PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<YcarnationS>連言錯誤なパウダーシーブ
<YcarnationS>連言錯誤なパウダーシーブ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 身体も目蓋も酷く重い。
 目の辺りが腫れているような気がするのは、おそらく涙のせいだ。
 聡明なレティエは、己が身体に発生している状況をつぶさに理解する。
 この場所から逃げ出したら、まず水分を取ろう。それから何か甘い物を一口。新鮮な果物が理想的だが、湯と蜜があれば上等だ。
 安全な場所を探して眠ることができたら、どうにか家に帰ろう。帰ったらミルク粥を作って貰わないと。
 それから、それから――

 聡明だったレティエは、己が置かれた絶望的な状況を受け入れることが出来ていない。
 彼女があの暗い場所に閉じ込められていたのは、もう何日も前の話だ。
 彼女の身に差し迫っている暴力は、彼女が頭の中で反芻し続けている状況とは少々質が異なる。
 泣きはらしているのは同じだが、今はふかふかで暖かいベッドの上に居るのだから。

 鼻息を荒くした赤ら顔の男は酷く酔っている。
 レティエの小さな身体に覆い被さろうとして、突如激昂した。
 どなりちらしながら述べたのは、理不尽極まる罵詈雑言である。
 視線が合わなかったのが気に入らなかったらしい。
 レティエの瞳は焦点を失っているのだから当たり前の事象なのだが、そも少女をこの状況に追い込んだ男に論理も品性も期待出来るはずがなかった。
 男は少女がどんなに『幸福な状況』に置かれているかを喚きちらし、故に少女は喜んで奉仕すべきであるといったグロテスクな持論を叩き付ける。
 これも当然だが、そうした持論が心を閉ざした少女に届くはずもなく、男は金色の首輪から伸びた鎖を強く引き、無理矢理に顔を近づけさせ。

 ――そんな所にいるべきではありません。

 レティエはその声に、己が置かれた本当の状況を教えられた。
 レティエはその声に、己の足が自由だと教えられた。
 レティエはその声に、行くべき場所を教えられた。

 聡明なレティエは、すぐに事情を飲み込んだ。
 だから彼女は足に力を込め、つま先を男の足、その間へ強かに突き刺す。
 飛び出さんばかりに目を剥いた男は、そのままの勢いで天井に叩き付けられた。

 数秒後、赤黒い塊となって落ちてきた物を一瞥し、レティエは思い返す。
 そういえば男は先ほどローレットと奴隷商達が交戦を始めたと言っていた。

 リタは助かったのかな。
 メレスは助かったのかな。
 ミティアは助かったのかな。
 エミレミラは助かったのかな。

 きっとそうだ。
 ひどいよ。ずるいよ。
 なんで、どうして私だけ。

 知ってる。
 私が先に買われたから。

 ――なんで、どうして私だけ。


「ごめんね、また依頼だよ」
 依頼書を滑らせた『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、イレギュラーズに状況の説明を始める。

「おさらいになるけど」
 そんな前置きから語られたのは、一同がよく知るところだった。
 ラサ・深緑で発生していた『ザントマン』事件。即ち幻想種の拉致及び奴隷売買事件は、ラサの商人オラクルが真犯人だと判明した。
 次いで行われたオラクル派の掃討作戦は、彼等に大きな打撃を与え、多数の幻想種を救出することに成功していた。
 だが作戦の中で、突如出現した『謎の幻想種』の出現により、事態は予想外の方向へ進んでいく。

 幻想種の名は『カノン』と言い、オラクルの力によって制御されていた隷従の首輪『グリムルート』の力を上書きしたと言う。
 オラクルを超える凄まじい狂気の伝染源となったカノンは、特にグリムルートを付けられたままの幻想種に強く作用した。
 狂気にあてられた者達は、あたかも誘導されるかのように移動を開始したと言う。
 こうして奴隷達がたどり着いたのが『砂の都』と呼ばれる場所だ。
「砂の都?」
 イレギュラーズの問いに、ショウが答える。
「遙か昔に奴隷売買で栄え、滅んだとされる伝説上の都市さ」

 状況的な難題は多い。
 突如出現したカノン、オラクル派の残存勢力、そしてそれを取り巻く得体の知れぬ邪教の影――どれも捨て置ける話ではない。
 そこでラサを束ねる事実上の国主ディルクは、ローレットに再び依頼を出してきたという訳である。
「それでね」
 ショウが続ける。
 この依頼ではその『砂の都』で、奴隷と相対する事になるらしい。

「助けられた訳じゃないのか?」
 血相を変えるイレギュラーズに、ショウは肩をすくめた。
「キミらが助けた子達は、ちゃんと全員が無事だよ。親元に帰ってる」
 だとすると。
「この依頼で会わなきゃ行けない子達はね……既に買われていたんだ」
 イレギュラーズが息を呑む。
 オラクルの撃破という仕事を請け負う中で彼女等の存在は範疇外、『救出対象ではなかった』という事だ。

「ターゲットは幻想種『だった』レティエ。真面目で賢い女の子だった」
 既に魔種化している。想定される属性は『嫉妬』。それから――
 イレギュラーズは詳細な情報に目を通す。
 魔種となったレティエと共に行動する幻想種も居るらしく、それも厄介そうだ。
 作戦は道中にでも相談して詰めよう。
「ただね……」
 まだ何かあるのか。
 ショウは続ける。幻想種の子供達がカノンの強い呼び声にあてられている上、レティエからも呼びかけられているであろうこと。
 それは『魔種が増える可能性』が強いという事だ。
「不測の事態には、どうか現場で臨機応変に対応してほしい」
 どうにかする他ないのだろう。

「頼めるかい?」
 ショウの言葉にイレギュラーズが頷いた。
 乗りかかった船である。
 いよいよ決戦の時だ。
「どうか気をつけて」
 情報屋はただ。イレギュラーズの無事だけを祈り。

●2019/10/18追記
 遺跡の中。幻想種の少女達は朽ちた建造物で身を寄せ合っている。
 カノンの声に導かれ『楽園の東』へたどり着いた少女達は、堰が切れたように報復を開始した。
 狂気に導かれるまま。オラクル派の奴隷商人を狩り始めた。彼女等は食料を奪い命を奪い、やがて粗餐を始める。
 儚げな少女達は淑やかな様子で、奪い去った食料を貪り喰らっていた。飲まず食わずであった時間を考えたなら無理もなかろう。
「メメルの実がいいのに。ない?」
「ないとおもうよ」
「この水……くさい。お茶ほしいな……」
「ヤギのミルク嫌い」
「おにく、おいしいよ。はんぶんこしない?」
 腹が膨れれば、後はかしましい歓談となるのも常であろう。彼女等は改めて互いの無事を喜んだ。
「リュリュシーがいてよかった」
「同じ村だもん……」
 泣いた友を抱きしめる。寂しげに笑い、友の無事を祈る。そして新たな指導者カノンを讃え。
 声を聞くだけならば、まるで狂気に冒されているとも思えぬが。廃墟に座し、乱れた薄絹もそのままに、禍々しい力を放つ首輪をどこか愛しげに撫でる状況が異常であることは一目瞭然か。
 話題は移ろうもの。今の彼女等は己がいかに不遇だったか、どれだけ酷い目に遭わされたかを口々に語り合っていた。
「そしたら急に……」
「……うん」
「痛かった」
「私も」
 わたしもだよ。わたしも。
 わたしだってそうだよ。わたしだっておなじだよ。
 だいじょうぶだよ。みんなおなじだよ。みんなおなじだからだいじょうぶだよ。

 わたしも。わたしも。
 わたしも。わたしも。わたしも。

 ――は? それだけ?

 初めは慰めや同情を共有していた彼女等であったのだが、一人の少女エミレミラの呟きが風向きを変えた。
「殴られた? 蹴られた? 鞭は?」
 始まったのは不幸自慢の連鎖である。
 少女達はそれまで言えなかった事すらも次々に挙げ連ねた。
 些細で歪なマウントの取り合いは、やがて皮肉な勝敗を決する事となり――

 ――

 ――――イレギュラーズ一行が到着した時、戦場は禍々しい瘴気に満ちあふれていた。
 予測ならばとうに出来ている。
 肌が痺れるほど感じられる『滅びのアーク』の増幅は、この戦場に更なるデモニアが誕生した事を告げているのだ。

 イレギュラーズは物陰から様子を伺う。
 二体の魔種や幻想種の少女達は未だこちらに気づいていない。
 ひとまずの偵察を終えた一行は安全圏まで離脱したが、果たしてここからどうするべきか。
 情報屋が願ったのは依頼の成否より、イレギュラーズの無事だった。
 二体のデモニアを倒すことが出来るか、否か。判断しなければならない瞬間は刻一刻と迫っていた。

 その時、後方を見張っていた『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が小さな声を上げた。
「みて。あれって……」
 風のように数名の影が次々と岩場に降り立ち、一行の元へ近づいてくる。
 イレギュラーズは得物に手をかけ――

「ローレットのイレギュラーズか」
 呼びかける声に、一行は得物を下ろし安堵した。
「私は迷宮森林警備隊長ルドラだ。貴殿等の敵ではない」
 幻想種達だ。立ち振る舞いからして、かなりの手練れであろう。
「私達は同族の救出に来た。不躾な願いだが手を取り合えるだろうか?」
 手短な挨拶を終えると、『迷宮森林警備隊長』ルドラ・ヘス(p3n000085)は己が目的を簡潔に述べた。

 是非もないと言いたいが、一行はルドラへ状況を説明する。
「そうか……」
 下唇を噛んだルドラの表情が陰る。微かに震えている。
 迷宮と称される大森林の中で、この歴戦の勇士は自然の凶暴さを痛いほど知っている筈だ。
 ハーモニアという賢明なる長命種の中で、一角の地位を担う彼女のことだ。自然と魔の織りなす世界の中、数多の悲劇を体験したに違いない。
 そんなルドラが怒りか悲しみか、耐えがたい感情に揺さぶられている。
 無理もない。救出すべき少女達の境遇を想えば。更には既に二名も魔種となっているのだから。
「レティエ……エミレミラ……」
 ルドラは歯を食いしばり拳に力を籠める。弓の把握がぎりりと鳴いた。
「終わらせなければ」
 二人の命を。疾く、確実に。
「頼めるか?」
 イレギュラーズは同意する。
「……恩に着る」

 援軍の到来は状況悪化と差し引きしてゼロに戻った――と言えるだろうか。
 ルドラは強力な弓使いだが特異運命座標ではない。原罪の呼び声がある以上は、魔種と正面から交戦させる訳にはいかないだろう。
 少女等の救助や、弓に魔術といったサポートを願うのが最良と想われる。
 結局はイレギュラーズ一行が二体もの魔種と直接対峙し、討伐せねばならないのだ。

 さて。作戦の詰め直しだ。

GMコメント

 pipiです。ザントマン事件もいよいよ決戦ですね。
 救いましょう。
 取りこぼされた、その魂を。

 ↓内容変更が発生しました(2019/10/18追記)
 このシナリオのオープニングは、1~2日後に『内容が書き換わる』場合があります。
 書き換わった場合には、変更箇所が明示されます。
 あらかじめご了承の上でご参加下さいませ。

●目的
・魔種『聡明だった』レティエの討伐
・魔種『優しかった』エミレミラの討伐(2019/10/18追記)
・取り巻きモンスターの討伐
・レティエ配下幻想種の撃破(最良は生存)

●ロケーション
 遺跡です。
 この戦域はかなり朽ちており、足場が悪いです。
 特に対策のない場合は『機動力』『命中』『回避』等の足回りに若干の難があります。

 明るさは問題ありません。

・2019/10/18追記
 戦闘に影響はありませんが、あちこちにオラクル派の奴隷商人の死体が転がっています。
 ほとんど抵抗らしき抵抗が出来なかったと見えます。
 それは狂気に支配された幻想種の少女達が、かなりの戦闘能力を有していることを物語っています。

●敵
 レティエとエミレミラは強力な魔種ですが、互いに憎悪しあっているようです(2019/10/18追記)。

『聡明だった』レティエ
 嫉妬の魔種です。幻想種の少女でした。
 HPが極端に高い以外は平坦なステータスですが、魔種なりに全て高いです。
 強力な魔種ですが、衝動的、刹那的に行動します。

・ブラストサンド(A):神中扇、ダメージ。
・ブラストショット(A):神近単、ダメージ大
・マーダースーサイド(A):神超単、災厄、不吉、不運、魔凶、ダメージ、BS発動時は相手だけでなく自身にも適用。
・コンジャクション(A):神超特、消費AP大、低命中、視界内の戦闘不能でない2対象を選び、残HPを低い方に合わせる。
・マリーシア(P):レティエのダイス目を一ターンにつき一つまで、そのターンに既出した任意の出目と同値に変える。

『優しかった』エミレミラ(2019/10/18追記)
 嫉妬の魔種です。幻想種の少女でした。
 とてつもない不幸の差異は付けがたいものですが、おそらく一番数多く、広く、酷い目に遭った子。
 高い前衛系の戦闘力を有しています。衝動的、刹那的に行動します。

・ゴーアヘッド(A):物至単、ダメージ中、飛、反動
・スタグハントゲーム(A):物近ラ、ダメージ大
・マリーシア(P):エミレミラのダイス目を一ターンにつき一つまで、そのターンに既出した任意の出目と同値に変える。

・サンドスピリット×8
 魔種の気配で凶暴化した精霊です。
 死ぬものではないので、遠慮無く倒して鎮めましょう。
・通常攻撃
・スネア(A):神遠単、足止、ダメージ
・ストーム(A):神中範、ダメージ

・幻想種の少女×8 ←エミレミラの反転により7となりました(2019/10/18追記)
 隷従の首輪『グリムルート』をつけ、カノンが望む行動をするようです。
 グリムルートの破壊で支配力は弱まるようです。
 元々は弱いですが、原罪の呼び声により、狂気に満ち、タガが外れています。
 神秘中~遠距離単体攻撃を行います。
 最善は助ける事です。
 魔種の強い影響により、侮れない戦闘能力を有しています(2019/10/18追記)

●友軍(2019/10/18追記)
 イレギュラーズの作戦に合わせて行動します。
 お願いは割と聞いてくれます。

 特に何も指示がない場合は、以下の方針で行動します。
・最優先:幻想種の少女を不殺攻撃で戦闘不能にして戦域外に運ぶ。
・状況が許さなければ:サンドスピリットへ攻撃。
・他を全て満たすなら:魔種へ攻撃。

『迷宮森林警備隊長』ルドラ・ヘス(p3n000085)
 弓の名手です。強いです。高命中スキル、貫スキル、範囲スキル等を有します。
 非戦スキルにより足場に上手く対応出来ます。

・剣士×4
 細剣を帯びた身軽なハーモニアの魔法戦士。
 やや脆い傾向はあれど俊敏で、良い感じの反応と回避能力を有します。
 他はバランスの良いスペックです。
 非戦スキルにより足場に上手く対応出来ます。

・弓士×4
 ハーモニアの魔術弓の使い手。
 遠距離単体スキル、高命中スキル、いくらかのBSスキルを有します。
 非戦スキルにより足場に上手く対応出来ます。

・術士×4
 ハーモニアの精霊使い。
 杖を持ち、単体攻撃、範囲攻撃、回復、支援を使い分けます。
 それぞれの威力もそこそこ頼れます。

●同行NPC(2019/10/18追記)
 こちらは情報更新ではなく抜けでした。ごめんなさい。

・『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 両面型。剣魔双撃、シャドウオブテラー、ディスピリオド、格闘、物質透過を活性化しています。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 イレギュラーズが現場に到着した時点で、事態が劇的に悪化している可能性が極めて高く、非常に危険です。

 ↓(2019/10/18追記)
 情報精度はA相当となりました。
 これ以上の更新はありません。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <YcarnationS>連言錯誤なパウダーシーブ完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年11月04日 22時40分
  • 参加人数 10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)
死神二振
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
また薄い本が出た
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
大いなる者
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
蒼の楔
マルク・シリング(p3p001309)
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)
箱入りですもの
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
彼岸会 無量(p3p007169)

リプレイ


 時折、風と共に砂塵が舞う。
 小石が足元を転げるたび、小さな音にぴりぴりとした緊張が走った。
 そこは敵陣の中枢にほど近い戦域である。
 ザントマンに端を発する『幻想種拉致』及び『奴隷売買』事件は、終焉に近づこうとしていた。
 決戦の情報は既にある程度まで一行の手に握られており、しかし到達するためにはこの件を無事終えねばならないという訳だ。

 一連の中でイレギュラーズは、囚われた幻想種の奴隷達の多くを救出することに成功している。
 だがオラクル一派を追い詰めたイレギュラーズの前に突如現れた例外(カノン)は、勝利に横槍を突き込んだ。
 カノンは取りこぼされた幻想種を軒並みこの遺跡へと連れ去ったのである。

 激発したオラクル派はカノンを追い、レギュラーズは両者を追う。
 ここはそんな構図の終着点であり、一行が踏みしめているのは、かつて砂の都と呼ばれた遺跡であった。
 熱く乾いた風を「ドライヤーに似てる」等と述べたのは、果たしてどこの旅人であったろう。

「――そんな、間に合わなかったの?」
 朽ちた柱の陰で『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が拳を握りしめる。
 肌がひりつくほどの瘴気。『滅びのアーク』の増幅は、誰の身にも否応無しに感じられる程に爆発的なものだった。
 救出すべきだった九名の少女は、そもそもローレットから事前情報を得た段階で一人が魔種となった事が判明していた。
 ここへ来て更に一体の追加である。運命にふるい落とされるように、助けられる筈の命が一つ減った事になる。
 厄いと云う『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の端的な表現通り、二体の魔種を相手取る尋常ではない危険が確約された訳だ。

 常識として。いかに歴戦のイレギュラーズであろうと『魔種一体を通常の編成で相手取るのは危険』である。
 危険だからといってやらぬ訳にも行かず、イレギュラーズはこれまで幾度となく、そうした状況を制してきた。
 ならば二体はどうか。まず間違いなく撤退を考慮すべき状況に違いない。
「巻き込んでしまったな……本来は私達の問題なのだが」
 そう述べたのは『迷宮森林警備隊長』ルドラ・ヘス(p3n000085)であった。
 引き連れた部下は十二名。いずれも手練れである。事実上の援軍となる迷宮森林警備隊の面々だ。
「そう言わないでくれよ」
 敵の居場所を見つめる『夜刀一閃』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)振り返らず答える。
「そうだな」
 これならばどうにか戦えるだろう。後に引けなくなったとも言うのだが――

「何でこんな……」
 剣柄に手をかけた『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が言葉を飲む。
 彼女の視線の先、遠く見える少女達はいずれも粗末な衣服を着せられている。
 粗末になる前は男達に劣情を催させる為だけに誂えた衣装であることも分かる。
 顕になった肌も、グリムルートと呼ばれる隷従の首輪も、あまりに痛ましい。
 少女達はザントマンによって故郷から連れ去られ、こうした服を着せられ――奴隷として売られた。
 その挙げ句に、魔種『カノン』によって魂のあり方を歪められてしまった。
「何でこんな、悲しい戦いをしなければいけないのでしょうか……」
 少女達の中で異彩を放つ二人、否――二体と表現すべきだろう。
 戦場に満ちる瘴気の中心点は、二体の魔種であった。
 それは全人類にとって不倶戴天の敵であり、その討伐はイレギュラーズの言わば本業なのである。

 瞳を閉じ、焔は槍を握る手に力を籠める。
「ううん――」
 それでも。
「――まだ助けられる人達もいる!」
 焔の言葉に、一行は決意を胸に得物を抜き放った。
 余りに救えない物語に――シフォリィは剣礼する。せめて『終わりは私達の手』で。
「終息させるのです」
 どこか乾いたヘイゼルの声音は、けれどこれ以上の被害を根絶する強い意思を示している。
「手筈通りに」
「うん、任せて」
 作戦の、最後の共有。『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が頷き。

 イレギュラーズ達が駆け出すと同時に、砂粒が踊り出す。
「左に回り込むのじゃ。ここは妾に任せよ」
「頼んだぜ!」
 述べた『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)に『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が返す。
 遺跡の足場が劣悪であることは事前に知れていた。
 実際に踏んだ感触も同様。単純に歩きにくい場所、崩れそうな場所だらけだ。
 そこで先ほど、デイジーがネズミを走らせ調べた所、南側にいくらかの安定した箇所があったという訳だ。
 これは既に仲間達に伝えられている。
「参ろうぞ」
「ええ」
 崩れそうな足下を踏みしめ、マルク・シリング(p3p001309)の視線が砂精の群れを射貫く。
 この不安定な足場はひとまずデイジーの策、それから一行が選んだ『飛行』『鎖爪かんじき』『アクロバット』等でどうにかやれそうだ。
 敵も同等な条件であろうことを考慮すれば、むしろ上々であろう。

「お願い、少しでも多く助けてあげて」
「ああ、そちらは任せた」
 焔にルドラが応じる。暗澹たる状況ではあれど、悪い話ばかりではない。
 マルク、デイジーと行動を共にするのは、ルドラ隊の総勢十三名。なかなかの戦力であろう。

「あの子達だね――」
 マルクが魔術書を掲げる。
 砂嵐の向こう側でゆっくりと立ち上がった少女達を助ける為に、まず砂精達を鎮めねばならない。
「ああ、そうだ」
 紡ぐ聖句。激しく瞬く神聖の光。それは邪悪を裁くネメシスの輝き。


 迂回した先に、二体の魔種が待ち構えていた。

「ねえ、どうしてそっちに居るの?」
 魔種レティエが首を傾げる。
 余りに幼い物言いに、一瞬意味が取れない。
 おそらくレティエは『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)を見て、同族が人間(てき)らしき存在と共に居ることを訝しんだのであろう。
 こちらと、砂精と交戦する仲間達との間に幻想種の少女達。彼女等がどう出るか――さておき。

「貴女の相手は私です――レティエさん」
 駆け、踏み込む。透き通る美しい刃を緋色に染め。
「あ。わかった、あなたも奴隷ね。だったら! 助けてあげる!!」
 話の通じないレティエに、リースリットは短く息を吸い込んだ。
 瞳の輝き、レヴァティアの刻印が魔晶剣に緋炎を宿らせ――紅焔。燃えさかる切っ先がレティエの胸元、その中心を貫いた。
「え……なに、なんで」
 レティエとエミレミラは姿形こそほとんど幻想種の少女と変わらない。だからこそ彼女等の奥底から滲み出す異常が際立って感じられるのだろうか。デモニアの特性は固体毎に呆れるほど違っている。
 終わりの見えない絶望の中で、原罪の呼び声は確かにある種の救いだったに違いない。
 間に合わなかった――リースリットの胸に去来する慚愧の念。
 本件に関してイレギュラーズには、論理的にも倫理的にも非はないが、それでも想う所は大きい。
「あなた、敵なのね」
 胸元の剣に手を添え、レティエはそのまま刃に身をめり込ませるように踏み込んだ。焼けた瘴気に清浄な命の名残はなく、血の臭い一つせぬ理不尽な魔性のみを顕にして。
「ええ……そうですね」
「ズルい、ズルいズルいズルい!!!」
 どうして綺麗な服を着ているのか。どうしてそんなに綺麗なのか。どうして、どうして、どうして。
 突如激発したレティエが拳を握りしめる。その一撃はリースリットの紅焔と同等の運命を与えられ、振り抜かれた。

 相手にせねばならないのは、レティエだけではない。
 攫われて、痛めつけられて、そして不幸なまま魔種へと堕ちて行ったか――
 突きつけられた現実にクロバは二刀のガンエッジを重ね、奥歯を噛みしめる。
 眼前には、エミレミラ。もう一人の魔種の姿。
(何を思っても届かないんだよな)
 ならせめてこれ以上悲劇が広がらないように。
「ニンゲン? 違う、あなたは、誰?」
「この悪夢を終わらせる……死神だ」
 腕を交差させたまま影のように懐へ飛び込んだクロバへ、少女――エミレミラの目が見開かれ、刹那。
 爆炎と共に斜め十字を切る二振りにエミレミラの顕な胸元が斬り裂かれ、衝撃に吹き飛んだ。
 迸る赤でないドス黒い瘴気。既に少女が人ではないことを克明に伝え、けれどクロバの胸はちりちりと痛む。

 聡明だった、優しかった。
 少女達のかつての性格はイレギュラーズに伝えられていた。
(だからこそ彼女等は傷付いて疵付けられたのでしょう)
 エミレミラは細い首をあらぬ方向に折り曲げたまま跳ね起きる。
 一目見て分かる通り、人間の動きではない。完全に化物――デモニアだ。
 朱呑童子斬を下段に構え、彼岸会 無量(p3p007169)は踏み込み。地擦り――『線』の導く先へ一刀両断【絶】。
 生命を一太刀で終焉に導く必殺の斬撃がエミレミラの身を駆け抜ける。
 肉諸共に骨を断つ手応え。それでも消えず燃え上がる命の感触。
 エミレミラの手が無量の首を掴み、視界が転じる。石材が砕けた衝撃。

 ――嗚呼。それで善いのです。

 砂埃舞う中で無量は背に受ける衝撃を殺し、瓦礫を蹴りつけ再び刀を構える。

(なんて悲しいことなんでしょう!)
 しっかり心に刻み記憶せねばなるまいと。
 神経系を伝う愉悦に震えるように、『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は身体を操る。
 歓喜の調べ。癒やしの息吹が無量の背を支え――

 イレギュラーズの猛攻が始まった。
 まずはレティエとエミレミラ。彼女等をどうにか分断し、引きずり出さなければならない。

「余りにも多くの不幸の為に魔種に成らざるを得なかったなんて――敵とは言え同情してしまうのです」
 ヘイゼルの涼やかな声音が風に乗る。
 二体の魔種が、その視線をヘイゼルへと向けた。
「それに引き換え……」
 平然と続けてやる。
「もう一方は自分は不幸だと甘え根性で、魔種に成るとか」

 ――最悪ですね。

 突き刺さる剃刀のような言の葉。風が止んだ数瞬の静寂。
「は?」
 エミレミラの怒気がたちまち膨らみ、憎悪に燃える視線がヘイゼルの全身を値踏みするように舐め始めた、その時。

 きゃは。

「きゃははははははは!!!!!」

 耳を劈くような甲高い声の主はレティエだった。
 エミレミラを指し、馬鹿のように笑っている。
 何方も自分が不幸な方で相手はゆとりだと思うのか――微かな呆れを孕む声音は、今度は砂埃に溶け消えて。
 イレギュラーズの前からエミレミラが掻き消えると同時に、レティエを中心に砂埃が炸裂する。
 エミレミラがレティエの首を掴み、拳で顔を殴打し始めた。
「――に、すんのよ!!」
 レティエがエミレミラを蹴りつける。

「おやおや」
 いつもの変わらぬ調子の四音は、声を弾ませ。
「やってしまいましたのです」
 ヘイゼルが肩をすくめる。魔種同士の乱闘が始まった。

「今のうちだな」
 一行が同意する。
 レイチェルの述べた通り、こちら側にも数体の砂精が居る。
 ここまでの効用は想定外ではあるが、今のうちに対処すべきだろう。
 この状況も長くは続かぬであろうから。


 一方。時は僅かに遡る。

 彼我の火力応酬が続く中で、戦場後方ではマルク、デイジー、ルドラ隊の面々が砂精と交戦を続けていた。
 威を封ずる月光の結界――月天の魔女が導く静謐に砂精の一体がようやく沈んだ。
「いけるかの?」
「やってみるよ――!」
 マルクが地を蹴る。瓦礫に食い込む靴底が心強い。
 眼前で猛る砂の化身は、一行へ理不尽な怒りを滾らせていた。
 砂塵が暴風となり、一行の身を切り裂くが。この程度でどうにかなるほど、やわではない。

「奴隷商?」
「またきたの?」
「ころそ」「ころそ」
「たべものもってる?」
「メルルの実、あるかな?」
 少女達が砂の暴風に踏み込んでくる。
「お前達――」
「ルドラさん」
「ルドラさんも捕まったの? もう大丈夫だよ」
「――ッ!」

 少女達はいずれも、気が触れている。
 僅かな躊躇いの隙を突き、少女の一人がルドラ隊を蹴りつける。
 弓手が歯を食いしばる。手の震えも唇の戦慄きも、弓弦を引く手が頬に添えられた瞬間ぴたりと止まる。
 弦音――矢が少女の足を射貫く。倒れた少女が瓦礫に頭を打ち、流れる赤が目元を染めた。

「敵なの? どうして、仲間じゃないの!?」
「耳を傾けるでないぞ」
 デイジーの檄にルドラ隊が凜と声を張り上げた。
 助けるために傷つける。凄惨な光景に、それでも――
 ルドラ隊の面々は『大いなる』その声に、意気を高揚させる。
「ああ。デイジー殿、承知している! 頼む、マルク殿!」
 あと一歩。それは高らかな宣言と共に。
「妾達がお主等を、助けてやるからの!」

 ――背を押す声に、その期待に奮い立つ。
 乱戦。混戦。そこで彼に出来ること。
 砂精が放つ嵐がマルク達を襲う。高速で飛来する石礫は、時に刃のように斬り、弾丸のように穿ち。
「それでも僕は、命を諦めない」
 柔和で控えめ。ともすれば弱気とも見えがちなマルクの面持ちは、この日決意に満ちている。
「助けられる人がいるなら、手を伸ばす……!」
 踏み込んだマルクが放つ聖なる光は、こうした戦況でこそ最大の戦功を約束する。
 砂精の一体が吹き飛び、遂に灼かれた数名の少女が膝を折った。

 こうして一行とルドラ隊は敵陣へ食い込み、そのまま貫くように少女達の元へ到達した。
 レンジャー部隊とも呼ばれるルドラ一行の戦いぶりは実に質実剛健で、更に一体の砂精が雲散霧消している。

「ほれ、お主等は保護するのじゃ。グリムルートは破壊しておくのじゃぞ」
「分かった」
 剣士達が気絶した少女を抱え、次々に離脱して行く。
「ティストは着いて行け」
 ルドラの命により、術士の一人が離脱する。

 撃破は目前。しかし砂埃の向こう側では、仲間達が魔種相手に苦戦しているのは疑いようもない。
 間に合うか――
 表情を強張らせるルドラ隊の一人に、デイジーは人差し指をちくたくと振る。
「間に合わせてやるのじゃよ」
 これぞないすばでーのたしなみよ。
「妾がの!」

 ――

 ――――

「これでどう!?」
 槍――カグツチ天火は炎閃の軌跡を描き、振り返ることもなく焔がうそぶく。
 最後の砂精が、狂気にあてられ歪んだ力を大地へと還した。
 砂精達はこれでどうにか片がついたか。

 交戦開始から、既にいくらかの時間が経過している。
 レティエとエミレミラの殴り合いは、レティエが魔術攻撃でイレギュラーズを巻き込んだのを皮切りに状況が変わり始めていた。
 二体の魔種はひどく刹那的で気分屋に過ぎる。時に競うようにイレギュラーズを狙い、時に剣呑と罵り合う。
 そもそも魔種二体との純粋な交戦は、歴戦のイレギュラーズと言えど背負いきれる重さではない。
 そうした中でヘイゼルが挑発によって勝ち得た状況は、正に慈雨であろう。

 とはいえ状況が動いた以上は、当初の予定通り応戦せねばならぬ。そしてエミレミラとの交戦には、未だ終わりが見えない。
 こうした中で、最も危機的なのはレティエを抑えるリースリットであろう。
 言うまでも無いがリースリットは強力なイレギュラーズである。その能力を飛躍的に増幅させる『アーリーデイズ』、そして四音やヘイゼルの癒やしによる下支えにより、戦況は極めて堅調だ。
 全てが揃うことで、彼女は未だ可能性の箱を開けるに至らず、戦場に立ち続けている。

 問題は――皆理解しているが――いずれも『有限である』こと。

 突き込まれた剣を蹴りつけ、エミレミラが拳を振るう。シフォリィの――あの日を境に短く切った――髪の数本が舞った。
 だが間髪入れずにシフォリィは手首を返す。閃いた切っ先がエミレミラの頬に浅く線を引き。
「アルテナさん」
「任せて」
 仰け反った魔種へアルテナは細剣を振るう。
 敵は迫る剣を払い、だがその影に後背を切り裂かれた。
 同時に、得物を跳ね上げられる格好となったアルテナの胴はガラ空きだ。
「――お願い!」
 叫ぶアルテナをエミレミラ切り裂く、その瞬間。
 不可視の刃が寸分の狂いもなく狙い通りに、魔種の腕を引き裂いた。
 アルテナが振り返る。見えたのは銀糸の髪、闇で染め上げたかのような漆黒の外套が風に揺れ。
「気をつけるんだぜ」
 頼れる仲間がそこに居た。
「ありがとっ!」
 にっと笑うレイチェルが創り出した隙をシフォリィは見逃さない。
「あっ、ガッ!」
 追い詰められ、柱に背を打ち――顔を引きつらせたエミレミラへ、ただ純然と真っ直ぐな剣閃が真一文字に駆け抜けた。
 深い傷跡。黒く喀血し、魔種はシフォリィの首を掴んで投げ飛ばす。
 たたき落とされる瞬間、けれど身を捻り地を蹴った彼女は、二度咳をしながら再び剣を構え――

 その切っ先に見惚れるように、視線を奪われた魔種の背へクロバが迫る。
「こっちだ!」
「なんなわけ!」
 炸裂と共に加速した一閃がエミレミラの背を切り裂いた。
 奇声と共に首だけ振り返った魔種が足下を蹴りつける。
 クロバの手首を掴み、続く一刀を封じ――しかしクロバは魔種の腕を膝で蹴り上げ、魔眼が煌めく。
 シフォリィの剣閃が生み出したほんの僅かな隙へ、鬼気雷光――魔眼心斬・鬼影。
 自由を取り戻した左手に高く掲げられたガンエッジ・フラムエクレールを、爆炎と共に一気に振り下ろした。

 敵の反撃。砂が舞い、魔種共の苛烈な攻撃が一行の身に傷を増やして行くが。
「まだまだ行けます、よね?」
 四音の術陣が後を追うようにその傷口を再生させ。
 焔が、無量が。その炎槍と太刀をエミレミラに突き立てた。
 続くレイチェルが放つ不可視の刃。クロバ、シフォリィがエミレミラに立て続けの斬撃を見舞う。

 イレギュラーズの猛攻は留まる所を知らず。

 しかし。
 早く。速く。疾く。
 それでも急くのはリースリットとヘイゼルを案じるが為。
 エミレミラは未だ、倒れる気配すら見せないのだから。


 ふいに。青い光がイレギュラーズの視界を照らす。
「待たせたかの」
 誘う青き月から放たれる冷厳の輝きが、エミレミラを灼く。
 砂嵐が晴れ、再び視界が開けた戦場の向こうでは、数名が少女達を抱え戦場を離脱しようとしていた。

「ずるい、どうして、なんで邪魔をするの!」
 あまりに子供じみた魔種の言葉が、一行の胸に重くのしかかっている。
(謝ることなど――出来ないでしょうね)
 雄叫びを上げ、石礫を解き放つレティエにリースリットが膝を尽き、緋く可能性が燃え上がる。
 それでも彼女は立ち上がる事を諦めはしない。

「足掻くことさえ試さずに絶望して魔種になるとは――聡さなど愚かさと同義でしたのです」
 ヘイゼルの冷ややかな声音。今一度の挑発。
 こうした状況の中で驚くほど冷静な彼女は、これまで注意深く柱の陰に身を隠しながらリースリットを支え続けてきた。
 今そこから数歩踏み出す。
 いよいよもってこうする他ない。覚悟ならとうに出来ている。
「思い出した、なんなの! あんた!」
 躍りかかるレティエをかわすように――ヘイゼルは踵で瓦礫を蹴る。永劫不滅の障壁にレティエの術陣が掻き消えた
 ヘイゼルの怜悧な頭脳は、自身が『あとどれだけ立っていられるか』を既に計算し終えている。
「仕方ないですね」
 自負に勝る諦観を嘯き、ヘイゼルは敵を引きつけるよう駆けだした。

 延々と続くかに思える苛烈な、されどほんのいくらかの攻防。
 砂塵の向こうはどうなっているのか。エミレミラはまだ倒れていないのか。
「これで!」
 レティエが放つ二律調和の邪法はリースリットとヘイゼルを捉え。
「そう上手く行くとは、限らないのですよ」
 膨れ上がる黒球を間一髪で回避したヘイゼルは言い放つ。
 まだ戦える、おそらくあともう少しだけ戦える。
 だがこうしてレティエの引きつけ役となった以上は、リースリットの回復にまで手が届かない。
 両立こそ出来ないが、今その判断は正しかったろう。
「なかなか厳しいものがありますね」
 平然と呟く四音ではあったが、彼女は彼女でエミレミラ組を支えることで手一杯だ。
 じりじりとした時間が、彼女等のタイムリミットを徐々に圧迫し始めている。
 次がリースリットの、最後の一撃となっても不思議ではない。
 手をこまねいている訳にも行かぬのだが。

 そんな時。舞い降りた――暖かな光は、あまりに突然に。
 おぼつかないリースリットの足元に感覚が甦る。
 構える剣の揺らぎが静止する。意識が鮮明さを取り戻して行く。
「間に合って良かったよ」
「助かります」
 リースリットの背を押す声は、その身を包む光はマルクのものだ。
「援護する!」
 ルドラの高らかな宣言と共に、無数の光弾がレティエの身を穿った。
 救出組が片付いたのだ。

「「……はあ?」」
 ずいぶん離れた場所で、しかし同時に顔を思い切りしかめたのは二体の魔種だった。
 理由は援軍ではない。その視線は救出された少女達に向けられており。
 姿勢を屈め、跳ねるように飛びだしたエミレミラと交差した影は――
「縋れなかった手、目の前で他者に差し出されるその胸中御察し致します」
 魔種の視線が、スと細めた無量の瞳を捉えた刹那。至近の間合いから放たれた斬撃が胴を寸断する。

「ずるいよ、ひどいよ、なんで、私……だけ」
 それでも尚、全身からドス黒い瘴気を溢れさせながらも息絶えぬエミレミラの言葉に、ルドラ隊の面々が顔をしかめる。
 交戦のただ中に、刹那の哀れみを手向けてしまう。
「呼び声に耳を傾けるな!!」
 クロバは叫び、両手に握りしめた刃を逆手に持ち替えた。
「どうせ聞いてくれるのなら俺の話にしてくれ!!!」
 突く。破れたエミレミラの胸元から瘴気があふれ出し、息を呑んだルドラ隊――リリアが首を振る。
「分かったわ……後でじっくり聞かせてちょうだい」
 掠れる声を振り絞るように。リリアは悲壮な表情を硬い決意に塗り替えて。
「……ありがとう」
「まだ、終えられちゃいないさ」
 流れ込む激情を背負い、クロバはレティエへ剣を向ける。

 汚泥のように絡みつく瘴気を振り払い、無量は額を撫でた。
 第三眼がちりちりとうずく。なるほど、良い子だったのだろう。
 だからこそ呼ばれ、だからこそ墜ちたのだろう。
 なればこそ――構えは八相。
「善も悪も私が此処で断ち切ります」

「ほれ、たたみかけるのじゃ!」
 夢へ誘う詰めたい月、その光がレティエの身を、その力を蝕んでいる。
 人ならざる身とて、氷檻においては同じこと。デイジーが喉の奥で小悪魔のように笑う。
 それはさながら陰惨な戦場に差し込む光条、或いは癒やしにも似て。
「さすれば妾も往こうぞ」
 存在するとも知れぬ神の呪いがレティエに降りかかる災厄を掴み、放さない。
「よーく冷えるじゃろ?」

「行くよ!」
 焔のカグツチ天火――神々の力で炎そのものを鍛えた神槍。押さえつける世界法則を穿ち、想いに答えるように成長を遂げる相棒。
 地を這うレティエは言葉にならぬ呪詛をあげ、それでも立ち上がり。
 振るうカグツチをつかみ取る。
 焔は渾身の力を籠め、レティエを引き摺った。炎の轍が地を抉り火花を散らせる。
「ころす、ころす、ころす!」
 叫ぶレティエは追いすがるようにカグツチに食らい付き、焔はそこで槍を一気に引き抜いた。
 レティエの手から、槍がするりと逃げ延びる。
 生じた一瞬の隙。焔は灼熱を突き立て、その力を一気に解放する。
 口から炎を吹き出すレティエが膨れ、焔は飛びすさる後に紅蓮の花が咲いた。

 ルドラ隊の矢雨がレティエに降り注ぐ。癒やしの術が一行の背を支える。
 続き更なるデイジーの術式。
「お次はこれじゃ」
 生じるは地より這い出る怨霊の群れ。
「たーんと喰らうのじゃ!」
 その爪牙はあたかもデモニアを苛む災厄を標的とでもするが如く、次々とレティエを襲う。

「終わらせてやろう」
 一行が頷く。苦しみを与えるつもりなどありはしないのだ。
 最早ただただレティエの魂を蝕む魔性が、その生命力が彼女を苦しめているに過ぎないのだから。
 シフォリィの呼吸が震えた。
 レティエは――彼女たちの姿は『あり得たかもしれない自分自身』だ。
 己の身を襲った陵辱を、彼女は覚えている。
 こうすることでしか救われないなら――
「絶対に終わらせます。」
 ――再び迷い無き一閃。もう嫉妬に狂わなくても良い様に。

 握りしめた拳から溢れ流れ出す赤は、さながらかの楽園の蛇が如く滑らかに魔陣を描き。
「憤怒、そして復讐の焔こそ我が刃――」
 浪々と紡がれる不死王の禁呪。
「――復讐の果てに燃え尽きるのが我が生なり」
 並の人間など消し炭になろう紅蓮の炎を纏ったレイチェルが、その力全てを解き放つ。

 燃えさかる炎に包まれ、絶叫を迸らせながらレティエが突進する。
 身を引き裂く石礫嵐のただ中で、レイチェルが思い描く一筋の光明。
 レティエが掲げた黒球、コンジャクションの大呪がレイチェルと交差する、その刹那。
 レイチェルは魔種の顔に、手のひらを当てる。
 放たれたのは基礎の基礎。極小の術式。
「これでそいつは使えない。違うか?」
 瞳を灼かれたレティエが再び絶叫を上げた。

「ずるい。ゆるさない、許さない、赦さない、ユルサナイ!」
 激昂したレティエが再び砂嵐を放つ。
 その絶大な破壊力はイレギュラーズに残された体力をこそげ落とすように奪い去る。

 しかし――
 それだけだった。

「誰にも邪魔はさせません。誰にも、です」
 四音が可能性の箱をこじ開ける。
 戦う皆を癒やすのが己が役目と、練達の治癒術式を解き放つ。
 四音は閉じられた瞳を微かに開く。
 あたかも笑っているように。
 彼我の想いを、その全てを見届ける――愉悦のため。

「不幸は連鎖する」
 本当は彼女すら助けたい。だが。

 ――そのちからは、僕らには、無い。

 けれど。
「だから、それを断ち切るちからが必要なんだ」
 マルクはイレギュラーズを支えきる程の術式――その無力な本質を噛みしめるように吐き捨て、天使の歌を紡ぐ

「ここで!」
 捨て身の最奥。
「終わらせる!」
 間合いに飛び込んだクロバは、その首にレティエの爪が突き立つより僅かに速く、ガンエッジを振り抜いた。
 彼女等を救いに来た者達に、これ以上の醜悪を見せないように。願いと共に。
 続く、爆炎と剣嵐がレティエの身に残された、穢れた生命の器を粉々に切り裂いて行く。

「その不運も不吉も、全て飲みましょう」
 半身と腕だけになったレティエが無量に縋り、その身を縦横に引き裂いても。
「その上で――斬り伏せて差し上げます」
 その殺意全てを籠めた最上段からの一太刀を遮るには至らず。

「カノンの声は、確かに貴女にとって救いだったのでしょう」
 間に合わなかった身で、助けに来たなどとは言えない。
 リースリットが再び剣を構える。
「……声に直接応えてしまった貴女を討つのも、言ってしまえば私達の都合です」
 憎まれるなら、それもまた道理だろう。
 ならばその恨みも怒りも妬みも、全て受け止める。
「レティエさん。貴女の魂を、その閉ざされた檻から解放します……!」

 爆炎がレティエを焼き尽くし――

「良く頑張りましたね。ご褒美です、特別なので内緒ですよ?」
 燃えさかる炎の中に、無量は手を差し入れた。
 捧ぐのは一粒の瑞々しいコインマスカット。
「彼岸にて、彼女との仲直りに役立てて下さい」
 手を放し残りの房が燃え尽きる。

 焔は為すべきを為した。彼女は――勝利した。
「ごめんね……」
 いつも明るく、元気で、強気な彼女は――
「助けてあげられなくて」
 けれどその声は掠れていた。

 死が救いとなるのか。
 それは四音には図りかねる所ではあるが。
「あなた達は何も悪くありませんよ」
 心のまま素直に生きることが悪であろう筈がない。
 存分に泣き笑い怒り楽しむ――それが充実した生であると想うのだ。
(ええ、あなた達の死はとても意味のあるものとなるでしょう。必ずです)

「ここからは」
 ルドラが言葉を切り、一行に振り返る。
「どうか私達に任せてほしい」
 ルドラは部下と共に、魔種達の亡骸を布に包んだ。
「この恩を私は……私達は決して忘れはしない」

 これを。
 この有り様を。
 惨状を、醜悪を、悲惨を。
 それでも彼女等は『恩』などと呼んでくれるか。

 こうして。
 一行は元凶を断ち切るため、決戦の地へ赴く時が来た。

 剣を支えに立つクロバが天を仰ぐ。
 自身の満身創痍に鞭打ち、助けた少女達を見舞うことを課しているから。
 彼女等の魂を、その追想を背負い続けると決めているから。
 あの時と――そうだ――あの時から、ずっとそう決めていたから。

 戦場だった場所を一陣の風が吹き抜ける。

 正直、私は――嫉妬するほど他人に興味が無いのですよ。
 亡骸を視線の片隅に。
 そして次の戦場を思案して。
 けれどヘイゼルはそれらのいずれも言葉にはせず、ただ手のひらを風上へとかざす。

 指の間を通り抜けたものは、乾いた砂のにおいだけだった。

成否

成功

MVP

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者

状態異常

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149) [重傷]
旅人自称者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174) [重傷]
また薄い本が出た
鶫 四音(p3p000375) [重傷]
カーマインの抱擁
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984) [重傷]
箱入りですもの

あとがき

依頼お疲れ様でした。
膨大な情報量と、凶悪な状況を見事制したかと思います。
すごい。

MVPは、おそらく総合的な被害低減に最も有効だったであろう一手を打った方へ。

それでは、皆さんのまたのご参加を心待ちにしております。pipiでした。

PAGETOP