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シナリオ詳細

<巫蠱の劫>はんにゃとう

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●飲めば極楽
 道なき道をよじ登り、下草で滑り転んで、獣ですら歩かぬような薮を行き、そうしてようやく、3人はそれを見つけた。
 それは日照りになれば真っ先に姿を隠しそうな石清水であった。地下水が戯れに顔をだし、また大地へと染み入っていく。山中だというのに、鉄錆の匂いがあたりに立ち込めていた。だがやつれた男はそれに頓着せず、背負子の老婆に感極まった声をかける。
「おっかあ、待たせたなあ、こいつがはんにゃとうだ。これで極楽へ行ける」
 長い病にただれた老婆は、ありがたいありがたいと念仏のように唱え続けていた。落ちくぼんだ、暗がりのような両の瞳から、ねっとりした涙がこぼれて落ちた。案内役をしていた猟師が、周囲を警戒しながら空の竹筒を男へさしだした。
「ほら、早くこいつで、おっかさんに飲ませてやんな」
「すまねぇだな、旦那。こいでやっとおれもおっかあへ孝行できる」
「おめえが何年もおっかさんへ尽くしてきたのは村のだれもが知っとることだ。はよう極楽へ送ってやれ」
 息子は背負子を日陰へおろし、竹筒へ清水をくんだ。涙をのみながら老いた母の口元へ竹筒を添える。
「おっかあ、つらかったなあ。もうええでな。山神さんが子を授けてくださるからな。ちっとの辛抱だで、な。おっとうと仲良くなあ……」
 老婆はまぶたをとじ、甘露のように水を飲みほした。そのまま深く静かに息をしている老婆へむかい、猟師は黙とうを捧げ、おいおいと泣き始めた息子の肩を強めに叩いた。
「あとは山神さんにまかせんだ。降りるぞ」
「まっとくれ。あとちっとだけ、おっかあのそばにいさせてくれ」
「ダメだ。ここは山神さんの聖地だで。しかも、こらぁ血の匂いだ。それも獣でねえ、もっと別のもんだ。とっとと降りにゃ何があるかわからん」
「そうは言うても! せめて、せめて横にしてやりたいけぇ!」
 猟師は舌打ちして背を向けた。息子が縄をほどく音が聞こえる。
「おっかあ、背負子はきつかったろう。縛り付けてごめんなあ。ほら、むしろをかけるからな。あとはもう山神さんの子を待つだけだで、みゃ」
 猟師は素早く振り返った。揺れる視界に入ったのは、首から上を黒い影に飲み込まれた息子の姿と、異形。それだけ見れば十分だった。猟師は転がり落ちんばかりの勢いでその場を逃げ出した。じうじうと、肉の焼ける匂いが鼻について離れなかった。

●遠い国の茶番
 孤児院のシスターの部屋で、リリコは自分に回ってきた依頼の資料を読み込んでいた。たいていの依頼は急を要する。だが、イレギュラーズの安全を多少なりとも考えるならば、資料の読み込みは必須だ。短い時間の中で、リリコは鼻にしわを寄せて文字とにらめっこしていた。
「……発見者は村の猟師。最初の犠牲者は呪詛を受けて怨霊になった老婆の息子。場所は山奥の禁足地、はんにゃとうと呼ばれる石清水が湧く聖地」
 リリコは一枚の絵図を資料の下から引っ張り出した。
「これはなに?」
 夜なべをしているリリコを心配し、夜食を差し入れにきたベネラーが、興味をひかれたのか後ろから覗きこんだ。
 資料よ、と言い捨て、リリコは絵図へ目を通した。
『飲まば子授かるはんにゃとう 老若男女も皆孕む 腹の神子をよう抱いて 極楽への道通りゃんせ』
 そんな唄の下には、腹がポッコリと膨れた男が、石を枕に眠っている絵が描かれている。筆という独特のペンで描かれたデフォルメのきつい絵だ。その男の肌色は死人のそれで、体中にミミズ腫れに似た書き込みがある。
「変わった、絵姿だね」
 ベネラーは眉をしかめて絵図を見つめている。
「……事件発生現場にまつわる伝承の資料。聖地のはんにゃとうを飲めば誰もが山神の子を授かる、そしておなかにいるその子が極楽なるヘヴンへ連れて行ってくれるのだと、ふもとにある穂木野の村では篤く信仰されているそうよ。今回はその伝承を利用し、不特定多数を狙った呪詛と思われるわ」
「呪詛? なんでそんな不正義が起きているの?」
「……不明。呪詛と呪詛返しが、豊穣という国の、高天京を中心に広がってる。大した理由もなく他人を呪い殺そうとしたり、呪詛に利用された妖が暴れまわったりと、現地では事件が頻発してる」
「豊穣という国がたいへんだってことはわかった」
「……それで十分よ」
 ベネラーの視線は縫い留められたように絵図から動かない。
「んん-ーーーー…………」
 首をかしげて彼は唸った。
「……どうしたの」
「これと似たの、どこかで見たことあるな、って」
 何か考え込んでいるらしくほけらっとしながら資料室へ消えていき、しばらくして分厚い辞典を抱えて戻ってきた。
「あったあった、これこれ」
 そこにはリリコですら目をそむけたくなるようなホラーでグロテスクな細密画が載っていた。反射的に横を向いたリリコは視界にその辞典を映さないようにしながら応えた。
「……ごめんなさい、正視できないの。なに、それ」
「そうなんだ。ごめんね。えーとね、エピメタフスピニゲルムだよ。アメーバを中間宿主にするタイプで症状は腹痛や嘔吐に始まって……」
「……何が言いたいの?」
「水を飲むと死ぬ」
「……は?」
「あれ、僕なにかヘンなこと言った? ごめんね?」
「……はしょりすぎで前後の脈絡がわからないの」
「えっとね、ん-と、どこから話したらいいのかな。まず、この山神の子を授かったという絵姿が、エピメタフスピニゲルムの末期症状にそっくりだなって思った」
「……エピ?」
「ロエンダモス目エピメタフス属ピニゲルム」
「……もっと広義な括りで」
「寄生虫」
「……一般的にはそう呼ぶのよベネラー」
「あ、うん、ごめんね」
「……それで?」
「絵姿の人、おなかが膨れ上がってるでしょ。エピメ……ごめん、寄生虫だった、えーと、この寄生虫は主に腸で繁殖するんだ。体に書き込んであるミミズ腫れは、皮膚の下で虫が動いた痕でー、つまりー……」
 おそらくだけど、とベネラーは前置きした。
「その聖地の水には、人体に有害な寄生虫がたっぷり含まれてる。で、水を飲むと寄生虫に内臓をモリモリ食べられて、死んじゃう」
 リリコはまばたきをした。
「……『極楽への道通りゃんせ』」
 いつもの透明な無表情に戻ったリリコは手にしていた資料を机へ置いた。
「……そう、このターゲットは、どうあがいても手遅れなのね」
 イレギュラーズへ伝えるべき情報の方向性は決まった。リリコは資料をトントンと机の上でまとめ、ふと遠くを見つめた。
「……わからないわ。どうして村の人は飲めば死ぬとわかっている水を、聖地と称してありがたがっているのかしら」
「つらいからじゃない?」
 板を打つようにベネラーが返事した。リリコはわけがわからないと言いたげにしばらくじっと彼を見つめていた。
「僕また何かヘンなこと言った?」
「……はしょりすぎ」
 ベネラーは天井のあたりを見上げた。言葉を探しているようだったが、やがて控えめに笑った。
「わからないなら、それでいいと思うよ、リリコ」
 リリコの大きなリボンが不満げにぴこぴこ揺れた。

●ローレットにて

「……オーダーは豊穣から。穂木野という村が、1体の怨霊に襲われている。村人は家に閉じこもって身を守っている。最悪が起きる前に、怨霊の討伐をお願い」

『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)はあなたへそう告げた。
「……情報によると、この怨霊は山奥にある聖地から現れた。その聖地が呪詛で汚染されている可能性が高いから、後始末もお願い。清水の湧き出る岩の周りを探せば、呪詛の媒体が見つかると思う。以上」
「蛇足ですけど」
 と、待合のテーブルについていた赤い髪の少年が付け加えた。おとなしそうな少年だった。伸び放題の髪をざっくりとまとめてお団子にしている。『孤児院最年長』のベネラー(p3n000140)と言うのだそうだ。
「事件が終わっても、石清水は飲まないでくださいね。寄生虫の巣ですから。どうしても体を虫に食い荒らされたいとご希望なら……止めませんけども……」


*****


●誰も知らない
 ざまあみろざまあみろざまあみろ。何がはんにゃとうだ。何が山神だ。ほらみろ簡単に穢れた。燃えてしまえ。何もかも。燃やしてくれ。どれもこれも。ざまあみろ、ああ、ざまあみろだともさ。

GMコメント

みどりです。
飲むなよ!絶対飲むなよ!この設定だと煮沸消毒すりゃ普通の飲料水になるなあなんて考えてることは、みんなには内緒だよ。

やること
1)怨霊討伐
A)オプション 村人へ「はんにゃとう」の実態を伝えるか

前後編、になるかは、今回次第。

●エネミー
怨霊・オウナ
灼熱を放つ黒い影、近づくものを飲み込み焼死させる。火炎耐性を積んでたらそんなに怖くない相手。
もとはただのおばあさん。信心深く働き者だったが、老齢と病から寝たきりに。村に伝わる伝承に救いを見出し、はんにゃとうを飲んで極楽へ旅立つはずだったんだけど以下略。霊だけど殴れるので安心してください。
・極熱 神遠範 防無 呪殺 炎獄
・烈火 物自域 疫病 炎獄 猛毒
・灰花 物超単 万能 恍惚 移 炎獄
・天焦炎 消滅時に使用 戦場全域へ大ダメージ ブレイク 炎獄 スプラッシュ3
・焦熱のたまゆら 棘

●戦場 穂木野の村(ほぎののむら)中央広場
薄曇りの昼。視界および足元ペナルティなし。
村人は家の中に避難してます。
エネミーの炎が建物などに延焼することはありません。

●他
聖地への道のりは分かっているものとします。
同じく「はんにゃとう」が寄生虫感染源だと知っているものとします。

●誰も知らないは完全PL情報です。フレーバーなんで気にしなくて大丈夫です。プレがとっちらかるので、今回はやることに専念した方がいいです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <巫蠱の劫>はんにゃとう完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月29日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
篠崎 升麻(p3p008630)
童心万華
陰陽 秘巫(p3p008761)
神使
豪徳寺・芹奈(p3p008798)
任侠道

リプレイ


 話を聞いた『神使』陰陽 秘巫(p3p008761)は声をあげて笑い始めた。
「はれま、はんにゃとうやて。そらまたうまいこと言わはったなぁ。不飲酒たる坊主の飲む、智慧を求める般若湯! 真理に至ったよな気になる、ただの酒やよ。片やこっちは、極楽へいけた気になるただの毒。ほらな、皮肉のきいた名前やろ?」
 悪くない名前やなぁと口元を抑える秘巫はとろりとした冷徹なまなこで聖地を見つめている。その隣で『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)もまた聖地を眺め、暗い黄金の髪を警戒するようにざわめかせている。
「なんの下調べも、処理もせず、生水を飲む、とは、不用心にも程が、ある。山神とやらが、実際に居たとしたら、なんとも迷惑な話だ、な。」
「始めた当初は不思議なことが起こったから神様の力だと思ったってことなんだろうけど、それでも、ずっと死ぬことが救いになるような信仰を続けてきたんだよね。いろいろなものを心の支えにしてる人がいるのはわかってるけど、こんな形の信仰がずっと残ってるのはやっぱりちょっと悲しいな……」
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はまごうことなき神の子だ。信仰の尊さ気高さを知っているし、それのおかげで旧世界で自分たちが力を振るえたこともわかっている。だからこそ、その信仰の行き着く果てが死であることが人一倍悲しかった。
「…極楽へ逝ける聖地の水が寄生虫の巣窟だった…か。…何故だろう…この伝承を伝えた者は本気でそう信じてたのか…それとも悪意を持って伝えたのか…」
「私個人の事前調査によれば、この村は消して裕福ではありません。現在の人口を維持していくのがやっと、という所です。天気次第で簡単に飢饉が起きる。そのため口減らしから目をそらす伝承が村で信じ込まれてきたのでしょう」
『任侠道』豪徳寺・芹奈(p3p008798)の独り言に『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が答える。
「とはいえそれがエピメタフスピニゲルム……。安楽死の方法としてはお勧めできたものではありませんね」
 寛治の答えに芹奈は唇を噛んでうつむく。
(…口減らし…。悲田院を切り盛りする側としてはあまり聞きたくない言葉だな…。…いや、そのような事を今考えても詮無き事か…。拙達がやるべきはこれ以上被害者を出さない事だ)
 うむむと唸った『暗鬼夜行』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「伝承の正体がろくでもない事は良くある事でござるが寄生虫というのは中々……。そんなものまで有難がるのだから信仰とは恐ろしいものでござるな」
「知らぬが仏とはよく言ったもの。真実を知らぬ方が幸せであるという事は少なく有りません。ですが、知っているならば捨て置く事もできません。彼らは無知であり、その行為は結果的に誤りだったのかもしれません。ですが、親を助ける為に真摯に行っていたその至誠は疑いようもありません」
『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)は村の方へ目をやる。片方だけの瞳がぎらりと輝いた。
「とはいえ、今回のはかなり洒落になってねぇな……。原因不明の現象を、受け入れやすい迷信に変化させて生活に取り込むってケースは珍しくもないが、何とかしてはんにゃとうへの依存を払拭すべきか」
『特異運命座標』篠崎 升麻(p3p008630)もこめかみを抑えている。升麻からしてみれば、村人の行動は愚かしいもいいところだし、信仰という名の迷妄に対しては腹立たしいの一言だ。だがこの切り裂けばあふれてくる現実を、さてどう処理すべきか。
『病魔を通さぬ翼十字』ハロルド(p3p004465)は別の事が気になっている。
「呪詛……つまり今回の事件の背後に何者かの暗躍ありか。怨霊になってしまった老婆はとんだとばっちりだが、こうなってしまった以上は倒すしかあるまい。ともかくまずは目先の敵を何とかせねばな」
『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)も静かにうなずく。オウナの咆哮が聞こえる。風にさらわれた悲鳴のような。
「オウナの暴走を止めようか。怨念となった老人に、安らかな眠りを」


「哀れなもんだな。だが安心しろ。必ず仕留めてやる」
 ハロルドが聖剣の力を開放した。剣から溢れだした力が形をとり彼に吸い込まれていく。ハロルドの全身が、金とも銀ともつかない不思議な輝きに覆われた。凄惨な笑みを浮かべたハロルドはオウナへ向かって疾駆した。
 オーラとして可視化するまで高められた覇気、それが無数の青い刃となってハロルドの周りを彩る。氷のように青ざめた刃は、敵の意思を左右するもの。戦闘狂(いくさぐるい)の毒蜜。
「行け!」
 ハロルドが聖剣を大きく空振りさせた。それを号令代わりに青い刃がオウナへ向かい、次々と突き刺さる。オウナの全身が波のように踊った。ハロルドめがけて襲い来るオウナ。
「はっ、かかったな! アンタにこの障壁を超える術はないだろ?」
 オウナが伸び、ハロルドの全身へ絡みついた。蛇のように取り巻かれるも痛みはない。そこにあるはずの熱も感じない。二重三重の耐性がハロルドを支えていた。オウナは怒り狂ってハロルドへ攻撃を仕掛けている。
「オウナ殿、その哀れな姿、見ておれぬでござるよ」
 咲耶がハロルドを追い越し、オウナの背後を取る。
「お主が烈火の炎なら、こちらは地獄の焦熱。とく速やかに成仏せしめん」
 炎を吐くオウナへ狙いを定め、引き抜いていた始末斬九郎『封』をかまえる。神経を研ぎ澄ませ、いつもの昼行燈の顔から忍の顔へ。めりめりと殺意を練り上げれば、妖刀から黒い炎がほとばしった。漆黒のそれは音もなく燃え盛る。咲耶は凍てついた表情で炎の様子を見た。松明よりも派手に、奈落よりも暗く、妖刀は流し込まれる感情に奮い立ち黒い炎はさらに勢いを増す。
「ふっ!」
 存分に燃え上がったと感じた咲耶は妖刀を大上段から一気に振り下ろした。炎が黒い手裏剣となってオウナへ飛んでいく。
「あっづう!」
 オウナの熱風が棘のように吹き付ける。咲耶はそれに耐えた。
「まだまだ!」
 飛び交う手裏剣と熱風。さらに絡繰手甲が体力をすする。しかし我が身を顧みず咲耶は攻撃を続けた。一通りの動きを終えた後、咲耶は膝をついた。どっと汗が吹き出す。
「……この程度で音を上げるわけにはいかないでござるよ。死ねると思うた矢先にこの呪詛に焼かれる生き地獄、安心召されよ。今度こそお主の望み通りに極楽浄土へ送ってくれようぞ!」
 気を吐いて立ち上がる。その体を、後ろから長い金髪がさらりと覆った。熱風によって負った痛みが消えていく。
 振り返った先にはエクスマリアがいた。
「マリアが、支える。安心して、攻撃、しろ。」
 戦場全域に広がるかと思うほど、エクスマリアは髪を伸ばしていた。髪は風が吹いても微動だにせず、ただエクスマリアの意思をくみとり、その方向の仲間へ伸びていく。そして傷を負った箇所へ包帯のように絡みつくと、やわらかな黄金の光を発して癒す。ざわ、しゅるり、誰かが傷を負うたび、エクスマリアは己の分身とも言える髪をそちらへ向ける。時には複数人一度に。
(……これだけの、量を、操るのは、久しぶりだ、な。少し、疲れるが、マリアは、皆の生命線。)
「……」
 エクスマリアは瞑目した。まぶたの向こうに命の光が透けて見える。それが害されるたびに、愛すべき下僕へ命ずる。行け、癒せ。シンプルな、だが強力な命令は、時に重篤な不調を植え付けられた仲間をも救った。
「ありがとよ、エクスマリア!」
 升麻は用意していた煉気破戒掌のかまえを解いた。失調を気にせず攻撃に集中できるのはありがたい。
「わりぃな、ばあさん。どんな理由にせよ。怨霊となった以上は戦わざるを得ねぇんだ!」
 升麻が血蛭の柄を叩く。祈るように掌を重ね、その掌でゆっくりと刀身をなぞっていく。掌が動いた後は影が塗りつけられたように暗く染まっていた。対象を呪い、奪うための術。刀身の先まで闇を塗り付けた升麻は、一気に踏み込み、オウナを叩ききった。一瞬半分に割れたオウナは、すぐに不定形の動きでひとつに寄り集まる。猛毒を含んだ炎が吹きあがった。だがその舌が升麻を捉えることはなかった。一手先に升麻が飛びのいていたからだ。
「見えてる手にみすみすひっかかる気はないぜ」
 今度は舞うように前進。血蛭の切っ先が空を斬り、破壊の波動と共にオウナを切り刻む。そしてオウナの反撃が来る前に後ろへ飛び退る。棘のような熱風による痛みはともかく、後退によって大きな一撃を避けることは出来る。そして痛みはエクスマリアが癒してくれるのだ。
「そんだけの怨念を抱えてるってこたぁ、相応に言いたいことが有る筈だよな。言っておくなら今だぜ?」
 オウナは答えない。もうそんな知能は残ってない。升麻は一瞬悲し気に柳眉を寄せ、それをぬぐうように舌打ちした。
 焔がぐいと目元をこすった。オウナが、哀れで、哀れでたまらなかった。
(それでも、ボクたちがやらなきゃ誰がやるんだ!)
 ごうと焔の体が炎のオーラに包まれる。無数の炎の幻影を連れ、焔は往く。
「ボクの炎とどっちが強いか勝負!」
 幻ではない炎がカグツチ天火によってオウナへ叩き込まれた。神聖なる巫女のそれは浄化の炎。よどんだ炎と聖なる炎がぶつかり合っている。オウナへまとわりつく火炎を打ち消すように。オウナが烈火をしかける。
「燃やそうったって、ボクにはお父様の加護があるから無駄だよ! おとなしく運命を受け入れるんだ!」
 それがどんなに悲しいものだとしても。それがどんなにつらいことだとしても。焔は泣きそうな顔で槍をかまえ、次の一撃を放つ。オウナの一部が削り取られた。
「ごめんね、でも、でも……うあああああ!」
 放つ。放つ。オウナが欠けていく。それと同時に炎の勢いも増していく。燃え上がるオウナの姿に、どうしようもなく焔は心をかきむしられた。
「そろそろ危ないかもしれないね」
 淡々と攻撃していたシキがそう言った。
「…本当か?」
 芹奈が応じる。
「ああ、焔の猛攻でオウナの体積が減ってきている。それに攻撃がきもち激しくなっている気がするよ、っ、と!」
 どごん。物理と神秘、両方の力をあわせたヘビーな双撃をオウナへ捻じ込むシキ。棘のような痛みが全身へ走るも、頓着もせず次の一手。
(雨の音が聞こえない……それはそれで、悲しいな)
 シキはまっすぐにオウナを瞳に映した。叩きつけた処刑剣は超高温の下でも揺るぎもしない。利き手に怒りのごとき赤のオーラをまとい、反対にはその瞳のごとき青の淡き燐光を宿す。両者が処刑剣の長方形の刃に沿ってダンスする。剣を振り上げ、下ろす。その動きは執行人のそれ。どれほど血が湧き立とうと頭は冷静沈着、装甲の弱ったところを見極めて、首を落とすように。どん。処刑剣はオウナへ吸い込まれ、端を切り落とす。シキは、一歩下がって両足へ力を込めて大地を踏みしめた。大地から練り上げた気が体を冒していく。痛みが頂点に達する。それを耐え抜いた時、失調は体から消え失せ、さらに戦う力を取り戻していた。
「さあ、第2ラウンドだ」
「あまり無茶はしてくれるなよシキ殿」
 オウナの攻撃を芹奈がシキの分も受け流す。炎と毒は無効化できるが、苦痛はもとより覚悟の上だ。ぱんと勢いよく両手を合わせ、念じる、ひたすらに、生きよ進めと己へ向けて。不死身のごとき肉体が傷を癒していく。エクスマリアの支えもあり、芹奈は順調に盾役として皆をかばっていた。吠えたけるオウナを相手にここまで誰もパンドラが砕けずにいたのは、ハロルドはもちろん芹奈の功績も大きい。
「敵が溶けてきたな」
 短く戦況報告を仲間へ伝え、芹奈は一菱流の大太刀を構えた。
「一気に決めるか」
「そういたしましょう」
 寛治が同意する。彼は黒いステッキ傘を広げた。シャフトに仕込んだ銃がオウナを狙っている。傘の内側は緑がかったグラフィックで戦場が映され、必要な情報がリアルタイムで表示される。怒涛のように流れていく情報の中から必要なものを拾い上げ、寛治はまぶたを落した。
 尻を叩かれ、ライフリングを削って打ち出される弾丸。デッドエンドワン、その名のとおりの強烈な一撃と、命中精度。寛治でなくてはなしえないだろう強力な一手。直撃を受けたオウナがのたうちまわり、炎の柱を次々とあげる。
「……っ」
 寛治は小さくうめいた。大きな攻撃は大きな反撃を彼に与えた。血の味が口内へ広がり、唇の端から垂れた。
「大丈夫、か。」
「ええ、感謝しますよ。エクスマリア様」
 もはや痛みは完全に拭われていた。寛治は口元をハンカチで拭い、次の弾丸を装填した。
「はああっ!」
 炎が燃え上がるその瞬間を狙い、芹奈は大太刀を手に突っ込んだ。カウンターだ。そしてそれは見事に決まった。大太刀は吹き出るはずの炎を殺し、深々とオウナへ突き刺さった。引き抜くと溶岩めいた粘液が刃へまとわりついている。
「もはや血も涙もない身となりましたか」
 仲間の間から攻撃をはさんでいたルル家がついにベストポジションをとった。
「怒りも悲しみも怨念も、もはや焼きつくされましたかオウナ殿。獣以下と成り果てましたかオウナ殿。憂き世の苦しみ、拙者が終わらせます!」
 カシャン。固い音が響いた。宇宙警察忍者武器がルル家の意思に応じて姿を変えていく。瞬く間に構成されたハンドガンを両手で持ち、大きく足を広げて射撃体勢を取ったルル家は、きらめく星の光を連射した。撃つ、棘のごとき熱風、撃つ、熱風、撃つ、熱風、ルル家の心は風のない湖面のように揺らがない。オウナが弾ける、穴が開く、踊る踊る。小さくなっていくその体が、ふいにくしゅりと丸まった。
「危ない。皆さん退避を!」
 寛治が叫ぶ。
「オウナ殿!」
 武器を放り捨て、ルル家が飛び出した。まっすぐにオウナへ向かって駆けていく。
「待てルル家! なんのつもりだ!」
 ハロルドがルル家をとっつかまえる。
「彼女の霊が村を吹き飛ばすような、そんなことにだけはさせる訳には参りません……!」
「だからっておまえな! 無茶しすぎだ!」
 その間にオウナは完全な球状になりノイズをあげて光りだした。
「離してくださいハロルド殿!」
「できるか! せめて俺の後ろにいろ、かばってやる!」
「それでは意味がないです!」
 ふありと、影がふたりの視界を横切った。秘巫だった。
「見上げた志やね、ルル家。せやけど、ここは任してもらおうか。ほうれ、妾(わたし)が相手やよ」
 秘巫は淫蕩に笑み、光球となったオウナを抱きしめた。じゅうと音がして煙が立ち、肉が焼けこげる音。秘巫の乳白色の肌が黒く変わっていく。
「嗚呼、痛い、いたいなぁ、ふふ、うふふ、ははは、あは……あ、嗚呼、痛い、痛い、中身が零れ落ちよる。ふふ、はあ、ん……」
 悩まし気な吐息が声に挟まった。その隙にハロルドはルル家を物陰へ捻じ込む。
「でもなぁほれ、どれほど熱い炎とて、妾(わたし)を殺すにゃ至らんなぁ。嗚呼、痛い、いたい。……ふ、ん、あはぁ、うふふ、なぁ。汝(あなた)の熱はそん程度?」
 先の分かれた舌がちろりと唇をなめた瞬間、オウナは爆発した。
 圧倒的な熱量と衝撃波、物陰に隠れていた者たちも次々とパンドラを弾けさせた。体がもっていかれるかと思った。瞬間的に真空に近くなった爆心地へ風が吹き付け、熱のこもった空気が押し出される。強烈な熱波。
 すべてが終わった時、奇跡的に村は無事だった。障子は破れ、壁や柱は炭化していたが、ひとまず家としての体裁は保っていた。村人たちはおそるおそる顔を出す。真っ黒に固化し、腰から上を吹き飛ばされた秘巫の姿が見えた。
 ごぽり。妙に肉ゝしい音がした。こぽり、こぽ、ごぼ。肉があぶくのように湧きあがり、失った体が再生されていく。村人たちは恐れおののき、しかしそれゆえに秘巫から目を離せない。骨が伸び、はらわたが生え、筋が盛り上がり、なめらかな肌が覆い隠していく。最後に首が形成され、五体満足の姿を取り戻した秘巫はゆっくりと立ち上がった。
「あら、どうしたん、幽霊でも見たよな顔して……うふふ」
 其れと目が合った村人はひっと叫んで障子を閉じた。


 聖地へついた一同は、まず呪詛の媒体を探し当てた。それはハツカネズミにそっくりな風貌の無害な妖だった。全身に針を刺されそれでも死にきれずもがいている。
「これも巻き込まれただけではあるが、いつ妖獣となって人へ仇なすかわからん。成仏させてやるのがよいと拙は思う」
 芹奈は皆の了承を取ると小さな妖を宙へ放り上げ一刀両断した。妖は灰になってさらさらと風に消えていった。空気が少し軽くなった気がする。ついで一同はスキルを駆使し、石清水が溢れる水場を徹底的に破壊し埋め立てた。咲耶がため息をつく。
「己の生き死には自由でござるが別にこのような惨い死でなくともきっと良い筈。このまま人に触れられぬ方がよいでござろう……」
「さて、あとは村人に事の顛末をどう伝えるか、だな。はんにゃとうに頼りすぎたせいで、山神様が怒ったとか、どうよ、咲耶。迷信を信じるものには、迷信が効くってな」
 迷信にすがり、腹が膨れる奇病を受け入れる村人。それは真相などどうでもいいと考えている証だと升麻は言う。
「良い案でござるな。なれば、呪詛の事は伏せ、その話を膨らませるでござるよ」
 皆で額を突き合わせ、ああでもないこうでもないと案を出し合った。その結果……。

 広場の中央で、ハロルドは鞘に入れた聖剣を地面へまっすぐに立てた。その上に両手を置き、威圧するように村人たちを見回す。元の人相も相まってかなりのプレッシャーだ。
「神殿騎士の俺から言わせてもらおう。この村は山神の怒りをかっていると。その結果があの怨霊だ」
 村人がざわついた。そんな、馬鹿な、いったいどうなっているんだ。不安な声が飛び交う。
「怒りは俺達がひとまず鎮めてきた。だが今後は聖地を立ち入り禁止とする!」
 そしてハロルドはでっちあげた儀式の方法を村人へ説き、聖地へ侵入した者あらば儀式を行い山神の怒りを鎮めるよう重々言い含めた。村人は半信半疑のようだった。
「これまでも山神様が怒るようなことを、皆さんはしてきたのではないでしょうか。そしてとうとう堪忍袋の緒が切れ……」
 ルル家が調子を合わせる。思い当たるようなことが有るのだろうか、何人かが顔を伏せた。
「えぇこと教えたるわ。信心深いちゅうんはな。神様に頼りきり、ちゅうことなんよ」
 秘巫も言い添えた。エクスマリアが炭化の激しい家を指差した。焼けこげたそれに耳目が集まるのを確認し、声を押し出す。
「信じる、信じないは、自由、だ。が、少なくとも、あの炎は、呪いは、現実。だ。」
「待ってくれ、そったらおれらはどうしたら極楽へいけるようになるだ!」
 悲鳴のような声だった。ハロルドは剣呑な眼差しでその声のしてきた方を睨みつける。
 その隣で、寛治は工作は必要なさそうだと考えていた。買収した協力者にアイコンタクトを送り、黙っているよう伝える。
「これ以上はんにゃとうに頼る事は山神様を侮辱する事に繋がるだろう……どうかこれ以上山神様を怒らせない為にも極楽に逝く方法を考え直さないか?」
 芹奈の提案に、困惑が村人へ広がっていく。
(お弔いができる雰囲気じゃないね)
(そうだな、せめてオウナの墓くらい作りたかったんだが)
 焔とシキはそう囁きあった。
「いったいおれらは、これからどうしたらいいだ……」
 誰かがぽつりと言った。山神への信仰を禁止されたこの村で、どうやって心の安寧を得ればいいのか。沈黙が場へ落ちた。雨の匂いがした。見上げれば重い雲が空を覆っている。最初の一粒が大地に丸い輪を描いた。

成否

成功

MVP

ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者

状態異常

ハロルド(p3p004465)[重傷]
ウィツィロの守護者

あとがき

おつかれさまでしたー!
迷信深い村はこれからどうなっていくのでしょうか。

MVPはがっつり筋道通したカバーストーリーを考えたあなたへ。

それではまたのご利用をお待ちしております。

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