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シナリオ詳細

<黒鉄のエクスギア>憧憬の墓標

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夜ごとあの日の事を夢に見る。後悔が己を縛り付けて離さない。茨のようにこの身を苛むのだ。
 だからこそ私は救わねばならなかった。取り戻す事なんて出来なかった。
 ……残酷だ。本当に残酷な夢。
 犯した罪は消えない儘。偽善を重ねても血の匂いは消えない儘。

「俺を、クラースナヤ・ズヴェズダーを、皆を――瞞しやがって!!!」

 奪って生き延びてしまったのは、


 いかないで、と手を取った。
 それは、ラウラにとっての人生一番の勇気で、人生一番の願いだった。
 ひどく寒いその夜から幾度も夜を越えて、ラウラはイヴァンを探していた。
 酷い悪夢を見た。
 街は斃され、全てが無に帰っていく。
 イヴァンが私に教えてくれた思い出諸共全てが飲み込まれていく夢。

「儀式を始めよう!」
 誰かの声だ。耳馴染みのない、不快な響きだった。
 子供達がそこに居る。縄で括られ、引き摺り倒された子供達が蹴り転がされる。
 辞めて、助けて、と叫んでる。それでも儀式は止まらなかった。
「『血潮の儀』」
 ラウラは夢を思いだす。その台詞は彼女が視た『悪い夢』と同じだったではないか。
 廃油の匂いが鼻に付く、我楽多と廃材が重なったその地下にこんな場所があっただなんて、とラウラは周囲を見回した。
 古代遺跡、と誰かが言った。その奥深くの中枢で儀式を行うのだそうだ。
 捕らえられた子供達は何人もが奥へと連れられて行く。
 もう直ぐ。
 もう直ぐ、私の順番が来てしまう。
 ラウラは唇を噛んだ。不幸ばっかりの人生だった。
 嬉しくもないギフトで見た不幸な未来。
 怖い夢だと親に語れば、彼らはその通りに死んだ。危ないと救いの手を差し伸べれば、間に合わずに廃材に友人は潰された。
 不幸の魔女だなんて、不名誉な呼び名と共に辺りからは誰も居なくなった。

 手を差し伸べてくれた貴方と共に在る未来を嘲笑う。私は今からこの命を化物に与えるのだろう。
 助けて――
 助けて――
 嗚呼、神様。力なきことは罪なのですか。


「酷い匂いだわ」
 吐き捨てた『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)は走る。
 ギルドローレットへと舞い込んだのは鉄帝近くに眠ると言われる古代遺跡、その中へとスラムより攫われた子供達を救出する事だった。
 その情報が舞い込んだのはショッケン派の動きが大きくなったからに過ぎない。
 海洋王国との第三次海戦が集結した後、国へといち早く帰還した鉄帝将校ショッケン・ハイドリヒ主導で古代遺跡に眠る兵器を手に入れるのだという。そして、強硬策に転じていた彼らの動きの中にはショッキングな事に『子供達を儀式の贄』とするというのも含まれるのだそうだ。
 古代兵器を手に入れるためには起動や操縦を担うコアルームを制圧し、その中で『エネルギー』の為に生命体を虐殺しなくてはならないという情報もキャッチされている。
「いい? 走りながら説明するわね。
 ショッケンの強硬策よ。巨大兵器を狙ってコアルームへと進軍する部隊、それから、そこへと儀式の贄の子供達を運搬する舞台に分かれているらしいの。
 子供達に関しては――非常に腹立たしい事にスラムの子供達が大多数。誰も彼もが問題にはしてこなかった」
 フランツェルが苛立ったように吐き出した。
 人の命を何と思うか、と人間らしい問い掛けを此処で吐いたところで無意味なのだろう。
「大勢の子供達の命を出来る限り救って欲しい、だなんて。非常に他人任せなご依頼を多方面から頂いたわ。
 ああ、それから――『匿名』さんから。その中には『不幸の魔女』と呼ばれたラウラという孤児の少女が混ざってる。彼女を地上の安全地帯に帰還させてほしいんだって」
 それが誰かにとっての償いにもなるとでもいうのだろうか。
「だから、私たちはコアルームへと子供たちを運搬している部隊から子供達を取り返すわ。
 こんなこと言うと、ちょっぴり莫迦らしいけれどね。一つでも多くの命を救いたいと願うのは間違いじゃないわ」
 叶うかはわからないけれど、とフランツェルは付け加えた。
 ふと、魔女は「一つ忘れて居たわ」と特異運命座標を振り返る。
「『ブラックハンズ』と呼ばれる鉄帝軍人部隊。ショッケン・ハイドリヒが所属していたそこに『赤き嵐』と呼ばれた苛烈なる女性が居たそうよ。
 進軍に苦しみ抜き兵糧の為に略奪略取を行って村一つを破滅に追いやった彼女――……『クラースナヤ・ズヴェズダー』のアナスタシアだったそうね」
 だからどうした、という訳でもなかった。
 けれどその情報は当たり前のように周囲に広がっているのだ。
 あの名門の家に生まれエリートを突き進める彼女が弱者に施しを与え節制する姿を聖女と呼んだもの皆が今は彼女を疎ましいとさえ口にした。
「……どうしてかしらね」
 フランツェルは言った。
「彼女はその過去の償いの為、きっと、施しを与えて来た。
 そんなのって出来る? 私は自信がないわ。彼女は本当に『聖女』だったのかもしれないわね」
 今になっては、もう遅い――今になっては彼女は傍にいるべき味方ももう、喪ってしまったのだから。
 彼女は単身で古代遺跡に来ている。志はきっと同じ。けれど、言葉が届くかなんて、

 嗚呼、どうして。世界には分からない事ばかりで満ち溢れてるのだろう。


「如何な犠牲を払おうとも戦わねばならぬ場面がある。子らよ、今がその時である」
『聖女』アナスタシアはそう言った。今は彼女を聖女と持て囃す者も、司祭と呼ぶ者も誰も居ない。
 償いだった。
 ショッケンという男の企みを潰える事こそが責務だった。
 あの男は略奪を厭わない。忌まわしい。しかし、私の我儘なのかもしれない。
 それでもいい。彼を止めなくてはならないのだ。子らが為に。
 神よ。
 あの夜の事は忘れた事はありません。
 それでも足りぬと言うならば、私は、理想に殉じると決めたこの体などいりません。
 もう誰も、奪わせない。
 もう誰も、私の味方でなくてもいいのだ。

 ――恐れるなかれ
 神は我らと共にあり
 我らの屍の先に聖務は成就されるであろう――

GMコメント

 夏あかねです。よろしくおねがいします。

●成功条件
 ・子供達20名以上の救出
  及び『不幸の魔女』ラウラの地上への帰還
 ・魔種の撃退
 ※『聖女』アナスタシアの生還は成功条件には含みません

●『不幸の魔女』ラウラ
 不幸の神託と呼ばれる非常に断片的な『不吉な未来』を視ることのできるギフトを所有する孤児の少女。
 クラースナヤ・ズヴェズダーが運営する孤児院で暮らしておりイヴァンという青年へと淡い恋心を抱いています。
 警戒心が強く臆病。そして頑固な少女です。誰かが不幸になることを懼れている為、特異運命座標が危険に進む事には否定的です。

●『聖女』アナスタシア
 教派「クラースナヤ・ズヴェズダー」の司教であり、元鉄帝軍人でショッケンの同輩。
 過去は『ブラックハンズ』と呼ばれる舞台で進軍時の兵糧不足により一村根こそぎ略奪を行った事がある。
 煮え切らぬ様子と過去を糾弾された事を切欠にクラースナヤ・ズヴェズダーより離反し、ショッケンの目論見阻むため古代遺跡を先行します。
 実力はそれなりですが、彼女は『コアルームでどのような事が起こっているか』を知りません。
 また、危険であれど突き進むために彼女の生還に重きを置いた場合はシナリオの難易度は跳ね上がります。

●子供達
 【A】から【F】のグループに10名ずつまでに分けられて其々が古代遺跡の中を進んでいます。
 子供達は『血潮の儀』と呼ばれる儀式の供物となる予定で引き連れられています。
 ラウラは【C】グループに含まれます。
 それぞれのグループ特色は以下

 ・【A】スラムで生まれ育った幼い少年少女が多くいます。ショッケン派の軍人2名とモンスター兵器1体です。
 ・【B】孤児院で育てられた10代そこそこの少年ばかりです。ショッケン派の軍人2名とモンスター兵器1体です。
 ・【C】孤児院で育てられた10代そこそこの少女ばかりです。穏やかな魔種1名です。
 ・【D】スラムで生まれ育った幼い少女ばかりです。嗜虐的な魔種1名です。
 ・【F】スラムで生活していた少年少女ばかりです。ショッケン派の軍人2名とモンスター兵器1体です。
 其々が別ルートを進んでいますが、子供達の声や物音などで居場所の発見は容易でしょう。

 また、古代遺跡の中にはショッケン派閥の軍人たちがコアルームを目指し進軍しているために注意と対策が必要です。

●エネミー
・ショッケン派閥鉄帝軍人
【A】【B】【F】に居ます。ショッケンに忠誠を誓う非常に狡猾な軍人たちです。
 効率重視で戦います。子供達を儀式に使用する事には何の感慨も抱きません。
 彼らが注視するのは子供達の血潮の儀への運搬>特異運命座標の打破・捕縛です。

・モンスター兵器
【A】【B】【F】に居ます。歯車などを組み合わせた人工モンスターです。
 非常に凶悪な犬タイプ。タイプ:ケルベロスと呼ばれています。ショッケン派軍人の指示に従います。
 ショッケン派軍人が居ない場合は制御が利かず、子供達を食い殺す可能性がある番犬です。

【C】『善人』のエッカルト
 穏やかに常に涙を流している魔種です。彼の善意は一人よがり。
 彼はショッケンの思想に同意しています。それ故に子供達を慈しみ愛し、儀式へと誘うようです。
「これも――そう、これも新たな可能性を開く為なのです」

【D】『嗜虐』のドロテーア
 人々を甚振り尽くす事を好む魔種です。彼女の趣向は独りよがり。
 彼女はショッケンなどどうでもよくて誰かが儀式の犠牲になるのが見たいだけです。誰かって――誰でもいいのです。
「だって、だって、痛みって生きてるって感じはしない?」

●古代遺跡
 鉄帝地下に存在すると言われる古代遺跡。その構造は非常に難解。迷路じみています。
 コアルームでは『血潮の儀』と呼ばれる儀式が行われ子供達が贄となっています。
 遺跡内部はショッケンたちがコアルームを目指しているために至る所にショッケン派軍人などが存在します。
 アナスタシアも子供達を追いながらコアルームを目指しているようです。

●同行NPC:フランツェル・ロア・ヘクセンハウス
 深緑の魔女(人間種)。なんだかんだで器用貧乏魔法使いです。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 どれを救うか。取捨選択を迫られるシナリオになるかと思います。
 どうぞ、ご決断を。

  • <黒鉄のエクスギア>憧憬の墓標Lv:20以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年01月29日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
御天道・タント(p3p006204)
きらめけ!ぼくらの
ジュリア・クロフォード(p3p007483)

サポートNPC一覧(1人)

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教

リプレイ


 立ち昇る蒸気と廃油の匂いがどろりと鼻先を覆う。廃材の隙間を覆う様にして何とか張られた布地には決して雨風を凌げやしないだろう。転がった螺子の様に部品一つどこかで違えてしまったが故に荒くれた地に飽きられた玩具のように放り出される等、赦される事ではないと『聖女』アナスタシアは言った。自身は進むべきレールが敷かれ、不自由もなく歩んでいける筈であった美しきその人は捨て置かれた塵が如き人々に施し与え、自身もまた険しい場所に身を置いた。
 だからこそ、彼女は『聖女』と称された。持て囃された。信じられた。憧れられた。
 その過去を口にするまでは。
 その忌わしき記憶を夜毎に夢に見る女の絶望の顔を目の当たりにするまでは、だ。
 人々を冒涜し、略奪し、足蹴にし、何もかもを塵へと変えた赤き嵐。赫々たる名誉と責務を理由にし、人々の尊厳を踏み躙った鉄帝国軍人。その昏き過去に蓋をして慈愛の笑みを浮かべれど、一度起こった事は消えない儘なのだから――譬え、夜毎に見た夢を擦る様に贖罪とし奉仕を行っていたとしても。石を投げられたと感じた者の二度とは取り戻せぬ泡沫の夢と刻まれた傷。
 摘発されたその日、女は投げた石を投げ返された事に気づいた。そして、己の体にもまた、隠しきれない赤き血潮の匂いと、気持ちの悪い程に沁み込んだ言い訳が拭えぬ程に存在することを知ったのだ。
 だから、逃げた。
 そして、知った。

 ――『モリブデンの地下には何かが埋まっている』
 ――『ショッケンはそれを狙っているらしい』
 彼女は聖女だった。救いの声を上げる誰かの為にその身を犠牲にしてでも進まねばならない。
 それが義務で、それが責務で、それが――償いなのだから。


「また『聖女』か」
 ぼやいた、と謂うよりも毒吐いたの方が正しいのかもしれない。『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は何かを思いだすようにそう言った。
「子供を生贄とは……ロクでもねェ……今回の依頼はマジで骨が折れそうだクソがァ!」
 腹立たしさに言葉尻が厳しくなる。地を踏み締め、モリブデンの深き大地の奥へと歩を進めるジュリア・クロフォード(p3p007483)は唇を噛み締めた。長く伸びた前髪がその瞳に被さり、僅かに感情を隠す。
「子は宝だ。どんな子だろうと、この貧しい国の未来を担える可能性がある。
 そんな子を犠牲にして得られる力など碌なものではない……! 血潮の儀、断じて許さん!」
 血潮の儀。それにより得られるものが帝国軍人ショッケンにとって『掛け替えのない物』なのだとしても、人の命の上で成り立つものに善感情など抱けるわけもない。
「全員助ける……!」
 無謀だと言われようと。最初から『諦める』事とは大きな違いがあることを『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は知っていた。迷路のように入り組んだ地下の構造は迷宮と呼ぶに相応しい。一度地下に入ってしまえば孤立無援状態になる事など予測は立って居た。
 ――だから?
「安全域で、留まってなんかられっかよ」
 アランは言う。地下の奥深くで自身の命可愛さになあなあで職務を終えることの何が勇者であるか。
 救えるだけを、と手を伸ばす事のどこに意義があるのかとアレクシアは爪が食い込むほどに掌に力を込める。悪辣な行いで万人が救われました、だなんて『都合のいい御伽噺』がこのように存在しない事を痛い程に彼女は知っていたのだから。
「命を懸けて、全員が全員の命を救うと、決めた――だから」
 希うのならば、全てを。マルク・シリング(p3p001309)は深く息を吐く。最善な未来を得るという事は途轍もない労力と犠牲を払わねばならない事位、彼も知っていた。
「行くのでしょう。ええ、魔女は手伝うわ。それが貴方達の希う事なのでしょう」
『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)の言葉にマルクは頷いた。古代遺跡の中のどこかから『ごうん、ごうん』と何かが動く音がする。
「ごうん、ごうん。脈打つようだな。まるで生き物の胎の中にでもいるようだ」
『金剛童子』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は辺りを見回した。難解な迷路に無骨な鉄筋が張り出している。人が通った形跡がいくつも存在し、泥濘に残る小さな足跡は引き摺られたかのような僅かな抵抗を残していた。
「……本当に、『食べられに行くみたい』」
 まるでコアルームという食事の場に、餌として子供達を運んでいるかのようだと『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)はあたりを見遣った。ごうん、ごうん。規則正し音は何かの鼓動の様にさえ感じられる。エクスマリアが此処を胎の中と称したならば、獣の如き迷路は自身の消化器官迄、子供を誘っているのだろうか。
「厭な気配だ。古代兵器とやらが見つかるのがあと10年も早ければ、捕らえられていたのは私達だったかもしれない、か……」
 幼き自分がこの場を引き摺られる可能性だってあった。泣けど喚けど助ける者はない。
 メートヒェンはこの国の事をよく知っている。どれだけ悪逆非道であれども、それが巡り巡って国家の為になるとすれば『上は何も言わない』だろう。『目に余れども国力となる』のだから。
「……必死に生きているスラムの人達を、民を守るべき軍人が生贄にするなんて許されることではないね。必ず皆助け出そう」
「ああ。こんなクソ下らねェ事で喪っていい物なんかある訳がない。……それに、レディ達が態々誘ってくれてるんだぜ?」
 自分が行かずに誰が行く、と『アニキ!』サンディ・カルタ(p3p000438)は心持明るく、仲間達を励ました。彼の傍らで笑った『風』。精霊は青年の軽口と、その裏に隠された覚悟を知っているのかどこか楽し気だ。
「どうにも虫が好かん理想を掲げてる事で……。いいさ。ならばそのすべてを叩きつぶすまでだ」
 ヒーローと呼ばれる万人に愛される存在に『夜刀一閃』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は為る気はなかった。悪人の掲げた『腐った理想』が彼にとっては『否定すべき事柄』であっただけだ。
「略奪が御望みなら為してやるよ――お前の企みをゼロにする事でな……!!」
 闇が大口開けたかのような深き色味を帯びたペンダントが彼のマフラーの下で揺れていた。命を護り給えと加護を受けたそれは今は度の光も返すことはない。
「レルーシュカ」
 そう、『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)を呼んだ『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)。こっそりと教えて呉れた特別な愛称を唇に乗せてタントはヴァレーリヤの手をぎゅ、と握る。
「ええ、タント」
「……大丈夫ですわ、わたくしもおりますから。もう、レルーシュカに悲しい思いはさせませんわ」
 真剣な瞳を受けて、ヴァレーリヤは笑みを浮かべた。
 ああ、神様が残酷な事など最初から知っていたではないか。ヴァレーリヤは頷く。そして、口にした。

 ――前進せよ。恐れるなかれ。主は汝らを守り給わん――


 一行は地下を進む。天井が近く感じられることからの閉塞感は何処か鬱屈とした思いさえも抱かせた。神経を尖らせ、耳を聳てるクロバは小さな歩幅の不規則な足音や子供達の声などが聞こえないかと探し続ける。
 索敵と、そして捜索を兼ねたその聴力を頼りにしながら『助けを呼ぶ誰か』を探すサンディは敵対するモンスターや特異運命座標を警戒する軍人の気配を感じ取った。
「っとに、厭になる位に配置されてるな?」
「ああ、無数の音が重なってるが『救いに来ること位分かっている』とでも言いたげな配置だな」
 無用な消耗を避けるべく魔種を目指したいとクロバが吐き出せばサンディは頷く。恐怖に震える者の『声』を頼りに一行は進む。
「待て」
 鼻をスン、と鳴らしたエクスマリアは仲間達を振り返り、物陰で息を潜めた。
 かつん、かつんと音鳴らす。それが見回りの軍人である事に気づいたアランがつくづく面倒な状況だとぼやく。
 軍人からした火薬類の匂いは目印だ。同時に、子供達はスラムで育っている以上は清潔な匂いがする訳もなく、こうした土気の匂いばかりの場所では小さな子供達の匂いは感じ取りやすい筈だ。
「スラム育ちという事が此処では役に立つな。匂いは一番の手がかりだ」
 エクスマリアは小さく呟き、じりじりと前へと進んでいく。子供の匂いがない状況で軍人らしき匂いが下ならばそれは標的とイコールではないからだ。
 数匹の鼠が古代遺跡の中を走っていく。メートヒェンとマルク、ヴァレーリヤとタント、4匹の鼠たちは別々のルートを通り周辺の捜索を行っていた。
「鼠なら『ここに居たとしても可笑しくない』からね」
 そうやって視線を送ったメートヒェンに頷く。ジュリアは息を潜めながら暗がりの遺跡内部をひた走る。4匹の鼠が分担して伝えてくる情報を繋ぎ合わせ、獣の匂いや声を判別したならば『魔種』の許へと辿り着くのは容易であった。周辺をうろつく軍人を回避して出来うる限りの消耗とタイムロスを避けることで、魔種の許へと万全な姿で辿り着けることを目指す。
「――静かに」
 クロバが言った。彼の目線を追い掛けて、アランが成程と頷く。そこに見えたのはぞろぞろと歩き続ける子供達。それを先導するのは鈍色の髪を揺らした軽装の女であった。
「キャハ」と唇から漏れだす笑み。その異質な風貌と、彼女が連れ歩く子供の様子より事前情報に挙げられていた魔種『嗜虐』のドロテーアであることが良く分かる。
 前線、クロバとアランが視線を喰った位置で斥候として立ち回っていたサンディはバイフーマントで風と同化し静かに息を潜め、そっと手にしたカードに奇襲の合図を書いた。
 此処でのんびり眺めている暇はない。頷いたはジュリア。ダマスカス・リアルを手にした彼女が後方から躍り出る。魔術と格闘を織り交ぜた独自の技を飛び込ませるはドローテア。
「デモニアが相手ではな! 出し惜しむ技は持ち合わせん!」
 紅色が靡く。振り返った魔種は「まあ!」と嗤って子供を掴み上げた。
「ッ――卑怯ですわ!」
 ジュリアの奇襲を受けてすぐに、子供を盾の様に手にしたドローテアにタントが噛み付く様な声音で言った。焦りを見せては子供達も不安がる。楽し気に笑うドローテアの手元では未だ10にも満たない子供が泣いている。
「大丈夫ですわ! このタント様が助けに来ましたもの! さあ、ヒーローの活躍を見て居てくださいまし!」
 常の通りに煌めいて、輝いて、笑みを浮かべて、そのカリスマを発揮して――
 タントの踵がかつりと鳴った。躍る様に子供達へと与えた安堵に合わせて咲き誇るは可憐な花。
(慈しみの感情は近い――けど、この魔種も見逃がせては置けないもの……!)
 『煌花の書』より茫と輝く光の中で、アキレアが花開く。戦い挑む勇気と仲間を失わせないという強き決意の花を揺らして、アレクシアは嗜虐的に笑った女の様子をじいと見た。炸裂した花の気配に女の視線が揺れ動き――アレクシアを見て、笑った。
(こっちを見た――!)
 子供より手が離れたそれを確認し、ヴァレーリヤは宣教の心得を胸にメイスを突き出した。子供達よりその女を離すように、聖句をなぞる唇は聖者の足跡を辿らせる。
「主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。
 毒の名は激情。毒の名は狂乱。どうか彼の者に一時の安息を。永き眠りのその前に」
 引き摺られるようにして、サンディがドロテーアの前へと飛び込んだ。暴風と共に、嵐神の手を借りて『風化』させんとするその気配がドロテーアの頬を割く。
「痛い」
 翳した白い指先から伸びる爪がアレクシアを切り裂いた。ステップ、1、2。リズミカルなダンスの様に、ドロテーアが攻めるその傍らで子供達が怯えた様に息潜める。
「大丈夫。みんな、少しだけ隠れて置いて。僕たちが君を助けるから」
 穏やかな声音と共にマルクは子供達を後方へと隠した。『生きて居れば儀式に仕える』とでもいうつもりか。周囲一帯に気にせぬような攻撃を行うドロテーアから庇う様にマルクはファルカウ・ローブを身に纏って癒しを送る。
 エクスマリアは顔を上げる。白い刃に黒い靴。真昼の光を湛えた刃が切り裂くは闇夜の昏き。金糸が揺れ、蒼い瞳がドロテーアを覗き込む。
「さあ――マリア達の前で『沈め』」
「厭だ、だって、だって、そんなのとっても素敵じゃない」
 ぺろりと舌が覗く。ドロテーアが飛び込まんとしたそれへとメートヒェンはメイド服を揺らしてずん、と飛び込んだ。
「素敵ですか。幼い子供を連れていてはその『素敵で楽しいイベント』も楽しめそうにないね?
 ああ……そうか、楽しむ事も放棄して鉄帝国に良いように使われているのか」
 蔑むような視線を向けて、煽り、見下し、莫迦にして。口先一つメイドの必須技能を用いたならばメートヒェンは笑みを崩さぬ儘に不沈なる自身のスカートの塵を拭う。
「遊ぼうよ? まあ、直ぐに『楽しい時間は終わる』だろうけど」
「言うじゃない言うじゃない! たーっぷり、可愛がってあげる」
 楽し気に笑った女の横面へとアランが飛び込んだ。黄金の残光煌めき、夜空の星が如くその光は周囲へと広がった。
「クソ魔種が……! グダグダ言ってねぇでさっさと死ねコラァ!」
 自身のアドレナリンが爆発する。その身体を駆り立てるものがある。
 アランは剣を構え、踏み込み、そして放つ。大地を割らんと踏み込む両脚の骨が軋みを上げて臓を穿つ。
「ッ――」
 紅色の炎が間へと滑り込む。十字の意匠を刻んだ白銀剣と雷の波紋が美しき陽光の煌めき思わす残光に照らされる。クロバは黒髪靡かせる。間合いに入った刹那に爆炎と剣戟の嵐が飛び込んだ。
「やだ、性急な男は、嫌われるわ」
「――言ってろ」
 噛み付く様に、剣修羅が刃を振り上げた。
「下らない会話を交わしてる暇はない。虐げられるのがお好みならそうしてやるよ――尤も最後は、死で支払ってもらうがな!」
 地面、蹴った。ドロテーアの爪先がメートヒェンを切り裂けばその深さに赤が散る。
 錆鉄の匂いが鼻先擽りクロバがそれを追い掛けた。
「知ってるかしら? サディストって言うのは他人を楽しませる。
 そう、つまりはエンターテイメントなのよ。貴方って、性急に女を求めるばかりお忘れじゃなくって?」
「そもそも、女だ男だ関係ないだろ。デモニアかそうじゃないか。
 つまりお前に与えられるのは選択肢ですらない。死ね」
 吐き捨てたアランを覗き込むドロテーアの鈍色の髪が揺れる。光を帯びれば金にも銀にも見えたそれが一房落ちる。
 10人と1人。デモニアが強敵であれど万全に対策をしてきたイレギュラーズは差し込まれる様な隙も無い。
 流れるようなその髪の隙間に紅が差し込まれる。そして、その身体が揺らいだ。
 その様子を見せまいとマルクはそっと子供達を抱き締めた。
「お兄さん、ぼくたちは……」
「大丈夫、絶対に、地上(もとのばしょ)へ戻すから」


「よくぞ頑張った! ここから先、君たちの危険は、私が撃滅すると約束する!」
 頭を撫でたジュリアに子供達はほっと胸を撫で下ろした。尊大に格好つけて見せた彼女へとマルクは頷く。
「ここからは僕たちが君達を護衛するから」
 マルクは鼠を別動隊へと手渡して、子供達を振り返る。
「フランツェルさんも護衛としてよろしくね」
「ええ。子供は宝だもの。しっかりと守らせて貰うわ」
 桃色がかる金の髪を揺らした魔女はマルクに堂々と頷いた。自身を剣としてでも盾としてでも自由に使って欲しいと胸に手を当て堂々たる仕草で伝えてくるフランツェルにマルクは頷く。
「それでは、子供達の安全を心がけて進みましょう――無理は禁物です」
「ああ。……それでは行くぞ」
 子供達を連れ、ジュリアは息を潜める。その前を行くクロバは耳を聳て声を探した。求めるのは魔種と、そして、未だこの遺跡の中を歩いているラウラを始めとする子供達だ。
(データでは『E』に分類されるグループが抜けていたが……何かあるのか?)
 6グループに分けて進む子供達の中でも気になるのは情報が穴抜けになっていた部分である。
 そのことを口にした彼に対して、ヴァレーリヤは「ラウラの予知が関わるのかもしれませんわね」と呟いた。
「予知か、予知。そうだな、ヴァレーリヤはラウラについて知っているんだろう?」
「ええ、彼女はクラースナヤ・ズヴェズダーの孤児院に居りますもの。
 彼女の予知は正確には『不幸の神託』、これから起こる不幸な出来事を断片的に見ることができるのです」
 それ故に彼女は全てを止める事は出来ない。
 例えば、この赤き儀については彼女は断片的に見ていた。そして帝都が何かに飲まれるという場面さえも――
 それと同じだ。『彼女が見た血潮の儀の状況がEと分類される子供達の未来』だとするならば?
「……優先して探せば避けられるかもしれないが、一番避けるべきはラウラがその未来を『直接見る』事だ」
「うん。アナスタシア殿の保護も必要だから……急いでラウラと魔種を見つけよう」
 ずんずんと進むメートヒェン。子供を攫う犯罪者を討伐するべく彼女は休んだ跡や足跡の痕跡を調べ続ける。
 前行くサンディは仲間達の手がかりを耳にしてから、くい、と指先を追った。
「いたぜ、魔種だ」
「……ラウラ様も居りますわね。さあ、参りましょう」
 サンディの言葉にタントは頷く。不安げにぞろぞろと歩き続ける子供達を見てタントの胸がきゅ、と痛んだ。
 地面を踏み締めて狂気を揺らす。エクスマリアが至近距離に詰めたは『善人』のエッカルト。
 涙を流した灰色の髪の男から放たれる魔力を受け止めたメートヒェンが小さく息を飲む。
(強い――!)
 髪が流れる。足に力を入れて、エッカルトを挑発するメートヒェンを支援するようにアレクシアの花が咲く。
「どうして邪魔するのですか」
「それはこっちのセリフだよ――!」
 泣きながらエッカルトはアレクシアを睨みつけた。彼はこの先に未来がある筈なのだと綺麗事を並べる。
 その声に混じるように聞こえる軍靴の音にジュリアとマルクは子供達を護る様に物陰に姿を隠す。
(出来るだけ静かに)
 ジュリアが子供達に告げれば不安げな顔をした子供はぎゅっと彼女の服へとしがみ付く。
 先ほどまで笑みを浮かべて微笑んでくれていたタントが前線で戦っている様子を見詰め「お姉ちゃんたちは大丈夫?」と子供は訊いた。
「……大丈夫だ。さっきの相手も倒しただろう」
 ジュリアの声に子供は頷く。マルクは守らなければならないと決意を滾らせ、仲間達の戦闘を見つめていた。
 クロバとエッカルトの視線が勝ち合う。衝撃と共に押し込んだヴァレーリヤはデモニアに対して8人で挑めたことに安堵するように胸をなでおろす。
(もしも班分けして居れば――!)
 癒しを送り、8人で連携し続ける。サンディが風の様に魔力を伴い飛び込み、その背後からアランが一気に切りつける。
 エッカルトから放たれた魔力撃にその身を壁へと打ち付けたメートヒェン。狭い場所での戦闘は中々に骨が折れるとエクスマリアが小さく呻く。
「ねえ、駄目――!」
「ラウラ、と言ったか。見て居ろ」
 エクスマリアの青い瞳が魔力を帯びる。ラウラの不安げな声を聴きながら、エクスマリアはその身を動かし飛び込んだ。
 デモニアが倒れ、子供達が涙を浮かべ混乱を口にすることをジュリア、マルク、そしてタントが宥める。
 こうした戦いとは無縁の子供達だ。護衛として子供達を庇い周辺警戒をするジュリアとマルク、フランツェルは戦力として数えないとすれば強敵デモニアとの戦いでの疲弊は僅かに出てきている。
 ラウラはそれをよく理解していた。
「……もう、戻ろう。『これ以上』は無理だよ」
「それは予知?」
 メートヒェンが聞けばラウラの表情は硬くなる。サンディは彼女がイレギュラーズを心配しているという事に気付いた。
「予知――でも、此処で退く訳にはいかないだろ? 俺が君を護衛して地上に上がってみろよ。
 其処に居るレディ達はずんずん奥へ進んでってしまう。人手は大いに越したことがない、だろ?」
「けれど、もう、みんな疲れてるでしょう? 怖い事が沢山あったはずだもの」
 震える声音でそう言ったラウラにアランはアニキカゼを吹かせ頬を掻いた。
「……ここに集まったのはイレギュラーズん中でも精鋭揃いだ。
 そんな俺らが子供を生贄にするような卑怯な奴らに負けるもんかよ。まぁ、見とけよ。……勇者(オレ)達の戦いをよ」
 それから――彼らは班を分ける。護衛、そして探索に二班。
 マルクに背を撫でられて落ち着いたラウラはアランへと言った。
「怖い物と、出会わないでね」
「怖い物?」
 アランが繰り返し、アレクシアは「怖い物」と再度口にする。
「そう、早いの。早く進んでいって、赤い血が沢山溢れている――あれは、何だろう……?」
 何もかもが分からない。断片的では未来を変えることすらできない。
 ラウラは言った。死なないで、と。
「こんなとこで死んで堪るかよ。いくぜ、ラウラ。……さっさと『阿呆』をぶん殴らないといけない」
 クロバの言葉にラウラは頷いた。ジュリアが後ろへ、と告げて下がったラウラの表情は暗い。
「浮かない顔ね?」
「……『歯車の城』」
「え?」
「――沢山を飲むの」
 フランツェルとジュリアは顔を見合わせる。ラウラはそれ以上は分からないと首を振った。


 班に分かれ、タントとアレクシア、エクスマリア、アランは暗がりを進む。
 クロバ、サンディ、メートヒェンとヴァレーリヤはその背後にジュリアとマルク、フランツェルと子供達を連れて別ルートを辿っているだろう。
 後方からの不意を突かれぬようにと進むアレクシアは様々な感情を感じることができるとゆっくりとゆっくりと歩み続ける。
(たくさんの感情は別動隊が無事だって安心できるけど……何か、恐怖と入り混じった不思議な感情が……?)
 それが情報にない子供達か、それとも――
「アナスタシア様!?」
 タントはその背中に声をかけた。魔種との戦闘での疲弊と班分けによる行動で多くは望めない状況ではあるが探し求めていた存在に出会えたことにほっと胸を撫で降ろす。
「……誰だ」
 厳しい声音が返される。イレギュラーズであると告げたアランにアナスタシアは訝しげな表情を見せた。
「どうして、ここにイレギュラーズが?」
「子供達の一大事だって聞いてきた。スラムの様子を見かねた依頼人からの仕事の受諾も済んでる。
 俺たちも子供達を助けてェとは思ってる……お前にとって、俺たちは利用するには絶好のカモじゃねぇか?」
「―――……そう、だな」
 すぐ様にアナスタシアと邂逅した事を伝えねばとタントはファミリアーの鼠をヴァレーリヤの許へと走らせた。
 エクスマリアはその様子を只、見つめている。
 彼女は迷っている。アレクシアはその迷いをしっかりと感じていた。
「しかし、私の贖罪は私が成し得る事だ。皆を巻き込むわけには――」
「マリアにとっては、お前の過去の罪より、今が遥かに重要、だ。
 お前の言葉、力、知識、意思。全て使って、子供達を救う助力を、求む。ただし、命は、捨てるな。
 贖罪がしたいなら、生きて果てるまで、足掻きながら、贖い続けろ」
 ぐ、と息を飲んだアナスタシアはアレクシアとタントが『敵が近い』と告げた言葉に頷いた。
 軍靴の音が聞こえる。周辺を歩き回っていた軍人が物音で駆け付けたのだろう。
 戦闘せぬわけにもいかないとアランは畜生と呻いた。
「お前ら自分が何してるかわかってんのかバカ野郎が!」
「上長の命令に従うのが軍人だろう!」
 銃弾が飛び出した。それを避けるエクスマリアの背後で全てを受け止めんとアレクシアがぐんぐんと前線へと飛び出した。
 支えるタントの癒しと共に、アナスタシアとアランは軍人を制圧する。
(『聖女』というよりも戦いぶりは『赤き嵐』と呼ばれる軍人か)
 彼らを制圧した後、その向こうに子供達の気配を感じて走り出す。
 モンスター兵器は強く、軍人とて脅威であることがこの戦闘からも分かる。
 タントは自身の両肩には子供達だけではなく仲間の命も背負っているのだと、息を飲んだ。

 ――――
 ――
 モンスター兵器と相対しながらヴァレーリヤはアナスタシア保護の一報を聞いた。
 4人での戦闘は中々に骨が折れる。牙を剥きイレギュラーズに襲い来るモンスター兵器の背後から軍人の援護射撃が飛び込んでくる。
 子供達を奪われては仕方がないという認識なのだろう。暴れる事はモンスター兵器に任せているが彼らとて強い。
(取捨選択、か。確かにオーダーを遂行するだけならラウラと子供達を規定数救ってから離脱すればいいんだろう――がッ)
 クロバが刃を振り翳す。物音で近づく軍靴を避ける様に物陰や馬車、騎乗生物に乗った子供達を隠した護衛班の支援は余りに見込めない。
 モンスター兵器を倒し、数人の子供達と共に一度の離脱を行ったという別動隊の情報を得ながらもメートヒェンは伝う汗を拭う。
「確かに、強敵だね。モンスター兵器何て銘打ってるけどその技術だけでも脅威だよ」
 ふと、メートヒェンが顔を上げ、サンディが頷く。振り向いた彼のその視線の意味に気付きジュリアが立ちあがった。
「ちょこまかと――! 戦場の狂気に呑まれたか! お前の最初の願いはなんだ! 思い出せ、下賤な欲より先にあった、輝く夢を」
「我らは武を誇りたいんだ!」
 堂々と告げた彼らの声を聴きながらマルクは子供達を庇い癒しを送る。
「フランツェルさん!」
「ええ、ええ。護りながら戦うのは難しいわね。任せて。マルクさんの盾となるわ」
 魔力を放つフランツェルと共にジュリアが制圧し続ける。罠であり砦であると声を張り上げて戦い続ける。
 その背後より飛び込んだのは赤き魔力。アナスタシアの一撃である事に気付き丸くは別動隊との合流が果たされた事に気づいた。
 ほっと胸を撫で下ろし、体力の削れる仲間達をサポートするように軍人への先頭へと加わる。
 狂気的に、盲目的に、軍人が戦い続ける其れを退け子供達の保護を行えど、連戦状態ではイレギュラーズ達も限界が近づいている。
 もう少し、と願えど、彼らが決めた撤退条件に触れている事は確かだ。30人の子供達の不安げな顔を見ながら、タントは息を飲む。
「アナスタシア様……? 私たちはこれから撤退を行います。よろしいですか?」
 ご一緒に、と差し伸べる手を取らぬ聖女の様子をタントはまじまじと見つめていた。
「行く、つもりか。味方なんて自分が気付いていないだけで探せばいるもんだぞ。
 ……少なくともショッケンの目的を潰すという目的なら、俺も同じだからな」
 ふらつく脚に力を込めてクロバは言った。アナスタシアはその言葉を聞いて居た。
 金の髪に横顔が隠される。
 サンディは「行くなら俺も、と言いたいが……レディをエスコートする事も出来ないな」とアナスタシアを見遣る。
 だから、此処は共に来て欲しいと差し伸べた手を、アナスタシアは取る事はしない。
「ねえ、どうするつもりなの?」
 アナスタシアを見るアレクシアの瞳が揺れている。
 深き湖を思わせる思考の瞳には感情がむき出しになり、苦し気な色味さえ帯びていた。
「あなたが死ねば、あなたを慕っている人から笑顔を奪うことになる」
「そんな者は――」
「いないなんて言わせない! 生半可なことで『聖女』なんて呼ばれるもんか!
 貴女は聖女で、司祭で、誰かの……大切な人、でしょう?」
 慈愛の笑みも、施しも。それが贖罪だけの意味ではなかったはずだとアレクシアは唇を噛んだ。
 横顔が隠されてる。前へと進んで、手を広げる。腕を上げるの辛く感じた。
「……奪わせない。絶対にだ!」
 皆と一緒に帰るのだとメートヒェンも言っていた。
 アレクシアをじい、と見つめたアナスタシアの瞳は揺らいでいた。
「司祭様! お気持ちは痛いほど分かります。私も同じ気持ちですもの
 ですが、私達がここで向かって助けられるのですか? 多勢に無勢、結果は見えていますわ!」
 ヴァレーリヤは声を張り上げる。そして、アレクシアと同じ様に行く手を遮った。
 一人、コアルームへと向かわんとするその細い体に震えた声音を只、張り上げて。
「司祭様……いいえ、アナスタシア様。
 ここで貴女一人死んだところで何になりますの! そんなのただ逃げているだけですわ!」
 ごうん、ごうんと音が聞こえる。
 暫しの静寂の後、くすりと小さな笑みが浮かんだ。
 完全撤退を行う事となったイレギュラーズ達を見ているアナスタシアの笑みは、ただ、美しい。
「ヴァレーリヤ」
「アナスタシア様……ッ、本当に罪を償うというのならば、理想に身を捧げるというのならば、今は生き延びて下さいまし!
 私達には貴女が必要なのです。理想を実現する為にも、この子達を救う為にも」
「いいや、全てを救うなら儀式を止めた方がいいだろう? それに、きっとそれには命を賭さねばならない」
「いいえ、いいえ! 分かるでしょう? 既に私達は満身創痍。
 この子達を守りながら脱出する為の戦力すら失いつつあります。貴女の助けが必要なのです」
 張り上げた声が、金切る様に響く。喉が痛い、溶けた鉄でも飲まされたかのように喉が焼けて、胸の奥底に何か嫌なものが落ちていく感覚にすら陥った。
 ヴァレーリヤ、と柔らかな声が降る。降った。正確には、満身創痍であったアレクシアを退け、ヴァレーリヤの傍らに立って居た。
「神学校でお前と共に悩んだ日々が懐かしい。再会した日、私の苦悩を分かち合ってくれたあの日が愛おしい」
「ええ、ええ、ならば……此処は、共に行きましょう。ナーシャ様……シスターナーシャ……。
『妹』の願いを聞いてくださいませ。これ以上、残酷な夢に囚われないで下さいませ」
 箱庭の、神学校の中でだけのひそやかな関係だった。指導者と後輩。
 だからこそ、自身の悔恨を、嘆きを、理想を彼女に教えることができた。
 だからこそ――これ程までに、搔き乱される。
 決意を、希うと縋る未来を。
「行きましょう、ナーシャ様!」
 白い指先が、交わって、
 遠ざかった。
「――ナーシャ様!」

 ――如何な犠牲を払おうとも戦わねばならぬ場面がある。
 子らよ、今がその時である。我らの主を疑うなかれ。
 信を持ちて進み凶暴な敵に当たれ。恐れるなかれ。
 神は我らと共にあり。我らの屍の先に聖務は成就されるであろう――

「ヴャリューシャ」
 唇が動いた。たったの五文字。
 ああ、そんな。こんな、距離じゃその声も聞こえない。

 いやだ、と叫ぶ声だけが響いた。行こうと、ヴァレーリヤの手を握りしめてタントは走る。
 唇を噛み締めて。光の許へ、光の許へ。
 深き闇へと向かう聖女は目の前に立って居た軍人と刃を交えていた。
 それが『イレギュラーズ』を逃がすためなのであると気付き走る足を止めるわけにはいかなかった。

「君の悪夢を教えてくれ。今までは変わらなかったかもしれないが、今日はそれを変えに来たんだ」
 ジュリアはラウラの泥に濡れた頬を拭う。涙を溢れさせたその瞳がジュリアを見る。
「変わる未来(あした)で、目覚めてみないか?」
 寝て、醒めて――目を明けて。絶望するのだ。

 今日も、私は『私だった』――


 コアルームの扉を開け放つ。
 俯いた儘のアナスタシアの体はもう、襤褸のようであった。
 息苦しい。
 独りは厭だ。
 魔種に、軍人に、彼らが出来る限りを尽くしたこと位分かっていた。
 共にと乞うてくれたあの声が嬉しかった。
 共にと伸ばしてくれたあの指先が嬉しかった。
「……皆は、救済を求めていた。それができずに何が聖女か。
 彼らの努力と、希う先の為に――」
 息苦しい。
 独りは厭だ。
 虚ろに見えた視界に、紅色が広がった。べちゃり、と嫌な音がする。

「遅いご到着で、『聖女』?」

 誰かの声がして、顔を上げた時、アナスタシアの喉から引きつった声が飛び出した。
 一面の赤の中、蠢く物がある。『ソレ』が何かは分からない。
 頭の中を直に掻き混ぜられる。
『視』た。
 確かに、しっかりと、はっきりと否定することもできない程に。

「――――――――!」

 喉の奥から漏れた言葉の意味なんて、もう、分からない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
アラン・アークライト(p3p000365)[重傷]
太陽の勇者
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)[重傷]
メイドロボ騎士
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
大樹の精霊
ジュリア・クロフォード(p3p007483)[重傷]

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 とても意地悪なオープニングでした。命の救済に順序とそれに伴う取捨選択を強いるという『意地悪』を皆さんは真っ向から受けてくださいました。
 それは、とてもやさしく素晴らしく、そして勇敢です。救うことができた数は私の想定以上でした。

 それでは、またお会い致しましょう。

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