シナリオ詳細
必然に随順する者、これ賢者にして神を知る者ならば。
オープニング
●
「―――ああ、“あの子”には、招待状を送っておいて。
きっと……、いい表情をするから」
●
村が燃えている。
場所は、《幻想》(レガド・イルシオン)の辺境。
原因は、周辺領土を管掌する貴族、その配下に組織されている『ドゥムノニア騎士団』による“《異教徒》(無神論者)狩り”である。
辺りに響くのは村人の叫喚と。家々の燃える音。
「何故……、何故、このような無慈悲な行いをなさるのですか……!」
そしてその中に一際鼓膜を叩く、村人の男の悲痛な叫び。
「……」
その訴えの声の元を辿る様に、一人の騎士―――漆黒の鎧を全身に身に纏った騎士が、気怠そうに視線を向けた。
「この村が異教徒で満ちていることは重々知っておるのだぞ、男」
「そんな……! この村には、確かに無神論者もおりますが、僅かでございます!」
「ふん。貴様らに与えられる赦免などドゥムノニアには存在しない。
“デヴォンの聖戦”の例で学ばなかったのか。
―――全く、愚かな」
……かつて。デヴォンという村も、同じく異教徒狩りに遭い、ドゥムノニア騎士団により焼き落されていた。騎士はそのことを言っているのである。
「ああ、サグラモール様さえ居れば……こんな横暴は決して許さなかったであろうに……!」
村人が膝を地に付け、土を睨みながらそう呟いた瞬間、
「―――その男の名を」
は、と。咄嗟に視線を上げた村人の眼には、
「俺の前で、口にするな!」
眼前に迫りくる槍先があって、
「ひ……っ」
息を吐く前に村人は、騎士の槍に貫かれ、串刺しのまま宙に浮いた。
「あ……が……っ」
凄絶な激痛に襲われた村人は体を激しく震わせながら、己の身体を貫く槍を握り、吐瀉する血を気にも留めず、絶望の眼でただただ騎士を見遣った。
「いつ……か……、罰が……下る、ぞ……!」
「それは、たった今、貴様に下っている」
直後、漆黒の騎士は己の槍先で絶命した村人を軽々と振り落とし、地面に叩きつけた。
「”王”とは。神の神託を得た者。
“公爵”とは。その神託を代理された者。
したがって、公爵の声はいみじくも神の声の代理。
神を否定すること、それ即ちドゥムノニア公爵の否定!
貴様らは全員―――死刑に処す」
そう告げたのは死神。
騎士、アグラヴェイン卿であった。
● ローレットへの依頼
辺境の村ユゼスにおいて、住民と管轄貴族との間で衝突が発生している。
状況としては、過去、小村デヴォンにて同様にドゥムノニア騎士団による粛清が行われていたところ、造反した一部の騎士をイレギュラーズが救出したという事例があり、それに酷似している。
そして、その時と異なるのは。
依頼者は当時のイレギュラーズの活躍を聞いていたユゼスの村人の一人であることと、
「……という依頼なのだけれど、興味はあるかしら?
割と急ぎの案件だから、早めに回答を貰いたいところだけれど」
その情報の提供者が、通称“灰の騎士”と呼ばれる女性である、ということだ。
―――灰の騎士。
専ら“魔種の情報”、“あらゆる土地で今、危機に襲われている場所”の情報を提供する故に、燃え落ちる寸前の状況を知らせる“灰の騎士”という通り名がついた、ローレットの情報提供者の一人である。
くすんだ紫色の髪。
病的に白い肌。
仮面に覆われた双眸を読み取ることはできず。
服の大部分は焦げ、血で薄汚れ。
その身を包む鎧は歪んでいる。
―――異形なる姿形は“この世界”では珍しくもないのだが、それにしても、分かっているのは若い女性である、ということくらいしかない。そんな情報提供者であった。
「……承知した。依頼者が居るのであれば、“可能性の蒐集”にローレットは労力を惜しまない。
すぐにイレギュラーズを手配する」
「そう。話が早くて助かるわ」
「しかしあんた、いつも危機的状況をピンポントで仕入れてくるもんだな。感心するよ」
「―――まあね。それが、情報屋の腕でしょう?
それじゃ、仲介料金はいつもの手筈で頂戴」
「ああ、分かった」
頷いて返したローレットの男は、ふと感じた灰の騎士への印象を、つい口にする。
「そういや灰の騎士、あんたって……なんかどっかで見たことある気がするんだよな」
灰の騎士は椅子から立ち上がりながら、その言葉に軽く振り返る。
「あら、顔も見ずに何処かの誰かに似ている、だなんて。レディに対して失礼な発言よ、それ」
「う……す、すまない。つい口が滑った」
「“女の推量は、男の確信よりもずっと確かである”。……冗談よ。
まあ、これだけ広い世界なのだから、似ている人間の一人や二人くらい居ることでしょう」
苦笑する男を背に、灰の騎士はローレットを出ようと歩を進める。
そして、出入口の扉に手を掛けながら、
「……ああ、言い忘れていたけれど、私も同行するから」
「あいよ。あんたも物好きだなあ」
「ええ」
男の不思議そうな声に、灰の騎士は口元に微笑を浮かべた。
「―――神がそれを望まれる」
- 必然に随順する者、これ賢者にして神を知る者ならば。完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年05月10日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●プロローグ
――あの女、私と同じ匂いがする。
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はラムレイに騎乗しながら目を細めた。
(ならもっと早い段階で救援要請もできたはず……まぁ、いいわ)
本当なら救えたかもしれない命を数えたところで、今から救う命の数は変わらない。
そんなイーリンの横顔をちらと窺った『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は、
(命の取捨選択……。
イーリンだけには背負わせないよ)
口に出さないイーリンの心情を敏感に察知している。ウィズィはラムレイの手綱を握る手に、力を籠めた。
(《特異運命座標》と《神託の乙女》の関係をみれば。僕らを“神の使徒”とも換言できそうだが。
――神を口にし、特異運命座標をひどく厭う。
であれば。――彼らは“神を騙るモノ“という訳だ)
人というモノは、実に面白い。そう結論した『飢獣』恋屍・愛無(p3p007296)の頭上を、一羽の白鴉が飛んでいく。マルク・シリング(p3p001309)の放ったファミリアーである。
「ありがとう。君の御蔭で、村の全体像がよく分かったよ」
マルクが柔らかに礼を言うと、その白鴉は一層元気に飛び立っていった。
――ドゥムノニア騎士団、アグラヴェイン卿。
彼らによるユゼス村への“聖戦”を、イレギュラーズ達は止めに来ている。
……とは云っても、情報の伝達タイミングから、三分の二の村人は騎士団により粛清されてしまっている。だからイレギュラーズに出来るのは、残る生存者をどれだけ的確に救えるか、ということに収斂された。
そして、マルクの放つ白鴉は、今回の作戦の初期動作に於いて極めて有用な情報を齎してくれた。
(胃が痛いが仕様が無いのう……。
何やら、師匠に似た匂いもしておるようだし)
『迷い狐』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が村の外にまで漂う焼け焦げた匂いの熾烈さと、その中に微かに残る不思議な匂いに顔を顰めると、その横を歩く『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)も顔に険しさを露わにした。
(成程、連中はどうせ神に選ばれたとでも自称してるんだろ。
ちょいと過激だが幻想貴族の自負としては一般的な部類だね。
……そりゃあ無神論者の領民なんて生かしてはおけないよな)
幻想出身のシラスは、己が国の現状をそう分析する。
「でもね、もう時代遅れなんだよそういうの。
――この国の未来には要らない」
シラスの眼がより一層細めると、良く通る声で詩の一節が聴こえてくる。
――私は山に向かい目を上げる。
我が助けは、何方より来るか。
我が助けは、天地の神より来る。
天主は汝の足の動かされぬのを許されない。
汝を守る者は微睡むことも無く――
何処かの世界の詩編を諳んじた『観光客』アト・サイン(p3p001394)。
アトには燃えるような義憤や、全てを捻じ伏せるかの如き圧倒的な腕力は無いかもしれない。
しかし彼にしか出来ない、彼だからこそ出来ることも多くある。
アトは『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)と共に、村人の救出を行うべく、本隊とは別に“救助班”として動く。そしてその役目に、アトは欠かせない人物である。
「同じ《騎士》を冠する者であれ、決して相容れぬ者がいることは解っている。
しかし、この仕打ち……、許されることではない」
そして、剣の柄を握る手に力を籠めるリゲルは、同じ騎士としてただしくアグラヴェイン卿の在り方を非議した。
……間もなく、ユゼス村の中に入る。
動線の把握は十分だ。イーリンが無言でこくりと頷くと、ウィズィがハーロヴィット・トゥユーを掲げて高らかに宣言する。
「さあ、Step on it!!
――全速力で行きましょう!」
●騎士
「騎士の名を騙り民を虐げる愚者の群れは、此処か!」
イーリンの澄み渡るような謗りに、一人の騎士が振り返る。
その一騎は、特徴的な漆黒の鎧を身に着けていて――。
「もしや……《特異運命座標》か?」
アグラヴェインは。ゆっくりとイレギュラーズ達を見遣った。その瞬間、
「――――!」
イーリンの髪が深い紫苑色へと変貌し、淡い燐光を漏らす。
紅い依代の剣・果薙が振るわれし軌跡は只、凄絶。
血の様に赫い虹彩が――アグラヴェインをただしく貫く。
キインと激しい金属音。アグラヴェインの槍と、イーリンの戦旗が交わる。
(この女……!)
アグラヴェインはイーリンの放つ最高威力の一撃に眉を顰め、
(一筋縄ではいかない、か)
イーリンはその己が一撃を往なされた事実に内心で一つ息を吐いた。
イーリンの声はアグラヴェインだけでなく、周辺に居た騎士団兵力にまで届いていた。リゲルとアトは、既に別動隊として此処を離れている。
シラスとメーヴィンは、イーリン達の隊列から散会し、近傍に確認できた騎士と歩兵へと接敵していた。
(敵が全員纏まっているとは考えにくいからな)
シラスのその読みは正鵠を射ていた。彼は眼前の敵に、
「思考停止の没落貴族につける薬はねえな!」
そう煽ると、メーヴィンも続く。
「余り面倒は掛けてくれるでないぞ、何せ師匠の前だからのう!」
二人の接敵に騎士団兵もすぐさま応撃の態勢に入る。
「邪魔が入った!
――“あれ”は《特異運命座標》だ、気を抜くな!」
騎士の方はシラス達の貌を知っている様である。歩兵に気を引き締めさせると、その刃をメーヴィン達へ向けた。
「民の背中を刺す英雄狂には丁度いいでしょう、卿?」
そう言ったイーリンの初手に暫し沈黙するアグラヴェインに対して、
「見つけたぞ、アグラヴェイン!
神の名を騙り我欲の儘に殺戮に走る、恥知らずの獣心め!」
先に会敵に入ったメーヴィン達を横目に、ウィズィが声を上げた。敵の注意を引き付けるのが彼女の目的だ。
アグラヴェインの表情は、兜に隠れ解らない。ウィズィは続けて、
「臆病者、でなければ卑怯者か?
ドゥムノニア程度の愚図に唆される使い走りがよくもまあ粋がって……身の程を弁えろ!」
彼らの信ずる神と公爵、そして本人のプライドを刃物で抉る様に詰っていく。
「貴様――この俺を愚弄するか」
ウィズィの煽りとイーリンの一撃でアグラヴェインの意識を完全に引き寄せることに成功した。マルクは、
(表情は読めずとも、身体から怒りの感情が溢れている様だ)
内心でそう呟く。アグラヴェインの憤怒は重圧となってイレギュラーズへと圧し掛かり、
「――気に入らないな」
しかし。愛無は物ともせず言った。瞬間。疾り、距離を殺す。
“今は”小柄のその体躯が。
――アグラヴェインには、矢鱈と巨躯に見えた。
愛無が自らの体躯から伸びる尾を凄絶に薙ぐと、アグラヴェインが槍で間一髪受け止める。
「獲物に余所見をされるのは好きではない」
「――獲物、だと」
アグラヴェインと愛無が弾ける。アグラヴェインは槍先を愛無へ向けた。
「良かろう。《特異運命座標》には借りがあってな。
貴様らの死を以て、その借り返させて貰うぞ!」
アグラヴェインの殺気が強烈に辺りを覆う。イーリンはそれを紅玉石の瞳で見つめ返す。
(――神とは真理、真理は不変。
然らば彼の黒騎士らの神は、移ろいゆくもの――暴きましょう)
イーリンの戦旗が、アグラヴェインの槍先を受け止めた。
「――神がそれを望まれる」
●救出
アトとリゲルは、ウィズィ達の声が響くのを聞いていた。
アトは、半径百メートル以内の助けを呼ぶ声を感知する異能を有する。此度の作戦では極めて重要な異能だ。
「こっちだ」
アトの指示に従って、リゲルは馬車を停める。
「さあ、あまり時間もない。こっちも動き始めよう」
「そうだね。さて、舌を回すとするか!」
アトが息を吸う。そして、
「全員聞け! 僕はローレットより派遣されたものだ!
君たちの命を救うべく賊共と剣を交えている!
戦う手を止め、僕の言うことを聞け、――ひとりでも多く生き残るために!」
その声に村人達の視線がアトへと注がれる。
「もしかして……本当にイレギュラーズか?」
村人の一人が訝しんで尋ねると、リゲルが力強く首肯する。
「俺達はローレットです! 助けに来ました!」
村人たちに安堵の表情が広がる……が、
「貴様たち、此処で何をしている!」
ウィズィ達戦闘班の惹きつけから漏れた騎士団が騒ぎを聞き、駆け付けていた。
騎士の姿を認めたアトは自作発煙手榴弾を投擲すると、騎士の眼前で炸裂して煙が出る。殺傷能力はないが、短時間の目潰しにはなる。
「手伝える者は集え! いち早く助かりたい者はあの方角へと走れ!」
アトの声に村人達は立ち上がり、動き始める。
そしてリゲルは騎士へと接敵する。アトが村人達を統率する為の時間を稼ぐ心算だ。
リゲルと騎士の刃が交錯する。
「命令とは云え、領民の命を可惜と失うことに、騎士としての呵責は無いのか……!」
そして、弾ける。リゲルの問いに、騎士の表情は読み取れない。
「……団長は全ての責を自身に追い、我々に命令を出す。
私にはその重責など、推測するにも烏滸がましい。なれば――」
騎士が剣を振るう。
「私は、団長の下した命令を忠実に遂行するまでだ!」
その太刀筋は見事だ、とリゲルは評価する。
「……貴方の言うことも理解できない訳ではない」
振り下ろされた剣を真正面から受け返し、リゲルは「しかし」と続ける。
「俺は、俺の信じる騎士の矜持に懸けて、人々を救ってみせる――!」
リゲルの会敵を確認しながら、アトは村人達に矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
「家の下敷きになっているものがいれば引っ張り出せ!
医術の心得のあるものは手当をしろ!
メルカートを残す、雑務は手伝わせろ!
……怪我人を馬車に乗せたらここから離れるぞ!」
「は、はい! わかりました!」
回り始めた村人達の動きに、アトは一先ず息を吐く。
――知人への友誼なんだ、同情なんてしないが、確実に仕事は遂行させて貰うよ。
●VS騎士
「どうした、異教徒なら此処にもいるぜ?
――ハッ! 怖気づいたかのかよ! 信心が足りてねえんじゃねえのか」
「くっ……!」
シラスが上手く近接格闘戦に持ち込むと、相手取る歩兵二名は苦悶の表情を浮かべる。
「貴様ぁー―!」
「おっと……!」
別の二騎の騎士がシラスに斬りかかる。流石に精鋭二人を相手取るとシラスの蟀谷にも幾らかの汗が光るが、
「やれ無力な相手には強気な兵士様、プライドだけは高いんじゃの?」
血の魔力、呪いの罪――放たれる七天崩打、メーヴィンの振るうstained meが騎士を凄絶に薙ぐ。「助かったぜ」とシラスが言うと「なに、お互い様じゃろうて」とメーヴィンが朗らかに返す。
「おい、大丈夫か?」
そして、騎士達が少し距離を取った隙に、シラスは視界に入った手負いの村人に声を掛けていく。
「足が……」
酷い傷だ。村人は腿が深く切られ、自力で歩くことは困難の様である。シラスは「大丈夫だ」と自分の衣服の一部を千切り、村人の腿にあてると、立ち上がった。
「幾許か待っておるがよいのじゃ。
――直ぐに終わるでの」
「ああ」
メーヴィンの言葉に、シラスが頷く。
そして、二人はその視線を騎士達へと向ける。
「後悔させてやるのじゃよ」
「――俺達を敵に回したことをな!」
●VSアグラヴェイン
派手に戦闘を引き起こし虐殺の手を止めさせるイレギュラーズ達の作戦は、非常に上手くいっていた。そしてそれは、イレギュラーズ達の被弾が増えることとも同値であった。
(アグラヴェイン……、想像以上に、強敵か)
マルクが療術詠唱を始める。彼は対アグラヴェインでの戦線維持の最も重要な人物となった。
大いなる天の使いの救済の如く――癒しの風が、戦場を舞う。
傷は――イーリンを庇うウィズィ、そして、アグラヴェインへと正面から斬りかかる愛無が特に深い。
「ウィズィ……!」
「殺されてたまるか……死ぬのだけは、死んでもゴメンなんだよ!」
アグラヴェインが放つ暴虐的な槍の穿撃――片腕が使えぬ状態で、過去イレギュラーズ八名と同等に渡り合ったその力は見せかけだけではない。
「死にたくない? ――そんな覚悟で戦っているのかね」
嘲笑。後に――咆哮。
アグラヴェインの大地が響くかの如き怒声がイーリンとウィズィを苛むと、続けて苛烈なる一撃がイーリンに捧げられ、それを、文字通り命を懸けてウィズィが防ぎ切る。
「――ああ、そうさ! お前とは、“命の重み”が違うんだ!」
ウィズィは力を振り絞り、アグラヴェインの槍を跳ね返す。
――私は、“君”の生きる理由。ならば私は、私を守る。
“君”との次の一瞬のため、私は今――、この一瞬を生きる!
ウィズィは倒れない。
此処で倒れることは絶対に許されない。
何故か?
だって、後ろには――《君》(イーリン)が居るのだから――!
「神は、君を満たしてくれたかね?」
耐え抜いたウィズィと代わる様に、愛無が隙は与えぬとばかりに首落清光を振るい、反撃する様にアグラヴェインへ接敵する。
「なに……?」
「――サグラモール。彼は君と違って愛されていた。満たされていた。
彼は君とは異なる道を選んだが」
ぴくり、とアグラヴェインの動きが一瞬強張った。
“その名”を聞いたからだ。
「貴様、その男の名を――」
「地位も。力も。全て手にしている様に見えて。君は、酷く満たされていない様だ。
何故なんだろうね。だが……君の様な“人間”は、とても“味”が良いのだよ」
愛無の眼の奥底に蠢く、果て知れぬ飢えが、アグラヴェインを見つめ、
「……っ!」
アグラヴェインの、歴戦の騎士に、一筋の悪寒が走る。そしてそれを掻き消すように、暴虐な一振りで槍を愛無へ突きつける。
それを愛無は正面で受け止めた。激しい炸裂音が響く。途方もない力と力が、交じり合った衝撃だ。
「とても興味深い。いや、なに。僕の興味は、もともと君だけ故に。
だが、君を喰い殺せば、村の人間も結果的に、より多く生存するだろう?」
交錯が弾けて後退したのは――アグラヴェインの方。
マルクの療術が傷を癒していく。
イーリンとウィズィが愛無の横に立つ。
可憐な少女に見える三人は。
アグラヴェインにとって――。
「だったら――うぃんうぃんと言う訳だ。君達に倣うなら」
人生で一度も対峙したことの無い、脅威と化していた。
●それぞれの戦い
リゲルの視線の先、燃え盛る民家の中から、踏みしめる音が聞こえてくる。
「何とか間に合ったか……!」
出てきたのは村人をロープで背に縛り付けたアトだった。「ああ」と返した彼から村人を受け取ると、リゲルは急いで馬車に乗せる。
「危うく丸焦げになるところだったよ。
しかし、これで少なくとも五十人は確保した筈だね。リゲルは大将の所へ向かってくれ」
「分かった。村人と馬車の方は任せる」
リゲルが踵を返す――と、ロープで縛り付けられた騎士と目が合った。
「――殺せ。騎士がこの様な情けで生き延びる訳にはいかぬ」
そういった男は、リゲルと刃を交えた騎士。リゲルは僅かに含羞む。
「言っただろう、俺は俺の信じる騎士の矜持に賭けると。
――お前の生死は、お前自身で決めるんだ」
幾許ほど走っただろう。リゲルが戦闘班を肉眼で確認した時、敵の騎士と歩兵は全て地に伏し、満身創痍のアグラヴェインが四名のイレギュラーズに囲まれていた。シラスとメーヴィンの声が遠くから聞こえる。二人は、今も零れ落ちる砂を掬う様に、生存者を一人でも救おうと周囲の家屋を奔走していた。
「く――っ!」
アグラヴェインは強敵だ。そう、確かに嘗て、手負いの儘イレギュラーズ八名と渡り合った。
けれど。マルクは穏やかに、しかし、力強い意志の籠った声で言う。
「この虐殺がそちらの“神”の御心だと言うなら――僕は、僕の“内なる神”に従うよ。
そんな事は絶対に許さない」
あれからイレギュラーズはもっと強くなった――憎悪の念で只立ち止まり続けるアグラヴェインなんかより、ずっと。
「内なる神――か」
アグラヴェインが兜を脱ぐ。現れたのはまだ若い男の相貌。
長い金髪をポニーテールでまとめた碧眼の男の、諦観に満ちた瞳……。
「それじゃ。死んでもらおうかな」
――押し切り。喰い殺す。
アグラヴェインは目を閉じた。
――先に地獄で待っているぞ、サグラモール。
●エピローグ
さて、凡人はどうやってこの状況を切り抜けるのかしら――。
そう考えていた灰の騎士の表情は分からない。
嬉しさと。――妬ましさ。
ある賢者は言った。“あらゆる愚鈍を汲みつくし、底にある英知に到達する”と。
だから、灰の騎士はアグラヴェインに情報を垂れ込み、その汲み上げの機会を与えてやったのだ。
さっさと諦めてしまえば良いものを、あの女達は泥にまみれ血にまみれた体で任務を全うしてきた。
……しかも、想像以上の《結果》(生存者)と共に。
――いずれ世界が滅ぶのなら、その滅びを見定めよう。
最後まで希望を捨てずに信じ、しかし裏切られて“灰”となった自分にとって。
燃え盛り駆け抜ける“自分”は、堪らなく鼻につく――。
ギルド・ローレットの壁に持たたれかかる灰の騎士の視線の先には。
ウィズィ達と談笑する、イーリンの姿――――。
「――神がそれを望まれる」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。
騎士団を相手取る戦闘部隊と、村人を救助して回る救助部隊に分けるというアイデア、そしてのバランス、動き方等、非常に高いレベルで練られた作戦内容であったと理解します。
また統制、統率と云った非戦スキルが非常に有効活用されておられていたのが特徴的に素晴らしかったです。
一方で、二つの部隊の動き方についてプレイング間で若干の齟齬があり、解釈に幾らかの余地もございました。しかしながら、綿密な作戦と、個々人の優れた能力を活かし、目標以上の人数(ほぼ90人)を救うことができました。
非戦スキルを巧妙に活用して、生存者数の引き上げに貢献されたPC様に、MVPを差し上げます。
ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『必然に随順する者、これ賢者にして神を知る者ならば。』へのご参加有難うございました。
=========================
称号付与!
『Alea iacta est』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
『白銀の救済』リゲル=アークライト(p3p000442)
GMコメント
■ 成功条件
・ ユゼス村の村人生存者100名の内、50名以上の救出
■ 情報確度
・ B です。
・ OP、GMコメントに記載されている内容(灰の騎士から聴取した成功)は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。
■ 現場状況
・ ≪幻想≫郊外の小村『ユゼス』。昼間、晴れです。
・ 村にはドゥムノニア騎士団の騎士・歩兵と、村人(生存者)100名が居ます。
・ 村には家々が密集しており、こぢんまりとしていますが、既に火の手が各地に及んでいます。
・ PCは、ドゥムノニア騎士団がユゼスを襲い始めて暫くの後、現場に到着します。
・ PCの到着時点で、村人約300名の内、200数人が、既に騎士団によって殺害・捕縛されています。
■ 味方状況
● 『ユゼスの村人』
・ 現在、男女、老若男女が100名生存しています。
・ 騎士団から異教徒の村と見做されていますが、実際はごく一部の者だけが無神論者であるようです。そして騎士団も、その事実は把握しているようですが、あまり気に留めていません。そして、何故その情報が騎士団に漏れたのか、疑心暗鬼になっています……。
・ ある者は騎士団に捕らわれ、ある者は焼け落ちる家に取り残され、ある者はなけなしの武器を手に騎士団に対峙しています。PCが何もしなければ、残る100名全員が騎士団により殺害または捕縛されます。
・ イレギュラーズのことは、過去の事件(デヴォン討伐遠征)によりその活躍を知っており、PCは村人達から大きな信頼を得ることが出できます。
・ 騎士団を無効化する、村人を村の敷地外に移動させる又は安全な場所に匿うことで、救出したとみなします。
● 『灰の騎士』
・ 本名不詳。若い女性。
・ 旅人であり、ローレットの情報提供者の一人ですが、その詳細は誰も知りません。
・ 情報提供者としては極めて優秀で、専ら“魔種の情報”、“あらゆる土地で今、危機に襲われている場所”の情報を提供するのが特徴です。何か目的もありそうですが……。
・ 依頼に同行しますが、原則イレギュラーズとは顔を合わせません。戦闘にも参加しません。また直接依頼の成否に関わるような動きは一切しません。したがって、PCからの指示はできません。
・ 後日談として、ローレットギルド内ですれ違う事くらいはあるかもしれません。
■ 敵状況
● 『漆黒の悪鬼』 アグラヴェイン卿
・ ドゥムノニア公爵直轄の騎士団副団長の一人。
・ 常に黒色の鎧を見に纏い、見事な槍裁きを見せる。所領ドゥムノニアの中では高位の家系の出であり、武勇にも優れますが、冷酷すぎる一面から部下からも怖れを抱かれています。
・ 過去にイレギュラーズとの会敵経験があり、忌み嫌っています。
・ 下記の攻撃の可能性があります。
1 貫通性の高い槍での突き
2 近距離の薙ぎ払い
3 氷の魔術による遠距離攻撃
● ドゥムノニア騎士団(騎士)
・ 3騎の騎士。騎士というだけあって、いずれもそこそこの手練れです。
・ 槍や弓を使い攻撃を行います。
・ 互いに距離を取って位置取りをしています。
● ドゥムノニア騎士団(歩兵)
・ 10名の歩兵。騎士と比べて練度は低めです。
・ 剣や弓を使う者により編隊されています。
■ 備考
・ 『灰の騎士』様は、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)様の関係者です。
・ 『ドゥムノニア騎士団』は、拙作『信仰・反逆・天秤』(ID:219)にて登場していますが、当該リプレイを参照する必要はございません。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
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