シナリオ詳細
人喰い鯨グラトニー。或いは、ハーマン船長最後の戦い…
オープニング
●キャプテン・ハーマン
港に停まるその船は、あまりにも巨大、そして豪華であった。
煌びやかにライトアップされた甲板では、着飾った男女が賑やかに食事を楽しんでいる。
豪華客船“メルヴィーユ”というのが、その客船の名前である。
一方、そんな豪華客船から幾分離れた船着き場では、薄暗い十数名の男女が言葉を交わしていた。
「メルヴィーユは近々出港予定だ。今は出港を祝う式典や宴の真っ最中なのさ」
そう言ったのは、いかにも船長然とした初老の男性。名を“ハーマン”と言う。
白い髭を蓄えたハーマンは、咥えたパイプを吹かしながら暗い海上へ視線を向ける。
「だが、今のままじゃあ出港できねぇ。あの野郎が居る限りな」
コツコツと地面を蹴りながらハーマンは言う。
不自然に硬質な足音だ。
見れば、彼の右足は膝から下が義足となっている。
「人食い鯨……俺は“グラトニー”と呼んでいるが……奴に沈められた船は数知れねぇ」
義足となった自身の右足へと視線を落とし、ハーマンはくっくと方を揺らす。
ハーマンは歴戦の船乗りだ。グラトニーと相対した経験も、両手の指では到底足りない。
船を壊されたこともあったし、逆に撃退してみせたこともある。
運命……或いは、因縁とでも言うべきか。
この広い海で、1人と1匹は不思議なほどに巡り会う。
「この脚も奴に喰われたのさ。あぁ、若けぇころの話だし、別に恨んでいやしねぇ。弱肉強食って奴だ」
と、そうは言ったものの何も知らない乗客たちを危険にさらすわけにもいかない。
ハーマンの背後に控えた屈強な男たちも、彼の言葉に無言で頷く。
ハーマン配下の船乗りたちだ。
「実は今度の航海を最後に引退の予定なんだがな……ついでに奴との因縁にもいい加減ケリを付けてぇのさ。野郎をとっ捕まえてよ、今度は俺が喰ってやる」
冗談めかして笑うハーマン。その背後には、古めかしい帆船が停泊している。
メルヴィーユに比べれば、あまりにもちっぽけな帆船だ。甲板の一部などには大きな補修の痕跡が残る。
その船の名は“キャプテン・エイハブ”。ハーマンが若い頃に乗った船であり、その甲板上で彼は右足を失った。
「俺1人で行くつもりだったが、生憎と船長1人じゃ船は動かねぇ。ここにいる5人は命知らずの俺の部下たちだが……野郎を相手取るにゃ力不足だ。船を十全に走らせるにも1人か2人足りねぇしな」
だから手を貸してくれ、と。
ハーマンはそう告げたのだった。
●巨鯨グラトニー
「ってわけで、お前さん方にはハーマン船長の手伝いを頼みたいんだが」
鯨なんてどう捕まえるんだ? と、首を傾げる『黒猫の』ショウ(p3n000005)はベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)は視線を向けた。
ハーマン船長の話を聞き、やる気を滾らせていたベネディクトだが、彼とて捕鯨の経験はない。
「まぁ、その辺はハーマン船長が用意しているだろうな。船に銛を積み込んでいるのを見かけたよ」
相手は積極的に船を襲う人喰い鯨だ。
沖に出れば、向こうから襲い掛かってくるだろう。そうなれば、迎撃することも不可能ではない。
「とはいえ、船を走らせるにも手伝いがいるって話だし、船のサイズもたかが知れている」
グラトニーとの戦いに備え、物資の積載や補強を施していることもあり甲板に出られる人数は4~5人ほどが限界だろうか。
残りは操舵や船内からの索敵、船の補修、或いは帆の調節などの補助が可能となるだろう。
また、船の側面には1門ずつ大砲が取り付けられている。
鯨の横に船をつければ、大砲による射撃も可能だ。
「まぁ、上手いことスイッチしながら戦ってくれ。その辺りは現場で判断するのが一番だろう」
そう言ってショウは、手元の資料へ視線を落とした。
それは彼が集めたここ数十年の〝グラトニー〟の記録である。
「グラトニーは全長10メートルを超える鯨だ。人の味を覚え、積極的に船を襲う……と書いてあるな」
ハーマン船長の脚を喰ったのもグラトニーだ。
豪華客船メルヴィーユを次の獲物と定め、現在は近海に待機しているようだ。
そこへ強襲をかけ、討伐してしまおうというのが今回の依頼の内容である。
だが、しかし……。
「体当たりをまとも受ければ【体勢不利】は避けられない。また、遠距離から海水を撃ち出す技を身に付けているようだな」
また、その巨体に違わずなかなかに頑強とのことである。
鯨にとって有利な海戦ということもあり、ある程度の長期戦が予想される。
スタミナには注意が必要だろうか。
「ハーマンたちと協力して、上手いこと鯨を捕まえてくれ」
ちなみに美味いぞ、と。
そんなことを呟いて、ショウはにやりと笑うのだった。
- 人喰い鯨グラトニー。或いは、ハーマン船長最後の戦い…完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年08月19日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●空は快晴、波は穏やか
波を割り、海を進む一隻の船。
その船の名は“キャプテン・エイハブ”。船長を務める男の名はハーマンという。
ハーマンの義足が甲板を鳴らした。彼の視線は進路の先を見据えている。
「さぁ、今日こそ奴を仕留めてやるぜ。てめぇら、覚悟はできてるか?」
ハーマンの問いに威勢の良い怒号が返る。
それは、キャプテン・エイハブに乗る船員たちの返答だ。
「それと、アンタらのことも頼らせてもらうぜ」
「俺達に依頼を持って来た事を後悔させはしない、大船に乗った心算で居てくれ」
返答と共に『Black wolf = Acting Baron』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は手を差し出した。
潮風に靡く金の髪。その瞳を見て、ハーマンは満足そうに深く頷き差し出された手を握り返した。
「あぁ、頼んだぜ。上手くことが運んだら、港に戻って一杯やろう」
空は快晴。
風向きは良し。
遥か遠くの海面に、巨大な鯨の影が揺らぐ。
操舵室から握手を交わす男2人の姿を凝視しながら『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)は身をよじらせた。
熱があるわけでもなかろが、その頬は僅かに上気している。
「久しく補充していなかった海の漢要素が今ここに……! いいですね、歴戦な感じが……」
その小さな手は、操舵輪に添えられていた。
どことなく挙動が妖しいマリナを一瞥し『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)は恐る恐る声をかける。
「少しだが操船を学んできた。長くは無理だがしばし交代ならできる」
様子のおかしいマリナに操舵を任せることに、若干の不安を感じたのだ。
一見して特徴らしい特徴のない少年は、けれどよくよく観察すればほどよく筋肉が付いていることが分かる。彼になら、船上での重労働もそれなりに任せられるだろう。
「のーぷろぶれむでごぜーます」
けれど、マリナはきりっと表情を引き締め直し視線を進行方向へと戻した。ハーマン船長の最後の戦いに華を添えるべく、彼女はしかと船を操る。
「人喰い鯨ね。オッケー、任された! 海産物だろうと、人に害為すなら退治するのがオレの仕事だ!」
槍を肩に担いだ姿勢で『翡翠に輝く』新道 風牙(p3p005012)は快活に笑う。小柄な体躯から溢れんばかりの闘気が滲む。
彼女の志気に鼓舞されたのか『地上に虹をかけて』ソフィリア・ラングレイ(p3p007527)は、船員たちに向け号令をかけた。
「いいですか、皆さん! ほかの船が安心して海に出られるように、頑張って鯨をやっつけるのですよ!」
ソフィリアが小さな拳を突き上げると、銀の髪がふわりと揺れた。
感化された船員たちも「おぉ!」と威勢のよい怒号を返す。
彼らは皆、ハーマンを慕い、此度の一戦に強力を申し出た海の猛者たちだ。人喰い鯨“グラトニー”を狩る意志はイレギュラーズたちに負けないほどに高いのだ。
甲板の端に彼女は1人、立っている。
風に踊る黒い髪を抑えつけ『妖精譚の記録者』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は静かに言葉を紡ぐのだった。
「人喰い鯨と、挑み続けた船乗りの物語……どれだけの熾烈な物語があったのでしょうか
これが終わったとき、ぜひ聞かせてくださいね」
海の男の物語を綴ること。
そのためには、ここで巨鯨“グラトニー”を討伐せねば成り立たない。
陽光を反射させる海面を、じぃと眺める彼女の視界を翼を広げた影が横切る。
太陽の光を浴びながら、雄々しく翼を広げて宙を舞う。その影の名は『煌雷竜』アルペストゥス(p3p000029)。
「……ガァウ!!」
しばしの間、空を旋回していたアルペストゥスは、おそらく何か……グラトニーを見つけたらしい。
声高らかに、アルペストゥスは空へと吠えた。
アルペストゥスの背に乗った『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)はにやりと笑う。
「グラトニー……さながら暴食の鯨と言ったところかのう?」
「……グルルル!」
「あぁ、巨大な海洋生物との戦闘経験もそれなりじゃ。キャプテンの最後の花道、見事に飾ってみせようぞ」
アカツキは顔の横に手を翳す。
灯る火炎が熱波を散らし、灰の髪を躍らせる。ゆっくりと、アカツキは腕を高く高く……頭上へと掲げた。その手に灯る火炎も次第に威力を増して、まるで火炎の柱のようだ。
遥か眼下の海面に、10メートルを超す巨大な鯨の影がよぎった。
●志気は上々、気炎は万丈
空気を切り裂き、アルペストゥスが降下する。
その背に乗ったアカツキは、鋭い視線でグラトニーへと狙いをつけた。
「アルよ、背中に乗せてもらうのは久しぶりじゃのう。今回も頼らせてもらうぞ、一緒に頑張るのじゃ」
「ゥゥルルル!!」
海面すれすれの位置を、アルペストゥスは疾駆する。水飛沫の中、アカツキは大きく身を逸らせた。
1人と1匹の進路の先で、波を割って巨大な影が現れる。人喰い鯨グラトニーに間違いない。人の味を覚えたグラトニーは、アカツキたちを喰らうべく姿を顕したのだろう。
にぃ、とアカツキの口元に笑みを浮かべて腕を振るった。
アルペストゥスは、進路を空へと急転換。その鼻先を鯨の頭部が掠めていった。僅かに姿勢をぶらせたものの、アルペストゥスは身を切り見事に回避を成功。
重力に逆らい、アルペストゥスとアカツキは太陽へ向けて上昇していく。
直後……。
アカツキの放った業火の渦が、その鼻先を燃え上がらせる。
「開戦だ! 大砲の弾ぁ、じゃんじゃん運んでぶっ放せ!!」
怒号を放つハーマンと、それに応え船内を駆け回る男たち。
鯨の浮上で大波がおき、船体が大きく傾いた。古い船だ。それだけのことで船体が軋む。
「おい! 操舵ぁ代わるか? このままじゃ転覆しちまうぞ!」
騒がしい船内に響き渡るハーマンの声。
そんな彼に、マリナはすっと親指を立て合図を返した。
「よーそろー。操船ならお任せくだせー。船長はどんと大船に乗ったつもりで構えていてくださいよ」
マリナが操舵輪を回転させると、傾いていた船体はまっすぐに体勢を立て直し、波と波の間を加速し突き進んだ。
「何が大船だ、こんなオンボロ捕まえてよ! まぁ、そんじゃあそっちは任せるぜ!」
マリナの腕前に一定の信頼をおけたのか、ハーマンは操舵を任せて船室を駆け回る。その途中で、バランスを崩し倒れた誠吾を助け起こして、気合を入れるようにその背を強く叩いてのける。
「いてっ……すいません。助かります」
「おう。大砲はたのまぁ」
「……あぁ、任せてくれ」
その様子を横目にとらえ、マリナは再度親指を突き上げサインを送る。つまりは「ぐっど!」の意思表示であった。
そんなマリナに苦笑を返し、誠吾は砲に取りついた。
覗き込んだ窓の先には青い海と、巨大な鯨の背が見える。マリナの操舵により、船体と鯨はちょうど並行線上に位置している。
大口径の大砲だ。巨大な鯨と言えど、撃ち殺し得る威力を誇ることは予想に容易い。
生き物の命を奪う武器を手に、誠吾の表情は強張った。
ここは戦場。命が容易く失われる場所。
敵も味方も、その命の重さに差などあるはずもなく、そして互いにそれを奪い合うことこそが戦場における絶対のルール。
たとえば小さな果物ナイフ。
たとえば懐に忍ばせた一挺の拳銃。
たとえば握りしめた拳と鍛えた腕力。
たったそれだけで、いともたやすく誰かの命は奪われる。
誠吾にはまだ、そこに立つ覚悟が出来ていない。
けれど……。
「俺がここを託されたんだ。俺が……俺に」
震える誠吾の肩に、船員の1人が手を乗せる。
「狙いはいいな。後は俺に任せておきな!」
誠吾の感じている恐怖心を、正しく把握した彼は代わりに砲に取りつくと、導火線に火を着けた。
空気を唸らす大音声。
船体が揺れ、砲弾が飛ぶ。
それは狙い違わず鯨の背に命中し、その身体を震わせる。
「ナイスだ誠吾! ハッ、やっぱリヴァイアサンに比べりゃどうってことねえや」
「えぇ、そのようですね。では、ここで終わらせましょう――物語、『巨鯨』を」
腰を捻って、槍を構えた風牙が鯨へ向けて狙いを定める。
その背後では、無数の白紙を展開しながらリンディスが戦場を見据えていた。
「いくぜ!」
ダン、と甲板を踏み込んで風牙は槍を突き出した。
ひゅおん、と空気を切り裂く音がする。放たれるは“飛ぶ斬撃”。波を割り、それは鯨の頭部を穿つ。
怒り狂ったグラトニーは、尾で海を打ち宙へと跳んだ。太陽を背に、波を煌めかせ飛ぶその姿は、ある種の幻想……或いは絵画のようでさえある。
思わず、リンディスはその光景に視線を奪われ……。
「っ!? 衝撃が来ます! 皆さん、船体にしがみついてください!」
そう叫び、自身は素早く展開された白紙に指を走らせる。綴られるは世界に名を遺した癒し手達の物語。
回復術の発動準備を整えると同時、鯨は加速し船体に迫る。
直後、衝撃。
まるで天地がひっくり返ったかのような……。
リンディスの目は、船体から海へ投げ出された風牙の姿を確かにとらえた。
頭から血を流し、床に倒れた1人の若い男性は、ハーマンに憧れ此度の戦いに参加した、まだまだ若い船乗りだった。
そんな彼の傍らに、ソフィリアは素早く駆け寄っていく。
銀の髪は赤く濡れ、その額や鼻からも血が滴っていた。
「しっかりしてください。うちがすぐに治してあげるのですよ! それから、それから……うん、頑張って鯨をやっつけて、美味しいご飯を食べるのですよ!!」
彼女の声は、確かに彼に届いただろう。
短い呻き声をあげ、船乗りはゆっくり目を開いた。
「あ、あんた……助かったよ。わりぃな」
「うちは船を操れないから……でも、うちは、うちが出来る事をお手伝いしただけなのです!」
にこりと笑うソフィリアの顔は血に塗れ、その銀の髪もほつれていた。
けれど、しかし。
後に命を救われた船員は言う。
あの海で、俺は天使に会ったのだ、と。
本物の天使とは、血に塗れ、泥に汚れようとも、弱い心を己で鼓舞し、折れぬ意志を貫き通す者なのだ、と。
「ゥゥルルル!」
空に向けてアルペストゥスが吠え猛る。
空気を切り裂き、アルペストゥスは一瞬グラトニーに肉薄。
その背に乗ったアカツキが、グラトニーへと火炎を放つ。
業火の渦が、グラトニーの放った水弾を蒸発させて蒸気に変える。
視界を覆う蒸気と火炎のただ中を、マントをなびかせ誰かが飛んだ。
頭上に掲げた短槍に、強い意志と闘気が宿る。彼の名はベネディクト。単身、グラトニーへと跳びかかるその光景は、まるで英雄譚の一幕ではないか。
その光景を、リンディスは確かに記憶に刻む。
青い眼は、しかとグラトニーの眉間を捉えて離さない。
落下の勢いを乗せ、ベネディクトは叫ぶ。
「成程、力強さを感じさせるその巨躯は確かに見事。だが──我々が臆するには、足りぬという物!!」
渾身の力を込めた一撃が、グラトニーの額を抉る。
悲鳴を上げ、身をよじらせるグラトニー。その頭部がベネディクトの身体を甲板上へと打ち飛ばす。
額から血を流しながら、ベネディクトは甲板の上を転がった。
けれど……。
「動きは俺が強引にでも止めよう──好機の一つは作ってみせるとも!」
姿勢を立て直した彼は、グラトニーへと挑みかかった。
●広い海に、そして今日も風は吹く
操舵輪を誠吾に任せ、マリナは海へ跳び込んだ。
波に押されて沈みゆく風牙の身体をマリナは強く抱きかかえ、船体から垂らされた縄梯子へとよじ登る。
「ふっ……危なかったな、ルーキー……すいません、言ってみたかっただけです」
噎せ返る風牙の肩に手を置いて、マリナはそう告げたのだった。
アルペストゥスの銀の身体をそっと撫で、アカツキはにやりと笑ってみせた。
「大分弱ってきたかのう……よし、アルよ。ここらでケリをつけるぞ、一気呵成に突撃じゃ」
「ガアアアアウッ!!!」
咆哮とともに、アルペストゥスが翼を畳んだ。
背にアカツキを乗せたまま、グラトニー向け急降下。その口腔には紫電を散らす魔弾があった。
「お主の雷と妾の炎で仕舞いにしてやるのじゃ!」
アルペストゥスの放つ魔弾と、アカツキの業火が空を焼く。
それは一瞬、誰もの視界を真白に染めた。
火炎と魔弾に額を焼かれ、グラトニーは仰け反った。荒れ狂う波をものともせずに、ボロ船……〝キャプテン・エイハブ〟はその船腹をグラトニーへと向けた。
その頭部目掛け、跳びあがる影は合わせて2つ。
「何十年も追ってきた相手だ。新参のオレらにばかり任せっきりじゃカッコつかねえよな!」
「船長。終わらせてくれ……その因縁とも言える縁を!」
風牙とベネディクトの槍が、グラトニーの左右の眼に突き刺さる。
不意を打たれたグラトニーは、大きく体勢を崩す。痛みと衝撃により、天地の区別がついていないようにも見えた。
額から血を流し、片目を瞑ったハーマンはよろけた足取りで大砲へ向かう。
右脚の義足は、半ばほどで曲がっていた。グラトニーの攻撃を受けた際に損傷したのだ。
頭をぶつけたせいか、意識は朦朧としている。けれど、彼は震える手で大砲の狙いをグラトニーの頭部へ定める。
と、その時だ。
再び船が大きく揺れて、船内に積まれた大砲の弾が宙へと跳ねた。
その1つは、まっすぐハーマン船長のもとへ飛来する。
誠吾は、その光景をその目に捉え……。
「……これくらいなら」
ハーマンを庇い、誠吾はその身で砲弾を止めた。内臓と骨の軋む感覚。口の中に鉄の味が広がった。
「あぁ、痛い。当然だよな。まーめっちゃ痛いだろうなって思ったよ。だが、人が傷つくよりは……いいだろう?」
腹部を押さえ、蹲った誠吾へ向けて擦れた声でハーマンは言う。
「痛ぇよな。怖ぇよな。誠吾っつったか? その想いを忘れんな。痛みも恐怖も忘れた奴ぁ、“優しい”男にゃなれやしねぇ」
その直後、空気を震わせる轟音。
撃ち出された砲弾は、見事グラトニーの額を穿った。
グラトニーの巨体を引いて“キャプテン・エイハブ”は帰港する。
港に着くなり、ハーマン船長以下船員たちはグラトニーを解体。その肉を使って“竜田揚げ”の調理を開始する。
「竜田揚げ……それは何なのです?」
油に泳ぐ鯨の肉を興味深げに覗き込み、ソフィリアはそう問いかけた。
質問を受けた船員は、頬を緩ませ竜田揚げの説明をする。
「鯨って食べた事無いけど美味しいのです……?」
「あぁ、うめぇよ。陸の獣とはまた違う、だけど魚でもない独特の噛み応えが癖になるんだ」
「え、魚じゃないのです!?」
竜田揚げを食みながら、リンディスは海へ……息絶えたグラトニーへと視線を向けた。
静かな風が、彼女の髪を優しくなでる。
「貴方と相対しつづけた船長の想いを、そして貴方という存在を……その物語を私は記録し繋ぎましょう」
そんな彼女の紡ぐ言葉は、風に流され海へと散った。
『物語の始まりは、今からおよそ40年前。大海原の真ん中で……』
酒杯を手にしたハーマンに、マリナはそっと身を寄せた。
「船長、どーでしたか、私の操船技術……立派な海の漢になれます?」
「漢? いや、大したもんだったぜ、嬢ちゃん。俺が後10も若けりゃ、船に誘ってたとこだ!」
強い酒精を喉へと流し、ハーマン船長はにやりと笑う。
それから彼は、隅に座った誠吾へと視線を向けて言葉を投げた。
「よぉ、兄ちゃん。さっきはありがとうよ。お前ぇもいい働きだったぜ!」
「……そう、かな。俺は戦えないから、あまり」
「そうか? 海の漢の戦いってのは、何も武器を手に取り鯨に立ち向かうだけじゃねぇ。船を操り、大砲の弾を運び、仲間を鼓舞し、駆け回るのも立派な戦い方なんだぜ」
なぁ、とハーマンは船員たちに声をかける。返ってくるのは「応!」という威勢のいい声と、杯を打ち鳴らす音だった。
「そんでよぉ。俺ら海の漢はよ、倒した鯨を喰らうんだ。その命を無駄にしねぇためによ」
それを聞いて、誠吾は僅かに頬を緩めた。
「そうか。そうだな……いただきます。だ」
静かに、目を閉じ。
この広い海で命を散らした、巨大鯨を喰らうのだった。
「ね、ね、船長。もしよかったら、これまで武勇伝とかいっぱい聞きたいんですけど……!」
そう告げたのはマリナであった。
興奮しているのか、いつもより幾分鼻息が荒い。とはいえ、すっかり酒精に酔ったハーマンは機嫌を良くしてマリナの頭に手を置いた。
そして彼が語るのは、若き日に北の海で彼が見かけた怪異の話。
「あの夜、俺は見張りに立ってたんだ。北の海は流氷や氷山なんかに気をつけねぇとなんねぇからな。ところがよ、急に船が大きく揺れてよ……慌てて海面に目を向けた俺は、確かにそれを見たのさ」
ごくり、とマリナは息を飲む。リンディアは静かにハーマンの話に耳を傾けている。
アルペストゥスに齧られながら、アカツキもまた視線を向けた。
誠吾も、ベネディクトも、風牙も、ソフィリアも。
皆の視線が向いたのを確認し、ハーマンは告げる。
「20メートルぐらいだったか。船の真下を泳いでいったその化け物はな……確かに“人”の形をしていやがったのさ」
なんて、言って。
ハーマンは酒を飲み干した。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
無事にグラトニーは討伐され、ハーマン船長の因縁には終止符が打たれました。
依頼は成功。竜田揚げも美味しかったです。
この度は、シナリオリクエストありがとうございました。
お楽しみいただけましたでしょうか。
お楽しみいただければ幸いです。
また機会があれば、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ターゲット
・グラトニー(人喰い鯨)×1
10メートルを超える頑強な身体を持つ鯨。
人の味を覚えてしまったことから、数十年にわたり漁船や客船を襲い続けた。
現在、豪華客船の出航を狙い近海に留まっているらしい。
海震:物中範に中ダメージ、体勢不利
船や人に向かい、勢いをつけて体当たりを慣行する。
スプラッシュ:神遠単に小ダメージ
海水を弾丸のように撃ち出す技
●戦場
近海、海上。
主にハーマン船長の船〝キャプテン・エイハブ〟の甲板や船内となるだろう。
ハーマン船長以下5名の船員が船を走らせているが、それでもまだ人数不足とのことらしい。
操舵や索敵、船の補修、帆の調節、大砲の操作などの補助を請け負うことも可能となる。
甲板は木材や鉄骨で補強されている。
そのため、甲板に出て戦闘を行えるのは1度に4~5人ほどが限界となる。
・ハーマン船長
初老の男性。
かつてグラトニーに喰われたことから、右脚が義足となっている。
以来数十年、何度もグラトニーと相対してきた歴戦の船乗りだ。
引退前のケジメとして、今回こそグラトニーを討ち取ろうと考えている。
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