シナリオ詳細
不運な花嫁
オープニング
●望まない結婚
鏡に映るのは実に美しい花嫁だ。
花びらを折り重ねたような純白のドレス。
これからの幸せを願って着飾られた宝飾の数々が煌めいている。
しかし、それらを身に纏う花嫁の表情は浮かない。
「そのような顔をするでない、シャノーラ。せっかくの美しい顔が台無しではないか」
伏せられた顔を無理やり顎を掴んで上を向かせる。花嫁シャノーラの暗い瞳は目の前の男を睨みつけた。
「未来の夫たる私に向ける目ではないな。大体、何が不満だという。貴族たる私の妻になれるのだぞ?」
「それが嫌だというのです。エイドニー様」
脂肪で太い指が掴んだシャノーラの顎を撫でるたびに、嫌悪を表すようにシャノーラはさらに険しく睨む。
「シャノーラ、いい加減に諦めるんだ。私はできれば君の父君とは今後とも良い関係でいたい。そのためには……分かっているだろう?」
エイドニーの言葉に、シャノーラは悔しそうに目を閉じ睨むのを止めた。
貴族である彼の機嫌を損ねれば何をされるか分からない。
彼女の家は幻想に店を構える小さな商家だ。父の努力によって最近やっと業績を上げてきた。
これから、これからなのだ。今この時、何かしらのアクシデントに見舞われれば、父の店はあっけなく潰れてしまうだろう。
幻想の貴族たるエイドニーならば小さな店の一つや二つを潰すことも容易い。
まだ返済していない借金を抱えて、まだ幼い弟もいる家族が路頭に迷う姿など見たくない。
だからシャノーラは彼との結婚の申し出を断れなかった。
――全ては家族のために。
たとえ相手が自分と十も二十も年が離れた男でも、自分がこの男の何人目か分からない花嫁だとしても断れなかったのだ。
「そうだ、それでいい。お前は私に従順でいろ。そうすれば誰も不幸になることもないし、お前を可愛がってやれる」
にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべる男に、シャノーラは何も言えず、ただ見えないようにドレスの端をきつく握りしめた。
胸が苦しい。それはこの望まない結婚に関してもだが、それ以上に心を苦しめている原因が一つある。
「……アンディー」
一人になった花嫁が愛しい名を呼ぶ。その名を持つものはここにはいない。
いつしか声は小さな嗚咽となって、花嫁を閉じ込めた部屋に響いた。
まるで籠の中に閉じられた鳥が悲しく鳴くように。
恋い焦がれる番を求めて、泣いていた。
●だから殺してください
「幻想のさる貴族が結婚するらしいんだけどさ……ちょっとその花嫁を殺してきてくれない?」
飄々と落ち着いた態度で物騒なことを言い放つ『黒猫の』ショウ(p3n000005)。
――だからと言って本当に殺してはダメだからね? と付け足してショウは順を追って説明を始めた。
「エイドニーという年老いた貴族の元にシャノーラという平民の年若い女性が嫁ぐことになったのさ。明らかに身分も違うし、年齢差もある。これが恋愛結婚だというには無理があるとは思わないかい?」
シャノーラは今年で18歳。父の店で働く彼女は周囲の評判も良い美人の看板娘だった。
それが運が悪いことにエイドニーに目をつけられてしまった。
自分の領地内を移動していた彼はたまたまシャノーラを見かけて一目惚れ。その場で婚姻を結ぶように迫ったという。
「シャノーラを一途に思うならまだ良かっただろうね。彼は年若い娘に結婚を申し込むのは何度なくやっているよ」
うら若く美しい女性を手元に置いておきたい。この結婚にはエイドニーの自分勝手な欲しか含まれていないだろう。
「この結婚には当然シャノーラも不服だろうけど、快く思わない人がもう一人いてね……彼女の恋人だったアンディーだ。ちなみに今回の依頼人は彼さ」
シャノーラの商家で使用人として働いていたアンディー。
彼とシャノーラは親公認の仲であり、エイドニーとのことがなければ今頃はアンディーとシャノーラが結婚式を挙げていたことだろう。
恋人たるシャノーラが他の男に盗られていくのをアンディーが黙って見過ごせるわけもない。
だが相手は貴族だ。すでに彼女の実家が人質に取られているような状況である。
下手に無理やりシャノーラを連れ出そうものなら、アンディーの身が危ないだろう。
だからといって諦めるわけにもいかない。
どうにかしてシャノーラをエイドニーの魔の手から逃れさせ、共に居られる術はないかをアンディーは考えた。
「近い内に結婚式が行われるんだけどさ、そこで君たちには……身代金目的で花嫁を誘拐する誘拐犯になって欲しい。そして逃亡中の事故を装って、花嫁を殺してきてくれ」
誰とも知れない誘拐犯に攫われた花嫁は不慮の事故で死んでしまった。
そういう筋書きであれば彼女の周りやアンディーが怪しまれることもないだろう。
そして死んだと見せかけることができればエイドニーは彼女を諦める。美しい女性であれば誰でもいい男なのだから。
「花嫁を殺す方法は君たちに任せるよ。式場で火災が発生して花嫁が取り残されたとか、馬車で逃亡中、橋を渡っている最中に誤って川へ転落したとか……」
できるだけ確実に死んだと見せかけられる方法が良いだろう。
そして関係ない人はもちろんだが、エイドニー自身も危険に巻き込んではならない。
できるだけ穏便に、下手に周囲を巻き込んだりして大事にはしないようにすることも重要だ。
依頼人のアンディーもシャノーラもそのことは望まないだろう。不必要な犠牲は出さないほうがいい。
「今回死ぬのは“シャノーラ”という不運な花嫁だけでいいんだ、君たちもそう思うだろう?」
![](https://img.rev1.reversion.jp/illust/scenario/scenario_icon/5094/358f9e7be09177c17d0d17ff73584307.png)
![](https://rev1.reversion.jp/assets/images//scenario/evil.png?1737016796)
- 不運な花嫁完了
- GM名影浦
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年06月29日 23時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ある晴やかなる日
晴れやかな青空の下、そのパレードは華やかに行われていた。
花の飾りをされた白の馬車に今回の主役たる領主のエイドニーと花嫁のシャノーラが乗っていた。
「おめでとうございます、エイドニー様!」
二人に手を振り、祝辞を述べる領民たち。その様子は実に手慣れている。いつものように、領主たるエイドニーの機嫌を損ねないようにこのパレードを盛り上げていた。
「あーあ、あの花嫁さん可哀想だな。今まで嫁にされた人たちもひどい扱いをされていたそうじゃないか」
「本当だよ……ちょっとはあいつも痛い目みればいいのにな」
歓声に混じってひそひそと、そんな会話をする領民がいた。こうして無理に呼び出されて祝いたくもない結婚を祝わなければならないというのは彼らにとっても辛く、不満が溜まる一方だった。
「――そんなあなた方にぴったりの企画がございます。タダとは言いません。それ相応の報酬をさせていただきます」
領民たちが後ろを振り向けばフードを被った男がいた。フードの下で社交的に微笑むのは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)であった。
「さて……そろそろですか」
手早く領民との交渉を済ませた新田が空を見上げる。
青い空を白い小鳥が悠々と飛んでいた。
――あの小鳥のように、空を自由に飛べたらいいのに。
シャノーラは空を飛ぶ鳥を見上げていた。自分はこれから鳥籠に囚われていく花嫁だ。枷のように嵌められた左薬指の指輪が忌々しい。
「……ノーラ、シャノーラ! 何をボーっとしている! 領民に笑顔を向けて手を振らんか!」
エイドニーの言葉に渋々とシャノーラは周囲を見渡して手を振り出す。何もかもが茶番だった。教会で誓った言葉も、祝う領民たちの言葉も偽りだらけ。
偽りを積み上げて作った結婚式など壊れてしまえばいい。そう、願った時だった。
「随分と派手なパレードだな、エイドニー。成婚祝いだ、受け取れ!」
それはまるで狼の遠吠えに似た音だった。風切り音は観客の上を飛び、通りの真ん中へ。
馬車の前を歩いていた私兵の一人に当たった。さらにその後ろでは別の私兵が吹き飛ばされていくではないか。
「て、敵襲だー!」
誰が叫んだか、その一言で場の空気は騒然となり華やかだったパレードが崩れ、壊れ始めた。
●自由の空
騒ぎ出す観客たちの間を抜け、大通りへ躍り出た『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。投げ飛ばしたグロリアスを回収し囲んでくる私兵を、そして馬車の上で慌てているエイドニーを睨む。
同じ領地を預かる貴族でもこうも違うとは。かつて領地と民の未来を憂い、己に託したドゥネーヴ男爵とエイドニーでは天と地ほどにも差がありすぎる。
いや、あの男爵が例外であったと言うべきか。幻想の貴族の多くは程度の差はあれど、エイドニーのような者が多い。
あの様子では領民や領地への扱いも気に掛かるところだが……今はその解決は求められているものではない。
「どうした。自慢の私兵なのだろう、掛かってこないのか──数はそちらが上だぞ」
軽槍と短槍の双槍を扱い、私兵を相手取るベネディクト。同じ槍を持つ私兵が穂先を突き立てようとするがベネディクトの槍に払われる。
「数を揃えてこの程度でござるか? 護衛とは聞いて呆れるものよ」
挑発するベネディクトの言葉に続けて、『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が言う。
「拙者等の邪魔立てをするのならばお主等を……斬る!」
忍び衣装のくノ一は二刀を手にベネディクト共に私兵と対時する。今や目的のためなら人を斬ることも厭わない忍びの顔をしていた。
「しかし……これはまた絵に描いた様な悪党でござるな」
「……マジに思うのでありますが自分。この手の『美女侍らせてやるぜゲヘゲヘ相手の意志なんざ関係ねー』系の奴って四六時中女共から死ね死ね光線浴びせられてよく平気でありますな」
咲耶が斬った私兵を『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)がシュミーデ・アイゼンによる気で吹き飛ばす。
呆気なく吹き飛ばされた私兵に「何をしている、この役立たずどもが!」と喚き散らすエイドニーを冷めたじと目で見ていた。
権力を笠に着て傍若無人に振る舞っても許される。たとえ本人に力がなくとも。これが鉄帝であれば違ったことだろう。
「やっぱ幻想はダメ。鉄帝にしときなさい。みんなで仲良く殴り合えばオールオッケー。万事解決」
鉄帝の騎士にしてメイドらしく、エッダは改めてそう思いながら吹き飛ばした私兵の怒りを受けて立つ。確かにここは幻想であるが、今回は力で解決できるものだ。ならば己の力を扱うまで。
「この手の外道は、どこの世にも居るものなのですね」
避難していく観客の流れに逆らうように『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)も大通りへ出た。避難誘導は新田が仕込んだ協力者たちのお陰で滞りなく行われている。これならば観客を巻き込む心配をする必要はない。
「焔色の混迷を望むのなら、あるいは貴族の横柄を望まぬのなら。私も力になりましょう。彼女らの行く末が、幾許かは明るいものとなりますよう」
「な、なんだ、炎だと!?」
「ひっ……」
馬車の前で暴れるクーアたちを巻き込まぬように、こちらを囲う私兵たちだけを狙ってクーアはカルネージカノンを放った。炎獄が大通りを焼き尽くす。恐ろしい炎に焼かれていく仲間をみれば、他の私兵たちが怖気付いた。
「き、貴様ら! 何の目的だ!」
「俺たちの目的……そいつは花嫁を頂くことさ!」
小さな何かが素早くエイドニーの前を過る。馬車の御者台に『参上!』と書かれたカードが突き刺さっていた。
エイドニーが声のしたほうを振り向けば、この混乱に乗じて馬車に近づいた小柄の盗賊が……『意志の剣』サンディ・カルタ(p3p000438)がシャノーラを抱えていた。
「それは私の花嫁だ! 勝手に触るな!」
「誰がお前の花嫁だ、このクソブタが!」
サンディに掴みかかろうとしたエイドニーは横から勢いよく顔面を殴られ、馬車の中で倒れた。殴ったのは『鋼鉄の冒険者』晋 飛(p3p008588)だ。
ギフトで呼び出した二足歩行のロボット、アームドギアにて馬車を抑えた後、彼はその搭乗席から飛び出してくるなりエイドニーを殴りつけたのだ。
「――俺はお前が気に入らねぇ、役割の責任も果たさないで甘い汁吸おうとしてんじゃあねぇぞ、地位がなけりゃ女一人口説けねぇのかクソブタ」
晋は倒れ込んだエイドニーの胸ぐらを掴んで引き起こす。
三白眼の目は彼を鋭く睨みつけていた。エイドニーは何かを言い返そうと口を動かしていたが、歯が折れたのか、殴られた痛みで上手く言葉が出てこないようだった。
「お前、領主様になんてことを……!」
馬車の御者を努めていた私兵の男が慌ててエイドニーを助けようとする。
だが銃声が聞こえたかと思うと男は痛みに呻きながらその場に蹲った。御者を撃ったのは新田だ。離れた場所よりデッドエンドワンにて狙撃したのだ。
「晋、それくらいでいいだろ。さっさと離脱するぞ。サポートは頼んだ」
「あぁ、わかった」
晋はエイドニーから手を離し、アームドギアに飛び乗る。
「あの……貴方達は」
「心配しないでくれ、シャノーラさん。俺たちはあんたの味方だ。とりあえず、しっかり掴まっていてくれ」
サンディはそう言うと、シャノーラを抱え、タツマキシューズを使って飛ぶように馬車を離れていく。頭上を走って飛んでいく二人を止めたくても手が届かない。私兵たちは空をあ然とした表情で見上げていた。
「戦闘中によそ見をするとは余裕でござるなぁ! お望み通りお主からその首落としてくれようか」
手が届かないならばと槍を突き出そうとするが咲耶の放った忌呪手裏剣が邪魔をする。
「こちらは任せるでござる。今のうちに行くでござるよ!」
「咲耶さん、ありがとな。……道案内頼んだぜ」
咲耶に礼を言ってから、空を飛んでいた小鳥にサンディが話しかけた。
……これはベネディクトが周囲の状況や情報伝達ように用意したファミリアの小鳥だ。小鳥は頷くように鳴くと用意した馬車まで、私兵が少ない道のルートを案内する。
シャノーラのベールを風が揺らしていく。足元では私兵を引き付けて戦う者たちの姿。そしてエイドニーのいる馬車から遠くなっていく。先程まで鳥籠だと思っていたその場所から飛び出して、シャノーラは青い空を飛んでいた。
「レイジ、待たせたな!」
「おう、無事に連れて来てくれたな」
脇道に用意してあった馬車で待機していた『新たな可能性』レイジ・コールドウェル(p3p008592)はサンディと花嫁を出迎えた。
「花嫁さんへの説明は任せておけ。操縦は頼んだぞ」
レイジと花嫁を馬車に乗せ、サンディは御者台に乗り手綱を握る。今回の任務はただ、連れ去るだけで終わりではない。馬車をわざと目立つように進みながら、目的の場所へ進ませた。
●運命の輪
「そろそろ引き上げてよいでありますか……!」
いっそぶん殴ってしまいたい衝動を抑えながら、自身を切りつけた私兵をシュミーデ・アイゼンで吹き飛ばしてエッダが言う。
「……これ以上は難しいのです」
深手を負いつつもクーアが私兵をノーギルティでダウンさせながら周囲を見渡す。すでに花嫁を乗せた馬車が走り出していた。また私兵たちもこちらに気を向かせることが出来たため、花嫁からは十分に引き離せていたので、彼らはすぐには追いかけられない。
「……そろそろ引き上げるぞ!」
頃合いだ。ベネディクトが口笛を吹くと隠れていた彼の馬が現れた。素早く馬に飛び乗ったベネディクトはそのままクーアを後ろに乗せると逃走するために馬を走らせる。
「くそ、待て!」
「待てをするのはそちらなのですよ」
私兵が追いかけようとするも、クーアが馬上よりふぁーれを放つ。放たれた光弾が私兵の足元で爆ぜて進行を妨害した。
「ふぅ……ここまでは計画通り。後は頼んだでござるよ」
「後はサンディ様たちに任せましょう」
晋が事前に作り出していた弾幕が張られる。白い弾幕に紛れて、咲耶とエッダが姿を消して逃げていく。
「さて、俺もここまでだな」
アームドギアにて殿を務めた晋も離脱する。追いかける私兵たちは弾幕で姿を見失ってもいたが、彼らの馬が調子を崩し上手く走れない様子だった。
――いいんじゃねぇの? お前さんが頑張ったら上司の手柄にいっつもされてんじゃねぇの? ほらほら、今がチャンスだろ
雇い主がああなら私兵のほうもまた扱いやすかった。私兵隊の隊長はどうやら部下には慕われていなかったようだ。晋は事前に部下の私兵と交渉し、私兵隊の馬に一服盛らせたのだ。
煙が消え去った頃には花嫁も、そして襲撃犯も誰一人残っていなかった。
「誰でもいい、あの不届き共を捕らえろ! 花嫁をここに連れ戻してこい!」
顔の半分を腫らしたエイドニーにとってまったくもって面白くない。民衆の前でこのような失態に晒されるなどとは思ってもみなかったことだろう。
「花嫁が奪われたとは一大事。私も協力しましょう。報酬の話は後で」
怒り狂うエイドニーの前にスーツ姿の男が現れた。まるでエイドニーの協力者のように声を掛けたのは新田であった。
「金ならいくらでもくれてやる! さっさとやれ!」
「ええ。それではそちらの私兵と協力して向かいます」
新田はちらりと私兵を見る。目があった私兵は事前に買収した私兵たちだ。彼らと共に花嫁を乗せた馬車を追跡することとなった。
新郎新婦の間に愛のない、エイドニーだけが望む偽りの婚礼式。
――ならば最後まで、偽りを。
ガタガタと揺れる馬車の中でシャノーラは不安そうに手を握りしめていた。
「これはアンタのよく知るアンディーの依頼だ」
混乱の中に投げ込まれたかのようなシャノーラを安心させるように、レイジはアンディーの名を出した。その名を聞いた瞬間、シャノーラは反応を示すようにレイジを見る。
「アンディーが?」
「ああ。そして今からアンタの死を偽装し、エイドニーにアンタは死んだと思わせる。そうすればアンディーとはこれからもいられるだろ?」
「確かにそうかもしれないけれど……貴方たちはまだ信じられないわ」
「オレ達は冒険者で、アンディーから今回のことを依頼されたんだ。ただの善意だけじゃない、自分たちの利のためにも、報酬のためにも動いてんだ。そうじゃなきゃ、貴族に喧嘩を売ってまでこんな面倒なことしないだろ?」
善意だけで動くのはお人好しの聖人くらいなものだ。ある程度の見返りを求めて動くのが人というものである。
このような状況の中では、アンディーの名を出されたとしてもこの話を簡単には信じてくれないだろう。だからシャノーラが信用しやすいように自分たちはあくまで仕事ですることだと伝えた。
「だからオレ達の指示に従い、協力して欲しい。できるか?」
「……分かったわ。でもアンディーに会えるまでは完全に信じないから」
「それでいい」
一先ずの協力を見せるシャノーラの言葉にレイジは頷く。
(オレも暴力で納得いかねぇ事を収めてきた身だ。権力や財力で思い通りにする事が悪いとは言わねぇ。ただ、他人の痛みを考えずに"力"を振りかざすのは気にいらねぇな)
シャノーラには仕事だからといったが、レイジはそこまで冷淡でもない。
「……あれは」
「どうした、サンディ?」
サンディの声につられて、レイジが馬車の前を見る。道に横側には川が流れており、その先に大きな橋が架かっているのが見えた。あの橋から落ちて死亡を偽造するのが最適だろう。
「馬車、止める、報酬、もらえる」
だがしかし、橋の手前の道。その道のど真ん中で馬車の行く手を阻むように佇む巨漢の男がいた。鍛え抜かれた筋肉の雄々しい体に、厳つい顔には目立つような紋章が額から頬にかけてある。
「まさかこんなで会えるなんてな……。レイジ、それから花嫁さんも、いつでも飛び降りる準備をしておけ!」
橋まではまだ距離がある。なぜ今すぐに準備が必要なのか……その答えはすぐに分かった。
巨漢の男が腕を思いっきり地面に振り下ろしたのだ。すると地面は勢いよく砕け、盛り上がった。まるで地震が起きたような裂け目が走り、馬車を容赦なく飲み込んだ。
馬車は割れた地面によって進路を誤ったように横へ逸れ、そして川へと転落していった……。
「一体何があったんだ」
地面はひび割れて、川に馬車が転落している。現場にやっとたどり着いたエイドニーの目に広がっていた光景はそれであった。
「見ての通りです。馬車は不慮の事故で川へ転落してしまったようです。花嫁を捜索させたところ、見つかったのはこれだけでした」
新田がボロボロになった血染めのウェディングドレスを差し出して見せた。
「俺は花嫁が落ちるところをみたな……」
「岩と共に落ちていったし、この高さと川の流れも激しい。この状況じゃ生きちゃいないだろうな」
エイドニーの私兵たちが川を見ながら花嫁の行方を話していた。
彼らの会話はエイドニーの耳にも届いていたようで、彼らの証言とドレスを見てエイドニーは悔しそうに舌打ちをした。
もちろんこの会話も新田がエイドニーの前で花嫁が死んだと思わせるように会話をするように仕向けさせたものだ。
「状況的に生存の可能性は絶望的です。残念ですが……」
「そのようだな。……言っておくが報酬は払わないからな!」
襲撃した賊も捕らえられず、花嫁も死んでしまった。何一つ自分の思い通りにならなかったことで、まるで子供のような癇癪を起こしたエイドニーはろくに花嫁の死を確かめもせずにその場を去っていった。
その橋の下でサンディたちはぐしゃりと潰れた馬車から逃れ、無事に逃げおおせていた。
「さすが……地砕きのガイアンだぜ」
故郷にてサンディと共に三厄の一人として言われていたのが、あの巨漢の男ことガイアンだった。
昔なじみのガイアンのことをよく知るサンディにとって、あまり考えることをしない彼が地面を割って馬車を止めるだろうことは簡単に想像できたことだった。
だから、盛り上がった地面の上を走らせながら馬車を川へ転落させることができた――まるで事故にあったように見せかけて。ガイアンの行動が分かっていたからこそ、利用できたことだろう。
●不運な花嫁の話
サンディとレイジ、そしてシャノーラはその後合流地点へ辿り着いた。
散り散りになって逃げていた咲耶たち陽動班、そしてエイドニーに対して死亡の報告をしていた新田もいた。
「シャノーラ!」
「……アンディー!」
その場にはアンディーの姿もあった。愛しい恋人の姿を見るや、シャノーラは彼に駆け寄った。
「おっと、ちょっと待った」
すると突如として晋がアンディーに拳を振るった。
「い、いきなり何を……!」
「お前がちゃんと花嫁を守る気があるかと思ってな……まぁ大丈夫そうだな」
もしもアンディーが避けていたならその拳はシャノーラに当たっていたかもしれない。
女に手を上げるつもりもなく、ただ試すためにやったことだったので、晋の拳はシャノーラにはもちろんのこと、アンディーにも当たることはなかっただろう。
そして彼の満足する答えは出ていた。アンディーは今、彼女を守るように身を挺して抱きしめていたのだから。
「あー、花嫁さん一言だけいいか?」
ひやりとした場の空気を戻すように、レイジが声を掛けた。
「……ちゃんと幸せになれよ」
その言葉にシャノーラは沈みかかった夕日に照らされながら微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです」
――とある領地に不運な花嫁がいた。
領主に見初められ無理やり婚姻させられたその日に不慮の事故で亡くなってしまったという。あまりに不運で可哀想な花嫁の話は悲哀の物語として後に幻想の一部で流行ったそうだ。
だが誰も物語の真相を知りはしない。本当はその花嫁は生きており、今は愛する人と共にいることを。花嫁と恋人、そして花嫁を攫った犯人たち以外が知ることはないだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
皆さん、お疲れさまでした。
途中サンディさんの関係者が現れたりなどしましたが、陽動から誘拐、そして私兵の根回しなどそれぞれがきちんと役割を果たしたことで、無事に任務を達成できました。
二人のこれからはけして楽ではないでしょうが、きっと明るいものとなるでしょう。
またご縁がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。
GMコメント
悪依頼は初めてな影浦です。でも純粋な悪依頼とはいえないかもしれない。
6月といえばジューンブライド。結婚式に乱入してちょっと待ったー!は王道ですね。
今回の話はそんな感じの依頼です。
愛する恋人同士が結ばれるためにも、どうぞよろしくお願いします。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
【成功条件】
花嫁シャノーラの誘拐、及び死の偽装
【状況】
大まかなスケジュールは以下のとおりです。
領地内の街の教会にて挙式が行われます。
エイドニーとシャノーラはもちろん、参列者には彼女の家族や招待された他の関係者が大勢います。
参列者はできるだけ巻き込まないように注意してください。
教会内外共にエイドニーの私兵が警備をしているため、何かあれば彼らと戦うことになるでしょう。
挙式後は大通りで成婚パレード。
領主の結婚を祝うために街の住人たちが大通りに集まります。(住人はほとんど領主による圧力で強制参加のようです)
屋根のない馬車にエイドニーとシャノーラが乗り、ゆっくりとエイドニーの屋敷に向けて進行。
馬車の周囲には私兵が乗馬しながら警備をしています。
その後は屋敷にて披露宴が行われる予定です。
花嫁を誘拐する方法やタイミングは自由ですが、タイミングによって状況が変わりますのでご注意ください。
またシャノーラの死をエイドニーにしっかりと認識させることも重要です。
・エイドニーの私兵
剣や槍、弓などで武装しており、今回の警備を担当しています。数は30人以上。正確な数は不明です。
・貴族のエイドニー
とある領地の貴族。小太りな絵に描いたような悪徳貴族。
年若く美しいシャノーラに一目惚れし、結婚を申し込む。
シャノーラに了承されなかったが、彼女の家族を人質に無理やり婚姻を了承させる。
・花嫁のシャノーラ
とある商家の娘。エイドニーに一目惚れされ、婚姻を申し込まれた。
エイドニーの事は心底嫌っているが家族の為に渋々婚姻した。
本当はアンディーのことを愛している。
・恋人のアンディー
シャノーラの商家で使用人として働いていた。
シャノーラとは相思相愛の仲で、いずれは結婚の約束をしていた。
今回の依頼人。
Tweet