シナリオ詳細
<アイオーンの残夢>無邪気とは許されざる大罪であるが
オープニング
●どうして、どうして、と心は揺らぐ
茶髪と銀髪のアルベド(白化)たちは、命からがら妖精城へたどり着いた。
そこはアルベドにすらなれなかったニグレド(黒化)たちが守りを固めていた。
何が起きたのだとニグレドたちは問うた。
ふたりのアルベドは辛うじて答えた。『イレギュラーズが強かったのだ』と。
『ならばしかたがない』。
ニグレドたちは侮蔑とともにそう答え、ふたりのアルベドを城へ招き入れた。
●なぜ、なぜ、なぜ、と心は惑う
ふたりのアルベドがイレギュラーズから植えつけられたのは、冷たく、重く、暗いモノだった。
それがなんなのか、アルベドたちは顔を合わせるたびに徹底的に討論を交わした。ときにソレは熱く高ぶり、ときにソレは鎮まり、奏でた。もしアルベドたちが人間種であったなら、ソレを『感情』と呼んだだろう。だが、生まれたばかりの彼らに、そんな語彙はなかった。顔をあわせるたびに、討論を……思いつく限りの言葉を浴びせあったに過ぎない。
茶髪のアルベドが言う。
「もしかしたらこの問題は、僕たちだけでは解決できないのかもしれない」
銀髪のアルベドが答える。
「ならば造物主様へお聞きしよう」
それはふたりにとって、ごくしぜんな流れだった。造物主によって育まれたふたりにとって、造物主は全知全能であったから。ゆえにふたりは問うた。神にも等しき造物主へ。
造物主は……『知る必要はない。これまでどおりに命令へ従え』。
●心は痛み、しかし彼には理解できず
妖精城アヴァル=ケイン、そこは魔種たちによって巨大な錬金実験場と化していた。地下にはずらりとガラス製の錬金釜が並び、コードにつながれたアルベドたちが水槽の魚のように眠っている。
そのアルベドは目を閉じたまま静かに考え続けた。自分のオリジナルが己へ注ぎこんだものがなんなのか。造物主は答えをくれなかった。こうして独り沈思黙考しても、同じ体験をした銀髪のアルベドと話し合っても、納得のいく答えにはたどり着けなかった。わからない。わからないのは我慢がならない。自分は根源探求者として生まれたのだ。未知は踏破すべきものだ。そのためなら白化としてのプライドなど投げ捨ててしまおう。
アルベドを目を開き、コードを外した。ごぽごぽと水が引いていき、魔力を帯びた風が吹きつけられ一瞬にして全身が乾く。衣装を整えて錬金窯を出た。真夜中だった。辺りは眠りに包まれている。
「なんのつもりだ」
見張りをしていた銀髪のアルベドが近づいてきた。
「……」
茶髪のアルベドは答えない。じっとすがるような目で銀髪のアルベドを見つめている。
「まさか、ここを離れるのか。造物主様への反逆だぞ」
「すぐ戻ってくるよ。知りたいんだ。この胸にある痛みが何なのか」
「造物主様は知る必要はないとおっしゃった。それ以上の答えはありえないだろう?」
「そうだろうか、僕は僕だけの存在だと思ってた。でも実際には僕にはオリジナルが居て、僕はその人のコピーだった。じゃあ、「僕」はいったい誰なんだ。名前もない「僕」は」
「おい、それ以上は」
「わかってる。けれど、知りたい、わからないことは放っておけない。「僕」はそういう性分なんだ」
銀髪のアルベドは何も言わず、腰の剣を鞘ごと抜いた。
「たしかに「心」というものについては俺も興味があるし、おまえが得るだろう答えも気になる」
だが、と銀髪のアルベドは言い連ねた。
「ここを出るというのなら、すこし痛い目にあってもらう」
「痛ぅ、あいつ、本気で殴りつけやがって……」
仕方がないかと茶髪のアルベドは自分へ大天使の祝福をかけながら夜道を進んだ。これだけ痛めつけられていれば、見張りの面目は立つし、逃亡を企てたと糾弾されてもやはり造物主へ忠誠を誓う事にしたと言い逃れもできる。そんなギリギリのラインだった。この程度の傷、オリジナルに出会わなければ、この胸の痛みを知らなければ、一撫でで治っただろうに。傷は深く重く。痛みはじんじんと続く。
野兎のように短い睡眠を繰り返し、彼はとうとう大樹ファルカウへたどりついた。そしてそこで、涙をこぼし続けるアルベドと、気を失った少女に出会った。
●慰めの言葉はいらない
そろそろ締めるよと、『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は言われたが、ゆるく首を振った。風が妙に冷たく、雨の匂いがする。ここは深緑、アンテローゼ大聖堂。迷宮森林の迷子を庇護するための場所だ。
「こんなピュアブルーシンギングナイトにはね、オールモストトワイライトダークネスなお客様が来るものよ」
古株情報屋の一言には重みがあるもので、プルーはひとり椅子に座り、きまぐれに揺れるランプを見つめていた。どれほど時がたっただろうか。時計は遅々として動かず、ランプの炎はいたずらに揺れるばかりだ。だがプルーは確信にも似た思いで待ち続けた。ざあ、と、とうとう空が泣き始めた。窓から侵食する雨の気配に、プルーは身震いした。その時だった。
「癒やしを使える人は、いませんか」
フードを深くかぶった、声からしてどうやら男、かろうじて見える口元は血の気を抜いたように白い、そんな青年が現れた。背に少女を背負っているようだ。ぜえぜえと呼気を吐きながら、入り口で固まっている。
「なんど回復しても足りなくて。ハーモニアは食べないと死んでしまうのでしょう? だけど「僕」にはどうすればいいのか、わからなくて……」
訪問者の言葉に、プルーはにこやかにうなずいた。
「レインボーホワイトからイグニッションブラックまで、私たちはすべてのお客様のすべての要望にお答えするわ」
入り口に立っていた男の口元に笑みが浮かんだ。まるで家へ入ることを許された子どものような無垢な安堵だった。
「名前を聞いてもいいかしら」
プルーが問うと、男はしばらく押し黙っていたが、唸るように答えた。
「……アルベド、とだけ」
空気が変わる。もしや、先日妖精郷を襲った存在なの。小さな声に問い詰められ、その青年は静かにうなずき、フードをおろした。穏やかそうな顔立ちがあらわになる。彼は、マルク・シリング(p3p001309)に瓜二つで、その表情には諦念が浮かんでいた。
「はい、先日エウィンを襲ったアルベドのひとりです。お願いがあって、ここまで来ました。だけどまずは、この人を助けてください」
プルーは二重の驚きを飲み込んだ。茶髪のアルベドが連れてきた少女は、不明になっていたエルシア・クレンオータ(p3p008209)だったからだ。彼女に関する報告は……悲惨なものだった。魔種によって心を害された祈りの少女。その胸の内は暴風雨が吹き荒れていることだろう。
プルーは動揺を隠し、エルシアを奥の部屋のベッドへ寝かすと身体検査をした。エルシアは虚ろな瞳で空を見つめ、半開きの口から言葉にもならぬうわごとをもらしている。
「外傷がないのはあなたの治癒のおかげね。だけど精神は回復魔法では癒せない。このままでは生命維持もままならないわ。食事をとらないと言ったけれど、いつからのこと?」
「仲間が……自決の際、この人を「僕」に預けました。なので、その前からだと思います」
「ということは、何日もとってないことになるわね。せめて、水を飲ませておかゆか何かを食べさせないと。ともあれ、大聖堂まで連れてきてくれて感謝するわ」
青年は首を振った。
「お礼を言われるようなことだろうか。でも以前の「僕」なら助けなかったかもしれない」
この大聖堂にたどり着く前、共にやってきた涙するアルベドは、そのコア『フェアリーシード』から妖精を救出して自壊した。
プルーは物思いに耽る茶髪のアルベドへ座るよう促した。
「私が見たところ、あなたは何かに苦しんでいるようね、お手伝いできることはあるかしら」
アルベドは短く息を吸うと、一気に答えた。
「胸に、『嫌で気持ち悪いもの』を持っていますか。それはあなたにとってなんだと考えますか? そんなもの、忘れてしまったほうがいいと「僕」は考えるのですが、どう思われますか?」
血を吐くような声で、彼はそう言った。言い切ると、ふつりと糸が切れたように脱力した。かろうじて薄目を開け、細く呼吸している。答えを聞くまでは意地でも起きている。そんな顔だ。眠る前、絵本を読んでもらおうとせがむ子どもみたいに。
「造物主様……「僕」たちのカミサマは、答えてくれませんでした。だから、依頼としてイレギュラーズにお願いしたい。「僕」の疑問に解をください」
プルーは考えた。彼は弱っている。エウィンでのことについて言いたいこともある。だがこうしてすがりに来た以上は、依頼人として丁重に扱わねばなるまい。何より仲間の死を目の当たりにしたうえで、エルシアをここまで連れてきてくれた。彼の中で何かが芽生えつつある。だから彼へどんな言葉を与えるか、それはすべてイレギュラーズに一任しよう。
「ストロングフェスティバルグリーンなイレギュラーズを集めることはできるわ。でも解になるかどうかはあなた自身による。それでもよくて?」
「かまいません。どうか、お願いします。話を聞くだけでも、「僕」の問いに、何かの、手がかりになるかもしれない」
プルーは承知し、急ぎ打診を始めた。
- <アイオーンの残夢>無邪気とは許されざる大罪であるが完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2020年08月10日 22時16分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
「お母様お母様お母様正しかったお母様お母様お母様お母様私さえお母様いなければお母様お母様お母様反転なんてお母様私のせいお母様お母様お母様犠牲すべてはお母様お母様死にもできずお母様生きるにお母様値しないお母様私がお母様お母様なんてお母様大罪お母様お母様命じてお母様お母様命じてくださいお母様お母様お母様どうすればお母様お母様贖罪お母様お母様お母様お母様世界をお母様裏切った私がお母様お母様どうすればお母様贖罪できるお母様お母様お母様お母様お母様贖罪贖罪……」
『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)はベッドへ仰向けになったまま、かすれた声でうわごとを呟き続けている。茶髪のアルベドはベッドサイドの椅子へ腰かけ、沈鬱な表情で彼女の手を握っていた。
一行が部屋に入ってくると、アルベドはきまり悪そうに手を離して立ち上がった。
「おやおや、もしや心配しておられるのでありますかな?」
『(*'ω'*)』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)が声をかけると、アルベドは首を傾げた。
「心配、とは?」
「おそらく今あなたの胸にあるものですぞ」
「そう、これが『心配』……」
アルベドは自分の胸を押さえた。そして鋭くマルク・シリング(p3p001309)を振り向いた。
「あの日から、厳寒の村やエウィンの瓦礫が頭を離れないんだ。胸が冷たく、考えがまとまらない。これは何? 何なんだ。どうしてこんな厄介なものを持ってまでおまえは生きているんだ」
「……何もわかってないんだな」
マルクは、温厚な彼にしては珍しく険のある顔でアルベドの視線を受け止めた。
「未知の感情に混乱しているといったところか? わけがわからなくて、だから放り出そうとしている。違う?」
「違、わない。でもわからないまま蓋をするようなことはしたくない」
「それはトラウマってものだ」
『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が一歩踏み出した。アルベドは気圧されたように身体を固くする。
「安心しろ。何もしない。今はまだ」
「……」
口をつぐんでしまったアルベドの代わりに『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が声を上げた。
「とにかくはさ、エルシア君が無事で良かった……まずはゆっくりして、元気をつけてもらわないとね」
「そうそう。まずはエルシアさんの介抱を優先するっすよ」
『ゲーミング』ジル・チタニイット(p3p000943)が紅茶セットで全員分のスイートカモミールをいれた。
「水分補給からいくっすかね。これには沈静作用があるっす。少しでもエルシアさんの助けになるといいっすが」
エルシアの体を起こさせ、クッションで固定すると、ジルは水を足してぬるくしたカモミールティーを口元までもっていった。匙ですくい、そっと口へ入れた。乾ききった体は無意識に嚥下した。
「あああお母様ごめんなさいお母様私は罪をまた重ねてお母様お母様贖罪贖罪私何をお母様すればお母様贖罪お母様お母様……!」
「エルシアさん、しんどいっすね。生きることすらつらくてたまらないっすね……。少し横になるっすか?」
「見捨てるわけにはいかない。外界も多少は認知できているようだし、少しずつ摂取させていきましょう」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が肉をくたくたに煮込んだスープを手にベッドサイドの椅子へ座った。
「贖罪お母様罪に苦しむことが贖罪ですかお母様お母様私はお母様お母様お母様……」
アレクシアとジル、そしてヴァレーリヤはエルシアの冷汗で濡れた額を拭き、乱れた髪をくしけずりひとつにまとめてやる。うつろな瞳はいまだ焦点を結ばず、うわ言だけが滑り落ちていく。その様子をアルベドは、はっきりと心配していた。
「気になるの?」
『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)がアルベドへ問う。アルベドは小さくうなずいた。
「あの人も胸に嫌なものを持っていると思うと、他人事ではなく思えて……それに「あの子」が「僕」に託してくれた命だから」
「そう、そうね……」
ラヴは瞳を閉じ、開いた。そこには薄く涙の膜が張っていた。
「質問に答えるわ、マルクさんのアルベド。私の顔に見覚えはある? ……あるわよね」
「もちろんだよ。「あの子」のオリジナル」
アルベドがラヴを見つめ、ふっとさみしげに笑った。
「本当にそっくりだね。いや、「僕」たちがあなたたちへ似せてつくられたと、頭では理解しているんだけど」
「私のアルベドは、どんな顔で逝った?」
「……苦しそうだったよ。フェアリーシードを引き抜くのは心臓をもぎとるようなものだもの。どうしてか大天使の祝福をかけてしまった。意味がないとわかっていたのに」
「そう、あの子は、のたうち回って死んだのね。すべて、覚悟して……」
ほろり、最初の涙がラヴの頬を伝った。
「私は、召喚の前も後も……多くの人を救ってきたと自負してた。でも、わからずにいるの。それが何なのか、何故なのか。自分自身の意思も、生の意味も、愛とは何かすらも。何かを殺して、何かを助ける、真っ暗闇の夜の中、おやすみなさいを司るもの。『おはよう』にはまだ遠い……そう思っていたのに!」
くしゃりとラヴの顔がゆがんだ。水晶のような涙がぼろぼろと、胸元を汚し、床を濡らす。高ぶった感情を、ラヴは素直に吐き出した。
「なのに私のアルベドは、あんな短い生の中で、何かの答えを見つけて、自決してまでエルシアさんを救ったの……! 思ったわ、先を越されたって。味わったわ、家族が英霊になった気分を。まだ受け止めきれないの、半身を失ったかのようなこの喪失感を!」
羨望と恐怖。尊敬と憧憬。憐憫と悲嘆。
「あの子の存在が、私の大きな大きなトラウマ……」
しばらくほとほとと涙をこぼすばかりだったラヴが、濡れた顔をアルベドへ向けた。
「だから、私は。私を、オリジナルを飛び越えて、あの子が自らの生にどんな答えを得たのか。私自身が答えを出せるその時まで……必ず、忘れないでいる」
「ありがとう」
「……何故?」
「わからない、でもただ、あなたが覚えてくれていることで。あの子の何かが報われるんじゃないかと」
ごめん、上手く言えない。アルベドはそうこぼしうつむいた。ラヴは涙をぬぐい、続けた。
「貴方が悩んでいる事、忘れたほうがいいのかは、私にはわからない。ただ、大切なのは。その先で自分が何をしたいかだと思うの。今の苦痛から逃れるためではなく、自分の成したいことを成すために……忘れるべきか、考えて」
ラヴはまっすぐにアルベドを見つめた。
「あなたはどうか、生きていて」
「生きる……あなたたちと戦うためだけに作られた「僕」にそれができるだろうか」
「できますぞ! 必ず!」
ジョーイが機嫌よく両手を鳴らした。
「我々の仲間を救助してくださるとは、貴殿はいい人なのですなぁ。今もエルシア殿を心配していらっしゃる、吾輩感動しましたぞ! 恩返しという言葉もありますゆえ、吾輩はアルベド殿を歓迎させてもらいますぞ! ジル殿のいれてくれたお茶でも呑みながら、話をしましょうぞー」
丸テーブルに用意された紅茶。その前にまっさきに座り、ジョーイは隣へ来いと手招きした。アルベドはおそるおそる席に着いた。気さくな笑い声を立てたジョーイは、まず、と指を立てた。
「駆けつけ三杯は素人には危険ですぞ!」
「かけ?」
「そう、飲み会と思ったらただの地獄だった。そんな一寸先は闇がこの世には存在するのですぞ! これが吾輩のトラウマといえばトラウマかもしれませぬ」
「待って、待って、のみかいってなに?」
「飲み会とは皆で集まり酒を痛飲するレクリエーションの場ですぞ」
「さけ、とは」
「そこからですか。見た目は大人でも中身は生まれて間もない立場のご様子。吾輩と似たようなものですな。何せ吾輩、過去の事を覚えておりませぬゆえ!」
「ふふ、なんだ。たしかに「僕」と似てるかも」
アルベドが初めて笑った。親近感とでも呼ぶべきものが穏やかな面立ちにあらわれている。
「嫌なことというものは二度と関わらないなら忘れたほうがいいでありますが、教訓として覚えておくことで同じ失敗を繰り返さないという使い方もできますゆえ! ラヴ殿がおっしゃったようにアルベド殿のその気持ちは、どう捕えて乗り越えるもしくは受け入れるかだと吾輩は考えるですな」
アルベドは興味深そうに聞いている。ジョーイは深くうなずいた。
「人間悩む事から成長すると思いますゆえ、存分に悩まれるとよろしいかと思いますぞ!」
「そうなんだね、なんだか心が軽くなった気がするよ」
「そういう時はこうですぞ」
ジョーイが右手を差し出す。
「さあ、あなたも!」
「これは?」
「握手ですぞ。挨拶の一種ですな」
「こう?」
「そうですぞ!」
ふたりはしっかりと握手を交わした。
「友情芽生えてるな」
アルベドの隣にアーマデルが座る。
「あんたはエルシア殿を助けた。俺は……助けられなかった」
「大事な人?」
アルベドの問いにアーマデルは少し遠い目をした。
「あんたにとってのエルシア殿よりは、見知った誰かだ。正確には……そうとは知らなかったとはいえ、助けようとしなかった。……俺の居た教団では珍しいことではなかった。手を出すな、仕方ないことなのだと。でも」
アーマデルが愁眉を寄せる。
「考えてしまうんだ。あの瞬間に違う選択をしていたら、と」
金の瞳が暗くなった。あえて言うならば、悔恨か。彼はとつとつと続けた。
「魂に深く刺さった、逆棘の付いた楔だ。これのおかげで、俺は自分が武器の一振りではなく、ヒトである事に、気づいたのだと思う。俺はそれを覚えておきたい」
「何故?」
アーマデルが顔を上げる。
「誉であれ、傷であれ、自分を織り上げる糸のひと撚り。その中でもこれは、俺にとって特に重要なものだと思うから。刺さるほどに鋭く、鮮やかだからこそ」
「そう」
アルベドが胸を押さえた。
「一つ忠告しておく。大事なことであるほど、選ぶのは自分自身の意思であれ。それがうちの神様の流儀で……俺もそうありたいと思ってる。結果に責任を持つ限り、あんたは何を選んでもいいと、少なくとも俺はそう思うよ」
「自分自身の、意思で……」
「そうだ。あんたがここへ来たように」
「……」
アーマデルが席を立つ。代わりにヴァレーリヤが座った。見れば皿のスープは空になっており、エルシアは静かな寝息を立てている。
「家族は、いらっしゃる?」
その問いにアルベドはしばらく考え込んでいた。
「わからない。あえて言うならば、同じアルベドが家族かもしれないけど、お互い知らなかったりするし……」
「ひとりぼっちなのですね、あなた。もしかしたら私の話は難しいかもしれないけれど、良ければ聞いて欲しいですわ」
「うん」
「家族を失う、それが私の心の傷ですの。とても悲しいことですわ」
「悲しい……」
「ええ」
ヴァレーリヤの胸を思い出が去来した。かそけき呼吸、腕の中、冷たくなりゆく感触。最後の力を振り絞ってみせた笑みは、彼女を心配させまいとしてだった。
「みんな「あなたは悪くなかった」と言ってくれるけれど、落ちた果実がどうしようもないように、後悔も胸を焼く痛みも大きくなっていくばかり。もし家族を取り戻す手段があると言われたら、私、きっと飛びついてしまうでしょうね。どんな犠牲を払う事になったとしても」
「そこまで? 「僕」にはよくわからない」
「だとしたら、あなたは幸せなの。薄暗い闇の中で永遠にもがき続ける。失うって、そういうことだわ」
「苦しいんだね、今も。忘れたいとは思わないの?」
「あの人やあの子が、生きた証ですもの。忘れたほうがいいだなんて、そんなこと思いませんわ。もし貴方にもそういう存在ができたのなら、大切にしてあげて頂戴ね。全ては、永遠ではないのだから」
大切な存在。自分が殺してしまった無数の妖精たちにもきっといたのだろう。アルベドは瓦解したエウィンを思い出し、暗い表情になった。
アレクシアが眠るエルシアを見つめ、懐かしむように話し出した。
「私、昔はとっても体が弱くてね、ベッドの上から全然動けなかったんだ。お父さんやお母さん、「兄さん」は優しくしてくれるのに、それに報いることのできない自分が大嫌いだった」
「それは、その、造物主様の命令に背かざるをえなかった、みたいな、感じだろうか」
アレクシアは苦笑して首を振る。
「そうじゃない、家族と「兄さん」は無償の愛を私にくれた。何も返せない自分がふがいなくて嫌だったんだ。だけどそれは、私のとっては大事なルーツなんだって思ってる。あの時期があったから、私はヒーローになりたいって思った。誰かを助けて、笑顔を護って、少しでも誰かの苦しみを和らげてあげられるような存在になりたいって思ったの。だからこれは私を作る大事な想い出の一つなんだ」
「大事……。辛いものが?」
「想い出は良いことも悪いこともあるけど、全て自分を形作る何かになっていくと思ってる。捨てたらそれはもう私じゃない。別の人になっちゃうよ」
「あなたたちはそんなに不安定な存在なの?」
「どう言うべきかな。アーマデルが言ったように、生きていくって選択することなんだ。無数の選択肢の結果の一つ、それが今の私だよ」
「選択の結果が、あなたたちを作るんだね」
「そうだよ。そして十中八九、アルベド君もね」
「「僕」も? なら「僕」がエウィンを壊したことも、命令に従ったという選択の一つ……なのか」
「ジョーイさんが言ってたよね。乗り越えるか、受け入れるかさ。ところで、あなたのほかにも、そうやって行動に疑問を持った子は何人もいるのかな?」
「どうだろう、わからない。「僕」らは原則として個別に行動しているから」
「そう、もし知ってたら教えてほしいな。こうやって、お話してみたいからさ。あ、それと……」
アレクシアが瞳を輝かせる。
「名前を付けましょう! 自分の名前を! 想い出が、経験が、人を形作るのだとしたら、あなたはもう一人の人なんだから」
「僕もそう思う。今の君には自我がある。もう僕のコピーではない」
アルベドの正面にマルクが陣取った。
「だから君を……マルクのアルベドだから、マルベドと呼ぶことにするよ。名前は、個を最初に形作る記号でもあるから」
「マルベド……「僕」の名前」
「ああ、そうだ。それじゃ、話そうか、マルベド」
マルクは複雑そうな視線をマルベドへ浴びせ、マルベドはそれから自分を守るように片腕をテーブルへ乗せた。
「僕の故郷の寒村は、ある冬に滅びた」
「知ってる」
「話はそれで終わらなかった。あれから、幾つもの命が溢れていくのを見てきた。君と戦ったエウィンでも、大勢の妖精が死んだ」
ぴくりとマルベドが反応を返す。
「そうやって、くりかえし死を見てきた。あの時「僕のルーツ」と言ったよね。理不尽や無慈悲で奪われる命を何度も見てきたからこそ、僕は自身に、死を遠ざける者となることを課した。消えていく命を、一つでも救うために。だから……」
マルクは自分の胸を拳で押さえた。
「忘れるわけにはいかないよ」
「こんなに悲しくて、やりきれないのに?」
「過去は変えられない。無かったことにはできない」
「……」
今日一番マルベドの心へ刻み込まれた言葉だったようだ。
「今もこれからも辛い記憶は積みあがっていく、けれど、ね。それを忘れることは、未来の誰かの命から、目をそらすことだと思っている。だから、できない」
きっぱりと言い放ち、マルクは机の上で両手を組んだ。
「最後は僕っすね」
ジルがそっと席へつく。エルシアへこの言葉が届くよう祈りながら。
「最近思い出してしまったんっすよね。……僕の集落が、『採取』のために皆殺しにされてしまったっす。おっかさんに助けられ、僕だけがこの世界に召喚されて無事だったっす」
「思い出したということは、忘れていたの?」
「そうっす。蓋をしてしまっていたんっす。思い出さずに忘れられていたら多分楽だったっすけど、今の僕はそうは思わないっす。だって僕は生き残ったっす。おっかさんの「生きて欲しい」という願いを反故にすることはできないっす。……願いは呪いにも似ているっす。だけれど、それは自分なりに解釈し乗り越えたり飲み込んだりするものだと思うっす」
「自分の力で希釈して飲めというのだね、あなたたちは、この毒を」
「そうでなければ前へは進めないっす。僕は僕なりに生きて、薬師として誰かを癒して支えるためにこの命を使いたいと思っているっす」
黙り込んだマルベドへ、マルクが言葉を重ねた。
「君の核たる妖精の命と引き換えに、マルベドの生がある。考えてほしい。自分の命が、他の生命を犠牲なしに生きられないとき、どちらの命を選ぶのか。僕は造物主ではないから、両方は救えない。そして造物主は、君も妖精も命としては見ていない。マルベド、君はどちらを選ぶ?」
マルベドは深く考え込んでいた。そしてエルシアへ顔を向け、ヴァレーリヤを眺め、最後に空になったスープ皿を見つめた。
「今はまだ答えられない。だけど、ひとつわかったことがある」
「なんだい」
「僕は何かを、選ばなくちゃいけないんだね」
マルベドは吐息をついた。真冬のように冷たい息だった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
おつかれさまでした。
エルシアさんは皆さんの介抱のおかげで、身体的に回復したようで、現在は小康状態にあります。
個とみなされ、新しい名を与えられマルベドに変化が起きたようです……。
MVPは究極の問いを突き付けたあなたへ。
GMコメント
みどりです。
まずはおかえりなさいませエルシア・クレンオータ(p3p008209)さん。前回の結果を受け、『忘却の母』によって呆然自失となったあなたは、自分では立つことも会話をすることもできない状態です。次なる戦いに備え、今は休むことが肝要でしょう。
さて、ローレットにマルク・シリング(p3p001309)さんそっくりのアルベドがたずねてきました。前回の結果を受けて弱体化し、仲間からフルボッコくらってキャイン言わされたみたいですが、その原因となった疑問へあなたなりの返事をしてあげましょう。ガチシカトして言いたいこと言ってもかまいません。それもまたありかな!
やること
1)アルベドの問に答える 今回はこれがメインです
A)オプション エルシアさんのお世話をする 成功度には関わりません
●現状のアルベド
・皆さんの話を聞きに来ました
・無敵の強さは失いました
・それはオリジナルのイレギュラーズによって流し込まれたトラウマのためです
・結果、自分のこれまでの行動に疑問を感じているようです、理由は本人もよくわかっていません、なんとなく後ろめたくて落ち着かないといった感じです
・基本的に人の話を最後まで聞く実直なアルベドです
・ハイ・ルールによって依頼人へ手を下すことはできません
・造物主に関する情報は聞けません、禁則事項です
●アルベドの問い
1)胸に『嫌で気持ち悪いもの(トラウマ)』を持っていますか?
2)それはあなたにとってなんだと考えますか?
3)そんなもの、忘れてしまったほうがいいと、思いませんか?
A)あと言いたいことあればなんか
アルベドがどうなるかはPCさんの答えしだいです。
●現状のエルシアさん
・まともなコミュニケーションは望めません
・極度の飢餓状態にあり、ベッドで横になっています
・台所などの必要な設備や料理の材料などは大聖堂側で用意してあるので自由に使ってください
●関連シナリオ 読んでおくとニヤリとできるかもしれません
<月蝕アグノシア>勿忘草は悲劇に嘲笑(うた)う ふみのGM@エルシアさん
<月蝕アグノシア>無邪気とは許されざる大罪である みどり@マルクさん
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