シナリオ詳細
<アイオーンの残夢>Papaver rhoeas
オープニング
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──女王様は逃げたんだって。あっちにさ。
慰めるような言葉をかけて、外を指さした魔種の少女は容易く嘘を吐いた。慰めの言葉をかけられて、立ち直った魔種の青年は容易く騙された。そんなことの顛末をクオン=フユツキは聞き及んでいたが、敢えて訂正するようなことはしなかった。
彼の目的はタータリクスという『実験』の観察であり、彼が動くのであればその程度の真偽などどうでも良い。タータリクスの研究はそのままクロバの研究にも使えるのだ。
魔種ブルーベルの言葉によってタータリクスが再び動き出したということなら、暫くは放置しておいても問題ないだろう。四六時中張り付いているなどむしろ気持ち悪い。流石のタータリクスとてそう思うに違いなかった。
(いや、気が付かないということもあり得るか)
研究にのめり込む様はまさに狂気。傍らでクオンが観察していたとしても、その存在自体に気づかないかもしれない。……気づかない故に彼の癇癪へ巻き込まれるかもしれない。
ともあれあちらは放置で良かった。その間にクオンは大嘘をついた魔種ブルーベルと接触する。小言を言うためではもちろんなく、互いに協力するためだ。魔種ならざる者と魔種が結託する大変珍しい例ではあるが、過去にだってあったかもしれないしなかったかもしれない──つまり、そんなことはどうでも良いのである。
クオンは『勇者王の軌跡』を辿るために。
ブルーベルは『咎の花』を持ち帰るために。
その2つは恐らくは同じモノ──あるいは限りなく似たものであろうことを2人は理解していた。
「にしたって広すぎ。あんな羽虫たちが生きるのにこんな広さいる?」
げっそりしたブルーベルの眼前に広がっているのは常春の世界。いかにも平和ボケしそうな場所だ。何もかもが妖精サイズで、そのくせ普通に広い。この中からどのようなものであるのかも分からない『咎の花』の胤を探し当てるのは非常に困難であった。
「眠るためのアイテム……勇者王たちが残した秘宝か」
「あたしは胤さえ手に入ればおさらばだよ」
クオンの言葉に頷くブルーベル。彼女の目的は最初から咎の花であり、それさえ手に入ればこの『協力関係』からも外れることとなる。
なんかある? というような視線にクオンは黙考する。先日アーカンシェルの台座裏に見つけた『シュペル・M・ウィリー』の銘。妖精郷へ自分たちより前に人が入っていたことは明確で、恐らくは勇者王たちも訪れている。咎の花が真実そこらに咲いている花ではなく、アーティファクトのようなアイテムを示すのであれば──。
「……人が入ることのできる場所は月夜の塔と、妖精城くらいか」
「は? あー……うん、多分。あとは羽虫サイズで使えないし」
クオンの確認に思い返すブルーベル。どこもかしこもちっこい妖精サイズで居住スペースも作業スペースも確保できないと嘆く──勿論嘆いていたのはキモおっさんである──最中、『あそこだけは』人のサイズで歓声を上げていた。いつ思い出してもキモかった。勿論タータリクスの話である。
「なら、妖精城を探す価値はあるだろう。私の探し物……君の探し物も恐らくはそこにある」
随分と自信ありげな発言であるが、ブルーベルとしてはあるならそれで良い。それに咎の花が人間の作ったアイテムであるのならば筋は通っている。大嫌いな錬金術師たるクオンに知恵を請うのは癪だが、タータリクスよりは余程話も通じるし協力もしやすいものだ。
相手を利用しているのはまたクオンも同じこと。クオンがどれだけ活動しようとも、旅人は一律イレギュラーズである。つまるところ、忌避すべきことではあるのだが──パンドラが溜まる。けれども魔種が動けばその対極たる滅びのアークが溜まるのだ。魔種がより活発に動いてくれるのならば、クオンの最終目標にも近づこうと言うものだった。
「では行こうか」
クオンの視線が遠くに見える妖精城に向かうも、隣からの答えは「指図するな」であった。
●
「魔種ブルーベルと、あちらに加担するクオン=フユツキ。彼らの姿が妖精城で確認されました」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)の言葉に幾人ものイレギュラーズが立ち上がった。当然クオンの息子たるクロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)もその1人だ。
妖精城の付近に潜んでいた妖精たちからの情報によると、彼らは妖精城へ入ったきり出てこないのだと言う。何をしているのか、何をしようとしているのかもわからないが良からぬことだろうことは想像に難くない。故に妖精女王を救出したイレギュラーズたちへ何度目かの助けを請うたというわけである。
「ブルーベルは妖精フロックスを捕まえた時、咎の花というものへ案内させようとしたと聞いているのです。妖精城へ探しに行ったのかもしれません」
魔種たち、そしてクオンもまた同じ目的で動いているわけではない。たまたまその過程で一緒になっただけに過ぎない以上、彼らが動くという事は更に先を見据えて何かをしているのだろう。
「彼らをこれ以上自由にさせてはいけないのです。咎の花……も、きっと奪われたら大変なことになってしまうのです!」
咎の花は妖精郷の宝物。咲くと時間を止めると言う伝承を持っている。その伝承通りであるのならば……悲劇などいくらでも思い浮かぶだろう。
「行こう。妖精郷を……妖精をこれ以上傷つけさせるわけにはいかない!」
妖精への正義感を胸に妖精のような小ささになったサイズ(p3p000319)がユリーカの眼前を飛ぶ。何があっても妖精たちを救うのだという愚直なほど真っすぐな想いに、ユリーカは頷いたのだった。
●
妖精城──隠された、地下にて。
「遅い」
「先に言ったのは君だがね」
軽い会話をしながら、ブルーベルとクオンは地下に広がる遺跡を進んでいた。迷う事なき1本道は途中で彼らへ選択肢を与える。
「私は左へ行こう」
「じゃ、右で」
わざわざ2人でまとまって行く必要も無い。これは協力でありながら争奪戦でもある。こればかりは魔種にも錬金術師にも未来を予測する力はないため、運に身を任せる他ない。
ブルーベルと分かれたクオンは途端に曲がりくねり始めた道を進みながら再びの邂逅を果たした息子を思い出す。そして傍らにいた銀髪の少女も。彼女もまたタータリクスがアルベドを作っていたような気がするが、クロバはちゃんと倒せただろうか?
(同じように彼女を壊したのなら……)
彼は、殺してくれるだろうか。
緩やかに登っていた道も終わりが見え、クオンは足を止めた。そこには1つの祭壇がある。安置されているのは探し求めていた咎の花か──いや、これは。
「補助具か」
ひと目みてクオンは落胆の色を滲ませた。確かに力のあるアーティファクトアイテムだ。けれども咎の花と呼ばれるそれではない。それほどに力を秘めてはいない。
しかしそれを調べてクオンは落胆を消す。銘に記されていたその名は勇者王のパーティにいたとされる魔法使い『マナセ・セレーナ・ムーンキー』。持ち帰り、研究する価値があるとクオンへ知らしめるに十分な名であった。
けれどもそれを手にしたと同時、クオンは小さく響いた音に視線を走らせた。今しがた来た道からだ。ブルーベルか。いや、音は複数あるらしい。
「イレギュラーズか」
それは忌まわしき呪いを課せられた──クオンにとっては呪いだ──者たちの呼び名。そして妖精たちにとっては一縷の希望たる存在。
逃げ道はない。交戦は免れない。クロバは咎の花の欠片とも言うべきそれを手にしながら、空いた手で剣の柄へ触れた。
- <アイオーンの残夢>Papaver rhoeasLv:20以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年08月10日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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走る、走る。分岐点でイレギュラーズは二手に分かれてクオンとブルーベルの捜索を行っていた。先の状況は読めないまでも、敵もまた二手に分かれたことを『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)は察していた。
「音色が聞こえるわ。どちらからも」
ギフト《クオリア》が無差別に拾い上げるのは様々な音色だ。仲間たちのものではない音色は自分たちが選んだ道の先からも、そして選ばなかった道の先からも聞こえてくる。リアたちの選んだ道で待ち受ける音色は、もうすぐそこに。
その先にいるのはクオンか、それともブルーベルか。開けた視界の中に映ったのは──。
「──また会ったな、クオン」
低く、重く『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)の声が響く。そこに父との邂逅へ対する喜びなどありはしない。あるのは只々、折り重なって淀むような恨みと殺意である。
一方の名を呼ばれた男は息子の姿に微笑を浮かべた。その面影はあまりにもクロバと瓜二つで、『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は思わず悪友の方を見てしまった。
(……似てやがんな)
向こうは眼帯こそしているものの、見間違えたっておかしくないほどだ。後ろ姿だけを見たのならばクロバと間違って声をかけてしまうかもしれない。一時期深緑で『クロバの姿をした男がナンパを繰り返している』などという噂もローレットでは登っていたようだが、十中八九クオンの仕業であろう。最も、
「やあクロバ、それに銀髪のお嬢さんも。まさか会うとは思わなかったがね」
──似ているのは顔つきだけのようであるが。
銀髪のお嬢さん、と呼ばれた『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)はぐっと言葉を詰まらせる。個人的には思う所も言いたいこともある。けれど、今回はクロバの父たるクオンとの真っ向勝負。タリーア・ペタルを奪取することが優先だ。
(だが、剣聖にして、錬金術師。手練手管、手札の数、練度共に、尋常ではないだろう、な)
『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は蒼の瞳でクロバそっくりの男を見やる。佇まいだけでも感じ取れるオーラは余程の阿呆でもない限り、この男が只者でないと知ることだろう。
(だからなんだってんだ)
けれどもアランは真っすぐクオンを睨みつける。相手が只者ではない、強敵である、だから退くのか? 答えはノーだ。
クロバに「今回は本気で行くぞ」と告げれば当然だと返ってくる。彼からしてみれば因縁相手だ、本気で行く以外の選択肢は持ちえないのだろう。
「あたしは精霊とは親和性が高くてね。だからこれ以上、ここを貴方たちの隙にはさせないわ」
リアはクオンを睨みつける。精霊、妖精たちの旋律は言葉と共に助けを求めており、それを聴いてしまったからには助けない訳もない。
「圧されるなお前ら! 剣聖がなんだってんだよ!」
アランの声が響き渡る。吠えるようなそれと共にリミッターを外したアランは異形の大剣へ紅の闘気を揺らめかせ、クオンへの肉薄とともに上段から振り下ろした。鋭い切り込みに、けれどクオンも動じた様子はない。
「錬金術師でもあるのだがね」
「無から有は、錬金術師とて生み出せない。剣聖も剣あっての号、だ」
エクスマリアの瞳とクオンのそれがかち合う。藍方石のような瞳が煌めいて、まずいと思ったのかクオンはすぐさま視線を外すが、一瞬遅い。膨れ上がった──否応なしに膨れ上がってしまった魔力がクオンへ痛みをもたらす。小さく舌打ちをしたクオンはタリーア・ペタルを3本指で器用に握ったまま、残りの2本指で何かを取り出した。それが錬金術の媒体となる鉱石だと気づく頃にはむくむくと変質を始まっている。それは変化し、膨れ上がり、首をもたげ。エクスマリアの方向へ一直線に硬質な大蛇が叩き込まれる。
(なるほど。次は、躱してみせよう)
クオンの一挙一動、その肉体の駆動や視線の運び。手にした道具。ひとつひとつを追っていけば攻略できない相手などいない。
「後ろは任せたわよ、お姫様」
「ええ、任されたのだわ!」
味方へ聖躰降臨を付与するリアの後ろで『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)はタクトを振る。その心に燻る嫉妬の炎は、未だ消えていない。それでも『生命線』と言ってもらえたことが、頼ってもらえたということが少しでも華蓮を前向きにさせる。
生命線であるならば──自らが落ちることなど許されない。ガス欠になる事だって許されない。焦らないようにと言い聞かせながら、華蓮は天使の歌を響かせた。
「ねぇ、もう3度目。いい加減お互い見飽きたでしょ」
肉薄し、誘惑するように舞う『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)へクオンは付き合うようにステップを踏みながら肩を竦める。否定が無いという事は同意ということか。
ミルヴィのステップの合間を縫うように、爆炎がクロバごとクオンを包み込む。休むことなき剣技は正確にクオンの余裕を削いでいった。
「昔に比べたら腕を上げたな」
わざわざ過去を引っ張り出すクオンにクロバはあからさまな嫌悪を滲ませる。当たり前だ、あれからどれだけの時が経ったと思っているのか。そしてどれだけ──クオンの剣を見てきたと思っているのか。
毎日打ち負かされても懲りずに挑んだ日々と、この混沌に召喚されて更に鍛え上げた日々。成長しないわけがない。けれどもこれまで、こうして暗躍していたクオンもまた途方もない鍛錬を続けてきたのだろう。クオンがそこまでして強くなり、何を為そうとしているのか、このパーティの中で最も相手を知るであろうクロバにも分からない。
けれどもそんなもの、分からなくて良いとも思う。余計な情報は復讐の心を鈍らせるだけ。研いだ心の刃をなまくらにしてしまう。故にクロバは全力でクオンの太刀筋を見て、構えを見て、その戦いぶりを記憶から掬い上げて応戦する。
(致命的な一撃は絶対に受けられない)
是が非でも躱さなければ命が危ぶまれるだろう。けれども技を見た時にはもう遅い、避けるならば構えから察する他ないのだ。或いはクオンに息つく暇さえ与えず叩きのめすか。
(復讐なんて、賛同したくは無かったケド)
ミルヴィは鬼気迫るクロバへ一瞬視線を向ける。少し前まではそんなものに呑まれてはならないと考えていたが、今なら少し分かる気がするのだ。他でもない、喪った父が果たせなかったのだから。
(果たさないと前に進めず、囚われ続ける……あの人はそう言ってた)
そして父は果たすことが出来ず、ずっと囚われ続けていた。きっと果たしたかったことだろう。ずっと傍にいたわけではないけれど、肌で感じていた。それを思い出した、だからクロバのことも自らの勝手な尺度で量ってはならないのだ。
(果たしてアンタは──前に進むんだ!)
そのためならばとミルヴィはより一層激しく舞い踊る。彼が目指すべき1歩はもうそこにあるのだと、信じて。
「いいね、ツワモノと戦えるなんてワクワクする!」
仲間たちとの戦いぶりは短いものであるが、それでも『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)にとっては充分強さを認めるに値する動きで。瞳を輝かせながら機械の右手を握りしめる。ああ、なんてワクワクするんだろう!
もちろん狙うのはその手にあるタリーア・ペタル。そればかりは奪取しなければならない。けれどもイグナートの狙うはそれだけにあらず。
「ユダンしてくれるならそのクビも貰っていきたいな!」
突き出された拳は、凡そ拳とは思えぬほどの威力でもってクオンへ叩きつけられる。はっとその威力に気づいたクオンは辛うじて刀身で受け止めたが、それでも反動で踏ん張っていたはずの足が後退した。狙われたのはその言葉通り、首である。まともにくらえば首がちぎれ飛んでいたかもしれない。クオンの視界に入ったイグナートは、彼の持つ星の加護も相まって自身同様に只者ならぬオーラを感じさせた。
「……強いな」
思わず呟いたクオンにイグナートがすがすがしい程の笑みを浮かべる。依頼は依頼だが、単純に強者と戦える場がイグナートにとっては居心地良い。クオンとの戦いはまさしくそれに匹敵するものだろう。
不意に天井近くから落ちた無数の矢をクオンは横っ飛びに避ける。視線を向ければ新たな矢を大弓に番える『風吹かす狩人』ジュルナット・ウィウスト(p3p007518)の姿があった。
「ちぇ、避けられちゃったカ」
部屋の限界まで下がったジュルナットは、それでも苦戦する立ち位置でしかない。そもそもこの部屋がジュルナットには狭かった。けれどもそれならそれで、やり方を変えてできる事を全力でこなす他ない。
「さあ、いつまで逃げ切れるかナ!」
彼の番える矢は素早く無数に放たれながら、決して味方を射ることはない。それらを躱し、また他のイレギュラーズの攻撃を受け流していたクオンは、突然目の前を闇に包まれ瞠目した。
「ふふ、少しは成長できたのですかね」
『嘘に誠に』フォークロワ=バロン(p3p008405)はクオンを包んだ黒いキューブを見て、瞳を眇める。あの姿を見て思い出すのは前回の戦いだ。
(こんなことで実感したくはなかったのですが)
もはや自分が感じることはないだろうと思っていたものは、皮肉にもこの男に対する敗北で感じざるを得なかった。為すすべなくあしらわれたことへの思い。被りなおすはずだった仮面は今や罅が入ってしまっている。それほどにこの男に与えられたものは強く、フォークロワを揺さぶった。
溜めに溜めていたそれは、件の敵を前にしてようやく放出される。
「前回の雪辱──ここで果たさせていただきますよッ!」
「やれやれ……全く。君たちと遊んでいる暇はないのだが、致し方がない」
遊んでやろう、と言わんばかりにキューブを抜け出したクオンは剣を構えた。最も錬金術師でもある彼は剣技だけに留まらず、瞬時に錬金術による攻撃や強化、イレギュラーズへの弱体化も行ってくる。隙あらばとイレギュラーズはタリーア・ペタルに手を伸ばすが、その程度では奪わせないところは流石だ。
「リアさん、手伝って!」
華蓮は押されてきたことを感じ取るなりリアへと叫んだ。頷いた彼女は魔法のヴァイオリンを顕現させ、その長剣を弓として優しい旋律を奏でる。
(嫉ましい。妬ましい。……でも、心強い)
頼りになるばかりの旋律が、仲間を癒すそれが華蓮の耳には辛く聞こえて仕方がない。けれど全ては自らの心の問題で、仲間たちになんら過失があるわけではないことも理解している。
ぐっと唇を噛んだ華蓮もまた仲間の態勢を立て直すため、癒しの力を行使する。最も弱体化は2人にどうしようもなく、自然回復するまでリアと2人で回復し続けるしかない。きつい、けれどもリアなら何とかしてくれると華蓮は理解していた。理解しているからこそ嫉妬していた。
(まるで魔種みたいなのだわ)
ずっとずっと嫉妬の海に沈んでいる。嫉妬に狂ってしまいそうになる。絶望の青へ赴いてからずっとだ。いつだって他人の強さや意思に羨んで、妬んで。けれどこの戦いを勝つことができたら──何かを変えられるような気がした。何が変わるのかも分からないけれど、とりあえず前へ1歩進めるような気がしたのだ。
一条の光。それを掴むためにはクオンにも、自分にだって負けられない。微かな追い風が華蓮の背中を『頑張れ』と言うように押したような気がした。
一方のリアは、味方を癒す旋律を奏でながらクオンの音色に小さく眉を寄せる。もっと気持ちが悪くて、耳を塞ぎたくなるような旋律だと思っていたのに。
(この旋律は、何……?)
正常ではない。凡そ普通の人が持ちえない歪みを抱えた旋律だ。彼は敵なのだとはっきり分かっている。けれども、とリアは思うままに問いかける。
「……ねぇ、ひとつだけいいかしら?」
クオンの視線がリアへ向けられる。ミルヴィの舞いに合わせて剣を打ち鳴らし、フォークロワの黒い弾丸に追い掛け回されながらも、器用に意識はこちらへ向けているようだった。ならばとリアもヴァイオリンを奏でながら口を開く。
「あたしは人の旋律が聞こえるの。貴方は……どうしてそんな悲しそうな旋律を抱いているの?」
あまりにも悲痛で、聞く者でさえも胸が締め付けられるような音。
そう問いかけた瞬間、クオンは初めて表情を変えた。ぽかんとしたそれはクロバにそっくりで、けれどそれは本当に一瞬の事。すぐに非道な剣聖の顔になると「さて」とはぐらかす。
「長く生きてもいれば、そんな旋律になるのかもしれないが。私にはわかりかねるな」
嘘だ。リアはそう思いながらも追及はしなかった。この場で追及したとしても、彼はきっと答えてくれないだろうと思ったから。こちらの思い通りに話してくれるとはとてもじゃないが思えなかった。
けれどそれは此方とて同様だ。
「兄上殿、普段はくそヘタレだからできる女たちが支えてあげないと駄目なのよ」
「おい、リア」
「──貴方にはクロバさんは壊せないわ」
リアのカミングアウトに思わずクロバが突っ込みかけるが、後へ続いた言葉に黙り込む。クオンもまた小さく片眉を上げたが、特に何かを言うことはない。
「思い通りにはさせないよ!」
「ああ。仕切り直し、してもらおう」
至近距離に銀と金の煌めき。イグナートの振りかぶった審判の一撃が、エクスマリアの虚脱させる格闘魔術がクオンにかけられた強化を解く。用意が良い、と呟いた彼へ襲い来るのは彼方から放たれる一矢。ジュルナットの其れは彼に回復することを許さない。遅れて飛んだ黒き雫がさらにクオンを苦しめんとする。
「アランさん!」
「ああ!」
愚直なほどに真っすぐな剣筋は、束の間クオンを魅了する。シフォリィの言葉に応え、アランは剣を振り下ろした。これまでのように勇者としてではなく、アラン個人として編み出した技は純粋な殺意を纏う。それはクオンに触れたことで輪をかけて不安定になり、紅色に爆ぜた。同時に隙を見せたクオンへと手を伸ばし、そのタリーア・ペタルを奪取しようとしたが──惜しくもその手はタリーア・ペタルを掠めた程度ですぐさま引かれてしまう。
(だが、行ける。このまま押し込める!)
アランはそう直感する。アランだけではない、今この時こそイレギュラーズが最も攻勢な瞬間だと誰もが捉えていた。フォークロワは黒のキューブで再びクオンを捉え、内包されたあらゆる苦痛を与えんとする。キューブから抜けてきたクオンを攻めるのは攻勢なる剣舞だ。
「これがアタシにできる今の最大限! アンタにはもう何も奪わせない!」
瞬間的に威力と自らの可能性を開放したミルヴィが剣の花吹雪を起こし、同時にクロバが畳みかけるように高速の連続剣を繰り出していく。ジュルナットの矢は皆が狙うタリーア・ペタルを握った手だけではなく、剣を持つ手や足も狙ってクオンを翻弄していた。
「疎かにしないことだネ、油断すると貰っていくヨ?」
一方で休む暇もないほどの応戦に髪を伸ばすほどの隙もないと察したエクスマリアは、フォークロワのハンドサインを見て自分が被害を被らないようにと帽子を確りずりさげる。クオンが気づくほどの間もなく、例えエクスマリアの行動に気づいたとしても対処できないほどの時間。誰もがこの時を待っていたのだ、自らも参戦できないのは惜しいが、誰かがタリーア・ペタルを奪取してくれると信じるしかない。
その直後、クオンの眼前にソレが投擲される。フォークロワが隙を見て投げ込んだそれ──星夜ボンバーが派手な光と音を発する中、イグナートは自らへと注意を引き付けるべく、クオンの正面からその拳を振りぬいた。彼ばかりは手加減不要、奪取を避ける方へリソースを割くのならば彼の拳が骨を折りかねないというほどの勢いでクオンを害するため動く。同時にいくつもの手がクオンからタリーア・ペタルを奪い取らんと伸びて。
「──惜しいな」
クオンは星夜ボンバーのタイミングを狙った面々の手をしっかりと見て避け、そのまま攻撃に転じる。イグナートの右腕は確かにクオンへと届き、当たった肋骨の折れる音を聞いたはずだった。だが本人は痛みも感じないかのように涼しい顔だ。
眼前に現れた彼へフォークロワは危険を察知して半身引くが、それより一瞬早く彼の体を剣が薙いでいく。熱い。焼けるような熱さが薙いでいった軌跡に生まれる。遅れてごぽ、と口端から赤を零したフォークロワはどさりと重い物が落ちる音を聞いた。
(嗚呼……自分か)
道理で近くから聞こえたわけだ、と思ったフォークロワ。その頃には頬に地面の感触があり、傷となった場所は熱いのにその他が驚くほどに冷たくなっている。華蓮の慌てる声を聞きながらフォークロワの意識は闇の中へ落ちていった。
一方のクオンはと言えばそのまま次の標的へ。安全確実な光が部屋を殊更明るく照らす中、彼が狙ったのは──。
「シフォリィ!」
クロバが咄嗟にその身を躍らせる。シフォリィならば躱せるだろうと思っていたアランがぎょっとした目で見たが、さしもの彼でも今から反応したとて遅い。
(強いことも知っている、頼れる人が沢山いることも知っている。だが!)
「クロバさんっ!!」
シフォリィの悲痛な声を背中に浴びながら、痛みと熱に耐えるクロバは目の前の男を睨みつけた。あまりにも自分とよく似た顔の、父親代わりだった男を。
(──ああ、思い返せることは沢山あるんだ)
この男に稽古をつけてもらった時間。
妹に「今日の夜ご飯は?」と聞かれる時間。
安全だと、安心だと思える家で過ごしていた日々。
あの裏切られる瞬間までの、憎らしくも平穏だった思い出。妹の笑顔も、この男の言葉も、クロバはすべて覚えている。クオン本人は忘れているかもしれないし、何故クロバにそう告げたのかもわからないけれど。
「お前が言ったんだ……”愛した女は必ず守れるようになれ”、と」
憎らしい相手の言葉を守るだなんて、皮肉でしかなかった。けれどもクロバはクロバの意思で守りたいとも思ったのだ。だから。
「だから……これ以上、俺から奪うな!!」
血を吐くように叫んだクロバはそのまま崩れ落ちる。シフォリィの視線が思わずそちらを追いかけるが、華蓮の言葉が鋭く刺さった。
「まだ終わってないのだわよ! クロバさんは私に任せて!」
そうだ。まだクオンは倒れておらず、タリーア・ペタルさえもその手中にしている。逃げられたら終わりなのだ。シフォリィはクロバを華蓮に任せると、剣を握ってクオンへと向けた。華蓮はクロバの身体をこれ以降の戦いに巻き込まれないようにと後方へと引きずっていき、応急処置を施す。
「これ以上はやらせねぇ! 砕け散れやクソッタレがァァ!!」
アランの豪快にして鋭い剣撃がクオンを襲う。右手に持つ太陽の聖剣《ヘリオス》と左手に持つ月輪の聖剣《セレネ》──限られた一瞬に込められた全盛期の力はクオンを押しこんだ。仲間の作った隙を突けるならばそれに越したことはないが、それを待ってタイミングを逃すのは惜しい。なれば気にせず技をぶつけていくだけだ。
ジュルナットは射線から味方を外すように立ち回りつつ彼方から一矢を放つ。その直後エクスマリアは長い詠唱を瞬時に完成させ、魔砲を撃った。
それはこれまでの攻撃に比べ、明らかに桁違いだった。ただの魔砲ではない。貫通力に特化し、術者の身をも傷つけるほどの威力。精神力の消費も体力の消費も半端ないが、多大な力の前には同じだけの代償が必要なのだ。
エクスマリアは自身の体が嫌な音を立てて軋んでいくのを感じながら、それでもかの敵を止めるために全力で魔砲を撃つ。クオンを呑み込んだそれは壁の一部を破壊し、地下遺跡を大きく揺らし、壁を大きく抉った状態でようやく止まった。辺りにはもくもくと余韻の煙が充満し、味方でさえも視認しがたい状態になる。しかし城へ向けて空気は循環しているようで、煙は少しずつ通路へと流れていった。
「……至近距離で、それなりの威力しか出せないと思った、だろう。慮外の超火力砲撃は、覿面と、見た」
静かにエクスマリアが告げ、手を伸ばすようにその髪をクオンの方へと伸ばしていく。度重なる仲間たちの猛攻と、エクスマリアが放った今の攻撃を受けて無事でいるとは思えなかった。
(まだ、気は抜けない、が)
さあ、タリーア・ペタルを返してもらおう。これで逃げ切ればオーダークリアである。
エクスマリアから放たれた攻撃は、クオンにとって想定外だったに違いない。けれどもっと驚くべきは。
「っ、まだ生きてる!」
聞こえてきた旋律にリアが声を上げるも、数瞬遅く。
「──全くだ。流石はイレギュラーズと言うべきか」
「……!!」
煙が余韻を残す中から水で出来た龍が突っ込んでくる。川を流れる激流のような勢いで水龍はエクスマリアを、そして巻き込んだ仲間たちを押し流そうとした。その後ろでクオンがゆらりと姿を現す。彼の体は確かに傷だらけで、床に作る血だまりは人間と──イレギュラーズたちとも同じように赤い。そしてそれは常人ならばすでにどうなっていてもおかしくないだろう量に思われた。けれどもまだ満足に動けるのだから驚くしかない。
当のクオンはといえば、やはりまだ身軽な動きで煙が流れていく先──通路へ向かって駆け始める。
「! 待ちなさいっ」
「言っただろう? 君たちと遊んでいる暇はないのでね」
リアの制止に答えながらタリーア・ペタルを手に弄ぶクオン。彼を止めようとするも、圧倒的に火力が足りない。後方に立ちはだかっていたジュルナットは応戦するも、その剣を受けて鮮血を溢れさせた。
「っ、行かせてたまるカ……!」
ぐっと歯を食いしばったジュルナット。ひとひらの思い出を胸に、相棒とも呼ぶべき矢を握りしめた彼がクオンへ振りかぶる。一瞬硬直したクオンは、けれどもタリーア・ペタルを奪えるような隙にもならない内に適切な距離を取ると、ジュルナットへ斬撃を放った。
「無茶をする。そのまま倒れていれば楽だろうに」
「無茶だってやってやるさナ、こんな老人狩人にも多少のプライドはあるんだヨ……!」
糸目の隙間から新緑の色がクオンを睨み据えている。けれどもその体は既にボロボロで、再び立ち上がることはできそうにもなかった。
「貴方は……『貴方が死ぬため』にこんなことをしているんですよね?」
シフォリィが唐突に呟く。クオンの、そしてクロバの視線が彼女へ集中した。華蓮のミリアドハーモニクスが彼女の傷を癒す中、その唇が動く。
クオンが以前言っていたように、タータリクスは彼の研究材料でしかないのだろう。実験のためのモルモット、使い捨ての傀儡。それにしては扱いにくいようにも思えるが、クオンにとっては些末な事なのかもしれない。何はともあれ、真の意味で利害が一致しているのは恐らくブルーベルだけ。
「妖精郷を襲った目的は時を止める秘宝、咎の花……その先にある、強大な力の何か。そう。例えば──」
──貴方ごと世界を滅ぼせるような。
シフォリィの言葉にクオンは瞳を眇め、無言でその先を促す。続ける言葉があるなら続けると良いと。クオンが立ち止まったことを見逃さず、まだ戦う事の出来るイレギュラーズたちの畳みかけるような猛攻をいなしながらだ。シフォリィは未だ涼しい顔でそれをやってのけるクオンを睨みつけながら口を開いた。
「……貴方はクロバさんの復讐心をわざと煽っていますよね。それは、自分を殺してもらう為なのではないですか?」
クオンにとって、手段は関係ないのだろう。封じられた何かに殺されようとも、クロバに殺されようともクオンにとっては用意していた1つのシナリオに過ぎない。複数に張り巡らせたシナリオは、その全てがクオンの死に繋がっている──それがシフォリィの想像だった。
「……終わりかね?」
「ええ。さあ、答えを聞かせてください」
シフォリィの言葉にクオンは良いだろうと頷いた。敢えて教えてやるのはほぼ勝敗を決し、タリーア・ペタルを持ち去ることができるという余裕の表れか。
「まだまだやれるなんてスゴイね!」
これだけの猛攻を受けながら、少なくとも表面上は涼しい顔を装ってイレギュラーズを相手するクオン。イグナートの口から感嘆の言葉が漏れる。だがだからと言って、臆するなどといったわけではない。むしろ逃さない、倒そうという気概は未だ尽きず、イレギュラーズを突き動かしていた。
正中線──ヒトの中心を縦に通る線だ──にある急所を連続的に突いていくイグナートの拳を刀身で受け止め、美しく魔法の銀光を纏うリアの剣筋から急所を庇い。ミルヴィの剣舞が花弁を舞い散らせるが如く視界を見え隠れさせる中、クオンの動きをあらゆる角度から見ていたエクスマリアが、その死角となる場所から蒼の瞳を合わせるも、向こうも向こうで同じように見ていたか──間一髪で視線を逸らされた。その間にアランは両手に顕現した聖剣の残影を構え──力強く地を蹴る。
紅と蒼の光が軌跡を描き、十字の斬撃を放った。獲物を包んだ光の奔流はクオンの剣による防御をすり抜け、かの体を傷つける。小さく舌打ちしたクオンは飛び退り、聖剣の軌跡を払うように自らの剣を一振りした。
「まず、始めの推理は外れだ。この妖精郷に封じられたモノは私を殺すに至らない。強い力は持っているがね」
今クオンが持っているタリーア・ペタルはあくまで封印の補助具。他にも封じるための道具があるのだと示唆され、そこまでしなければ封じられない存在を、それでもクオンは『自らを殺せない』と断じた。ならば何故なのかと眉根を寄せるシフォリィだが、そこを深掘りする気はないらしい。クオンが叶えてやるのは推理の答えだけだ。
「だが、最初の問い──これはまあ、正解と言って良いだろう。クロバに関する推理も」
クオンが死ぬ為にこのようなことをしているという事。
その手段としてクロバに殺されるよう、彼の復讐心を意図的に掻き立てている事。
「現に、クロバは私を殺そうとしてくれているだろう? まだ未熟ではあるようだが、ね」
その時、ふつりと。シフォリィは自分の中で何かが切れる音を聞いた。
「シフォリィ!?」
ミルヴィの叫びに応えることなく、シフォリィはクオンへと切りかかる。そこに込められているのは純粋な怒りだった。
(私は、知ってる)
彼が軟派なように見えて本当はナイーブなことを。
彼が誰かの為に戦える優しい人だということを。
彼がこの復讐を苦しみながら決意したことを。
それがクオンによって引かれたレールの上だなんて許さない。人の心が分からない男のせいで、愛する人がどれだけ苦しみぬいたか!
「大切な人を喪う事が! どれだけ辛いか──貴方には解らない癖に!」
悲鳴にも近い叫び声がシフォリィの喉から振り絞られ、白銀の煌めきが真っすぐにクオンへと振られる。吸い込まれるように体の中心へと向かっていたその刃は、しかしクオンの剣に弾き飛ばされた。
「……知っているとも」
反動にたたらを踏んだシフォリィを、クオンが射るような目で見つめる。その呟きも、その剣筋も本人が意識するより早く零れ、動いたものだろう。
ぁ、とシフォリィは呟いた。目の前にいるのはまごう事なき死神。その結果を笑うことも嘆くことも悲しむこともなく、只々『死』という事実のみを与えようとするモノ。
「シフォリィっ!!」
愛する人が自分の名を呼んでいる声。彼とそこまで距離が空いているわけでもないのに何故か遠くに聞こえて、死神から突き出された剣が──。
「させるかぁっ!!!」
その叫びがスローモーションから現実へと帰らせる。
剣とシフォリィの間に引き締まった肉体が立ちはだかる。剣はそれでも勢いを止めることなく、庇ったアランごとシフォリィを突き刺した。
「アラン、さ、」
「ってぇぇぇ……な!!」
アランが激痛をこらえて大剣を振り、クオンは剣を抜きながら飛び退る。勢い余った異形の剣は床へ突き刺さり、ぼたぼたと血を零しながらアランは崩れ落ちた。動けない。今しがたの一撃で動くための力をごっそり落としてしまったようだ。
「リアさん、シフォリィさんを! 私はアランさんの対応をするのだわ!」
「任せてちょうだい!」
華蓮とリアの言葉を聞きながらアランは唇を噛む。そんな痛みでもなければ自らの意識を保っていられなさそうだ。
(ああ、全くままならねぇ……!)
クロバとシフォリィ、どちらかでも欠ければ圧倒的に不利となる。わかっていた、わかっていたはずじゃないか。けれどクロバは愛する人を守るために盾となり、アランもまたそうなろうとしてなり得なかった。
「……よく生きているものだ」
「はっ……狙いをズラした程度だろ」
クオンから零れ落ちたそれは素直に賞賛に値するもので、けれどもそれを素直に受け入れられるような性質ではない。
けれども真実、アランは狙いをズラした上で生きており、また意識も保っている。本来ならば先ほどの一突きはシフォリィの命を奪い去っていただろう。
けれども、勝敗は今度こそ決した。
「ク、ソ……!」
後方へと下げられたクロバは震える手を伸ばす。何度こうして手を伸ばしても、何度挑んでも。いつだってあの男は同じだった。
(俺は、あの男に届かないのか……?)
視界が揺らぐ。ボヤけていく。クオンが去る手前には膝をついた仲間がいるのに。シフォリィを庇ったアランが、それでも一太刀を受けたシフォリィがいるのに。それでもクロバは幾度も見た背中を凝視せざるを得ない。
(復讐は、とめられない)
だってそうでなければ、あの世界で死んだ妹が報われない。この混沌に召喚され、ローレットで情報屋見習いをしている妹はあくまで並行世界の妹なのだ。
「……クオ、ン」
呼んだ名前に応えはなく。
投げた言葉に振り返らず。
冬月久遠はイレギュラーズたちの前から去っていった。
●
行きに登ったのならば帰りは下り道。クオンの足は止まらねど、そこには確かに疲弊があった。
(あともう1歩があったのならば……いや、)
もしもを考えかけてクオンは頭を振る。あくまで辿り着かなかった可能性だ。タリーア・ペタルはクオンの手元にあり、イレギュラーズという障壁も退けてみせたことだけが真実である。
『大切な人を喪う事が! どれだけ辛いか──貴方には解らない癖に!』
先ほどシフォリィと呼ばれた少女が放った言葉は、何よりもクオンの心に痛みを与えた。そう、自らに心などというものがあったことを気づかせるくらいに。
(知っている、知っているとも)
言葉に出来ないような絶望は決して癒えない。それでも進むのは『彼女』が大切だった、いや大切だから、だ。
分岐していた道の合流に差し掛かった時、クオンは思わず足を止めた。漂う『冷気』に気づいたからだ。それがなんであるのか、気づくと同時に口角が上がる。
どうやら、あちら(ブルーベル)も上手くやったらしい。
クオンの向かった先が外れならば、ブルーベルの向かった先が当たりだ。クオンの奪取した補助具が欠けた程度で封じられていたモノの力がここまで漏れ出すことはない。クオンは研究対象となる補助具を得ることに成功し、ブルーベルもまた彼女の探していたものを奪い取れたというわけだ。
封じるアイテムがなくなってしまえば、それが出て来るのは道理だろう。常春であるアルヴィオンでは受け入れがたいモノ──封じられし『冬の王』の目覚めだ。
「その力、私が頂こう」
生きとし生ける者の命を根こそぎ奪っていくようなそれがクオンを取り巻く。常人であれば既に彼岸へ渡り切るような力の奔流をクオンは自らへ向け、集約させて。
「っ、ハハ、」
嗤った。嗤うしかなかった。妖精郷における目的は自身の予想よりはるかに早く達成されてしまった。
嗚呼、タータリクス、お前も用済みだ。可愛い女王と共に生きるため、この狭い妖精郷で足掻くと良い。生憎とクオンの目指す先はこの場所ではないのだ。
クオンは歪な笑みを浮かべながら来た道を振り返る。イレギュラーズたちがまだ追ってくる様子はない。こちらもそこそこの傷は受けたが、あちらも相当の痛手であろう。その中に含まれる息子を想い、そして銀髪の彼女を想い、クオンは瞳を眇めた。
「またどこかで会おう。黒葉」
──この後、冬月久遠の姿は妖精郷のどこにも見つからなかった。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
傷を癒してください、イレギュラーズ。
まだひと心地つくには早いです。
また、ご縁がありますように。
GMコメント
●成功条件
タリーア・ペタルの奪取、撤退
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態が発生する可能性があります。
●クオン=フユツキ
クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)さんの関係者であり父親代わり。錬金術師であり、”剣聖”という異名を持つ者であり、そして真理に触れてしまった不老不死。旅人として召喚され混沌肯定『レベル1』により弱体化しましたが、かなりの力を取り戻しています。
全体的なステータスは高めです。剣による物理攻撃を中心としますが、神秘にも精通しています。また【必殺】の他BSも仕掛けてくるでしょう。
タリーア・ペタルを手にしており、持ち帰るつもりです。そう易々と奪わせてくれません。そして生半可な力ではイレギュラーズが撤退する余力すらないでしょう。
●タリーア・ペタル
咎の花の欠片。この妖精郷に眠る秘宝の補助具に当たるもののようです。片手で持てるほどの、小さな台座にくっついた珠です。台座には魔術師ムーンキーの銘が刻まれています。
現在はクオンの手の中にあります。具体的にどのようなものであるのかは持ち帰らなければわかりません。
●フィールド
タリーア・ペタルの祭られていた部屋。さほど大きな部屋ではなく、レンジ3までが限界でしょう。続く通路は緩やかに下り、やがてもう一方の道と繋がって最終的に妖精城へ出ることができます。
※ブルーベルの進んだ道へ行く余裕も時間もありません。
●ご挨拶
愁と申します。
今回はあくまで宝の奪取が成功条件です。目的をゆめゆめ忘れないようにお気を付け下さい。
また、夏あかねSDのシナリオと排他処理が組まれていますので、どちらかのみご参加頂けます。
ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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