シナリオ詳細
<虹の架け橋>鳥かごレストラン
オープニング
●???
鳥かごレストランでは
なんでもお望みのまま
お客様は神様です
ご注文をどうぞ
当店は注文の少ない良心的な店です
どうかシルバーを手に欲望へ正直に
後ろめたいアペリティフに
灰色のオードブルはいかが
上手に隠したそれはコンソメと煮溶かして
わかりやすいポワソンはお嫌いですか
肥大化した自我のフォアグラには
ガラスのカトラリーをご用意しております
不幸は癖になるからつい手を伸ばすソルベ
鉄錆の赤ワイン生ぬるい白ワイン
お好みはロゼですか少々お待ちを
メインディッシュはあなたのよく知るあれ
戸惑いのソースは当店の自慢です召し上がれ
忘れな草サラダへはお好みでドレッシングを
何も見えなくなるほどかけてしまいましょう
諦めたあの日へひたるフロマージュも
甘いだけで終わったデセールも
すべて空にしたなら離れられなくなる
鳥かごレストランでは
なんでもお望みのまま
お客様は神様です
おかわりを、どうぞ
●ローレットにて
「……オーダーは『大迷宮ヘイムダリオン』にあるレストランから無事帰ってくること」
『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)があなたのいぶかしげな視線を受けてうなずき返す。
まずは事情を説明するねイレギュラーズさん、リリコはそう言った。いつもどおりの透明な無表情。だがすこし気をつけて見つめてみれば、憂いを隠している結果だとわかる。ハニーグリーンの大きなリボンは、考え込むようにゆぅらりゆらり。
「……深緑(アルティオ=エルム)と『妖精郷アルヴィオン』を繋いでいた『門(アーカンシェル)』。その一部が謎の魔物の軍勢に無理やり突破されてしまった。そのせいですべてのアーカンシェルが繋がらなくなって、今回の依頼人が妖精郷へ帰れなくなっている」
リリコのバッグの中から、ひょっこりと青い銀杏の葉の翅を背に持つ妖精が顔を出した。男の人がその手のひらを大きく広げたときくらいのサイズの、ふくよかでのんびりした雰囲気の妙齢の女性だ。
「……紹介するわ。こちら銀杏の妖精、忘れんぼのアタトラさん」
「ひどいわぁ、忘れんぼだなんて」
「……でも、最初の挨拶で自己申告してたわよ?」
「あらぁ、そうだったかしら。忘れちゃってたわ、てへ」
アタトラは拳で自分の頭をコツンと叩いた。
「それでぇ、その、なんだったかしら、そうそう、虹の宝珠ね、私が故郷に帰るためにはそれをいくつも集めなきゃならないの。その宝珠が点在してるのがぁ、『大迷宮ヘイムダリオン』。お願いしたい宝珠はきっと、私たちが見つけたレストランにあると思うんだけど、なんというかねぇ……」
アタトラは憂いをにじませ、ふっくらした柔らかそうな二重顎へ手を添えた。
「あからさまにあやしいのよぉ、そのレストラン。私は止めたんだけど、同郷の妖精、ピッチとパリーがそのレストランへ入ったきり出てこないのよ。故郷帰りたさにその階層へ踏み入った他の妖精たちも、念の為ついてきてくれた深緑の迷宮森林警備隊の皆さんもよ。中を覗こうにも曇りガラスだからよくわからなかったしぃ……。
その人達を連れて帰ってきてほしいのが本音だけれどぉ……レストラン自体があまりに異常だから、まずはあなたが生きて情報を持ち帰ってくれることを優先してほしいの」
リリコが言葉を継ぐ。
「……迷宮の浅い部分へ、何故かレストランがある。小さな、昨日建てたばかりのようなやつが。それがあきらかにキャパオーバーな数の警備隊と妖精たちを収容しておきながら、物音一つ立てず平然としている」
「そうなのよぉ」
アタトラは顔を伏せ、ゆるくウェーブのかかった緑色の髪をいじくった。
「こんなところにレストランがあるなんて様子がおかしいからってねぇ、まず警備隊の人がひとり、中へ入ってくれたのよ。でもそれっきり帰ってこないの。その間にその階層を探し回ったけれど、虹の宝珠は見つからずじまい。これはレストランにあるに違いないわって結論になってね、今度はふたりの警備隊と、何かあったらすぐ飛び出せるよう連絡係としてピッチとパリーがレストランへ。でも結果は同じ。さすがにいぶかしんだ警備隊長が弓矢で窓を攻撃してみたのよ。だけど、結界にでも弾かれたかのように矢は跳ね返ってしまってぇ……そのうえ、とても『いい匂い』がしてきたの」
アタトラによると、まるで胃袋が口元までせり上がるかのような強烈な食欲を感じさせる香りだったという。その「いい匂い」をかいだ妖精と警備隊たちは、ひとり、またひとり、ついには我先にとレストランへ駆け込んでいったそうだ。最後尾にいたアタトラだけがかろうじて逃げだせたので、その後のことはわからない。
リリコは腕を組んで話を見守っていた『黒猫の』ショウ(p3n000005)を見上げた。
「……ショウさんの話だと、魔種が関わっているんじゃないかということなの。だから今回は、無理をしないで、なるべく自然にあくまでレストランの客として振るまってほしい」
リリコのリボンがぺしょんと垂れた。ショウが、いつものミステリアスな笑みを深めて口を開いた。
「アタトラの証言にある『いい匂い』とは魔種の呼び声である可能性が高い。そしておそらく魔種は料理を振る舞っている。そして食事をした人へなんらかの幻覚を見せ、虜にしているんだろう」
どうしてそこまで言えるのかとあなたはショウへたずねた。ショウは非対称な微笑で、古株情報屋の勘ってやつさ、と答えた
アタトラは心配そうにあなたを見つめた。
「私はこのお嬢ちゃんのところで待ってるからねぇ。とにかく何事もなく帰ってきてちょうだいね。私はいつまでだって待つからお願いよ……」
そのとおりとショウがうなずく。
「大事なことは料理を完食し無事に退店すること。何せ店内へ入らなきゃ何もわかりゃしないし、警備隊みたいに戻ってこないってのも困る。胃薬を持っていくかい? 気休めだがね」
- <虹の架け橋>鳥かごレストラン完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2020年04月25日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
レストランへ入ったイレギュラーズたちは、すぐに違和感へ気づいた。小さなレストランにしか見えなかったのに、こうして中へ入ってみると妙に広い。天井は薄暗いほど高いし、壁は遠い。まっしろなテーブルクロスをかけられた机と椅子が等間隔に並んでいる。
何より、そこでは。
(あァ、今は無理だ。彼も彼女もすっかりここへ『組み込まれて』いる)
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は事前に聞いていた人数と特徴とを、椅子に座る人物たちと照合した。妖精たちと森林警備隊らしき幻想種。数は12と8。色違いのアネモネの花冠を身につけているのは、たしかアタトラから聞き取った話によればピッチとパリーと言ったはずだ。情報通りだ、ここまでは。問題は、妖精と警備隊たちが、滂沱の涙を流しながら料理を貪っていることだ。
『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は思わず鼻で笑った。
「感動するほど美味なのかね?」
異様としか言えない光景だった。誰も彼も溢れ落ちる涙をぬぐいもせず、ひたすら料理を口へ詰め込んでいる。テーブルクロスはぐっしょり濡れ、それでいて皿が空になると机上のベルを狂ったように鳴らし、近くのウェイターを呼びつけて次の注文をしている。彼彼女らの完全に座った瞳は、ここではないどこかを見つめていた。
(……ショウの勘が当たったようね。だからって、あんまりよ)
『儚花姫』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は優雅に微笑んだまま、きつい不安を押し隠した。四方からせり上がるように聞こえてくるのはすすり泣き。うう、ううう、ぐすっ、う、ひっく、うえええ、ああ、ひっくひっく、ひいい、ぐすっ、ぐすぐす……。場へ重くのしかかるあまりの悲嘆に、薔薇道化はその存在証明を走らせる。泣き声から伝わってくるのは、心千切れそうな悔恨、己への憐れみ、酔うほどの不幸。
(こんな、こんなところに長居をしていたら心が壊れてしまう。私ですらわかるのに、何故誰も立ち上がろうとしないの、食事をやめようともしないの? もうとっくにとりかえしがつかないことになっているというの……?)
『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は身震いしそうになった。テーブルいっぱいの皿から立ち昇る美食の限りを極めた濃厚な『いい匂い』、頭が(鎌ゆえに思考中枢と呼ぶべきか)揺れる、世界が揺れる。ともすれば理性が崩壊しそう。
(ここはダメだ。完全に敵の縄張りじゃないか。だからと言って入店しておいて即退場というのも依頼の趣旨に外れるし、厄介だな)
その隣で『探究者』ロゼット=テイ(p3p004150)が目算する。
(ウェイターが5、キッチンの様子は……ひとり? この人数のオーダーをひとりで回している? どうやって?)
テーブルの上の料理は、少なくとも、見た限りごく自然な様子。その分食う側の奇妙な反応がクローズアップされて見える。皆、飽きもせず食らっている。まるで急き立てられるように、強制されるかのように。
(ショウの言葉が真実だとしたら、料理を食べればこの者もああなる、ということか)
ぞっとしない話だとこの者は思った。
対して楽しげに店内を見やっているのは散々・未散(p3p008200)、隣へ立っている『緑雷の魔女』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)へこっそり尋ねかける。
「白濁のスープは涙の味。美味と無意味の境界を感じさせます。果たして彼彼女らは『味』を感じているのでしょうか、別の何かを噛み締めているのでしょうか? どう思われますか?」
「依頼内容は料理を食べて帰ってくること……だけどこの惨状を見る限り、言うは易しってやつね。私も気になるわ。いったい何が起きているのかしら」
ふたりのやりとりを聞いていた『呪い師』エリス(p3p007830)も内緒話へ加わる。
「料理を一部でも持ち帰れたらいいのですけれど。あまりにも不審過ぎます。不審と言えば……」
「いらっしゃいませ、8名様ですね。こちらのお席へどうぞ」
だしぬけにウェイターから声をかけられ、エリスは総毛だったが、なんとか気力で押しとどめ穏やかさを装う。
「この店は初めてなのです。おすすめは?」
「当店のおすすめはお客様しだいです。どうぞごゆっくりお過ごしください」
ウェイターは一礼し、椅子に座った一同の前にメニュー表を置いていく。ヴァイスがテーブルクロスの下で印を組みエネミーサーチを使う。笑みが固まった。敵だらけだ。ウェイターも、客も、そしていちばん大きな気配はキッチンから。こみあげる不快感を無言で飲み下し、何事もなかったかのようにメニューを開いた。ロゼットもそれに倣う。
(これは……何故これがここで?)
メニューの1ページ目を食い入るように見つめるロゼット。そこには自分しか知らないはずの料理が「本日のおすすめ」という文言と並んで書かれていた。
●
汚れてしまったのだ、この者は。
ロゼットがそう感じてしまった時、すっと頬を一筋の涙が流れ落ちた。それは膝に載せたナプキンへ落ち丸いシミを作った。一口かじっただけで、想いは溢れ出てしまった。
……あそこを出た時、この者の心には敬虔な祈りと母への思慕だけがあった。待ちわびた再会の時を夢見て踏み出した砂漠は、そこで生まれそこで育ったはずのこの者にすら厳しかった。愛されていたのだ。包まれていたのだ。この者が求めたそれではなかったけれど、確かに庇護されていたのだ。望んで丸裸になった以上もはや帰ることはできず、この者は己の生き汚さを脳へ刻印された。
思いもよらなかった。自分はとこしえの世で母と暮らすだと信じていた。だが違った。この者は苦しみを知り、飢えを知り、乾きを知った。小賢しくなった、狡猾になった、強くなった、計算高くなった、可愛げもなくなった……小雪が今日も降り注ぐ。冷えた心へしんしんと。そうしてこの者は皿の料理のように冷めていく。質素な料理、特別な料理。祭りの後に振る舞われるヤギの肉、ただ焼いて香料と塩を振っただけの。この者は知ったはず。生き延びて知ったはず。山海には珍味も美味もあると、金、ああ、正体もわからないあれさえあれば王侯貴族の食卓だって再現できる。なのに、どうして、こんな田舎料理が美味しくてたまらない……!
気がつけば皿は空っぽ。ロゼットは呼び鈴を鳴らそうとし、反対の腕でその手を押さえた。
●
「黄色い缶のコンポタはあるか?」
サイズはブランド名を伝えた。ウェイターの返事は「ご用意しております」。仕掛けが生きると判断し、次の注文、妖精の血をひとしずく。サイズは周りを見るべく出てきた缶をシェイクするふりで、ポシェットへ持ち込んだものとすり替えた。
「ああああああああ!」
突然警備隊のひとりがバネ仕掛けのように立ち上がったので、サイズは缶を落としそうになった。警備隊員は床へ倒れこみ、額を石畳へ叩きつける。土下座でもしているかのように。
「許してぇ! ごめんなさい、もうしないから、ごめんなさいいい!」
がすっ。がずっ。がづっ。額を打ち付けるたびに粘着質な水音が混じっていき、床に赤いシミが広がった。その警備隊員はぐらぐら揺れながら体を起こすとまた席につき、食事を再開した。
それを見てサイズに食欲がわくわけがなかった。だが気力を振り絞り、妖精の血を舌に載せ毒の有無を確認する。特に問題ない。さて俺は今、精神無効だから……。
青空が見えた。サイズは深緑の、のどかな農村に立っていた。
これは夢? 俺の夢? ケチな俺のケチな悪行だって、ここならきっと……ケチな? 本当に? なんだこれは。入ってくるな、俺の思考へ。4月23日にも同じことを言えたか、彼女へ。やめろ、入ってくるな。次々と暴かれていく記憶の小箱、次々とフラッシュバックする闇夜に紅の、やめろ、やめろと言っている!
ギリギリと本体を折れんばかりに握りしめ、サイズは幻覚を強制終了させた。
●
「おまかせで」
マルベートはそれだけ口にした。ウェイターは「かしこまりました」と下がっていく。深く椅子に腰掛け、マルベートはアペリティフを口へ含んだ。うまし、まずは合格点。
(となると本命は料理のほうか?)
警戒心はスパイス。気分を盛り上げてくれる。ウェイターが皿を運んできた。
「サワラのポワレでございます。ワインはアシャントリーの白をご用意いたしました」
血の滴るステーキと行きたかったのだけど、おまかせで頼んだから文句をつけるのは無粋。さて、お手並み拝見。マルベートは美しい姿勢のままサワラを口へいれた。
場面が変わる。蠱惑的な灯りがぽつんと。浮かびあがる白い肌、なるほど、たしかに魚は白身だったな。マルベートは独り笑んだ。バスローブをしどけなく着た少女が、潤んだ瞳で彼女を見つめている。なんともなつかしい。その肌の美味たるや、未だ五指に入るほどだ。
「では、いただきます」
少女の頬へ指を這わせ、そっと身を寄せる。次の瞬間、少女は縦に裂け禍々しい魔物としてマルベートを左右から挟むように噛みついていた。全身に激痛が走る。だがマルベートは笑ってみせた。
「そういう趣向か。残念だね、私は捕食者なので」
ばりん。
マルベートは彼女の頭を食いちぎった。
●
スモーキーなはずのウイスキーの香が、不思議と水を思わせた。通り過ぎていく何もかも。行く川の流れは、不安と自己嫌悪にとりつかれた男が記したのだったか。その川ですら形を変え、時に消え去ると言うのに、我(アタシ)の身ときたらいつも浮いている。流されて拾ってくれる人はそりゃァたくさんいたとも。嵐の夜は助けたものさ、王子様もお姫様もわけへだてなく。だけど皆通り過ぎていくね。どうしてなんだい。我(アタシ)の体はともかく、心は永久機関だとでも思われているのかい。
命を振り捨てた星を歩こう。砂が足へ絡んで転びそうになる。どこへ行っても同じ風景。どこへ行こうと同じ風景。ウイルスすらいやしない。清潔すぎて反吐が出る。長い長い足跡は風すら吹かないから残ったまま。偉大なる存在は寝こけたか。まァ、ハナからあてにしちゃいないよ、ヒヒヒ。何もすることがないから進んでいるだけなのさ。傍から見りゃ前向きだろ、けっこうけっこう。泣いておくれ誰か。慰めに行くから。愛しに行くから。我(アタシ)の全身と全霊をつかのまのキミの涙へくべるから。青く燃え上がっても夜鷹は醜いままかね、鉄道はどこを走っているんだい、乗せておくれ、車掌くらい、いるんだろう?
武器商人の片足には、鎖が巻き付いている。無限に連なる棺桶の列を背後に引きずり歩き続ける。痛いのも重いのも流れる血もどうでもいい。慣れちゃった、慣れちゃった。でも捨てるにはあまりにも、惜しすぎるんだ。
●
もしヴァイスが人間であったなら、その全身は脂汗にぬれていたことだろう。ひゅうひゅうと喉は呼吸の物真似をするばかり。ぽっかりと空いた硝子の瞳は虚ろ。ヴァイスは皿の上へつっぷしていた。食べなければ、いや、無理よ、できない。こんなもの、食べ物じゃない。気持ち悪い、気持ち悪いの。人間の真似もできない。誰か助けて。
「うぐ、う、あ゛」
ヴァイスは無理やり体を起こすと、皿の上のものをすべてかきこんだ。
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おいしい! アルメリアは前髪の下で目を丸くした。これは予想外。いくらシチューが好きだからって正直期待してなかった。ことこと煮込んだ少しスパイシーなデミグラスソースは大人の味付け。柔らかな牛肉は舌でつぶせるほど。
夢中で舌鼓を打っていたのに、ここは、どこ? え……炎が何もかもをめらめらと、呑み尽くしていく。森も家も逃げ惑う人々もみんな黒焦げの影にしていく。助けなくちゃ、怖い、動けない、行かなきゃ、わかってる、頭では。ここはどこなの、あれは、あれはファルカウなの!? リュミエ様! リュミエ様はいずこにおわしますか! ご無事でいらっしゃいますか!? 皆、どこ、お母さん、どこなの? ねえ、誰か答えて、動けないの、私だけ泥濘へ浸かったように体が重い。悲鳴をあげて、逃げていく皆、てんでバラバラ、ダメよそっちは煙に巻かれちゃう、ああ、焼け焦げた木々が倒れて倒れて……!
待って落ち着いて? 私はビーフシチューを食べてたはず、ていうか、たぶん今も食べてるはず。この光景こそが、レストランへ入った者へ起こる事なのかしら? 気づけたのは私がイレギュラーズだから?
わからない、けれど、どうにか動けるようになってきた。これが幻覚なら、逃げるほどにきっと敵の術中。行くわ、進むの、ファルカウの炎へ、ウサギのように自ら飛び込みましょう!
●
オーダーはプリン・ア・ラ・モード。未散の前へ置かれた凝固する沈黙。
由緒正しきホイップ・クリームは不誠実な硝子のコルトンディッシュに閉じこめられたまま。まるで鳥籠のよう、いいえ、青い鳥はあの美と幸福の象徴は欲してやまないものは、玉座にこそあるべきなのです。距離にして数歩。高さにして三段、永遠に遠い玉座。手を伸ばせど、幻肢痛。なにゆえに喪ったのですか、いいでしょう、華美競う苹果を一齧り、先へ進まなくては。
暗い地下の、明るい路上の、犬以下の扱い、思い出してきました。幻肢痛はあるべきはずの部位が痛む症状、つまりぼくはわたしは、切り落とされた。腕を伸ばされ固定されて、やめて、せめて、心に麻酔を。見せつけるような下卑た笑みはぼくへわたしへ向けられた手向けですか。投げつけられた石はあなたの慈悲ですか。憂い無い果肉に満ちたオレンジの汁を早く。
謀られた、嵌られた、裏切られた、望みを絶たれた。起き上がるもままならず余儀なくされ、すり減る躰に頸枷は重すぎる。お天道様よ、今日も素知らぬ顔。どうかこの窒息する部屋へ日差しを一筋でいいから。
がしゃん。
あれは何の音。腕が落ちた音ですか? 鍵がしまった音ですか? 門が閉じた音ですか? ぼくはわたしはどこですか何ですか、誰の痛みであり誰から見た悼みですか? 魂が器へ依存するものか、ナルシストに反り返ったメロンをムシャムシャ。果汁でひりつく肌にかまわずぬるい珈琲はブラック。
食い尽くしてやったぞ、ほらほら!
●
(ありえない)
ひとくち食べてエリスは感じた。そう、ありえない。どうしてこの鶏の香草パン粉焼きが出てくるのでしょう。だってこのハーブは異世界の私の故郷でしか栽培されていないのに。ハーモニアじゃない、違うのです、私はエルフ。エルフのエリス。ウォーカーのひとりです。ハーモニアではありません、違う! 肌の裏を虫が這っている。もぞもぞと筋を脂肪をちくちく貪りながらリンパからちゅうちゅう樹液でも吸うみたいに。ほら指先、神経の集中した所を、今も一匹の虫がもぞもぞ。骨などとうに空っぽなのです。髄の代わりに詰まった虫。体を動かすたびにぱきり割れていく骨。骸骨っていいですね、憧れます。肉だけが残った私はぐんにゃりと地に伏し、ナメクジとなって動きましょう。ほね、ほね、ほね、どこへ行きましたか。骨はありません。虫なら居ます。むしならいま、いまいますすっすすす。
「ふ、ふっ、慣れてます。問題ありません、ふふっ!」
せめてこの料理を一口だけでも持ち帰らないと。私はそのために来たのですし、そうでもないと私の存在価値は、自分で定めたことすらできずにいるだなんて、許してください。そんな目で見ないでください。役立たずなんかじゃない私は……。違う違う、なんなのこれは、思考が絡まりゆく、私ではない思念が、違います、気を強く持たないと私はエリスですエルフの。カバンの片隅へ料理をひとかけら、食べこぼしたふりで。
●
「お持ち帰りですか、お客様」
エリスは、はっと身を固くした。
「包ませましょう」
予想外の言葉に、エリスは笑みを取り繕うことも忘れた。眼前に立っているのは白い制服に高い帽子の、いわゆるコック。
ことりと小皿が置かれ、一同は目を疑った。小皿には虹の宝珠があった。鋭く振り返ると、男は落ち着いた声で語りかける。
「ほんの気持ちです。イレギュラーズの皆さん。こちらをお求めなのでしょう?」
その一言に一同は反応した。魔種だ、こいつこそが。間違いない。直感であり、確信だった。男は目を細めると丁寧にお辞儀をした。
「シェフのトニーと申します。お客様の心を打つ料理を自慢にしております。人間だった頃は色々とつまらぬ努力をいたしました。けれど、ようやく気付けたのです。人の不幸は蜜の味と申しますが、真に心を打つのは己自身の不幸であると。魔種になることで、やっと」
猫のような金色の目を光らせ、トニーと名乗る魔種は唇をひねるように笑った。自ら名乗るという事は、それだけ己に自信があるのだろう。
「しかし私も精進不足のようだ。あなたがたを虜にできなかったのだから。腕がなるというものです。もう一皿、いかがですか?」
未散は冷たい目でトニーを眺めた。
「ご馳走様です。おかわりは、結構。やることは唯一つ、魔種を討つ、それだけです」
「討つ? 私を? いいでしょう、相応のリスクを覚悟していただきましょう」
トニーは慇懃に頭を下げた。
「……またのご来店をお待ちしております」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
鳥かごレストランでのお食事はいかがでしたか?
次の依頼へ備えてゆっくり体を休めてください。
GMコメント
みどりです。
やること
1)謎のレストランで食事をする
今回、戦闘はありません。
あなたは料理を一皿注文し、それを食べましょう。なんでもけっこう。普段食べられないものでも、懐かしのあの味でも。
あなたは食べるうちに心を削るような幻覚を見ます。それは過去かもしれないし、未来かもしれない、あるいは現在進行系の忘れたいなにかかも。気を強く持って完食しましょう。全員が完食したなら、虹の宝珠が手に入るでしょう。
ちなみに変な食材は出ないし毒なども盛られたりしない良心的な店です。
●ロケーション
『大迷宮ヘイムダリオン』にあるレストラン。見た目はただの小さなレストランだが、入店時に店内が不自然に広いと気づける。外部からは特に情報は得られないだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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