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シナリオ詳細

<第三次グレイス・ヌレ海戦>吼える鋼鉄艦

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●鋼鉄の船
「戦いにはならないでしょう」
 イレギュラーズを護衛を頼んだ老船長が、穏やかな表情で目を細めた。
「このまま戦えば我等が不利です」
 左舷に向かい遠くを見る。
 研がれたばかりの刃を連想させる細長い船が、20人近くの逞しい軍人を乗せこちらを伺っていた。
「……いい男達を揃えている」
 数十年海で生きてきた老船長には自負がある。
 ホームグランドであるこの海で戦えば数倍の敵が相手でも負けるつもりはない。
 しかし被害が大き過ぎる戦いを避ける分別も身につけている。
「見て下さい、あれだけ大きな砲弾を運んでいるのに安定しているでしょう。しかも左右に対する警戒も十分だ」
 船長の言葉を聞いて、この船の船員も左右を気にする様になる。
「鉄帝は兵器だけの国と思っていましたが、この年になってこれほどの強敵と戦えるとは」
 表情は好々爺だが目に浮かぶ光は修羅そのものだ。
 老船長は次の戦いのために転進を命じようとして、僚船が逆側に進路変更したのに気付く。
「野郎耄碌したか」
 素の口調が出た。
 自船に戦闘準備を命じ、イレギュラーズに対しては参戦を丁寧に頼む。
「新型の大砲なら鉄帝の鋼鉄艦をぶち抜けるとでも思ったか? 敵の実力を見抜けないほど鈍ったかよ」
 怒りよりも、長年のライバル兼相棒の判断ミスを悲しむ気配が強い。
 帆が上がり風を捉える。
 僚船との距離が短くなっていく。だが戦闘開始には間に合わない。
「船長、敵船が」
 小型の鋼鉄艦が砲撃するより早く僚船が前装式の大砲で砲撃を開始。
 鋼鉄艦の右と左に水柱が生じる。最後の砲弾が先取の近くに直撃しわずかに凹ませる。
 僚船が歓声に満たされる。
 傷を負った軍人が2人、遮蔽物の陰に運ばれ手当てされる。
 ずん、と腹に響く砲声がここまで聞こえた。
 鋼鉄艦の艦首砲が僚船のマストを狙い、根元をへし折って帆ごと海へ落下させる。
 鉄帝の攻勢は止まらない。
 ワイヤーをつけたかぎ爪を僚船の甲板端に打ち込み、海に落ちることも恐れず、ナイフと拳銃と軍服だけを身につけ僚船舷側を這い上がる。
「糞が、白兵戦への備えが甘過ぎる」
 船乗りとしての腕は僚船の方が上だ。
 しかし個々の強さも指揮官の質も鋼鉄艦が上。何より士気が違い過ぎる。
「もっと左に寄せろ。鋼鉄艦にぶつける寸前まで近づけ時間を稼ぐ」
「了解!」
 老船長は厳しい顔で船員にうなずきイレギュラーズに向き直る。
「僚船はもちません」
 丁度今、老船長と同世代の船長が致命傷を負った。
 鋼鉄艦からの砲撃により僚船の喫水線の下に穴が開く。
「この船は意地でも守ります。救助に必要ですから。皆さんは、鋼鉄艦を攻めて撤退を決断する程度のダメージを与えて欲しい」
 鋼鉄艦は凄まじく頑丈で、その乗組員は練度が高い。
 撃退するだけでも、非常な困難が予想された。

●事情説明
「基本はいつもと同じなのです」
 鋼鉄艦相手の戦いが始まる数日前。
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、護衛対象と出向く海域についての資料をテーブルに広げた。
「船と船乗りさんを守るのが依頼で、鉄帝と戦うときは普通に戦って大丈夫なのです」
 戦闘でなら殺しても沈めても良い。
 必要のない残虐行為、例えば必要もないのに惨たらしく殺すなどということをすれば問題になるが、それ以外の条件は通常通りだ。
「それは相手も同じなのです」
 国益がかかった軍事作戦なので鉄帝も必死だ。
「今回戦うかもしれないのはこの船です」
 子供が描いたような船の絵と、隊長の名前すら分からないリスト渡される。
 実戦的な設計の船と、少ない情報だけでも精鋭と分かる部隊だ。
「訓練にすごくお金と時間がかかっていると思うので、たぶん半分くらい負傷すると撤退するのです」
 この依頼で関わるのは戦争の極一部だ。
 船1隻が勝っても負けても国益が大きく損なわれるという展開にはならないので、ある程度ダメージを与えれば鋼鉄艦も撤退するはずだ。
「きっと凄く強いのです。戦うときは注意して欲しいのです」
 ユリーカは、イレギュラーズを案じて強く念を押していた。

GMコメント

 小型鋼鉄艦が中型木造船(僚船)を制圧しかかっている所に、イレギュラーズを乗せた船が殴り込み戦闘開始です。
 中型木造船は士気が崩壊し、甲板には怯えた船員ばかりがいます。

●目標
 鋼鉄艦の撃退。
 撃沈や制圧でも依頼成功になりますが、それを目指すと鋼鉄艦の全力がイレギュラーズに向きますので難易度が急上昇します。

●戦場
 1文字縦横10メートル。現地到着時点の状況。上が北。晴れ。微風
 abcdefghijk
1□□□□□□□□□□□
2□僚□□□□□□□□□
3□僚□□□□■■■■□
4□僚鉄□□□□□□□□
5□僚鉄□□□□□□□□
6□□鉄□□□□□□□□
7□□□□□□□□□□□

□:海。海流は無視できる程度。
僚:僚船。船首はb2。帆の半分と船長を失い漂流中。軍人9人が戦闘中。
鉄:鋼鉄艦。船首はc4。停止しているだけでいつでも移動可能。軍人10人が待機中。
■:イレギュラーズが乗る船。船首はg3。毎ターン西に20メートル移動するか、静止します。砲なし。


●敵
『艦首砲』×1
 最新式でも高級装備でもありませんが、実戦経験が反映された実用品です。
 後装砲で軍人1人で使用可能。
 狙えるのは左右それぞれ30度まで。
 1度使用した後は再装填作業が必要で2ターンかかります。
 非常に頑丈な砲ですので、破壊を目指す場合は数人がかりで集中攻撃する必要があるかもしれません。
 戦闘開始時点で装填済み。
 タイプは、【物】【超遠】【単】【万能】。威力は要注意。

『軍人』×18
 海上戦闘の訓練を受けた鉄帝軍人達です。
 「イレギューラズかっ。相手にとって不足無し!」なノリです。
 基本的に軽装で、銃は最大でも中型拳銃、刃物は最大でもコンバットナイフです。
 銃のタイプの平均は【物】【近】【単】。
 刃物については様々で、基本は【物】【至】【単】ですが、足止め系の状態異常の技や、【近】【範】の技を使う者も少数います。

『軍人(医)』×1
 特に筋骨逞しいですが剣技は苦手です。
 あくまで医者であり、短時間で治癒するような術は使えません。
 服装は他の軍人と同じですが、包帯や薬品を大量に携帯しているので判別は容易です。

 最初は僚船の制圧を重視しています。
 指揮官はいますが、指揮官が指揮不能になると次々に指揮を引き継ぎ戦闘を継続します。
 10名が戦闘不能になると撤退を決断し、撤退中は邪魔されない限りイレギュラーズを攻撃しません。
 かぎ爪付きワイヤーは、全て中型船に放置されています。

●他
『僚船船員』×43
 僚船の生き残り。士気が崩壊しているため、防戦しか出来ません。
 装備は曲刀と、極少数が拳銃。

『老船長とその部下』×あわせて29
 イレギュラーズの指示には可能な限り従おうとしますが、イレギュラーズが危なくなれば制止されても助けに来ます。
 個々の練度と装備は僚船船員と同程度です。
 鋼鉄艦が撤退すれば、僚船船員の救助や、可能なら僚船の曳航を行います。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●重要な備考
<第三次グレイス・ヌレ海戦>ではイレギュラーズ個人毎に特別な『海洋王国事業貢献値』を追加カウントします。
 この貢献値は参加関連シナリオの結果、キャラクターの活躍等により変動し、高い数字を持つキャラクターは外洋進出時に役割を受ける場合がある、優先シナリオが設定される可能性がある等、特別な結果を受ける可能性があります。『海洋王国事業貢献値』の状況は特設ページで公開されます。
 尚、『海洋王国事業貢献値』のシナリオ追加は今回が最後となります。(別途クエスト・海洋名声ボーナスの最終加算があります)

  • <第三次グレイス・ヌレ海戦>吼える鋼鉄艦完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年01月02日 22時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)
夢為天鳴

リプレイ

●海種
 船員の悲鳴も、海水の中では小さくしか聞こえない。
 『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は、すらりと長い下半身を優雅に振った。
 海の中は彼女達海種の領域だ。
 鋼鉄艦の砲では狙えぬ場所だけを通り、一方的な戦いが続く木造船へ近づいた。
「鉄帝のやり方は生け好かん」
 『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が、武装したまま立ち泳ぎで舷側へ迫る。地上の生き物はずなのに非常に滑らかだ。
 ノリアは気配で味方の位置を探り、目を向けずに小さくうなずいた。
「ディープシー!」
 甲板から野太い声が響く。
 木造船船長を斬り捨てるときも眉一つ動かさなかった強者が、微かな水音に気付いた時点で顔色を変え喉が裂けかねない大声を出したのだ。
「雑魚共は俺に任せろッ」
 声の主を1人残し、残して8人の足音が舷側に急接近。
 凍り付く体の痛みを気にもせず、一騎当千の勇者を見る目をノリアのみに向けた。
「あら」
 ノリアの儚い顔立ちに微かな戸惑いが。
 長く透き通った綺麗な尾の筋肉が、魔力か暴力か判断し辛い力を膨大に生み出す。
「撃てェ!」
 銃声が重なって聞こえた。
 平均的イレギュラーズ数人分の守りが瞬く間に食い破られ、海水に触れ続けても崩れぬ頬に薄らと傷がついた。
「やはり、ディープシーの精鋭ェッ」
 言葉が不自然に途切れる。
 軍人達の上半身が不自然に揺れる。
 直前に撃った弾より小さな傷が体に生じ、そこから流れる血が軍服を赤黒く染める。
「わたしは、打たれ強さだけなら、特級品ですの……」
 ここまで脅威に思われているとは思いませんでしたけどと内心つぶやきながら、魔力を自己回復にあてつつ銃弾の届かぬ海底へ潜っていった。
 レイチェルは木造船の碇を掴み、甲板を思い切り蹴りつけ自身の体を海面から宙へと跳ばす。
 視界が舷側から甲板に切り替わる。
 心折られた海洋の兵数十名が、1人の剣使い軍人相手に命乞いをしているのが見えた。
「……もう誰一人殺らせねぇ、屑鉄野郎め」
 剣使いの気配は凄まじい。
 背中から撃ち抜いても倒しきれぬと一瞬で判断し、多少体格が良いだけで他に変わらぬよう見える軍人を狙う。
「いかんッ、先生ェ!」
 薙ぎ払いで10人船員を殺せるはずの男が強引に方向転換してこちらへ駆けてくる。
 血の鞭に肩を抉られた軍医から銃をとりあげ、他の全てを無視して応急処置にとりかかる。
 練度は高くても治癒術を持たない彼等にとって、軍医の命は鋼鉄艦に匹敵する程重い。
「よくやってくれた」
 軍医の存在と位置を知らせてくれた海鳥へ礼を言う。
 7人と7つの銃口を見据えると、軍人達の警戒心が強くなる。
「イレギュラーズ相手に油断するなッ!」
 問答無用で発砲しない時点で油断だ。
 レイチェルは腕輪に意識を裂くことで右半身の疼きを抑え、軍人と軍人の隙間を突破しながら指先に業火を生み出す。
「戦う気がないなら下がれ。巻き込むぞ」
 船員へ警告する。
 陽光降り注ぐ甲板が一瞬暗くなる。
「衝撃に備えろッ」
 木造船の船首を覆い隠す大きさの爆炎が、軍人達の肌と髪を焼いた。
「他にもいるはずだ、おそらく別のイレギュラーズが援護をッ」
「私の初撃に気付かないとはね」
 人間にしか見えない何かが甲板を素通りして上がってくる。
 『『知識』の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)だ。
 軍人は2班に分かれて素早く対応するが、1対7と2対7では戦況が全く異なる。
「さて、どれくらい斬れるかな?」
 刃を思わせる強靱な腕に力が籠もる。
 炎と破滅を纏った魔剣と重なって見え、力が解放される瞬間には剣として力を振るう。
「退ッ」
 斬撃と表現するにはあまりに大きく、そして鮮烈過ぎる力が甲板を抉る。
 甲板の切れ目は一直線に伸び、避け損なった軍人の肌を軍服ごと切り裂いた。
「レイチェル!」
 1対1で勝てるのは確実でも、1対1で戦いが成り立つ程度には強い7人が相手だ。
 2人が指示も返事もなく完璧な連携を見せても、五分と五分が精一杯だった。
 言うまでも無く、足手まといの数十名が最大の原因だ。
「船尾に新たな艦影っ?」
 これまで何度も悲鳴を上げていた船員の声が響く。
 声に滲んだ恐怖も焦りも本物にしか聞こえず、血を流しながら戦う軍人のいくらかが船尾の方向を向いて、小声でぶつぶつ言うことしか出来ない船員に気付く。
 声はこの船員はずだがこの船員ではない。『その手に詩篇を』アリア・テリア(p3p007129)の演技力とギフトによる完璧な罠だった。
「痛くはないけど、狂うから気を付けてね、その光」
 精霊と言われても納得する気配があるのに、どこまでも地に足がついた声が警戒を促した。
 光が目に届く。
 禍々しいのにどうしようもなく魅力的で、捕らわれれば破滅と分かっているのに目を離せない。
「意識を保てッ、敵は目の前に」
 直撃したのに意識を保っている。
 だが足は震え、直前までの精妙な動きは失われている。
「私は知っている。友軍が死にもせず、悶え苦しむ様を見させられることで、どんな興奮状態にある敵も士気が下がるということを」
 アリアが帆柱の陰から現れる。
 即座に対応を、せめて牽制する必要があるのに軍人達は目の前の戦いで手一杯だ。
 魔性の光による肉体的ダメージは皆無。
 けれど心の傷は深いだけでなく傷口がぐずぐずで、回復には時間がかかりそうだ。
「国同士の利権の奪い合い……それだけ、じゃないと思うけどなあ」
 アリアは怯え竦む船員と戦闘力を維持している軍人を見比べつつ、新たな術を手元で組み立てる。
 船員の心は折れている。
 対照的に軍人は強固に見えるが人間である以上限界はある。
「あの人」
 眼球の動きから内心を察する。
 体術も銃の狙いも素晴らしい1人だけを標的に、手元で生じさせた衝撃波を一点に集中した。
 軍人風に飛ばされても見事な受け身をとり、立ち上がろうとして何故か手足が動かない。
「無理に動こうとすると回復が出来……回復が遅れますよ」
 今回戦う理由はあるが、止めを刺す理由はない。
 アリアはシグ達と協力して、1つの船上の戦いを少しずつ有利にしていくのだった。

●砲戦
 木造船救援の戦いが始まった頃、鋼の船を相手にした戦いはまだ始まっていなかった。
「減速を」
 『未知の語り部』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)の指示に従い帆が下ろされ減速のための道具が海へ放り込まれた。
 イレギュラー達にように急加速急停止など夢のまた夢で、鋼鉄艦の射程に入る寸前でなんとか停止する。
「流石は鉄帝」
 海に漂う木片を目視し、ウィリアムは予め考えていた作戦に変更を加える。
「木造とはいえ、帆船を一撃で航行不能にするとはね」
 艦首砲担当の軍人が舌打ちしてウィリアムを見る。
 砲は異様に頑丈な分、向きを変えるのが困難なようだ。
「気を付けて戦わないと」
「ええ。装備の技術格差が大き過ぎます。どこかで聞いた鉄鋼船と水軍という程ではないけれど、とはいえ……」
 『水天』水瀬 冬佳(p3p006383)が目を凝らす。
 敵の練度は脅威だが、鋼鉄艦の被弾跡から砲撃耐性優先で術への耐性は平凡なのが分かる。
 つまり術も剣も通じる。
 極めて頑丈だが壊せない相手ではない。
「味方なら頼もしいのでしょうけど」
 鋼鉄艦内部の動きが激しい。
 イレギュラーズが切り込みを仕掛けたのは木造船のみと気づき、鋼鉄艦防衛に最低限必要な戦力を残して木造船への援護に向かわせようとしている。
「それじゃあ行ってくるね。後は、万事よろしく」
 『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)が可愛らしく手をあげ海に飛び込む。
 生じた水しぶきはいようなほど小さく、船員が混乱して手を止めていた。
「うたうばかりで、のうがない。けれどもおいらにゃ、うたがある♪」
 歌っているのに波に紛れて認識出来ない。
 鉄帝軍人達は、新たな脅威に気付けない。
「不用意だねー。海底に連れていかれちゃうよ?」
 木造船に比べて鋼鉄艦は低く、海面から顔を半分出すだけで軍人の顔が見える。
 だからカタラァナは、剣も銃弾も届かぬ海から遠慮無く歌を響かせることにした。
「ぼくはうみ」
 それは疑似餌だ。
「ぼくはうた」
 美しく愛嬌もあり。
「ぼくはこえ」
 敵だと認識していても目を逸らすのは困難だ。
「ぼくはおわり」
 耳を閉じろと叫ぶ軍人がいる。
「おわりのうみに」
 狂乱して己の耳を全力で殴っても、この歌からは逃れられない。
「すまうもの」
 カタラァナを仕留めるために、あるいは歌から逃れるために、海種のように泳げはしないのに飛び込む者がいる。
「る・る・りぇ♪」
 銃の向きが変わる。
 木造船へ乗り移ろうとした軍人へ、魅入られた軍人からの銃撃が始まった。
 鋼鉄艦を襲う災いは単独ではない。
 呪いを帯びた風が空から甲板へ吹きつけ、防衛戦力であると同時に予備選力である鋼鉄艦乗りから命を削る。
「ここまで一方的に攻撃出来るのは……」
 敵は複数の理由で動けず、ウィリアムは敵の射程外から一方的に範囲攻撃を繰り返す。
 術による反動はあるが許容出来る程度だ。
「散開しろッ」
 鋼鉄艦の軍人が、少しでも被害を減らそうと仲間と距離をとり遮蔽物を活かそうとする。
 ウィリアムは慌てない。
 狙いを艦首砲に変えれば砲も砲の支えも同時に攻撃可能だ。
 何人かの、歌に冒されていない軍人が慌てて艦首砲を守ろうとして代わりにダメージを受ける。
「私も出ます」
 『夢幻の迷い子』ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)が髪をまとめ2本の剣を固定する。
 艶のある髪から覗く長耳が、冷たい風を受けてぴくりと動いた。
「ハーモニアのお嬢さん」
 老船長がにやりと笑う。
「少し待ってみな。そろそろ戦場が大きく動くぜ」
 魔剣が、別の側面を見せようとしていた。

●激戦
「この程度で我等が止まるものかよォ!」
 魔剣とは比べものにならないなまくらがシグの切っ先を逸らす。
 壮絶な笑みを浮かべたまま背後から焼かれて倒れ、次の男が何の特殊能力もない銃撃をシグに浴びせた。
「シグ……分かった」
 人数が減る。
 直前までいたはずのシグの姿が消え、瞳を憤怒で染めたレイチェルが1本の魔剣を構えた。
「行くぞ」
 レイチェルが巨大な炎を纏い、その内側から目映く輝く魔剣が現れ鋭く振り下ろされる。
「剣が本体ッ、跳べッ」
 軍人が躊躇わずに後ろへ跳ぶ。
 判断の早さも動作の速さも見事と評して良かったが、レイチェル達の連係攻撃はその上を行った。
 高度な技術にによる複数の呪が屈強の男達を蝕み、威力と射程と精度の全てが高次元の斬撃が隊としての守りを崩し個としての防御力を貫き命を壊す。
「ッ」
 言葉を残せず逝った戦友を、隣の一人が抱えて下がる。
 レイチェルは追撃しようとして、酷く疲れていることに気付き剣の柄を握り直した。
「やはり俺が一番強いのはお前と居る時だ。シグ」
 彼女は本心から柔らかな笑みを浮かべる。
 が、シグは剣の状態のまま喜びではなく懸念に近い気配を発した。
「ここは下がれ」
「シグ?」
「必要以上の危険を冒す必要はない。共に全力を出せるのは心地良いがな」
 返り血と自身の血で赤く染まったレイチェルが、ほんのわずかに頬を染め目を伏せた。
「あなた達は怪我人を守ることに専念しなさい」
 散りゆく白い花を背景に、冬佳が表面上は穏やかに、実際は有無を言わせず船員達に命じた。
「まるで指揮官のような口ぶりを……」
 沈没寸前船の船員は全く頼りにならない。
 放置すれば、死体や重傷者を運んで鋼鉄艦に戻った軍人を勝手に追撃して、多分全滅する。
「貴様等ならいつでも入隊歓迎だぞッ」
 気合いの刃が舷側を撫でた。
 無色の、一瞬ではあるが実体のある、未熟な者なら骨まで断たれる斬撃だ。
 冬佳はまるで見えているかのように刀状の氷剣で迎撃。
 形ない物を砕き、破片になっても力があるものを再度の斬撃で消滅させる。
「今まで弱いふりをしていましたか?」
 船員を背中に庇って軍人に立ち向かう。
 彼女がいなければ船員が恐慌状態に陥っていたかもしれない。
「軍医の先生を後ろに下げるまでは目立つ訳にもなァ。……呪詛を込めたのに効かなんだか」
 鋼鉄艦には一歩も入れさせぬと、短い剣だけを構えて鋼鉄の舷側へ陣取り、後ろ手に合図を送る。
 艦上の軍人が駆け出す。
 木造船と鋼鉄艦は接舷しているのは20メートルよりやや少ない。
 少数で守るには長すぎる距離であり、鋼鉄艦甲板で長距離助走し跳躍した軍人を阻む者がいない。
「もう終わりにしても良いと思いますが」
 同じ意匠の別の剣が、一つの意思に従い鋭いナイフを弾く。
 海水による足跡を残しながらユースティアが斜め後ろへ移動。
 イレギュラーズを回避し船員を狙おうとした銃使いを食い止めた。
「こっちも仕事でねェ」
 軽口はフェイントだ。
 言い終える前にユースティアの横から銃弾を送り込む。ナイフ使いが正面からぶつかるように切っ先を繰り出す。
 魔剣と聖剣が蒼白い斬撃と化して迎撃する。
 ナイフにめり込んで拮抗、銃弾を砕いて直撃は避け、その結果ユースティアの腕に痛みと疲労が残る。
「――そうですか」
 目の前の男達は命を賭けている。
 だが命を賭けているのは彼女も同じだ。
「私にも、ひとつでも多くの命を救うと言う誓いが有ります」
 男達の口元が緩む。
 美しい理想とそれを目指せるユースティアの強さを称賛し、その上で否定するため刃と銃に力を込めた。
 蒼が濃くなる。
 ユースティアの思いに聖と魔が答えて彼女の剣技と体術を後押しする。
 引き金が引かれるより一瞬だけ速く、拳に握り込んだ柄を胸元へめり込ませ銃を持った利き腕を刃で貫く。
「初見殺しだッ、後1人こっちに来て仕留めろッ」
 銃を取り落としても戦意は衰えず、ユースティアを突破するため味方を誘導する。
「速いですね」
 冬佳が陣を展開し氷刃を繰り出し結界と成す。
 接舷中の場所の過半を覆い、跳躍直前で不安定だった軍人達が結構なダメージを受け木造船への移動を諦めた。
「撃沈も可能でしょうが」
 冬佳が微かに憂いの色を漂わせる。
 鋼鉄艦も狙いに入れて実際にダメージも与えたのだが、この感触だと沈めるまでに時間がかかりそうだ。
「被害に釣り合うとは思えませんね」
 軍人の剣と氷剣で攻防を繰り広げながら、小さくつぶやいた。

●海種の海
 空から吹く魔の風が、魂の活力と言うべきものを奪っていく。
 軍人達も覚悟は決まっているが無駄死は心底嫌っている。
 磨り減る戦力を自覚し、倒すために戦うか生き残るために戦うか迷いが生じた。
「参りましたね」
 一方的に攻撃する本人も迷っていた。
 軍人も船も予想以上に頑丈だ。
 このままだと倒しきる頃には僚船が沈んでいそうだ。
「砲を潰すことが出来れば」
 魔風の勢いが増す。
 数人分吸い尽くしそうな、ウィリアムでも滅多に出来ない完成度なのに艦首砲周辺の装甲は健在だ。
「お祭りだもんね、だって」
 曲と曲の間の独白が響く。
「大号令だって、これだって、盛代な乱痴気騒ぎさ」
 軍人が吼えて心を保とうして失敗、戦友を撃ってしまったことに気付いて狂乱する。
「なら、楽しもう。楽しまないと損だよ。
 カタラァナの微笑みは、笑みの形をした深淵へ続く穴のようでもあった。
 木造船の舷側の一点に光が生じる。
 治癒術で回復したレイチェルが、シグと共に巨大な光の斬撃を振り下ろす。
 鋼鉄艦の艦首に突き刺さり、装甲が凹ませ、ひびを入れ、しかし光が収まったときには浸水すら発生していない。
「なんと」
 軍人と船長が全く同じ言葉を別の意味で零す。
 後数発で間違いなく艦は沈む。
 沈めようとするなら後数発は必要だ。
 そして、数発分の時間で僚船は沈むし軍人が全滅する前にどれだけ被害が出るか分からない。
「ウィリアムさん」
 老船長が、鉄帝への恨み辛みを飲み込み交渉の許可を出す。
「鉄帝艦に告げる。私は特異運命座標のウィリアム。依頼人の意思に従い停戦勧告を行う!」
「むゥ?」
「あ」
 アリアの蹴りが予備の砲弾を蹴り飛ばす。
 ビリヤードじみて10発ほど巻き込んで鋼鉄艦甲板から転落する。これで鉄帝側の砲戦能力は半減だ。
 左右からアリアを突き刺そうとした軍人2人組が、なんとも表現し辛い表情で、切っ先が触れる寸前で停止した。
「どうされます?」
 額だけでなく全身に汗を浮かべ、全く瞬きせず冬佳が剣を構えている。
「指揮官に聞けッ」
 対する剣使いは、汗は薄いが軍服は破れ自身の血でまみれだ。
「……いや、生き残りの中で俺が一番上かァ」
 痙攣するように苦笑し、冬佳が動くより早く剣を鞘に収める。
「勝てると、思ったんだがなァ」
 どかりとその場に座り込み、青い空を見上げて呻いた。
「今度は、魔種とか相手に、共闘できると、うれしいですの」
 海面の一部が小さく盛り上がり、停戦が成立しなければ頭突きで溺死させていたはずの軍人を、ノリアが運んで甲板に押し上げる。
「おわりー? それじゃまとめて直しちゃうよー」
 音を介して治癒の魔力を直接送り込むカタラァナに、感謝ではなく畏れの感情が向けらる。
 数分後。艦長代理と老船長の間で合意が成立し、救助の手伝いを終えた鋼鉄艦が帰路につく。
 水平線に消えるまで、鉄帝軍人達は海種達を警戒していた。

成否

成功

MVP

カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声

状態異常

なし

あとがき

鋼鉄艦と軍人は強く、イレギュラーズの皆さんはそれ以上に強かったです。

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