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シナリオ詳細

<Despair Blue>絶望の青より愛を込めて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「人間どもの船を撃破する用意が整いました。トリダクナさま、ご命令を」
 ゆらり、ゆらゆら。
 頭の上から吊りさげた提灯を揺らしながら、感情をまじえない口調でいかつい顔の執事が告げる。
 絶望の青に巣食う魔種の一体、トリダクナは物憂げにまつげをふせたあと、オオシャコ貝の大盾に走るひびを指でなぞった。
 二枚ある大盾は、前回の戦いで雑魚となめてかかった海洋……いや、いまいましいローレットのイレギュラーズたちによって割られていた。完全修復まで、まだまだ時間がかかるだろう。
 人間たちは図々しくも絶望の青に手をかけており、アルバニアさま配下の魔種は揃って危機感を募らせ、戦っているというのに……。
 ついたため息が、泡となって海面へ登っていく。
「トリダクナさま?」
「グラオ・クローネだったかしら? 人間たちのお祭り……。なんだか嫌なのよね、狙ってやるみたいで」
 ゆらり、ゆらゆら。
 チョウチンアンコウの執事が提灯を揺らす。
「わたしの名代として相応しいかはさておき。いま出すとすればあの子たちしかいない。……しょうがないわね。いいわ。出撃させなさい」


 貧弱な国力を理由に古くから外圧にさらされ続けてきた海洋王国。
 遥かな新世界を夢見る彼等は二十二年振りの『海洋王国大号令』をもって動き出した。
「……とまあ、絶望の青の攻略が始まったわけだが」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)の歯切れは悪い。若干、表情もすぐれない。依頼内容の説明も気乗りがしない様子だ。
「海洋の船が次々と魔物の化け物、『狂王種(ブルータイラント)』たちに襲われて難破している。絶望の青の攻略のためにも、これらを退けて欲しい」
 集まったイレギュラーズの中から質問が飛び出る。
「狂王種と戦う以外にも何か厄介なことが?」
「ああ。もうすぐグラオ・クローネだな」
 クルールが唐突に話題を変えたため、イレギュラーズの何人かが目をぱちくりさせた。
「お前たち、なにか予定はあるか。片思いの相手に告白するつもりだとか、相思相愛の相手とデートするとか」
「グラオ・クローネの予定と『狂王種(ブルータイラント)』退治に何の関係が?」
 もっともな疑問である。
 クルールは暗い顔でため息をついた。
「今回、お前たちに倒して欲しいのは、エイの『狂王種(ブルータイラント)』とタコの魔物だが……エイを攻撃して傷つけた者は『失恋』する、という嫌な噂が生還者たちの間で広がっている」
 実際、命からがら港に戻ってきたというのに、妻や恋人が出迎えに来てくれないどころか、家に別れの置手紙を置き残して姿を消してしまった、というエピソードが数多く上がっているらしい。
 単なる偶然だろう、とイレギュラーズの誰が噂を一蹴した。
「それならいいが」
 とりあえず、みんなで手近なテーブルにつくと、クルールは狂王種と魔物について説明を始めた。
「狂王種のエイは空を飛ぶ。巨大なフライングエイだ。光沢のある淡いピンク色で、体はハート形をしている。細く長い尻尾はリボンのようにひらひらしているそうだ。
 海中から飛びあがって、三分ほど滞空。その間にプレゼントボックスのような形の頭をしたタコを、下の船舶にばらばらと落とす。タコは幻覚作用のあるピンク色のガスを吐きながら、甲板を逃げまわる」
「タコは逃げ回るだけ?」
「そうだ。ガスを吐くだけ吐いたら、自ら海に飛び込んで勝手に逃げる。船員が幻影をみて船のコントロールがきかなくなったところへ、空からフライングエイが突っ込んできて沈めるらしい」
 生存者の話では、タコが吐き出したガスを吸い込むと『いい夢』が見られたという。生き残った船乗りたちの多くが、『きれいなお姉ちゃんとムフフなことをした』夢を見たとか。実際、頬っぺたや首筋にキスマークがついていた者もいるという。
「キスマークはタコがつけたのか、または、幻覚作用で近くにいた者同士で……」
 クルールはその先に起こったことの明言をさけた。
「現場に向かう足だが……お前たちは海洋船団のうち一隻にのってもらう。早い話が絶望の青へ向かう船団の護衛だ。まあ、頑張ってきてくれ」

GMコメント

●成功条件
・『狂王種』フライングエイの撃破
・海洋の船団、5隻中4隻を絶望の青へ向かわせる

●日時
・夕方
・微風、波穏やか
・絶望の青の縁

●敵
・『狂王種』フライングエイ
 巨大なエイの魔物です。
 光沢のある淡いピンク色でハート形をしています。
 尻尾はリボンのようにひらひらしており、空中や海中の敵を絡め取ります。
 水中を飛び出して、空を滑空します。滞空時間は三分。
 その間にエラから『魔物』のボックスタコを排出、投下します。
 人の歌声に強く惹かれる性質があります。

 【ジャンプ飛行】…水中から勢いよく飛び出して、空中を三分間飛びます。
 【ジュテーム】……近列/物。空から急降下、または水中突進して体当たり。
 【抱きしめたい】…近列/物。尻尾のリボンで敵を絡めとります。
 【愛を込めて】……『魔物』のボックスタコを排出、投下します。

・『魔物』のボックスタコ / 1飛行につき8体
 プレゼントボックスを被ったような形の頭をしたタコの魔物です。
 つぶらな瞳がとってもかわいいです。
 攻撃されてもされなくても、墨の代わりにピンク色のガスを吐きます。
 戦闘力はほぼありません。

 【いい夢見てタコよ】近単/神
 強い幻覚作用のあるピンク色のガスを口から吐きます。毒性はありません。
 ちなみに、チョコレートのような匂いがするそうです。毒性はありません。
 ガスを吸い込むと、頭のどこかにあるかもしれないラブ回路が活性化します。
 【ちゅちゅうタコかいな】近単/物
 口で吸いつきます。吸いつかれてもあざができる程度。

●海洋の船団
 絶望の青に向かう海洋の船団。5隻編成です。
 うち一隻にイレギュラーズたちが乗船します。
 狂王種たちが現れるとすぐに、イレギュラーズたちを乗せた船以外は全力で
 海戦区域から離脱し始めます。 

  • <Despair Blue>絶望の青より愛を込めて完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年02月22日 22時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
湖宝 卵丸(p3p006737)
蒼蘭海賊団団長
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

リプレイ


 夕陽を浴びつつ『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)はカモメを放った。
 カモメの目を通して船に近づく不吉な影と、魔種が『狂王種』とはまた別に送り出したであろう『撮影者』を見つけ出すのだ。
(「だって、この広い海の数少ない娯楽になりえる珍事じゃないかい?」)
 『撮影者』を見つけても好きにさせておくつもりだ。魔物を撃破する映像は、絶望の青は人間が制する、という強いメッセージになるだろう。
 『蒼蘭海賊団団長』湖宝 卵丸(p3p006737)は切るような寒風に目を細めた。頭に巻いたバンダナを結びなおして気合を入れる。
「愛し合う人々を引き裂く怪物を、正義の海賊としては放ってなんておけないんだからなっ!!」
 卵丸は甲板にきっちりと巻かれていないロープを見つけるや、声を張って近くの水兵を呼び寄せた。
 怪物にいつ襲われるか分からない。どんな形で遭遇しようとも、即時対応できるよう整えておかなければ。
「ロープを巻き直して、甲板にもう一度モップをかけておいて」
「アイアイサー!」
 陸にいれば女の子と間違われてしまいそうな風貌をしているが、船の上では海賊、いや水賊頭の風格が自然に漂う。
 卵丸は水兵の敬礼に頷くと、エコロケーションで索敵するべく、海面に近い砲甲板へ降りていった。
 『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は舷側の手すりに右の肘を預け、波の音に耳をすませていた。
 海を渡る穏やかな風を、青く美しい翅で受け止める。
(「それにしても、幻覚を見せるタコとは、なかなか迷惑なお話で御座いますね。しかも恋の夢なんて破廉恥な……」)
 頬に火照りを感じ、耳たぶが熱くなる。
(「それに本当なんでしょうか。エイを傷つけると失恋する、だなんて……」)
 幻はふるりと体を震わせた。
 彼を失うことなど考えられない。彼のいない世界なんて、生きる意味がないも同然だ。
「迷信です! ……迷信、迷信!」
 手で両頬をパンッとひと叩きして、海へ体を向けた。下を覗き込むようにして、船が舷側につくり出す波と白い泡立ちを見る。
 吹きあがってくる冷たい風が、火照った頬に心地よかった。
「……妙で御座いますね」
 いつの間にか、波の響きが手すりの下にかえってこなくなっていた。
 不吉な予感に顔をゆっくりと起こす。
 大きな影がゆっくり海面に浮上してくるのが見えた。
「来るぞ!」
「来た!」
 『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)の声にセルマの声が重なる。卵丸の指示で即座に警鐘が打ち鳴らされ、甲板の上が騒然となった。
「イレギュラーズ以外は船内へ退避だ、いそげ!」
 あたふたと船内にかけ込んでいく若い水兵の背を、大きな手でどやしつけてドアの内へ送り込んだ。
「よし」
 ドアを閉めたところで、甲板をあわただしく横切る足音が聞こえてきた。
 『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)だ。濡れた床に足を取られながらも、縁の前で止まる。
「ファッキンフィッシュはどこだ、飛び出たところをぶちのめしてやる!」
 腕まくりする貴道。
 答えるべく海へ顔を戻した縁の視界が不意に白けた。
 大量の飛沫をまき散らしながら、『狂王種』フライングエイが白い腹を見せて垂直に飛び上がっていく。
「クソッたれ」
 貴道は甲板に仁王立ちになった。
 いきなり船を大波が襲った。まるで白い壁が倒れてきたかのようだった。大波が舷側の手すりをゆうゆうと越え、甲板の端から端までを洗っていく。
「この程度の波でさらわれるような、軟なミーじゃないぜ!」
 縁は顎の先から海水をしたたらせて、マストの先を見た。
「キドー、他の船は!?」
「帆を張って全速で離脱中だ!」
 『緑色の隙間風』キドー(p3p000244)は急いで帆柱をずり降りた。
「ちくしょう、それにしてもなんてデカさだ」
 体長三十メートルにも達する『狂王種』の巨大な体が、星が瞬き始めたばかりの空を隠していた。
 確かにハート形をしている。だが、下から見える腹は白く、背がピンク色をしているかは分からない。かわいらしいというより禍々しい。
「船から二、三百は離れていたぞ。それなのにすぐ目の前に壁が立ったみたいに……誰だ、あれが『妙にユルい』だなんていったのは?」
「ミーだ」
「oh……」
 キドーは太い血管が隆起した上腕二頭筋から即座に目をそらした。
「と、とにかくヤツをこの船に引きつけておかないとな。あんなのがまともに船に落ちたらひとたまりもないぜ。おーい、カタラァナ!」
 叫びながら、『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)を探しに船尾へ走る。
「待て、キドー!」
「待たない!」
「――シット! 聞け、ファッキンゴブリン。第二波が来る!」
 貴道の声に被せて縁が声を張り上げる。
「うねり返しだ。みんな、掴まれ!」
 怒清の海鳴りがいったん静まったかと思うと、大きなうねりが来た。
 縁は舵を取る『乗りかかった異邦人』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)へ視線を流す。
(「お前さんの腕が頼りだ。頼むぜ、レーゲン」)
 船が転覆すれば、沈没まではあっという間だ。
「キュキュ、キューッ!!」
 レーゲンは舷側に迫る海水の壁を見て、グリュックが着た救命着の間から出した顔を青ざめさせた。
「お、主舵一杯きゅー!」
 船は横からの波に弱い。
 レーゲンは横波を避けるべく、船首を波の方向に向けた。
 船が波の上に持ち上げられると、今度は船が波のてっぺんから海面へ落っこちていく。波間にできた底で、船が転覆するばかりに傾いた。
「踏ん張るっきゅよ。例え海に投げ出されたとしても、レーさんと一緒きゅ。絶対に溺れさせたりしないきゅ!」
 舵を握るグリュックの体には魂がない。しかし、グリュックとは友達以上の仲だ。
(「……魂は遠くでも、心はいつも一緒きゅよ」)
 甲板の手すり越しに見える海が、船が傾くと見えなくなり、また逆に傾くと目の前に盛り上がってくる。船内のどこかで物の倒れる音がする。
 波が引くと船は呻き声をあげ、もがきながらよろよろと立ち直った。
 ほっと胸をなでおろしたイレギュラーズの間を、カタラァナの魔力がこもった歌声がすり抜け、空へ駆けあがっていく。
 蒼い空を回遊していたフライングエイは、甘美で耳に心地いい歌声に惹かれ、イレギュラーズの乗る船に頭を向けた。


 大きなハート形の影がすっぽりと船を覆うと、『狂王種』の体からしたたり落ちた海水が甲板を叩き始めた。
「ふっ。それは歌姫へのプレゼントのつもりかい?」
 セレマは薔薇色の唇で甘く、不敵に微笑んだ。カタラァナに海へ逃げるように促して、契約の剣を抜く。
「今日のボクは皆のナイトになるよう仰せつかっているんだ。美しいボクにぴったりの役目だって、キミもそう思うだろう? 悲恋に囚われし君よ」
 剣より姿を現した死霊騎士に囁きかけると、落ちてきたボックスタコをつき刺した。
 とたん、タコの口からプシュ―とピンク色のガスが吹きだして、セレマの頭部を包み込んだ。
 甘い香りにくらり、眩暈を起こす。
「あ……」
 カラン、と音をたてて、いつも持ち歩いている手鏡が上着のポケットから滑り落ちた。
 残照が鏡を光らせ、そこに写る美少年がセレマの目を惹く。
「なんてことだ……これほどまでに美しい人がこの世にいただなんて……」
「セレマ、しっかりして!」
 卵丸は甲板に着地して八本の足――本当は「腕」をちょこまか動かして走り、ガスを撒き散らすタコの一体を海へ蹴り出すと、ラブ回路を暴走させたセルマへ駆け寄った。
 がくがくと体を揺さぶるが、セレマは手鏡に写る自分に夢中だ。
 卵丸に見向きもしない。
「なぜいまのいままで気付かなかったんだ……教えてくれ、キミの名前は一体……」
「だめだ、こりゃ。レーゲン、お願い!」
「すぐ治すっきゅ」
 レーゲンはグリュックの救命着の内からニュッとヒレを出すと、風のハンドベルを振るった。
 深緑風リゾットの香りが音の波によってふぁっと広がり、チョコレート似たガスの香を駆逐する。
 卵丸はセレマが正気づいたことを確認してから甲板を踏み切り、海へ跳び込んだ。
 後を追って海に飛び込もうとした幻の前に、ボックスタコが回り込んできた。手すりに飛び移り、ピンク色のガスを吹きだす。
 ガスを吸い込んだ直後に大きく目を見張ったものの、幻はすぐに瞳を蕩けさせた。
「……ジェイク、愛しい人。ええ、いま何をなすべきか、よくわかっています」
 幸福に満ちた顔で頷くと、ボックスタコにステックの頭を向ける。
「『夢幻の奇術師』の名に懸けて、僕が魔物に最高に素敵な夢を魅せて差し上げましょう」
 幻のラブ回路は、確実に作動していた。が、皮肉にも魔物に見せられた幻覚が、幻にプラスαの力を与える結果になった。愛の力は偉大なり。
「奇術に魅せられて見る夢は幸福な夢? それとも……」
 ボックスタコはまぼろしのクッキーカニを追いかけ回し、捕まえて、体が爆ぜるまで食べ続けた。
 同刻。
 甲板の反対側では、キドーが複数のボックスタコに追いかけまわされていた。
「あわよくば……と思っていたが、ほぼほぼ男ばっか、女性陣も相手がいるか未成年でガス吸ってもうま味がねーんだよ。追ってくるんじゃねえ、クソァ!!!」
 タコに前後を挟み撃ちされ、いよいよ海へ身を投げるしか逃げ場はないと手すりに足をかけた瞬間、空から別のボックスタコが目の前に落ちてきた。
「やべぇ!」
 突き出た魔物の口に頭突きを食らわせ、そのまま頭から落ちる。
 着水する前に海から貴道が顔を出した。
「「なっ?!」」
 ゆっくりと伸びた時間の中で、互いに口を半開きにしたまま、みつめあう。あと少しで唇と唇が重なりあう刹那――ボッ!!
 貴道の瞳が強い光を発した。
「ぬぅん!!」
 昇竜の如き鋭いアッパーカットがキドーの顔面を捕える。
「許せ、マイフレンド。ユーの仇はミ―が必ずとる!!」
 高く、高く吹きあがる水柱。
 その先端で、キドーの悲痛な叫びが星を震わせる。
(「……星が、スターが近い……って、なんだ……近々、いま以上にヤなことが起きそうな予感がする」)
 キドーの予感は無慈悲にも当たる。だが、それはまた別のエピソード。
 縁は大声を爆発させて、幻に掛けられた幻覚を解いた。
「ほら、寝ぼけてる場合じゃねぇぞ、お前さん。陸で帰りを待ってるやつがいるんだろ!」
 フライングエイが落ちてこないことにしびれを切らした縁は、カタラァナに再度歌って気を引くように頼むと、海へ飛び込んだ。
 夕闇に包まれつつある海面に、先に海に入っていた貴道のシルエットを見つけ、急いで近づく。
 貴道は腕で自分の体をかき抱いて、細かく震えていた。
「どうした、何があった」
「ユー……縁か。気をつけろ。同士討ちさせるとはね……ユルいどころかとてつもなく恐ろしいエナミーだ」
「同士討ち?」
 ああ、と言って顔をあげた貴道につられ、縁も空を見る――と。
 ピンク色のガスを拭き出しながら、目をキラキラとさせたボックスタコが三体、落ちてくるではないか。
 縁の動きは素早かった。
 『薄い本』を作られる事態だけは何としてでも避けなくてはならぬ。あと数日……渋いイケオジのイメージは死守せねば。
 問答無用とばかりに貴道の頭をぐいっと手で沈めると、そのうえ肩に膝を置いて浮き上がりを防ぎながら、番傘を開いた。
 とん、とん、とんと傘に弾む手応えを感じたあと、ぽちゃ、ぽちゃ、ぽちゃ、とタコが海に落ちた。
くるりと傘を回してピンク色のガスを払う。
「こんな所で呑気に夢を見ていたら、あいつに怒られちまうからなぁ」
 貴道の肩を離れ、距離をとる。
 浮かんできたタコの頭を閉じた傘で繰り返し叩き、厄介なものが詰まったプレゼントボックスを潰してやった。
「ぷはぁ――って、なんかこのタコ生理的にノーサンキューなんだよなぁ、タコ焼きになって出直してきな!」
 踏ん張りがきかない水中に体がありながら、貴道は腰の捻りと上半身の筋肉だけで、タコにワンツーパンチを放つ。
 拳の鋭さに、タコはその場に沈んだ。
 ワンツーで切って落とす様にKOするのは、パワーはもちろんのこと、基礎ができているうえに技術がないと出来ることではない。
「魅せるねぇ。さすがは世界王座に手をかけた男だ」
「サンキュー。あと一匹、どこだ」
 二人のすぐ目の前に、パイルバンカーの先にタコをつき刺して、卵丸が上がってきた。
「エイが落ちてくる!」
 夜よりも深い『狂王種』の影が、三人の上に覆いかぶさる。


 空へ打ちあげられたキドーは、星に手を伸ばしたところで二十秒ほどの無重力状態を体験したのち、ゆっくりと降下を始めた。
 このまま海に落ちればイレギュラーズといえどただでは済まない。船の上に落ちたなら、隕石よろしく甲板に大穴をあけて、沈没の一因を作ってしまうだろう。
(「さて、どうしたもんかね。考えたところでどうしようもねえけど……。しかし、こいつを海でなくすと探すのが大変だろうなぁ」)
 クソエルフが泣きべそをかきながら海に潜る姿を想像して、ニヤリと笑う。愉快な気持ちになったところで、背中から何かの上に落ちた。
(「ぬるっとして……すべすべ? なんか妙にエロいな」)
 全身ぬめぬめにしながら、しばらく這いずり回って、ようやくそこがフライングエイの背中であることに気づいた。
 とたん、『狂王種』の体が45度の角度で傾き、船目がけて落ちていく。
「――ち、ちょっと待ってぇ!」
 滑り落ちる。あわててククリをピンク色の背につきたてたが止まらない。
 懐に入れたコン=モスカの秘伝書が落ち、ページがめくれ、青い光を放ちながら転がった。
キドーは左手で青い光を纏った『時に燻されし祈』を抜き、ククリの横につき刺した。
 まっすぐ落ちてきていたエイの体が、いきなりがくんと仰け反り、落下角度が変わる。それでもまだ、直撃コースだ。
「僕がさせません! セレマ様、ご助力願います。フルフトバー様、舵取を頼みますよ」
「任せてきゅ!」
 幻は片手でコン=モスカの秘伝書を開いた。わずかに見えるエイの腹にステッキの頭を向ける。
「青い蝶は奇跡の如き蒼薔薇を咲かせる。本当の奇跡を起こさんと」
 青く光輝く蝶の群れが奔波となってエイの腹を撃った。当たって飛び散る蝶が、まるで青薔薇のように腹の上で広がる。
 激圧がエイの体を横へ押し流す。
「もう一丁だね!」
 セレマがソウルストライクを放ち、海からも卵丸たちが攻撃して、さらにエイの落下軌道を変える。
「みんな、踏ん張るっきゅよ!」
 エイの一部がマストの先端に引っ掛かった。マストはまるで乾いた骨のようにポッキリと折れ、舷側にぶちあたってくだけ散る。船内で悲鳴が上がった。
 ――と、その時。
 エイの頭部が海を割った瞬間、長くたなびいていたリボンのような尻尾が甲板を叩き割った。飛沫と木端が四散する中、キドーとカタラァナがフライングエイとともに海に没する。
 すぐに大波がきた。
 泡だった海水が甲板を洗い、船がよろめく。それから船が持ちあがり、また大波が舷側を洗った。船首が傾き、船は大波のくぼみに落ちこんで、助かる見込みのない漂流船のようにもまれる。
「うぎゅぎゅーっ」
 レーゲンが必死に舵を繰ったおかげで、船はなんとか転覆を免れた。沈没を回避するため、船内にいた水兵たちが板を片手に飛び出してきた。
「二人とも、船はレーさんたちに任せるっきゅ! はやく助けに行くっきゅよ」
 幻とセレマは海に飛び込んだ。
 ――がぼ、がぼぼっ。
 キドーはククリを引き抜くと、『時に燻されし祈』を稲妻のように走らせてエイの背を切り、蹴った。すでに日は暮れて海中は真っ暗だ。それでも本能で海面を目指し、泳ぐ。
 ゴブリンの足のすぐ下を、七色の光が走る。
(「卵丸、告白する予定もされる予定もないし、まだそういう相手も居ないから、怖いものなんて何もないんだぞっ、エイの化け物め……そんなことになっても、べっ、別に悔しくも寂しくもないんだからなっ!!」)
 海中に架けられた虹はリボンの尾を断ち切り、血を流す傷口を深く穿つ。
 セレマはシャチを呼び出すと、血を流すエイの体に食らいつかせた。
 海中が泡立ち、渦を巻く。
 暴れまわる怪物の体を、正面から貴道が体当たりで抑え込んだ。
「よし、一気に攻めるぞ」
 幻と卵丸でエイに攻撃を浴びせている間に、縁はまだハート形を止めているエイに近づいた。
(「またえらく時期を読んだ狂王種というか何というか……絶望の青でもグラオ・クローネの風習ってのはあるのかねぇ」)
 ついた手から気を送り込み、フライングエイの頭を吹き飛ばした。


「よく言うだろ。その手のモンは、噂じゃなく相手を信じりゃぁいいのさ」
 縁は、唇をちょっぴり尖らせ目に涙を浮かべた卵丸の背を叩き、喝を入れた。
「卵丸、決まった相手なんかいないもん」
「意外だな。モテそうなのに……と、セレマ。どうした、ボーっとして。お前さんにも喝をいれてやろうか?」
 セレマは首を横にふった。
 ジンクスを恐れていたわけではない。こっそりと、『撮影者』に手を振っていたのだ。
 次はお前の番だ、と。

 トンテンカン、トンテンカン。
 夜の海に木槌の音が響く。
 マストを折ったまま、船が港にたどり着いたのは翌々日の朝の事だった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)[重傷]
社長!
郷田 貴道(p3p000401)[重傷]
竜拳
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)[重傷]
海淵の呼び声

あとがき

みごと『狂王種』フライングエイとタコの魔物を撃破しました。
お疲れさまです。
さて、不吉なジンクスは起こったのでしょうか?
いやいや、ジンクスごと討ち破り、楽しいグラオ・クローネを過ごされたことでしょう。たぶん……。

ご参加ありがとうございました。

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