シナリオ詳細
親子を遮る白花
オープニング
●腐った父
「おっとう!」
幼子が駆ける。
何度も転んで着物を汚しながら、その度に起き上がって見慣れた姿を目指す。
「おっとう、ぼくはここだよぅ!」
父がいる。
いつも無愛想な顔で、でも優しいまなざしと繊細な手つきで撫でてくれた父だ。
あの日、猟に出かけてから一度も会えなかった。
あれから何度隠れて泣いたか分からない。
面倒を見てくれている村長には感謝はしている。
けど、この子が最も求めているのは、あの時まで必死に守り育ててくれた父なのだ。
白い花が揺れた。
薄い色合いの差す白い花弁が宝石のようにも見え、少しずつ散る花が美し過ぎてこの世ならぬ気配まで漂わせる。
「おっとぅ?」
父が気付いてくれた。
あの朝と変わらない表情で、幼子に歩いて近づいているはずなのに何故が距離が縮まらない。
いつの間にか子供の足も鈍くなり、動こうとしてもほとんど動けなくなっていた。
「困ったわ」
聞き慣れない声がした。
「臭いで気付かれたら……」
白い花々の群生地に重なるようにして、白い髪の八百万が悩んでいる。
「ごめんなさい。もう少しだけ頑張ってあげて」
足下の花に労る目を向けてから幼子を心配そうに振り返り、目と目があったことに気付いて目を瞬かせる。
「だれっ!?」
幼子が叫ぶ。
白い花の八百万が動揺する。
花に貸していた力が弱まり、どこからか独特な甘い臭いが漂う。
まだ幼い子は知らない、死臭であった。
「村に帰ってください」
精一杯気合いを込めて、幼子の事を思って言うが精霊の気持ちは全く伝わらない。
「やだっ、おっとうを返せ! 返してよぅ!!」
白い花が父の帰還を阻んでいると思い込み、しゃがみ込んで白い花をむしる。
八百万は悲しげに俯き、しかし親子の足止めを止めようとはしない。
生前の心残りがよくないものを呼び寄せてしまったソレは、かなりの力を持つ亡者なのだから。
八百万であるカザハナのまわりを、白い花弁が蝶の如く舞っている。
見た目通りに殺傷能力は皆無であり、カザハナには亡者の討伐など不可能だ。
辛うじて可能なのは、親子を悲劇が襲うのを一時的に防ぐことだけ。
彼女は何かを期待する目を、西の方向へ向けていた。
●焼き討ち直前
「混蔵が帰ってきただぁ!?」
村長が大声を出し、うるさい黙れと妻に睨み付けられた。
「う、む、無事で良かった。あの子も喜ぶ」
引き取った理由は単純な義務感だった。
しかし性格の前向きさと素質の高さにめろめろになってしまい、孫の婿にしてしまおうと跡継ぎである次期村長と話し合っていたのだ。
「腕の良い猟師は貴重だからの。で、混蔵はどこにいる」
「へい、村外れの」
「あの花か」
生活が苦しくも豊かでもないこの村にとっては、あまり意味のない場所だ。
せいぜい若い男女が逢い引きに使うことがあるくらいで、村長も若い頃は妻と……いやそれは今はどうでもいい。
「混蔵は花を愛でる趣味などなかったはずだがな。あの子と話し込んでいるのか」
「それが変なんです。強い風が吹いている分けでもないのに白い花がわーっと散って、それで」
「うむ、よく分からんが緊急事態であることは分かった。おい!」
次期村長は既に準備を整えていた。
最低限の食料を持ち、村の赤子と妊婦を最優先に逃がす準備。
撃退可能な敵なら自分たちの手で討ち果たすための、武器にも使える農具を持った若衆。
そして、あやしげな花々を焼き払うための松明だ。
「親父、いいのか?」
村長にだけ聞こえる小さな声だ。
村人は戦闘訓練を受けていない。弱小妖怪相手でも重傷を負うかもしれず、怪我での生産力停止はこの小さな村の存続に関わる。
「他の地に逃げるよりはずっとマシじゃ。都合良く味方が来るわけでも……ありゃ誰じゃ?」
見慣れぬ人々がいた。
海の向こうではイレギュラーズと呼ばれる者達だ。
「あんた方……あなた方は神使様か!? ありがたい!!」
村長は心からの笑顔で、混蔵親子の救出を依頼するのだった。
- 親子を遮る白花完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●北風
「お前達は鬼か?」
細身の『虚刃流開祖』源 頼々(p3p008328)から、研ぎ澄まされた殺意が放たれた。
村の若い衆が怯えて後ずさり、なのに村長とその後継者は緊張はしているがどこか嬉しげだ。
「神使様方の言い回しでは、鬼人種といいます」
獄人と半ば蔑称で呼ばれる彼等は、多少の敵意は感じても力に対する評価の混じった鬼という単語を好意的に受け止めていた。
なお、実際は多少ではなく妖刀や魔剣並みの殺気である。
「あー、うん、鬼人種」
頼々が意識して腕から力を抜いた。
出身世界で体と魂まで染みついた習慣が出るかもしれないからだ。
「敵、いるんだろう? どこにいるか教えてくれ」
村長親子は真剣な顔でうなずき、鬼狩りを鬼人種の幽霊へ導くのだった。
「おい」
白い花の精へ案内しようとした村人を、『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)が抑えた声で呼び止めた。
殺意も戦意も消しているのに、村人が全身を震わせてしまうほどの迫力がある。
「あのホワイトガールからは敵意や悪意は感じられねえ。何か誤解があるみたいだな?」
相手をただ否定するのではなく、我々は専門だから任せとというニュアンスを込めて言い村人を追い越す。
“白き花の乙女”カザハナは、郷田の目を見てほっと息を吐く。
郷田はそれで、状況を正確に把握した。
「あらあら、間一髪といったところかしらー」
神威神楽ではまず目にすることはない海種の、しかも美女である『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が白い花の精霊種に親しげに語りかける。
直接制止されるよりも強烈に幼子の敵意が鈍る。
己を守ってくれた存在に拳を向けてしまったことに、ようやく気づけたのだ。
「どうお呼びすればよろしいかしらー」
「カザハナとお呼び下さい」
「はい、カザハナさま。お手数ですが誤魔化しをやや緩めてもらえないでしょうか」
カザハナの表情に辛さが濃くなる。
幼子に対する配慮は勿論ある。それと同じくらい、亡者の動きを邪魔しなければ白い花々が蹴散らされるという事情があった。
「せっかくの綺麗な花だ、散らさせるワケにもいかないだろ」
『君が居るから』ニア・ルヴァリエ(p3p004394)を中心に、世界が微かに歪んだ。
意図して狙われない限り破壊されないという、時と場合によっては大規模破壊術より大きな影響力を持つ結界を張ったのだ。
カザハナも覚悟を決めた。
親を喪い、慣れぬ環境で必死に生きる幼子に、真実の一部を見せることにした。
「おっとう?」
幼子が何度も瞬く。
人間の死体を見たことはなくても、父の狩った獲物に触れたことは何度もある。
この腐臭が何か、分かってしまった。
「あれはあなたさまの父親ではなく、父親の姿をしているだけの化生ですわー」
ユゥリアリアが穏やかに、しかし誤解の余地を与えない言い方をする。
「でもっ、おっとうだよ! 服だって、傷だってっ」
ムキになるということは、幼子自身気づいているということだ。
「信じたい幻を否定して、信じたくない現実を飲み込むのは」
この場が舞台であるかのように、どこかこの世ならざる気配も持つ『月光』ロゼット=テイ(p3p004150)が語りかける。
「誰にとっても苦いもの。子どもなら尚の事だよね」
猫の要素を持つ獣種の視線が、混乱する幼子の目から魂まで貫く。
「でも、他に選択肢はない」
幼子に鳥肌が立つ。
陽光に溢れている白い花の園が、凍り付いた雪原ようにも感じられる。
「アレは死人だよ」
「ちっ、違うもんっ」
必死に抵抗する子供に対し、ロゼットは罪悪感を隠した冷た態度を続ける。
「本物かどうかは知らない」
鼻で笑う。
「他人が君を道連れにしたくてお父さんの真似をしてるだけかも」
とても嫌な人の演技を、完璧にやってのけた。
「ちが……おっとう、おっとう!!」
「どっちにしてもアレにできるのは、生きてる人間を殺す事だけだよ」
カザハナの優しい幻は薄れ、眼球が濁った死体が幼子に歯を剥き出す。
「生きてる人間と一緒にいることは、出来ない」
生みの親を喪った子の瞳から、大粒の涙がこぼれた。
「そこの精霊種、だよね? 加勢するよ!」
心を揺らした直後に、今すぐ対処するしかない現実へニアが引き戻す。
「で、そこの小っこいの! 残念ながら、アレはあんたの父親じゃ無いよ」
ニアが幼子を背に庇う。
カザハナによる拘束が弱まる。錆びた鉈を持つ亡者が命の気配に惹かれて近づいて来る。
「あたしだって、詳しく事情を聞いたわけじゃないけど……あんたがやるべき事は、ここでメソメソ泣いてる事じゃないはずだ」
亡者が白兵戦をしかけようとしたタイミングで前へ出て、丈夫な小盾で鉈を防ぐだけでなく幼子のもとへ向かうことを許さない。
「それとも、あんたの父親はこんなふうに、人を殺すために武器を振るう人だったのかい?」
「ちがう、おっとうはっ」
幼子の知識と経験では言葉に出来ない。
でも、何が言いたいかは伝わった。
「分かったなら、とっとと村に知らせに帰んな! もしあたしらがアレに負けたら、逃げる準備が必要だろ!」
ニアは幼子よりずっと年上で、幼子の両親よりずっと若い。
子供がニア達へ信頼感を抱く。
だが父親から離れる決断をするにはまだ足りない。
「あ、あー」
『アホ毛が動く鬼おっさん』節樹 トウカ(p3p008730)が、まるで10年以上喉を使ってないかのように発声練習をする。
筋肉も骨格も逞しい巨躯に似合わぬ仕草であったが、何度か練習を重ねると不思議と違和感が消えた。
「幼子よ」
風に揺れるアホ毛が、威圧感を和らげるのに役立っている。
「まず白い花の人は敵じゃない」
防護結界で負担が軽減されているカザハナは、数分前より神聖さが増している。
「本当に敵なら動けない父親の前で君を苦しめるとか、逆に君の前で父親を苦しめればいいのに」
子供が考えるだけの時間を計算し、少しの間言葉を止める。
「何も危害を加えないのなら敵じゃない」
そうだろう? と頼れる大人の表情を意識する。
「足止めをしてるのは、村へ帰ってほしい理由は……今の父親の姿を君に見せたくなかったからだ」
優しい幻がさらに薄くなり、父親の無惨な姿が子供にも見えた。
「あれは亡者だ。白い花の人の幻影で変わらずに見えていたが……君が呼んでるのに呼び返したり、感動の再会のはずなのに声も涙も出さなかっただろう?」
子供は奥歯を噛みしめる。
「もちろん、俺や白い花の人の勘違いで父を真似ただけの別物かもしれないが……それなら君がここに留まる理由はない。とりあえずここから逃げてくれないか」
「はいっ」
振り絞るようなが聞こえ、小さな足音が村に向かっていった。
「負けてやる気はサラサラ無いけど、さ!」
力を込めた強烈な斬撃を、ニアは見切って地面の花々へ空振りさせる。
「俺はブランクが長いんだがなぁ」
トウカは包囲されるのを防ぐため、敵の新手に向かう。
敵味方が激しく動いても保護結界は万全に働き、小さな花も全く傷つかない。
「子守お疲れ様。あとはこっちでやっとくから……と言いたい所ではあるんだけど」
ロゼットがカザハナにお願いする。
「足止めは継続して貰えると嬉しい。いや、神使とかお題目を貰ってるけど言うほど大したことないんだよね、この者」
自身のことをこの者と呼び、腐臭が漂う戦場で飄々としているロゼット。
どう見ても、百戦錬磨にしか見えなかった。
●冷たい手
元猟師の強烈な心残りに誘き寄せられるようにして現れた幽霊霊達に、『新たな可能性』笹木 花丸(p3p008689)が立ち塞がった。
「花丸ちゃんに、マルっとお任せっ!」
名乗りであると同時に、お前達になど負けないという挑発であり宣言だ。
冷たいけれど弱い殺意が吹きつけ、亡者としての格の低さからは考えられないほど鋭い攻撃が幽霊から放たれた。
「この程度?」
花丸は挑発を続ける。
1対1でなら勝てる相手だが、3体による3方向からの攻撃はかなりの脅威だ。
拳で払っても少しずつダメージが蓄積し、避けきれなかった朧な手の平が花丸の戦衣に触れ命を啜る。
「隙有り!!」
幽霊にはわずかな重みしかないとはいえ現実に存在する相手だ。
幽霊が警戒していないタイミングで拳を幽霊に突き刺し、幽霊がこの世にしがみつく力を大きく削る。
「? 体が」
軽い。
術による支援だとしても、これほど強力なのは珍しい。
「カザハナさまは無理をしない程度に援護をー」
ユゥリアリアは開戦前と同様にのんびりしている。
しかし彼女から訥々と零すように連なる旋律が、それに加えて槍に括り付けた戦旗から溢れる魔力が、花丸だけでなく10メートル以内にいるイレギュラーズ全員を支援する。
その全てが、パッシブスキルである。
「無理は禁物です」
戦いの経験が足りないカザハナには特に良く注意しながら、射程に入ったトウカに対して動きが良くなる力を付与した。
「こいつ、見た目より強いなっ」
今にも消えそうなほど朧気なのに、幽霊の殺意と命を奪う力は強力だ。
トウカは敵を引きつける役割を花松に担ってもらい、自身は攻撃に専念して妖刀不知火で幽霊を少しずつ刻む。
「これは、糸?」
亡者が不可思議な技を使う。
混蔵と喚ばれた熟練猟師の技術が亡者の力を技へと変わり、無色無音の足止めの罠を雲の如く張り巡らせる。
「あらあらー、大変。でも糸程度では止まりませんわよー」
穏やかなユゥリアリアの声が冷たく響く。
鈍った足で亡者の元へ引きつけられているが大きな問題ではない。
意識を失った訳でも戦闘力を無くした訳でもなく、進路上にいた幽霊を神秘的な二又の槍で刺すことくらい簡単だ。
幽霊の意識がユゥリアリアに向いたタイミングで、花丸が思い切り良く飛び込んで両方の拳で乱打する。
弱った敵に攻撃を集中するという戦い方は単純であると同時に素晴らしく効果的で、幽霊は攻撃にまわせる力を残したまま急激に薄れて完全に消えた。
「ああ、まったく……こんな形で帰ってくるとは」
口元を隠す防具の下で、『気は心、優しさは風』風巻・威降(p3p004719)が寂しげに笑った。
「誰も知らない所で朽ちるよりはマシだったのかもしれないけど……」
亡者と化した混蔵だけではない。
目の前の幽霊だって、元は人間……鬼人種だったのだ。
花丸から先頭を引き継ぎ、風巻は脇差で牽制する。
その刀身は飛び抜けて分厚くそして重く、風巻に伸ばされた幽霊の腕を迎撃してダメージを最小限に抑えた。
混蔵も、この幽霊達も、野放しにはしておけない。
故に、斬る事に躊躇いはない。
「せめて少しでも優しい終わりであるように、力を尽くすとしましょう」
反撃で幽霊を揺らす。
幽霊の次の一撃より後から脇差しを振るって先に届かせ、朧な体をこの世に縫い付け切っ先を芯に届かせる。
1体は無事だった。
しかし残る1体は、完全に麻痺して移動も攻撃も封じられる。
風巻は静かに技を繰り出す
全身の『気』を一時的に変質させることで己を疑似的な妖刀へと変え、朧な幽霊を斬撃で囓って自身の消耗を回復させる。
彼の斬撃は終わらない。
倍速じみた加速で切っ先を微細かつ華麗に動かした上で、全身が薄れた1体を下から上へと切り裂きこの世に留まる力を失わせる。
幽霊の反撃はまだない。
だから風巻は、無傷に近いもう1体を上から下へと斬って激しい衝撃を与える。
完全に体勢が崩れた幽霊は、もはやただの的以下の存在だった。
刀を納めぬ空の鞘。
そこにないはずの柄を、頼々が掴んで引き抜いた。
何の攻撃もしていないのに、5体もいる幽霊が怯えたように瞬いた。
「1、2の……我、舐められているの?」
幽霊は隊列も組まず散開もしていない。
だから存在しないはずの剣を媒体にした術を使う。
生じた稲光が地を這い幽霊に迫り、稲光は1つでは終わらず地面全てを白く光らせる。
薄れていても角が分かる幽霊3つが、文字通り何の痕跡も残せず消し飛んだ。
「君は……特に極端だね」
智者然とした言い回しを好むが本性はただの少女なロゼットは、頼々と比べれば随分と控えめな威力で攻撃しつつ幽霊の1つを引き受ける。
頼々に向かったもう1体は、効かないと思っていた攻撃が何故か頼々に攻撃が当たってしかも効いているのに困惑している。
「これも計算のうちである」
下がって、斬る。
たったの2動作で、頼々に手傷を負わせた個体もロゼットが食い止めていた1体もまとめて両断した。
「……そうだね」
ロゼットはそれ以上突っ込むことは止めて、重傷には遠いが浅くもない傷を、一度の治癒術で頼々から消し去るのだった。
●亡者の終わり
「生きてるときなら狩られていたのはミーかもな」
優れた罠の技術があっても、相手の心理を読んだ上で仕掛けなければ数多の戦闘経験を持つ郷田には通じない。
隙を見せず、隙を見逃さず、鉈による斬撃を危なげなく躱す。
戦いが始まって数分経過している。
既に亡者の戦闘力は郷田に筒抜けだ。
極度の集中が現実をスローに見せる。
郷田は体感で数秒じっくり観察してから、壊すための一撃を準備する。
「そこだ」
歴戦を物語る傷痕が刻まれた拳が、妄執の籠もった鉈を持つ手首を貫き、破壊した。
激甚な痛みが亡者を苛み、奇跡的な……郷田達が招き寄せた幸運によって生前の感情が再現される。
目が腐っていても分かる優しい動きで、村の衆に護衛される子供を観て、うなずいた。
「おっとう!!」
「一蔵、行くなっ」
次期村長が逞しい腕で幼子を後ろから抱く。
混蔵の最期の要素が消えて、最も弱くとびきり生命力に満ちた子供を亡者が狙おうとする。
「生前の混蔵だって、テメェのガキを傷つけるなんて望まないはずだ」
郷田が高速のステップワークで幼子の視線を遮る。
重厚な筋肉で覆われた巨躯が亡骸の無惨な今を隠す。
「二度と蘇らないようにしっかり砕いてやるから安心して成仏しな」
事情は理解出来るているのだろう。村人は泣く子を止めて離さない。
「カザハナ!」
混蔵を抑えることで精霊種を護衛していたニアが、強く促した。
白い花の精は、臭気も瘴気も抑え込んで、親子の別れに無用なものを取り除く。
「頼んだわよ」
ニアが残った力をかき集めて亡者の防御を断ち切る。
「黙って消し飛びな、ファッキンアンデッド」
拳が腹に突き刺さる。
筋肉が千切れ、腐った内臓が完全に崩壊し、亡者の核をなしていたものが解けて消えていく。
混蔵の遺体が仰向けに倒れる。
白い花々が、手向けのように散って男の死に顔を隠す。
郷田は自身が汚れるのも構わず、遺体の目を閉じさせる。
「赤の他人のミーに出来るのはそれくらいさ」
後のことはカザハナ達に任せ、大きな声で戦いの終わりを宣言するのだった。
●はじまり
「葬儀の手配はこちらで」
「よろしく!」
村長達を見送った数秒後、花丸が疲れたように肩を落とした。
「ハァ、こういうのって苦手」
遺体の埋葬、遺品の回収、区切りをつけるための儀式の準備など、すべきことが多すぎた。
「カザハナさんもお疲れ。それと」
泣き付かれて座り込む子供と目の高さをあわせる。
「強く、健やかに育ちなさい。死んでも君に会いたいって思ったあの人はソレを心の底から願っていた筈だから」
子供が頷いたのを確かめて、花丸もうんとうなずき立ち上がった。
「今度こそちゃんと混蔵さんが帰ってきましたよ。ね、しっかりを見送ってあげましょう?」
風巻は穏やかだが言っていることは厳しい。
喪主はこの子供だ。
どんなに辛くても、父を見送らなければ将来必ず後悔する。
「慕われて、葬儀まであげてもらえるのは、幸運ですよ」
羨む気持ちのない正直な感想を、子供には聞こえない距離でつぶやいていた。
「一蔵よ」
トウカが幼子の名前を呼んだ。
「俺は君がどれほど父親の帰りを待ったか知らないけど、君が父を待ち続ける間、家族として墓参りする人が誰もいなかったのはとても悲しい事だと俺は思うんだ」
「はい……」
涙がじわりとにじむ。
「そうだ。世に脅威は多い。どれだけ用心深くしても、君の父のようになることもある」
人生の先達として真摯に説明する。
「だからこそ、普通が大事なんだ。生きることも、区切りの儀式をするのもな」
家族のために長い時間を捧げたトウカが言うと、説得力がある。
「式は明日だ。今日は村で休むんだ。いいね」
一蔵は、改めてイレギュラーズに頭を下げて、村長の孫娘と一緒に帰って行った。
「ところでカザハナさまはこれから如何されますー? 村に厄介になるのも良いですが、もし気が向きましたらご一緒しませんかー?」
ユゥリアリアが気軽に尋ねる。
特異運命座標ではないが力を持つ精霊種だ。選択肢はいくつもある。
カザハナは少しの間考えて、花々の調子が戻るまはここにいると告げた。
「ねえカザハナ、以前に何処かで会ったっけ?」
ニアが問う。最初から妙に心的距離が近かった。
「ま、いいか。仲良くしてくれるとあたしも嬉しいよ。よろしくね」
「はい」
“白き花の乙女”カザハナは、微かに、そして本当に嬉しげに微笑んだ。
「それはそれとして! 村人はカザハナに謝らせないと! そりゃ、本人を尊重するけどさ。カザハナが許したってあたしは許せないよ、全く」
「鬼人種と八百万の関係は少し難しいので……わたしは構いませんから」
カザハナが止めようとする。
片方は憤慨し、片方は困っているのに、何故だか和やかに感じられた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
一蔵少年は前を向いて頑張っています。
GMコメント
初カムイグラ依頼になります
亡者と化した父親と、父親を待ち焦がれていた幼子。
2人の間で起こる寸前の悲劇をなんとか回避しようとする八百万(精霊種)のお話です。
●成功条件
幼子と八百万(精霊種)の生存。
●ロケーション
白い花の群生地とその周辺です。
白の花弁に薄青が差す美しい花ではありますが、近くの村では利用法などが分からずほぼ放置されています。
●エネミー
『混蔵』
かつては腕の良い猟師でした。
猟の最中に事故で死亡した際、亡き妻に託された子への執着が暴走し結果的に亡者(アンデッド)として甦り村へ戻ろうとしています。
人格の残滓はありますが亡者です。子供と接触すると殺害、捕食を行います。
防御技術は高くはありません。HPは豊富で特殊抵抗も高めです。
攻撃手段は以下の通りです。
・錆びた鉈【物至単】【必殺】
力強い一撃です。
・見えない罠【神中範】【怒り】【足止】【無】
体に宿る瘴気を利用と体に残った猟師の技術を組み合わせた大規模な術です。
この術で敵対者の足並みを乱し、各個撃破を試みようとします。
『朧気な幽霊』×8
強い亡者である『混蔵』の気配にひきつけられてくる幽霊です。
生者を襲います。戦闘力は低いですが生命だけは高いです。
イレギュラーズが群生地に到着した時点では、群生地から北に100メートルに3体、東に150メートルに5体います。
攻撃手段は以下の通りです。
・朧気な手【神至単】
命中が高い一撃です。
・悲しい叫び【神遠単】
命中も威力も低いです。
●他
『“白き花の乙女”カザハナ』
「風の花」と呼ばれる白い花より生まれた八百万(精霊種)です。群生地の近くで起きようとしていた悲劇に気付いて阻止を試みました。
この群生地で生まれたかどうかは不明です。
総合的には強力ではあるのですが、直接戦闘には向いておらず簡単な癒やしの術や加護が精一杯です。
幼子が父の遺体の現状に気付いて衝撃を受けないよう、『混蔵』の見た目と臭いをごまかした上で親子の足止めをしています。
なお、幼子は『混蔵』から逃げようとした瞬間足止めが解除されます。
イレギュラーズから攻撃されない場合、可能な範囲でイレギュラーズからの要請に応えようとします。
『幼子』
元気。『混蔵』は生きていて『“白き花の乙女”カザハナ』は敵なのだと思い込んでいます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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