シナリオ詳細
REBOM ダークリザード
オープニング
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深緑のとある森。
霧のようにけぶる雨に包まれて、二階建の洋館は夜の中にひっそりと建っていた。
派手な作りではない。かなり古い建物に見える。
そこに、深夜まで明かりが消えない一室があった。
女主人は窓の外へ目を泳がせた。
雨音に溺れてしまいそうな夜は、銀色の狼が無性に恋しくなる。
青い蝶の羽根をむしって敷き詰めた上で、立派な銀の毛に指を滑らせ、太い首に腕を回して抱きしめられればどんなによいか。
「『私』はなぜ、こうも銀色の狼を恋しがるのでしょうね?」
対面に座る男の答えを期待して、ロウソクの灯りの中に言葉を転がしたわけではなかった。
だが、男は意外にも膝を乗り出すと、こちらが床に落とした疑問を拾い上げた。
「恐れながら、貴女の胸を締めつける思いは、恋ではなく殺意かと。
是非にも殺してやりたいと思うほど、執着しているがために起こった情動反応にございます」
女主人は横を向いたまま、刹那に崩れた表情から鋭利な刃物にも似た冷たさを覗かせて、男にひっと喉に詰まったような悲鳴をあげさせた。
が、それも一瞬の事。
女主人はすぐに表情をけぶらせると、あとはまた、紫陽花の葉を叩く雨の音に耳を傾ける。
一体全体、この奇妙な仮面をつけた短躯の男は何を言っているのしら。
自分がどこの誰かも解らない、いや、聞かされてはいるけれど、確かにそうだという自信が未だにもてない。
そんな私が愛情はともかく、他者に殺意を感じるだなんて……。
やはり独り言であった。
が、男はまったく意に介せず、むしろますます勢い込む。
実際にツバを盛大に飛ばして喋るものだから、こんどは女主人のほうがうんざりとして、さっと開いた黒扇子で顔を隠す始末である。
「ですから、ですから。
けっしておかしな話ではないのです。
銀の狼を思い起こすたび、胸を刺す、焦がすような痛みに襲われる。
それこそ貴女が『ダークリザードさま』である証というもの。そのお気持ちは、今のお体を得る以前から続く因縁なのですよ」
「因縁?」
黒扇子の影で、女主人の表情が少し動いた。
実際、黒扇子を膝の上に降ろし、体をきちんと男に向けさえした。
「こんな私に因縁が? あるというなら是非聞かせてちょうだい」
声に熱はなく、話し方も相変わらず淡々としてはいるが、男は女主人の目に浮かんだ好奇の色を見逃さなかった。
男は椅子の上でしゃんと背骨を伸ばした。
さて、どこから話をしたものか。ああ、先にお断りをしておかねばなりますまい。
「恐れながら、今回ばかりは特例中の特例として『仮面倶楽部』の規約を破らせていただきました。
ダークリザードさまが生きておられるという噂が主の机に届いた日から、我々はずっと貴女をお探ししていたのです。
その際、探索の手助けとなるであればと、ええ、メンバーになられる以前の貴女について調べさせていただきました。
無論、創立者にして主催者であられるDr.Mask Killerと、恥知らずな裏切者『家具卿』を除くメンバーのみな様方がお集まりになって、慎重に協議したうえでのことにございますが」
女主人の前に座る男――もじゃもじゃ癖毛に奇妙な仮面をつけた短躯の男は、殺人鬼集団『仮面倶楽部』の創立者にして主催者でいあるDr.Mask Killerの名代であった。
屋敷への訪問も、実は二度目である。
一度目は、『ジェイク』というつぎはぎの魔物に玄関払いされるという屈辱をうけていた。
「要らぬ前置きは結構です。
さっさとその因縁とやらを聞かせて頂戴。どうして『私』が『ダークリザード』なのか?」
男はサイドテーブルに置かれたグラスに手を伸ばしすと、長話に備えて舌を湿らせた。
「では、まず、貴女が魔種ダークリザードと変じるきっかけとなった出来事から――」
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僕があなたの羽化を手伝って差し上げましょう――。
そういって仮面倶楽部の使者が部屋を辞して間もなく、部屋にノックの音が響いた。
軋むことなく滑らかに開いたドアの戸口に、銀髪を長く伸ばした少年が立っていた。
「ジェイク、お客さまはお帰りになって?」
「はい。――さま」
少年は、女主人が恋人であった頃の名を口にすることがきなかった。
なぜなら覚えていないから。
恐らく、魔物として復活した時に代償として忘れてしまったのだろう。
少年は、ダークリザードの最初の作品だった。
戸口に立ったまま動こうとしない少年に気づき、女主人が優しく声をかける。
「まだ何か?」
「『ゴブリン』の死体を旅人から手に入れました。なんでも飼いならそうとして舌を噛み切られてしまったとか。
それと、巨大な蝶の魔物の死骸が一つ。他にも若いハーモニアの死体を手に入れております。
気分転換に人形を作りになられてはどうでしょうか」
「……そうね。あの男がお客さまをつれて戻ってくるまでに、使用人を増やさないといけないわね。それと、屋敷の改築も」
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この日も日向 葵 (p3p000366)は喫茶『ノワール』で、店長が作った料理の試食をしていた。
某酒場と違い、こちらの試食は危険度がかなり低い。
「お世辞抜きでほんとうに美味しい……って。おーい、聞いてるか? どうした、さっきからぼんやりして」
後ろのテーブルでメロンパフェを食べていた、華蓮・ナーサリー・瑞稀 (p3p004864)とオジョ・ウ・サン (p3p007227)が席を立ってカウンターにやって来た。
「何か困ったとこがあるなら相談に乗るよ?」
「ハチ? 軒下のハチがコワいデスカ?」
サンディ・カルタ (p3p000438)と長谷部 朋子 (p3p008321)も、テーブルから心配そうに店長を見ている。
ちなみにこちらはチョコバナナパフェを食べていた。
実は、と店長がカウンターの下から、一通の黒封筒を取り出した。
真っ赤な蝋で封印されている。
「ジェイクさんと幻さんに渡してくれって頼まれたんだけど……」
どうにも気乗りがしない、と店長は溜め息を落とした。
というのも、その封筒を持ってきたのが仮面をつけた薄気味の悪い短躯の男で、なおかつ封筒に赤字で書かれた差出人の名が――。
葵は封筒に書かれた名を見るなり、皿に匙を落とした。
横から覗き込んだオジョも、はっと息を飲む。
書かれていたのは、二人にとっても因縁のある名だったのだ。
「なんだ、なんだ? 一体、誰なんだ差出人は」
腰布で手をふきながら手洗いから出て来たキドー (p3p000244)が、カウンターから身を乗り出して、店長の手から封筒をひったくった。
「あん? ダーク……リザード……だと? 誰だ、こんな悪趣味なイタズラする奴ぁ」
ヤツもヤツを食った魔物も、イレギュラーズが倒しているっていうのによ。
封を破り開けるキドーを、後ろからサンディと朋子が止めようとして揉みあう。
カウベルが涼し気な音をたてて、ドアが開いた。
ジェイク・太刀川 (p3p001103)と手を結んだ夜乃 幻 (p3p000824)の足元に、封筒から零れた黒い紙が落ちた。
「……御招待?」
それはダークリザード復活の祝いと銘打たれた殺人パーティーへの招待状だった。
果たしてこれはただの悪戯か、それとも――。
事の真偽を確かめるべく、ジェイクと幻はその場に偶然居合わせた六人とともに深緑の森へ向かった。
- REBOM ダークリザード完了
- GM名そうすけ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年06月30日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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日没を待って曇り空から霧雨が降ってきた。広大な森がみるみるうちに乳白色の霧で覆われていく。
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は門を押し開くと、馬車寄せが突き出てる館の玄関に走った。
「勝手には入れってことっスかね?」
半開きの扉からかびの臭いが流れ出てきて、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の鼻先をかすめた。
「お掃除が行き届いていないようですね」
『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)は モヒカンについた雨粒を払い落とした。
「罠は仕掛けられていない。入るか」
扉を開いて中に入ると、ぽっ、ぽっ、と奥から手前に壁の灯りがともった。
『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)は、内ポケットに銀のロケットが入っていることを確かめると、幻に肘を差し出した。
「お望み通り来てやったぞ。さっさと客に顔を見せたらどうだ、ダークリザード!」
一匹の大きなハエがジェイクの耳を掠めた。うっ、と短く悲鳴を上げて、左手でそれを払う。その瞬間、一陣の突風が玄関ホールを通り抜けた。
何十匹というハエの塊が、イレギュラーズの周りを飛散する。
慌てふためく仲間たちの横で、『RafflesianaJack』オジョ・ウ・サン(p3p007227)はハエの大群に大喜びした。
「……あ。コレ、アレデスネ! 前菜デスネ!」
触手を器用にくねらせ、次々とハエを捕食袋へ落としていく。
あっという間にハエが消えてしまった。
『後遺症の嫉妬』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が玄関ホールの先を指さす。
「あれだわ、ハエを連れてきたのは!」
廊下に手首が落ちていた。青い指を立てて、カーペットの継ぎ目をひっかいている。
『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)がうんざりした声を出す。
「うげ、まるでB級ホラーゲームのオープニングみたい」
『意志の剣』サンディ・カルタ(p3p000438)は矢筒に手を伸ばした。本能にビンビン響くものがある。敵だ。近い。腰を落とし弓に矢をつがえる。
朋子は瑞稀とオジョウサンを背の後ろへ回した。
「気をつけろ、上から落ちてくる!」
するりするりと天井の継ぎ目をつづっていた黒い糸がほどけて皮が垂れ下がる。
不意に、玄関の扉が激しい音を立てて閉まった。
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サンディが飛ばした矢は、ぶん、と音をたてて振るわれた棍棒に叩き落とされた。
開いた穴から落ちて来たのは、黒犬の頭が二つ乗った人の胴に、種族のことなる三本の腕が縫いつけられた魔物だ。
「悪趣味なペットで御座いますね。いかにもあの方が飼っていそうですが……」
幻はふっと鼻から息を抜くと、ジェイクの肘に絡めていた腕を解いた。
「何者かがそう思わせたがっているだけかもしれません」
ステッキの先から無数の幻蝶を飛び立たせて魔物の気をそらす。
ケルベロスもどきの左が飛ぶ蝶を追って横を向いた。
「そら、よっと」
葵はバナナシュートを放った。放物線を描いて飛ぶサッカーボールが、銀の弾丸となって魔物の右の首をへし折った。
左右の首が同時にギャン、と甲高い声で鳴く。
「oh、痛覚は共通デスか」
オジョウサンは食虫植物の縁に手首を預けて短銃を構えると、棍棒を振り上げて突進してきた魔物に呪詛を刻んだ弾丸を撃ち込んだ。
魔物がのけぞりながらこん棒を振り下ろす。
イレギュラーズたちは闘牛士さながら身を翻し、魔物の突進をやり過ごした。
魔物は黒い扉の手前で器用に体を回した。床を前足でひと掻きしてから走り出す。
キドーは魔物の前に立ちはだかり、振り下ろされる棍棒をクロスした腕で受けた。そのまま胸を突き合わせて魔物の突進を阻む。
ジェイクはキドーと揉みあう魔物の横に立ち、右の頭のこめかみに銃口を押しつけてトリガーを引いた。
零距で離射された銃弾は、魔物の右側頭部を突き抜けて左側頭部の耳を吹き飛ばした。取っ組み合いがほどけたところへサンディーが矢を放ち、魔物の動きを止める。
「はい、終了!」
朋子は岩を丸ごと括りつけたような石斧をスイングした。盾のがわりの棍棒ごと魔物の上半身を断ち切ると、三本の腕がてんでバラバラに飛んだ。
瑞稀はさっと翼を広げて飛んできた腕をかわした。えい、と着地ついでに青い手首を蹴り飛ばす。
「大丈夫か」、とサンディ。
「問題ないのだわ。キドーさんのほうがよっぽど心配なのだわっ」
「別に――」
瑞稀は緑腕を強引に引き寄せ、擦り傷を癒した。
「どうかしたっスか。浮かない顔をして」
「ん……魔物のくせに妙に弱かったなって」
確かに。正面からまともに魔物の攻撃を受け止めて、かすり傷一つだけとは。魔物が手加減をするはずもなく、イレギュラーズたちの胸がざわいた。
オジョウサンが軽い声で、俄かに広がったイヤな雰囲気を払う。
「オバサンの失敗作デスよ、ソレ」
「へぇ~。ずいぶんと舐めらたね、あたしたち」
朋子は方眼紙ノートを広げた。
「ところでこの中、ダンジョンになっていそうだよね。あたし、マッピングするよ」
俺も手伝う、とキドー。
「お願いいたします」
幻はノートに書き込みを始めた朋子たちから離れ、壁に指を這わせた。
壁紙はとても柔らかく、独特のシボ(シワ)と毛穴のあとがある。豚革のようだが、この館の主を思えば人皮であってもおかしくはない。
「壁も床も、よく見ればツギハギだらけ。継糸を解いて道を作る……このお屋敷全体を、私たちのために作り変えられたのでしょうか」
だとすれば、皮をはぎ取られた者の数は百を下らないはずだ。カバーをかけられた家具が、まるで人がうずくまる姿であるかのように思えてきた。
ジェイクが心底嫌そうに唸る。
「相変わらず悪趣味なヤツだ」
瑞稀は天井に開いた穴の下に立った。
「上を見てくるのだわ」
葵が腕を引いて止める。
「一人で行くのは危険っス」
「魔物の気配はないけどね……でも、まあ、行くならみんな一緒に。先に一階を見て回ろう」
サンディの一言で、まず一階部分を探索した。特に見るべきものも、敵の気配もなく、また地下へ降りる階段も見当たらなかった。
キドーが下唇を突き出す。
「盗賊の腕と誇りにかけていうが、一階は何もねぇ。これ以上は時間の無駄だ、さっさと上がろうぜ」
踊り場の巨大な家族の肖像画――鋭い刃物でズタズタに、とくに両親と思われる人物のあたりが切り裂かれている――の前を通り二階にあがった。
手分けして部屋を見て回っていると、廊下の突き当りで瑞稀がみんなを呼ぶ声がした。
「この部屋だけ、他と雰囲気が違うんだわ」
色こそ黒で統一されているが、あきらかに女性の部屋だ。置かれている家具もカーペットも小物も、何もかも『普通』。ただ一点、ティテーブルの上に真っ白な髑髏が置かれていることを除いては。
「ダークリザード様のお部屋でしょうか?」
「さあな」
「調べりゃわかるだろ」
ジェイクと幻の間を割って、キドーが部屋に突入する。
ドレッサーの引き出しを下から順に開けて手を突っ込んでいると、ぺしりと頭を張られた。
首を回すと、朋子が腰に手を当てて立っていた。
「めっ!」
「めっ、じゃねえよ。いてぇな女子コーセー。俺はいい匂いがするEカップの黒ブラなんてどうだっていいんだよ、ここに何か隠してありそうだったから――あ! ほうら、あった」
言いながら奥のレバーを下げる。
壁の一部が横にずれて、細くて長い隠し階段が現れた。闇に沈んだ先は、一階を素通りして地下へ続いているようだ。
「妙に壁が厚いと思ったぜ。探せば他にも階段は見つかりそうだが……どうするよ?」
サンディを先頭に階段を降りていくイレギュラーを、赤く光る髑髏の目が追う。
オジョウサンが振り返った時には、髑髏の眼の光はもう消えていた。
●
「このドギツイ匂いは何スかね……アイツの趣味の悪さを考えると死臭とかか?」
地下の空気は地上とは比べものにならないほど澱んでいた。葵が零した通り、カビ臭さも腐臭もきつくなっている。ハエの一匹や二匹、飛んでいそうな雰囲気だが羽音すら聞こえてこない。
がっかりしたオジョウサンがため息をつく。
「メインデッシュはまだデスかね? 一度に出てきてもいいのデスよ?」
「私はなるべく小出しにして欲しいのだわ」
瑞稀は絶望の青を越える戦いで心身ともに傷ついていた。一緒に戦った多くの仲間たち同様、いまだに調子を取り戻せていない。ハエはともかく敵は小出しに、は本音だ。
天井の低い廊下を行きつ戻りつしながら進んでいくと、急に幅が広くなった。
朋子が急に立ち止まり、広げたノートを見ながら首をひねる。
「え、ここはお屋敷の外でございますか?」
「うん、幻ちゃん。あたしとキドー君のマッピングに間違いがなければね」
葵がサッカーボールを軽く蹴りだすと、少し行って戻ってきた。
「上り坂になっているっスね。とりあえず進むっスよ」
歩き出してすぐ、サンディーが「止まれ」と声をあげた。
ジェイクが闇に溶ける廊下の先へ、銃口を向ける。
「あ?」
キドーは腰に下げたナイフ、時に燻されし祈に手を当てた。
「おいおい、なに震えてんだ。まさかこんな時に、クソエルフになんかあったとかいうんじゃねぇだろうな?」
唇をまくり上げて鞘から抜き放つ。時に燻されし祈は燃えるようなオレンジの軌道を薄闇にひきながら、飛んできた矢を切り落とした。
「二体くる!」
ジェイクの二丁銃が狼の遠吠えを発して火を噴く。
「おら、かかって来いよ。サンディー様が相手をしてやらぁ!」
「右に同じくっス」
サンディと葵も同時に攻撃する。
オジョウサンが瘴気を集めて黒いキューブを作り、敵の片割れを閉じ込めた。
「オロロ、キドーさんにそっくりデス! ゴブリンさんと、ハーモニアさんの合体作デスね」
「げ! 冗談きついぜ。でもなんでこいつが反応した?」
「それはわかりませんが、こちらの蝶の羽をもつ四つ足様は間違いなく僕への当てつけで御座いましょう」
ダークリザードはどこかで、幻に見立てた魔物がジェイクの手でボロボロにされる様を見て笑おうとしているに違いない。
幻はステッキで円を描き、ジェイクに片羽をもがれた蝶の魔物を千夜の夢に誘った。
「ほんと、悪趣味なオバサンだわ」
瑞稀は幻に捕らわれた魔物に近づくと、指先の小さな棘で首を刺した。
背に残った羽を朋子が石斧で削ぎ落とす。
「幻の身代わりだと? フン!」
不嫌悪に顔をゆがたジェイクが銃で撃ち殺した。
「もう一匹も片づけるか」
サンディーの矢が黒いキューブを突き破り、場に残る合成ゴブリンの額に刺さる。
イレギュラーズに向けたロングボウを、葵の深紅のガントレットが叩き壊した。
「とっととくたばれ」
キドーがもう一つのナイフ、ククリを水平に薙いで魔物の首を切り落とした。
廊下の先がぱっと明るくなった。
「いやいや、感服いたしました。さすがイレギュラーズ。あっという間に三体も倒してしまうとは」
四角い光の中に小男が立っていた。
「何者だ」
「誰でもいいじゃありませんか、『狼』のジェイクさま。さあ、こちらへ。ダークリザードさま完全復活のため、そこのお嬢さまやお友だちと一緒に、みじめに、みじめ~に死んでくださいませ」
葵が一歩前に出る。
「アンタっスね。うちの店長を怖がらせたのは」
「ほ? というと、貴方、喫茶『ノワール』の。あそこはいいお店ですね。とくに店長さんがいい、ひひ。甘みのあるいい出汁が取れそうです」
「なんだと!」
●
葵がボールを蹴る。火山噴火の音とともに、誇張でもなんでもなく炎の尾を引きながら、小男のシルエットに向かった。
小男は慌てて二本の長い棒を取り出したが、それを振るう前にボールが顔面を捉えた。
「べぶしっ!」
後ろでんぐり返しで廊下の先にある空間へ転がり戻る。
「追いかけましょう!」
イレギュラーズは腐臭の染みついただだっ広い部屋に駆け込んだ。ガラスの天井を支えるいくつもの太い梁に照明が獲りつけられており、眩い明かりを床に落としている。
激しさを増した雨が天井のガラスを叩く硬質な音が、静かな殺意とともに部屋に満ちていた。最奥に、鼻にハンカチをを当てる小男と顔色の悪い銀髪の青年がいる。小男は顔に奇妙な仮面をつけており、青年は棒ネクタイをしめた首に縫い跡が見て取れる。小男も青年も人ではない。
ジェイクは内ポケットを上から手で押さえ、銀ロケットを確かめた。この青年は……。
「ささ、『ジェイク』さん出番ですよ。あなたが運命の人だということを証明してみせてください」
ジェイクと呼ばれた銀髪の青年が浅くうなずく。青年は短剣を手にしていた。マインゴーシュだ。
幻とともにジェイクが前に進み出た。
「その恰好……一体全体なんの余興だ、ダークリザード?」
「ほ? いくらでもあるでしょう、ジェイクなんて名前。」
「それは別に……よかねぇが、俺はおめえの後ろにいる女に聞いたんだぞ」
小男と青年の後ろに、さるぐつわをかまされた黒髪の女性が手を後ろで縛られて立っていた。仮面はつけていないが、着ているドレスと長手袋はダークリザードが着ていたものと同じだ。ただし、この女性はちゃんと両腕が揃っている。イレギュラーズが切り落としたはずの腕は継ぎ目がなかった。
「そのお顔、確かにダークリザード様。僕はダークリザード様がウスバカゲロウの巣へ落ちる直前、仮面を落としたお顔を拝見しております。しかし、この状況は……もしや、双子のお妹様かお姉様でしょうか? そこの小男様にダークリザード様の身代わりになれ、と脅されておられるとか」
幻の推測を高笑いで否定したのは、銀髪の青年だった。
「本物ですよ。ボクが心を捧げるのは――さまお一人。無惨に殺され、バラバラにされた恋人のボクを、魔種になって蘇らせてくれた……」
青年の美しい顔が歪み、どす黒くなる。
「なのに! ウスバカゲロウの胃の中で体を溶かされた時にボクのことを忘れ、かわりにお前のようなオッサンのことを! お前を殺してボクが本物のジェイクだってことを照明する!」
青年が駆ける。イレギュラーズたちも駆けだす。両者は部屋の中央で激突した。
「僕のジェイク様はオッサンではございません!」
幻が放った碧群の蝶が青年の目を惑わせ、視界を遮る。
オジョが呪いの弾をばら撒いて牽制を入れ、葵のシュートをサポートした。
「がぁぁ」
全身の継ぎ目から血をしぶかせる青年が、マインゴーシュを鋭く薙いでジェイクの胸を切った。切れたネクタイの先と、破れた内ポケットから銀のロケットが飛び出す。
床に落ちた衝撃で銀のロケットが高く跳ねてフタが開く。
「――――!!」
ガラスを打つ雨音を弾いて、ダークリザードのくぐもった悲鳴が室内に響いた。
キドーは落下するロケットに向かってスライディングした。モヒカンの先を、マインゴーシュの刃が刈りとる。
天井の灯りを受けて青年が流した涙が光り、オレンジ色の毛とともに床に散った。
ジェイクは狼の牙を青年の額に押し当てる。
「深い事情は聞かねぇ。だが、おめえがあの女を心底愛していることはわかった。まだ涙が流せるうちに、人だった頃の思い出と愛を持ってあの世に旅立て」
頭部が吹き飛ぶと同時に、青年の体を継いでいた黒い糸が解けた。ダークリザードの呪い、いや、歪んだ愛情から解き放たれ、バラバラと床に崩れ落ちる。
ミシリ、と壁が軋んだ。
悪霊の群れが早くも腐り出した脊年の肉片を攫い、天井のガラスを突き破ってどこへ運び去った。
滝のような雨が室内に流れ落ちる。
「冷たいデス。それに、なんだかクルしい……」
「大丈夫、すぐに直してあげるのだわっ」
瑞稀は天使の歌でみんなを癒した。
小男が喜色満面で手を叩く。
「お戻りになられましたか、ダークリザードさま! いや、よかった。これで『先生』に――ィぃいい!?」
自力で縄を落としたダークリザードは、さるぐつわを取りながら黒い触手を伸ばして小男の頭を掴んだ。そのまま高く持ち上げてイレギュラーズへ投げる。
「あげるわ。好きにしなさい」
「でぇぇぇ! いらないよ、こんな変なおっさん!」
朋子は全力でネアンデルタールを振るい、飛んできた小男を床に叩き落とした。
「ダ、ダ、ダークリザードさま?」
「ありがとう、コ・イーケ。おかげで記憶が戻ったわ。ええ、両親にジェイクを殺され、目の前でバラバラにされたところからはっきりとね」
サンディは、這ってダークリザードの元に戻ろうとしているコ・イーケを射って床に刺し止めた。
「葵君、店長を怖がらせたお礼まだ終わってないだろ?」
葵は顎を引くと、ボールに見立てたコ・イーケを音速で蹴りあげた。雨に混じってガラスの破片と魔種の肉片が床に降り落ちる。
ダークリザードは黒い腕を伸ばして天井の梁を掴むと、するすると登って半壊したガラスの天井から体を外に出した。
「まて、ダークリザード!」
「どちらへ!?」
幻とジェイクを、仮面の奥から黒い穴のような目が見下ろす。
「『仮面倶楽部』に戻るわ。きっと近くに迎えのものが来ているでしょうから……私はお前たちが妬ましい。愛する人と結ばれたお前たち――この世のすべてが」
また会いましょう。
イレギュラーズの頭に捨て台詞を落とすと、ダークリザードは夜の雨の中に消えた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
記憶を取り戻したダークリザードは、屋敷の外に隠れて待機していた『仮面倶楽部』の使者とともに漆黒の馬車で深緑を去りました。
雨が轍のあとを消し去ったため、追跡はできませんでした。
しかし、いずれそう遠くない日にダークリザードはみなさんの前に現れるでしょう。きっと……。
ありがとうございました。
GMコメント
●依頼内容
・ダークリザードの生存を確かめる。
・継ぎはぎの魔物、ジェイクの撃破。
・仮面倶楽部の使者、コ=イーケの撃退。
※ダークリザードの生死は問いません。
●日時と場所
・深緑のとある地方のとある森に立つ、二階建ての古い洋館
・深夜
外からみた感じは二階建てですが、ダークリザードが魔改造してダンジョン化しています。
洋館の中は灯りがついていますが、全体的に暗い印象があります。
壁や家具をよく見ると、何かの皮や骨を接いで作られているのがわかります。
何かの匂いを消すためでしょうか。屋敷の中は花の匂いでむせ返るほどです。
※何らかのスキルを用いて壁などを調べると、覗き見穴や隠し扉を見つけることができます。
●敵
・魔種/『蠱惑の華』ダークリザード
武器は鉄扇。
以下のスキルは覚醒するまで使えません。
【原罪の叫び声】…ウォーカー以外、聞くと魔種に転ずる可能性があります。
【悪夢再来】…死霊を呼び出し苦しめ、生者にとりつかせて身動きを封じます。
【嫉妬の影/近列】…体から出した黒いオーラで捕獲、締めつけたり投げたりします。
・魔種/『仮面倶楽部の使者』コ=イーケ
もじゃもじゃ頭に奇妙な仮面をつけた短躯の男。
ダークリザードの傍にいます。
長い棒を二本所持。
【伸びる麺/近単】……指から縮れ麺を出して拘束します。
【冷めた汁/近単】……体勢不利をつけて弱体化。
【拉麺賛歌/自単】……HP回復、ついているBSを1つ解除。
覚醒したダークリザードを仮面倶楽部に連れ帰る使命を帯びています。
ダークリザードを覚醒させるため、魔種となるきっかけとなった事件を再現しようとしています。
幻とジェイクに招待状を出したのもこの男です。
小心者で、身に危険が迫るとすぐに逃げ出します。
・継ぎはぎの魔物、ジェイク。
銀髪を腰まで伸ばした青年の姿。
人であった頃のダークリザードとは、身分の垣根を越えた恋人同士でした。
二人の仲を許さないダークリザードの父親の命で殺され、体をバラバラに。
魔種化したダークリザードが遺体を継いで、真っ先に作った作品です。
マインゴーシュを装備。
引っかかれたり、噛まれたりすると、毒が体に回ります。
ほかにも屋敷には、以下の魔物が徘徊しています。
やはりひっかかれたり噛みつかれたりすると、体に毒が回ります。
彼らは言葉をしゃべりませんし、理解しません。
・ゴブリンとハーモニアの継ぎはぎの魔物……ロングボウを装備。
・巨大な蝶の羽根をつけた四つ足の魔物
・二つつ首と三つの腕、四つの足を持った継ぎはぎの魔物……こん棒を装備。
※何者かの手によって、弱体化させられているようです。
●不確定情報
仮面倶楽部から、コ=イーケ以外の使者が使わされているようです。
彼らは洋館の付近に身を潜め、様子を伺っています。
コ=イーケはこのことを知りません。
彼らはイレギュラーズたちと直接、事を構えません。
●その他
リプレイはダークリザードの屋敷に到着したところから始まります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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