シナリオ詳細
<鎖海に刻むヒストリア>紅雨の先で靡く旗
オープニング
●その剣は誇りだった
「新天地に旗を立てよう。我らの国の旗を!」
「絶望の先にこそ希望あり!」
絶望の青を踏破するために建造された艦が、波を割って進んで行く。雷が落ちた。海が猛った。見たこともない魔物が次から次に襲いかかってきた。
それでもこの艦の海洋海軍人たちは、高い士気を維持していた。
ひとり、またひとりと戦友が息絶えていく。二隻の随伴艦のうち、一隻が海に沈んだ。国を想う。港を出てからもうどれほど経過したか。
皆、元気にしているだろうか。
口には出さないが、弱音がときおり軍人たちの胸中に顔を出しては沈められる。
「あぁぁ、アアアア!」
海の底に引き摺りこまれて以来それきりの操舵手にかわって、舵を握る青い目の海洋海軍人の背後で悲鳴。
とっさに振り返って、絶句する。
「な……っ」
操舵室の壁の補修をしていた機関士の顔がぼこぼこと膨れ上がっていた。白濁した目の片方が床を転がる。
体も大きくなり、耐えきれなくなった軍服がはち切れた。体中が鱗に覆われ、両手には鋭い爪が生える。
「ア、ア、ガ……」
「なん、だ……。なにが、どうなって……」
切り裂かれるような痛み。
心臓が凍り眩暈すら覚えるほどの恐怖。見たくないと叫ぶ本能を無視して、麻痺した理性が顔を動かした。左手を見下ろす。
何倍にも膨れた手。破れ落ちた手袋。硬質な鱗。
息をのむより早く右手が動いた。救難信号を発するためのボタンを叩く。すぐさま腰にはいた剣を抜いた。
最悪の事態になる前に、自分の首を――
走馬灯というのだろうか。
様々な光景が脳裏を走って、一瞬だけ手をとめてしまった。
●希望は彼方に
「救難信号! 二時の方角です!」
艦長が叫ぶ。イレギュラーズの判断は早かった。
「行こう!」
「はい!」
旗艦に従い、随伴艦も嵐の中を進んで行く。豪雨の中に補修痕が目立つ艦が二隻、見えてきた。
間違いなく海洋王国の軍人が使用しているもの、つまりイレギュラーズが乗っている旗艦及び随伴艦一隻と同様のものだ。やや小ぶりではあるが。
「旗艦甲板に人影あり! いやあれは――人、なのか?」
見張り台からの呆然とした通信。甲板に出たイレギュラーズが異変に気づいた。
雨の色が、やけに鮮やかに、赤い。
「あっつ!?」
「なんだこれ!? 酸か!?」
触れると熱い雨が降る中、二隻の艦とイレギュラーズが乗る軍艦の距離が縮まっていく。
「ひっ、目があった!」
見張りが絶叫した。手から滑り落ちた望遠鏡が落ちる音が聞こえる。
「あの状態の軍艦がどうやって動いているか知らないですが、こちらに向かって近づいてきています!」
彼我の距離はまだ開いているが――すでに逃走は許されない状況となっていた。
- <鎖海に刻むヒストリア>紅雨の先で靡く旗完了
- GM名あいきとうか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年05月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
高い波を引き裂き紅の雨を受けながら艦は全速力で進む。
「敵旗艦に接舷してくれ! もはや人の形をしていないアイツラを殴り倒すしか、僕らが、全員がこの海域を抜ける方法はないようだからね!」
悪意はない『観光客』アト・サイン(p3p001394)の言葉に威勢のいい返事をしてから、舵を握る軍人は思い至る。
海洋海軍艦に化け物が乗っているということは、『占領された』か『あれはそもそも戦友である』かのどちらかだ。
「旗艦の制圧はこちらに任せろ。その間に随伴艦と協力し、敵随伴艦を攻撃してほしい」
「ただし無理はしないでね。ここから先も、まだ海は続くから」
思考を遮るように『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)と『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が指示とお願いを重ねる。
さらに『Tender Hound』弓削 鶫(p3p002685)が策を足した。
「砲撃装填中、並びに危ないときは距離をとり、敵随伴艦が追ってくるなら味方旗艦の砲撃範囲に誘いこみ、三隻で集中砲火してください」
「はい!」
眼前の戦いに気を向けることにした軍人たちの了解が響き、味方随伴艦への連絡が慌ただしく開始される。
その間に、彼らは外に出た。
「乗員! 外に出るときは口と鼻は布で覆っておいた方がいいぞ。飛沫を吸えば肺が焼けてしまうからね」
後ろ手に扉を閉める寸前、アトが船内に声をかける。触れる雨は熱く痛い。
「情報共有と行こう」
紅雨の中で敵艦の動きを見ていたイレギュラーズのひとり、『パンドラの匣を開けし者』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)が口を開く。
「艦内構造はこの旗艦と変わらない。最終的な乗員は十四名。ただしこれは救難信号が発せられる前の報告に準拠した数字だ」
フードを被りながらラダが応じる。
「砲台の位置も同じというわけね。甲板上には……、三人」
目を眇めた『御稲荷様の新米眷属』長月・イナリ(p3p008096)はかろうじて雨がかからない位置で、口許についたドーナツの欠片を指で拭う。
「さっさと片づけて、この海域を抜けましょう」
「ああ」
凛とした『告死の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)に返答したラルフの両掌が敵旗艦に向けられる。
味方随伴艦を囮に、味方旗艦が敵旗艦とすれ違う。先制攻撃を狙うイレギュラーズはそのタイミングを見逃さない。
雨を斬り裂きラルフの純破壊エネルギーが放出された。敵旗艦に炸裂、艦の側面から覗いていた砲台が大打撃を受ける。
「燃え上がりなさい!」
イナリが得物を振るい、そこに宿っていた炎を飛ばす。続けざまにリュティスが漆黒の矢を放った。
「それじゃあ、制圧しようか」
影に隠された口許に微かな笑みを浮かべ、アトが飛行石を握り締める。
飛び立った彼に続き、イナリと薬を飲んだラルフも味方随伴艦との合流進路をとり始めた味方旗艦の甲板を蹴った。
鶫の体が軽やかに宙に浮き、ラダがジェットパックを稼働させる。タイミングを見計らい、リュティスも敵旗艦に飛び乗った。
「どこかに救難信号を発してくれた人がいるはず」
助ける。
心に誓って、アレクシアも飛行石を握り敵旗艦を目指した。
「これが、戦場」
あちらの世界で、フィクションだったもの。
やまない雨は血潮のようだった。空気そのものが無数の針となって肌を刺す。乾ききった喉に緊張で粘ついた唾液を無理やり流し、武器を握り締めて全身の震えを堪える。
「……あはっ」
怖かった。それ以上に――血がたぎった。
「行こう、デルさん」
瞑目し深呼吸。ただそれだけで冷たい恐怖と体中を縛り付ける緊張がとれる。
限界などない。怯懦などいらない。逃げ道など存在せず、欲さない。
「トモコ、いっきまーす!」
ひゃっほーい! と元気すぎる声を上げ、『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)はまだ空中に見えている仲間の背を追う。
「残る砲台は左舷のものだけだ」
「倒して進むか?」
ラルフの分析にラダが銃を構えて返す。鶫の判断は早かった。
「律儀に構っている暇はありません」
甲板にいた三体の『怪物』が、鈍重な動きでこちらに向かってくる。
鶫の銃弾は敵の足の甲と、床を穿った。
「アァァ」
大したダメージではないと嘲るように進もうとした怪物の足元が、バキリと音を立てて崩れる。
そこかしこの修繕痕、鶫の一撃、とどめに怪物自身の重さが入り、床の一部が抜けた。怪物が落下する。
「でぇぇぇいあッ!」
さらにその穴の近くにいた怪物の背後に回ったトモコが、膝裏を全力で殴った。体勢を崩した二体目が踏みとどまるために一歩を踏み出すが、そこに足場はない。
穴を広げながら騒音とともに二体目が落ちて行った。
三体目も鶫が空中からの攻撃で落下させる。
「味方艦が狙われる前に、行きましょう」
「うん!」
「こちらの攻撃も始まったようね」
弓を握るリュティスと、自身の周囲に魔法障壁を展開したアレクシアがイナリの視線を辿る。
腹に響く重低音。味方随伴艦と味方旗艦が距離を保ちながら、敵随伴艦に砲撃を仕掛けている。
「挟撃にも注意しつつ、砲台を……」
アトの発言が爆音とともに艦内側から飛んできた、扉だったものに遮られた。
イレギュラーズの目と武器の先が、瞬時にそちらに集中する。
「ア……、レ……、ラー……」
ずるりと。
怪物の左手を引きずり、右手には海洋海軍人に支給されている長剣を持った、『怪物と人間の中間』のようなモノが現れた。
「だず、げで」
「……みんな、先に行って。この『人』は、私がここで食いとめる」
拳を握ったアレクシアの手首で、魔力に反応したブレスレットが淡い光を放つ。
「おっと、こちらも撃ち返しているね」
「大変だー!?」
揺れに耐えながらアトが肩を竦め、朋子が青瞳のソレから目を離さないまま声を上げる。
「すぐに戻ります」
「援護しましょうか?」
艦内へと鶫が飛んでいく。リュティスの気遣いにアレクシアは優しく首を左右に振った。
「そっちの方が混戦になるだろうから」
「分かりました」
「……できれば生存者も連れて帰る」
「頼んだよ、ラダ君」
「こっちは任せなさい」
リュティスとラダ、アトに朋子とイナリも連れ立って走っていく。
「分かっていると思うが、彼達も全部始末せねばならんようだ。……本命は譲ろう。しっかりな」
「うん」
「邪魔が入らんよう、罠を張っておく。気休め程度にはなるだろう」
殿となったラルフが甲板と艦内を隔てる位置に万能金属のワイヤーによる簡易罠を設置する。
暴風がアレクシアの髪と服の裾に絡んだ。
「あなたが、助けを求めてくれたんだね」
かつて軍人だったソレの異形の腕が振り上げられ、甲板に叩きつけられる。穴が開いた。
武装した屈強な軍人たちが行き交うことを想定された艦内の通路は、通常の商船などの通路に比べて広い。
「退きなさい!」
叫びとともにイナリが敵の腕を斬り裂く。硬い鱗が砕け、炎上した。怯んだ隙に押しのけて通る。
「もういっぱァつ!」
さらに朋子が殴ってたたらを踏ませ、その間に後続も抜けた。
とはいえ、追ってくる。
「とまれリュティス」
索敵を行いながら進むラダが緊急停止。リュティスもつんのめるようにとまった直後、二人の右手側の壁が内側から打ち抜かれた。
「アァァ……ガァ……」
「分断するつもりですか」
「前からもくるぞ!」
苦みを眉に宿らせるリュティスの声にラダの報告が飛ぶ。
「前方は私が」
言うが早いか、鶫の弾丸が迫っていた二体の肩を纏めて撃った。
「これは大変だ」
「味方艦を沈められたくなければ、前進するしかあるまい」
「ええ……っ!」
怪物が振り下ろした腕を避けきれず、リュティスが痛みに奥歯を噛む。反撃するようにリュティスの足元から黒い蝶が羽ばたき、怪物が咆哮する。
あわせて両腕に術式を展開させたラルフがリュティスの脇から躍り出て、分断の位置にいる怪物の顎と胸元に触れる。
「アァァ」
耳障りな絶叫とともに仰け反った怪物の眼前をリュティスとラルフ、最後尾を代わったアトが走り抜けた。
「そういえば雨を受けて燃えても平然としていたね。なるほど燃えるのが好きなのか」
追撃してこようとする怪物は五体。
肩越しに確認して、ふむふむとアトは頷き、
「なるほど、ならもっと燃やしてやるさ。喜ぶんだな!」
ごう、と音を立てて敵最前列の怪物が赤と黒の毒炎に呑まれる。それを避けて通ろうとするため、鈍重な怪物たちの追走はますます遅くなった。
「ここね!」
「アハハハハ!」
並ぶ扉の内のひとつでイナリが立ちどまり、朋子が笑いながら扉を蹴り破った。
「耳を塞げ」
全員が防御態勢に入ったことを確認する間も惜しみ、ラダが引き金を引く。爆風とともに奇妙な音が広がり、内部の怪物たちを吹き飛ばした。
「いっそ海に落ちてくれたら楽なんだけどね」
苦笑しながらアトが特殊な銃弾を薬室に叩きこみ、乱射する。マナの火花が薄暗い室内に鮮やかに散った。
「これ以上、攻撃なんてさせないわ!」
炎から業火に纏うものを変えたイナリの剣が複数の閃光を乱舞させる。身体的負担は声ひとつ上げずに押し殺した。
イレギュラーズの集中砲火の中、鶫の凶弾により砲台が破損。
「すごい、これが戦場! これが暴力の坩堝!」
瞳孔が開き切っている朋子が攻撃の残滓の中を駆け、無事そうな砲台を力いっぱい叩く。近くにいた怪物が腕を振るい、朋子の体が壁まで吹き飛ばされた。
「ぐぅ……っ」
痛いが、痛いだけだ。この楽しい場所に立ち続けない理由にはならない。
「後ろからもきているぞ」
見張りに置いたペーパーゴーレムが破砕されたことで察知し、ラルフがちらりと振り返る。
万能金属ワイヤーによる罠に足をとられ、前列の怪物が転んだところだった。
「見たところ室内外、あわせて十体かな」
「アレクシアが相手をしているあれをあわせて、十一」
後ろから襲い来る連中の足止めを選んだアトが銃を構える。室内に銃弾による鋼の驟雨を降らせながら、ラダが追加した。
「この騒ぎで出てこないなら、あと三体は随伴艦か」
上の動きはうかがい知れない。ラルフの顔に思案が浮かぶ。
「アレクシア様はご無事でしょうか」
「どうする? 砲手と砲台潰して、戻る?」
「出来そうならやる方向で」
案じるリュティスと敵の腕を受け流したイナリに、アトが軽い口調で返した。異議は出ない。
「まずはここを制圧します。こんな形で沈めあうなんて……、絶対にさせません!」
凛とした鶫の声が暗澹とした艦の空気を割る。
銀の軌跡を描いて長剣が振られる。アレクシアを守る棘を有した紫花が接触直後にソレを傷つける。
「ゴロ、ゴロジデ、お、れあ、ぐにおだえ、に」
「……うん」
剣撃の隙を縫うように死角から迫った蹴りが、半身を引いたアレクシアの脇腹を掠めた。
「あなたは、国のために進んだあなたたちは、私たちに助けを求めた。怪物になった自分が、肝心なところで害をなさないために。――この艦を、沈めてもらうために」
あるいは、海洋海軍人として、『人』としての意識があるうちに、殺してもらうために。
体よりも心が痛んで、アレクシアは拳を握る。
「ごろじだく、ない、じにだぐ……っ」
それ以上は禁忌だとでも言うように、言葉は切られた。
本当は、死にたくないのだ。
本当は、ここで終わりたくないのだ。
でもそれは叶わないのだと、体の自由を失い刻々と異形に変成しつつある軍人は知っていた。
「あなたたちのことは、私が必ず絶望の青の先に連れて行く!」
紅の雨を頬に滑らせながら、アレクシアが宣言する。
「だからこれ以上、手を汚さないで! 同じ海洋の人たちを傷つけなくていい! みんな同じ夢を見た仲間なんだから!」
「あ、あ……!」
「意識があるなら頑張って!」
「ああああ!」
不明瞭な声で男が吼えた。
アレクシアに向かった剣先が半ばで反転、鱗に覆われた自らの左腕を刺す。
艦内を疾駆するイレギュラーズに八体の異形が壁や床を壊しながら追いすがる。
「罠はひとまず解除した」
二体目のペーパーゴーレムに命じ、ラルフが出入り口の安全を確保した。最前を行くイナリがさらに加速する。
「アレクシア!」
艦の縁まで殴り飛ばされたアレクシアの名を呼びながら、イナリが得物を横薙ぎに振る。踊る閃光は神の炎、浄化の炎となって人と異形の間にあるソレを焼く。
「ご無事ですか?」
「……すべてを見て回れたわけではないが、生存者は……、絶望的だろう」
リュティスがアレクシアの傍らに膝を突き、回復する。『敵』とアレクシアの間に立ったラダが自らの言葉に呟きを添えた。
「これだけの怨念、呪詛。さながら海域全てが墓標だ」
イレギュラーズが揃えば、それを追ってきた怪物も揃う。
艦の外縁からさらに三体が上ってきた。
「随伴艦に乗っていたものたちですか」
「そのまま海に落ちてくれたらよかったのにね」
苦渋をにじませた鶫の顔が、沈没していく敵随伴艦に一瞬だけ向けられる。アトは小さく息をついた。
「幸いにして沈没してはいないが、戻ったら味方艦の損傷確認だな。……では、幕引きと行こう」
「思いっきりやっちゃおう!」
ラルフがレイ・マグナを発動。朋子がスカートを翻し、敵に突撃する。
アトの背後に怪物が迫る。
「よっとと」
すんでのところで攻撃をかわし、敵の胸部を肘で打つ。
「実は前衛で殴りあう方がまだ得意でね」
言いつつ銃弾を乱射、ついでに他の個体の牽制も行った。
「金属薬莢は便利だねえ、しけることがないんだから。と言っても、マナの火花を消すにはこの雨じゃ弱すぎるか!」
紅雨と同色の体液を流しながらもアトを殴ろうとする個体に、ラダの弾雨が降り注ぐ。そこにとどめを刺したラルフが、目を細めた。
「……ふむ」
――海。海洋海軍人だったころの姿。魔物との戦闘。自らへの違和感。雨。
読みとった記憶を解剖し精査する。
病に侵され怨念に憑依され変異した、人だったもの。
「……ああ、つまり元は狂王種も……?」
海に生きる生物が、変異した姿なのではないか。
「なるほど」
限りなく真実に近い仮説にたどり着き、ラルフはわずかに口角を上げる。
怪物の残数は徐々に減っていく。甲板だけでなく、穴から内部に侵入した雨により艦内も燃えていた。
青の双眸から意思の光を失いつつあるソレの右腕を、イナリが斬った。剣が雨で濡れた甲板を滑り、穴から落ちていく。
「海の彼方まで辿りつけなかった貴方たちの意思は、私たちが引き継ぎます。だから、ここで安らかに……!」
腹部を殴りつけられ、息をのんだイナリの体が雨の中に倒れた。即座にリュティスが傷と痛みを癒す。
返す手でアレクシアを攻撃しようとしたソレだったが、鶫に左腕を撃たれ動きが一瞬止まる。
「貴方たちの責務は、私たちが、必ず」
「ア、ァ……」
ほとんど人の形を残していない顔に、安堵が刻まれていた。
肉薄した朋子が得物を振るい、アトが敵を炎で包む。火は今、怪物にとって恵みではなかった。
朋子に向かいかけた攻撃をアレクシアが逸らし、ラルフのレイ・マグナが立て続けに発動、異形と化した身を吹き飛ばし鱗を散らす。リュティスの蝶が舞い、ラダが連続で弾丸を放つ。
「乱戦中のダメージも考慮すれば、すでに限界のはずです」
肩で息をするリュティスが冷静に分析する。
待っていたように、ついにソレが倒れた。
「とど、めを」
再生を恐れ、死にゆくものが言う。
「陸に持って行きたいものはあるか?」
銃口を向けたまま、ラダが尋ねた。
「なに、海の向こうに連れて行くついでだ」
「あ、だ……は、た、を……」
「分かった」
銃声が、響いた。
安らかな顔で海洋海軍人だったソレが眠りにつく。
艦長室にあった旗を回収するため、ラダが駆け出した直後、艦が大きく揺れた。
「急いで!」
「時間切れだ。迎えにきてもらおう」
倒れかけたリュティスを支え、イナリが叫ぶ。アトは味方旗艦に向かって合図を送った。
「終わった。……ね、デルさん」
まだ熱の冷めやらない朋子は、呆然と囁いて天を仰ぎ目を閉じる。
「帰りましょう」
「ふう。思ってたより疲れたな」
鶫が瞑目し、ラルフが首を回した。
「あった」
破損と血糊が目立つぼろぼろの旗を回収し、ラダが戻ってくる。イナリとリュティス、旗を畳んだラダが限界まで接近している味方旗艦に飛び乗った。
「……みんなで、この嵐を越えよう」
魂をとりこむ激痛と戦闘の疲労で頽れかけたアレクシアを、鶫が抱きとめた。
安心させるように鶫は笑む。アレクシアは首肯を返して、飛んだ。
イレギュラーズが去った旗艦が波間に呑まれていく。
「被害状況は」
「鉄帝随伴艦が損傷しましたが、軽微です。進めます!」
「では全速前進を。この海域を抜け、果てを目指します」
ラルフの確認に艦長が応え、リュティスの指示に乗員たちの大音声が返る。戦闘を見ていたのだろう、各々が決死の覚悟を強張った顔に刻んでいた。
「それでも、進め」
旗艦に宿った炎を踏み消し、ラダは呟く。艦の残骸を、仲間の屍を艦の底に擦りながら、それでも。果てに希望があると信じて。
やがて紅雨が嘘のようにあっさり上がった。海域を抜けた乗員たちが歓声を上げるが――それが『絶望の青を抜けた』ことを意味しないと、イレギュラーズは知っている。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
紅雨の海域の突破、おめでとうございます。
どうか絶望の先に希望の海が広がりますように。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
鮮紅の雨と誇り高き海洋海軍人だった『怪物』たち。
●目標
・変異種の殲滅
・この海域を抜ける(味方軍人の人数及び艦数は問わない)
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●シチュエーション
絶望の青後半の海域、船上です。
天候は大嵐。特に敵艦はぼろぼろのため、波に遊ばれるだけでなく浸水の可能性もあります。
降り注ぐ紅い雨は触れるとジュッとします。熱くて痛いです。
・フィールドエフェクト:『レッドレイン』
敵味方関係なく、触れると微量ながらダメージを受け、また【火炎】を負う可能性がある。
周辺の海域全体にざあざあと降っており、いつやむか分からない。
またこれにより全艦もダメージを受ける。
●敵
変異種14体。
いずれも元海洋海軍人。絶望の青の後半海域攻略に望んでいたが廃滅病を患い、海に彷徨う怨念『棺牢(コフィン・ゲージ)』に憑依され変異種になった。
(イレギュラーズの皆さんは特殊な加護を受けているので、変異種になりません)
腕利き揃い。
特に『青い目の元軍人』は強いです。
旗艦の砲台は全4基のうち2台が生きています。
随伴艦に搭載されている砲台は全滅しています。
・『元軍人』×13
魚のような鱗と筋骨隆々の肉体、地につくほど長い腕に鋭い爪。
顔は人間だったころの面影を残し、目は白濁していたりとれていたりしているが、こちらをしっかりと認識しているらしい怪物。
理性はすでになく、ただ生者を死者に変えるために攻撃してくる。
物理攻撃力と命中に優れ、回避と反応が低め。
旗艦に10体、随伴艦に3体。随伴艦の3体は味方艦が接舷すればそちらに向かい、接舷しないのであれば旗艦に飛び移ってくる。
また、旗艦の怪物たちは砲撃を行い味方艦を沈めようとする。
・喜雨(P)自身が【火炎】状態のとき、HPを100回復する。
・殴る(物近単)【連】
・引っ掻く(物近単)
・投げる(物近単)【飛】
・大暴れ(物中範)【防無】
・『青い目の元軍人』×1
敵旗艦に乗船。
全身の半分以上が元軍人たちと同様に変質しているが、両眼と理性は残っている。
一方で体の自由はないらしく、本人の意思と裏腹にイレギュラーズや味方艦の海軍軍人たちを攻撃する。
物理攻撃力と命中、回避に優れ、防御技術が低めでファンブル高め。
長剣による攻撃と海洋海軍流の体術が主。
・喜雨(P)自身が【火炎】状態のとき、HPを100回復する。
・死斬(物近単)【必殺】
・剣撃(物近単)【連】【体勢不利】
●味方
皆様が乗っているのは旗艦です。
他に随伴艦が二隻あり、旗艦に10名、随伴艦に各5名ずつの軍人が乗っています。
内訳は旗艦に海洋海軍人6名、鉄帝軍人4名、海洋海軍随伴艦一隻(海洋海軍人5名乗船)、鉄帝国軍随伴艦一隻(鉄帝軍人5名乗船)。
旗艦、随伴艦はともに4Rに一度、4発ずつ砲弾を撃てます。
あたれば高威力ですが命中率は極めて低く、場合によっては敵艦が損傷します。
両国軍人たちは総じて士気が高く、そこそこの腕を持ってはいますが、今回の変異種を直接相手にすると劣勢に立たされると予想されます。
砲撃を行うか、どの位置に艦を置くか等、全体的に皆さんの意見に従います。
●他
味方艦は一隻でも残っていれば大丈夫です。ここからまた進んで行けます。
皆様のご参加お待ちしています!
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