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シナリオ詳細

<巫蠱の劫>ざしきわらし

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●赤童
 なんとも寝苦しい夜でありました。開け放した障子から庭の暑い空気がのっしのっしと入ってきては、その濡れた足で布団ごと踏みつけるのです。富太郎はもうびしょぬれで、なんとか起き上がって水を一杯飲みたいとそれだけを考えておりました。けれども体は鉛のようで、指一本動かすことができません。月明かりでうっすらと見える天井を、目だけを皿のように開いてにらみつけておりました。
 そうしておりますと、ふすまがすうっと開くのが目の端に見えました。まなこだけを動かして覗いておりますと、派手な花模様の着物に袴をつけた小さな童が入ってきました。黙って立っていたらその童は立派なお武家様の子に見えたでしょう。けれどその顔は三日月よりも蒼白で、その手には抜身の懐刀が握られておりました。童は、ふすま側に寝ていたおとうの布団を一周して言いました。
「きょうはここをさされた」
 童はおとうの右の太ももを刀でぶすりと刺しました。おとうはすやすや眠っています。童はおかあの布団を一周して、右の太ももをぶすりと刺しました。おかあはすやすや眠っています。童はずりずりと富太郎に近づいてきました。はあふうと自分の吐息だけが聞こえます。じたりとこめかみを汗が伝って落ちました。とにかくおとみだけは。隣でいい子で眠っている妹だけは、手を出させまいと、富太郎は全身の力を振り絞りました。けれど、まるで動けないのです。ちょうど頭から手足迄ぴったり入る木箱に入れられて蓋をされたみたいに。
 童が富太郎の布団の周りを歩いています。富太郎はその派手な花模様の正体に気づきました。血しぶき。童は全身に深い傷を負って髪まで真っ赤でありました。ずりずりと足音がはい回り、童が富太郎の右の太ももに狙いを付けました。氷のような冷たい銀色がぎらりと光りました。富太郎はもう生きた心地がせず、心臓はくしゅくしゅに固まってどうすることもできないのでありました。とうとう童が刀を振り下ろしました。がつり。固い音がして富太郎はハッとしました。童が布団をめくりあげると、おとよを寝かしつけるのに使った木彫りの子犬が転がり出てきました。童はしばらくそれをじっと見つめ、そうっと手に取って宝物のように掲げました。その目には涙がいっぱい溜まっていました。
「おちよちゃん」
 まるっこい木彫りの子犬は多産と安全を願うお守りで、小さな女の子に人気のおもちゃでした。童の目元で真新しい銀貨のように、涙がぺかぺかと光りました。
「これをあげたなら、またわらってくれるかい」
 大きく鼻をすすると、童は子犬を懐へ入れ、ふすまの向こうへ消えていきました。助かったと気づいたとたん、富太郎はすとんと気絶してしまいました。だから次の朝、おとうとおかあが、右足が動かないと大騒ぎしていても、ぐうぐう寝こけてしまっていて、大目玉を食らったのでした。

●飴色
 検非違使の与野九郎は太い眉を寄せ、鬼瓦のような顔で渋面を作った。
 検非違使といっても、与野九郎は実務に働く使い走りで、武士や貴族のような苗字は許されていない。武器も櫂を削った棍棒一本と己の頑強な体だけというゼノポルタだ。
「ここのところ、理由もなく体が動かなくなる奴が流行り病みたいに増えてな。医者に見せてもどうにもならんし、お上は当然面倒見ちゃくれねえ、とどめに日々の食い扶持も稼げねえ。町の衆は弱り切ってる。そこにようやく犯人の手がかりが掴めたんだが」
 与野九郎は肺の空気をすべて絞り出す勢いでため息をついた。
「富太郎っつーガキによれば、犯人は妖だっつーんだよ」
「……『忌』のことかしら」
「おう、たぶんそれだ。さすが情報屋の嬢ちゃんだ、俺より詳しいんじゃねえか?」
「……知っていることを口にしてるだけ。いま高天京では妖を使った呪詛が流行っているから」
「そうらしいんだよ。何が楽しくて呪詛なんぞやっとるのかね。わけがわからん。この間踏み込んだところも、っといけねえ、話がそれちまった。それでな、嬢ちゃん。問題はここからだ」
 リリコは了承の代わりにうなずいた。
「その妖は『おちよちゃん』とこの子らしいんだわ」
 鬼瓦がしおれるとこうなるのか、とリリコは思った。
「ちよと名前の娘は数いれど、妖がいるような家は枕木町の国府田屋に違いねえ」
 国府田屋はもとはどこにでもいる俸手振りだった。最初は細々とした商いで、貧乏子だくさんを絵に描いたような一家だった。しかし三女の千代が生まれたあたりから、雨の日に口を開けて上を向くよりも簡単に商機が転がり込むようになった。貯めた小金を使って心機一転、古着屋をはじめ、それが大当たりして長屋を立て、土地を商うようになり、瞬く間に大地主になった。いまでは悠々自適の左団扇。一代での立身出世を妬まれて、枕木町のお貴族様などと陰口をたたかれているくらいだ。
「……それがどうして妖がいる証拠になるの?」
「妖は妖でも、座敷童なんだわ」
「……どんなもの?」
「嬢ちゃんは知らねえのか。ちいせえ子どもの姿をした福の神だ。こいつがいると人生はウハウハ何もしなくても右肩上がり、カモがネギと鍋とついでに火打石をしょって大群でやってくるって寸法よ」
「……一代で成り上がったのは、その妖のせい、というか、おかげ、ね? なら、お願いして倒すというわけにはいかない」
「そのとおりだ。国府田屋にとっちゃまさしく福の神だからな。だからよう。神使に頼むしかねえ案件なんだわ」
「……?」
 リリコはまっすぐな瞳で与野九郎を見上げた。彼は急に言い渋って口をへの字に曲げた。
「ああ、なるほど。だからか」
 それまで黙って聞いていたベネラーが急に口をはさんだ。
「なんでい坊ちゃん。わかった風な口をきいて」
「ひとつ質問いいですか?」
「言ってみろ」
「国府田屋さんは、金融業も営んでますか?」
 痛いところを突かれたように与野九郎はふはっと息を吐いた。そして咳をして取り繕うと、急に帰る支度を始めた。
「いや、やっぱりこの案件は俺ら検非違使がやらにゃいかん。嬢ちゃん、聞かなかったことにしてくれ。そんじゃな!」
 逃げるように出ていく背中。
「あ、忘れ物してる。僕が届けてくるね」
 ベネラーがめざとく荷物を見つけ、与野九郎のあとを追って出て行った。置いてけぼりになったリリコは、黙って手を振って見送った。

 支部を出て横道に入ると、案の定その人の姿があった。ベネラーは忘れ物を渡し、困ったように眉を寄せた。
「与野九郎さん、もしかして後ろ暗い案件ですか」
「そうとも、ありがとよう。坊ちゃんなら俺の忘れ物に気づいてくれると思ったぜ」
 言いたいことにもな。そう与野九郎は皮肉げに唇を曲げた。
「さっきの質問な、答えは『大正解』だ。国府田屋は金貸しもやっている」
「大問題なのでは?」
「そのとおりだ坊ちゃん」
 飛ぶ鳥も落とす勢いの豪商で、なおかつ他人の財布も握っているとなれば、これはもう木っ端役人の出る幕ではない。上に行けば行くほど国府田屋の世話になっている輩も多かろう。つまり与野九郎が深入りすればするほど、この事件は握りつぶされる可能性が高い。幻想の孤児院に住まうベネラーには容易にそれが知れた。
「僕の国にも、座敷童に似た存在がいるんです。ブラウニーといって、家の手伝いをしてくれる代わりに報酬を欲しがる精霊です。孤児院でも、新しいバターを買ってきたら必ずブラウニーの取り分と称してひとかけ窓の外に置いておく習慣があります。そうしないとブラウニーが出て行ってしまうからだそうで。座敷童はその上位互換みたいな存在ですね、ということは、座敷童がいなくなった家は……」
「ああそうだ。一家離散なんて目じゃねえ不幸に見舞われる」
「だとしたら国府田屋としては何が何でも家にいてほしいはずですよね、本来なら粗末に扱うわけがない。でも実際には、呪詛に使われている。そんな扱いを受けてなお国府田屋にいるのだとしたら、座敷童のほうに何かあるのでは?」
「そうなんだよなあ」
 与野九郎はつるりと顔を撫で、手拭いで汗をぬぐった。今日も暑い。かげろうが揺らめいている。
「普通の座敷童は家につくんだが、件の座敷童は人についてるんだ」
「それが千代さん。呪詛の術士ですね?」
「そこまでわかんのかい」
「『おちよちゃん』とこの子だとおっしゃってましたから。座敷童が千代さんについていて、彼女になら無碍にされてもかまわないと思っているとすれば、国府田屋は安泰のまま、呪詛が行える」
「検非違使にならねえか坊ちゃん」
「……なんだか怖そうだから遠慮しておきます」
 気はちいせえんだなと与野九郎は今日初めて心から気持ちよさげに笑った。
「御明察だ。どうもあそこの座敷童は、千代をいたく気に入ってるらしい。それというのも二年前、千代が嫁に行って家を出たとき、ついていっちまったみたいで、国府田屋の家運が一気に傾いた時期があった。あわてた両親は千代をむりやり離縁させて、家へ戻した。国府田屋はすぐに立て直し、順調も順調、けっこう毛だらけだが、肝心の千代がどうしてるかは誰も知らん」
 たぶん屋敷の離れにでも閉じ込めてるんだろうさ。と、与野九郎はため息交じりに言った。
「またこの千代ってのが難しい娘でな。病弱でいつも息も絶え絶えな娘だった。今もたいして変わらんだろう。成人するまで生きてこれたのも、座敷童のおかげなんだろうよ。……座敷童を討伐しちまや、間違いなく国府田屋はおじゃん。路頭に迷うやつが大量に出る。かといって呪詛をほったらかしにするわけにもいかねえ。なら術士のほうを狙って庭に墓でもたてりゃ、あるいは」
「千代さんへの未練によって座敷童を縛り付けておこうというのですね。そのために、検非違使ではないイレギュラーズの方々に千代さんを手にかけてほしいと……でもあなたはいい人だからリリコには言えなかった」
 くたびれた顔で与野九郎はうなずいた。
「そうだ。これは暗殺の依頼だ。千代は、ただの一般人だとも」

●ローレットにて
「あのう、失礼します。こんな依頼をあなたへお願いするのは、心苦しいのですが」
 そう前置きすると『孤児院最年長』ベネラー(p3n000140)は腕に抱えた資料の山から地図を取り出した。

「豊穣にいる、千代という娘さんの暗殺をお願いします」

 そう言ってあなたに地図を渡した。白壁に囲まれた広い家だ。豪邸といってよい。そこの離れに、ターゲットがいるのだという。
「庭には護衛が巡回していて、最も警備が薄くなる深夜でも一定数がいます。母屋の家族に皆さんの行動が知られたら、失敗したと思って逃げてください。増援が来ます。数には勝てません」
 それから、とベネラーは続けた。
「千代さんは座敷童という妖に守られています。九分九厘暗殺の邪魔をしてくるでしょう。この妖本体は倒さないでください。条件はこの二つです。千代さんは座敷童を媒介に不特定多数を襲う呪詛をバラまいています。これを止めるために、あなたの力をお借りしたいのです」
 あなたはふと気になって問うた。何故千代は守ってくれる存在を呪詛に使うのかと。ベネラーはしばらく考えている風だったが、ゆっくりと言葉を選んで話し始めた。
「良かれと思ってしていることが、本人にとっては、なんてよくあることですよね。たとえば、癒えぬ病の苦しみを味わい続けるだとか」
 と、そこへ、『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)が息せき切って走ってきた。
「……ベネラー!」
「ごめん、リリコ」
「……資料がないと思ったら、勝手に持ち出して、ダメ!」
「うん、ごめん」
「……人の物を取ったら泥棒!」
「ごめんなさい」
 ベネラーはリリコに怒られている。

●白と赤
「おちよちゃん……」
 座敷童は、ゆっくりとあとずさっていきました。背中に板壁の冷たい感触がどんと当たりました。足元には木彫りの子犬が転がっておりました。千代が童に向かって投げつけたものでした。だらしなく着た寝間着を引きずりながら、千代は懐刀を手に部屋の隅の童へ迫りました。半開きの口は延々と、おまえさえ、おまえさえいなければ、おまえいなければ、おまえさえ、とうわごとのようにつぶやいておりました。
「どうしたらいいの? なんでもするからわらっておくれ」
 それを聞いた千代はだしぬけに、にっこり笑いました。童と初めて出会った、あの子どもの頃のように明るくあどけなく。
「おまえは、わたしの祟り神」
 ぶすり。

GMコメント

みどりです。豊穣で悪代官したい人おいでませ。

やること
1)母屋の家族に知られる前に千代を暗殺する

●エネミー
護衛 ×3人×いっぱい
槍で武装したゼノポルタの侍 命中・回避に優れるも戦闘能力はPCさんよりやや低い
3人一組に分かれて庭を巡回している
・突き 物近単 防無 致命
・薙ぎ払い 物近扇 自カ近
・鬨の声 物特レ R1内怒り 麻痺 ショック

座敷童
千代の守護霊を自称する妖。福と財を思うがままに与えるが、去る時にはえぐい不幸を置いていくので逃げられるとえらいことになる。千代をいたく気に入っており、呪詛の媒体にされるもまとわりついている。
超CTマイナスFB HP特大 それ以外もそこそこ
・おちよちゃんはわるくない! 神特レ R2内飛 識別
・おいで、わけみたま! 1回につき2体を召喚 初期2体、上限12体
・かばう
・BS無効
・飛無効

わけみたま 初期2体、最大12体
中CT低FB型アタッカー 防御性能は紙 HP低 反応高
・ぶすり 連 呪い 呪殺 狂気 怒り
・かばう

千代 機動力1 HP1
幼い頃から生死の縁を彷徨い続けてきたグリムアザースの娘さん。霊視の才能があったため、座敷童にとりつかれた。2年前に大病をし、この世の思い出にと初恋の人と祝言をあげるも一月もたたず家族の都合で離縁させられる。元夫は金と女をあてがわれ即再婚。その後は離れで療養という名の監禁生活を送っている。
・なにこれ、なにこれ… 1T行動不能
※きゃあああああ! 物特レ R3内無 範囲内の護衛を呼び寄せる 母屋の家族にレンジが届くと強制失敗

●戦場
壁の外からスタート
庭→離れ→庭
遮蔽物が多いので注意
深夜 視界とそれに伴うペナルティあり
足元ペナルティなし

●他
座敷童と千代は離れから庭を抜けて母屋へ逃げます。
離れから母屋の家族までの距離は約50mとします。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『豊穣』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

  • <巫蠱の劫>ざしきわらし完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月30日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
すずな(p3p005307)
信ず刄
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
源 頼々(p3p008328)
虚刃流開祖
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
レーニャ(p3p008983)
暗紫色の戯れ

リプレイ


 どうしてこんなにも胸がざわめくのか。
『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は我知らず耳を押さえた。雨音が聞こえる。空は晴れている。時折雲がかかるけれど今宵も月は美しい。なのに雨音がする。それが己の内から湧いてくるものだと、シキにはわかっていた。そんなシキへ『暗紫色の戯れ』レーニャ(p3p008983)が声をかける。
「初めてのお仕事頑張るよ。暗殺って難しいのかな?」
「難しくはないさ。ただ、少し重いかな」
「…………重い? やってみれば分かるよね」
「ああ、今はわからなくとも、いつかそのうち」
 シキは苦い笑みを見せた。
 軽く準備体操などしながら『悪徳の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は不敵に笑んだ。
「海を越えよーが、後ろ暗い仕事は尽きねェよーで。ま、オレにとっちゃ大助かりだが! ササっと行ってサックリ殺して、たんまり頂こうか礼金をよ」
 口調は軽いが目は笑っていなかった。今回の依頼は速度が命だ。事が大きくなる前にターゲットを邪魔をする護衛や座敷童から引き離し、始末せねばならない。その意味をことほぎはよくわかっていたし、わかったうえで高揚する己を自覚している。
 しかし『三者三刃』すずな(p3p005307)は気が進まないようだ。高い白壁を見上げる。しっくいの立派な壁だ。この奥の離れに監禁されているというターゲット。それはまるで、家全体のために座敷童へ捧げられた生贄ではないか。すずなは横を見た。壁は軽く一町分はあるだろう。中の母屋はここから見てもわかるほどに屋根が高い。相当な豪邸だ。それがすべて一人の少女の苦痛を代償にしているのならば……。
「商売繁盛、大変結構。素晴らしい事だと思います。でも、それは相応の努力があってこそのお話です。国府田屋さんは……さすがに違うでしょう」
 すずなは軽く瞑目し、これから起こる惨劇への祈りと謝罪を心の中でつぶやく。
(一般人を手に書けるのはさすがに抵抗がありますが…そこは受けた以上割り切るしか……)
 そうだ、割り切るしかないのだ。それでもまだ嵐の海のように揺れる心を、すずなは愛刀の柄を撫でることでごまかした。
『暗鬼夜行』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)もまた己の得物を弄んでいた。その表情は暗く、怒りとも諦めともつかない感情に支配されている。
「服を呼び寄せる存在が結果的に宿り主に生き地獄を与えているとはなんとも皮肉な話でござるな」
「そうだね。座敷童くん、おちよくん。すれ違っちゃってるね」
『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が首肯した。
「やっぱり独りよがりは良くないよ。相手の事だけじゃなくて自分の事も考えないと、いつからか誰からも信用されなくなるんだ。そんな彼らを反面教師にしつつ会長はがんばるぜ!」
 持論を展開しつつ、よーしと気合を入れる。彼女の顔色をうかがう咲耶だが、にんまりした口元は逆に表情が読めない。
「さて、吾らは壁の外にいるであるが。どうやって忍びこむべきか」
 常に目標達成を元気いっぱい考えている『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)がパズルを前にしたかのように目を輝かせる。彼女の哲学はシンプルだ。美少女豆知識:善人悪人関係なく殺されるときは殺される。今がその時だ。だから彼女に迷いはない。
「それは我に任せるがよいぞ」
『虚刃流開祖』源 頼々(p3p008328)がヴォードリエ・ワインの封を切った。ふくいくたる華美な香りが辺りにただよう。
「我は表門から堂々と参るゆえ、その間に壁を登れば良かろう。後の事はまかせたぞ皆の衆」
 皆のため犠牲となるも一興……と頼々は前髪をふあさっとかきあげた。


 頼々は赤ら顔のまま千鳥足を真似て正門へ向かった。さすがに本当に酔っているわけではないが、そうするだけの理由が彼にはあった。陽動だ。仲間の潜入第一歩は彼の動きにかかっている。責任は重大。内心の緊張を表に出さないよう気をつけながら、頼々はわざと広い道を蛇行しながら歩いた。
 正門が近づいてくる。二人のゼノポルタが槍を持って立っているのが見えた。なんだありゃ。酔っ払いだろう。ほっとけ。そんな声が聞こえる。
(うんうん、まずは首尾よし)
 ふらつく足で正門前まで進んだ頼々は、裾を踏んで転ぶふりをした。その瞬間。

 ――ズガァン!

 虚空を貫く光の束が正門を襲った。瓦屋根を粉々にし、分厚い木戸を木っ端みじんにし、正門の上半分を吹き飛ばして天へ消える。
(まともに撃つと母屋まで巻き込みかねんからな)
 ぺちゃって転んだまま頼々はゼノポルタ二人の反応を見た。彼らは突然の大破壊と目の前の少年が結びつかず呆然としている。急にボールが来たからどころではない想定外。
(さて、どう来るか)
 転がったままのワインの瓶からとくとくと中身があふれ出ていた。
「応援だ、応援を呼ぶぞ!」
(ほー、そう来たか)
 二人のゼノポルタは急遽近くの仲間を呼び集めた。その数6名。計8人がこわごわと頼々の周りに集まる。頼々はあえて動かない。
「おい」
 槍の穂先が頼々をつついた。あまりの威力にびくついているのか、その動きに殺意はない。よし、と頼々は判断すると仰向けになり、気の抜けた声をあげた。
「お師匠さま~」
 その後につづくしゃくりあげる声。ゼノポルタたちは怪訝な顔で頼々に注意を縫い止められている。
「いずこにおわしますか、我は寂しゅうございます~。うう、ひっく、お師匠さま~」
 リトマス試験紙が真っ赤になる嘘を吐きながら、頼々は涙をこぼしてみせた。主演男優賞があったら送られるんじゃないかってくらいの演技力だ。
 どうする? どうするって、ただの酔っ払いだろう。なんかむかつくが。そんな声が耳に入る。
「おい、誰かこいつを捨ててこい。またさっきのあれをやられちゃかなわん」
 それは困ると頼々は近づいてきたゼノポルタの足へしがみついた。
「おお、旅の方よ、お師匠さまのことをご存じか」
「知らんわ!」
「お師匠様は心優しき方にて、ひっく、いろんな場所で虐げられてきた我を守って下さったのだ……どんなことでもいいから行方を知っていたら教えてほしい、何卒、何卒~」
 うむ、我ながら鳥肌が立つレベルの大嘘。
「我は生まれつき角のある者から嫌われるよう運命づけられてな……。ひどい半生を送ってきた。やっと出来た心の支えがお師匠さまだったのに、だったのに!」
「ええい離せ! 離さんか!」
「参ったな、こいつ絡み酒だぞ」
「この年で苦労してるっぽいな」
 魚が餌に食いついた。頼々はゼノポルタへすがりつきながら、ありもしない己の半生を語り続けた。おいたちから始まって虐げられた少年時代、師匠と出会えた幸運、つかのまの幸せを得た修業時代、そして別れ……。ゼノポルタたちは不承不承聞き入っている。このままこいつらを足止めできれば、陽動は成功。腹の中でそんなことを考えながら、頼々は顔だけはほろほろと泣き続けた。


 咲耶はコンタクトレンズを入れた。昼のように、とまではいかないが、満月の晩のようにあたりが明るくなる。
「さて、と」
 咲耶はぴったりと壁へ身を寄せ、透視を試みた。
「護衛はなし。問題ないでござる」
 物質透過の忍術を用いてするりと庭へ入る。続けて高い白壁を、百合子は当然のように駆け上った。月明かりの雫を目にさし壁の上からざっと見まわすと、頼々のおかげで警備の数は少ない。だがそれは庭全体の話で、離れの近くは相変わらず護衛が巡回している。
(あれの目をくらませねばならんな)
 百合子は掴んでいたロープを手に音もなく庭へ飛び降りた。
 周りを見回し安全を確認すると、くいくいとロープを引く。すると、ロープの先がずっしりと重くなった。特に踏ん張りもせず、百合子は平然とその重みに耐える。
「んしょ、んしょ」
 ロープを登ってきたのは茄子子だった。
「ご苦労だね、会長謹製免罪符あげちゃう」
「要らぬ」
「たはー」
 続けてあがってきたことほぎがストッと庭へ降りた。
「おいおい静かにしてくれよ。くっちゃべってるひまかぁ? オレは自分の命が最優先だぜ」
「そうだね、ここはもう敵の陣地だし」
 続けてシキが着地する。そのまま彼女は庭石の影へ移動した。
「護衛が来たよ。いったん隠れて」
 ことほぎがロープをつかんで引き下ろす。回収したロープを胸に抱き、ことほぎ、百合子、茄子子は草木の影に隠れた。ざくざくと砂利を踏んで護衛がやってくる。
「異常なし」
「異常なーし」
 声を掛け合い、辺りを見回しているのがわかる。そのまま護衛は通り過ぎて行った。辺りが十分静かになったのを見極めると、ことほぎはロープをまた壁の外へ垂らした。
 ホークアイのお守りを首から下げたレーニャがふんわりと飛行して壁を乗り越えてくる。
「誰もいない?」
「今はな、気をつけてくれよ」
「ん、ん、れー、気をつける。誰もいないよ。だいじょうぶ」
 レーニャは壁の向こうへ声をひそめて呼びかけた。
 すずなが一生懸命昇ってきた。
「侵入は成功でござるな」
「ええ、ここから先は分かれた方がいいでしょう。さすがに8人で行動していると人目に付きますから」
 すずなの提案に一同うなずいた。それぞれ別のルートを通って離れへ接近する。ゼノポルタの足音が近づいてくるたびに、息を殺し、影へ溶け、ひそやかに。


 ことほぎは大きく回り込み、狙撃位置についた。離れと母屋の中間、屍月螺鈿飾弓迦陵を手に取る。
(おっと、オレが見つかっちゃ意味ねえな)
 植込みの間に潜り込み、地面へ寝転び弓を横向きにかまえる。植込みの足元は存外にすうすうしており、視界は良好だった。それに持っている暗視とを組み合わせれば、怖いものなしだ。まずは離れに固まっている護衛の足を狙う。きりきりと引き絞られていく弓、動いていく目標。それを目指し一投目をひょうと放つ。
「ぐあっ!」
「なんだ、何が起こった!」
 いてえいてえとくりかえす仲間を、他のゼノポルタが介抱している。その後頭部に向けて、もう一撃。ぼんのくぼを狙われたゼノポルタはどうと倒れた。
「敵だ! 敵がいるぞ!」
 鬨の声があがる。が、そんなものはことほぎにとってはどうでもいい。ごろりと回って体勢を立て直し、次の植込みへ移動する。狙撃を続けるために。

 離れへは百合子が真っ先にたどり着いた。
 しばらくドリームシアターの幻に隠れたまま仲間がたどり着くのを待ち、ことほぎが狙撃を始めたのをきっかけに障子を蹴破って中へ押し入った。
「きゃあああああ!」
 驚いた千代が叫びをあげる。
「千代様!?」
「千代様どうなされました!」
 護衛のゼノポルタが集まってくる。
 百合子は部屋の隅で震えている千代の傍に立つ童を見つけた。青ざめた顔の、血まみれの小さな童だ。
「小娘どけい!」
 鬨の声をあげながら護衛が突っかかってきた。百合子がぱちんと指を鳴らすと、背に光の翼が降臨する。七色に輝くそれは震えながら膨張し、とうとう百合子自身の美少女力に耐えきれなくなったか弾けて砕けた。
「ぐおおおお!」
 破片が全身に突き刺さった護衛、ただでさえ狭い室内だ。範囲攻撃は十分な脅威だった。百合子はさらなる一手で部屋の隅にいる童を指差し、強烈な圧をかけた。
「恨みがつもり過ぎたであるな。おぬしの悪行、利益と差し引いても殺せと、そういう事になったぞ!」
「あくぎょう? なにもしてないのに。ただおちよちゃんにしあわせになってほしいだけなのに」
 童は果敢に言い返すが、お千代はただ震えている。
「おいで、わけみたま!」
 ぞろり、何人ものわけみたまが一気に召喚された。護衛と息を合わせて百合子の体力を削っていく。
「いいのですか、そこでジッとしていて。千代さんを巻き込んでしまうかもしれませんよ?」
 影が走り込み、童を後方から縫い止めた。すずなであった。
「……私の狙いは座敷童――妖たる貴方です」
「おまえもか! なにもしてないといってるのに!」
 童の怒りに呼応するかのようにわけみたまがすずなを襲った。ぶすり、ぶすり。何度も突き立てられる刃。
「こざかしいですね!」
 すずなは怒りに震え、おもわずわけみたまを攻撃した。
「はいはーい! 会長が来たよー! はい、みんな崇めて、奉って! 会長の前で膝なんてつけさせないよ! みんな等しく会長に回復されてね!」
 茄子子に後光がさした。それはいくつもの癒しの刃となって、空中へ浮き上がる。
「ほら行け! 会長が許可する!」
 金に光る刃が全方位へ向けて発射された。すずなの失調がぬぐわれていく。
「おちよちゃん、ほら、こっち。おもやににげよう」
「え、あ、ああ、うん……」
 千代は呆然としたまま童に引っ張られていく。のろのろとした足取りだ。いまだに何が起こっているのかよくわかってないのだろう。わけみたまが守るように前後を囲み、護衛が道をふさぐ。
「――外さないよ」
 狙撃手のごとき瞳で上空から鋭い蹴り。レーニャはそれで護衛の一人の首を折った。脛骨が粉砕する感触が伝わってくる。
(これが、人を殺すということ。……よくわかんない。今は目の前の敵をやっつけなきゃ)
 レーニャは踊るように護衛へ向かっていった。優し気な儚げな容姿とは裏腹にその猛攻は苛烈の一言。ただ敵を屠らんとする純粋さは幼さゆえなのか。花畑がさやさやと揺れ、返り血に赤く染まった。舞い踊る少女。舞踊は死のダンス。これが彼女のbeginning bell。少女の旅路は、暗殺依頼によって幕を開けた。
 シキは距離をつめ、護衛とわけみたま両方を相手取った。
(苦しみ生きた人の最後が、せめて苦しくないものであればいい。まぁそう願うもんだから、頑張らせてもらおうかね)
 処刑剣を両手で持ち、羽のように軽々と、切り結ぶ切り刻む。鋭利な輝きが月夜に反射し、護衛の腕が飛び、わけみたまの首が転がり落ちる。相応の反撃を受けてはいたが、怒りによって強くなった心の炎は誰にも消せやしない。相手が死ぬまで攻撃するのみ。ごとりと、また首が落ちる。
「シキくん! やってもらいたいことがあるんだから無理せずにね!」
「ふふ、体の事は茄子子がいるから心配してないよ。私は私の仕事をするだけさ」
 わけみたまの攻撃をしのぎ、咲耶が千代へ呼びかける。
「千代殿、拙者は役所からの依頼で呪詛の原因である座敷童を討伐しに来たのでござるよ。千代殿は無関係、拙者がお守りするでござる!」
「うそをつくな! おちよちゃん、こいつらぜんいんわるいやつだよ。わかるんだ。しんじて」
「う、あああ、ああああ……」
 千代は震えていた。突然の暗殺者の襲来、死んでいく護衛の中には顔見知りもいたのだろう。永遠に続くと思っていた、崩壊した日常。呪詛へ手を出した罪悪感。一気に噴き出して、もはや自分でも手が付けられなくなっている。
「千代殿! お守りしもうす!」
 咲耶は強引に千代へ近づく。割り込むわけみたま相手に「どけい!」と大喝する。あまりの衝撃にわけみたまがふきとばされた。千代は本能的に恐怖を感じたのか、頭を抱えてその場へしゃがみ込んだ。座敷童とわけみたまが二重三重に千代をかばっている。月明かりに照らされた娘の細い腕は、本来あるべき柔らかさがなく、ただ病に削り取られた固い線ばかりがあった。
(大衆の平和の為に弱き者に手をかける事など極悪非道の行いでござるが、忍びの道を選んだ時から覚悟はとうにできている。情が移ったわけでがござらぬが、これから殺す者の教示としてせめて苦しませぬ様に送って差し上げよう)
 百合子が焔でできた扇でわけみたまごと宙を薙ぐ。その切っ先が千代の髪をかすめ、じゅっと音を立てた。血の海の中、新たな異臭が漂う。
「クハッ! そこな娘の生死は指定されておらぬでな! 座敷童より逃れたくば逃げればよい。無理に狙いはせぬわ」
 百合子の弄した甘言に、千代の瞳が打算で揺れた。
 咲耶はシキへ目くばせした。
「さあ、千代殿、今のうちでござる。拙者がお守りする故。このような場所は離れるでござるよ」
「だめだおちよちゃん! うそだよ、しんじちゃだめ!」
 悲痛な声。だが千代は……童へ背を向けると母屋へ向けてよたよたと走り出した。
「おちよちゃん!」
 童が発した圧で一同を吹き飛ばす。だがすずなががっちりと童の足止めをする。
「しんじて、おちよちゃん! おちよちゃん!」
 千代は答えない。その隣へ忍びよったシキがチヨへ蹴りを入れた。
「あうっ」
 あっけなく千代は庭へ倒れた。大地へ抑え込み、シキは処刑剣を振りかざす。雨の音が激しくなった。
「さて、お嬢さん。君のお命頂戴仕るってね」
 大きく息を吸い、吐いた。月を背景に、ぽんと首が飛ぶ。間抜けなくらいに簡単に、悲嘆にくれる間もなくあっという間に。それはシキのギフト、痛みもなく安らかに。死の自覚もなく、娘は逝っただろう。処刑人とは死後の安息の祈り手でもある。
「おちよちゃあああああん!」
 童が千代の頭を抱きしめる。涙をボロボロとこぼすその背へ百合子がとどめの一言を見舞う。
「体を残してやるのは慈悲よ! もうこれ以上不幸にならない娘に存分に付きまとうがよい!」
 咆哮にも似た童の泣き声が庭へ響く。だけどもう国府田屋に、その声を聴ける者はいない。それができた娘は、たったいま憂き世を離れ極楽への旅を始めたのだから。

成否

成功

MVP

如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!
暗殺は成功です!皆さんの脱出も無事成功しました。
国府田屋は庭に大きな千代の墓を建て、その後も繁栄を続けています。

MVPは護るふりで千代の警戒を解いたあなたへ。

それではまたのご利用をお待ちしております。

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