PandoraPartyProject

シナリオ詳細

湯は枯れ果てて。或いは、其処はかつての温泉郷…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●トンネルを抜けた先
 カムイグラのとある山中。
 日の暮れるころ、ベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)たち8名は古いトンネルを前にしていた。
 もうじき夜が訪れる。
 夜間の山中を進むのは危険と判断した一行は、一夜をトンネルの内部、或いはそこを抜けた先で明かすことにした。
 トンネルの中を進む8名のうち、地図を見ていたリンディス=クァドラータ (p3p007979)は「おや?」と首を傾げてみせた。
「ベネディクトさん、このトンネル、地図に載っていないようですが?」
「随分と古いトンネルのようだったからな。ともすると、既に廃棄されて久しいのかもしれないな」
 先に進めば分かるだろうか、とそう言ってベネディクトたちは先へと進む。
 そうして彼らは、10数分ほども歩いただろうか。
 トンネルを抜けたその先に、あったのは朽ちた街だった。

 かつては煌びやかだったのだろう。
 四方に張り巡らされる干上がった水路にかかる橋。
 黒ずんだ柱……もとは朱であったのだろう……の家屋や屋敷が立ち並ぶ。
 それらは宿や、或いは飲食店のようだ。
 中には娯楽施設のようなものもある。
 もっとも、どれも無人で長い間風雨にさらされていたかのような有様だったが。
「こりゃあ、歓楽街っぽいな~? いや、温泉街、か?」
「詳しいのぉ、夏子よ?」
 周囲を見回すコラバポス 夏子 (p3p000808)の呟きにアカツキ・アマギ (p3p008034)が問いかける。
「そりゃまぁ、あっちこっち回ってるから多少はな。こういうとこだと、美女が接客してくれる飲み屋なんかがあるってのが常識なんだが……」
「期待できそうにないの」
 軽口を交わし合う夏子とアカツキ。アカツキの手には、光源として炎が灯されていた。
 一方でベネディクトは周囲の警戒を、リンディスは家屋に書かれた文字へと視線を這わせていた。
「どうやら、温泉街で間違いないみたいですね」
「……そして、俺たちは閉じ込められたらしい」
 後方、歩いて来た方向へと視線を向けてベネディクトはそう呟いた。
 つい先ほどまでそこにあったはずのトンネル。
 いつの間にか、消えていた。

●朽ちた温泉郷
「やはりと言うか……街には誰もいないな。まだ探していないのは、向こうの川や森、それに林と農区の方か」
 温泉街を調べて回ることしばらく。
 どこもかしこも、人はおらず、家屋もすっかりボロボロだった。
 かつては温泉だったであろう場所にさえ、湯は一滴さえ張られていない。
「温泉に浸かりたいですね~。それにお腹も好きました。お店もどこも開いてないですし」
 ペタンと耳を倒したしにゃこ (p3p008456)は、腹を押さえてそう嘆く。
「のぅ、そろそろ何処かに腰を落ち着けた方が良くないか?」
「俺も賛成だな。歩き回っても、何かが変わる気はしねぇや」
「あぁ、そうだな。ひとまず、そこらの宿屋を借りて……」
 アカツキと夏子の提案に、ベネディクトはそう返す。
 その直後……。
「お待ちください……何か、気配が」
 しゃらん、と大太刀を引き抜いて彼岸会 無量 (p3p007169)は両の額の瞳を周囲へ走らせた。
 そんな彼女の隣ではしにゃこが耳を上下に揺らす。
「しにゃの耳には何の音も聞こえないです!」
「えぇ、音はしませんね。ですが“何か”の気配か、視線を感じます」
 低い位置で構えた太刀に、アカツキの火炎が反射した。
 そんな彼らの視線の端で、すぃ、と何かが揺らめいた。
「今、何かが動きましたよ!」
 そう叫んだ夢見 ルル家 (p3p000016)は、素早くナイフを取り出した。
 じぃ、と一行の見つめる先で“ソレ”は暗がりにぼんやりと浮かびあがるのだった。
「あれは鬼火? 拙者たちを見ているような……?」
 ナイフを下げて、こてんとルル家は首を傾げた。
 同じように無量も鞘に大太刀を仕舞う。
「……ていうか、いつの間にかすっかり囲まれているんですけど!?」
 ぎょっ、と瞳を見開いてルル家はきょろきょろと周囲を見回す。
 灯りのひとつも灯らぬ街の宿や食堂、娯楽施設に橋の上。
 大量の鬼火がイレギュラーズを取り囲む。中にはどことなく【狂気】の波動を感じる、不吉な鬼火も混じっているようだ。
 敵意は感じない。
 襲って来る気配もない。
 やがて、それらの鬼火はふわりと泳ぐように何処かへ向けて移動を開始するのであった。
「……同じ方向へ進んでいるみたいだな。追ってみよう」
 ベネディクトの提案で、一行は鬼火を追うことにした。

 そうして彼らが辿り着いたその先は、ある大きな宿屋の裏手。
 竹柵に囲まれたそこは、地面に空いた大きな窪み。
 その窪みから街の四方へ、いくつもの管が伸びている。
 どうやらそこは、温泉の源泉……或いは、貯水設備であろうか。
 とはいえお湯など一滴さえも残っていない。
 集まった鬼火たちは、窪地の上に浮かんでいた。
「……温泉? 温泉を復活させてほしい? いいえ、新しい温泉を見つけてほしいの?」
 鬼火たちの意志を感じ取ったのかバスティス・ナイア (p3p008666)がそう告げた。
 彼女の声に反応するかのように、鬼火たちの火力が増す。
「源泉は枯れてしまったけれど、何処かにまだ生きている温泉があるはず? それを街に引けばいいの? え、街までは引かなくてもいい? もう一度だけ、温泉で楽しむ人たちを見たい……だけ?」
 この街はかつて温泉郷として栄えたのだろう。
 けれど、源泉が枯れ街は滅んだ。
 最後には誰も客のいない、寂れた温泉街として。
「つまり、拙者たちは温泉を見つけるためにこの街に閉じ込められた、ということですか?」
 そう問うたのはルル家だ。
 彼女の言葉に肯定の意を返すかのように、周囲の鬼火はより一層激しく燃えた。
「中には俺たちに敵意を持った鬼火も混じっているようだが……いつまでもここにいるわけにもいかないからな」
 温泉を探すしかあるまい。
 と、渇いた窪地を見下ろしてベネディクトはそう呟いた。

GMコメント

温泉とは?
温泉とは、地中から湯(熱水泉)が湧き出している現象や場所、湯そのもののこと。
地元には川の真ん中に温泉がある場所もある。

●ミッション
温泉を見つける。
見つけた温泉を堪能する。
※3名以上が戦闘不能となった場合、調査続行不可能として依頼は失敗となります。


●ターゲット
悪意のある鬼火たち×?
すべての鬼火がイレギュラーズに敵意を抱いていないわけではない。
中には温泉捜索中に襲い掛かって来る鬼火も存在するだろう。
基本的にはヒット&アウェイの戦法で、隙の多い者を狙うようだ。
数はそう多くない。

怨恨紫炎:神遠単に中ダメージ、狂気
 火炎による攻撃。鬼火の数が増すことで威力も大幅に増大するようだ。



●フィールド
カムイグラ、山中。
トンネルを抜けた先にあった地図にも載っていない温泉郷の跡地。
かつては栄えていたのだろう。
豪奢で派手な家屋や宿屋、温泉、食堂、娯楽施設などが存在している。
温泉街周囲には川や森、林、農区などがある。
また、源泉は温泉街の外にだけあるとは限らない……ともすると、街中にもまだ生きている源泉があるかもしれない。
今回、一行は山の麓からやって来た。一行の通ったトンネルは現在どこかに消えている。
配置はおよそ下記のようになる。
   

   森山森川
    森  川
   温泉街 川
  林   川
   農地 川 


●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 湯は枯れ果てて。或いは、其処はかつての温泉郷…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年09月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
彼岸会 空観(p3p007169)
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
バスティス・ナイア(p3p008666)
猫神様の気まぐれ

リプレイ

●廃郷探訪
 空に煌めく満天の星。
 雲に朧な白い月。
 かつては豪奢であったのだろう。荒れた屋敷や宿屋の間を進む男女は都合8名。
「浴槽も井戸も枯れ果てて、テーブルには埃が積もって……そっか。街中にある温泉には、もう1滴のお湯もないんだね」
青白く燃える鬼火の後を追いながら『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)はそう呟いた。
褐色の肌に包帯を巻いたバスティスは『死の国』より転移して来た神の1柱である。だからだろうか。彼女は死者……鬼火の意思をある程度だが理解することができるのだった。
「うぅん? しにゃの眼にも温泉らしいものは映りませんね。やっぱりバスティスさんの会話術が頼りですね!」
地面へ視線を走らせながら『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)が告げた。【温度視覚】のスキルを用いて地中の湯を探しているのだ。
「うん、頑張るよ。鬼火たちの話では、昔はどこか川とか森の方にも小さな温泉がたくさんあったそうだけど……」
「来る途中には、そんなの見てないですねー!」

 街中を一通り歩き回った一行は、温泉郷の一角にある寂れた鳥居の前にいた。
 かつては休憩所として利用されていたのだろう。いくつかの椅子やテーブル、そして読めなくなった案内板が設置されている。
「ここもかつては賑わった温泉地だったのでしょうねえ。時代の流れとは言え、このように寂れてしまった場所を見ると寂しい気持ちになってしまいますね」
「ってもよ、風光明媚そうな温泉街がソッと地図から消えるもんか~?」
案内板にそっと細い指を這わせて『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)がそう呟けば、即座に『鬨の声』コラバポス 夏子(p3p000808)が言葉を返す。
どことなく遠い視線の2人を他所に『未来綴りの編纂者』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は手にした紙面に案内板の内容を書き写していた。
 汚れて、掠れて、もはや意味をなさないそれは、けれどしかし温泉郷やその周辺の大まかな地理や立地を把握する程度の役には立つだろう。
「私たちを閉じ込めてまで……それほどまでに、自らの街に誇りがあったのでしょうか」
 そう囁いて、リンディスは視線を背後へ向ける。
バスティスや『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)と戯れている鬼火の姿がそこにはあった。

 火力を増した鬼火が4つ。アカツキの周囲を飛び回る。
 まるでじゃれつく子猫のようなその様を見て、アカツキは笑みを深くした。
「ふははは、良い。良いのじゃよ。鬼火の頼みとあっては断れんからのう、ファイヤー仲間じゃし!」
 そっと鬼火をひと撫でし、アカツキはそう言葉を零す。
そんなアカツキの様子を見守っていた『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が、ふいに視線を空へと向けた。
頭上を舞う1羽の鳥が、高く遠くその鳴き声を響かせる。
「見える範囲に温泉、或いは源泉らしきものはないが……鬼火がいくつか、急速に迫って来ているな」
「鬼火ですか。故街が寂れ果てた今でもこうして彷徨い求めていらっしゃるのやもしれませんね……さて、私も様子を見てまいりましょう」
ベネディクトの言葉を聞いた『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は、地面を蹴って宙へと跳んだ。墨染の衣がばさりと風を打つ音がして、その姿はあっと言う間に遠ざかる。
 虚空を蹴りつけ、空高くへと舞った無量はそこで「あぁ」と、思わず小さな吐息を零した。
「さぞ美しかったのでしょうね、この温泉街は」
 明かりの消えた街並みを、空高くから一望しそんな言葉を呟いた。
 街の各所にポツリと灯る青い炎は、在りし日の名残りのようにも見えて……。
 無量の胸に去来するその感情は、きっと“寂寥”と呼ばれるそれに相違ない。

●郷走多事
 川のせせらぎ、風の音。
 けれど思えば、虫の声はどこにも無くて。
 つまりこの地に生ある者は自分たちだけ。
 ならば、なるほど……。
「ノォー! なんで追って来るんです!? あっち行ってください! しっし!」
「まぁ、拙者たちは余所者ですからね。歓迎しない人たちもいますよね、そりゃ」
「ったく……独占したり荒らそうってワケじゃないんだがな」
 足音や話声を頼りにされれば、鬼火も寄って来るだろう。
 とくにしにゃこ、ルル家、夏子の3名は道中しきりに言葉を交わしていたはずだ。そんな3名が真っ先に狙われるということは、敵対する鬼火たちはきっと寂れた街の静寂こそを愛していたのかもしれない。
 源泉の捜索を依頼したのが鬼火なら、余所者を排除しようとするのもまた鬼火。
 温泉郷に留まるすべての鬼火が一行に対し、友好的というわけではないのだ。

 気づけば周囲は10を超える無数の鬼火に囲まれていた。激しく火炎を躍らせるのは、きっと敵意の現れだろう。
「えぇい、しつこいの! 悪い鬼火はおしおきじゃ!」
「お手伝いします。ですが、我々がこの街を楽しむ様を見れば成仏して下さるやも知れませぬゆえ」
「心配せずともそこまでせぬよ。遠慮もせんがな!」
 アカツキの掲げた右手に稲妻が灯る。
 暗闇を白に染めるほど、勢いを増した紫電の渦に巻き込まれぬよう、無量はそっと後ろへ下がった。その手は油断なく背に負った大太刀の柄に添えられている。
 万が一、アカツキの稲妻を回避する鬼火がいた場合は即座に対応する心算だ。
 けれどしかし、幸いなことに、鬼火たちの意識はしにゃこたちに向いているらしい。
しにゃことルル家がしきりに反撃を試みるが、なかなかどうしてゆらりふわりと風に舞うよう揺れながら鬼火はそれを回避している。
「仕方ね~な~、もう。おら、こっちだ!」
 2人と入れ替わるよう、槍を担いだ夏子が前へ躍り出た。
 鬼火たちの攻撃を一身に浴びつつ、夏子は視線をアカツキへと向ける。
「今のうちに上手い事やっちゃって!」
「うむ、心得た!」
 直後、アカツキはその腕を素早く一閃させて……。
 夜闇を切り裂き迸る、紫電が鬼火を貫いた。

 焼け焦げた地面。
 鼻腔を擽る卵の腐ったような臭い。
 川の水は蒸気と化して、辺りを白に染め上げる。
「あ、夏子殿が!」
 と、そう言葉を発したのはルル家であった。彼女の視線のその先で、ふらりと人影が動く。
 霧に霞んで仔細は不明瞭であるものの、それはおそらく夏子に違いないだろう。
「敵味方の区別くらい付けておるわ」
 手に纏わり付く紫電の残滓を振り払いつつ、アカツキはそう呟いた。
 なるほど確かに、霧の中から出てきた夏子に怪我や火傷は見当たらない。被害といえば、自身のすぐ真横を稲妻が駆け抜けたせいで、少々驚いたことぐらいか。
 夏子の足元には、勢いを減少させた鬼火が幾つも転がっている。
「かつては無辜の民達だったと思うと、物思う事が無い訳でも無いが……」
 槍を下ろしつつベネディクトはそう呟いた。
 その声音にはほんのわずかに安堵の色が感じられる。いざとなれば、鬼火を抹消するつもりだったのだろう。安堵はつまり“それ”を実行せずに済んだという結果に対してのものだ。
 けれど、鬼火はまだ生きている。安全を考えるのなら、今のうちに始末をつけるという選択肢もあるのだが……。
「んー……ちょっと私に任せてくれる?」
 なんて、言って。
 地面に落ちた鬼火の元へ、バスティスはゆっくり歩を進めた。
「ねぇ……ここがかつてどれだけの賑わいを見せてたか、どれだけ人に愛されていたのか街の様子を見ればわかるよ。死んしまった君達には関係ないかもしれないけど、源泉が蘇って、人を呼んで、死んでしまった街が蘇る。そんな奇跡をあたしは見てみたいな」
 柔らかな声。
 浮かんだ微笑み。
 バスティスの笑顔に鬼火たちは何を感じたのだろうか。
「ん。ありがと」
 1つ、2つ。
 鬼火は宙へ浮き上がり、ゆっくりと川の流れに沿うようにして街の方へと去っていく。
 バスティスの浮かべた笑顔を見て、もしかすると彼らは思いだしたのかもしれない。
 在りし日の幸福な光景。
 温泉郷を訪れた、どこかの誰かの幸せそうな笑い声を。

「どの様な経緯で温泉が生まれ、守られて来たのか……温泉宿の配置を見れば、およそのところは分かりますね」
 そう言ってリンディスは紙面の上に指を這わせた。
 先ほど案内板から書き取った、街や周辺の見取り図である。
「川の流れと並行するように水路が引かれています。そして、その水路の先には、初めに行った貯水槽……いえ、貯湯槽とでも言うべきでしょうか。そこにつながっています」
 よほどに湯量豊富な源泉だったのだろう。
 そこから一度集めた湯は、水路を使って街の各所に配られていたのだ。もちろん、すべての温泉施設がその源泉を使っていたというわけではない。
 リンディスの見取り図によれば、水路と繋がっていない旅館も多く存在している。
「ですが、人が簡単に行けるような場所は既に枯れているのでは? 温泉郷の人たちが探さなかったとは思えません」
 地図をのぞき込み、そう問うたのは無量であった。
「近くにあれば拙者が“におい”で探せるかもですけど」
「あっ! しにゃは温度で探せますよ!」
「なるほど、な……。バスティス。すまないが、1つ頼まれてくれないか? あぁ、皆にも協力してもらうぞ」
 リンディスの話を聞いたベネディクトが、僅かな黙考の後バスティスにそう言葉をかけた。しにゃこやルル家のスキルも有用だが、今はまだそれを行使する段階に至っていないと判断したのだ。

 ベネディクトの策は、詰まるところ人海戦術。
 バスティスを通じて鬼火から聞き出したのは「資料の置いていそうな場所」の情報だった。
 そうして得た情報を元に掻き集めてきた資料や地図をリンディスが中心となって整理、分析を行う。
「うぅん? 何だか甘い香りがしますよ?」
 手にした冊子に鼻を近づけ、しにゃこはそんなことを呟く。
 隣で収集した風景画を整理していたルル家は、ぎょっとした顔でしにゃこの手元を凝視する。
 しにゃこが手にした冊子の色は白かった。けれど、よくよく見れば所どころに赤や青も混じっているようで……。
「しにゃこ殿、それはもしかしてカビの臭いなのでは……?」
「なんですとっ!?」
 などと言ったやり取りを挟みつつ、情報整理を続けることしばらく……。
「可能性としては……この辺りかと」
 無数の印が付けられた地図を広げて、リンディスはそう告げたのだった。

 無数の鬼火を引き連れて、一行は山の奥地へと脚を運んだ。
 かつて街に湯を引いていた源泉よりもさらに登った位置である。
 温泉郷が有った遙かな昔でさえも、きっとここまで脚を運んだ者はほとんどいないと思われる。
 険しい山道を進み、斜面を這い上がり、時には崖をよじ登る場面さえもあった。
 危険を冒してこんな場所を訪れずとも、湯は豊富に沸いていて、地熱のおかげか山の幸も豊富に採れた。
 そんな過ぎ去りし日々の日常を、一行は集めた資料より知ったのだ。

 岩の割れ目から、僅かばかりの水が零れているのが見えた。
 周囲はほのかに暖かく、濃い硫黄の“におい”が充満している。
「おぉ、当たりっぽいね。鬼火たちも喜んでるよ」
 良かったね、とバスティスは鬼火に向けて手を伸ばす。
 その手にすり寄る鬼火の様子は、まるで子猫のようだった。

「へぇ。見つかるもんだね~。源泉はつまり、この大岩の向こうってわけか?」
 槍の先で岩を突きつつ、誰にともなく夏子は問うた。
 その問いに誰より早く答えを返したのはしにゃこである。
 言葉ではなく、行動で……。
「では、さっそく採掘開始です!」
 タタン、と軽い足音と共にしにゃこは駆けた。
 そしてしにゃこは、夏子が反応するより早く、地面を強く踏みしめ跳んだ。
 重力から解放されたしにゃこの体が宙を舞う。それを見て、無量は「おぉ!」と感嘆の声を零した。
 しにゃこは器用に空中で姿勢を変えて、揃えた両足を夏子へ向ける。
「は? おい、まっ……」
「オラー、夏子ォ! 働けー! 唯一の男手なんですから!」
 その様はさながらミサイルか、或いは人間魚雷と形容すべきか。
 勢いを乗せたドロップキックが夏子の背中に突き刺さる。
 姿勢を崩した夏子は、そのまま岩へ顔をぶつけて地面に倒れた。その背に着地し、ポーズを決めるしにゃこを見てベネディクトは顔を押さえて首を振る。
 腹を抱えて笑い転げるアカツキの、楽し気な声が夜の静寂に響き渡った。

●湯気三昧
 廃墟と化した温泉旅館の広い浴室。
 野外に作られたそれは露天風呂と呼ばれるものだ。周囲を竹の柵に囲まれてはいるが、頭上を見ればそこには一面、満天の星空が広がっている。
 涼み始めた秋の風に運ばれて、緑の落ち葉が浴槽の縁にポトリと落ちた。
「だってのに、なぁんでベネベネと僕だけ街の温泉なんだっつーのよ」
 数十名は同時に入浴できるであろう広い湯舟に、肩を並べて浸かるは男が2人だけ。
 言うまでもなく、それは夏子とベネディクトである。
「女性陣からお前を見張ってくれと頼まれているからな……自由には動かせてやれないぞ、監督責任があるからな」
「真面目だねぇ。ほらさ、ベネベネと行動してると何時だって見目麗しい女性が山盛り居るんだ僕はソレだけでこの場に居る意味も気持ちも盛り沢山のハイテンション!! って感じだったんだよさっきまではさ! そりゃ穴掘りも頑張るってもんだろ? 労働で掻いた汗を温泉で流すのは気分良さそうだったしよ。あの女性陣と一緒に温泉だぜ? 期待もするって! なぁ、そうだろ?」
「随分と饒舌じゃないか。だが、諦めろ。それより、せっかくのいい湯だ、ゆっくり楽しむといい。おい……こそこそと離れていくんじゃない」
「あぁ、だってさ、むしろ覗きに行かないってのは極めて失礼なのでは? いやもっと言えば我々しか居ないならもう一緒に温泉を愉しめば……」
「それは俺が居ない時にでも機会を見計らってやってくれ」
 手のひらで掬った湯で顔をかるく拭いつつ、じろりと夏子を横目で睨む。
 湯船の縁に背を預け、夏子は空を仰ぎ見た。
 黒い空に煌めく白星。
 降り注ぐような夜景を数瞬眺めると、ふぅと大きくため息を零した。
「ま、これはこれで悪くね~かな」
 なんて、言って。
 それっきり無言で、2人は静かに湯を楽しんだ。
 
 白い湯気の漂う中で、ルル家はへにゃりと熔けていた。
「ふぅ……労働のあとの露天風呂は最高ですねぇ。落ち着きます」
 濡れた金の髪の先から、ぽとりと雫が滴った。
 場所は山中、川の畔。
 岩を積んで作った即席の浴槽ではあるが、なかなかどうして良い湯加減だ。
「さて……帰ったらコネクションを利用して温泉地の噂をばらまきますか。いつかあの街が、もう一度温泉郷として復活するよう助力しましょう」
「そうですね。もう少し整備を行って、簡単なチラシなどを作って……温泉郷復興のためには、やるべきことが山積みです」
 浴槽から身を乗り出して、リンディスはそっと小川の流れに手を浸す。骨の芯まで染み込むような冷たさが、火照った体に心地よい。
「それにしても、無事に街までお湯が届いたようで何よりですね」
 と、そう呟いて視線を遠く、街の方へと差し向ける。
 暗い夜空に、白い湯気がたなびく様子が山奥からでも確認できた。

 掘り当てた源泉が呼び水にでもなったのだろう。
 溢れ出した湯は地面に掘られた溝を伝って、近くの川へと流れ込む。そうしてそれは、途中で地面に染み込んで、枯れていた別の源泉を復活させたのだ。
 その結果、枯れていた街の温泉も一部は復活したようだ。経年劣化により壊れた水路もあるだろうが、それは今後、ゆっくり修理すればいい。
 それより今は湯を楽しむ方が優先だ。
「いやー、アカツキさん、101歳とは思えないくらいお肌ぴちぴちで羨ましいですね!」
 豊かな胸を揺らしつつ、しにゃこがアカツキの背を流す。
「ふふん。そうであろう? これでも気を使っておるのだぞ」
「しにゃも永遠にぴちぴちでいたいです!! ちょっと一口頂いたらしにゃも若さを保てませんかね!?」
「うん? んっ⁉ ぬわーっ、かぶりついてくるでないしにゃこよ!」
 白く細い首筋に、しにゃこの牙が突き刺さる。慌ててしにゃこを払い退け、アカツキは湯船に飛び込んだ。
「はっ!?  すいません、つい、ハイエナの本能が……? いや、永遠の若さという誘惑に耐え切れず?」
「……まったく、永遠の若さとか言っておるとロクな目に合わぬぞ」
「そうそう。でも、興味があるなら……ちょっと、永遠に踏み込んでみる?」
 浴槽の縁に腰かけたまま、バスティスがそう問いかけた。褐色の肌が、湯に濡れ妙になまめかしい。しにゃこは思わずごくりと唾を飲み込んで……。
「あ、いや……ちょっと死霊の仲間入りは嫌ですかね……許して……」
 ふらふらと近寄りかけたしにゃこであったが、寸でのところで踏みとどまった。

 じゃれあう仲間の明るい声を聞きながら、無量は目を閉じ湯の温かさを思う存分に感じていた。
「鈴虫の 金鈴滲ます 湯煙に 在らぬ嘗ての 声を聞く」
 ぽつりと、唇から零れ落ちた詩句はしかし、誰の耳にも届かないまま夜の空へと消えていく。
「本当に、良いお湯」
 願わくば、街がかつての賑々しさを取り戻さんことを。
 なんて、そう思わずにはいられない。

成否

成功

MVP

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
源泉の捜索、そして(若干1名による)重労働により
無事に源泉を掘りお越し、温泉を復活させることに成功しました。
依頼は成功となります。

この度はリクエストありがとうございました。
温泉郷での一夜の怪異、お楽しみいただけましたでしょうか。
また機会があれば、別の依頼でお会いしましょう。

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