PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<巫蠱の劫>俤

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●農村の外れで
 淡い白を纏った黄瓜を収穫し終えた畑で、疎らに散った農民たちが作業を進めていた。
 夏場に旬を迎える黄瓜は、すでに市場へ並んでいる。彼らが行っているのは、秋に収穫する黄瓜用の種まきだ。
 家並みから離れた平坦な地での栽培は、長閑な原風景らしさで訪れた者を癒してくれる。
「渡辺の兄さん、いつもすみませんねえ」
 首にかけた手ぬぐいで汗を拭きながら、老齢の農民が青年へ話しかけた。
「これも務めだ。気に病むな、御老体」
 鬼の面を被った青年――渡辺・慶事の表情が拝めずとも、村人は恐れないらしい。彼らはこの辺りを警邏することも多いため、彼らにとっては有り難い存在だ。此度も不穏な目撃談を聞き、近場で鍛練を積んでいた慶事たちが駆けつけたわけだが。
「慶事殿! こちらへ!」
 畑を超えた先、草木と薮、空いた畑が点綴する所から、鬼人種の青年が慶事を呼ぶ。
 急ぎ駆け寄ると、青年は薮を穂先で示した。
「……妖か?」
「それが、赤子の手がちらっと覗きまして」
「赤子?」
 不穏な響きに慶事が唇に緊張を刷く。
 そのときだ。彼らの前に赤子が現れたのは。
「成程、確かに赤子……いや、赤手児(あかてご)だな」
 慶事の言の通り、丸みを帯びた小さな手が地べたをぺたぺたと這っている。手だけだ。それも無数の。
 顔も口もないのに赤子は泣く。多くの手をかき集めたかのようなソレは、泣き声をあげながら草葉の中を駆け――迷わず慶事へ飛びかかった。彼は低く這う赤子らしき塊を、槍の穂先で突いて返した。
「慶事殿! この妖、何体もおりますぞ!」
 鬼人種の青年の、逼迫した声が耳朶を打つ。
 不穏な言葉に慶事も周囲を見回せば、今押し返したばかりの赤手児と同じ姿の妖が、ぞろぞろと集まっていた。
「セツ、村人の避難を」
「はっ! お任せを」
 ひとりの鬼人種へ近くの住民の件を託し、慶事は残った仲間と共に妖怪退治に取り掛かる。
 ただひとつ、慶事には気になる点があった。妖たちの憎悪と殺気が、自身だけを射抜いているように感じる。
(……もしや噂に聞く呪詛か?)
 思いはしたが、口にはすまい。誰が誰を呪ってもおかしくない昨今、自分が対象になる可能性も考えてはいた。
 いずれにせよ今この場を鎮めることに変わりはないと、慶事の口端が僅かに上がる。赤子の姿を模っているとはいえ、妖には違いない。果たしてどのような動きを取り、仕掛けてくるのか。考えるだけでも、戦う楽しみは湧くばかりだった。

●情報屋
「おしごと」
 集ったイレギュラーズを前にイシコ=ロボウ(p3n000130)は淡々と話し出す。
「呪具の件が一段落したところだけど、続報。呪詛が横行してる」
 呪詛による祟りが頻発するようになったのは、夏祭りが終わった後からだ。
 政の枢軸たる宮中にも魔の手は伸びており、皆一様に怯えている。
 怯えるのも無理はない。いつ何処で、誰に呪われるのか不透明な状況では、親しい相手に対しても疑心暗鬼に陥るのは明らかだ。この状況が続けば、カムイグラの政治も混乱を来たす。そこで神使――イレギュラーズの出番というわけだ。
「呪詛の手法。妖を使う、みたい」
 夜半に妖の身体を切り刻み、妖の力を以て相手を襲い、呪い殺すという手法らしい。
 建葉・晴明によると、此度の呪詛は非常に強力であると判断できるようで、油断できないとされている。
「私から今回お願いしたいの、辺境の農村。カムイグラではよくある長閑な村」
 高天京から離れた場所でも呪詛が猛威を振るっていると聞けば、イレギュラーズも穏やかではいられない。
「辺境を警備していた八百万と鬼人種たち、先に向かった。手助けしてほしい」
 呪詛とそれによる事件や、妖などの目撃証言が多発している今、警邏を担う人々も輪をかけて忙しくなっている。戦力としては頼もしいが、敵が敵だけに万全を期したい。
「八百万、仮面つけたひと。渡辺・慶事って名前。兵部省のひと」
 そのひとが、鬼人種を引き連れて辺境警備にあたっていたそうだ。
「肝心の倒すべき敵。『忌』っていう、顕現した呪詛」
 呪詛が発動すると、媒介となった妖の姿かたちを借りて顕現する。かの者は当然、呪われた相手めがけて真っ直ぐに向かうのだが、厄介なことに『忌』には実体がない。半透明の『忌』は、何処からか突如として現れ、襲いかかる。
 村の近くで目撃されたのは、彷徨う赤子の手のようなナニカだという。数が多く、探し回るような動きをしていたとのことから、近くに呪詛をかけられた対象がいるのだろう。詳細は不明だが、村人たちが平穏に暮らすためにも、急ぎ退治する必要がある。
 実体がないとはいえ普通に攻撃は通るので、そこは安心していい。
 ちなみに、倒した『忌』の姿はすぐに掻き消え、呪詛は基本的に『術者』のもとへ返るそうだ。
 基本的に、とイシコが話したのには理由がある。
「殺さずの術技で倒すと、呪詛返しにはならないって」
 呪詛をかけた張本人に返ることもなく、『忌』は消滅する。
 呪詛返しを起こしたくないのであれば、そうした手段もあるとイシコは付け加え、イレギュラーズへこくりと頷く。
「説明おわり。いってらっしゃい、気をつけて」
 最後にそれだけ告げ、イシコは去っていった。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
 『忌』の殲滅と渡辺・慶事の生存

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 現場到着時にはもう戦闘が始まっています。
 敵が出現した場所は空き地で、見晴らしは良好。しかし薮や低木が点在しています。
 また、空き地を出るとすぐ畑に出ます。

●敵
 赤手児(あかてご)×10体
 呪詛の発動により、妖のかたちをとった『忌』です。
 赤い幼子のような手の集合体で、大きさも赤子と同じぐらい。
 高速ハイハイによって移動し、飛びついて体勢を崩させたり、無数の手で掴んだり掻いたり引っ張ったり押したりすることで、相手の付与効果(BS以外)を消滅させることもできます。いずれも見た目だけだとじゃれつく赤子っぽいものですが、立派な攻撃です。
 数も多く、体力や攻撃力も高いので注意が必要です。
 なお、かれらは渡辺・慶事を最優先で狙おうとします。

●NPC(味方)
 辺境を警邏していた渡辺・慶事率いる鬼人種たち。
 渡辺・慶事は、兵部省所属の八百万。武器は槍。簡単には倒れませんが、敵に囲まれ続けると危険です。
 鬼人種は現場に四人いて、刀と槍が半々。慶事より戦闘力が低く、慶事が危うい場合は庇うため無茶をします。
 イレギュラーズが現場へ来ることを彼らは知りませんが、共闘は快く受け入れます。

 それでは、ご武運を。

  • <巫蠱の劫>俤完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月04日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

楔 アカツキ(p3p001209)
踏み出す一歩
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
彼岸会 空観(p3p007169)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
只野・黒子(p3p008597)
群鱗
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
鬼龍院・氷菓(p3p008840)
寒獄龍図

リプレイ


 歌が聞こえる。
 風鳴りかとそばだてた青年――渡辺・慶事の耳が捉えたのは、人声だ。
 それを聞いてじわりと滲んだ力と共に、青年が眼前の妖らしき姿を穂先で掬い上げるように強打すると、歌声の主だけではない足音が草を食んで近づいてくる。ひとつだけではなく、幾つも。
 風に遊ぶ木の葉のごとくたちまち赤手児を太刀で圧した『全霊之一刀』希紗良(p3p008628)が、口を開く。
「渡辺殿と、警備をしている皆さまでありますか?」
「貴殿らは……神使、か?」
「はい! キサたちは、この事件を解決すべく参上したであります!」
 振り向かぬまま小躯なる少女は、止まず這い寄るモノへ刀の煌めきを贈る。赤子の手を無心にかき集めたかのような異形は、迷いなき一閃に怯み、たじろぐ。そうして行動で彼女が意思を示す間にも、『寒獄龍図』鬼龍院・氷菓(p3p008840)が妖の背後から切り付けた。
 剣魔の余韻が尾を引く中、彼はそのまま周りへ目を配り、やがて慶事を捉えうっそり微笑む。
「左様。助太刀、と云う行いを成す者で御座います」
 彼の穏やかな声音は、けたたましい戦場においても凛と響いた。
 そこへ、聖なる躰を降ろし『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が青年の前に飛び込んだ。
「ぶはははっ! いやぁモテる男はつらいねぇ旦那!」
「貴殿にはやらんぞ」
 疲弊の色なき慶事からの返しに、ゴリョウも大口を開けて笑う。
「わかってるぜ! 想い寄せてくる相手に応えるのは、オメェさんの仕事よ!」
 青年の意思を、彼は尊重した。
 ふと慶事が視線を外す。届いた癒しの歌は『群鱗』只野・黒子(p3p008597)が奏でたものだと気付き、慶事はふむと小さく唸る。神使たる所以を、皆の行動から察したかのように。
「こちらで敵を引き付けますので、敵の意識外から攻勢をお願いします」
 黒子が鬼人種たちへ告げる。彼の奏でし音色は、樹より滴る雨音の落ち葉を打つごとし。そうして黒子は、鬼人種や慶事から痛みを徐々に拭っていく。妖にやられた苦痛をひとつひとつ剥がせば、彼らの動きにも活が戻る。
 そこへ突如として響く明るい声。
「ここからはボク達も相手になるよ!」
 鬼人種たちが思わず振り向いた先、胸を張って立つ『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)がいた。
 高らかに名乗りをあげた彼女の双眸が映すのは、群れ成す赤子の手。
「皆、焼き祓ってあげるからね!」
 赤を滾らす少女の笑みは、不穏という名の闇があったとしても煌々と照る。
 灯へと誘われる羽虫のように、二体の赤手児が焔の元へ突撃した後ろで『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)の瞼がひくつく。戦の音で賑わう中、彼女の耳朶を打った異なる葉擦れの音色は、魔性の切っ先を向けるのに相応しい。ふ、と短い呼気に合わせて踏み込んだ無量は、薮にくるまれた妖の手を切り落とす。
「薮や低木の傍へは寄りませんよう」
「心得た」
 言葉数少なく告げた無量に、慶事は素直に、そして端的に答えた。
 『踏み出す一歩』楔 アカツキ(p3p001209)もまた慶事の傍へ寄りつつ、哀れなる『忌』へ猛火の罰を与えていく。焦がす色の中で悶え苦しむ妖に、慶事も一手、傷を加えた。そんな彼を見てアカツキは顎を引く。
(共闘して貰えるなら、有り難い)
 彼の行動を受け入れながらもアカツキは、彼の動向から目を離さずにいる。
 そこへ、隈なく足元を確かめた『餌付け師』恋屍・愛無(p3p007296)の巨大な鋏が突き出され、同じ一体を喰らう――華やかなるスタープレイヤーのすべを以って、殺さず、倒すために。愛無が甲殻類を連想させる鋏で裁ち切れば、度重なる猛攻に煽られれば妖とて一溜まりもない。
 かの赤子は、愛無たちの目の前で煙りのように消えていった。
(無茶をしそうな者たちだ)
 ちらりと愛無が見やったのは、慶事と鬼人種たち。いずれも大人しく守られる気質ではないだろうと、彼らの姿勢から見てとれる。そこで彼らの様相から意識を外し、愛無は思う。
 術者はなぜ、赤子の妖を選んだのだろうと。
(まぁ、この国の情勢や体制を鑑みるに、赤子を模した妖には事欠かぬか)
 呪術に使うためとはいえ、赤手児の姿をした妖を切り刻んだとなれば、術者の人柄も知れよう。もしくはよほど精神的な余裕が無かったのかもしれぬと、愛無は目を細めて沈思する。巡らせても答えはまだ、見いだせない。真相は薮の中だ。


 吸い込んだ息のすべてで築いた大音声が、戦場を震撼させる。
「俺を倒してから旦那を狙って貰いましょうかねぇ!」
 ゴリョウの叫びが空気を伝い、慶事に群がろうと集う妖たちの身をぴりぴりと震わせた。あれを倒さねば、と逸る赤手児たちの挙動がざわつくのをゴリョウはしかと見た。そんなゴリョウの眼光に射抜かれても尚、かれら『忌』は恐れずじゃれついてくる。
 無数の手に皮膚や衣を引っ張られる彼の近くで、アカツキは怒りに惑わされなかった敵めがけ、正義の拳を打ち込んだ。ぐらりと揺れた妖は、今しがた己を痛め付けた青年に狙いを定め、飛びかかる。
(そうだ、それでいい)
 アカツキは唇ではなく目許で不敵に笑い、遊び足りない幼子を引き連れ、慶事たちから距離を置く。
 そうしてアカツキが気を引いた個体とはまた別の妖へ、焔も揚々と口上を披露する。
「任せてよ! こういうのを相手するのは、専門分野だからねっ」
 朗らかな彼女の一言は、阻まれた側である妖にとって苛立ちの要因にしかならない。だから妖は脇目も振らず、跳ねる彼女へ迫りゆく。足へ縋る手の一群を払いのけながら、焔は慶事たちの傍を離れた。
(慶事くんがいるなら、そう簡単にやられちゃったりはしないだろうし)
 今はイレギュラーズの仲間もいるのだ。きっと大丈夫と頷いて、彼女は妖の戯れに付き合う。
 そうして数名で大勢なる妖を引き付けることに注視すれば、当然攻撃の手数は減る。
 しかし、攻勢を努める者たちも決して揺らがない。
 速く、小気味よい軽さで地を蹴った希紗良は、憤怒に燃える赤手児へ狙い定め、踏み込む。躯も足も頭も持たぬというのに、駆け回り、挙げ句の果てに襲いかかる手の塊など、異様な光景だ。
「手だけで動けるとは……何とも面妖な」
 直面したおぞましさに、希紗良の大きなまなこが揺れる。
(あまり、見たいものではありませぬな)
 想念に堪えずふと逸らした目が次に映すのは、己の太刀だ。まるで希紗良に何かを語りかけるように、じっと見上げてくる。だから希紗良も短く息を吐いて。
「参りましょう。解き明かすためにも踏ん張らねばなりませぬ」
 自身への鼓舞は、ふつふつと少女の腹から熱を滲ませていく。
 彼女の刃が呼吸に合わせて赤手児を斬り伏せた、その後ろ。
 押し上げた肺が息を求めると同時、黒子の言が風に乗る。
「あの辺りには近づかれませんよう」
 彼がそう話せば鬼人種らも肯った。肯うのを見るや否や、黒子が奪ったのは時の砂。そうして生まれた砂嵐が妖の群れを飲み込み、均衡を崩す。わさわさと犇めく赤子の手も、砂塵にまみれどこか覚束ない。
 迷い路に放り込まれたかのような一体へ、無量が強襲する。折ること許さぬ意思を這わせた太刀が、既に手を数本失った敵を恍惚に浸す。殺さぬ様、殺さぬ様にと咥内でのみ繰り返しつつ、後続へ繋いだ。
 ふらつく赤手児へと愛無がゆく。大いなる甲殻の鋏を掲げて。
(さっさと叩くとしよう。数さえ減れば……)
 脅威を確実に減らそうと、愛無が『忌』を握り締め、生気を吸い尽くす。無量の手腕により惚けていた赤手児は、愛無からの一撃に耐えること叶わず、潰える。
(……人は弱い)
 愛無の双眸は人心を見た。魔がさすこともあるのが心というものだ。しかし死んでしまえば償いもできぬと、思考の果てに愛無は足に纏わりつく低木を蹴った。
 直後、低木から飛び出した一体を、氷菓の蹴撃が裂く。軸をしかと捉え放つ彼の蹴りは、宙から地へ鮮麗なる弧を描き、蠢く手の芯へ踵を落とした。やがて彼がふわりと、軽やかに足を揃えて立つ頃には、赤手児もひっくり返って自由を謳歌できずに。
 そして目の前の敵をよそに、氷菓が視線を流した先は――共に敵を駆逐せんと戦う、同胞だ。
「拙達も、渡辺様の安全を最優先に考えています」
 氷菓の紡ぐ言葉を耳にし、獄人が振り向く。 
「其の為にも先ずは、忌むべき敵の数を減らしましょう」
「はっ!」
 静かに伝えたものを、はらからは丁寧に受け入れる。だからか氷菓の擦り切れた身や心は、穏やかなままだ。
(神使様方の末席に名を連ねる者として、一所懸命に尽力致しましょう)
 この地で戦う者たちの濃い色彩を、そっと瞳に映すのみで。


 妖の情を怒りで満たし、そこを一体ずつ確実に落とす。着実に歩を運ぶイレギュラーズは、強靭なる敵を相手に想像よりも長い戦いを綴っていた。けれど息が乱れようとも四肢は止めずに、各々が得物を振るう。
 流麗なる舞いのごとく、鮮やかに敵を牽制する希紗良も同じだ。妖に抱きつかれ引きずられそうになっても、彼女は立つことを諦めない。
「揺るぎなく、この地へ縛りつけましょうぞ」
 宣言は言霊となり、希紗良より刀傷を受けた赤手児は、慶事どころかゴリョウや焔の元にすら到れない。鈍ったかの者へ愛無が迫る。流れ流れていずこまで行こうと、愛無がかつて持ち合わせた力は――確と呼び覚まされた。
 昔日の力を燈した鋏で、忌まわしき呪詛を裁つ。殺さずに逝かせたとしても、残る禍根はいつまでも念として世を彷徨うのだろうと愛無は想い馳せる。呪術に使われるため切り刻まれ、苦しめられた妖の嘆きは、果たして何処へいくのか。
 そのとき、慶事が無茶をしないよう気を張っていたアカツキが、間に割り込んだ。
 負傷は承知の上。だからこそ集中は欠かず、狼狽もしない。
「……忝ない。珍しい技を用いるのだな」
 一礼を告げた彼の興味が、アカツキの片手に宿る力へ向く。
 これが俺の武器だとアカツキが迷わず応えてみせると、慶事の眼差しにも心なしか好奇心が燈ったように見えて。
(恨みからの筋もあると思ったが……)
 ここまで共に闘ってきて抱いた所感に、アカツキは目を細めた。
(相も変わらず、鬼が蔑まされているからこそ起こる事件なんだろうか)
 捗る推察を後に置き、アカツキは敵へ向かう。
 一方ゴリョウは、どれほどの苦痛に苛まれても笑みを湛え、かの者らの前に立ちはだかっていた。だからか慶事や鬼人種たちも、ゴリョウへ言葉をかけることはない。彼の集中を削がぬよう、彼らは彼らで攻勢に専念する。ゆえにゴリョウも笑うのだ。
「悪いが……俺は傷ついてからが、しぶといぜぇ?」
 守りの要たる彼を奮い立たせるのは、体力の低下により沸き起こる精神。弛まぬ意で両の足裏を地に着かせ、放つ気で敵陣へ緊張を走らせる。それにより赤手児は強迫を覚え、彼めがけて突撃した。
「ぶはははっ! どうよ、続きは任せたぜぇッ!」
 ゴリョウの豪快な叫びを聞き届け、焔と慶事の槍がふたつ、妖を突く。
 ゴリョウ同様、敵の引き寄せを担ってきた焔も髪や衣服を赤手児にめちゃくちゃにされているが、構いやしない。紫紺から藍へ移ろう袴で赤手児を蹴飛ばし、火焔走る穂先で焔が一体を死のもとへ送る。そしてもう片方、慶事の穂先は別の敵へ傷をつけた。
 不意に、我を取り戻した妖が慶事へ向かおうとしたのを、鬼人種が止めに入る――入ろうとした彼を制し、無量が代わりに妖へ刃を縫い付ける。飛び掛かってきたはずの赤子の手を、彼女は瞬く間に地へ伏せさせる。
 細く息を履いた無量は思う。確かに渡辺・慶事なる八百万は強いのだろうと。
(此度の任、手伝いと聞きましたゆえ、理解はしておりましたが)
 連なる機を得た彼女は、好機を逸さずまだ生き延びていた妖へ切っ先を突きつけ、惑わす。
(覚えて頂かねばなりませんね)
 縁を残さず掬い上げるように、無量は頬をふくりと上げる。
 そのとき。
「だいたいは不殺で倒せてきてるみたいだけど……っ」
 槍を引き戻して間もない焔が、傍にいる仲間たちへ口を開く。
「呪詛をかけてきた相手が、まともに動けないみたいな状態にできないかなぁ」
 ここまでの妖を用意し、襲撃してきたのだ。完全なる呪詛返しとはいかなくても、影響が出てもおかしくないだろう。
 耳にした黒子が頷く。
「術者が落命せず済んでいると願うしかありませんね」
「やっぱりそうなるよね……!」
 黒子の話にうんうんと焔が頭を振った。真相へ至るためにも、情報は少しでも多く得たい。
 願いを片隅へ置いて、黒子はそこで周りから疲弊と不安を奪う。吸い寄せた情に換わって活力を取り戻せば、視界が開けたような感覚になる。それは、周りにいた仲間や鬼人種にとっても同じだ。
 同じ頃、氷菓が最後となる妖の後背へ迫っていた。ぐっと構えた拳に込めるのは、赤子の形を取った妖への想い。
(趣味の良い趣向ですが、拙は手加減致しません)
 一息。
 ほんの一息で駆けさせた想いと共に、氷菓が赤手児を強打した拳は、力強い音を鳴らして空気を揺らす。
「成る可く早く。其れが最善ですから」
 氷菓の言葉を聞き届けたか否かはわからない。ただ妖は懲りずに慶事の懐へ飛び込もうと這うも、そこを希紗良が切り伏せる。決め手となった一撃で弱り切った赤子の手へ、彼女はもう切っ先を向けずに。
「お願いするであります!」
 仲間へ託した。
 慈悲を宿すすべを有するアカツキは、希紗良へ肯いすぐさま片腕を伸ばす。
(見極めよう。そのための一手だ)
 呪い渦巻く片腕で、幼き手が織り成す集合体の中心を掴み――あまりにも長すぎた赤子の戯れを、終わらせた。


 とどめが為された瞬間から、アカツキは顔をもたげ四辺へ意識を飛ばす。風を背になし、異なる感情の探知を試みる。
 仲間たちも戦後のひとときに身を委ねながら応答を待つ。すると。
「……様子を窺いに来るような相手では無いらしいな」
 アカツキが呟く。近くに術者らしき存在はいないようだ。あるいは、既に遠く離れたか。
「呪いには呪い返し……人を呪わば穴二つ……」
 ぽつぽつ呟いていた希紗良が、小首を傾げる。
「今後のためにも、調査を行いたいものでありますなぁ」
 せめて、今この場でできることを。
 希紗良の発言で、徐に唇を動かすのは無量だ。
「渡辺さん、不躾な質問ですが……何か恨まれるような覚えは、御座いますか?」
 怪しいと踏んだ舞台を狙い撃ち、無量が口にする。
「平時より警備にあたり、村からは信頼も寄せられている様子。となれば、兵部省内においては?」
 鬼の面により顔色こそ窺えぬが、慶事の唇はゆっくり声を紡ぐ。
「……俺の行いを好まぬ者なら、多そうだ」
 彼の一言を聞いてアカツキは、焔の手当を受ける鬼人種たちを一瞥した。
「行い? 八百万でありながら鬼人種と行動している、と?」
 アカツキが眉根を寄せて言うと、慶事の僅かな頷きが返る。
 呪詛の騒ぎで誰もが不安を覚えている昨今、誰が何を起こしても、おかしくはない。
「然し、此度の呪いは一体誰に返るのでしょうか」
 氷菓が連ねた疑問は、仲間たちも気にしていた点だ。
 ふと、顔を出した鬼人種たちが決まり悪そうに頭を掻く。
「すみません、慶事殿。俺たちと一緒にいるのを、良く思わない誰かが……」
「貴殿らが謝ることではない」
 慶事の言は遠慮なく差し込まれた。
「民を守るべく務めを果たす貴殿らは、誇りと勇気ある者。影で何事か企てる者に、気後れする必要はない」
 淀みなく答えた。慶事の信念が覗いた一言に、イレギュラーズは顔を見合せる。
 そこへ皆の手当を終えて焔が加わった。
「あんまり無理しちゃダメだよ? 慶事くん」
 親が子を叱りつけるような調子で言われ、慶事も「……む」としか答えられずに。
「渡辺様。少し宜しいですか?」
 黒子が控えめに尋ねれば、彼も首を縦に振るのみだ。
「恐らく数日内に、今回の呪術によって身辺で変化が起きるものと思われます」
「ええ、死者とは限らなくとも、動きはあるでしょう」
 黒子に続いて無量も話す。耳を傾けた慶事たちも勿論、理解を表した。
 呪ったはずの相手が元気であれば、相手も震え上がるに違いない。
 そこで黒子が懸念したのは、隠居や療養を理由に、術者が姿を眩ます可能性で。
「ですが、薮をつついて蛇を出すことのないよう。万全を期すのも、良い手ですから」
 協力するに吝かではないと黒子が暗に告げれば、慶事の近くで鬼人種たちが顔を見合わせ一驚する。
「慶事くん無茶はダメだからねっ?」
「そうであります! 渡辺殿、御身大事ゆえ!」
 焔と希紗良の援護射撃も入り、承知した、と慶事は低く答えた。
 そのときだ。畑の傍から賑わう声が響いてきたのは。
「神使様、こちらの黄瓜も是非に」
「おお! こりゃあ立派な黄瓜だ!」
 朗々たる空気を築いた主はゴリョウだ。戻ってきた村人たちから野菜を受け取る度、感動の声を上げている。どれも人々が「手土産に」と持ってきたものだが、せっかくだからとゴリョウは料理を始めていた。
 野菜たっぷりの味噌汁で腹を温めれば、ざわついた心身も落ち着く。彼の意図を察した慶事が、離れたまま会釈する。ゴリョウは笑顔で応え、すぐさま村人たちに向き直った。
「……神使、か。良い存在だな」
 ぽつりと慶事が口にしてみれば、集まった鬼人種の仲間たちも一様に頷く。
「あの方々、俺たちのことまで守ってくださったんです」
「躊躇いなく癒して下さって……世の中、捨てたもんじゃないなって」
 情を噛み締める鬼人種たちに、暫しの沈黙が走る。
「して、慶事殿。兵部省へは……」
「すぐ戻ろう。此度の件、急ぎ報告を上げねばな」
 慶事と鬼人種たちは、姿を消す前、神使の若者たちをじいっと見つめていた。
 まるでイレギュラーズの面影を、より鮮明に記憶へ刻み付けるかのように。

成否

成功

MVP

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。無事、慶事さんも鬼人種さんたちも、生還が叶いました。
 細かい点までお気遣いいただき、感謝します。

 ご参加いただき、ありがとうございました。
 またご縁がございましたら、そのときは。

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