シナリオ詳細
再現性東京2010:希望ヶ浜学園オリエンテーション
オープニング
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そこはまるで――《東京》であった。
再現性東京――それは練達に存在する『適応できなかった者』の過ごす場所だ。
考えても見て欲しい。何の因果か、神の悪戯か。特異運命座標として突然、ファンタジー世界に召喚された者達が居たのだ。スマートフォンに表示された時刻を確認し、タップで目覚ましを止める。テレビから流れるコメンテーターの声を聞きながらぼんやりと食パンを齧って毎日のルーティンを熟すのだ。自動車の走る音を聞きながら、定期券を改札に翳してスマートフォンを操作しながらエスカレーターを昇る。電子音で到着のベルを鳴らした電車に乗り込んで流れる車窓を眺めるだけの毎日。味気ない毎日。それでも、尊かった日常。
突如として、英雄の如くその名を呼ばれ戦うために武器を取らされた者達。彼らは元の世界に戻りたいと懇願した。
それ故に、地球と呼ばれる、それも日本と呼ばれる場所より訪れた者達は練達の中に一つの区画を作った。
再現性東京<アデプト・トーキョー>はその中に様々な街を内包する。世紀末の予言が聞こえる1999街を始めとした時代考証もおざなりな、日本人――それに興味を持った者―――が作った自分たちの故郷。
その中の一つ、2010街『希望ヶ浜』には『希望ヶ浜学園』と呼ばれるマンモス校が設立されていた。
ばちりと音を立てた電灯に蛾がぶつかっている。ローレットに連絡があったのはこの学園への『編入』手続きを終え、学生や講師として参入して欲しいという練達は実践の塔、塔主の佐伯・操によるオファーであった。
――君たちは怪異のプロフェッショナルだろう? 一つ頼まれてくれないか。
そう切り出されたのは彼女が理事を務めるという『怪異への対処』を行う希望ヶ浜での活動であった。練達国内で起こる怪奇現象への対処を行うための人材育成。特異運命座標は学生達にとっての規範となり揺る存在であり、同時に、怪異への対処を行う人材としての『パートナー登録』を済ませて欲しいのだという。
難しいことでは無い、と。希望ヶ浜に送り出された特異運命座標の前にはにこやかに笑みを浮かべた黒髪の少女、音呂木・ひよのとローレットのイレギュラーズである月原・亮(p3n000006)が待っていた。
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「こんにちは、編入希望 さん。私は音呂木(おとろぎ)・ひよのです。
希望ヶ浜学園に所属する――まぁ、怪異のプロフェッショナルと言うところでしょうか?」
微笑んだひよのは「理事長と校長から皆さんのことを任されたのです」と微笑みを浮かべている。彼女の手に握りしめられた小型の電子機器はaPhone(アデプト・フォン)――其れはスマートフォンと呼ぶものだ――と言い、希望ヶ浜の内部ではAnet<アデプト・ネットワーク>を使用して連絡ツールとして使用できるらしい。
「ひとまずは、私と連絡先を交換しておきましょう。今日は必要ないんですけれども……」
――必要ない?
「はい。此の儘、説明をしながら『実践的』に理解していただこうと思っています。
希望ヶ浜の事で認識していただきたいのは大きく3つです。大丈夫、簡単ですよ。まあ、私は嘘つきなので話半分くらいで納得してくれれば良いですが」
「音呂木」と亮の窘める言葉を聞いてから、ひよのがぺろりと舌を見せる。集合地点とされていた希望ヶ浜学園の校門は固く閉ざされており現在時刻は21時だ。
「まずは1つ目。この学園は怪異――『悪性怪異:夜妖<ヨル>』の討伐を行う者の人材育成の学校です。
つまり、外の街で言う所の都市伝説がこの継ぎ接ぎだらけでできあがった再現性東京<アデプト・トーキョー>の中には生まれたと言うことですね。そうした者を撃破するための人材が必要となった。しかも、『この区画での行動を理解している人材』です」
「この区画での行動?」
「ええ。皆さんの中にはこの区域こそが異質に見える人もいるでしょう? インターネットや携帯電話が存在し、大人は仕事に行き夜遅くまで働いている。子供達はファーストフード店で食事を取りゲームセンターで遊んだり学校行事に取り組み部活動で汗を流す。そんな『物語の中のありきたりな日常』がここにある。
私たちに――再現性東京の住民に、混沌世界は受け入れられなかった。だからこそ、ここに『元の世界』を作ったのです。それを『壊さない』――と言うことだけ。重々ご承知おき下さいね」
そう。『怪異の秘匿』が絶対条件なのだ。理解ある学園内では『本当のあなた』の姿は受け入れられる。だが、常人離れした行動に、魔術。極端に高い運動性能――そして『人外の姿』はこの街では酷く恐れられるのだ。怪異との戦いの中で力の行使は認められている。
「何故? ――『常人離れした私たちも彼らにとっては怪異と大差が無いから』ですよ。
まあ……怪異の秘匿は掃除屋と呼ばれる者達が浮世離れした痕跡をすべて消してくれますから安心してください。
では、その2。学園の近くには『カフェ・ローレット』と言う場所があります。名前の通り皆さんの拠点であり――普通のカフェです」
「……まあ、多くの人からすれば一般的なカフェなんだけど、俺たちにとっては『夜妖<ヨル>討伐拠点』の一つになるわけ。
カフェとか学園から夜妖<ヨル>討伐の指令が来た場合は皆の持っているaPhoneが鳴るから」
Pi――――
「月原君、鳴ってますよ」
ひよのの声で亮はポケットの中におざなりに突っ込んでいたaPhoneを慣れた仕草で取り出した。着信表示はメッセージ。
――急行サレタシ――
「行けって」
「ええ。そろそろでしょうね。さて、その3については『現場』でお話しします」
ひよのが向かうと指さしたのは希望ヶ浜学園の構内の片隅に存在した旧校舎であった。木造建築のその場所は寂れており、二階建てだ。慣れた様子で歩き出す彼女の足取りを見ながら亮は溜息を吐く。
「気付いた?」
勿論、勘の良い――いや、先ほどまでの様子を見ていた――者ならば気付いた事だろう。
《集合地点とされていた希望ヶ浜学園の校門は固く閉ざされており現在時刻は21時だ。》
先程まで、固く閉じられていた筈の校門は開いており、その向こう側に見えた旧校舎の玄関扉も開け放たれている。普段は固く施錠をされ進入禁止の看板が掛けられているがその看板は遠く校庭まで飛ばされている。
「夜妖<ヨル>が呼んでるんだよ。俺たちのこと。……まあ、校長も、音呂木も『オリエンテーション』だって行ってたから気軽に構えようぜ」
現在時刻は21時58分を指し示す。早くと呼ぶひよのは旧校舎の玄関ホールに立って皆の入館を勧めた。
全員がホールの中に入った時点での旧校舎の《時計は21時59分》。秒針が動き――かちりと大仰な音を立てた途端に。ばたん、と音を立てて扉が施錠された。
「では3つ目。夜妖<ヨル>とは外で言うところのモンスターや都市伝説。それに類する存在です。
ビルの隙間から覗く烏や自殺者が続出するビル、隣に座っていたサラリーマンが人間で無いかもしれない。
インターネット上でチャットをしている相手だって人間だという保証はありますか? そもそも、あなたが読んでいる文章だって人間が作り出した物なのかさえ定かでは無く――読んでいる今現状に現実にいると誰が保証できましょう」
ひよのは微笑んだ。美しく微笑んでから、
「夜妖<ヨル>とはそういう者です」と、そう言ってから。
ぐしゃり、と潰れた。
「……今回のオーダーの夜妖<ヨル>は『旧校舎の怪』。
今から時計が0時になるまでに『脱出するための鍵』を構内から探さなきゃいけない。
ここは幸いにして学内だから人に見られる心配もなけりゃ、何かあれば助けが来る可能性もある」
「おや、いけませんよ。月原君。これはオリエンテーションなのですから。助けが来る程度の生半可な感じでは死に損でははありませんか」
背後より声が聞こえる。血濡れになった音呂木ひよのはくすくすと笑っていた。今まで目の前で潰れていたはずの肉はもはや消え失せ、血の海だけが広がっている。
「この夜妖<ヨル>は、このフィールドは『死ねません』。死んだとしても玄関先で生き返らせられて再スタートを取るのです。
0時になると強制的に外に出されこの夜妖<ヨル>を倒すことは出来ません。また、明日。リトライ。
OK? ――つまり、さっき私が死んだように皆さんだって死ぬかもしれないのです。誰に殺されるって?」
にこりと微笑んだひよのが後方を振り返る。ぺたり、と音を立てたのは素足の足だった。長い黒髪を足らした女が気味の悪い笑みを浮かべている。顔は見えないはずなのに、何故だか笑っている気がしたのだ。
「―――彼女たちから。では、死にたくないので逃げましょう。
いいですか? 鍵を探すのです。何処にあるかは『知りませんよ』。校長に聞いて下さい、そんなもの」
- 再現性東京2010:希望ヶ浜学園オリエンテーション完了
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月20日 23時20分
- 参加人数30/30人
- 相談10日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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ギィ――重苦しい音と共に完全に『閉じた』扉の事を気にしている場合ではないだろう。
物の見事に『一発即死』で死に戻りを果たしてきた音呂木・ひよのは「頑張って下さい」と柔らかに笑みを浮かべている。突如のことではあるが、ある意味で慣れっこで有るかのように『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は深く溜息を吐き出した。
「やれやれ……なんてオリエンテーションだ」
そう、これはオリエンテーションだという。希望ヶ浜学園へと初めて足を踏み入れることとなるイレギュラーズに夜妖についてより詳しく教えたい――と言う趣旨の元、危険も少なく且つその存在を認識して貰うが為の『ちょっぴりバイオレンス』な催しなのだ。
「オイオイオイオイ、何だこりゃ? 東京?
一瞬元の世界に戻ったのかって錯覚しちまったぜ……」
ひよのや亮が手にしていたaPhoneのことも考えれば『元の世界』に戻ったかのようだと『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)は頭を抱えた。
「希望ヶ浜学園……まさかもう一度、元の世界のような学園を目にすることになろうとはね。
懐かしさやら何やらで混乱しそうになるが、個人的に嬉しいことには変わりない、か」
元々は余り学校に通えなかった事もある。この『再現性東京<アデプト・トーキョー>』での活動は実に有意義な者になるかも知れないと『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は僅かに期待を込めてオリエンテーションに臨んでいた。
じい、とひよのを見詰める『Ultima vampire』エルス・ティーネ(p3p007325)はどうにも自分自身と彼女に似た点があるような気がしてならなかった。深い青色の瞳に、長い黒髪をしたエルスと、鮮やかな空色の瞳にエルスよりも短いおさげ髪のひよの。
160cmは有るであろうすらりとしたひよのとは20cmの差はあるが自身の身に纏う色彩と彼女は似通っている気がして――つい、目で追ってしまうのだ。
「何か?」
それは決して冷たくもないが優しくもない。音呂木・ひよのという少女はそう言う性格なのだろう。いまいち『読めない』が、敵愾心があるわけではないだろう彼女の声音にエルスはいいえ、と首を振る。
(初めて会ったはずなのに、どうしてこんなにも親近感が湧いてしまうのだろうか。
変な人だと思われないように隠しておかなくちゃ……だめね、もう……。
彼女は敵かもって疑ってる人もいるかもしれないのに)
考えている暇はないか――ひよのは「おっと、そろそろ失礼を」と突如として走り出す。その意図に気付いたように『二輪』アルプス・ローダー(p3p000034)は千尋を呼んだ。
「つまり? 俺たちは何しろって? あーはいはい、OK理解。
へー、何度も死んで鍵探せって。なるほどなー。……は? なるわけねーじゃん! 脱出――」
「――するっきゃねぇべ!」
背に乗せて、ハンドルは任せたとアルプスが千尋に告げれば「OKベイビー」と楽しげな声が届く。校舎の中を走っちゃいけませんという校則があるかないかは定かでないが先に走ったひよのが悪いというとこで。
「いやぁよく出来ていますね、日本の東京の校舎そっくりです。
怪異相手に死に覚えゲーをする羽目になるとは思いませんでしたが」
そう、死にゲーなのである。何度死んでもライフ消費もなく蘇りますなんて信じられない芸当を目の前で実演されたならば納得しないわけでもない。
「凄くスリリングで面白そうだ……っと、今回は一応仕事で来ているんだし、なるべく自重しないとね。
月原君は音呂木さんを捕まえたら探索を手伝ってくれないかな? 出来れば人数配分が少ない位置に」
指示を一つ。『夜明けのパーティー』ノワ・リェーヴル(p3p001798)は職業柄探すことと逃げることは得意だから役に立ちたい物だと走り出す。
勿論、今は『開幕ダッシュ』が一番だ。『博徒』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はひよのの背後に立っていた夜妖<ヨル>から逃げ切ることを目的に職員室へとその足を向けたのだった。
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「いやいやいやいや? 確かに検死班っていうのは『死に役』って言ったけど――!?」
廊下を勢いよく走る『新たな可能性』笹木 花丸(p3p008689)は北側校舎の中を移動し続ける。早速探索に取りかかろうと北の校舎――技術棟に移動した一向に待っていましたとばかりに夜妖<ヨル>がにこりと微笑んだ。ぬいぐるみを抱き、膝を抱えて泣いている少女は一見して無害だった。無害だったが……さて、その時のことを思い出そうか――
「よし、よく集まったなァ、野郎ども。俺たちゃ目的は『死ぬ』事だ。
死亡状況、死因、外的要因、再現性を克明に記録して数によるトライ安堵エラーで情報を集める。
対策本部にゃ、頭が良い奴さん達が集まってるんだからそりゃ、一番だろ。
あとJKは最高だっつーことで東校舎で休憩してたひよのも捕まえてきた。よろしく頼むぜ!」
『刑部省さんこっちです』晋 飛(p3p008588)が「JKって最高だぜ」とひよのににんまりとした笑みを向ければ彼女は冷めた瞳で「私が最高なんですよ」と返してくる。
「は、違ェねぇ……っと、ここが北側か。早速、調査を――」
「……何か『居る』ぜ?」
正直、『死ねません』『生き返ります』『死に戻り』『リターン』『リセット』などと言葉を並べ連ねてにんまり微笑んだ突如として姿を見せた希望ヶ浜の少女――しかもカフェ・ローレットのアルバイターで音呂木神社の巫女だとか言う要素ぶち込み過ぎレディ――を信頼しろと言われて「OK」と答えることは『死を齎す黒刃』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)には出来なかった。だが、目の前で身を張って突然拉げ頭を潰して開幕死に顔から晒してきたのだから嘘と疑うワケにも行かない――と言うならば、存分に活用してやるつもりであった。つもり、であったが情報が少なすぎる。
「子供か……?」
シュバルツの言葉にひよのがそろ、そろ、と後退していく。『胡散臭い密売商人』バルガル・ミフィスト(p3p007978)はそのかんばせに笑顔を貼付けたままに「どこへ行くのですか」と問いかけた。
「いいえ?」
「そうですか。貴方は『彼女』を見た瞬間、後退ったように思いましたが……。
まあ、気にしても無意味ですね。折角の『死ねる』という貴重な体験なのですから。積極的に調査していかねばなりませ――」
穏やかに微笑んでいたバルガルが一歩踏み出したその刹那、驚かんばかりに『彼の体が拉げた』。
ぴしゃり、と赤い液体が『看取り役』の『シャウト&クラッシュ』わんこ(p3p008288)にかかる。目を見開く。瞬間的にバルガルの素晴らしい死に様をその双眸に映した彼女は「子供がやりマシタ!」とそう笑った。
「あのガキが夜妖<ヨル>か――って、おい、音呂木!」
「逃げるが勝ちですよ! 『あれ』はね!」
くるりと背を向けて走り出すひよの。わんこはけらけらと笑い始める。ああ、何て愉快で熱烈で痛烈な歓迎か!
「こいつは全く愉快なオリエンテーションデスネ、キャヒヒヒ!!
荒っぽい歓迎は嫌いじゃないデスガ、リトライさせられるのはご勘弁。何としても今夜中に脱出してやりマスヨ! で、逃げるが勝ちデスか?」
けらけらと笑うわんこ。校内の地図と思わしき物は存在していなかったがひよのの言の通りに動けばいとも簡単に校内の様子はわんこには理解できた――が、少しばかり熱烈すぎる歓迎が襲い来る。
「おっと! ひよの! 危ない!」
飛び込んだ飛はJKへの不死身アピールを行うように『子供』の前へと飛び込むが泣きながら目を見開いた少女が飛びかかった瞬間にぐちゃりと自身が潰れたことに気付く。
「うわあ」とひよのとわんこは同時に呟いた。赤い海だけ遺して『玄関』へと死戻りすることになった彼。その様子から見るに2mの距離ぐらいならば飛びかかってくる可能性があるかとシュバルツはひよのを真似てじりりと後方へ下がる。
「アイツの情報は?」
「ま、逃げてみれば良いですよ」
「――何?」
全力疾走し出すひよの。真似る様に花丸とわんこが走り出す。一体何だというのかと言う様に、シュバルツも其れを追えば、背後から「きひひ」と愉快な笑い声が迫り来る。
「追ってくる!?」
「な、成程!? この夜妖は一度ターゲッティングしたら追いかけてくるってワケだね!?」
花丸は成程と叫んだ。一先ずは看取り役――情報を本部へと送信する事となるわんこの離脱が先決だ。シュバルツは振り返り、少女の熱烈なるハグ(と書いて即死技)を受け止めた。
――というワケである。多数の犠牲(?)を孕みながら、現在花丸は少女の夜妖を引きつけながら人の居ない方向へと逃げている。わんこの離脱は成功していたが、どこに行こうが少女はぐんぐんと居ってくる。
校舎端のトイレに飛び込み息を殺している最中、aPhoneが鳴ったことに気付きぞう、と背筋に嫌な気配が走る。
「きひ――」
ひた、ひたと足音がする。女子トイレの中で身を縮めて息殺す花丸は心臓の早鐘さえも外に漏れているのではないかという緊張感を感じていた。
(流石の花丸ちゃんでも、この状況は一発即死決めちゃうんじゃない!? ひー!?)
aPhoneに「死ぬまで追いかけてくるぬいぐるみを持った女の子の夜妖がいる! 現在地はここ!」と入力し、送信。息を潜め、花丸の入っている個室の扉にゴン、という音がし――「見つかった……?」と唇から漏れたが扉は開かない。ほっと安堵して顔を上げた花丸は。
個室の上の隙間からにんまりと笑う少女の顔を見て喉奥から思わず叫び声を漏らした。
「何だ何だ!? おっと、合法的に女子トイレに入るぜ!」
飛び込んできたは飛。そして、続くようにバルガルが顔を出す。少女の脚を掴んだのかずるり、と『姿が見えなくなった』夜妖。べこ。ばき。まるでプラスチックでもへし曲げるような音だけ響かせた後、女子トイレの扉はゆっくりと開かれ、笑った少女と花丸は見事にご対面したのだった。
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「さて、脱出するためには鍵を探せ、か……。
鍵がある場所っていえば職員室だろう。恐らくショットガンやら何やらもそこに……」
『死に戻り』になる玄関ホールと同じ棟内であることで幾人かが返ってきては去って行くその物音を聞きながら『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は職員室の看板が掛けられた部屋へと入っていた。大部屋、そして幾つもの机がずらりと並んでいる旧校舎は使われていない割には生活感を感じさせ、様々なる書類が並んでいる。
「ふむ……2010年教育方針、か」
再現性東京2010と言うだけ有って、『2010年』と書いてある物が多いのだとエイヴァンはまじまじと見遣る。
「ショットガンはなさそうだな」
テーブルの下から顔を出したクロバは白衣が汚れぬように注意しながら探索に当たっていた。幻想及び深緑の歴史学を教える教師として白いシャツに黒いベスト、その上に白衣を身に纏っていた彼は定期的にaPhoneを賜与空いての定期連絡を行い続ける。
「サバイバルホラーとやらでは鉄板だと聞いたんだがな。
まぁ、他にもいろいろな場所があるだろうし。隈なく探索だな……熊だけに」
熊だけに頑張るしかないかと呻いたエイヴァン。夜妖とは幸い遭遇していないだけ職員室の探索は無事に進んでいるが――いざとなれば誰かが囮になって距離を取るしかないだろうとエイヴァン葉考えていた。
「追加地点のマッピングっていうのは出来るのか? この、スマホって奴で……」
「ああ。探索地点だけ伝えておけば『本部』が統括してくれるだろう」
クロバはそう、と視線を『嘘に塗れた花』ライアー=L=フィサリス(p3p005248)へと向けた。
「旧校舎の怪…まあ、うふふ。
……いや怖いですわ。オリエンテーションがハードホラゲーとか聞いていませんわ!?
こほん。入ってしまった以上、頑張って出るしかありませんわね……。そもそも外には出られませんものね……」
呟きながら「居ますわね?」と仲間に問いかけるライアー。彼女はと言えば、ひよのの言った『鍵の場所は校長に聞いてくれ』の言葉が気になり、職員室と隣接する校長室の小窓を覗いていた。
「見えませんわ」
む、と唇を尖らせる。そーっと怪異と出会うことなく此処にたどり着けたのは安堵したが校長室の扉が開かなかったのは悔しい事だとライアーは呟く。
「ほーん……良く出来てるな。こう言う世界もあるんだな……。
再現性東京、希望ヶ浜。受け入れられなかったねぇ……ま、それも選択の一つだろうよ。
環境が変わるのは怖ぇことでそれは否応がなしに人を篩に掛けちまうもんだしよ」
校長室の扉が開かないのはどうした物かとニコラスはドアノブを何度も回してみるが、うんともすんとも行かない。
「鍵の場所を聴こうにも扉が開かないのならば意味がありませんわね」
「まあな……そもそも、鍵ってのは何の鍵だ? 玄関か? 窓か? それとも屋上か? 後、それは本当に鍵の形をしているか、だ」
この扉が開かないというならば校長室の鍵でも必要なのか、とニコラスは呻いた。職員室の鍵置き場の中は教室のスペアキーが存在為ているほか不自然はない。そもそも、その『在り来たりなオブジェクト』と化している其れではないのだろうとニコラスはaPhoneに流れる情報を見下ろした。
「どうやら検死班は北側で夜妖に虐殺されてるみたいだな。『ぬいぐるみの少女』って呼ばれてるが、避ける方法が有れば良いが……」
クロバはめぼしい情報はないかと唸った後、何かの足音が聞こえ皆に伏せるようにと静かに伝令を放った。
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東棟――ブレザー制服に身を包み「大人っぽいかな?」と楽しげに笑み浮かべた『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は『Black wolf = Acting Baron』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の袖をくい、と引く。
「セーラーと迷ったんだけど、こっちの方が大人っぽく見えそう、って思って。
ベネディクトさんは先生なんだね? 再現性東京<アデプト・トーキョー>の服よく似合ってる!」
ああ、と頷いたベネディクトは眼鏡の位置を正す。これが似合うから着用を、と誰ぞに勧められたそうだが――スティアは「眼鏡がとっても似合ってる!」とにっこりと微笑む。
「ヴァークライトは生徒としての参入か? 制服が良く似合っているじゃないか」
「もう一声!」
「大人っぽいぞ」
うふふ、と微笑んだスティア。この空間だけ『死にゲー』ではなく『恋愛ゲーム』の様相ではあるが――彼らが歩くのは絶賛怪異が徘徊中の旧校舎なのだ。普通のクラス教室が無数に並び、代わり映えしないその場所の虱潰しに探索することになるが……。
「しかし、死んでもまた再スタートとは…普通に考えるなら悪夢だな」
死んでも死んでも、何度も玄関からで生き返る。其れを繰り返すというならば死の恐怖は常に隣り合わせに存在し一度きりで終わらず幾重にも恐れを抱えることになるのか。
「それこそ普通の人間であれば心が壊れてしまうだろうからな……」
「うーん、確かにそうかも。痛みとかも感じるなら悪夢だねぇ」
死んでも大丈夫、というのはひよのが『実演』為ていたのだから疑う由はなく、現にaPhoneにも死亡したと言う連絡が何度か入る――大体は特攻部隊『検死班』によるアプローチである面が大きそうだが。
「殺されたらどんな気持ちになるのかな? そしてやっぱり痛いのかなぁ……。
なんにせよ、ここでの出来事に慣れないようにしないといけないね」
外で死ねば一度きりなのだから、とスティアはそう呟いた。この場で死ぬのになれてしまえば、リアルでだって死ぬ事がゲーム感覚になり得る可能性だってある。其れは恐ろしいことだとスティアが小さく息を吐いたその向こう側に人影が見え、二人は息を潜めた。
かちゃ、かちゃ、と小さく音を立てていたのはノワ。ワイズキーで簡単な鍵ならば開けるのかを試していたのだろう。普通教室の鍵は全て職員室に格納されていたと言うことだが……。
「ああ、二人とも……怪しい扉というのはあったかい?」
「ううん。鍵が掛かってると思っても前側は空いてたり、窓が開いてたり、教室の出入りは簡単にできそう」
スティアが肩を竦めれば成程、とノアは小さく呟いた。編入生という立場を使用したが生憎旧校舎についての情報は得ることは出来なかったとノアは告げた。このオリエンテーションがそもそも『準備されたイベント』だからというのもあるのだろう。
「おー、全員、ちゃんとaPhone使えるよな? 俺は慣れてるので使えるが……。
操作方法に不明があれば今のうちに空き教室で少し確認し合おう」
幸いにして怪異は近場には存在して居なさそうだと手をひらりと振った『紅獣』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)。慣れ親しんだ様子であるのは元に居た世界で昔プレイしたゲームのようだと感じているからかも知れない。『ホラーゲーム』というジャンルに該当すると言われれば幾人もの旅人は頷くだろう。死ねないホラーゲーム。ライフも何も存在せずトライアンドエラーを繰り返すというのは面白いには面白いが仕事としては実に難儀だ。
スティアが疑問に感じていた「死んだら痛みを感じるのか」という点一つ取ってみても不安を感じずには居られない。
美術講師の姿をしたルナールは「正直なことを言うが、俺はこの手の探索系は苦手の一言に尽きるんだが……教室や教卓、窓際、取り敢えず一通り調査してみるか」と告げた。
頷いたベネディクトはaPhoneの使い方をしっかりと把握したとルナールに礼を言い、机の中を漁ってみるが放置された教科書の他、何かおかしな点はない。
「掃除用具入れの中、それから窓の外は警戒が必要か……?」
「「窓の外?」」
ベネディクトに返す声が一つ。わあ、と驚いたように肩を跳ねさせたスティアの傍らで『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)は「やあ」と手を振った。
「怪異、夜妖とか言ったっけ。なんだか、この世界の中でも一等に異色な印象だね。
制服を着て学生をするっていうのも、うんうん、面白い。けど、それって和服を着るカムイグラも同じか。所変われば姿変わる、的な」
猫のように気まぐれに微笑んだバスティスに驚いた、と胸を撫で下ろす一行。バスティスは角を曲がって教室の中に顔を出したのだという。夜妖と遭遇していなかったがaPhoneの情報を見れば北は大混乱状態、南では職員室の探索に手間取っているらしい。
「んー……こうやって『歩いてみるだけ』でも摩訶不思議と言う感想。
何て言うかカムイグラの妖とはまた違う『地域性』を感じるというか……」
『非日常』から目を逸らそうとした『非日常』の集合体。日常を謳歌する人々の心にひっそりと存在する『有るかも知れない』が形作られた。それが顕現した形と思えば面白くて堪らない。
「例えば、どういう所に『おばけ』っているのかな? 実は『死』ぬの久々で知識がないんだよねー」
バスティスの言葉にルナールはそうだな、と唸った。ホラーゲームで言うならば、ベネディクトが指し示した掃除用具入れの中も危険はいっぱいの筈だ、そして――
「こういう曲がり角ってヤバイんだよな、遭遇率」
「あ、フラグ」
次の教室へ向かおうと一行が外へと出、ルナールが指さした曲がり角の向こう側に立っていたのは無数の男。バスティスは「あちゃー、抉れてるよ-」と男を指さした。その死に様が検死班が我が身で体感した『死に様』と酷似しているというならば少女の夜妖による犠牲者か。
「撤退だ」とルナールが後方へ下がる。ベネディクトが教室に戻り机を投げればバスティスが鮮やかな光を放ち「目眩まし!」とからりと笑った。
「さて、とりあえず、数千年ぶりに死ぬ事になりそうかな? 久しぶりだから緊張するなぁ!」
「ががーん!? 緊張するだけで済む!?」
走り出す一行。ノワが扉は開いた、と手招けば、空き教室の中にその身を滑り込ませ、息を吐く。
廊下をずるずると蠢く怨霊達の動きはどうやら遅いようだ。
「……撒けたか?」
ほ、と息を吐く。新しい教室だ。窓から廊下を見れば2-1というプレートが下がっている。
「一先ず何かを探してみようか。探索はさっきと同じで」
教卓にそっと手を掛けたノワが「わ」と小さく声を出す。
「……あれ?」
バスティスが振り向いたその向こう側――ノワはもう、其処には存在していなかった。
●
『我儘に付き合ってくれてありがとな!
俺さ、元の世界では結局卒業できなかっただろ?
だから、どうしてももう一回高校へ行きたかったんだよ。嬉しいなぁ、楽しみだなぁ! 夜妖退治も一緒に頑張ろうな』
やけに饒舌なうつろに稔は「あ~はいはい」と気の抜けた返事を返した。『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)はと言えば、楽しげに心を躍らせる虚の意思を尊重しての希望ヶ浜学園への参戦なのだろう。
「そりゃ良かったな。お陰様でこっちは最悪の気分だ」
『え?』
「お前の未練の為に時間を無駄にしなきゃならないことも、訳のわからん化け物に殺されなくちゃならないことも、全て不満だ」
ぶつぶつと呟いた。表情にこそ出ないが虚は『まあ、稔はそう思うか』程度に感じたのかも知れない。長らくの『同居』状態であるからには慣れも必要だ。そして、喧嘩している場合じゃないと言う状況なのはaPhoneに流れてくる情報で嫌と言う程に分かっていた。
――東棟側、リスポーンしました。
「うげ」と漏らした稔はいけないと言わんばかりに息を飲む。くるりと振り向いたのは『半人半鬼の神隠し』三上 華(p3p006388)。歴史教師として此度、参戦することにした彼は夜妖に対してある種の知的好奇心を感じていた。
「閉じ込めて条件を満たすまでは出さない夜妖……面白いな?
神隠しにも応用できそうで興味深く思う……いや、もう隠す予定も力もないんだが。
これが職業病、とでもいうのか……? 活用できそうな事があると考えてしまうな」
くすくすと小さく喉を鳴らす。この夜妖もある意味では『神隠し』の一種であろうか。肝試しに訪れた者を異空間に引きずり込むという観点では彼女の興味は尤もだ。
「死んで死んで、そしてまた死ぬ。初めての体験だ」
「そう、何度もあれば困るだろう」
稔の言葉に華は違いないと小さく笑った。くすりと笑い、文化棟の端から探索へ行かんとする。遠くから聞こえる笑い声は絵画達であろうかと稔はぼんやりと廊下の奥を眺めた。
(……死にたくないと叫んでいた、神隠しの犠牲者の気持ちが、これで少しはわかるんだろうか)
調理室はしん、と静まりかえっている。隣接する被服室からも何の物音も聞こえては居なかったaPhoneを手にしたエルスは不思議そうに周囲をきょろりと見回している。
「また誰か死んだよ」とaPhoneの画面を見て頭を掻いた『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)にエルスは「aPhoneでそんな情報が見られるの?」とぱちりと瞬いた。
「そうそう、こうやって――」
すす、と指先が動く。ウィズィの丁寧な説明を受けてもエルスの頭上には『?』が浮かんでいる。
「aPhone……な、なかなか使い方が難しい電子端末よね。
と、とりあえずほーむぼたん? で、すりーぷ? になるのは解ったわ!」
エルスのその反応にくすりとウィズィは笑う。自分がともに動いて居れば今はaPhoneを十分に使えなくとも支障はないだろう。
ぶ、と震えた端末で夜妖に苦戦する北の面々の情報が流れ込む。
「死にゲーったってねえ……痛いのはやだよねえ、エルスちゃん」
「ええ、そうね……痛いのかしら」
エルスのその言葉に「痛いらしいよ」とウィズィは溜息を吐く。どうやら検死班は死ぬと言うのが大変だという感想を齎してくれたらしい。制服に身を包み、ネズミを先行させながらの捜索活動を行うウィズィの背後で不思議そうに周囲を見回したエルスは「学校……」と小さく呟いた。
「私ね、こう見えて学校って初めてなの!
勉強は城で教育係が来てくれたものだから……城の外から見える学生の子達が羨ましかったのよね……」
「はは、初めての学校が『これ』だと勘違いさせるかもしれないね。
此処から抜け出したらちゃんとした学校生活をレクチャーしましょう! 任せて」
胸をとん、と叩いたウィズィにエルスは大きく頷いた。二人の耳にポロン、ポロンと雨だれのように聞こえるピアノの音は何故か近い。調理室と被服室の並びがあることは確認したが音楽室はもっと先ではなかったか。
「……ウィズィさん」
「しっ」
指先を唇に当てる仕草。頷くエルスは廊下に蠢く影を眺める。鍵盤が音を立てるような音、そして何かを引き摺る音が廊下を進んでいる。
――ピアノらしきモノが廊下を進んでる――
aPhoneにそう入力して情報を送信する。後は本部が統括してくれれば良いが……。
余りに近くで着信音が鳴ったことにウィズィはどきりとしたエルスは自分自身のaPhoneを見下ろして唇を震わせる。
「マナーモード教えてなかったっけ……」
そう呟いたウィズィはエルスの手を掴んで咄嗟に被服室の扉へと飛び込んだ。調理室と繋がる扉の前に机を引き、鍵を閉める。封鎖し、被服室に並んだテーブルの下へと飛び込めばガシャンと音を立てて調理室に何かが飛び込んでくる音がする。
ぽろん、ぽろんと。鍵盤を叩く音がする。それが『ピアノ』であると認識した時、鍵盤は荒ぶる様に何か音楽を奏で始めた。
●
おかえりなさい、と。玄関口で微笑んだ『妖精譚の記録者』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は血塗れになって『復活』する面々に笑顔を向けるのも違和感があるものだと手元のメモ帳を眺める。
「異世界の日常を求め続けた人たちが作り上げた、楽園……。
……選んで、ここまで作り上げたのであれば。それも彼らの物語なのでしょう。彼らなりの戦いを、記録しましょう」
記録者としての自身にとって尤も似合う立場であると認識する『対策本部』はaPhoneを使用しての情報共有及び、紙ベースでの資料作成を担っていた。各メンバーの『死亡地点』及び『探索箇所』を極めて冷静に纏め上げるリンディスも緊張を滲ませる。
此処は玄関。そう、『最初に音呂木ひよのが死んだ場所』だ。近くに存在する血の海に当人は寝転がっては居ないが、いつ夜妖が姿を現すか分からないのだ。
「異世界の日常、かあ」と『スレ主』天雷 紅璃(p3p008467)は唇を尖らせた。空中神殿に招かれた際に、紅璃が感じたのは非日常的な空間にファンタジー世界にやってきたという夢のような空間への高揚であった。
「受け入れられない人も居るんだよね」
「まあ、そうですね。屹度、この世界に有無も言わさず訪れた者の中には回帰したい方も居るはずです」
リンディスに紅璃は「そっかあ」と呟いた。aPhoneを眺めながら紅璃は「私って感性が子供なのかな?」と小さく呟いた。
「ともあれ初めての依頼、頑張らないとね。魔法はまだ皆には勝てないけどスマホの扱いなら異世界の人たちより一日の長があるからね!」
スマートフォンなら得意中の得意だと紅璃は胸を張り、玄関においての『情報提供者』『送受信役』『電波塔』となる。先ずはAnet――それは再現性東京内の一部地域に張り巡らされたものだ。再現性東京の中でも『インターネットなんてなかった』と故郷から乖離する技術を毛嫌いするものも居るようだ――に接続して掲示板を作成する。
『【死に戻りって】希望ヶ浜学園オリエンテーション攻略スレPart1【怖くね?】』
それは一般人も確認できるような連絡網ではあるが、大多数の一般人それを創作物の中の世界として見ていることだろう。チャットアプリもきっちり完備済み。詰まるところ、女子高生というのは最強なのだ。
「再現するまでもなく私も召喚される前はじょしこーせー……スマホの扱いはお手の物、タップ速度のステータスはメンバー最速では??」
ふふん、と笑ってみせる紅璃へと『特異運命座標』ロト(p3p008480)は「スマホといえばJKのお得意だからね」とからりと笑ってみせる。教師であったが職を失ったロトにとっては希望ヶ浜で再度、教鞭を執ることになったのだ。そう思えばローレット様々だ。
「しかし、人生ってのは何が有るか分からないもんだね、あははは」
ローレットのイレギュラーズとなったことも、教師を首になったことも、再度教師になったことも、だ。
aPhoneを得意中の得意として利用する紅璃へと纏めた情報を伝えるロトは教師として怪異の特性や能力、対策を纏めた資料を作るのは得意だと胸を張った。死に戻り先である玄関に居る以上、情報は此処に集まりやすい。
「それで、一つ良いかな天雷さん」
「なになに?」
携帯電話から顔を上げた紅璃へとロトはどこか言い淀んだ。彼女の頑張りも役に立つ。然し、ロトの杞憂は確かな者として存在していたのだ。先程、死に戻ってきた亮と『特異運命座標』秋野 雪見(p3p008507)が告げた言葉と紅璃が掲示板から収集した情報が明らかに違っている。
その違和感に気付いたのかリンディスは顔を上げ、さあ、と血の気を喪った。唇が僅かに戦慄く。
「どうかしたのかにゃ?」
「いいえ……その、もう一度聞かせていただいても?」
「OKにゃ。私たちは皆の情報を元に『悪霊』の居ない方向を目指して歩いていたの。
検死班が『ぬいぐるみの少女』を引きつけてくれているからその間に北棟の『左側』から……って」
雪見が言うにはこうだ。ぬいぐるみの少女による死傷率は高く、検死班は実質彼女を引きつける役割を担っている状況だ。特に、北棟での目撃情報が多く、『青混じる氷狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)や『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)と共に彼女を避けて動いていたそうだが――aPhoneの情報に存在した『ぬいぐるみの少女は検死班を追って西棟へと移動』を信じて北棟中央部から探索を始めたその時、「い、いけませんわー!?」と叫び声が聞こえたらしい。そして、暗転。
つまり、『aPhoneの情報とリアル情報が違っていた』という事だ。最初は検死班の誰かが北側に再度引きつけて戻ってきたのかと思ったがその様子もなく、少女は最初から其処に立っていたかのようだ。
「……成程」
「……まあ、そうなるよね」
はは、と小さく笑ったロトに紅璃は掲示板の『更新』ボタンが光っていることに気付く。
――上――
「上?」
思わず、その言葉が口から出る。リンディスがひゅ、と息を飲み雪見がリンディスの手を取って咄嗟に靴箱の裏へと身を隠した。
「あー……そうなるよね。うん、さっき、音呂木さんは此処で死んでいたし。
あはは、まあ、蘇生先が此処だって言うなら僕は気にしないけれどね。そのまま無限に殺される様なら死にながら考えるだけさ、あはは」
死にたくないなら逃げた方が良さそうだよ、と笑うロトに紅璃の首が固まったように酷く鈍い仕草で天井を見上げ、ぽかんと口を開いた。
また掲示板には更新ボタンが点滅している。
――やっと見てくれた――
だらと黒い髪が落ちてくる。其れと共に顔面めがけて落ちてくる包丁を――ロトが払った。
「逃げるかい?」
無限に殺されたって大丈夫。生徒のことは守ると微笑んだロトに大きく頷いて紅璃は走り出す。一度、体勢を立て直すべくリンディスと紅璃は傍にあった用務員室へと雪見と共に滑り込んだ。
「私はこれから北に行くけど……対策本部の二人は?」
「こ、ここここ、ここで、っ、本部を立て直し――」
リンディスが顔を上げ、息を飲む。皆さん逃げて、と自身の前で微笑む黒髪の女をまじまじと見遣った。
走る。しかし、追いつかれるのは時間の問題であった。
「いつの間に、前に。……そうですね、ここは貴方達の庭。地の利はそちらにありますか。
ですが抗います、少しでも立て直しの時間を……それでも限界はありますか」
馬乗りになった女が包丁を構えている。距離が近い。目の前にくるこれが『死』か。
(――……嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌。
わかってはいてもこんなところで死にたくなんて――まだ何も繋げられてない――)
視界が、昏く――
●
「それで、お前さんたちなーんか隠し事してるんじゃない?」
がしり、とひよのの肩を掴んでいた『こわいひと』スティーブン・スロウ(p3p002157)に「なんでしょう?」とにんまりと笑みを浮かべる。その作り物のような笑顔にスティーブンはふうんと小さく笑みを浮かべる。最後尾での探索を行っていたスティーブンは検死班が『少女』を引き寄せている間にのんびりとひよのとの会話を行っていた。
「知らない」というのが本当かどうか、其れが気になるのだ。音呂木ひよのは口癖のように自分は『嘘つき』だとそう言う。そして、彼女は此度は主催側だ。それ故に『鍵の在処』を知らないと言うのもおかしな話なのだ。
「知らないだけで、手紙か何かで預かってたりとか?」
「それは、明確にいいえ、ですね」
「本当に?」
「ええ、本当に。何なら身体検査でもしてみます? どうでしょう、音呂木ひよのの生肌に触るチャンスですが」
手をひらひら、と揺らしてみせるひよのにスティーブンは「結構」と小さく笑った。絵画より生身の女の方が良いが、生身の女の方が色々と『恐ろしい』のだ。
「ギフトは封じられてないんだろう。俺のは触ってる相手の考えが読めるタイプでね」
戦いにはてんで向いていないが、とひよのに僅か、視線を送る。食えない笑みを浮かべた音呂木ひよのは「では、どこから触りますか? ああ、合法的に女子高生に触るチャンスですね」と揶揄う様な声音でそう笑う。
「ま、宝さがしも面白そうだしな。疲れてもう帰りたいって時にそのとっておきは頼むぜ」
さて、探索に赴くわけだが――
「オーッホッホッホッ! 死に戻って参りましたわー!
なるほどなるほど、夜の怪異は手強いのですわね! 良いでしょう! このわたくし!」
指をぱっちん。タントはいつも通りのプライズサプライズサンライズポーズ。
\きらめけ!/
\ぼくらの!/
\\\タント様!///
「――が! 朝の光をお届け致しますわー!」
と言いつつ、夜妖から逃げていたが曲がり角で少女に出会って運命的にホールドされてさようならしてしまった訳なのだが、お得意の発光で光源を務めてのトライアンドエラーである。
「光と、そして、此度は闇を身につけて最強のわたくしですわー!」
「ひんっ……」
隅の探索を行っていた『雷虎』ソア(p3p007025)の肩がびくりと跳ねる。もしも自分が隠し物をするなら入り口から一番遠い場所だとソアはお化けを避けながら進んできたのだと肩をびくつかせて進んできたのだ。
「た、戦いなら我慢するけれどこれは恐い。
……今から2時間も暗い中でお化けと追いかけっこなんてゾッとする。早く見つけられるといいなあ」
「ええ、ソア様。今までよくぞご無事で!」
「う、うん……。鍵、見つかるかな……あてもなく探しても2時間で見つかるか分かんない。考えなくっちゃ……」
検死班が引きつけている今のうちだよね、とソアとタントは教室内部を探索し続ける。椅子の裏側や机の引き出しに潜んでいると言うことはないだろうが――北側にはあの『少女』が居ると言うのだから注意は必要だ。検死班vsぬいぐるみの少女となっている状態ではあるが――其処に堂々と飛び込んだシラス(p3p004421)はとにかく走っていた。
「とんだ歓迎だぜ。
そもそも幽霊の類いは余り得意じゃないんだ。死んだ人間がいつまでもこの世に居座ってるなんて気持ち悪いだろ。
早いところ鍵を見つけ出して退散したいところ……まあ、その為には障害の幽霊たちと結局は対峙するしか無いんだけれど――って訳で」
殴った。
が、スカっと拳が通り過ぎた。
「は?」と思わず口から旅出したのはその拳が何にも触れることがなかったことだ。
ガンと凄まじい音がしたとシラスは振り返る。後方、西棟に繋がる廊下から黒い『何か』が見える。
「ピアノ!?」
「ピ、ピアノだ。注意しろ――」
何処かより声がしたが、気のせいかどうかさえ判別がつかない。それは稔の声のようにも聞こえたが――
●
時は少し遡る。西棟の調査に挑んでいた稔はaPhoneよりピアノが何かを引きながら動き回っているという情報を入手していた。近寄ってみれば、被服室に隠れたウィズィとエリスを探すようにピアノがぐるりぐるりと調理室の中で円を描き動き回りながら其れは素晴らしいBGMを掻き鳴らしている。
『これ、聞いたことあるぞ! ええっと……』
「WoO 59……エリーゼのために」
愛しい女の為に用意されたと言われるその音楽を弾き鳴らし女生徒二人を追いかけ回しているとでも言うのか。呆然とする稔(と虚)の姿を発見した途端、ピアノは喜び勇んだようにピアノを更に掻き鳴らし、背後に存在した作曲者の肖像画が笑い始める。
「はあ?」と口から飛び出したが、その場合ではなかった。ピアノが迫ってくる。凄まじい早さだ。稔は咄嗟に走り出す。肖像画の笑い声が響いているが、構っている場合でもないだろう。
ぐんぐんと進む稔はそのまま北棟へと向かったのだった。
「――……行った?」
小さく呟いたウィズィにエリスは小さく頷いた。けたたましく笑い続ける肖像画は静かになりピアノも遠く離れていった。ゆっくりと立ち上がり被服室の中の探索を始めようかと手探りに探索を始める。テーブルの上に置いてあるぬいぐるみをそっと避けて机の上に何もないとエリスはゆっくりと振り返った。
「ウィズィさん、そっちには――」
「エリ――」
ウィズィが息を飲む。ぬいぐるみを手に振り返ったエリスは「え?」と呟いてゆっくりと手元を見下ろせばにこりと微笑んだぬいぐるみがウィズィの手首をぎゅうと握っていた。まるで、幼い子供が親と手を繋ぐような仕草で、ぬいぐるみはにっこりと微笑んでいる。
「きゃっ!?」
ぬいぐるみを思わず床へと投げつけて後退ればぬいぐるみはクスクスと笑い始める。
「鍵? ねえ、鍵探しているの? 鍵? 鍵だよね、鍵鍵鍵鍵かあ、鍵だよね? ねえ、どうして逃げるの? どうして? ねえ、お話ししようよ? 鍵を探しに来たんだよね。どうして逃げるの? ねえ、鍵だよ?」
「お、お前は鍵なんて持っていないだろ……!?」
エリスを庇う様にウィズィはそう言った。けらけらと笑うぬいぐるみが集まってくる。周辺よりぞう、とその姿を見せた楽しそうに笑みを響かせて。
「鍵はここにはないよお。ねえ、ねえ、遊ぼう。ねえ、ねえ、ねえ、ねえ。ねえ」
ぬいぐるみの大群が二人へと襲いかかった――!
●
「あ?」
エイヴァンは顔を上げる。ロッカーに隠れるのは自分の体なら難しいかと、耐久力で怨霊らしき存在を退け続けたがそろそろ限界も近い。そもそも、一発即死夜妖が跋扈しているのだ。
「校長室の扉がまだあかねぇのか」
「ええ……困ったことに」
「人の気配は?」
んん、とライアーは首を傾いだ。有ると言えばあるし、ないと言えばない。職員室の鍵入れにも存在しないのだから面倒は面倒だ。
「こう言う時に日記とかヒントが書かれているモンがあって、それに鍵の在処が書いてたりしないだろうか……まあ、『かゆいうまい』しか書かれていない気がするが。
何かしらのヒントがあるもんだろ。過去に探索した奴が遺した情報だとか、そして――この学校で行われていた非道な実験を明らかに……」
「ゲームが違うな」
笑うクロバに「そうか」とエイヴァンは頭を掻いた。南棟を探索してきたが怪しいのはこの校長室と――放送室でだけだ。何方も明らかに『中に誰かがいそう』な雰囲気を感じさせている。そして、その両方共、扉には鍵が閉まっていたのだ。
「aPhoneの情報統括が止まったが、リンディス達からの連絡なら統括本部に夜妖が襲来してロトが一人で相手をして居るようだな」
ロト先生、立ち向かって死に戻ってきた後に何事もなかった様に自身の血の海で再度統括本部を設置しよと準備中、との事だ。
「しかしスマホか……思えば元の世界でも使った事あるけど結構オンボロだったっていうか中古品をあてがわれたせいでCPUの性能が足りなかったりアップデートが途中で止まったりそもそもバッテリーの減りが早かったりな……」
「これは良い性能か?」
「ああ、良いだろうな。最新鋭のスマホを各位に配布なんて希望ヶ浜、流石だな」
クロバにナルホドなあとエイヴァンはaPhoneを見遣る。希望ヶ浜でしか使用できない其れは成程、それにも怪異はつきものか。情報統括が止まった理由が『夜妖が通信機器越しに此方の様子を把握していた』という何とも現代的な物であったからだ。
「夜妖もスマホが使えるもんなんだな。ハイテクというか――まあ……『そうやって死にゲーをしてろ』ってのが今回の趣旨か。
というか死んだら痕跡は残るけどスタート地点に戻されるとかホント、”ゲーム”の登場人物にでもなった気分だな……趣味の悪い催しって奴なんだろうか。困ったものだな……」
死ぬのが嬉しい奴がいるかよ、とクロバが溜息を吐いた。校長室の前でううんと頭を悩ましていたライアーはふと、『何も知らぬ少女のような顔をして』にんまりと微笑む。
「ねえ校長先生、玄関の鍵をご存知? すっかり生徒は下校時間ですの。
下校時間も過ぎて帰らせないような先生はいらっしゃらないですわよね?」
ライアーの言葉に応えるように校長室の鍵が開いた。どうしたものか、と顔を見合わせることにはなる。ニコラスは「誰かが答えてくれたようだぜ?」とライアーを肘で突いた。
「ええ……開けても良いのかしら」
「逆だろ。開けなきゃ進まない」
「……」
ライアーの視線がニコラスを見ている。まるで開けろと言いたげな視線だ。ゆっくりと扉を開いたニコラスは「おっ」とその身を逸らす。びゅ、と何か風が吹いた気がしたが――気のせいだろうか。
「先に言いたいのですけれど、できれば運良く一命取り留めることなくさっさと死にたいですわね! Mではないから痛いのはお断りしたいですわ! ね!」
「まあ……その時は逃がしてやるよ」
ゆっくりとニコラスが校長室へと入る。次いでライアー、クロバ、エイヴァンの順だ。校長室に潜入という情報をaPhoneに打ち込んでクロバは周囲をぐるりと見回した。
校長室に堂々と飾られる肖像達と書類の棚。ニコラスの目的は死んだ女性の情報だ。エイヴァンは日記なんかないだろうかと引き出しを開き続けるが――一つ、引き出しを開いた途端『ずるり』と何かが飛び出した。
「うわっ」
「何だ?」
エイヴァンの声にくる、とクロバが振り返る。引き出しの中にごっそりと入っていた黒髪とその隙間から女性の手首が見える。思わず閉じかけたエイヴァンに「待て」とクロバは笑みを噛み殺したようにそう言った。
「閉じてやるなよ」
「閉じるだろう、これは」
「なんですの? わっ、えええ? ……あっ割とキモい。
あっ待って、見せないで、ヤダ、わりとキモい。そんな感じなんですの!?」
後退ったライアーにニコラスは臆さず『髪の毛』の中に手を突っ込み手首をずるりと引きずり出した。
「この手、何か握ってるぜ」
「……何だ?」
やはり非人道的な研究が、吐息を飲んだエイヴァンに違うだろうとクロバは小さく笑う。
「『放送室』……?」
放送室の鍵を見つけたか、と三人は大きく頷いた。一方で思わず後退したライアーは何かにとん、とぶつかる。「へ」と声を出して見上げれば其処に立っていたのは――
●
ひよのの意味深な微笑みは気になったが、そんなの気にしている場合じゃないかと北棟から中庭へと脱出するために千尋と共に『走り』続けるアルプス。
「可笑しい! もう体感的には結構な距離を走ったはず……2時間位走ってません?」
「おう、相棒! 校内をバイクで疾走(はし)って俺も2時間経った気がしてるぜ。
俺とアルプスちゃんの不運(ハードロック)が合わさって『大失敗』したら何が起るかわからねえ……! まさか!?」
「まさか!? 早すぎたんだ! 時間を追い越してしまった!」
――と言うわけで未だに中庭へと脱出できていない二人はぐるんぐるんと同じ場所を走っていた。中庭へ繋がるはずの扉を抜けたはずなのに其処は玄関だ。もう一度北棟へと繰り返し続ける。
「けど、中庭に出れてないぜ! いいかアルプスちゃん覚悟決めろよ!
ヌルいスピードだったら軽油入れてやるからな軽油! オラッ軽油!」
「ああーー! プラグがカブる! プラグがカブってエンストしちゃう!
覚悟はできてるかって? そっちこそ、僕のスピードにビビって漏らさないで下さいよ!」
こんな所でエンストしたら死んでしまう。文字通り。アルプスと千尋はそれ位、危険域に存在した。その早さは『ぬいぐるみの少女』をも追い越している。勢いが良い。その勢いのママに情報を収集するが為に情報を持ち帰る。
「ちなみに今何時ですか?」
「オーケー相棒、23時だ」
「嘘だ!!」
時計の進みが妙に遅く感じられる。それはアルプスが早いからか、それとも、本当に時間の流れが可笑しいのかは分からなかった。
「アルプスちゃん、よく考えろ。『鍵』がそのまんま鍵の形してるとは限らねえよな。カギだけに」
「ええ、カギりませんね」
「パズル、合言葉、いっそ中庭の花壇の形とかな。色々想像はできそうだがひとまずは中庭に出ることを考えるぜ。後は頼れる仲間たちが何とかしてくれるだろ!」
「合言葉!? 開け――ゴマ!」
しん、と夜のとばりが落ちる。どうやら違うようだった……。
●
「……学園『ノア』以来だな……こんな学校の風景というのは……
……でも……まさか学園からの依頼が……こんな場所からスタートとは……思いもしなかったよ……」
ゆっくりと歩むグレイルの傍を何度もバイクが走り抜けていく。その喧噪が過ぎれば直ぐに静寂がやってきた。
「……何度も死ぬ思いをするのは……正直嫌だけど……鍵を手に入れないと
……ここから出ることはできないみたいだし…早く見つけてここから出よう……
……そういえば……僕が学園にいた時は……こんな時間に校舎へ立ち入ったこと……確かなかったはず……」
普通は日中帯に登校する物の方が多い。グレイルが通っていたノアでもそんな様子であった。
「……凄く……静かだね……
……編入生として……この学園に入ることになったけど……。
学園『ノア』ではまだ休学扱いなんだけどなあ……ちゃんと後で話せば……分かってくれるかな……?」
希望ヶ浜はローレットにおける仕事の一つである。それ故に、ローレットの仕事で学生として潜入していたと告げれば屹度大丈夫であろう。静かだと周囲をきょろりと見回すグレイルを見つけ雪見がひらりと手を振っている。その傍らにはひよのの姿も見えた。
「さぁ! 超探し物得意班の雪見ちゃんたちの出番(リスポーン5回目くらい)にゃ!
探索優先で行くけれど……あの、一つだけ良いかしら……その、虫だけはダメ!
虫だけはダメにゃ!!! 虫が出たら……対処はみんなに……任せる……にゃ……」
『_(:3」z)_』の姿勢になる雪見。敵接近アラーム代わりの彼女は幾度となく死に続ける検死班を盾にしながらの探索を続けている。
「ひよの! 結婚しようぜ!」
「まあ、求婚ですか? それでは先ずはお互いのことを知ってからが良いと思います。ね?」
怪異と鬼ごっこをしている飛はと言えば包丁を手にした『黒髪の女』との追いかけっこで愛を深めている最中であった。彼の他、検死班と言えばシュバルツ達を伴い東の対処を終えた所だという。
検死班が目指すは南の『放送室』――南探索組が見つけたカギの一つだ――なのだが、夜妖達は活発になり続けている様子だ。
「……ひよのさん」
「はい?」
「……まさか……カギ、ずっと持ってたりとか……」
いいえ、とひよのは微笑んだ。持っては居ないけれどどこにあるかは知っているような口ぶりであるとグレイルはそう認識した。
「……オリエンテーション……だから……?」
「ええ。そうですね。ちなみに、この旧校舎の怪ですけれど、私が退治したんですよ。
いやー、苦労しました。1週間くらいは滞在した気がしますね。まあ、その時には廻や『センセイ』、それからなじみにも手伝って貰ったんですが」
「センセイ? なじみ?」
首を傾いだ雪見に「オトモダチです」とひよのは微笑んだ。音呂木神社の巫女であるという彼女は由緒正しき霊媒師なのだと自称する。その界隈で夜妖を討伐する『裏の存在』は掃除屋を始め、様々な存在が居ると言うことだろう。
「あれ? あれって……」
雪見の指し示す先に立っていたのはゼフィラ。エイヴァンが言う『ホラーゲーム探索スタイル』で銃を手に目的地の中庭を目指すゼフィラはバイク二人組より「中庭に出たつもりが他の場所に出る」という情報を得て、出入り口を探していた。
「ふむ、多少乱暴だが……」
現在地点、三階であるがゼフィラは物怖じすることなく飛び降りた。
「「「あ」」」
雪見、グレイル、そして其れを見ていたタントの声が合わさる。ぐしゃ、と言う音と共にゼフィラの姿が消える。
「い、今のは自殺になりますの?」
「……中庭に……出るテスト……かな……」
グレイルの言葉にタントはあんぐりと口を開いたまま傍らのソアを見遣った。
「ええ……死んでもでれない……」
呟くソアは怯えたように身を縮こまらせた。ゼフィラはと言えば、先程まで銃でぬいぐるみの少女と応戦していたが銃弾は遠く壁へと摺り抜けるばかりで『案外我慢できる』という以外な感想のみを抱いて落ちていった。
……と言うことは、だ。ぬいぐるみの少女が立っている。にんまりと笑みを浮かべて検死班を全て『駆逐』してから。
「み、皆様! 今のうちに捜索を続けて下さいましー! ふにゃーー!」
悲鳴。タントのその言葉に「ごめんね」と鳴きながらソアがダッシュで逃げていく。尤も危険性が高いとされた存在、少女。
教室の中に飛び込んで、ロッカーの中で息を潜める。『さよならタント』した後の少女は楽しげに獲物を探しているようだ。
(……出た!)
ど、ど、ど、と鼓動が五月蠅い。畏れるようにソアは息を飲む。
「見つかりませんように……! 見つかりませんように……!」
膝を抱えて、物音がなくなるまで息を潜めた。もう大丈夫かと顔を上げたとき――『掃除用具入れ』のわずかに空いた隙間から二つの眸が覗いて、笑っていた。
「すげぇ、死んだのに生きてる――って思ったがそう繰り返すと嫌なもんだねぇ」
からりと笑ったスティーブンは頬を掻く。放送室と北棟の全てに『ヒントがある』と認識した特異運命座標が向かってくるが――其れと共に夜妖も集合し、危険度が上がっているのは確かだ。
「こう何度も死んで考える感想でもないけれどさ、また来ることがあったら、センセイなんてのも良いかも知れないな。教え子との禁断の……なーんてな」
くすくすとスティーブンは笑った。きっと――希望ヶ浜は彼を『呼ぶ』だろう。そう言う場所なのだ。
●
「この教室は既に探索済み、となると後はあちらか。いざとなれば俺が囮になるが後の事は頼む」
そう格好良く告げたベネディクトに「うん! 頑張ってね!」とスティア・エイル・ヴァークライトはさらりと告げた。そして囮となったベネディクトは『ががーん』な事態に陥ったわけだが……。
「あは! あはは! 死んだ! 死んだ! 死んでしまった!
そうか、これが死か、ああ、懐かしい……今、本当に生きてるんだね、あたし」
死を実感したバスティスがるんるんと戻ってきたのも一回目のみ。二回目は「これ、結構痛くてキツいね」とげんなりし、三度目になれば死ぬのも控えるようになったようだ。
悪霊とも言えども一応話すことは出来そうだと言う個体を探し当てた東棟組。バスティスが問いかければ無念ばかりを話す霊魂が涙ながらに助けて助けてと繰り返すのみだ。
その体は拉げ、どうにも『ぬいぐるみの少女』の存在が大きく感じられる。
「さて、何度でも繰り返す、って台詞どっかで聞いたような……?」
ルナールのその言葉にスティアはそう? と首を傾いだ。にこにこと微笑みながら亡霊と会話していたスティアは今現在、ベネディクトと合流すべく安全地帯――そんな所があるかは分からない!――に向けて歩いていた。あらかた東側は探索を終え、放送室を目指している最中だ。
「死んでみた感想なんだが、何度死んでも流石に痛いものは痛いな?」
「やだなあ……」
ぞう、と背筋に嫌な気配が走ってスティアはそう呟いた。痛みがなければ完全にゲームだったと呟くルナールは痛みがあるからこそのリアリティかとぼやく。
「……死ぬのは経験した事があるからと思ってたけれど、やっぱり慣れるものじゃないわね……」
夜の妖と書かれれば親近感もあるものだが、そうも言っては居られないと逃走しながら進んでいたエルスはウィズィと酷い目に遭ったと肩を落とした。
「あ、ひよのさん。あの……色々と親近感があるから少しお話しさせて貰っても良いかしら?」
「ええ。私も皆さんと仲良くするようにと校長に言われてますし、オリエンテーションで絆も深まったでしょう? フレンドですよ」
笑うひよのに「このオリエンテーションで深まる絆かあ」とウィズィは曖昧にぼやいた。どんな絆が深まるというのか……。
放送室の前に立っていた華は放送室の鍵を開けて入っても良いべきかと悩む面々の真ん中でぽつり、と呟いた。
「ああ、そういえば認識できない怪異がいるんだったか。それも気になるな」
「そういえば……」とエルスは小さく呟く。エルスとウィズィが相対したピアノの怪異はピアノを掻き鳴らすばかりであった。バルガルが近寄ってみた結果、彼曰く「曲を弾き終わったら突然ピアノにタックルされて潰されました」とのことだった。聴いて欲しかっただけだとでも言うのだろうか。怪異とは『我儘自分勝手』な存在が多いようだ。
「じゃあ、僕が扉を開こうか。なんたって先生だからね」
ロトはそう微笑んでゆっくりと放送室の扉を開く。がら、と開けば突然、チャイムが鳴り響き、放送の開始音がスピーカーからハウリングする。
「あはは、耳が可笑しくなる!」
ぺしゃ、と耳を抑えたバスティスはゆっくりと顔を上げて「おお?」と瞬いた。
「おおー? もしやもしやの、貴方は!?」
花丸がびしりと指させばライアーは「校長先生」と小さく呟く――ちなみにライアーは皆を囮にダッシュしてきた事で「ごめんなさい、だって、夜妖が予想以上にキモかったもの」という言い訳をしていた。
「本当に校長先生――ではなさそう。ホログラム?」
「練達の技術の無駄遣い……」
ぼそりと呟いたのはルナールであった。遠巻きに集まってくる夜妖と相対しながらの検死班及び『囮』達。
「ここで校長先生がいたのはひよのさんが『校長先生に聞け』っていったから?」
エルスの言葉に「だろうね」とウィズィは小さく呟いた。
「くそ……あの人、全部知ってるんじゃん。まあそっか……『オリエンテーション』だもんなあ……」
亮はさておいてもひよのは仕掛け人側なのだ。溜息を混じらせたウィズィの言葉に反応を返すように校長のホログラムは笑う。
『音呂木に聞いてくれと言われたんだろう。まあ、そうだろうな。そうだ。彼女はそう言う性格だからな。
一つ、教えようか。校長室にはどうやって入った? 生徒になりきったのだろう。良い判断だ。褒めよう。
俺は校長先生だからな。ああ、校長先生と言うことは学校の長だ。生徒のためなら何かしたくなるという物だ。
つまり、一つずっと目の前に居た者も居るだろうが見ているオブジェクトで触れていない物はないか。
例えば――ぬいぐるみに襲われた者も居るだろう? ぬいぐるみ。おかしいな。ぬいぐるみ。ああ、一つあったじゃないか』
そこまで言ってからホログラムは掻き消えた。放送が終わる音がし、ハウリングしながら校長の声を全校中に伝えていた放送が途切れる。ぶつり、という音と共に静寂が訪れたとき、全員の頭の中に浮かんだのは――『ぬいぐるみを抱いて襲いかかってくる少女』であった。
●
一つ気になった。いや、ずっと気になっていたことが確かな実感になった。
放送室での一連の流れの確認してシラスは眼前でニコニコと笑い獲物が飛び込んできたという反応を見せた少女の元へと走って行く。
こういうゲームというのは大体は意地悪く出来ている。カギが素直に隠されてなかったなら?
「ぬいぐるみデス!」
シラスさんとわんこは叫んだ。紅璃の掲示板を確認しながら、ギミックを考えろと頭を捻る。
そう、実地行動で死に役である自分たちに『夢中になった』相手を引きつけて、奪えば良い。
「――そう! その時は一番危険な奴が持ってるんだ!」
一歩踏み込んだ。シラスはにい、と笑いそのままの勢いでぬいぐるみを掴む。少女の手からぬいぐるみがズリ抜けたが彼女は気にすることなく眼前に立っていたわんこを抱き潰す。ごりごりと言う音が立ったが
ぬいぐるみを握ったシラスにむけてぐるり、と少女は振り返った。歯を剥き出して微笑み襲いかかってくる。其れをせき止める花丸は「もう一度のリスポーン!」と叫び引かれる。
「どうすればいい!?」
慌て問いかける紅璃は掲示板に「至急、北棟」と書き込んだ。北棟での死闘が繰り広げられている状態だ。
其処へと颯爽と飛び込んでいたのは風――いや、バイクだ。
「待ってたぜェ!! この瞬間(とき)をよぉ」
千尋が叫ぶ。アクセル全開、プラグにカブってるなんて行ってる場合じゃない。全力で走りシラスの手からぬいぐるみを奪う。
さて、ぬいぐるみをぶちりぶちりと引き縮れば中から鍵が見える。古びた何かのカギだ。
「カギ!」
「鍵の形でした?」
「鍵だったわ!」
アルプスと千尋はそのまま逃れるように『中庭』に繋がっている扉へと飛び込み――
――気付いた頃には希望ヶ浜学園の校庭へと立っていた。
「お疲れ様でした」
にんまりと微笑んだ音呂木ひよのの隣ではげんなりとした顔の亮が立っている。
「予想以上に死んでくれましたし、勇気もありましたし、それから……楽しんでいただけたみたいで。
皆さんなら希望ヶ浜学園にぴったりです。本当に嬉しい。夜妖のこともお任せできますね。
ああ、それに希望ヶ浜地区の『あれこれ』だってお任せできそうだ」
くすくすと微笑んだひよのに「あれこれ?」とシュバルツが不思議そうな顔をしノワは「何かおかしな事がある?」とひよのへと問いかける。
「まあ、色々……あるんです。例えば、そうですね……『悪の組織』とか?
それも追々。それでは、オリエンテーション終了です。また、明日――『学校』で」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
それでは、希望ヶ浜をどうぞ、お楽しみ下さい――
>1
MVPは情報統括中心だった貴方!
――……そういえば、希望ヶ浜にはとっても素敵な噂があるらしいですよ。
GMコメント
夏あかねです。希望ヶ浜学園へようこそ!
簡単に言えばここは『現代伝奇×学園』です。当シナリオはオリエンテーション。
所謂死にげーです。死にながら逃げろ!脱出するのだ!
●成功条件
0時までに鍵を探し当てて脱出する!
●希望ヶ浜学園
詳細につきましては特設ページやクエストをご覧下さい。
簡単にご説明しますと夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校です。幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っているのです。
ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入してください。
入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。
●夜妖<ヨル>
いわゆる都市伝説やモンスターの総称。科学文明に生きた再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物であり、ファンタジー的存在です。
完全な人型で無い旅人や種族の皆さんも再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されていないのです(ただし、そんな非日常が存在するとは認めないため、変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
●悪性怪異:夜妖<ヨル> 『旧校舎の怪』
希望ヶ浜学園の七不思議が一つ。旧校舎の怪です。これは『オリエンテーション』に使用されることの多い『討伐済み』の怪異ですが、関係者等の再現性技術で『本来の力』を有する夜妖<ヨル>として顕現しています。
《22時に旧校舎に入ると、鍵を見つけるまで帰ることが出来ない。
玄関の扉は閉め切られ、嘗てこの校舎で死んだ女が追いかけてくるんだって。
……それで、旧校舎に死んだ人たちがたくさん、現れるようになった。何度も死ねないまま、ずっと彷徨って怨霊に成り果てて帰れない無念をぶつけてくるんだって……》
●旧校舎レイアウト
広い二階建て、真ん中に中庭が存在する正方形。外に面した窓や扉は開くこと無く、どのような術を行使しても出ることは出来ません。
東西南北の名が付いた棟はそれぞれ連結されており、階段が各棟の中央に1つずつ。
北:技術棟(美術室や図工室など)
西:文化棟(調理室や図書室、音楽室など)
東:教室棟(普通のクラス教室)
南:教室棟+職員室、事務員室
※記載無くても何でもかんでもあります。普通の学校と変哲ありません。
※玄関ホール、靴箱は《南棟》に。食堂、中庭出入り口は《北棟》に。
※中庭に出れるかどうかは分かりません。ひよのはにこにこしてます。
上記の《校内》のどこかに鍵は存在しています。また、下記障害が発生します。
●障害(これらは外には出ない)
《黒髪の女》
: 血まみれの女。だらりと黒髪垂らし裸足で歩きます。包丁を手にしています。
《小さな少女》
: ぬいぐるみを手にして泣いています。すごい勢いで追いかけてきて捻り潰します。
《被害者の男たち》
: 旧校舎に踏み入れて死んでしまった少年達です。怨念がおんねん……。
《ピアノ》
: ♪――― 音が聞こえます。其れが何を示すかは分かりません。
《笑う絵画》
: 響き渡る声で笑い続けます。
《????》
: 見えません。分かりません。なんでしょうか。
●特殊ルール1
死ねません。パンドラ消費とは別です。死ねません。
当シナリオでは簡単にべちゃっと一撃死します。痛みは感じます。
しかし、死んだら《死んだ痕跡のみを残して玄関から再スタート》となります。
●特殊ルール2
ギフト、非戦闘スキルは万全に使用できますが、Aスキル、Pスキルは『旧校舎に存在する夜妖<ヨル>』には戦闘能力を発揮しません。
フレーバーでの目眩ましや威嚇攻撃などに使用していただくことは出来ます。
要するにこのシナリオは死にげー探索シナリオなのです。
ステータスは各種「逃げるスピード」や「怨霊に殴られても耐える時間が長い!」などの効果を及ぼします。神秘が高いと怨霊を視認できるとか、物理が高いと怨霊に対して物理攻撃で威嚇して逃げられるとか!
●鍵
旧校舎のどこかに存在します。外にはありません。探して下さい……。
プレイングではどこを探す、だとか、逃げるとか、お化け怖いとか……。
寧ろお化けに反撃してやるぜ、机を投げる!とか窓をバンバン殴るとか……。
ホラーテイストな旧校舎内で死にげーをしながら探索しまくって、存分に楽しんで下さいね!
●NPC
・月原・亮 :ご存じローレットのイレギュラーズです。皆さんの味方。
・音呂木・ひよの :案内役。希望ヶ浜学園の高校生。皆さんの味方。チュートリアル即死芸。
二人と協力することが出来ます!
●同行者がいる場合
多人数となりますのでプレイング冒頭にて【名前+ID指定】【グループタグ】で教えて下さい。
どうぞ、よろしくおねがいします!
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