサトリが読むだろう“心”など存在しない。
「あぁ、ゆえにサトリは竹林内では主に後の先を取る戦法でくるようだ。一方、障害物の無い門付近では縦横に駆け回り、孤立している者を優先して襲うだろう」
その動きはまるで猿のように軽く素早いと武者は語る。
どうやら彼は、以前にサトリとやり合った経験があるらしい。
「うむ。その時戦ったサトリは怪力の持ち主でな。ひと蹴りで遠くへ【飛】ばされたのを覚えておる。防御したが、通用せなんだ」
そうして孤立した相手をサトリは狙って斬りかかる。
そして、武者の話によるのならその攻撃には【防無】も付与されているのだろう。
「このまま放置して他の場所や町へ行かれても厄介だ。すまないが、通りかけの駄賃というわけでもないが、片付けて行ってはもらえんか?」
と、そう告げて武者は背後へ視線を向ける。
どこか遠くで猿が吠えた。
響き渡る猿叫が夜の闇に飲まれて消える。
- <傾月の京>或いは、もう見えないし、聞こえない…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月03日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●サトリ
空には白くて丸い月。
カムイグラ。高天御所の外郭、高天御苑の一角“丑寅の門”
仮面を被った長身痩躯の妖が両手の刀を一閃させる。
「……ぅぐ⁉」
血飛沫が散って『その色の矛先は』グリーフ・ロス(p3p008615)の白い髪が朱に濡れる。肩口を刀で抉られながらもグリーフは銃の引き金を引き反撃を試みた。撃ちだされた銃弾が、サトリの腹部に銃創を穿つ。
(当たりますね……これでこちらを狙うようならばむしろ好都合)
サトリの意識が仲間たちへ向かないよう、手にした銃をサトリの眉間に突き付ける。
事の起こりは数分前。
高天御所への道すがら、丑寅の門の前でサトリと遭遇した一行はすぐさま交戦を開始した。
もはや敵味方の区別さえも付いていないのだろう。
見れば、丑寅の門の前には門番だろう1人の男が倒れて死んでいるではないか。
「顔を剥がれて呪獣と化したのか、呪獣と化した時顔を剥がれたのか……」
『キトゥン・ブルー』望月 凛太郎(p3p009109)はその両腕に闘気を纏い駆けだした。
凛太朗の接近に気づいたサトリが、両手の刀を高く掲げる。
サトリの斬撃に合わせ、凛太朗は拳を振り上げ雄々しく叫ぶ。
「行くぞ、サトリ。不壊之誓を此処に! アンブレイカブルッッッ!!!」
振りぬかれた凛太朗の拳と、サトリの刀が衝突し……。
裂けた拳から、熱い鮮血が噴き出した。
それが、この一戦の幕開けとなる。
グリーフの銃と凛太朗の拳を、サトリは刀で受け流す。
「サトリサンお顔なくなって可哀想……。だけど誰かに痛いことしたらダメ!」
後方に控えた『救いの手』シェプ(p3p008891)が放つ【スケフィントンの娘】さえも、サトリはほんのわずかな動作で回避する。
展開された黒いキューブが役目を終えて砕けて散った。
その隙を突いて『ひだまりうさぎ』コゼット(p3p002755)は地面を蹴って高く跳ぶ。
「顔を剥がされるのは痛かったね、辛かったね……でも、それでも人を斬ってもいい理由にはならないよ」
サトリの背後にコゼットは着地。
構えた盾をサトリの背へと打ち付けた。
「当たったっすね。怒りも付与できたかな? 皆さん、この状態の相手に、躊躇うわけにゃいかねぇっすよ?」
翳した手から、淡い燐光が飛び散った。風に流された燐光が、グリーフの身を包み込む。サトリに斬られた傷を塞いで止血する。
『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は、待機していた仲間たちへと視線を向けた。彼の三白眼には、緊張の色が浮いている。
「おぉよ。にして、酷ぇもんだ……顔を剥ぐなんてな。呪う奴にどんな事情があるか知らねえが、やっぱり俺はこの呪詛好きになれねぇな」
「同意だな。苦しがってる呪詛の犠牲者を楽にする為に俺たちは刀を振るおう」
大太刀を構えた幻夢桜・獅門(p3p009000)と『命の守人』節樹 トウカ(p3p008730)駆けていく。
「だな。よそさんの事に首突っ込みすぎんのは何だが、ほっとく訳にもいかねえだろ……かっちり片付けていこうぜ」
獅門とトウカの背を見送って。
巨大な剣を肩に担いだ『鬨の声』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)はそう告げる。
●読心
背後には壁。前方を防ぐは敵対者。
後退は出来ず、さりとて前進も阻まれるという状況で、しかしサトリは大したダメージを負うこともなく立ち回りを続けていた。
『顔ヲ剥イダノハ、貴様ラカ?』
掠れた声でそう問うて。
低く鋭く、サトリの刀を薙ぎ払う。
それをコゼットは跳んで回避し、そのままサトリを蹴りつけた。足の先が仮面をかすめ、チッと微かな音が鳴る。
「あたしたちじゃないよ。でも、顔はがした人の心当たりとか、人相とか心の声とか、なんか、分かる事があったら言ってみて」
着地したコゼットは、くすりと微笑みそう告げた。
その頭頂部では兎の耳が踊るように揺れている。
「顔見つけたら、お墓にお供えしに持ってきてあげるよ」
まるで挑発するように。
努めて明るく、コゼットはそんなことを言う。
余裕な態度を取ってはいるが、サトリの敵意を一身に受けてコゼットは傷を負っていた。地面を蹴って跳ぶたびに、その太ももからは血が溢れる。
「せめて援護をいたします」
と、そう告げたのはグリーフだ。
凛として透き通った彼女の声を、コゼットの耳は正しく拾った。
銃声が1つ鳴り響く。
それと同時にコゼットは低く身を沈めた。その頭上を1発の弾丸が通過していく。
『聞コエテイル』
するり、とサトリは体を僅かに傾かせたが【必中】を持つ銃弾は、サトリの仮面を撃ち砕く。砕けた仮面の欠片が周囲に散った。
「硬い仮面ですね……」
シリンダーを開き、空薬莢を排出しつつグリーフはそう言葉を紡ぐ。
彼女の武装はリボルバー式の拳銃だ。弾切れになれば、こうしてリロードを行う必要がある。
近接戦闘中には本来そんな余裕は無いが、何しろ今は彼女のほかにも仲間がいるので、こうして敵の眼前で、装弾を実行できていた。
グリーフの射撃に合わせ、獅門が太刀を一閃させた。
地面を削り飛ぶ斬撃は、まっすぐにサトリへ向けて突き進む。
銃弾も斬撃も“読心”により知っていた。けれど、どちらともを回避するにはあまりにもタイミングが悪すぎた。
『……邪魔ナ奴メ』
その場に留まれば、銃弾と斬撃を浴びることになる。
だからと言って宙に跳べば、コゼットの盾に打ち払われるだろう。
背後は壁で、これ以上後退は出来ない。
左右どちらかへの回避は、凛太朗によってブロックされると【読心】により予想ができた。
怒りに狂っているとはいえ、これまで長い時をかけて培われてきた戦闘技術はそう簡単には損なわれない。
だから……。
敢えてサトリが前進したのは、きっと正しい選択だった。
繰り出された蹴撃がコゼットの腹部を強打する。
圧迫された肺のうちから、呼気がすべて漏れ出した。
「ぐ……ぁ」
悲鳴をあげる暇もなく、コゼットの体は後方へと弾き飛ばされる。
一方でサトリは、その腕に銃弾を、肩に斬撃を受けよろめいていた。
けれどサトリは止まらない。仮面の隙間から血を零しつつ、姿勢を低くし地面を蹴った。
低い位置から頭上へ向けて振りぬかれた刀が凛太朗の脇を抉る。
地面に倒れた凛太朗は、脇を抑えて苦悶の声を零していた。
「っ! コゼットさん……いや、ダメージが大きいのは凛太朗さんの方っすかね?」
「凛太朗サンの方はボクに任せて! 速く回復して、もう一回包囲しないと逃げられちゃうヨ!」
「頼むっす。回避されやすくなんのも、痛いままにすんのも御免っすからね」
素早く配役を打ち合わせ、慧とシェプはそれぞれ傷ついた仲間の元へと駆けていく。
そんな2人の心の声は、確かにサトリの耳に届いていたけれど……。
小さな体で戦場を駆ける。
シェプの向かうその先には、血だまりに沈む凛太朗の姿があった。
息はある。戦闘も続行可能だろう。けれど、そう長い時間放置しておけば、果たしてどうなるかわからない。
「待っててネ! すぐに助けに……」
と、凛太朗へ声をかけたシェプの前に素早く何かが割り込んだ。
その拍子に散った鮮血が、シェプのマントを朱に濡らす。
視界に映るボロボロの刃。刃こぼれの間に、誰かの血肉が詰まっているのがよく見えた。
『ヨウヤク鬱陶シイ奴ガ消エタンダ……』
大上段から振り下ろされた斬撃が、シェプの頭部を切り裂く寸前……。
「そういや、心を読むんだったよな……いいぜ。心を読むくらいで躱せるかやってみろ!」
鋭い突きと気勢を持って、獅門がそれを阻んで見せた。
その隙にシェプは凛太朗の治療へ向かう。そんなシェプを背に庇い、獅門は刀を頭上に掲げた。
まっすぐに駆け、全力で斬撃を叩きこむ。
心を読まずとも、獅門の行動は予想出来たし、事実彼はそう考えている。訝し気な表情を浮かべたサトリに向け、獅門は呵々と笑ってみせた。
「天下御免のこの一太刀、自分で言うのも何だがどうやって当ててるのか俺が教えて貰いたいくらいだぜ!」
と、そう告げて獅門は地面を蹴って跳ぶ。
大上段から振り下ろされた一撃を、するりと回避しその腹部へとサトリは刀を突き刺した。空ぶりに終わったが、その斬撃にこもる威力は本物だ。
まき散らされた衝撃波が、地面を深く抉り取る。
「ぐ……やっぱ当たんねぇか。なら、もう1回だ!」
『何ヲ……何ダト?』
ここに来て初めて、サトリの声音に怒り以外の思いが滲む。
その声を聞いた獅門は、瞳を細めて獣のような笑みを浮かべた。
淡く輝く燐光が、凛太朗の体を包む。
脇の傷が塞がったことで、ようやく彼は窮地を脱した。大丈夫かと問うシェプに、彼は1つ頷き返す。
「幸い、フィジカルには自身があるからな。何度やられたって立ち上がってみせるさ」
なんて、言って。
笑う彼の瞳には、恐怖の感情が揺れていた。
大上段に剣を構えて、ルカは静かにその時を待った。
研ぎ澄まされる集中力に、剣へと集まる魔力の波動。
当たれば無事ではすまないほどの一撃を繰り出す自信が彼にはあった。
けれど、しかし……。
「もう少し、足りねぇか」
サトリの【読心】を前にして、それを確かに命中させる自信ばかりは未だ持てない。
だからこそ彼は待っているのだ。
仲間を信じて……仲間たちによってもたらされるであろう“その時”を。
『痛くて苦しいよな、助けられなくてごめん』
頭の中に誰かの声が鳴り響く。
サトリの放った斬撃を、巨躯の鬼が受け止めた。
『耳も目も利かなくて、復讐もしたいだろうけど、もしもお前の顔を剥いだ奴が生きてたら俺が代わりに復讐してやる』
俺とは誰だ?
そんな疑問を抱きつつ、サトリは半歩、右へとずれた。たったそれだけの動作で、巨躯の男……トウカの刀は空振りに終わる。
がら空きになった頭部へ向けて、サトリは鋭い突きを放った。
『痛いだろうけど、俺はなるべく切り傷が付かないようにして看取るから……』
トウカは角で、その一撃を受け止める。
欠けた角の欠片が飛んで、頭部からは血が伝う。
トウカはまっすぐ、サトリの顔を睨みつけ……。
「安らかに眠ってくれ」
一閃をサトリの腹部に叩きこむ。
痛みに喘ぎ、サトリは数歩後退した。その時になってはじめて、脳裏に響いた誰かの声が、トウカのものだと理解した。
コゼットの治療を終わらせて、慧は彼女を立ち上がらせた。
体に負った傷はすべて塞がっている。とくに脚の状態を念入りに確かめ、コゼットは数度その場で跳ねた。
「ん。おっけおっけ。それじゃ……いそいで【怒り】かけ直すよ!」
タン、と軽い音を鳴らして。
コゼットは跳ねるように、駆けだした。その様はまるで月夜に遊ぶ1羽の兎そのものだ。
そんな彼女を見送って、慧は自身の首を擦った。
「次は……獅門さんの治療っすかね」
視界の先には、血塗れのままサトリに向かう獅門の姿。それを視界に捉えた慧は、溜め息混じりにそう呟いた。
●もう見えないし、聞こえない
呻き、血に濡れ、刀を振る。
目につく敵をただ斬りつける。
『シツコイナ!』
一閃。
サトリの刀が凛太朗の胸部を抉った。凛太朗の【不壊之誓】が、砕け散って空気に溶ける。
血に濡れ、倒れた凛太朗を蹴り飛ばし、サトリは先へ進もうとしたが……。
「い、い……いかせねぇ。ここで引いたらまだ誰かに被害が出るんだろ?なら野放しには、出来ないよな。俺が、俺達がやるんだ。やってやる……!」
サトリの足にしがみつき、凛太朗はそう呟いた。
瞳の焦点は定まらず、ふらふらと左右に揺れている。【パンドラ】を消費し立ち上がっては見せたものの、けれどしかし凛太朗の体力は残り僅かだ。
サトリの刀が凛太朗の背を刺した。
「う……ぐ、皆、後は……」
言葉を最後まで紡ぐことなく、凛太朗は意識を失う。
けれど、彼の想いは確かに届いた。
『頼んだ』
と、1人の男が血塗れになって稼いだ時間を無駄にする者は1人もいない。
「凛太朗サンはゆっくり休んでてネ!」
シェプはそう告げ走り始める。
「これ以上、苦しみを長引かせることはいたしません」
サトリの眼前に立ちはだかったのはグリーフだった。医療服は血に染まり、その白髪も朱に濡れていた。
片手に構えた拳銃を、サトリは刀で打ち払う。差し伸ばされたグリーフの腕を回避しつつ、サトリはグリーフの腹部に刀を突き刺した。
けれど、グリーフは下がらない。刀を握るサトリの手首を掴んだグリーフは、その高い生命力にものを言わせて、ただその場に留まり続ける。
サトリの意識を仲間たちから逸らすため。
そして、サトリをその場から移動させないためである。
サトリの周囲を“黒”が包んだ。
それはシェプの【スケフィントンの娘】であった。黒は次第に形を定め、キューブを形成。拷問器具の名を冠したそれは、内部に囚われた者にあらゆる苦痛を与えるものだ。
「これで決まってくれりゃいいんすけどね」
倒れた凛太朗を抱きかかえ、慧はそう言葉を零す。
やがて、キューブは砕け散り……。
血に濡れたサトリが、夜闇の中に姿を晒す。
血溜まりの中に砕けた仮面が零れて落ちた。
右手の刀も半ばほどで折れている。もっとも、刀が無事だったからといって、血塗れのその腕では、満足に振ることもできなかっただろうが。
顕わになったサトリの顔には皮膚が存在しなかった。乾いた瞳も、白く白濁しているようだ。口元からは血液混じりの唾液が零れ続けている。
『…………』
無言のままに、サトリは残った左手でボロボロの刀を低く構えた。
上段へ刀を持ち上げるだけの力ももはや残っていないのだろう。
そんなサトリの懐へ、獅門とトウカが潜り込む。
薙ぎ払われる大太刀を、振り下ろされる妖刀をサトリは素早く回避した。
そのたびに、サトリの体から血が零れる。
無言のまま、2人は斬撃を繰り返す。サトリもまた、それをひたすらに回避した。
目まぐるしく立ち位置を入れ替えながら、刀と刀とをぶつけ合う。そのたびに剣戟の音が鳴り、夜闇の中に火花が散った。
横に薙がれたサトリの刀が、獅門とトウカの腹部を切り裂く。よろめく2人の包囲を抜けて、サトリは1歩前に出て……。
「きっと、すごく痛かったよね。でも、ごめんね!」
コゼットの放ったサマーソルトが、その顎先を蹴り抜いた。
刀を振るうその度に、喉の奥から血が溢れた。
1歩踏み込むその度に、膝の骨が悲鳴をあげた。
右の腕に感覚はなく、ただそこに垂れ下がっているだけの“物”と化している。
いっそ斬って捨ててしまえば、少しは身軽になるだろうか。
一瞬、サトリの脳裏にそんな考えがよぎる。
けれど……これ以上、体を失いたくはない。
「ほらここだよ、しっかり狙ってね」
軽快に跳ねるコゼットを追い、刀を振る。
一つ、二つ、三つ……後何度、満足に刀が震えるだろう。
『アァ……煩イ』
脳裏に響く無数の声が煩わしい。
思えば、いつも……いつだって“静寂”とは無縁の世界を生きてきた。
誰かの声が、いつも脳裏に響いていた。
『まっすぐ行って……叩っ斬る!』
獅門の大太刀を身を捻って回避する。
『これならどうだ!』
蛇腹の刃が周囲を囲んだ。トウカの操るその技も、心を読めば躱すことはひどく容易い。
そのはず、だったのに……。
『グ……』
足首に走る激痛。痛みを堪え、前に進んだ。蛇腹の剣で切り裂かれたのだ。けれど、それを操るトウカは遠い。今はまず、目の前を跳ねる兎を切り捨てるべきだ。
響く声と、体の痛み、溢れて止まぬ怒りの感情。
思考が散って、纏まらない。
そんなサトリの目の前で、誰かが剣を構えて立った。
褐色の肌の偉丈夫は、その身に闘気を漲らせ、強い意志の籠る瞳をサトリへ向ける。
男……ルカが刀を振り下ろす。
放たれた黒い顎がサトリの体を飲み込んだ。
無数の裂傷。そして衝撃。
ボロボロになったサトリの体からは、滂沱と血潮が溢れ出す。
だが、しかしサトリは止まらない。
最後の力を振り絞り、掲げた左の刀を振った。
体ごとぶつかるように、放たれたその斬撃はルカの肩から腹にかけてを深く切り裂く。
「ぐ……だが、掴んだぜ!! こっからは力比べだ。こればっかりは負けねえ!」
血を吐きながら、ルカはサトリの腕を掴んだ。その手に握ったサトリの刀は、ルカの体に食い込んだままだ。
このままサトリを押しとどめれば、後は仲間がトドメを刺してくれるはず。
そのためにルカは体を張った。
けれど……。
「……なんでぇ。今のが最後の一撃かよ」
脱力し、倒れ掛かるサトリの体をルカはしかと抱き止めた。
無音。
暗闇の中、サトリは初めてそれを知る。
静かで、そして心地いい。
けれどいささか、色に乏しい。
そのことだけが不満であった。
しかし……。
『あぁ……これは、綺麗だ』
暗闇の中、1つ2つと花が咲く。
色とりどりの綺麗な花に囲まれて、サトリはとても幸せだった。
「嫌っすねぇこの空気……ああクソ、ホント、呪いってのはロクなモンじゃない」
サトリの傍らに花を供えて、慧は一言そう呟いた。
「ウン。最後はせめて、ボクの大好きな『優しい夢』を見てくれたら悲しくないヨ」
いつまでも覚めることの無い夢を。
果たして、そんなシェプの想いはサトリの胸に届いただろうか。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
サトリは無事討伐されました。
依頼は成功となります。
今回はご参加ありがとうございました。
また機会があれば別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
サトリの撃破&丑寅門の開門
●ターゲット
・サトリ(呪獣)×1
長身痩躯、手足の長い猿に似た妖。
顏の皮を剥がれており、白い仮面で隠している。
左右の手に刀を持っており、それを武器として振るう。
門付近では縦横に走り回る戦法を、竹林内ではカウンターを基本とした戦法をとる。
※回避の高い敵となります。
※流血状態の相手からの攻撃は、通常よりも高い確率で回避します。
猿蹴:物至単に小ダメージ、飛
野性味あふれる跳び蹴り。
円撃:物至範に中ダメージ、防無、流血
2刀による横薙ぎの斬撃。
斬撃:物近単に大ダメージ、防無、流血
2刀による大上段からの斬撃。
●フィールド
満月の夜。
高天御所の外郭、高天御苑。
丑寅門と呼ばれる門周辺。
門の近くは開けた空間が広がっているが、ほんの20メートルも進めばそこは竹林。
門周辺に障害物などは存在せず、見晴らしがよい。
一方、竹林内では移動や攻撃に幾分かの制限がかかる。
※機動、命中の低下など。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger! 捕虜判定について
このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。
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