PandoraPartyProject

シナリオ詳細

差異が招くは吉か、凶か

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●人は他人に差異を探す
 それは自然に起こり得ることだ。
 全く同じ知能などあり得ない。
 全く同じ外見などあり得ない。
 誰もが、どの生物もが他との違いを探し、そこに優劣をつける。

 それは意思があるのであれば『死したモノ』たちも同様で──。


●ローレット
「困っちゃうよねぇ。あ、それ美味しそう」
 ため息をつきながらもテーブルに置かれていた茶菓子へ手を伸ばす少女。その手が椀ごと菓子をすり抜けた様にむっと口を尖らせる。
「ああもう。こういう時幽霊って不便」
「幽霊は食べられないってことじゃないんですか?」
 それを真向かいから眺めていたブラウ(p3n000090)は首を傾げた。触れないということは食べられないし、つまるところ食べる必要もないということなのだろう。違うのだろうか?
「お供え物は食べられるわよ。こう、ゴラク? みたいなものだけれど。だから供えてもらえれば食べられるの」
 少女は菓子を舐めつけるように、物欲しげな視線を向ける。供えてほしいということだろう。
(……フレイムタンさんに後でお願いしましょう)
 残念ながら──そう、残念ながらなのだ──ブラウは情報屋として忙しくしている。あの青年が暇を持て余している、とまでは言わないがブラウより手が空いているだろう。きっと。ダメならシャルルに頼もう。決して幽霊のいる墓地に行くのが怖いとかそういう話ではない。
「……あ、っと、依頼でしたね。怨霊退治でお間違えないですか?」
 少女は頷いてから少しばかり首を傾げ、できることなら退治まではしないでほしいと告げた。
 その怨霊と彼女は──彼女をはじめとした他の幽霊たちは、同じ集団墓地に埋葬された仲間だったのだという。怨霊となった霊は少し前にやってきた、いわば新参であった。
「人の輪……じゃなかった、霊の輪に入っていくのが苦手だったみたいでね、皆で少し様子見しようかって言ってたのよ」
 あまり無理に引き込んでも可哀想じゃない? と少女。
 しかし、その行動がどう映ったのか。今の結果からして良くない感情を抱いたのは確かだ。負の感情を溢れんばかりに溜め込んで、霊は暴走してしまったのである。
「で、私たちのお家(墓地)にはその怨念が溢れかえってもう大変。あんなところに戻ったら私たちも当てられそうだし、だからといって他の場所で眠ることなんてできないの」
 どんな状況にあっても、自分たちの骨と墓はあそこにあるから。眠るには墓地に行かねばならないのだと少女は言った。
 しかしこの状況が続けば霊たちは疲弊を余儀なくされるだろう。それによって新たな暴走が起こるとも限らない。
「だからね、あの子を大人しくさせて頂戴な。そこから先は私たち幽霊の仕事よ」
「じゃあお願いしますね」
 羊皮紙に文面を書き足していくブラウ。少女はそれを見ながらふいに「あ、」と声をあげた。
「そうだ、あのね、犬がいるの」
「犬?」
 そう、と少女は頷く。
 元々墓地に住み着いていたわけではなく、どうやら新参の霊を追いかけてやってきていたようだった。かの犬も怨霊の念に当てられてしまっているはずだ、とも。
「本来、ああいう生き物って本能で逃げるはずなんだけれど。飼い主だったとか、餌をくれたとか、そういうものかしらね」
 そちらは怨霊と異なり、生きているモノだ。助け出せたのなら保護した方が良いだろう。
「では怨霊を落ち着かせることと、犬の保護ですね。承りました!」
 早速イレギュラーズを集めねばと椅子を降りかけ、滑ってころんと転がるブラウ。ふるふると体を振ると、羊皮紙を咥えてたったかと駆けていった。



 ああ、ああ、ボクはなんだっけ?

 自問自答。苦しさにもがいて何かが当たったような気がするけれどわからない。

 ああ、ああ、なんでだったっけ?

 生きている間は苦しかった。苦しくて仕方がなかった。だというのに死んでからも苦しいまま。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。
 苦しいのも、寂しいのも、のけ者にされるのも。
 遠巻きにして、でもこちらを見て。きっとボクのことを喋ってる。
 汚い? 醜い? 周りから浮いてる?
 そんなこと言われ慣れたけど、ねえ、でも、もう嫌なんだ。

GMコメント

●成功条件
 怨霊の沈静化
 サブ:犬の保護

※サブ条件は達成しなくても構いません。

●情報精度
 このシナリオにおける情報精度はAです。不測の事態は起こりません。

●エネミー
・怨霊『トーチ』
 最近死んで埋葬されたばかりの幽霊。少年の姿でしたが、暴走してその形は欠片ほども残っていません。
 ドロドロとヘドロのようなものを見にまとったスライムと化しています。無力化すれば姿は元に戻るでしょう。
 反応と機動力は低めですが、回避に優れています。遠距離攻撃を得意としています。

怨念の塊:神単超:おどろおどろしいその奥底に寂しさと虚しさを感じることでしょう。【不吉】【毒】【万能】
死の霧:神遠域:あなたたちもさあ、どうぞこちらへ。【呪殺】

・番犬『エアル』
 元は大型犬です。現在は大人の背を越すほどに巨大な番犬となり、怨霊へ向かって来る者を退けます。こちらも倒せば元に戻りますが、後遺症が残る可能性はあります。
 攻撃力と反応が高いです。防御技術はそこまででもありません。

魔の牙:物単近:ガブリ。痛いです。
巨大な尾:物中扇:尻尾でなぎ払います。【痺れ】

●フィールド
 人気のない墓地です。時刻はイレギュラーズにお任せします。
 申し訳程度の墓石や卒塔婆が立っています。すぐ壊れそうです。

●ご挨拶
 愁と申します。
 シナリオ背景の墓地イラストがとても素敵なので、日頃から使いたいなと思っていました。
 さあ、怨霊を倒して──いえ。助けてあげましょう。
 ご縁がありましたら、よろしくお願い致します。

  • 差異が招くは吉か、凶か完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年04月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
羽住・利一(p3p007934)
特異運命座標
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

リプレイ


 くだんの墓地は霊の、死者の眠る場とは思えないほどに物々しさを醸し出していた。
「トーチが溢れさせている怨念のせいかな」
「まだ昼間だから良いけどね……」
 墓地の奥へと目を凝らす『特異運命座標』羽住・利一(p3p007934)の傍ら、『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)は些か悪い顔色で自らの両腕をさする。生きとし生けるものであるならば抱きしめて甘やかすことも吝かでないのだが、幽霊はちょっと。
 そんなヴォルペの眼前では墓地から追い出された霊たちが困り、怯えたように墓地をのぞき込んだり所在なさげに漂ったりしている。
「皆さま。ここはこれから戦闘状態に入ります」
「すまないが、一旦どこかに避難してくれると助かる」
 霊たちへ近づいた散々・未散(p3p008200)と『ホンノムシ』赤羽・大地(p3p004151)はあまり刺激をしないように語り掛けた。依頼しに来た幽霊と比べて弱々しいそれらは、まさか自分たちと意思疎通できる者が来ると思っていなかったらしい。目を丸くしたり興味津々に見つめてくるも束の間、「戦イ?」と不安そうな声をあげる。
 ここで戦ったら、自分たちの墓が。
 そんな不安が伝播する前に「大丈夫です」と未散が声をかけた。
「皆さまの大切なものを、壊さない様に、全力を努めます。だから慌てないで、落ち着いて」
 墓地に立っている墓石も卒塔婆も、力を籠めれば簡単に砕けてしまいそうだ。これまで自然災害で壊れなかったことが驚くほどに朽ちている。それでもそこへ眠る霊たちにとってはこれ以上なく大切なものだ。
 地に足を付けている者たち──イレギュラーズたちの想いは同じだという未散の言葉に不安そうだった声と気配が引いていく。
 彼らが霧散したところでさて、と『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)が墓地の方を見た。
「あんな姿になるなんて、どれだけ溜め込んでいたのかな」
 墓地の奥の方にいる人ならざるモノ。ヘドロを纏ったようなスライムはどこが前でどこが後ろなのか判断する事はできない。周囲に漂う負のエネルギーは確かにそのスライムから放出されている。
「……悲しいわね。死してなお囚われ、変わり果ててでも護り……」
 『儚花姫』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)の視界にはスライムの傍らで威嚇をまき散らす番犬が映る。どのような関係だったのか定かではないが、番犬はスライムを背に庇っているようだ。
(その想いが、行動が皆々あなたたちのせいで全て悪いというわけではないけれど)
 けれどもここに眠るのは彼1人ではなく、彼らが暴れることで被害と迷惑を被るモノは沢山いる。
「あの子がああなっているのには、突然の死だけが原因というわけではなさそうだ」
「うん。最後はみんなで笑えるように……まずはこの場を鎮めよう!」
 大地と『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の言葉にイレギュラーズたちは墓地へと踏み出し、スライムと番犬の元へと駆ける。いち早く気づいた番犬もまたイレギュラーズの方へと唸りを上げた。
「奥の方はまだ何もないみたいね?」
 ゼファー(p3p007625)に続いて視線を向けると、スライムのいる場所より後方は更地が広がっていた。恐らくはこれから墓が立てられていく場所なのだろうが、今は戦闘場所として丁度良い。
(寝床を壊されちゃ皆困るでしょうし……何より、不器用さんが気まずくなっちゃうでしょうしね)
 近づく間にも番犬が勢いよく振りかぶり、長い尻尾がイレギュラーズたちを襲う。それを躱し受け流し受け止めて、一同は散開した。
 いち早く利一の因果を歪める力がスライムへと及び、その肉体を壊そうと意思を持つ。ぶよんぶよんと蠢くスライムの体をヴァイスの放った不可視の刃が容赦なく切り刻んだ。
「大人しくして頂戴ね。……私、そんなに強いわけではないから手加減できないかもしれないわ」
 ぶるぶると震えるスライムへ、そして番犬へ邪悪のみを裁く光が降り注ぐ。2体が光に翻弄される間にもゼファーは「さあいらっしゃい、不器用さん!」と声をかけて奥へ。誘導されていくスライムに番犬が振り返れば、痺れの残る耳にはより明確に青年の声が滑り込む。
「それじゃ、君はおにーさんと遊ぼうか」
 視線を向ければ挑発的な笑みを浮かべるヴォルペの姿が。喉の奥で唸り声をあげた番犬は彼の進むままについていく。その後をアレクシアはついて駆けると、スライムと番犬の間へ立ち塞がった。
「聞いて! 私たちは傷つけるためにきたんじゃない! 止めたいだけなんだ!」
 このまま放っておけばスライムは──トーチは誰かを傷つけてしまうだろう。それはこの墓地に眠る霊の誰かかもしれないし、トーチを含めた誰かの冥福を祈りに来た生者かもしれない。或いは──彼を何者かから必死に守ろうとするエアル自身かもしれない。
 今の少年に己の意思があるとは思えなかった。そんな状態のまま傷つけれしまえば少年は正気に戻ってからショックを受けるだろう。そして恐らく、本当に皆の輪に入れなくなってしまう。
「お願い、トーチ君のためにも協力して──」
 しかし番犬はアレクシアの言葉に耳を貸した風もなく、挑発してきたヴォルペへと噛みついた。牙が食い込み血管を破る感触にヴォルペが顔を顰めると同時、番犬がキャンと悲鳴をあげてその口を開く。
「君なら生きているから抱きしめてあげてもいいんだけれど……血だらけになってしまうかな?」
 やめた方がよさそうだね、と告げるヴォルペは茨の鎧をまとっていた。チクチクと外側へ向いたトゲは凶悪で、触れたならば怪我は避けられない。
 最も生者を守ることを信条とする彼からすれば、エアルを傷つけることも意にそぐわぬことだ。できるだけこの戦闘における後遺症のリスクは減らしておきたい。それは勿論アレクシアも同じだ。
 つまるところ──2人対エアルの耐久勝負が始まる訳である。
 広い場所へ出たウィリアムは、それでも念のためと保護結界を展開していた。その周囲で多重魔法陣が煌めき、圧倒的な魔力の熱波をスライムへ放つ。
「……今まで辛いこと、沢山あったんだね。思い出してしまったかな」
 人間は嫌なことをなかなか忘れられないものだ。それを幽霊になっても覚えていたのだから相当だろう。詳しいことは分からないが、これ以上悲しいことになる前に戻してやらねばならない。
「トーチ、ここは今までとは違う場所だ。同じだと君は思ったみたいだけれど、本当にそうなのかな」
 間髪入れず再びの熱波がスライムを襲う。その後を追いかけ、執拗にスライムの外皮を狙うのは桜のつぼみにも似た魔弾だ。
(少しで剥がれれば、俺たちの声も届くだろうか……?)
 ぬるりするりと蠢くスライムは思う以上に俊敏だ。けれど攻撃を重ねればその動きが鈍るのは必然。そこまで徹底的に、執拗に追い詰めれば良い。
「……淋しかったんですね、って決めつけてしまうのは簡単です」
 それではダメだと未散は頭を振り、死霊の矢を放つ。
(トーチさまのお心に、どうしたら寄り添えますでしょうか)
 上から目線だと思われてしまわないように。けれど気にし過ぎては彼の心へ届かない。生者も死者も──人の心は繊細で、そう自己肯定力に満ちてなどいないのだ。そうでなければ世界では大きな争いばかりで、葬儀屋の仕事はひっきりなしになってしまう。棺も墓もいくらあっても足りないし、霊になったってまた自身を肯定して諍いを起こしてしまうだろう。
 スライムは一際大きく震えると怨念の塊を吐き出す。ひらりと避けたゼファーは、けれどそこから滲むような思いに目を細めた。
「……まあ、苦手なモンは苦手なモンだし仕方ないわよねぇ。しかもまるで知らない赤の他人と今日からお仲間です。なんて」
 死んで間もない子供が。1人放り出されて、知らぬ霊に距離を置かれながら見られて。困惑し、接し方に悩むのは必然だろう。
 それでも。
「……独りぼっちよりは屹度、ずっとマシなのよ」
 呟きは風に紛れて、聞こえたかどうか。スライムの間近へ迫ったゼファーは強烈なカウンターを叩き込んだ。
 
「あなた、独りじゃなかったでしょう」
 ヴァイスは自らから茨を伸ばしながら告げる。いくらか装甲とも呼べるヘドロを落としたスライムへそれをまとわりつかせ、縛り、傷つけて。
「あなたについてきてくれた、今も守ろうとしているワンちゃんがいるのよ?」
 少しなりとも言葉は通じるはずだ。薔薇道化の存在証明は無機物だって──異形にだって有効なはずだから。
 ヴァイスのギフト故か、それともヘドロが少しずつ剥がされているが故か。スライムがぴくりと反応を示す。その意識は確かにイレギュラーズたちの向こう側──アレクシアとヴォルペの抑える番犬へ向いたようだった。
「……っ、ヴォルペ君まだいける?」
「勿論さ。おにーさんもこう見えて打たれ強いからね!」
 まだ行けると──何故か最初より上がったテンションで──告げるヴォルペに頷き、アレクシアは番犬エアルへ視線を向ける。
 懸念していた通り、エアルもまた正気でないらしい。動物と意思疎通のできるアレクシアがいくら語り掛けても反応を返さないことが証拠だ。
 エアルはきっと、心の奥底にある1つの想いでのみ動いている。
(だったら……諦めるもんか!)
 誰しもが想いを抱いて行動を起こす。人も、犬も、幽霊も──皆異なるかもしれない。それでも何かを、誰かを想う気持ちはあるはずだ。
「エアル君もトーチ君も、暗い想いに負けないで!」
 アレクシアの言葉は、1人と1体に届いただろうか。その負の感情を少しでも晴らすものになっただろうか。
(受け入れようとして様子見をしたはずなのに、ね)
 利一は拳での戦いに切り替えてスライムを追い詰めていく。気持ちの行き違いが生んだ哀しい話、その結果がこの姿。
 けれども、まだ終わりじゃない。
「君を仲間外れにするつもりなんてなかったんだ」
 だから、言葉を。
「君がここの環境に慣れるまで、少し時間を空けて様子を見ていただけなんだよ」
 言葉を、重ねる。
「みんなは君を受け入れたいと思っている」
 どうか──届いてくれ。
「遠巻きに窺うのではなくて、直接確かめてみたかい?」
 ウィリアムもまた、傷ついた仲間を治療しながらスライムへ問う。負の感情に囚われてしまった霊魂へ。もしかしたら、此処が君の探していた居場所かもしれないと。
「俺達の中の誰かが、1度でも君のことを悪く言ったか? 誰もそんなこと言ってないし、思ってもいない」
 大地は魔力の枯渇し始めた仲間へ魔力で編まれた月桂樹の冠を捧ぐ。その口からも、仲間の口からも悪口など飛び出していない。
「確か二、生前は環境に恵まれなかったのかもしれねぇガ……少なくとモ、ここの住人達ハ、お前を心配してるシ、そこのエアルモ、お前を慕っていル」
 大地と共にあるモノ──赤羽もまた、告げる。現状を見ることができないのなら、自らの内にあるもので余りにも手いっぱいだと言うのなら──。
「──せめてそのどす黒いモン、全部吐ききっちまいナ」
 その言葉に呼応したように、スライムが黒い霧を吹きだす。ひゅんと槍を振ったゼファーは不敵に笑みを浮かべてみせた。
「幽霊だろうと殴る手応えがあるんなら、何れはぶっ倒せるわ。その真っ黒に染まってしまった想いもね」
 さあ、仲良くしようじゃありませんか。
 ゼファーが再び引き付け、仲間たちの攻撃がスライムへ集中する。
「痛むとは思いますが、独りぼっちの苦しみに比べたら屹度、耐えられる筈」
 耐えて、元の姿に戻るのだ。
 イレギュラーズたちの想い通じてか、スライムのヘドロが徐々に落ちていく。最後に残った半透明な少年はゆっくりと地面へ横たわった。
 ──同時に。
「見て、エアル君が……!」
 アレクシアの言葉に一同が振り返る。怨念の供給が止まったからか、番犬は力を失って倒れ──どんどん小さくなって元の姿を取り戻したのだった。



 小さく──元より大型ではあるが──なった犬が気を失った少年霊へ近づき、その頬をぺろりと舐める。実際には幽霊の頬を舐められるわけもないのだが、少年は睫毛をふるりと震わせた。
「気が付いた? 大丈夫?」
 呻いた少年は視界に入ったアレクシアに顔をこわばらせ、しかし同時に犬のことを見て目を丸くする。
「な、んで、ここに、」
「君を守ろうとしていたんだよ」
 アレクシアの言葉に少年は視線を彷徨わせる。彼も──依頼人の幽霊もそれなりに力を宿した霊なのだろう。特殊なスキルを持たずとも会話をすることができ、その表情までしっかりと分かる。
 故に、暴走した先ほどはあそこまでの力を得たのだろうけれども。
 周囲には未散と大地の戦いが終わったという言葉に反応してかちらほらと霊が戻ってき始めている。依頼人の幽霊も一緒だ。
「あらあら、君も犬もすっかり元通り!」
「元通り……ボク、ボクは……」
 少女の言葉にトーチは顔を俯かせてしまう。失言、と少女は口元を手で押さえるも出た言葉は戻らない。周囲の霊も霊魂疎通ができる者たちの様子からすればトーチを伺っているといったところか。
 奇妙な沈黙。けれど場違いなほどに突き抜けて明るいアレクシアの声がそれを破る。
「ねえ、聞いて? 私の魔法失敗談!」
「楽しい話?」
 墓地の霊は話題に飢えていたらしい。少女霊を始めとしてわらわら集まってくる魂たちにアレクシアは自らの体験談を聞かせる。深緑住まいのハーモニアだったけれども魔法はイレギュラーズになってから覚えたものばかり。自ら練習していても誰かへ教えていても笑えるポイントはいっぱいだ。
 アレクシアの話に霊たちから見て分かるほど強張りが解けていく。くすくすと笑う霊たちを見て、トーチはしきりに目を瞬かせた。
「笑って、いいの?」
 笑うことに許可などいらないと少女は笑う。屈託なく、実に可笑しそうに。
「──居場所を手に入れるってのは大変だと思うんだよ」
 その言葉にトーチが視線を向ける。ヴォルペは近づいてきたエアルの首元を撫でると、お返しと言わんばかりに顔面をべろりと舐められて。
「エアル、おにいさんが連れて行っちゃうの?」
「うん? そうだなぁ。おにーさんは受け入れてくれたものを喪失したくない気持ちもわかるからね」
 トーチの言葉にヴォルペはふんわりと笑って、エアルの頭をひと撫ですると立ち上がる。
 彼らには言葉が必要だ。落ち着くまでに多少の時間は必要だろうが、その分ゆっくりじっくり今後について話し合ってもらわねばならない。
「死んでも更に続いてくってのは面白い話だけど、断ち切れた過去なんかに囚われるよりずっと楽しいかもしれないぜ」
 ヴォルペの言葉に、けれどトーチはまだ分からないという表情を浮かべる。当然だ、今わかるのならこんな事態に陥っていない。
 そこを知ることができるかどうかは彼次第──ということで。
「──さて、終わったら速やかに帰ろうね? ね?」
 皆を急かすヴォルペ。だがしかしアレクシアは楽しそうに霊たちへお喋りをしているし、未散を始めとした仲間はこの際だからと墓石を綺麗にして花を活けたり、エアルに怪我がないか診たり。そんな間にも──。
「ほらやっぱり来た! 幽霊っておにーさんのこと乗り物だと思ってるよね!?」
 ヴォルペは顔を引きつらせる。苦手なものが寄ってたかってヴォルペに乗り、実体はないとしても頭や肩が重くなるのだから頂けない。
「初めまして、トーチさま。これを」
 そんなヴォルペを尻目に墓を回って綺麗にしていた未散は、トーチの墓へとっておきのお菓子を備える。ぽん、と少年霊の手元に洗われたそれを未散は食べるように促した。彼は恐る恐ると包装紙を剥いて口元に運ぶ。
「……!」
「ね、美味しいでしょう。ぼく、此れ大好きなんです」
 こくこくと頷くトーチはあっという間に菓子を食べてしまう。手元に残った包装紙は砂のようになって消えてしまったが、彼は茫然と何もなくなった手元を見ながら「初めて食べた……」と呟いた。
「トーチさま。皆さま、きっと友達に為りたいはずです。ぼくも、為って下さったら、嬉しい」
 その言葉にトーチが目を丸くする。そこへ菓子をもらっていたことに気づいた霊たちが彼へ群がった。
「あ、何か貰ってた!」
「いいな~~~」
「え? え、いや、」
 彼は目を白黒させ、未散はその光景を見てそっと身を引く。彼ら用の菓子を後から墓へ供えながら。
(後の事は、霊同士で、ですね)
 答えは聞けなかったけれど──と思った最中、未散の背中に「ねえ!」と声がかかる。
「はい?」
「な、名前……友達なら、名前、知ってるものでしょう!」
 どもり、つっかえながらの言葉に未散は目を丸くして。その目元を和ませて、トーチへ自らの名を告げた。
「全く……死後にもそんな苦労があるなんて、地味に知りたくなかった裏事情って感じだわ」
 彼らの様子を見ながらゼファーは苦笑を浮かべる。人同士だってすれ違いやいざこざなんて当たり前だというのに、霊魂となっても続くとは。しかも人は生きていれば死ぬのだから『あなたたちもいつかこうなりますよ』と言われているようなものである。

 結局生きていても死んでいても──人の縁は切れないものなのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ヴォルペ(p3p007135)[重傷]
満月の緋狐

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 皆様の優しい言葉がリプレイに収まりきった……でしょうか。文字数の壁が厚い。

 またのご縁をお待ちしております。

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