PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Breaking Blue>君を愛した罪の水牢

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 無数のいのちが船と呼ばれる物の上で蠢いている。ぐらり、ぐらりと揺れながら。
 荒れ狂う海の上を命を繋ぐように只管に進んでいく。
「揺れにも、臭いにも、もう慣れちゃったわ」
 そう呟いた少女の容は闇そのもの。暗がりに溶け込むような彼女に「そうでしょうね」と静かに声を返したのはセイラ・フレーズ・バニーユと『名乗っていた』女であった。
「ねえ、セイラ。何処まで行くの?」
 首を傾いだ少女は船の上に誂えられた質の良い椅子に座り、テーブルの上に並んだ菓子を摘まんでいる。アクエリアよりも先へ進んだ『後半の海』でバカンスという趣味の悪い事を行う彼女は船を操縦する男の背中を見つめながら『可哀そうに』と声にせず呟いた。
 セイラ・フレーズ・バニーユが姿を消したとリッツパークに伝えられてから幾日も過ぎた。
 しかし、『バニーユ家の当主代行』が姿を消した事は名門貴族としてその名を轟かせるバニーユ男爵家にとって大きな問題であった。奥様は何処へ、何かの間違いだ、と騒ぎ立てる彼らに分家は『家を乗っ取らんとして』ちょっかいをかけてきたともいう。
 その折、セイラは何事もなかったように家へと戻り、「女王陛下の為に、そしてバニーユ家の繁栄の為にあの海での航海を成功させねばならないのです!」と『扇動』した。
 彼女は魔種だ。そして、彼女の言葉は呼び声を孕む。飛行種たるバニーユ家の者たちは『そうだ』と彼女の言に同意した。
 そして――バニーユ家所有の船に、バニーユ家の者たちを乗せて船は後半の海へと進む。

「ねえ、セイラ」
「何ですか? ビスコ」
「……貴族って言っても純種って脆いのね」
 人間の様に甘い菓子を食べれるのは嬉しいけれど、と。テーブルの上に並んだ菓子を摘まみながら少女――魔種『ミロワール』はぼんやりと船の中を見回した。
 セイラによって洗脳状態となっているバニーユ家の者たちの中に一際可笑しな存在がひとつ。
 溶解する体に、短い命の灯を宿し、『酷い臭い』を発する男の姿。それを初めて見た時にミロワールはモンスターでも連れてきたのかと思った。

 彼は、フラガッサ・バニーユ。
 先の大号令の際にプラエタリタ地区へと航海を行い、遭難した故バニーユ男爵その人だ。
 セイラは彼を『憎き男』と呼んだ。生きている事が妬ましく疎ましいと。
「ねえ、セイラ。フラガッサの事はお嫌いなの?」
「昔話をしましょうか、ビスコ。
 パニエ――女だてら海賊になった強く美しい私の親友です。彼女は社交界の場で一人の男に恋をしました。
 それが旦那様……フラガッサです。しかし、フラガッサはパニエと仲を深めながら私との婚姻を押し進めたのです。親友の恋しい相手は私を愛していたのですね」
「まあ」とミロワールはそう言った。社交界の場では楽師として活動していたという『セイレーン』セイラ・フレーズ令嬢。その彼女との間を取り持ってほしいと男爵はパニエを利用したのだろう。良くある。実に、良くある話だ。
「け、けれど、セイラは結婚したんでしょう?」
「ええ。『そうすればパニエと旦那様はずっと一緒』ではないですか。
 そもそも――私は世継ぎなどいませんし、女だとは言っては居りませんよ?」
「え? ええ、そうね」
 ミロワールは首を傾ぐ。確かに、普段より、衣服に身を包んでいるセイラは『性別不詳』である。肌を見せず、女として振舞ってはいるが――
「……私はパニエを愛していました。旦那様は私を、私はパニエを、パニエは旦那様を。
 実に良くある恋愛模様です。そして、旦那様はパニエと共に『私と家の為』に大号令の際にこの海へと赴き――」

 そして、罹患した。死の病に。

 廃滅の呪いに。

 プラエタリタのその場所で死んだパニエに苦悩してセイラは男爵を恨んだ。
 怨み、恨んで、そこに蔓延る怨念に、棺牢(コフィン・ゲージ)に男爵は囚われた。
 死すら生ぬるいと『魅入られた』彼にセイラは初めて感謝した。

 ああ――ありがとう!
 愛しい愛しい旦那様! パニエの苦しみを、私の苦しみを! 全部背負ってくれるだなんて!

 深い海の底より這い出して、死ぬまで『船乗り』達と遊べばいい。彼らに無惨に殺されてしまえばいいのだ。
 セイラは「ビスコと私はそろそろ『あの人』の許へ行きましょうか」と微笑む。
 あまり遊んでいては嫉妬深い主は自身らをも不要と殺してしまうかもしれないからだ。
「旦那様、ほら、ご覧になって? 太陽ですよ。うふふ、『楽しみ』ですね」


 セイラ、愛しの『セイレーン』――
 君がパニエを愛していたこと位、知って居たさ。
 パニエが私の事を愛していたことも、知っていた。
 ああ、けれどね。私だって、君を、セイラを愛してしまったのだ。

『ねえ、フラガッサ様。パニエもご一緒してもよろしくて?』
 君がパニエに向けるその微笑に酷く心を乱された。その視線の先がどうして私でないのかと!
 ああ、けれど、そうやって微笑んでくれるなら、それでよかったのだ。

『フラガッサ様、プラエタリタってご存じ? 船が消える海域ですの。危険な危険な場所。
 そこへ行き、海域の制覇を致しましょう。女王陛下の為、そして、バニーユ家の――セイラの為に。
 セイラだって、きっと、フラガッサ様の栄誉に喜んでくれるはずですわ。ええ、私だって……嬉しい』
 パニエの下心に知らないふりをして、セイラの為だと私は頷いた。
 セイラだって、『パニエが女王陛下から栄誉を賜る』事を喜ぶだろう。その為と我らはあの海へと進んだ。

 そして、パニエは死んだ。私は生き残った。
 セイラは――酷く荒れた。荒れて、荒れて、私を海の底へと閉じ込めた。怨嗟の声に魅入られた時、変貌してゆく私を見て彼女は『私の大好きな笑み』を浮かべたのだ。

 ――ああ、私達の苦しみを! 貴方が背負うのね!

 嗚呼、セイラ。私の愛しのセイレーン。君が喜んでくれるのならば、私は――


「此処が後半の海、か」
 波の音が耳を劈いた。イレギュラーズを乗せたコンテュール家の船は緊張に包まれる。
 曰く、『バニーユ家』の分家の令嬢がセイラが一時帰還し、幾人もの人員を連れてアクエリア以降の海へと出立したのだという。
 ソルベ・ジェラート・コンテュール卿は至急追ってほしいと言った。
 嫌な予感がする、と。
 大いに波が揺れる。窓を打つ雨の音が煩わしい。

「見えてきました! バニーユ家です!」
 指さす船員の声に従ってそれを見遣る。
 昏き海に抱かれるように揺れているそれは死の揺り篭そのものだ。
「変異種(アナザータイプ)の出現です。イレギュラーズ!」
 慌てたようなその声に空気が張り詰めた。
 廃滅に呪われしものたちの怨念が人々を『刈り取る』ように憑依する。そして、変貌した存在を変異種(アナザータイプ)と呼ぶそうだ。
 それがあの船に乗っている。
「危険、ってのは承知の上……だよな。
 迎え撃つぞ! ――このままじゃ、『俺達だってそうなるかもしれない』んだから!」
『男子高校生』月原・亮(p3n000006)は吼える。そうだ、ここまでイレギュラーズの為に船を操縦していたものも、そして、イレギュラーズだって廃滅の呪いに侵される可能性も棺牢に憑依される可能性だってあるのだ。
「いくぞ!」
 その声を発した刹那、眼前には半身が毀れた男の姿が存在していた。

GMコメント

 夏あかねです。後半の海、何があるかわかりませんね。

●成功条件
 ・フラガッサ・バニーユ・アナザーの撃退
 ・アナザータイプの撃破
 ・狂王種の撃破

●フラガッサ・バニーユ・アナザー
 変異種(アナザータイプ)。廃滅に侵された者たちの無念、怨念『棺牢(コフィン・ゲージ)』に憑依されて変貌した姿。
 青年のその身は汚泥の様に半分崩れており、本人も廃滅病に罹患しています。先は長くはないようです……。
 セイラに『遊ばれた』結果、狂王種(ブルータイラント)の因子をその体に宿し苦しみ藻掻き人語を話すことは出来ません。
 唯一の言葉は「セイラ」と「スマナイ」。その他は意味も分からぬ言葉を叫びます。
 強力な物理攻撃を行える他、水中行動可。海に引きずり落とし、対象が『コフィン・ゲージ』に囚われる事を狙います。それが彼からセイラへ向けた愛のかたち。セイラの為の駒を増やすが為の行為に他ならないのです。

●バニーユ家の人々*3名
 コフィン・ゲージに憑依されたばかりのアナザータイプ。
 助けてくれと乞うてきますが、彼らは『普通の貴族の使用人』です。
 偶然コフィン・ゲージに憑依されただけなのです。

●バニーユ家の人々*7名
 怯えたバニーユ家の使用人たち。まだ変異種とはなっていません。
 彼らに関しては捨て置いてもよいですが、放置することで変異種になる可能性が高いです。

●狂王種 *15体
 セイラ・フレーズ・バニーユが『作り出している』狂王種たち。皆、共通して淡い紫の羽をその身にはやしている水棲生物です。
 一体一体の強さはアナザータイプには劣りますが、素早く動き回り数が多いことが難点です。
 必殺持ち。『餌』とするための必然的な行動です。

●『コフィン・ゲージ』
 廃滅病に罹患し死に絶えた者達の怨念や無念の総称。それを煮詰めたスープの様な絶望の青ではどこにいても憑依される可能性はあります。

●同行NPC:月原・亮
 前衛タイプ。日本刀で戦うアタッカーです。
 基本的には無難に対応しますが指示があればご指定下さい。従います。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●重要な備考
<Breaking Blue>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <Breaking Blue>君を愛した罪の水牢Lv:15以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年05月14日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐

サポートNPC一覧(1人)

月原・亮(p3n000006)
壱閃

リプレイ


 荒れ狂う海は、すべてを飲み喰らうが如く。その激しさを衰えさせることはない。窮地たるバニーユ家の家令をいち早く救出せねば新たな『敵』が増加するかもしれないというその場所にイレギュラーズ達は向かった。
 囂々と風の音が耳を劈き、荒れる波の上で尚、平時の様な穏やかさを見せている存在――それを『人と呼んでいい』者か、『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)には判別がつかなかった。
「風が荒れてやがんな。……ま、そりゃそうか。お前みたいなのが居るんだから。
 ま、お前じゃどーしよーもなかったんだよな。水をばらまいた以上、盆に戻りゃしねーのさ。
 盆に戻ってくんのはご先祖様だけだぜ。俺の先祖は知らねーけど」
 そう、言葉をかけた相手は『人』である所を保ちながらも尚、だらりと腕を落とした『人間もどき』――バニーユ男爵の姿だ。
「やれやれ、愛に狂った男の末路ってか……厄介なもんだねぇ」
 好かれた相手に愛されない苦しみと、必要とされた喜びが彼の末路であったのかと『傍らへ共に』天之空・ミーナ(p3p005003) は肩を竦める。尤も、愛に狂ったというだけならば自分もそうかと僅かな自嘲を孕んで。
「愚かで実に可哀想だ。けど、『棺牢』は誰にだって有り得るかもしれないコトってなら……『意味不明』で良くわからないから苦手だね」
 それが廃滅病であるならばアルバニアの。反転であるならば魔種の。そうやって起源を特定できるというのに『棺牢』という現象は怨嗟や怨念が人に憑いた事を表すというならばこの海に沈む有象無象総てによるものではないか。『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135) はやれやれと周囲を見回す。ぐるりと包むような風の気配に孕む死の香が鼻先を刺激した。
「それで――ある意味で使用人も『人質』かな?」
「……俺のやることは変わらん。『魔』の存在は皆殺しだ。
 特に、魔種に連なるものは徹底的に排除しなければならん。原罪の呼び声は……反転は不幸しか生まない」
 唇を噛み締めて、『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)はそう言った。使用人たちとて放置していれば棺牢の怨念に憑かれる可能性だってある。生存を優先する余り引き際を見誤るわけには行かないと自身に言い聞かせる様にそう呟いた彼はゆっくりと顔を上げた。
「……いや、関係のない話だったな。殺して、殺して、殺し尽くすだけの話だ」

 オオオオオ――――!

 唸るような声が響く。それが眼窩の海よりその身をイレギュラーズ達へ向けて飛び掛からせた狂王種である事に気付き、『深海の金魚』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は直ぐ様に臨戦態勢を取った。
「狂王種、廃滅病、そして変異種。海は広いな、大きいな、とはいう、が。
 厄介事に、事欠かん、な。『絶望の青』、その名に、偽りなし、か」
「ああ。……行くぞ!」
 両方の足に込めて、『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)がバニーユ家の船を目指す。そこには未だ現状を受け入れられず怯えているものが居る事を『二代野心』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072) は知っていた。
「残った使用人たちを逃がすのが先決だ」
「うん! ……こんな――こんな姿になってもバニーユ夫人のために働こうとするなんて……」
 ずるりとその身を『使用人を救わんとするイレギュラーズ』へ向けるフラガッサを見て『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は息を飲んだ。
 彼は、フラガッサ・バニーユ男爵。使用人は彼の家の者。生前の彼は優しく使用人を家族の様に扱ったという。その気持ちが残っているのかは分からない。
 セイラの為。それが行動理念だというならば。憎悪に揺れるセイラ・フレーズ・バニーユの為に一生懸命な彼はどうすれば幸せだと言えるのか。
 ――この人を救ってあげるにはどうしたら良いんだろう?


 オーラを注ぎ入れれば月を思わす刃がハロルドの周りを包む。自身の周囲に展開するは破邪と魔力の障壁。唇が吊り上がり――そして刃は海域に雨が如く降り注ぐ。戦闘『狂い』と自身を称するハロルドのその戦意が狂王種を掻き立てる。奴を斃せと言わんばかりに増幅した意の中でぐぱりと音立て牙を見せた獣が彼へと襲い掛かる。
「行け、月影剣!」
 堂々たるその一声を受け止めて、荒れ狂う波の中、エイヴァンはバニーユ男爵の船へと乗り移る。潮を拭い、顔を上げれば怯えた顔でイレギュラーズを見る使用人たちが居た。
 迫る敵を迎撃しながらも汰磨羈は平静を装う。自身らまでもが恐慌に陥っていたならば相手はこちらがどのような存在かを理解する前に更にパニックに陥る事だろう。兵士の様に平静には居られない――だが、自身を認識して士気が向上すれば全員を救う手もあるはずだとエイヴァンは彼らに向け、襲い来る敵を薙ぎ払う。
「私達はローレットだ。今から御主等を救助する!船を用意した。直ぐに乗って逃げろ!」
 汰磨羈のその声に「ローレット? イレギュラーズ……?」と使用人たちが怯えを孕んだ儘、呟く。急ぎ、彼らを離脱させなくては一人で狂王種を惹きつけるハロルドの負担となるのでは、とちらりと彼を見遣った汰磨羈に闘気を漲らせたハロルドが笑った。
「心配無用だ。俺がこいつらを全部ブチのめす方が早いかもしれんぞ?」
 頷いたミーナは蠢くように使用人たちを狙う『変異体』に気付き、その体を滑り込ませる。手にするは死神の鎌。深紅の翼を揺らめかせ、少女は吼えた。
「死にたくなければさっさとあの船に乗って逃げな! ここは私達がなんとかする!」
「し、しかし……!」
 迫るは『自身らの主であった者』。べしゃりと肉片を落とし手を伸ばしたそれを見遣ってから使用人たちはどうすればいいのかと口々に叫ぶ。
 その視線を遮るように、美しい破魔の術式を煌めかせたヴォルペは静かに目を伏せる。口にするは堂々たる名乗り。決して背後には通さぬとその意志は固く、魔力の障壁に身を包んで指先誘う。
「さあ、おにーさんと遊ぼうか?」
 ヴォルペがフラガッサを惹きつけている事を確認し、エクスマリアは変異した使用人を薙ぎ倒すように絶望を謳う。濁った空より零れたリングはその指先飾り、鮮烈なる空色の瞳を煌めかせる。
「狂王種も、お前達の元同胞も、近寄らせは、しない。早く、行け」
 震える足に力を込めた使用人も居れば、未だイレギュラーズを信じきれない者も居る。エイヴァンが鼓舞する様に使用人たちへとその背を見せ「バニーユ家はこのままではどうなる?」と低く唸る。
「お前たちが還らなければバニーユ家はこのまま没落するだけだろう。お前たちが必要だ」
 エイヴァンの言葉を聞きながらスティアは唇を噛み締めた。貴族たる彼女は『家が没落する』理由を良く知っている――しかし、それが彼らの勇気になるならば、スティアは穏やかな笑みを浮かべ、窮地の中でそっと手を差し伸べた。
「怖いとは思うけど、勇気を振り絞って欲しいかな。私達がここの敵を引き付けるからその隙に離脱してね!」
「……我らは、還ってもいいのですか」
 あの美しき国へ。リッツパークへ。そう告げる使用人にエイヴァンは頷き、スティアは微笑を浮かべる。
「大丈夫だ。『此処まで来た私達』を信じろ!」
 堂々と、汰磨羈は言った。『此処』は絶望の只中だ。それも、拓けた希望(アクエリア)よりも尚、深い絶望の渦――ならばこそ、それはどれ程の勇気となるか。

 此処まで来た、かと唇を釣り上げたハロルドはその通りだと笑った。そうだ、ここまで辿り着き尚も戦う――セイラ・フレーズ・バニーユは『自身が大層世話をした変異種』を此処で放ったのだ。自身を傷つける刃を削るがために。
 走り出した使用人を誘導するのは『男子高校生』月原・亮(p3n000006)。スティアは頷き、彼に「よろしくね」と告げた。海洋軍のたるその意地を見せると『自国の民』を傷つけられぬ様にエイヴァンはその身を呈する。
 迫るは変異体(アナザータイプ)。何をするにも数が多いと呻いたサンディは獲物を握りしめた。何もかもを駆逐する、その意味を込めたその切っ先には『災厄の嵐(サンディ・ナイト)』を纏わせて――


(アナザータイプはさっさと潰さなくちゃな。なるべく速やかに。跡形もなく。
 多分奴らは普通の人だろう。……だろうが、だからこそ早めに消さないとマズい)
 サンディは唇を噛んだ。仲間たちが相手に取った変異種たち。それが『棺牢』と呼ばれる現象にその体を憑依されたことは分かっている。しかし――しかし、
「たす――け……」
 唇を噛んだ。分かっている。悲痛な訴えに耳を傾ける者はいる。亮が誘導する最中、そちらに意識を向ける者が居る事は確かだ。エイヴァンは「早くいけ!」と叫んだ。振り返ってはいけない、そこで歩みを止めてはいけないのだ。
「はっ……そうだ、これが相手の思うつぼだ。誰が敵か味方か分からなくなるだろ?
 セイレーンは『狡い女』だ。 ……汚名なら、いくらでも被ってやる。今は、これしかない」
 サンディは『災厄の嵐』の許、その一撃を届け続ける。そうだ、使用人が歩を止めれば――一般人である彼らを傷つけることをイレギュラーズは厭うだろう。狡い女だとサンディは唇を噛み締める。
「殺されてぇ奴だけ戦場に残れ」とハロルドは笑った。酷く、愉快そうに――そして、酷く、不愉快であるかのように。その掌を血で汚す事を彼は厭わぬと聖剣リーゼロットの切っ先を向けて。
「自らが望んだ結末からは程遠いのだろう。……だがきっかけや原因が何であれ、他者に害をなす存在を放置はできない。せめて、この場で楽にしてやろう」
 エイヴァンは海洋王国軍佐官用正装に身を包み、王国を脅かす『敵』をしっかりとその双眸に映した。自身の中に漲らせるは軍人としての強き名誉と決意。その旗下なれば、全ての戦士は不屈を志す――ならば己も挫ける訳にはいかない。
「ど――して……」
 唸り、涙を流す様に攻撃を加える変異種へと自身の一撃を放つ。ぐらりと体が揺れたのを見逃すことなくミーナがその鎌を振り上げる。
「どうしてなんざ、私だって聞きたいよ。人は『そうなる』もんなのかもな?」
 鮮やかな黒髪に潮風が絡みつく。唸りを上げ、『到底言語にはなり得ぬ声』を叫声の様に海域へ響かせるフラガッサへとヴォルペはにんまりと微笑んだ。
「はは、楽しくなってきた!」
 燃えるような痛みが頬を掠める。そんなことなどヴォルペは気には留めない。仲間の許へと送り込むくらいならば信じて耐えた方がマシなのだ。
「セ――」
 セイラ、と。こうなってまで、彼は愛しい女の名を呼ぶか。こうなってまで、愛しい女を信じるか。ああ、何と愚かで可哀想だとヴォルペは目を伏せて笑って見せた。
「でも、おにーさんはその気持ちが分かるよ。美しく愛しいあのお方の為ならば喜んでこの身を捧げ、あのお方が望むなら世界だって滅ぼしてみせる。
 けれどね、あのお方は君の行いは許せないだろうね。ああ、許せないさ。だからこれは君とおにーさんの愛情比べみたいなもんさ」
『あのお方』を思えばヴォルペの頬は緩む。自身を斃し、そしてこの海域を抜け出して愛しのセイレーンの許へと向かえなければ、フラガッサ・バニーユ男爵の純愛は、殉愛は、世界に証明されることも無く何ら意味もなさずにこの海へと消え失せるのだ。
「未だに何にも侵されることなく愛する者に尽くせるこの身が羨ましいだろう?」
 唸る。フラガッサを見て、スティアは唇を噛んだ。セイラとスマナイ、その言葉が怨嗟の様に、雨の様に幾度も幾度もフラガッサから響いてくる。
「貴方はずっとそうやって謝り続けてそれで良いの? ただの八つ当たりじゃん!」
「セ――」
 スティアの周りに舞い踊るは魔力の花弁。自身を愛してくれた人は、きっとそうではないと首を振る。拗れた恋の解決方法など知らない。咲き乱れた華の中、スティアは首を振った。
「『貴方を愛してくれた人』が見たらどう思うのかな!?」
「パ――」
 ――ニエ。その名を、呼ぶことを恐れる様にフラガッサは頭を振った。ヴォルペへと癒しを送りながら、スティアは唇を噛んだ。
 もう、どうしようもないのだ。何もかも。掛違えた釦は、綻びを生み出してこれ程までに酷い溝と化した。これ程までに、成り果てても彼は妻を愛してしまっていたのだから。


 棺牢が何であるかを解明する暇もない。エクスマリアは様々な物語を抱き、そして、その手には絶望の青へ挑む者達へ手向ける書物を握っていた。
(モスカの秘伝とやら、役立って欲しい、ものだ……)
 ブルーノートディスペアー。それを手にして、変異種となり果てた者達と対峙する。エイヴァンがその拳を以て圧倒すれば、エクスマリアは続き、破壊的魔術で圧倒してゆく。そこに慈悲の心を抱いてはいけない――遠い遠い、此処ではない世界の伝説。 いつかどこかで聞いた物語、と寝物語の様な男と女の恋物語に酔い痴れている暇もない。
 まるで、絵物語の様に傷つけあって自滅する変異種の向こう側、フラガッサを受け止め続けるヴォルペへ向けて、汰磨羈がその凶刃を振るう。
「安らかな死による解放を選ぶなら、首を晒してくれ。楽に、逝かせてやる――!」
 使用人の首がごとりと音を立てる。汰磨羈が視線を送ればすべてを受け止めるハロルドがその身を血に濡らしながら笑っていた。彼の許より離れんとする狂王種へ向けてミーナが鎌を振り下ろす。
 光を喰らうは闇。それこそが死を司る者の領域であるとミーナが振り上げたその一撃を獣が喰らわんと牙覗かせる。
「 ―――さあ、恐れ慄けそして食われろ!」
 唇を噛む。胴へと噛み付いたそれを退ける様に拳を突き立て、後方へと下がる乙女に「レディに無粋だな?」とサンディが小さく笑う。
 癒すスティアの支援を受け止めて、イレギュラーズ達は着実に数を減らし始める。同様に、強攻は尚も続く。荒れ狂う海の中、自身らに着実に傷を増やし続けるイレギュラーズは眼前の敵を見遣った。
 フラガッサ・バニーユ――!
 腕を伸ばし、そして汰磨羈を掴まんとした。だん、と引きずられるように身を船体に叩きつけられる。埃が立つと同時に荒波で濡れていたその場所をずるりと汰磨羈が滑った。
「生憎、女々しい男は嫌いでね。平気で他者を犠牲にする様な輩は尚更な!」
 その勢いの儘に、フラガッサの腕を抜け出して唇が吊り上がる。エクスマリアが畳みかける様に一撃くらわせば、変異種のその身はゆっくりと倒れていく。しかし、それで終わりではない――ハロルドが抑え続ける狂王種。その戦線を維持するためにスティアが癒しを送り続けている。
 幾度も耐え、そして攻撃を続ける彼により狂王種の数も減り続ける。
 ならば、今だ。鎌を振るい、ミーナは狂王種を撃破し続ける。傷だらけ――いつ、だれが欠けてもおかしくないその状況を守るがためにヴォルペはその身を盾とつぃた。
「――耐えろ……!」
 叫ぶエイヴァンのその声に、サンディは頷く。大いなる風の気配を纏う様に、一気呵成、降り切った一撃が狂王種の身を切り裂いた。
 大いに狂う荒波の中、直ぐに離脱をと叫んだ。
 此の儘この海に留まる事は危険だ。すぐにでも新たな敵が姿を現すかもしれない。
 課されたオーダーは完了した。皆、満身創痍ではあるがそれでも迫りくる脅威を退けた事には変わりはない。

 フラガッサ・バニーユ男爵――彼は、どこにでもいる青年だったはずだ。
 彼が愛したセイレーン。
 歌声を響かせる楽師の『娘』は、穏やかに微笑んでいただけだった。
 彼女は、その身の内におんなとは言えぬ意識を宿し、そして――一人の女を愛した。
 その愛が間違いであったのか、それとも……。
 答えは出ない儘、彼は、只、滅されたのだ。
「……得られるもんなく澱みにいる位なら、これでよかったんだよな」
 その言葉に応える者はいない。只、纏わりつく様な死の臭いが鼻先を擽っただけだった。

成否

成功

MVP

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

状態異常

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)[重傷]
陰陽式
ハロルド(p3p004465)[重傷]
ウィツィロの守護者
天之空・ミーナ(p3p005003)[重傷]
貴女達の為に
ヴォルペ(p3p007135)[重傷]
満月の緋狐

あとがき

 お疲れ様でした、イレギュラーズ!
 出来得る限りの人命を救う為に、工夫を重ねて下さっていたと思います。
 MVPは素晴らしい言葉を投げかけた貴女へ。その一声がなければ、きっと足は竦んでました。

 称号もいくつか。それではまたお会いいたしましょう!

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