PandoraPartyProject

シナリオ詳細

寄る辺なき浮世の狗

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雨に消ゆ
 彼方で滲んだ金色が小雨を照らす中、朽ちたうてなで開いたのは、花ではなく黒い犬だ。
 夜ほどの青みを持たず、漆黒ほど艶めいてもいない黒は、古びた石からひとつふたつと現れ、やがて巷をゆく。
 人家に篭った者は息を殺し、赤子が泣かぬよう祈り、犬が吠えて挑まぬよう口をふさぐ。精一杯の抵抗だが、黒き影の鼻を誤魔化せはしない。かれらは木戸へ鼻を擦り付けて、すんすんと鳴らす。砂についた足跡へ鼻先を押し当てて、においを辿ろうとする。
 まさしく犬のごとき挙動。間もなくこうべを上げ、犬ならざる影は吠えた。恐れて篭る人々でさえ、その遠吠えに哀れみを抱く。抱いてしまうほど、悲しい鳴き声に聞こえた。けれどかれらは紛うことなきあやかしのもの。負の情が模った、犬に似たナニカでしかない。
 だから誰ひとりとして表に出ず、家を、家族を守るため影が去るのをひたすら祈る。
 遠くから滲みてきた陽の色が明るさを強め、そぼ降る雫が鮮明に見えてくる頃になって、漸く群れは此岸ノ辺へ帰っていく。
 立ち去る姿を木戸の隙間から覗き見た人々は、口を揃えてこう言った。
 その後ろ姿は、どれもしょぼくれたものであったと。

●情報屋
「おしごと」
 そう話しはじめたイシコ=ロボウ(p3n000130)は、此岸ノ辺で退治して欲しい存在があるのだと続ける。
「犬に似た影の魔物が出る。妖怪、と呼ぶ方がわかりやすい?」
 どう呼ぶのが正しいか、イシコが迷ったのには理由がある。
 かたちは犬に似ているが、『負』が具現化したためか姿は揺らめく影そのものだ。
 そんな影が姿を見せたのは明け方。人々の起床に合わせるかのように現れた。
「此岸ノ辺から来たのはわかってる。だから今度は、こっちから仕掛けよう」
 此岸ノ辺。穢れの地とされるそこには、『負』の要素が集まるという。
 具現化した『負』を放置しておくと、バグによる召喚──いわゆる神隠しにより、いずこからか呼ばれる人が増えてしまう。本人の意思とは無関係な出来事ゆえ、起こりうる可能性はひとつでも多く迅速に減らす必要があった。
 そして村の人々が穏やかに過ごすためにも、怪異の行進を阻み、断たねばならない。
「その犬、カムイグラの人たちの言う『穢れ』なんだと思う。だから倒して祓ってあげて」
 倒して祓うことで、怨念となったかれらも眠りに就けるはずだ。
「帰っていった方角や距離とかから、だいたいの出現時間や場所は判ってる」
 つまりイレギュラーズが意図的にずらさない限り、現場への到着に関して、頭を悩ませる必要はないとイシコは告げた。
「その影、人のにおいを辿ったり、音に反応して耳を動かしたり、動きも犬っぽい」
 犬を模したにしては、あまりにも犬に近すぎる。けれど間違いなくかれらの姿かたちは影だ。
 愛らしく纏わり付こうとも、じゃれて甘噛みをしようとも、すべてが攻撃の手段となるのを忘れてはならない。
「……あ、それと」
 説明をの終わり際、思い出したかのように声をあげて、イシコは言葉を付け足す。
「その日も雨が降るみたい。風邪、引かないように」
 負が渦巻く穢れの地は、ただでさえ冷えるだろうから。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
 影犬12体の殲滅

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 小雨が降る明け方。戦場は此岸ノ辺の森の中、泥土と朽ちた石が転がる場所です。
 ぬかるんでいるため、足場はあまり良いと言えない状態。
 出現場所はやや開けた場所ですが、そこから森に入れると一変して、木々や茂みで視界も遮られやすくなります。
 現場が目視できる距離に入る頃、敵が出現します。

●敵
 犬を模った影×12体
 飛び掛かって押し倒したり、甘噛みしたりと犬らしい攻撃をします。
 動きや感触は甘噛みですが、いつのまにか流血する立派な攻撃なのでご注意ください。
 また飛び掛かられ、あるいは押し倒されて体勢を崩すと、ダメージを受けるだけでなく防御技術にマイナス補正がかかります。
 犬は体勢が崩れた人優先で甘噛みを試みるので、注意が必要です。
 それと、自他を問わずぺろぺろ舐めることで回復も可。

 それでは、ご武運を。

  • 寄る辺なき浮世の狗完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月08日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ロト(p3p008480)
精霊教師
十字矢 詠河(p3p008622)
スペクター

リプレイ

●小雨
 けぶるような小ぬか雨が、来訪者を迎え入れる。曙の此岸ノ辺、しとしとと音が降るだけの森は静かなものだった。
 雨天に銘々準備を整えてきたが、染み渡る夜気の名残はやはり冷たくて『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が赤を招く。
 彼女が帯びる鮮紅色が夜明けに点るや否や、『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は朽ちた石を遠目に認める。静寂を湛えたはずの地で感じるのは、気配だ。五月蝿く騒ぎ立てるかのような気配は、クロバの胸をざわつかせた。
 感応しているのか、それとも胸騒ぎに似た直感か。判断するより早く木を倒して、クロバが呟く。
「……穢れの気配か」
 影が成した犬は、まもなく現れた。
 平たく言うならば、かれらは透けた闇だろうかと『慈愛の英雄』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)が見入る。フードの下で目を凝らすも、景色の起伏や濃淡をも透かした闇だ。現下の薄暗さからすると濃いが、夜ほど深くはない。
(見目はかわいくても、その実態は……)
 ユーリエは気を引き締めるべく、すう、と空気を飲み込む。
 聞いた通りの姿かたちを目にした焔が、ほんとだ、と目を丸くする。
(犬の妖怪かぁ。そういうのも相手にしたことはあるけど……)
 元いた世界での記憶を引き出してみるも、犬を模った影という存在は過去に無く。
 此岸ノ辺の森は、人も物の怪も、負の情でさえ等しく受け入れるのかもしれない。そう考え『特異運命座標』ロト(p3p008480)も腕をさすった。
(あれが……穢れ、負を具現化したもの)
 立ち位置を目測で定めつつ、ロトの内で疼くのは好奇心だ。異形ではなく、あえて動物を模して活動する負の具現化――考えれば考えるほど、口端は釣り上がる。
 そして例えがたい感情を含んだ『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)の頬もまた、上がりそうだった。
「これはなんともはや……」
 頬を抑えるため手を添え、ルル家は自らへ言い聞かせる。
 わかってはいる。理解してはいるのだ、ルル家も。祓うことが救いになる。手心を加えては穢のためにもならぬと。しかし。
「やりにくいですね。姿をはっきり見せられると」
 伏したルル家の目線は黒ずんだ泥土へ落ち、心持ちがぬかるんでいくのを感じて頭を振る。
 うーんと唸る『悲劇を断つ冴え』風巻・威降(p3p004719)も首をひねり、思惟に耽った。
「……困ったな」
 たった一言に心情が集約される。
 何せ見かけは犬だ。それも、獰猛さを前面に押し出してこない犬。来訪者に驚いているのか、はたまた戸惑っているのか、影犬の群れは四方八方へ顔を向けるばかりで。
「俺、犬が好きなんですよね……」
 切なく零した威降に、『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が睫毛を伏せる。
「魔物である以上、倒さなければいけないのです。悲しいこと、ですね」
 影がただ何にも影響せず存在するだけであったならと、思わずにいられない。無情の風が漂う中だからこそ彼女は、温かいひよこちゃんを胸に抱いて前方を見据えた。
 一方、意気込みや想いを宿す仲間たちを見渡していた『スペクター』十字矢 詠河(p3p008622)は、寒々とした空へ熱を吐く。
(正直、俺に何が出来るか分からない。けど!)
 迷いも躊躇いも、未だ詠河の底に渦巻いている。
 けれど沸々と込み上げる、成したい、やり遂げねばと自らを追い立てるものも、確かに彼自身で。
(やれるだけのことはやらないと!)
 こうして詠河は暗澹たる佳景の中、初めての戦いに挑もうとしていた。

●浮世に居ぬ影
 精霊の意思に心傾けていたロトが、戦場と化した地を目視で辿る。
「右方はぬかるみの影響が低いよ」
「了解しました!」
 足場の状況について彼が伝えると、すぐに反応したのはシフォリィだ。彼女は会釈したのち、群れを視界に収める。
 そして仲間たちから少し距離をとったシフォリィが掲げたのは、勇壮な名乗りだ。
「シフォリィ・シリア・アルテロンド、参ります」
 堂々たる言に連ねるのは、犬たちへの誘い。
「遊んでほしい子はこっちに来てください!」
 怒りに囚われた影が幾つか、次から次へと彼女を追走する。
 夜明けに生まれ駆けていく影から意識を反らさず、ユーリエはショートケーキを頬張っていた。脳に栄養を届けつつ、英霊の物語を顕現する。
(負によって生まれたのなら、あの手この手で攻撃してくるに違いありません)
 たっぷりの甘味で能率を上げ、精神を研ぎ澄ませていく。犬を模した姿だろうと油断しないと心に決めて。
 一方、樹上を跳ねて移動していた詠河は、犬めがけてオーラの縄を放つ。影に絡まれば動作も鈍り、暴れる犬を逃さぬよう、詠河は木から木へ飛び移りながら薄影を追った。
 影犬たちは思い思いに動いていて、統率が取れているとは思えず焔がううんと唸る。
 群れを成していても、やはり一体一体は妖怪で。それを退治し、穢れを祓うのが役目。焔は郷愁にも似た感覚を手に込めて、得物を振るった。赤き斬撃が、薙いだ犬たちを灼熱で溶断する。
 直後、焔へと突進してきた犬は勢いよく飛び掛かり、彼女が纏う色に触れた。バランスを崩すも焔に動揺の素振りはなく、にっこり笑ってみせる。
「元々向こうでは、こういうの専門だったからね! 慣れてるよ!」
 言いながら犬を押しのけ、先ほど攻撃した犬たちを捉える。溶断されて影の一部が崩れても尚、かれらは走り回るのをやめない。
(本当なら、穢れだけを焼き祓ったり出来たんだけど……)
 それが叶えば、もっと違うかたちでかれらを送れただろうか。
 異なる世界という世界の在り方を少しばかり惜しむように、焔は唇を引き結ぶ。
 シフォリィを追う犬が横切るのを一瞥して、威降は小さく細く息を落とす。
(負の情が模ったものだという話だけど……)
 喜んで庭を駆け回るような、跳ねる影犬の挙動に沈思する。
(寂しいとか、そんな感じから生まれたんだろうか)
 威降はふわりと浮いたままの身で、力無く輪から逸れた犬へ近寄る。一緒に遊べたら、どれほど良かったか。倒さなくてはと急く気持ちと、愛らしい振るまいを披露する犬とが、彼の胸中で綯い交ぜになっていた。
 だから振り払うかのごとく、威降は突き技で犬を討つ。守りをも貫く神速の一撃で、夜に置き去りにされた存在を還すために。
「……ごめんよ」
 別れの囁きは、殆ど吐息にしかならなかった。
 めまぐるしく変化する戦況を広く眺めていたロトは、前で戦うクロバへ神子饗宴を施す。
 帯びた力にクロバが眼差しだけで礼を示し、流麗に刻んだのは眩むほどの一閃。強烈な瞬きに影犬が一瞬怯み、ぴりりと走る痺れに苦しげに震えた。そのときにはもう納刀していたクロバだが、表情に一片の曇りもなければ、油断という文字も彼には有らず、瞬時に構える。
 もたらされた力も相まって、クロバの眼前で犬は息絶える――元より呼吸をしていたのかは謎だが、犬が消えた頃に漸くクロバは息を吐いた。
 彼の力となるよう捧げた生命力に、ロトの胸が苦しくなる。付与を専門とする術に長けた彼にとって、与えることで覚える苦痛も珍しくはない。だから胸を押さえ、仲間たちを静かに見やった。
(相変わらず、僕に出来る事は少ない)
 端々から滲む彼の想念が、柔い笑みを揺らがせる。けれど彼は俯かない。
 引け目は常より感じていたことだ。今さら俯きぬかるみに躓くよりは、尽力しようと心が傾く。
 そのときだ。
「わひゃー!」
 突如として響いたルル家の声は、どこか気の抜けたもので。
 反射的に仲間たちが振り向くと、しっぽを振った犬が彼女に甘噛みをしていた。
「わ、わわ、くすぐったいです! うわあ血が出まし……わひゃひゃ!」
 じたばたと手足を踊らせて抗うルル家は、悲鳴というよりも楽しげな歓声をあげる。
 首筋や脇に鼻先を擦り付けてくるものだから、くすぐったくてたまらない。かと思えばガジガジと腕を噛んでくる。それを繰り返した犬をどうにか振り払う頃にはもう、ルル家の息も上がっていて。
「大丈夫ですか?」
 すかさず声をかけたユーリエは、頬がほんのり上気したルル家に気付き、きょとんとする。
「た、戦っていてわかりました……」
 肩を上下させたままルル家が神妙な面持ちで告げた。
「恐ろしい敵です……!」
「ええ、本当にそうですね」
 頷いたユーリエが特殊魔術を招く間も、ルル家は唇を震わせ続ける。
「こう、甘噛みされると結構な幸せ気分になります!」
「そうですね……えっ?」
 思いがけない単語にユーリエが目を瞠るも、少女の声音や瞳の輝きは変わらない。
「斯様な気持ちを拙者に与えるなど、末恐ろしい存在です!」
 力説する彼女にユーリエがぱちくり驚いていると、高ぶる心持ちが費えぬうちにルル家が弾幕を展開した。
「貴殿らが安らかなりし眠りに付きますよう、調伏致します!」
 弾の雨が降る。蜂の襲撃にも似た、けたたましい羽音を奏でて。
 すると並んで走る二体の犬が、あっという間に雨音へと溶けて消えていった。

●寄る辺
 間合いに入るならば、反すのみ。
 構えるクロバに絡もうとした影はしかし、彼のカウンターに抉られて沈む。一体また一体と、徐々に敵の数は減りつつあった。
 勢いの波を壊さぬ内に威降が生み出したのは、己の生命を贄とした刃。妖しげな一振りを、彼は迷わず振るう。
「本当に、ごめんね」
 締め付けられる想いを言葉にするも、威降の斬風に紛れた。更に風がもたらした力は、じわじわと影犬を蝕む。
 そこへ、軽業で健康的な土から土へ跳んでいた焔が、極限まで高めた果敢さで犬を焼く。影ゆえに骨も残らず、初めから何もなかったかのようにかの犬は消えた。
 遠くない所では、犬と戯れる仲間たちを眺めるルル家へ一体の犬が牙を剥く。
 すかさず詠河が動き、ルル家を襲った犬へ狙いを定めた。
「このっ!」
 思い切り振りかぶって、薬瓶を投擲する。直後には影がひとつ、彼の毒薬にまみれて絶命した。
 その頃、英霊の意志を招いたユーリエは、残る影を視界に入れる。
 もしも負の情が、穢れが、犬の姿ではなく想い人や親愛なる友の姿で出てきたら。
(弓を射ることが、果たしてできるでしょうか?)
 考えるだけで背が凍てつく感覚。それを紛らすようにユーリエは特殊な魔術を編む。
 そして彼女の魔術による加護を帯びて、シフォリィが走る。飛び掛かってきた影犬へ纏った棘の力が痛みを与え、今のうちにと構え直したシフォリィが反すのは、一撃。ぶんぶんと振る尻尾が見えた途端、彼女は苦みを噛み締めて。
(くっ、可愛らしい動きをしたからといって、意思を崩すわけには……!)
 真っ直ぐな太刀筋で、犬を払う。
 その向こう、ロトが手頃な枝を犬に見せつけてから、放った。念入りに観察した犬の挙動を受けて、一石を投じたのだ。するとシフォリィを囲おうとしていた数体が、枝とロトへ興味を示す。
「ほら、ワンちゃん」
 習性を利用できると解れば躊躇はない。枝へ食らいつく犬がいる一方、ロトに飛び掛かった影もある。背を強か打ったものの、激しくしっぽを振って圧しかかる犬を目の当たりにして、彼は察した。
(やっぱり、悪意を持っていない様に振る舞うんだね)
 負が具現化しているのに、恨み辛みを滲ませない。
 ロトにとって、目の前の対象は知的好奇心をくすぐる存在だ。
「……興味深いね」
 そう呟く頃にはもう、数体がロトを取り囲んでいた。
 彼に群がった影たちを、飛び込んだクロバがなぎ払う。吹斑雪が喰らのは、クロバが斬ると決めたモノのみ。退けた群れの中には、耐え切れず朽ちた犬もいて。
 よろめきながらも立ち上がったロトはそこで、気合いを叫びに換えて駆ける詠河を目撃する。
「おおおッ!!」
 大音声は雨粒をも震わせた。浅い闇を走る詠河の様相は、犬の興味を誘う。
(痛いのは嫌だ。けど……もっと嫌なものがある!)
 だから詠河は疾走し、戦場を、群れを掻き回して意識を惹きつける。
 そんな彼へ迫る犬は、樹上から望んだときよりも巨体に見えた。
「ゥガアッ!!」
 詠河は咄嗟に威嚇に近い唸りをあげ、羽衣を広げて対抗する。突然の出来事に首を傾いだ影犬は、跳ねる足取りで詠河に縋りつく。
「って、違うんだ! 遊んでるわけじゃなくて!」
 前足で詠河の腹や胸を掻き、腕に噛み付く犬を押し返すも簡単には放してくれない。
 犬が首もとへ鼻を擦り寄せてきた、その一瞬。生じた隙を詠河は逃さず、鮮やかな火花で犬を飾って後退する。すべては仲間へ託すための距離だ。
「今だ! この犬を!」
「任せてよ!」
 詠河の一声に、焔が揚々と応えて地を蹴る。少女の闘志は火焔へと転じ、今しがた詠河にじゃれついていた負の犬を、立ち昇る赤で浄化した。
 直後に悲鳴が響く。叫びの主、ルル家の声こそ切羽詰まっているが、影犬に押し倒されて足をバタバタと泳がせる表情は、嬉々たるものだ。
「これを幸せと呼ぶのですねぐわー!!」
 喚声を轟かせた彼女の元から放たれるのは閃光。全身全霊をかけた一撃はまさしく必殺技で。
 ルル家はバイバイと手を振って、己の技で消滅していく犬を見送った。
 その近くでは、犬を前にした威降が脇差を振り上げる。刃を滑る月明かりこそ今宵は無いけれど、そぼ降る涙で濡らした刀身は、彼の気も乗せて煌めいた。
(心が痛みます……けど!)
 拭い切れぬ情が鼓動を高鳴らせる。しかし躊躇だけは捨て置き、威降は影犬の後頭部へ一刀を浴びせた。受けたが最後、鳴きもせずにかの者は地に伏せる。
 有り得た可能性を身に宿し、シフォリィが細長い呼気を伴う。
 そして揮うのは白銀の刃。それこそが彼女の心身から溢れ出る光輝。
「十分に遊べましたか?」
 ふんわり微笑んだシフォリィからの問いは、影犬の歩みに惑いを生ませた。
「これで、遊ぶのは終わりにしましょう」
 彼女の白銀が描く弧は、月に似た清かさで犬と戯れ、白き花のようにその命を散らした。
 ふと、辛うじて残滓を保っていた目の前の影へ、威降が腕を伸ばす。
 影犬の余韻はもはや動かない。威降が撫でれば、たちまち霧にくるまれ消えていく。影も形もなくなった憂き夜の犬へ、次に彼が傾けたのは――未練をも撫でんばかりの情だ。
「……今度はちゃんと、犬として出会えますように」
 そのときは、思い切り遊んであげるから。

●雨上がり
 朝を重ねつつあった世界に、霧が染み渡る。
 薄闇に慣れた眼では眩しくて、ユーリエが瞬きを小刻みに繰り返す。
「あの子たち、正しい輪廻へ行けたでしょうか……?」
 平穏に浸かり、平和に揺蕩うのを望むユーリエにとって、影犬の行く末は気になるところだった。
 次こそは幸せな所に。そう願うユーリエの穏やかな声も節も、漂う霧に溶けていく。
 彼女が顔を逸らした先では、消えた犬の名残を手に包み込んだ威降が、しゃがみこんだままじっとしている。思い出したように外套を羽織るまで、彼はずっと犬のいた場所を見つめていた。
 不意に、ロトが静寂の重たさに詰まった息を吐き出す。
 そして彼は、既に過去となった己の記憶へ――記憶に浮かんだ影の犬へ薄く微笑む。
「……実に興味深い」
 彼の好奇心は今も費えず、むしろ沸くばかりだ。
 後方ではシフォリィが、痛みを感じた箇所へ手の平を滑らせていた。じゃれてきた犬を想起し、目を細める。
「祓われるために生まれてしまった存在でも……楽しかったって、思ってくれたでしょうか?」
 せめて、最期の時ぐらいは。
 そう俯く彼女の肩をルル家が軽く叩いて、緑を柔らげて笑む。
「犬と向き合うシフォリィ殿の行動、拝見しました」
 雨合羽のフードから覗いたルル家の双眸は、先刻まで犬が駆け回っていた地を徐に映す。
「祓うことにより救われたかれらは、皆様とのじゃれあいでも救われたはずです。きっと」
 ゆっくりと語らう速さでルル家が紡ぐと、シフォリィもゆるりと顎を引く。
 その頃、一頻り見回していた焔は、陰欝な淀みが潮のごとく引いていくのを察して。
(やっと穏やかになるかな)
 まもなく少女が捧げるのは、祈りの言霊。
「祓い給い清め給え。神ながら守り給い幸い給え」
 白んでいく景色の最中、焔の声は骨に凍みる朝の冷たさをまろやかにさせる。
「ふぅ、久しぶりだけどこんな感じでいいかな」
 一息ついた焔へ、ぱちぱちと拍手が送られた。
 拍手の主である詠河は、銘々の願いが穢れた場に滲みるのを肌身で感じた。無事終えたのだと、漸く実感が湧く。そこでふと気配を感じて詠河が振り向けば、寂然が染み渡った森からクロバがふらりと姿を現す。
「クロバさん、どちらへ?」
 いつの間に離れていたのかと、驚きを交えつつ詠河が尋ねる。
 するとクロバのまなこに、ほんのり光が燈った。
「ああ、寄る辺なき穢れを断ちに、少しな」
 言を頼りに彼の後背をちらと見やれば、砕けた石たちが木陰で休んでいる。
 これで夢見も多少ましになるだろうと、伏し目がちにそう告げたクロバの面差しも、いつしか霧に溶けていく。
 夜は明けきった。
 此岸ノ辺を離れる道中、どこからか犬の遠吠えが届く。呼応して四辺から響いた鳴き声が、影犬のものではないと分かると、みな顔を突き合わせて笑う。
 そう、此処こそ負の影なき現世。
 ならば聞こえてきたのは、若者たちを出迎える新たな朝の声に違いなかった。

成否

成功

MVP

ロト(p3p008480)
精霊教師

状態異常

なし

あとがき

 小雨が降る明け方の戦い、お疲れ様でした!
 影犬と戯れたり、葛藤したり、悩んだり、ひたすら戦ったりと、様々な姿を拝むことができて、楽しかったです。
 この度はご参加頂き、誠にありがとうございました。
 またご縁が繋がりましたら、そのときはよろしくお願いいたします。

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