シナリオ詳細
篝火草紙
完了
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オープニング
●
はじめて目にした「火」は輝いていて、温かくて、わたしはひとめで好きになってしまいました。
ごめんなさい。憧れてしまってごめんなさい。
ごめんなさい。求めてしまってごめんなさい。
許してください。これはたからものなのです。
許してください。わたしは知ってしまったのです。
身体が焼け爛れても、その歪な神は燻った松明の残骸を離そうとはしなかった。
くらやみの神は、神でありながら不出来である。
姿はべったりとした黒色で顔は淡煙。蛆のような身体で、闇の中をいつもずるりずるりと這っていた。
『ああ、なんて醜い』
『なんとおぞましい』
『お前はけして、ここから出てはいけないよ』
他の神はくらやみに、雨の降り続く玄の国を与えた。
闇の世界、太陽の見えない国。
無明無音の神社と数匹の眷属しかおらず、全てが潤沢にあるものの一年を雨と闇に包まれた小さな国。
灯りを持ちこんで良いのは一年にたった一度。
くらやみの生まれた日だけ、許された。
●
「祭り童はどうした」
「はやり病だそうだ」
「ふむ、後で薬飴を贈っておこう。では極狼屋は」
「飛脚業務が多忙極まると泣いておった」
「聞かなかったことにしよう。ならば篠目束の守はどうじゃ?」
「今朝方孫が産気づいたと」
「おのれ、めでたい」
竹林に囲まれた石灯籠の庭に雨が降る。
烏帽子をかぶった白モグラが二匹、団子を片手に野点傘の下で話をしていた。
「今年は、誰もくらやみ様を祝いに来んのか」
「左様」
「誰も来なければ社は暗いままぞ」
「うむ」
「振舞膳はどうするのじゃ。米に山菜、豆に魚に酒、たんと届いておるのに」
「おう」
「何よりくらやみ様がションボリされる」
「ザッツライト」
モグラ達は同時に肩を落とす。
「しかし困った。社に持ちこめる灯りは一人につき提灯一つ。しかし闇の中を手提灯一つで歩ける者などそうは見つからぬ。人は闇を怖がるゆえな。どうしたものか」
「外つ国にヘルプを出してみるのはどうじゃ」
「お主、ちょくちょく口調がおかしくなるの、何で?」
●
「暗い所は平気?」
何でも土地神の生誕を祝うため、神社を一般開放するらしい。
常なる雨夜の国なため傘と灯りが必要だが、無くても先方が用意してくれるという。
「奥の社殿では美味しいご飯が用意されているらしいし」
興味があれば行ってみたらと、不思議な笑みを湛えながらカストルは告げた。
- 篝火草紙完了
- NM名駒米
- 種別ラリー(LN)
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年05月06日 21時48分
- 章数1章
- 総採用数11人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
「おじゃまします、くらやみ様」
ふわりと舞う、白妙の一礼。
ポシェティケト・フルートゥフルは少しだけ早い鼓動を掌の中に包みこむ。
外套の内側に隠れていたクララも、もぞりと顔を出しぺこりと一礼。
「お生まれの日のお祝いに
ことほぎを贈らせてくださいな」
夜鳥居の下で挨拶を捧げれば、風もないのに、ざわざわ。
苔森からの賓客を歓迎するように山藤の房が揺れていた。
鹿角に宿る朧月は、暗闇の庭から色んなものを掬い取る。
丸い白砂の石庭に風鈴の音で刻まれた風紋。
糸遊の湖上で弾けた柔らかなこでまりの花毬たち。
しとしと、しとしと。
夜を纏い静寂に好奇を興して、淡き月光香の足音は常連縄に諭され歩く。
「進むたびに違うお庭。神様のお庭って、広いのねえ」
驚くついでに見つけた栞る月桂の枝。
薫風の道しるべに沿えば、苔生す石灯篭達がポシェティケトを出迎えた。
その中にゆらりと、ぽつん。炎が一つ灯される。
「……進む先々、どなたかの気配がある、気がするわね」
不思議だわと、社へと続く石階段を見あげて。
背後の暗闇がぎくりと揺れた事には気がつかないふりをして。
「不思議ね、なんだか一緒にお散歩している心地だわ」
姿の見えない恥ずかしがり屋さんへ。
「お見守りに、感謝を」
――感謝をするのは私の方。闇を好いてくれてありがとう。
ふくり。傍らの木蓮が嬉しそうにほころんだ。
成否
成功
第1章 第2節
暗闇に光が浮かんで像を結ぶ。
青月長石の光を抱いたセントエルモの火は柔らかい。が、闇慣れした瞳には些か刺激が強すぎた。
「わっ! あかるい! でも今まで暗かったから目がーー」
光の主は大きな目を半分閉じて隣を見つめる。
照らし出されたのは見覚えのあるロングマフラーにセーラー服。
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈の視力が回復する前にヨハン=レームは溜息を吐く事にした。
「しかしまぁ……こんな静かで落ち着いた場所で秋奈さんと出会うなんて」
「よはんくんが居てくれて助かったわ!」
ふんふーん。結えた黒髪が振り子のように揺れ雨濡れの石畳に靴音を残す。
ご機嫌な秋奈にむかって、いいですかとヨハンは振り返った。
「奇声とか発したらダメですよ!」
注意の真意が分からず、秋奈は腕を組みはてなと首を傾げた。
普通の人はそのような事をするだろうか。いや、しない。
「……もしかして私、ヘンな子って思われてる?」
答える代わりにヨハンは両手を腰に当てた。
「今日はなんか物静かでしっとりしたような感じで過ごしてくださいよ!? 大声とか出すと怒られる系ワールドですよここきっと!」
「しないわよ、そんなの」
断言する秋奈の後頭部にスコンと力強く不可視の三角旗がささった。
「御客人ー」
鳥居の下で傘を持った白モグラが手を振っている。
「モグラさんだ。なんかいいルートとか聞いておいた方がいいのかな」
「そうですね。物知りという話ですから」
「おーい!」
秋奈は笑顔で手を振り返し、腹から声を出した。
「ごはーん!!」
「……」
てぽてぽ。
モグラは静かにUターンを決めた。
「ちょっと待ってごはんー!」
「秋奈さん」
ヨハンは穏やかな表情のまま、流れる動きで秋奈の口を手で塞いだ。
「すみません。ご飯を食べたいという心の声が漏れてしまったようで」
「こちらこそ野生の勘が働いてしまい申し訳ありません」
「野点でお茶が頂ける! うれしい! ごはん!」
「語尾」
「ははは、これほどのご期待を頂くのは久方ぶりです」
案内されたのは艶やかな朱色の野点傘。腰を落ちつけ二人揃って茶菓子をつまむ。
薄紅色の上用饅頭と香菫の有平糖。ヨハンの前には淡い青磁の椀が、秋奈の前には白磁に椿の碗が置かれた。
「ところで」
「もちもち」
「……くらやみ様ってのとコミュニケーションって取れるんですかね」
――ひぇっ。
驚きを含んだ気配にヨハンの頬を楽しんでいた秋奈が手を止めて下を見た。
つられてヨハンも下を向く。足元の影が妙に撓んでいた。
「いいですか秋奈さん変なことしちゃダメですからね!」
「ごはん」
「だからって変な事教えようとするのもダメです」
「ごはん?」
「駄目です!」
「ごはん」
成立する会話。
その謎を解明すべく暗闇は台所の奥地へと向かうべきだった……のかもしれない。
だが出来なかった。
――あわわわわ。
故に二人の影は其の足元で右往左往している。
成否
成功
第1章 第3節
「差し支えなければだが、少々提灯に手を加えても?」
手渡された薄紙提灯。
揺れる小灯しの淡朱を横顔に映したラダ・ジグリは静やかに問うた。
「かまいませんが、何をなさるおつもりですか」
まばたく白モグラから和鋏を受け取ると、しゃきりしゃきりと黒の花片を生み落とす。
「折角だから切り絵を貼って影絵のようにできたらと思ってね」
モチーフはここの草木やモグラ達。
正直あまり上手くはないのだけれど。
「わー! ほわー!!!」
しかし感動しきりのモグラに聞かせるには無粋な本音。そっと唇の中へと仕舞いこむ。
「さて、それでは社へ詣でに行こう」
祝るモグラ提灯を先導に、付き従うは大小数多の影法師。
揺れる炎に誘われて思わず草場の影も踊り出す。
連なる朱の鳥居の真下で、麻の葉模様の三色団子。
柳に丸椿の生垣の前で、炙り醤油の焼き団子。
「土産に買って帰りたい美味さだな」
花ではなく雨を眺めながらの団子もまた乙なもの。
陽炎百鬼夜行をまつろうて、春霖社の神を後ろに引き連れて、ラダは社を訪れた。
詣でた後の提灯はどうしようかと、思った背中にささる視線。
「もし気に入ってもらえたなら奉納して帰るけれども」
闇の中、何かがそわりと浮足立った。
「しかしそれではラダ様のお足元が危のうございます」
「帰り道は大丈夫、実は夜目がきくものでね」
――ありがとう。
「どういたしまして」
慎ましやかな感謝に、ひらりと手を翳してみせた。
成否
成功
第1章 第4節
「……ここであってますよね?」
エル・ウッドランドのランタンが照らすのは巨大な社。
露草色の蛇の目傘から滴る雨が重さを増した。
「傘は借りて入って来ましたけど、ランタンの明るさだけではちょっと怖いですね……」
足裏に吸いつく冷たい木張りの床と深閑。灯りは頼りない夕焼け色がひとつだけ。
「でも! 料理の為に頑張って奥まで行きます」
でも! 怖いものは怖いです!
そんなエルの爪先に、桜が数輪はらりと降った。
拾いあげれば奥からドタドタ、騒々しい足音が近づいてくる。
「ようこそお客人!」
「へっ?」
白モグラに背を押され、あれよあれよと廊下を進む。気づけば御台の前に座っていた。
「ここであってるよね?」
運ばれてきた春御膳を見て、エルの疑問は吹き飛んだ。
朝靄色した蛤の吸い物に茗荷竹と鰹節豆腐の和物。
塩化粧を施されたのはパリッと皮が破れた桜鯛。
がんばった甲斐があったと思わず頬が緩んでいく。
「天ぷらや色々な物があって……美味しいです。そうだ!」
独活にタケノコ、蓮根に甘唐辛子。尻尾を立てる狐衣の海老を見て閃いた。
つやりと光る白米の丼。
天麩羅を山と乗せおろし大根の上からとろみのついたタレを染みこませれば。
春天麩羅丼の出来上がり!
湯気に臆せずかっ込めば、じゅわりとした旨みと熱さが舌に広がった。
「ありがとうございます」
隅にある暗闇にエルは礼を告げた。
そこに誰かが、居るような気がして。
成否
成功
第1章 第5節
「暗闇の世界の神様か。雨と闇との関係性を考えるなら闇御津羽神様だけど、知名度の低い土地神様なのよね」
長月 イナリの考察によって導かれた其の名前。
混沌肯定『崩れないバベル』によって翻訳された情報から、見えぬ暗闇の正体を探るも一興と、傘を微かに持ち上げた。
「海外含めて神様の数が多すぎなのよ、八百万神も神員(じんいん)整理とかしないかしらね」
言葉遊びを止め、礼を尽くして巨大な鳥居を通り抜ければ参道覆うハナミズキの花びらが一斉に水を弾いて紅雨を生んだ。
竹林に囲われた道を漫ろ歩いて小柄な金色が石灯篭の庭を訪れる。
雨後の竹の子が如く石塔は存在しているというのに、役目を果たしているのはほんの一握り。
小火の近くに気配を感じ、狐耳をふるりと震わせイナリは立ち止まった。
――確か闇御津羽神は火産霊の血から生まれ出たのだったか。
再び、歩きはじめる。視線を向けるのは憚られた。
「ほぉ、別の世界にも同じような神様がいらっしゃるのですなぁ!」
名を告げたイナリに白モグラは大層驚いた様子であった。
宇迦之御魂神の眷属より奉納された水穂国の稲は今や三方に乗せられ神饌の中で輝いている。
「お食事にされますか? もうすぐ笹粽が蒸しあがりますよ」
朱の欄干越しにイナリは黄金の目で社の外を見た。
「そうね、頂こうかしら」
幽かな灯りに寄りそう闇は、まるで親の膝に甘える子供のようだった。
成否
成功
第1章 第6節
「マルベートさんは平気、手を引いたげようか?」
社殿廊下の闇も、森で育ったソアには苦にならない。
金の瞳孔を丸くして隣の歩みへ手を差しだした。
「ありがとう、ソア。でも残念な事にこの部屋が目的地のようだね」
マルベート・トゥールーズは絹のような指先を座敷襖へとかけた。
お座敷部屋の中には隣り合った黒膳と錦の座布団。
するりと紫雲に端座したマルベートに倣って蒲公英色に正座する。
「うぅ」
慣れない姿勢に足指を擦り合わせ、ソアは未来に起こる足の痺れを感じ取った。
「ようこそ、お客人。食べたいものはございますか」
白モグラの問いかけにソアは太陽のような顔を輝かせた。
「ボクは立派なお魚が食べたいなあ、頭と尾が揃ってるの。鯛の尾頭つき? って言うのかな」
「私も食べてみたいな。魚丸ごとの見た目は獣としてテンションが上がりそうだ」
何ともワイルド。祝いの日に相応しい、腕の鳴る注文だとモグラは破顔した。
一の膳の中心として供されたのは熊笹の上に乗ったお頭付きの桜鯛。
薄桃色の長い尾ひれに雪のような塩が散っている。
パリパリと焦げ目の付いた皮を箸でめくれば、ふわりと塩気のある湯気と甘い酒の匂いが燻った。
「さて、折角オリエンタルな御膳なのだからお箸を使って食べようか」
頬を僅かに紅潮させ、マルベートが金彩の狼が舞う黒塗りの箸を手に取った。
「ナイフとフォークも好きだけど、こういう繊細さと優雅さを要求されるカトラリーも好きだよ。骨から身を丁寧に外して摘まんで……と。ふふっ、楽しいね」
マルベートとは対照的にソアは動かない。
膳の上に乗せられた駆ける虎の茜の箸と己の手と、そしてマルベートの所作をじっと見比べている。
――今日はこの箸というので綺麗に食べる練習!
――この手でも格好良く食べたいもの!
見様見真似で頑張ろうと燃えるソアの決意を感じ取ったのか、マルベートは柔らかく微笑んだ。
「と、ソアはまだお箸は難しいだろうか。けど折角の機会だから練習してみようか?」
「うん」
「まずは、こうやって持って」
「こうかな?」
「いいね。それから指をここに……」
お手本を参考にしてソアは箸を持ち上げる。時折ソアの指先にマルベートが手を添えて、震える箸はじわじわ、鯛へと近づいていった。
「はむっ!」
遂にソアはその口に白い身を入れることに成功した。
「やったぁ!」
喜びと同時に押し寄せてくるのは達成感、プラス疲労と足の痺れ。
弾力ある魚の身から溢れた脂は、冷めている。
果てしなく遠い、箸への一歩は始まったばかりだ。
――うぅぅ、食べさせて欲しくなっちゃいそう!
眉を下げたソアの隣でマルベートは手際よく鯛の身をほぐしていく。
「とは言え、食事はあくまで楽しむものだ。お箸にはこれから先、ゆっくり慣れていこうね」
ソアの口元に差しだされる魚の身。
「はい、あーん」
蕩ける誘惑の声に、ソアはぱくりと唇を開けた。
成否
成功
第1章 第7節
小糠雨が柳の枝を伝う。
新緑の葉が揺れる中を来訪者が一人、漂っていた。
――ここ最近は戦ってばかりだ。
本の世界を訪れるのは随分と久しぶりな気がする。
紅花色の灯明が蛍の尾を引き、桔梗の傘から白糸の雫が滴る。
頬を撫ぜる静かな靄が気持ちいいと、雫にけぶった黒髪を流した。
精神が身体から溶け出していくような錯覚と共にシラスは雨音に耳を傾ける。
「周りが明るければきっと綺麗な場所なんだろうね」
幽玄な時の流れに身をひたし、誰ともなしに呟いた。
「この暗さも雰囲気があって良いけれど、それであれば手を繋ぐ相手がいたらなんて思ってしまう」
秘めやかな情を夢想して、薄い唇に笑みを含む。
「今日は生憎の独りだけどな……」
狼狽える気配を感じて、おやとシラスは視線を動かした。
ぽつりと生えた真っ赤な藪椿。その陰に何か居る。
「何だろうね、悪いものでは無さそうだ」
獣か、神か。
「俺はそういうの敏感な方だと思ってるよ」
背を見せれば、気配はひたひたとシラスを追って来る。
無口な連れが出来たみたいで少し楽しい気分だと、そう思えるのは培ってきた経験ゆえか。
「そういえば中ではお茶が頂けるんだっけ? 結構歩いたから一息入れようかな」
鈴音と共に椿の花船が一枚、宙を舞った。
――こなたの路を通りゃんせ。
隠れ竹の小路は茶の湯への近道か。
「ありがとう」
てんてんと続いた花導べに、シラスは柔らかく礼を告げた。
成否
成功
第1章 第8節
暗闇と言えどセレマ オード クロウリーの美しさを隠す事はできない。
背に感じた気配に花顔はうっそりと笑う。
人目を避けて常連縄の参道を抜け、蓬生の野に立ち尽くす賢木の下へ宿れば一層雨足が強まった。
「さて」
至る所から気配は感じるものの湿度のように捉え所が無い。
弱く不完全な異世界の神格。つまみ聞いた歴史と此処に来るまでの反応を鑑みるに、祟り神のような気性の荒さも無いようだ。
使役の契約を持ち掛けるに相応しい相手だと笑みを浮かべ、セレマは舌先で唇の端を濡らす。
「少しキミと話をしてみたくてね」
幽かな灯を抱く洋燈を地に置けば泥を這う音が近づいた。
「これはボクの世界から持ってきた明かりさ。もし望むなら土産話も献上しよう」
流れる様に紡がれたのは混沌の物語。
――行ってみたいな。
待ち詫びた言葉にセレマは手を差し出した。
「ボクの国では、キミは神という軛を脱し、痛みも病みもなく望む輝きに触れられる。ボクに力を貸してくれるならね」
さぁ、どうしたい?
踊りへ誘う掌には返事代わりの一雫。
勧請望んだ黒真珠、焼け爛れた水蛟の分け御霊。
――こんな醜いわたしを、誘ってくれてありがとう。綺麗な人。
あなたの力になりたいけれど、わたしはここから出られない。
境の虚ろに消えるやもしれませぬが、あなたの糧となりますよう。
わたしの眼をお渡ししましょう。
ふくふくと、笑い声は闇の中に溶けて消えた。
成否
成功
第1章 第9節
アミザラッドの懐中時計が放つ光は深海に揺れる鮟鱇の蛍火にも似て、ふわりふわりと境内を進む。
「海底サルベージで、沈没船の中に潜ったことを思い出しますわー」
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナートは懐かしそうに赤い眼をゆるりと細めた。
参拝を終えたメリルナートは広々とした本座敷へ通された。
「旬のものですかー」
「はい。何かご要望はございますか?」
「そうですねー」
人差し指を、考えるように形の良い唇の上に置く。
「わたくしはあまり山菜には馴染みがございませんので、魚よりは山の幸で色々と珍しいものがありましたらー」
出てきたのは月虹籠の山菜御膳。
狐衣の天麩羅は海老にしいたけ、筍にタラの芽。
甘く煮しめた蕨のお浸しに、柔らかな春採り昆布で出汁をとった里芋の煮物。
うるいとセリの吸い物でとろりと舌を休めれば、山葵菜の漬物で箸を引き締める。
甘夏と山苺の寒天までしっかりと胃に収め、ほふうと大きく息を吐いた。
「さて、食べさせていただいてお礼もしないでは歌姫の名折れ」
メリルラートの手に抱かれるは麗らかな曲線描く琵琶の身体。
「オンステージとは参りませんが、少しばかりお耳を拝借。姿の見えない何方かも、どうぞご笑納あれ」
手遊び代わりの調弦は次第に静寂を手繰って暗闇を惹きつける。
「題目はわたくしの十八番、【蒼海の恋心】にございますー」
じじっと燈芯が啼く。異境の吟遊詩人が唄い語るは恋と冒険の物語――。
成否
成功
第1章 第10節
『今日は、楽しかったかい?』
――はい、とても!
くらやみの、久方ぶりに聞く満足の声だった。
太陽の下でしか生きられぬ者がいるように、黒の中でしか生きられぬ者もいる。
大空と自由を好む者がいるように、光射さぬ箱庭で安寧を抱く者もいる。
くらやみはそんな迷い人の守りをしている。
理解されず、ずっと一人で。
姉神たる主神は、年の離れた末の妹の話を聞いた。
外の世界のお人は新鮮で、綺麗で楽しく眩しかった。あのような祭囃子を書いたのは初めてだと、感嘆交じりに喋り続ける。
『よその世界には奇特な者が多いね』
――そういう方、お好きでしょう?
声は答えない。代わりに、わざとらしい咳払いで応えた。
『今年も母様には会えたかい』
――はい。おどろいていました。
『今年は随分と毛色が違ったからね』
すでに黄泉の国から石灯篭への通い路は閉じている。
焔神は暗闇神を産み落とした際に死んだ。
けれど燃やした我が子を案じるあまり、一年に一度、参拝者の灯を借宿にして黄泉の国から抜け出している。
『すまないね。お前ひとりに黄泉比良坂の守りを押しつけてしまって』
――焦げた蚯蚓が世のお役に立てることなど、それくらいでございましょう。
『いつかまた外つ国への路を開けてやろうか。来るかどうかは相手次第だが』
――ありがとう、姉様。
『だが、けして、ぜったいに、勝手に嫁には行くなよ? 何かあったらモグラに言えよ?』
――無いです無いです落ち着いて姉様。
篝火が消え、幽世の鏡が光を無くす。
終幕の拍子木が遠くに聞こえた。
NMコメント
こんにちは、駒米と申します。
一章完結型の探索、お食事型ラリーノベルです。
7日ほどで終了する予定です。
・雨の神社を灯り一つで探索したり詣でたり出来ます。
見えないだけでとても綺麗な場所だという話です。足元にはご注意を。
持ち込める灯りの光量は周囲を照らすほど。それ以上は国へ入る時に没収されてしまいます。
・石の参道に沿って奥の社殿まで進めば季節の振舞膳が食べられます。
暗闇の中を這いまわる何かの気配がありますが、興味津々にこちらを見ているだけで危害を加えるつもりはないようです。なお、くらやみ様は言葉を話す事ができません。が、なんとなく意志疎通できないこともないような。
どちらかのルートをお選び下さい
1、神社を探索する
意外と広い。鳥居下の白モグラは物知りです。オススメは抹茶が飲める野点と石灯篭の庭。
2、振舞膳を食べる
厨にいる白モグラに好みや食べたい物を言えば、頑張って作るそうです。オススメは旬の山菜や魚を使った春の御膳。
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