シナリオ詳細
<Despair Blue>其の柘榴を食べるな(act.1)
オープニング
●
「……お前、何でここに」
男は驚愕していた。其の顔は青く、“幽霊を見たような”顔であった。
いや――幽霊を見たのだ。目の前に立っている影は、不意の病で命を落とした男の友だったから。
友は何も言わない。ただ、手を差し伸べた。
「お前、死んだ、はずじゃ」
そうだ。死んだはずだ。判っていた。けれど、けれどけれどけれど、男は友に話して聞かせたい事が沢山あった。これは20年越しの大号令なんだと、ついに俺たちはやってのけるかも知れないと、墓石に向かって話していたよりもっとたくさんの事を友と語り明かしたかった。
影が行き交う中、友は立ち止まっている。――きっと、自分を待っているのだ。
「待ってくれ。……俺も、連れて行ってくれ」
胸に溢れてやまない郷愁は、男の手を懐かしい友の手へ触れさせる。
其れは奈落の底へ優しく突き落とす白魚の手であった。男はそれきり、船にも国にも帰る事はなかった。そしてこれからも、ないだろう。
影と共に薄灰色に消えていく男を、梟が、じっと見ていた。
――うふふ! 一緒に逝っても良いってくらい大切な人がいるって素晴らしい事ね!
――私にはいたっけな、そんな人……もう思い出せないや
――大切な人? さて、何の事だろう? 其れよりも私、ここで何をしていたんだっけ? 直ぐに忘れてしまう。直ぐに消えてしまう。みんなみんな、私よりたくさんの事を覚えている……羨ましい。妬ましい……
●
海洋王国大号令が発されてから、少しばかり時が経った。
途中で鉄帝との“小競り合い”があったものの、イレギュラーズの活躍(寧ろ鉄帝との折衝においては存在そのものと言っても良い)により、ついに海洋帝国の船は絶望の青へと突入した。
其処はまさに魔の領域。鬼が出るか蛇が出るか、ではない。“鬼も出るし蛇も出る”、こう述べた方が正しい。
何が起きてもおかしくない、其れが絶望の青。――傍目には美しい海原にしか見えない其の水面一枚隔てた向こう側には、“絶望”を冠するにふさわしい何もかもが蠢いている。
「駄目だな、2・3日はかかる」
船大工は金槌の柄で己の肩を叩きながら言った。
イレギュラーズを乗せた旗艦と随伴船2隻による簡易艦隊。随伴船の船底がおかしいという知らせと、旗艦の乗組員が島を見付けたのはほぼ同時であった。
見知らぬ島に不安はあるが、船を一隻失うよりはマシだ――との船長の判断により、3隻の船は其の島にいったん逗留する事となった。
――のだが。
彼らを出迎えたのは、薄灰色をした影の群れだった。
まるで殉教者のように俯いて、島をぐるりぐるりと回っている。船員たちは不気味がって近寄ろうとしなかったが、影もまた、彼らに近寄ろうとはせず、歩み続けるだけだった。
誰かが「柘榴が生っている」といった。其の通り、島には無数の柘榴の木が生えていて、美味しそうな実が生っていた。警戒しろと船長が言ったにも関わらず、時折船の傍に柘榴の残骸が落ちていた。
そして数日後、船員が1人いなくなったという報告が入ってきた。島の中で迷ったのだろうと皆で捜索したが、見付からない。うろつく影の中に彼を見たという者まで出る始末。
――此処まで説明した船長は其処まで言ってから溜息を吐いた。
「いなくなった奴はどうにもならん。あんたらに頼むのは気が引けるが……あんたらじゃなけりゃ、多分無理な話なんだろうよ。この島を調査して、せめてやられた船底がやられるまでの間、船員を守ってやってくれねぇか」
- <Despair Blue>其の柘榴を食べるな(act.1)完了
- GM名奇古譚
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年02月10日 22時20分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「船長さん、これで全員?」
「ああ、船員の証言を信用するなら、柘榴を食べたバカはこの4人の筈だ」
「うう……」
「すみません……」
『魔法騎士』セララ(p3p000273)が見上げる先、立派な髭を蓄えた船長は正座している彼曰く“バカ”4人を視線で示した。
彼らはこの逗留した島に自生している柘榴を食したものたちである。
「すみません……つい」
「警戒しなきゃとは思ってたんですけど、瑞々しくて美味しそうだったので……」
「食べなきゃいけない、みたいな感覚はあったのかい?」
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が問う。4人はそろっていいえ、と頭を振った。
「柘榴は生ってるだけでした。だからこそ美味そうに見えて……」
「成程な。……悪いが、ちょっとだけ心の中に触れさせてもらうぜ。船長さんもだ」
『死を許さぬ』銀城 黒羽(p3p000505)がいう。船員は困惑しながら、船長は鷹揚に構わないと答えた。――心理を読むリーディングは、受けたものに気付かれるスキル。だからこそ事前承諾を得る必要があった。
「……嘘はついてないみたいだな。疑うような真似して悪かった」
「いいや。一瞬で嘘か本当か見分けて貰えるなら、其れ以上嬉しい事はねえ」
「取り合えず、船員の皆さんはこれ以上出歩かないようにお願いできるかしら? 行方不明者が増えたら困るものね」
ゼファー(p3p007625)が言う。確かにな、と船長も同意した。
「君らの調査次第になるが……船大工には急ぎで仕事をさせよう。お前らも船内の果物以外は食うんじゃねェぞ! いいな!」
「あ、アイアイ!」
今回の件について、イレギュラーズは3つのグループに分かれることにした。
まず、セララ、『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)、黒羽の“探索A”班。
そして『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)、『ラド・バウD級闘士』シラス(p3p004421)、『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)の“探索B”班。
最後にリゲル、『雷雀』ティスル ティル(p3p006151)、ゼファー、『忘却機械』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)の“柘榴試験”班である。
柘榴試験班は船に残って柘榴の危険性の有無を解析。
遠出班は島をぐるりと回り、危険がないか確かめる事となった。
まずは柘榴試験班の顛末から、お話していこう。
●Team-Z
「柘榴もそうだし、亡者もそうだけど……この島そのものが不穏だわ」
「全くだね。探索に出た人たちも、無事に帰ってこれると良いけど……」
ゼファーのつぶやきに、リゲルが空を見上げて返す。
此処は船の外。森と砂浜の境界線に当たる場所だ。柘榴解析班は出来るだけ遠出をせず、いつでも船に戻れるようにと準備をしていた。
「しかし食べちゃダメ、とはいっても、こんな近くになってたら食べちゃうかも」
と、柘榴の実をつんつんつつくティスル。もちろん食べるつもりはない。
船を出て砂浜を歩けばすぐに柘榴の木はあった。ともすれば、この島の木はすべて柘榴なのではないか? とも思わせる生え方をしている。重たげに生っている実はとても美味しそうだが、此処が“絶望の青”である事を織り込んで考えれば、いっそ不気味だった。
「……食べるの?」
ティスルが振り向いた先はヴィクトール。はい、と決意を秘めたオールドワンは頷く。
「きっと、ボクが食べるのが一番良いのです。小さい子や女の人に迷惑はかけられない……のですよ。それに、ボクの記憶は……」
「ローレットに来てからしかない、か。なら逆に安心かもしれないわね?」
ゼファーが言葉を継いで。ティスルがもぎ、と大きな柘榴の実をもぎ取った。こちらも決意を秘めた瞳で、ヴィクトールに実を差し出す。
「何かあったら、私たちが絶対に止める。だけど、危ないと思ったら直ぐに食べるのをやめてね」
「……」
此処は絶望の青。何が起こるか判らない。
ごくり、とヴィクトールは咽喉を鳴らし……柘榴の実をまず二つに割った。瑞々しい、肉にも似た色の果実が露になる。
「見た目は普通の柘榴と同じだね。船員の人が惹かれて食べてしまうのも頷ける」
「香りも普通の果実ね……」
これでは一般人が惹かれて食べてしまうのも判る、瑞々しい果実。
じっくりと果実を検分してから、ヴィクトールが、食べます、と言った。3人はそれぞれ得意とする間合いを取り、彼を見つめる。何かあったら、直ぐにでも取り押さえられるように。
「……っ!」
むしゃ、と一気にかぶりついたヴィクトール。
其の柘榴は――罪のように甘い。ぷりぷりとした果肉を歯で噛み破れば、とろりとろける果汁が舌を潤す。一口食べれば二口、二口食べれば三口、海を航海して乾いた体には丁度いい潤いが咽喉を通り抜ける。
だめだ、だめだ、もうやめなくちゃ。
ヴィクトールはそう思うのに――そう思うのに、どうしてもやめられない。果実を齧る口は止まらない。まるで飢えた子どものように、ひたすらに果実を貪り続ける。
二つ目が欲しい? と問うように、風に柘榴の木が揺れる。其のざわめきすら、誘惑に思えて――
「……ヴィクトール!」
最初に動いたのはゼファーだった。誘われるように食べ続けるのを異常だと見てとったのだろう。すぐさまヴィクトールの腕に組みついて柘榴を振り払い、強制的にやめさせた。
ぼたり、無残な果実が砂浜に落ちる音がする。
「……ッ!」
は、とヴィクトールが瞬く。ティスルもまたヴィクトールのそばに寄り、リゲルはいつでも彼の意識を刈り取れるように間合いを定めている。
「……だ、大丈夫、です。今のところは」
「本当に? 夢中になって食べてたように見えたけど」
「……。美味しかったんです。咽喉が渇いてるときに水を飲んだような、そんな感じで……」
「……」
ゼファーが手を放す。ヴィクトールはどこへ行くでもなく、確かに其の両足で立ち、3人を見つめて、頼りなさげに笑った。
其れを見て、やっとリゲルが剣をおろす。
「君に攻撃するようなことにならなくてよかった」
「すみません……でも、ボクが今のところ大丈夫でも、後から何かあるかもしれませんから、その、」
「……ああ。気を付けるよ」
「――あ」
声を上げたのは、ティスルだった。
●call-1
ティスルがふと視線を巡らせた先には、巡礼者宜しく島をめぐる影の群れがいた。
その中に、立ち止まっている小さな影がある。ティスルはそれを知っている。生まれた町で一番の友達だった子。目の前で、大きな船と一緒に沈んでしまった子。
飛んで助けに行けば、間に合ったかもしれなかった。其れをずっと後悔していた。出来るなら帰ってきてほしいし、もっと話したい。けれど。
「……駄目だよ。私がそっちに行くのは、だめ」
だって、まだ話す冒険話が溜まりきってないんだ。君をびっくりさせたり笑わせるための冒険譚が、足りないから。
“……冒険者に、なったんだね”
意外かな? あなたの知ってる“不運で病弱な泣き虫ティスルちゃん”は、これでも日々成長してるのですよ!
……。だからね。此処で寂しがって、本来の目的を忘れたりしない。だからって、さよならも言わないよ。
「……またね」
ゼファーは向き合っている。
少し背の低い老人だが、背筋はまっすぐで凛としているのがわかる。
影だから目は判らないけれど、あの鋭い眼光が自分に向けられているのが判る。其の眼差しを忘れた事など、一時としてない。
「……師匠(おじいちゃん)……」
ゼファーがそう呟くと、やっと気付いたかとでもいうように影は肩をすくめ――背を向けた。ついてこい、と言うように。
「……。悪いけど、そっちに行く気はないわよ」
影が少し、振り返る。
「私にはね、帰りを待ってくれてる子がいるの。だからそっちには行けないし、……大体あなた、死んでるのかすら定かではないじゃない」
ねえ。聞いてもいい? 貴方、誰なの。
――幻影は問いに答えず、影の雑踏の中にすいと紛れて消えてしまった。
其れは、もやだった。
ヴィクトールにはそう見えた。はっきりとした姿ではなく、かといって、ほかの亡霊とは明らかに何かが違っていた。……何か言っている。
“……■■■■”
知らない名前だ。『xx』でも、ヴィクトールでもない。
でも、呼ばれているのは判った。悲し気にボクを呼んでいる。
“どうして”
どうして手を取ってくれなかったの?
どうして助けてくれなかったの?
手を伸ばしてくる。……違う。ボクはヴィクトールだ、■■■■じゃない。
“本当に?”
自信を持って言える? 君はヴィクトールだって。なら――
「……ッ、うるさい! ボクはお前なんて知らない、■■■■なんて知らない! ボクはイレギュラーズのヴィクトールだ!」
乱暴に幻影の腕を払った。……拒絶の意思を乗せて背を向ける。幻影は其れ以上、何か語り掛けることはしなかった。
誰かが、笑っている気がする。
「……父上」
リゲルは亡霊の中に、確かに父を見た。己を庇って死んだ、偉大なる父だった。
まだ学ぶことはたくさんあったのに、共に過ごす時間は余りにも短くて。……できるなら、共に生きたい。けれど、此処で足を進めるのは、“共に死ぬ”事に他ならないのだろう。
あなたのような立派な騎士となり、天義を復興させ、大切な人々を守るという誓いを果たすために――俺は、死ねないのです。
「……ッ!」
剣を抜き、亡霊へと振り下ろした。ふわり、と霧を斬ったような感触がする。
父は黙って剣を受けていた。……其の視線は、リゲルに何と言ったのか。
「貴方と手合わせを、もっとしたかった」
「リゲルさんっ」
「リゲル! 貴方……」
「大丈夫、……大丈夫だ。この影は攻撃できないらしい。……船に戻ろう」
リゲルは幻影に背を向けて、船に向かって歩き出す。父よ、いつか貴方のように、何にも揺らがぬ騎士になるために。今はあえて、貴方に背を向けよう。
●Team-B
サンディとマルベート、シラスは探索班Bとして、空と陸の両面から島の調査をしていた。
「……なんだありゃ」
サンディが思わず呟く。異常は存外すぐに見つかった。
青々と茂る森――この森のどれだけが柘榴の木なのかは判らないが――が、ぽっかりと空いている地点がある。そして其処は、どんよりと空気さえ淀んで見えた。あれは……
「何かあった?」
マルベートが見上げる。彼女の超感覚には、生物などの気配は探知されていないようだ。――それもそうだ。だって、生き物ではないのだから。
「島の中心が湖になってる」
「中心ん?」
植物疎通(本で読んだ)を試していたシラスが、思わず顔を上げる。植物は自らの実が美味しいよ、と絶えずシラスに語り掛けてくる。さあお食べ、と言うように。
「成程……影たちがルーティンワークしている中央にあるのかな?」
「そんな感じだな」
影は島の周りをただぐるぐると回っていただけではないという事だ。サンディは此処から島の中心までの距離と、此処から船までの距離を計算する。
班の集合は日没。それまでにあの泉らしき地点を調べられるか……いや、無理だろう。何より、中央に行くためには幻影を抜けていかなければいけないのが嫌だ。
「とりあえずみんなに報告……って、どうしたんだ? シラス」
ふわり、降り立ったサンディが見たのは、一点を見つめて滝のように汗をかいているシラスの姿だった。
●call-2
こんなところにいる訳がない。
霊魂疎通を試みていたシラスは、数秒前の己を心底後悔した。
こんなところにいる訳がないのだ。
あの人が、此処に、そんなきれいな姿で、現れるはずがないんだ。
影の中にはっきり見える。実の母親を見て吐き気を覚えるのは、親不孝だろうか? 否、とシラスは口元を抑えた。
此処は絶望の青で、母さんはもうとうの昔にいなくて、そもそも“俺の事なんて、そんな目で見ちゃいなかった”。
追いかけてぶんなぐってやろうと思ったが、思い止まる。――そうだ。日没までに集合、だった。追いかけている暇はないんだ。
俺には仲間がいる。一緒に謎を解く仲間が!
ああ、やっぱり君か、とマルベートは微笑む。
幼い姿をした幻影だった。私が殺して食らった天使の子だね。君は最後まで抵抗をやめないで、だからとても美味しかった。新鮮な肉の味は、そうだね、柘榴のように甘かったような気もするよ。
だけどね? 君は私が喰ったんだ。だからもう、私と共に居るんだよ。つまり、目の前にいる君は偽物という事になるね?
――影は微動だにしない。マルベートを責めるでも、許すでもなく。
それでもまた顔を見られて嬉しいよ。何から話そうか。君が知らない、君が死んだ後の話をしようか? 其れとも、どんなふうに調理したかを教えようか?
ねえ、君。君が少しでも本物であるならば、小鳥よりも愛らしい聲で、私達の旅路を祝福してくれると嬉しいな。
「ああ――誰が来るかと思ったら、君か」
サンディは思わず懐古の溜息をついた。美しい肢体を黒いドレスに包んだ女――『怪盗』メアリ・メアリ。
懐かしいな、スコルピオの時以来か。あれから色々あったんだぜ。ま、あの時ほどヤバかったことはねーけどさ。今更化けて出て来るなんて、そっちは今になって大分後悔してんじゃねーか?
――しなやかなシルエットが、す、と腕を伸ばす。後悔ならアンタを連れて行かなかったことさ、とでも言うように。
……あの時の言葉にゃ、一切の嘘はねえ。あの時に戻れるとしたら、違う道を選んでたかもしれねえ。
でもな。それはあくまであの時の“女怪盗メアリ・メアリ”に惚れたんだ。今のお前じゃねえよ。
影はサンディが答えないのを察すると、腕を下し、幻影の群れの中に混じり入って消えた。
まるで暗い色のヴェールがはがれるように、周囲に明るさが満ちる。サンディは周囲を見渡してから、仲間に声をかけた。
「……おい、シラス。大丈夫か?」
「くそっ……大丈夫だ、ちょっと嫌なモンみちまった」
「とりあえず収穫はあったし、いったん船に帰ろうか。さて、みんなはどんなものを見たんだろうね」
「……いや、まて」
マルベートが歩き出そうとした足を、サンディが止める。彼とシラスは一点を見ていた。マルベートも其れに続いて、空を見ると……煙が一筋上がっている。
危険を知らせる狼煙。あれは、船の方向ではない。
「何かあったんだ。行こう!」
●Team-A
セララ、汰磨羈、黒羽の三人もまた、空と陸からの探索を開始していた。
そしてサンディと同じように、セララが島の中央に淀んだ湖を見つける。うっすらと島を囲うように見える灰色の線は、全て影なのだろうか。ぞっとした肌をさするセララ。
「進行ルートは全部の影が同じように回ってる感じだね。湖を中心として、ぐるぐると島の沿岸を歩いてる」
汰磨羈が簡易テントを立てながら頷く。彼女もまた、使い魔を通して島全体を俯瞰してみていた。
「ファミリアーで見てみたが、同じだな。あの湖に行くには、影の中を抜けていくしかあるまい。何やらぶつぶつ呟いているのは不気味だが……黒羽、リーディングは出来るか?」
「ああ、任せてくれ。何かヒントがあれば良いんだが……」
それが、黒羽の間違いだった。
そして影の方を見たセララと汰磨羈は、思い出と対面する。
●call-3 and xxx
セララが見たのは、祖父の姿だった。今はもういない。
田舎に住んでいて、遊びに行くととっても歓迎してくれて。いつもお菓子だよっておせんべいばっかりくれた。
あとは遊びに行ったボクのためにアニメを用意してくれていたり。一緒にアニメをみたり。
大好きなおじいちゃんだったけれど、……だからこそ、こんなところにいる訳がないんだ。
この幻を見せているのは誰? ボクの思い出を中途半端に引きずり出して、目の前にチラつかせるのは誰?
でもね、おじいちゃんには罪はないから。だから、お礼をいっておくね。
(ありがとうね、おじいちゃん)
汰磨羈は、懐かしい、と思った。
目の前に立つ女性――琳瑯公主と呼ばれた其の人の面影は、己の思い出といささかの変わりもない。己が猫だった頃の、優しい主。
楽しかった過去が蘇る。彼女の笑顔。優しい顔。膝の上で丸まって、毛並みを撫でられながら眠りについた日々。
「なぜ、ここに」
本人ではないのだと判ってはいても、問わずにはいられなかった。もう一度撫でてほしい。あの手のぬくもりを感じたかった。其のためには、細い手を取ってあちらに行かねばならないのか?
「……いや」
汰磨羈は頭を振るい、平常心を思い起こす。彼女は殺された。其の遺体を荼毘に付したのは、まぎれもない自分。そうだ、彼女はもういない。あれは私の心をつぎはぎした偽物だ。人を惑わす卑劣な幻だ!
「失せろ、影め」
存外に冷たい声が出る。面影はそっと伸ばしていた手をおろし、影の中に紛れて消えていった。
黒羽は、影を見ていた。其れはほかの仲間のように誰かに見えるでもなく、ただ、影だった。
リーディングを試みた黒羽は、影が何を言っているかをはっきりと聞き取れて“しまった”。
「こっちに来て」
「しね」
「寂しいよ」
「しねしね」
「こっちはとても楽しいよ」
「しねしねしねしね」
「世界が輝いて、素敵な予感しかしないの」
「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」
「……ッ!」
思わず頭を抱えた。背筋に氷の柱を入れられたかのような気分だった。
あっちに行けば、帰ってこれない。
そんな確信めいた予感が、黒羽の頭にこびりついて離れない。これは、そうだ、この感覚を俺は知っている。この脳髄に氷を差し込まれるような感覚は、原罪の――!
――アッハハハハハッ!
不意に、脳髄を揺らすような高笑いが聞こえた。
●
「狼煙はこっちか!?」
「サンディか! 黒羽が」
「さっきから動かないの! 影たちをリーディングしてみるって言って、其のまま」
黒羽の異常に気付いた汰磨羈とセララは、非常時にあげる狼煙を使って全員を呼び寄せた。
柘榴を食したヴィクトールは船で待機している。残りの6人が迷いなくまっすぐに来れたのは僥倖と言えるだろう。
セララの膝で顔を青くして、何やらぶつぶつと呟いている黒羽。何人かが名前を呼んで揺さぶるも、答えはない。
「一体何が……」
「……拒んでる」
黒羽の耳元で耳を澄ましていたシラスが、呟いた。
「拒んでる?」
「何かと話しているみたいだ。……影についていったりとかはしてないんだよな?」
「していないな」
「うん」
汰磨羈とセララが頷きあう。誰もが首を傾げた。
確かに幻影に会った。其れは全員同じ。そして誰も、ついていかなかった。其れも同じ。では、黒羽と己たちでは何が違ったのだろう?
「じゃあ、何と話してるんだ……?」
●Answer
黒羽は浮遊している。
意識がふわふわとした中で、誘う声を聴く。
こっちは楽しい。とても素敵な世界。そう甘い言葉で誘う声は、キンキンとした女のものだった。
浮き沈みする意識の中で、黒羽は答える。
――成程な。
――アンタの提案は魅力的だが、遠慮させて貰うぜ。
――アンタに付いていけば、刺激的な日々を送れるかもしれねぇ。だが、俺にはまだやることがあるんだ。
――人を守って、助けて、救って。記憶の事だって、まだ諦めちゃいねぇ。
――人選ミスってやつだ。悪いな、他を当たってくれ……仲間が。
――仲間が、呼んでるんだ。
「……ね」
「黒羽!」
ほらな。
誰か一人でも欠けたらいけないんだよ。だから俺は、“ソッチ”にはいけない。
●
黒羽が目を覚まして最初に見たのは、布で作られた簡易テントの天井だった。
「あ! 起きた!」
ぴょこっ、と視界に入ってくる少女。そうだ、彼女は――セララ。
「みんなー! 黒羽さんが起きたよー!」
「やっとか!?」
「良かった……話せるかしら。もう少し休ませた方が良い?」
ざわざわとにわかに外が騒がしくなり、次々に人が入ってくる。其の活気は黒羽には何故か新鮮で、とても心地の良いもののように思えた。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「何かを拒んでる風だったけど、何だったんだ?」
「ちょっとあなたたち、質問攻めにするのは良いけどまず水分補給!」
「大丈夫? 起きられるかい?」
身を乗り出すサンディとシラスに、ゼファーが溜息をつきながら水筒の蓋を開ける。マルベートが背を支えてくれたので、存外簡単に身を起こすことが出来た。体は……然程重くはない。さっきまでの浮遊感がわずかに残ってはいるが、直ぐに消えるだろう。
「俺は……」
「リーディングをするといって、突然倒れたのだ。何があった?」
「ゆっくりで良い。わかることだけ話してくれるかい?」
汰磨羈とリゲルが促す。黒羽は記憶を掘り起こし……
「……“原罪の呼び声”、のようなものに、会った」
「……!」
一堂に緊張が走る。
原罪の呼び声。狂気のスイッチ。其れは往々にして、魔種や其れに付随するものが振りまくもの。
「女の声で、こっちに来ないかって。こっちに来ればとっても楽しいって、……だけど俺は、其れを断って……」
「……うん。よく、帰ってきたね」
「ほら、お水。ゆっくり飲んで」
リゲルに背を撫でられ、ゼファーから水を受け取り、ゆっくりと言われたのに一気に飲み干す黒羽。そして、確信をもってこう言った。
「……この島には魔種がいる」
「だろうと思ったぜ。いるとしたら真ん中の湖だろうな」
サンディが頷く。シラスが腕組みをして、思案する。
「亡霊を抜けて行かなきゃならねえな……準備がいる」
「ねえ、やっぱり柘榴を食べた人も心配だよ……黒羽さんも目覚めたし、船に戻ろう」
「セララの意見に私も賛成よ。魔種の棲む島だもの、ただの果実だとは思えないわ」
「……」
次々と意見が出され、まとまってゆく。
まずこの簡易キャンプを片付けて船に帰る。其れから柘榴を食した人――ヴィクトールも含む――を一室に集め、様子を観察する。
船大工は2、3日はかかると言った。其の間魔種がおとなしくしてくれるとは限らない。もしものために、迎撃の準備もいるだろう。
――黒羽は其の様子をぽかん、と見つめて……ふ、と笑った。汰磨羈が首を傾げる。
「……? どうした」
「いや、……オサソイをお断りして良かったなって、思ったよ」
●
柘榴の子は、夢を見る。
愛しい人の、夢を見る。
貴方の愛しい人なら、幾らでも見せてあげる。
だから、ワタシの愛しい人になって。
そしてワタシが忘れたら、名前を呼んでほしいの。
ワタシが忘れるたびに名前を呼んで、思い出させて欲しいの。
そして貴方の愛しいを、ワタシで一杯にして……アナタが見ていた幻影を、心から蹴っ飛ばして、消しちゃうの!
アッハハハハハッ!
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
呼び声判定を出すのは初めてで、出す側のこちらが緊張してしまいました!(笑)
MVPは勇気あるあなたに。
さて、黒羽さんを呼んだのは一体誰なのでしょうか?
act.2をお楽しみに。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
ついに海洋の手は絶望の青に届こうとしています。しかし……
●!!!!注意!!!!
このシナリオは2部構成です。
今回の参加者には自動的に、次回優先参加が付与されます。
あらかじめご承知置きの程を御願い致します。
●目標
謎の島を調査せよ
●立地
何の変哲もない島……に見えます。島をぐるぐると歩く影たちさえいなければ。
柘榴の木が多く茂っており、実が美味しそうに成っています。
随伴船の船員の中には其れを食してしまった者がいますが、特に異常はなさそうです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●エネミー
???x無数
面影x1
無数の“影”が蠢いています。
貴方たちに攻撃する事はありませんが、よく耳を澄ますと後悔と懺悔、そして生者への怨嗟のつぶやきが聞こえるでしょう。
そしてよく見なくても、――貴方の目の前には、貴方が失った人によく似た面影が立っています。
何をしても構いません。ただし“一緒に行くなら覚悟が必要です”。
●
アドリブが多くなる傾向にあります。
また、今回は心情描写が多めになると思われます。
調査3:影との対話7くらいのバランスを考えております。
では、いってらっしゃい。
Tweet