シナリオ詳細
<夏の夢の終わりに>胡蝶花の如く
オープニング
●裏切り者
妖精城アヴァル=ケインの地下より噴き出した冷気は瞬く間に妖精城を、そして妖精郷アルヴィオンを覆った。色鮮やかな花畑は見る影もなく、踏み潰せばパキリと靴の下で生命が壊れた音を鳴らす。
「──裏切るんだね」
イリス・アトラクトス──彼女によく似た、けれど本人ではないモノの瞳には白い影が映っていた。それはタータリクスより『城内で邪魔者を迎撃しろ』と命じられていたはずのアルベドである。けれども城を出てどこかへ行くその背中を、ソレは追う事をしなかった。それは彼女もまたタータリクスからの命令があるが故に。
(それに、あの命は長くない)
イリスを模したキトリニタスは小さく目を細め、遠ざかっていくアルベドを見つめ続ける。あの中にはまだ融合しきっていないフェアリーシードが埋め込まれているのだ。使い切ってしまえばアルベドは停止する。すぐさま止まることはないが、ずっと動き続けられるわけでもないだろう。
故にキトリニタスはアルベドから視線を外した。この城へ戻って来ようものなら裏切り者として排除するだけだが、そうでないのならばどこへなりとも行けば良い。
(私は命令通り、ここを守るだけ)
迎え撃つのなら、何人たりとも通さない。キトリニタスはタータリクスの命令を違えないためにも周辺の警戒を再開した。
●いざ、アルヴィオンへ
「今や妖精郷はフロスティ・ホワイト。ただの生命が生き続けられる土地ではないわ」
『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は調査書数枚をテーブルへと広げる。現状の妖精郷についてが事細かに記載されたそれは、予断を許さず一歩も引くことができない状態を表していた。
常春の世界であった妖精郷は、今や猛吹雪が吹き荒れる状態だ。これは先日報告書にもまとめられたが、魔種ブルーベルが『冬の王を封印していた力』を持ち去ったことによる。そこにはクオン=フユツキという旅人も敵として介入していたが、彼もブルーベル同様に姿を眩ませていた。冬の王は妖精郷より姿を眩ませているが、解放された力はあるじがいなくともその脅威を今もなお知らしめている。
「チャコール・グレイにしてヴァーミリオン。城で籠城するタータリクスたちも、放たれた冬の精たちも放ってはおけないの」
ことは急を要する。特にタータリクス側では新たな脅威も見つかっているのだ。キトリニタスと呼ばれるそれは個体差もあるが、アルベド以上に危険かつ高性能な戦闘能力を持つモノもいるらしい。丁度城の前に1体確認されているとプルーは皆へ調査結果を渡した。最も、常人が戦えばひとたまりもない。大した結果が載せられているわけではないが、無いよりはマシだろう。
「皆、どうか気を付けて」
必ず帰ってくるのよ、とプルーはイレギュラーズたちへ言い聞かせるように告げた。
●冬の世界
イレギュラーズが踏み入れた妖精郷は驚異的な勢いでその色を褪せさせていた。霜が降り、草花を凍らせ、生命をとこしえの眠りへ誘っていく。早くしなければ完全に手遅れとなるだろう。
──急げ。タータリクスを討つために、妖精郷を取り返すために。
全速力で駆け、妖精郷へ近づいていくイレギュラーズ。その眼前に何者かが立ちはだかるのを見て、一同は思わず足を止めた。
「また会ったな……でいいのか」
軽く手を上げたのはクオン──なわけもなく。この世界に負けず劣らず白い姿を持ったクロバ=ザ=ホロウメアのアルベドであった。彼がクオンと共にエウィンの街でイレギュラーズたちの前へ立ちはだかったことはまだ記憶に新しく、報告書にも記載されていた。
すぐさま武器を取り、臨戦態勢を取ったイレギュラーズを見たアルベドもまた武器を取る。クロバが持っているものと瓜二つ、けれどもやはり白いガンブレードを──アルベドは地面へ放った。
「……!?」
「悪いが、アンタたちと戦っている場合じゃない」
同じだろ、と告げるアルベドの瞳には、確かに敵意らしきものもない。むしろ前面に押し出されているのは対話の意思である。この時点でイレギュラーズは無抵抗のままにアルベドを切り捨て、埋められたフェアリーシードを取り出すこともできた。けれどもそうしなかったのは仲間と同じ顔をしているからか、何かしらの情報が得られると踏んだからか。いずれにせよ、イレギュラーズは武器を構えたままアルベドへ言葉を促したのだ。
「クオンはいなくなった。いなくなったと知った時から、俺は何かを感じているんだ」
──あとはタータリクスに従え。
その命令こそ、クオン=フユツキがアルベドへ下した最後の命令。それ以降帰ってこないという事はそういうことなのだ。
感じている何かを言葉として表すには、アルベドという生き物は未発達なのだろう。しかしそれは必ずしも不変ではなく、同時にこの変化はタータリクスにとって予想だにしない事態であろうことはアルベド自身の言動が証明していた。
タータリクスの恋路を邪魔するイレギュラーズを通常ならみすみす通すわけがなく。同時にアルベドが対話などという余計な『意思』を持つことをあの男が望むわけもない。
「それで? 何をするつもりだ」
イレギュラーズからの問いかけにアルベドは落としたガンブレードを拾い上げる。はっと緊張感が漂うのも気にせず、アルベドはガンブレードを背負うと妖精城の方へと半身引いた。
「共に戦わせてくれ。最後まであの男の言いなりだなんて……そう、」
気に入らない。アルベドはそう呟いて視線を城へと向ける。あの前で待っていることだろう──タータリクスの完成させた黄化《キトリニタス》が。
- <夏の夢の終わりに>胡蝶花の如くLv:22以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年09月01日 22時30分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
それはある者にとって思いもよらぬ邂逅であり。
それはある者にとって思いもよらぬ再会であり。
またある者にとってはどこか予感めいたものを感じていたのかもしれない。
妖精城アヴァル=ケインへ行く道すがら、離反したアルベドに遭遇した一同は敵の情報を聞きながら城への道を進んでいた。一通り聞いて『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)が嫌そうな顔をする。
「なんか私が面倒くさい女だと思われてるみたいじゃないですか」
「? そんなつもりで言ったわけじゃないだが」
ああ知っている、知っているとも。だからこそ尚更タチが悪いのだ。
首を傾げるのは離反してきた、『ただひたすらに前へ』クロバ・フユツキ(p3p000145)を模したアルベド。彼の流した情報はイリスを模した疑似生命体──アルベドのもう一段回先である『キトリニタス』という存在だ。
「でも、その『きとりにたす』とクロバさんの『あるべど』はちょっと違うみたいだねえ」
『行く雲に、流るる水に』鳶島 津々流(p3p000141)の何処かゆったりとした口調が不思議そうな色を込める。これまで聞いていた話だとアルベドやキトリニタスは妖精を使い、敵が思うように動く特異運命座標の紛い物を作ったという流れのはずだ。しかし、目の前を歩くクロバの紛い物(アルベド)はどうもその話と異なるらしい。
(最後まで言いなりだなんて気に入らない、かあ……)
どんなきっかけがあったのか、津々流には想像のしようもない。けれども彼が反旗を翻し、こちら側として動くのならば受け入れるだけ。
「にしても、最近何かと縁があんなァ、クロバよ」
そう告げる『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)とクロバ──『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)と『嘘に誠に』フォークロワ=バロン(p3p008405)もだ──は先日、クオンと戦った時の依頼で行動を共にしている。同じ苦汁を舐めた仲間というわけだ。これ以上の敗北は味わいたくもないが、この先に待ち受ける敵は得た情報からしても十分に危険な存在である。
「なあ」
そこで不意に声を上げたのは『鬨の声』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)だ。その視線は先頭を行くアルベドへ向けられている。
「何か名がいるんじゃねえの。戦闘中にクロバって言ったら2人振り向いちまうし、1人の男をアルベドクロバなんていけてねぇ呼び方で呼ぶわけにゃいかねえだろ?」
何より心を得て、覚悟を決めた一人前の男を紛い物扱いなどしたくない。故に、ルカはアルベドを『白刃(シロバ)』と呼称することにした。
「見えてきたわよ」
『翼片の残滓』アルテミア・フィルティス(p3p001981)の言葉に一同はより緊張感を高めていく。城の前に見えるのは大きな人型モンスターと、小柄な影。後者がイリスのキトリニタスだろう。
「モンスターは見るからにアタッカー……」
「ええ。想定される敵戦術は、キトリニタスに守られたアタッカー2体による鏖殺、ですね」
眼鏡のブリッジを押し上げ、位置を直した『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の表情も深刻だ。本物のイリスの防御技術はさるものながら、それを真似たキトリニタスともなればかなりの防御を誇るだろう。策なしに突撃しても守られたモンスターが暴れて手出しできず、蹂躙される他ない。
「これを崩して此方の戦術を押し付ける……初動の連携が肝要です」
各々、抜かりなく。
寛治の言葉と共に一同は駆けだす。見晴らしのいい場所だ、こちらから姿が見えているということは向こうからもこちらのすがたは見えているに違いない。
「”クロバ=ザ=ホロウメア”」
本物の名を呼ばれたアルベドは、クロバの真っ向からの視線を見返す。以前は敵意とクオンに対する憎悪が溢れていたその瞳は、あの時とは少し違った色を見せていて。
「この名前をお前に託す。……行こう」
この時、アルベドは彼の言葉を真に理解しているわけではなかった。理解に至ったのは、彼が突っ込みざま技を放った時の、その名乗り。
「黒葉無想流、クロバ・フユツキ──いざ、参る!!」
──名を、戻したのだと。
──クロバ=ザ=ホロウメアはここにただ1人しかいないのだと。
主であった男が、あの男を『フユツキさん』と呼んでいたことは知っていたから、これこそが彼の真名であることは想像に難くなかっただろう。死神の名を受け取ったアルベドは、もはやクロバの手にないガンブレードの模倣武器を握って彼に続いた。そんな彼にイグナートはにっと笑みを浮かべる。
「最後の最後に叛逆なんてロックだね!」
クロバの、そしてアルベドの攻撃を躱したキトリニタスへ打ち込まれる鋭い突き。確実に受け止められるも、イグナートは楽しそうに笑みを浮かべるばかりだ。
「イイね! ちなみにクロバのアルベドは自分の意思を持ち始めたみたいだけれど、キミはどうなんだい?」
「意思などキトリニタスにもアルベドにも存在しない。ただのエラーよ」
淡々と告げるキトリニタスには何の表情も浮かばない。疑念も羨望もありはしない。あくまで彼女は命令を守る人形に過ぎないという事か。
(それはチョット面白くないな)
後方のモンスターを庇いつつも攻めに転じるキトリニタスから離れつつ、イグナートは少しばかり冷めた目で彼女を見る。強者が、自らの意思で戦うからこそ拳での語りがいがあるというもの。例え強くとも操り人形というのは少し勿体ない。
「よォーし! ぶっ殺すぞコラァ……!」
傍らには太陽の聖剣を。もう傍らには月輪の聖剣、その残影を。ふた振りを構えたアランはモンスターを庇うキトリニタスへ十字の斬撃を放つ。紅と蒼の奔流はアランへの負荷をかけつつも、その力に見合った威力をキトリニタスへ向かって叩き込んだ。
「──避けれるものなら避けて見せてもらいましょうか!」
「……!」
斬撃が消えた直後、目を見張るキトリニタスの目の前で黒のキューブが形成される。彼女を包むように組みあがった其れはあらゆる苦痛を植え付けんとして──しかし、キューブを破壊して出てきたキトリニタスに深い苦痛の色はない。
彼よりも遠く、超遠距離から持てるギリギリのレールガンを持った『マム』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)はキトリニタスを狙う。この場においてはがっつり防寒具と軍用手袋と言う出で立ちだが、この現場でのハイデマリーは軍人である。例え、別の場所では魔法少女として戦う似たような姿が見られたとしても、だ。魔法少女ではなく軍人なのである。
──初撃が肝心。寛治も言っていた。そこで魅せられるかにこの依頼の成否全てがかかっていると言っても良い。
「鉄帝の狙撃兵を語るなら、やってみせようであります」
低空飛行で浮き、そのバランスを計算しながら同時にキトリニタスへ標準を絞る。一撃だけではない。可能な限り多くの手数でキトリニタスを攻め立てるのだ。
ヴァイセンブルグ家は黄金の獅子を旗に掲げる。かの王者が見据えたモノは決して逃さず、一片の迷いなく屠るのだ。冷徹に引き金は数度引かれ、逃れられたものもあれば被弾させたものもある。数としては上々と行かずとも、そこそこ。そこへ津々流の放った攻撃が威嚇のようにキトリニタスへ向けられる。凡そ本気とは言えない、ただの攻撃。キトリニタスがその真意を測りかねて眉を寄せるのも道理だろう。
「どういうつもり」
「うーん……ああ、もうわかると思うんだあ」
どこか緊張感のない声。津々流自身に緊張感がないというわけではないだろうが、それが表面に出にくいのか。津々流の言葉と同時、イレギュラーズの『策』が動き出す。
「邪 魔 だ !!!」
ぐわしとキトリニタスの胸元が掴まれ、勢いよくぶん投げられる。凡そ技とも言えぬただの投げ飛ばしは、けれどルカに秘められた生来の戦闘センスが光る。殺さずして生かさず、遠くへ飛ばすこの投げ飛ばしこそがこの策の肝と言って良い。
「今だ、寛治ィ!」
ルカが叫ぶ。たとえどれだけ強くとも、至近距離にいなければ対象を庇い守ることはできない。モンスターたちの元を引きはがされ地面を転がったキトリニタスの周囲で、凍った草花が砕け粉々になる。忌々し気に顔を上げたキトリニタスの視界には、棒立ちする寛治の姿が映った。
「は、」
キトリニタスは乾いた笑みを浮かべる。この場において無防備にもほどがある。冷ややかな目線をこちらへ向けてはいても、その体は見るからに弱そうではないか。
「行かせないよ」
しかしその眼前へ本物──イリスが立ちはだかり、真っすぐに寛治の元へ向かう事を許さない。イリスの肩越しに見れば、アルテミアが彼の近くに立ち、その身を庇わんとしている。その向こう側にイレギュラーズと相対するオグルたちを見てキトリニタスは気づいた。
”嵌められた”と。
キトリニタスとオグルたちを無事引き離すことに成功したイリスは、アルテミアと後退して寛治を庇う。今のキトリニタスには寛治しか見えていない。正確には『まず寛治を倒してしまえ』という思考が優先されている。寛治がその身で以て引きつけてくれている限り、イリスはキトリニタスの攻撃からただ彼を庇うだけだ。同時にイグナートが動き、その身で以てキトリニタスをブロックする。
「ここから先は行かせないよ!」
栄光をつかみ取らんとする拳を受け止めて、キトリニタスは怖いほどの無表情になった。
一方のアルテミアは身を翻し、仲間の戦っているオグルの方へ。キトリニタスを引きはがす肝となったルカも一緒だ。その後を寛治と、庇うイリスも追う。
(それにしても、彼が自分の意思でタータリクスに離反するなんて)
あの時──クオンと共にいた時とは随分な変わりようだ。けれどもその切っ掛けもクロバという本物を見ていれば納得である。
「白刃! 好き勝手やってくれた奴にお前さんを突き立ててやんな!」
ルカの言葉に答えるように、クロバの模倣技を繰り出すアルベド。しかしその戦い方が些か違って見えるのはクロバから『身を削る戦い方』を禁じられたためだ。代わりにとクロバがオグルへ繰り出しながらもアルベドへ見せるのは自らが編み出した剣技。吸収した魂のひと欠片を自らの気力として還元する乱舞。もちろんたったの一度で覚えられるわけもないが、それでもアルベドは戦いながら少しずつその形を近づけている。
全てはアルベドがその想いを果たす為。アルベドと言うのはフェアリーシードという電池を埋め込まれた生き物で、その身を削るということはフェアリーシードの力を余分に削っていくという事だろう。
(お前は……お前も、俺なんだ。志半ばで倒れるなんてさせない)
その想いは同じではないだろうが、酷く似ている。故に叶えさせてやりたいと強く思うのだ。
「ここは春の方がきっと美しい。ほら、こんな風に」
津々流は桜吹雪を舞い起こす。四季の移ろいを体現していた彼の、霊力が映し出した幻だ。けれどもそれに実体がないわけではなく、勢いは呼吸すら叶わないほどの激流を思わせる。2体のオグルはそれにからめとられ、苦しむようにもがいた。
アルテミアと同時に到着したルカが両手剣を片手で思い切りに振りかぶる。それは魔性を帯び、黒く膨張した大顎を形作った。その大きさは──オグルを軽く超える程で。
「運が悪かったなぁ! 力比べなら……俺が上だァ!!」
食らいつく大顎。多量の血を吹き出したオグルが白目を剥く。それでも辛うじて立っている敵にフォークロワは黒の雫を弾丸へ変えた。
「クオンを仕留め損ねたこの失態、ここで少しでも晴らさせていただきますよ!」
飛ぶ弾丸にハイデマリーのレールガンが追随する。連撃と追撃を兼ね備えた獅子の咆哮はオグルを真っ赤に染めて屠った。
「好調……というほどではないかもしれませんが、良い流れと見て良さそうです」
油断は禁物ですが、と寛治は呟きながらステッキ傘を構える。仕込まれた銃によるゼロ距離射撃は的確で、オグルも命の危機を感じ取ったか。
「──!!!」
残っていたオグルが咆哮を上げ、その手に持った棍棒を振り回して辺りをめった打ちにする。咄嗟に近くにいたルカをイリスは寛治とまとめて庇ったものの、周囲に無数の血が飛んで、銀色一色だった世界を赤く染め上げた。肌を裂く音が、骨の砕ける音が、肉のちぎれる音がした。
けれど。
「オラァァァァァ!!! ここで弾けろォォ!!」
血まみれになりながらもアランは起き上がる。奇跡を身にまとった彼は握った剣へ殺意のオーラを纏わせ、天頂から振り下ろした。そのオーラはオグルに触れるなり爆ぜ、裂傷だけでない傷を負わせていく。完全に回避しきれずとも大地に足を着けていたアルテミアも同様に、手に持った細剣を振るった。
「これ以上は──させないわ!」
青い炎が軌跡を残し、魔力や加護の一切を突き抜けんと一閃される。間髪入れず剣舞で仕掛けたアルテミアが狙うのは、オグルが棍棒を握っている手だ。棍棒でめった打ちにしようと強く握った時に痛みが走るように、さらに望むならば痛みで上手く棍棒が持てないようにと徐々に追い詰めていく。倒しきれるならこちらのものだが、そうでないならばオグルの攻撃は驚異だ。
寛治が定期的にキトリニタスを引き付けにかかる中、イグナートは回り込まれては止め、また回り込まれては止めると追いかけっこのようにキトリニタスを足止めする。阻害していない方から回り込まれたとしても、幸いに寛治へ引き付けられているからかオグルを庇いに行くこともない。イグナートはブロックしつつもキトリニタスへ語り掛ける。
「ねえ、ニンギョウのままで思うところはないのかい?」
「私たちは道具。使われてこそでしょう」
ふむ? と相槌ひとつ、拳をひとつ。ストレートに体を撃ち抜くも、その体は通常と異なるらしい。
(血も流れてないんだっけ? クロバのアルベドもそうなのか)
クロバとアルベド、互いに似ている姿にクロバの血が濃いなどと考えていたがそもそもないのか。けれども似ているのはやはり細胞──研究者が言う遺伝子だとかそういったものに由来するのだろう。
「……っ」
キトリニタスが文字通りに牙を剥く。腕についた歯型は人らしからぬ大型だ。おそらくはイリスの元の姿に由来するものなのだろうが、ここまで似せられるものなのか。
「やっぱりダメもとでもいいから、操り人形じゃないキミと戦ってみたいね!」
「私はエラーなんて吐き出さない。不完全なアルベドとは違うの」
本当に? 本当に。そんな掛け合いをするイグナートとキトリニタスの元に、オグルを倒したイレギュラーズたちが加勢してくる。
「どうせならさ、ホンキで生きている戦士と戦いたいんだ!」
あと残るはキトリニタスだけ。イグナートはこれが自分の本気だと握りしめ、雷吼拳を放った。クロバは無形の乱舞を繰り出し、次いでアルベドも近い技を放つ。アランは斬撃を放ちながらも、アルベドにのみ聞こえるような声量で小さく何かを告げた。アルベドは視線を向け、すぐさまキトリニタスという敵へ向ける。
「なら最後まで命を燃やせ。心を燃やせ」
その動作を肯定と受け取って、アランは猛攻を繰り広げながら告げる。相手の攻撃をくらって無駄に命を削っている場合ではない、と。
「自分のやりたいことを後悔なくやり切れ。それが生きとし生ける者たちの義務であり、特権だ。そしてそれが──俺たちの自由だ」
その時アルベドが瞬いたのはほんの一瞬で、ともすれば気づかなかったかもしれない。けれどもアランは確かに彼が頷くような瞬きをしたと感じていた。
イリスはキトリニタスを邪魔しながら自らの治癒力のみで粘っていく。相手の中でキトリニタスという防御壁が頼りだったのと同様に、こちらもイリスという防御壁が頼りだ。
(それ以上に、本家としては倒れる訳にもいかないけど)
本物が紛い物に負けるだなんて、そんな姿誰にも見せられない。
「ねえ貴女、いいの? このままだとただの障害として終わることになるけれど」
「障害?」
イリスの問いかけに、キトリニタスは心底理解できないという声を上げる。自らが障害であるなどと露ほども思っていない、そんな顔だ。
「私は命令をこなすだけ。良いも悪いもないの」
「けれど……このままだと、誰からも忘れ去られるよ。それって寂しいじゃない」
人であれば当然の感情が、けれどもやはり疑似生命体には理解できないのか。否、とイリスはクロバのアルベドを見て否定する。全てが全て理解できないわけではない。そこには個体差があるのかもしれない。自身そっくりの生命体がそれを理解できないことは、少し悲しくもあったが──。
「倒れるわけにも、負けるわけにもいかないの。ここは通してもらうよ」
同じ青の瞳が交錯する。そこから視線を外したキトリニタスは、横合いから迫ってきた青の炎に腕をかざした。
「もう出し惜しみはなし、一気に行くわよ!」
アルテミアが全力の剣舞で攻め立てる。寛治は急所となる場所──フェアリーシードが埋め込まれていた可能性のある場所を狙うように魔弾を放ち、アランとイグナートは自らの全力でもって叩き潰しにかかっていた。後方に佇む津々流は強き感情を露わにせずも、枝角の桜を満開にさせて力を解き放つ。
「自然は育むこともあれば、破壊することもある。──こんな風に」
小さく告げられた言葉と共に、破壊的な魔術が飛んでいく。度重なる攻撃にそれを受けたキトリニタスは動きを鈍らせ、さらにハイデマリーの連撃が飛んだ。元来狙撃兵は一撃必殺が基本であるが、強敵にそれは通用しない。それでも。
「やり方、役割、やりようはいくらでもある。成果をあげてみせるでありますよ」
そしてこうして攻撃が重なっていけば、より攻撃は通りやすくなり、こちらの優勢は見えてくる。フォークロワの放つ技はどれも相手の調子を乱し、かけた呪いがさらに相手を苦しめていた。不意に影が差してキトリニタスが上を仰ぐと、そこには大きな黒い顎が──。
「白刃! クロバ!」
受けられたとしてもそんじょそこらのダメージには収まらない、そんな一撃を放ったルカが2人を呼ぶ。その手は親指を立てて──下へと向けられた。
「やっちまえ」
「「ああ!」」
2人は同時に駆け出し、同じ構えを見せる。1人であったらたかが知れている。けれども仲間がいて、なによりつながりのある2人であれば強固な壁だって切り抜けられる。
「命燃やせ”クロバ”! どんな炎よりも熱く!! この冬を尽きさせる程に!!」
「それはこっちのセリフだ……俺如きに負けるなよ、”クロバ・フユツキ”!!」
2人が間合いに入ると同時に起こる爆炎。高速の連続剣はキトリニタスを翻弄し、切り刻み──その生命活動を、とうとう停止させた。
●
体の限界は、とうに超えていた。それでも原型を留めていたのは内なる妖精が力を貸してくれたのか、自我を得た自らの意思だったのか。
妖精郷の外より来訪した者たち──イレギュラーズたちは重い傷を抱えながらも、この場所を守らんと前へ進もうとする。
(ああ、でも、俺は)
進む力すら、残されていないんだ。
「おい、白刃。俺ぁタータリクスをぶっ殺しに行くがお前さんは──」
どうする、というルカの言葉と同時、一瞬目の前が暗転する。これが気絶と言うものか。座り込んでしまったアルベドが他人事のように思いながら下を見ていると、いくつかの足が走り寄ってくる。そして、その後から歩いてくる足は。
「──流石だ、”俺”」
聞き間違えようもない、自身と同じ声。本物のクロバ=ザ=ホロウメア。いいや、彼は死神の名を捨てたのだったか。力を込めて顔を上げると、クロバは視線の高さを近づけるように片膝をついた。
「……君の叛逆、ちゃんと最期まで見届けたよ」
「……ああ」
道具のように『壊れていく』のではない。為すべきことをことを為して『死んでいく』のだ。それは何故か、満たされるような感覚があって。
「あなたのことを、少なくとも私は覚えておきますよ。仮初の命を持ちながら、ひとつの命として事を成し遂げた……あなたのことを」
フォークロワの語る内容に淡く笑みが浮かぶ。ああ、俺は本物たちに覚えておいてもらえるのか。望んでもなることはできないヒトの記憶に、刻み込んでもらえるのか。
それは、ただの道具ではありえないこと。
「あばよ戦友。お前さん、いい男だったぜ」
目を瞑ったアルベドの左眼、眼窩を覆うように指が当てられる感触。一思いにそれが押し込まれ、そこに存在していたフェアリーシードへ触れた感覚をアルベドは追う。
(死ぬのか)
死ぬという事は、生きていたという事だ。
『自分のやりたいことを後悔なくやり切れ。それが生きとし生ける者たちの義務であり、特権だ』
あの言葉が思い出される。嗚呼、生きていた。生きていたとも。俺は──”クロバ=ザ=ホロウメア”は確かにここに生きている。その義務を、特権を行使して、
──束の間でも、自由を得たんだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
”クロバ=ザ=ホロウメア”はもういません。ええ、あのアルベドと共に消えてしまいましたから。
さて、この戦いの結末はもうすぐでしょう。どうぞお楽しみになさってください。私もどんな結末を迎えるのか楽しみにしています。
余談となりますが、胡蝶花──シャガの花言葉は『反抗』『友人が多い』です。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
キトリニタスの撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。不明点もありますが、多少アルベドより追加情報がもたらされています。
●エネミー
・キトリニタス
イリス・アトラクトス(p3p000883)さんを模したキトリニタス。タータリクスより『城へ訪れる者の排除』を命じられています。そうでなければ例え離反するアルベドでさえも特に気にした風ではない様です。
キトリニタスはアルベドの次段階にあたる生命であり、フェアリーシードは完全に融合してしまっています。妖精は既に手遅れです。
防御技術・HPが非常に優れています。反応はそこまででもありませんが、全体的なステータスは高いです。【反】がデフォルトでついています。
齧りつき:凡そ人とは思えぬ歯型を残します。【出血】【毒】【猛毒】
攻守一体:守りとは攻めなのです。【乱れ】【致命】
決死の盾:2人まで庇う事ができます。
・オグル×2
巨大な人型モンスター。邪妖精(アンシーリーコート)の一種です。棍棒を振り回して攻撃してきます。キトリニタスの命令を聞くように操られているようです。
攻撃力に特化しており、防御技術は心もとないです。しかしその一撃は直撃すれば大ダメージは免れません。
爆音:叫び声とは思えぬ声量です。【万能】【ブレイク】
ぶん回し:めった打ちなのです。【体勢不利】
●フィールド
妖精城アヴァル=ケイン前。とても寒いです。
周囲は花畑であったようですが凍ってしまっています。足場・視界共に問題はありません。
●友軍
・アルベド(クロバ)
クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)さんを模したアルベド。左眼に当たる部分にフェアリーシードが埋まっていると自白しました。
前回よりは多少会話もできるようですが、あまり高度なことはできません。
クリティカルとファンブル、命中が高いです。他ステータスも高いですが、キトリニタスには及びません。
自らの寿命がそう遠くないことを自覚しており、最期くらいは思い通りになりたくないと離反してきました。
●ご挨拶
愁と申します。
昨日の敵は今日の友。仲違いしている場合でもないでしょう。
ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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