PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Sandman>動力因果性サウダシスモ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 水面に月が揺らめいている。
 庭の池を囲むように弧を描くのは、珠月館と呼ばれる豪奢な屋敷であった。
 砂ばかりのこの場所で、景観のためだけに水を湛えるとは、まこと贅沢な話であろう。
 そんな館の主人の名をザラーガンドと言う。代々の商人であり、最近は奴隷を扱い始めた男だ。

「それでー、あのー」
 美しい池に張り出した広い客間で、ザラーガンドはしきりに両手を揉んでいる。
 幾度か尋ねたが返答はない。
 男の眼前――広間の中心には天蓋付きの大きな寝台が鎮座しており、自慢のソファ一式は隅に追いやられていた。

 幾重にも重なるレースを月が透かし、幾人分かの影を落としている。
 女一人と数名の少女だ。影からは女達が衣類らしい衣類を纏っていないのが見て取れる。
 それだけならば、いくらか艶のある話も期待出来そうな所だが。
 しかしいずれも単に、ひどくだらしのない姿勢で寝ているのであった。

「あのー、マリアライト様」
「…………はぁ~~」
 今一度の呼びかけに、今度は深いため息が返る。
 ため息をつきたいのはザラーガンドの方だ。
 馴染みの商人オラクル・ベルベーグルスに儲け話(どれいばいばい)を持ちかけられ、調達のため山賊まがいの傭兵団まで雇った。
 レースの向こうで寝ている女も、実のところオラクルに紹介された訳だが。
 とにかくこの女の言うようにすれば、万事上手くいくという話の筈だったのだ。

 美しすぎる容姿に、コウモリのような羽。頭には角。先の尖った尻尾。
 旅人だという話で、初めはおとぎ話の淫魔然とした姿に鼻の下を伸ばしたものだったが――男は脇腹を押える。
 触れようとした途端しこたまに蹴りつけられて以来、そんな幻想は雲の彼方に吹き飛んでしまったのだった。

 さておき。ザラーガンドはついこの間、この女に売り物の調達を頼んだ訳だが。あろうことか女は手ぶらで戻ってきた。
 傭兵団に至っては一人も無事では済まず、話によればローレットのイレギュラーズに邪魔されたと言うではないか。
 以前調達した奴隷数名が手元に残っているものの、これでは通算で赤字となってしまう。

 それにしてもローレットは深緑に雇われでもしたのだろうか。
 この場が嗅ぎつけられたらどうしてくれると言うのだ。
 それからと言うもの、気が気ではない。

 気が気ではない。

 気が気ではないのだが――

「おぉーい、ザラーガンドやーい」
 間の抜けた声に、ザラーガンドはのそりと振り返る。
「おー?」
 部屋の隅、ソファでは三人の商売仲間が、暖かな茶に手をつけはじめた所だった。
「んな顔したってー。まあー、しゃーねえよ」
「なるようになる。人生、あー。なんだ。なるようにーなるもんだ」
 それもそうか、と。
 ザラーガンドはソファに腰掛け、使用人から茶を受け取る。

 ひどく眠い夜だった。

 ――

 ――――

「……さむ」

 マリアライトは寝台の上で長いため息を吐き出した。
 近くには幻想種の少女が数名居り、二人は寝ている。
 もう一人。隣で座り込んでいる少女は、薄目を開けたまま表情がない。
 少女達は薄絹を纏わされ、首には金色の首輪をはめられていた。
 その身なりは観賞用の奴隷として、近々売られる運命を物語っているかの様だった。

 マリアライトはひどく億劫そうに、少女の手に己が手を重ねた。
 数瞬の後、少女は昏倒したように羽毛布団へ倒れ込む。
 鎖が硬い音を立てた。
 少女を抱き寄せマリアライトは再び目を閉じる。

「はぁ~……背中、さむ」


 見張りは居ない。
 様子をうかがっていた『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が頷いた。

 この日イレギュラーズが受けた依頼は魔種の討伐だ。
 頻発する幻想種の奴隷売買事件に、次の動きが見えた為である。
 ザントマンなる存在によって引き起こされている幻想種の奴隷売買は、ローレットの活躍によって多くが阻止されつつあった。
 戦いの中でイレギュラーズはザントマンがラサの商人オラクル・ベルベーグルスと特定することに成功していた。
 更には、おそらく彼が魔種であることも。

 そうした中で、ここラサでは傭兵団を束ねる事実上の国主たるディルクが、主犯であるオラクル(ザントマン)を追い詰めるため一計を案じた。
 ラサの有力者が集う全体合議の場で、オラクルとその一派をあぶり出したのだ。
 だがオラクルはその場で深緑との緩やかな同盟関係を破棄し、大々的に侵攻することを提案。
 そしてオラクルは見返りとして奴隷売買による莫大な利益を約束したのである。
 議会は荒れに荒れ、物別れの結果となったらしい。

 結果はともあれ。ディルク達はローレットからの情報により、オラクルが魔種であると確信していた。
 こうしてラサが夢の都ネフェレストでは、オラクル派を一網打尽にするため、大規模な討伐作戦が決行されることとなった。
 魔種絡みの事件といえばローレットの出番であり、無論この依頼もその一環なのである。

 この夜。
 イレギュラーズ達はオラクル派の奴隷商人ザラーガンドの屋敷へ襲撃する手筈となっている。
 ローレットの情報屋によれば敵の構成や能力は割れており、その中にはイレギュラーズが交戦した魔種マリアライトの姿もあるようだ。
 非常に強力な敵である事が知れており討伐が最善なのだが、屋敷には四名の奴隷少女が居るとの情報がある。
 ディルクは深緑との緩やかな同盟関係を重んじており、この依頼の比重は救出に傾いていた。
 とは言えこの都から、奴等を叩き出す事も捨て置けない問題だ。
 厄介な任務を二つこなさねばならないのである。

 イレギュラーズは巨大な門から奥の客間へと真っ直ぐに通じる廊下、その先を睨んだ。
「行きましょ」
 アルテナに言われるまでもない。

GMコメント

 pipiデス!

 悪徳商人の屋敷にかちこみです。
 大暴れして、ついでに少女も助けてやりましょう。

●目的
・囚われた幻想種少女を全員救出する
・魔種マリアライトの撃退(生死不問)
・奴隷商人一派の撃退(生死不問)
・モンスターの撃退(生死不問)

●ロケーション
 奴隷商人の屋敷、広い客間です。
 足場や灯りは十分です。
 中央に大きなベッド。マリアライトと幻想種の奴隷少女3名が寝ているように見えます。
 隅の方に奴隷商人達がぼーっとしています。
 天井に魔物の気配があります。

 客間までの障害は一つもありません。
 怠惰ですねえ。

●敵
『魔種』マリアライト
 見た目は淫魔。属性は『怠惰』です。
 非常に強く、特に攻撃力が高い危険な相手です。

 ベッドで寝ているように見えます。
 しばらくは戦いに乗り気ではありません。
 その後は可能な限り効率的に戦います。面倒事は早く終わらせたいのです。
 追い詰められた場合は奴隷少女を犠牲にすることも厭いません。

・ルミナスセイバー(A):神近列、ダメージ大、流血
・ルミナスピラミディオン(A):神中単、弱点、ダメージ大、流血、万能
・ルミナスストーム(A):神遠範、ダメージ大、出血
・ルミナスコート(A):自付、近接系戦闘能力と移動力の大幅向上、反を得る。
・ルミナスプリシード(A):神至単、副、ダメージ大、出血、ルミナスコート時のみ使用

・質料因縁状スプリッティング(P):
 物理通常攻撃が必殺、流血。

・形相因質的シャーデンフロイデ(P):
 ルミナスコート時に効果発動。
 マリアライトを中心に半径30メートル円が範囲。
 他者を助ける気持ちが起きにくくなる。
 対抗手段は特殊抵抗と気合いです。

・動力因果性サウダシスモ(P):
 肌で触れると相手に強烈な眠気を与える。
 幸せな夢が見られる。
 対抗手段は特殊抵抗と気合いです。

・目的因循化ベルトシュメルツ(P):
 ルミナスコート中のマリアライトをマーク、ブロックするには3人必要。

・飛行(非戦)

『ブリンクウィング』×14
 コウモリのようなモンスターです。
 どこからともなく現れます。
 強くはありませんが、数は厄介です。

・爪(A):物至単
・振動破(A):神近列、識別
・透過(P):壁などを透過するようです。

『奴隷商人』×4
 ザラーガンド一味。
 部屋の隅でミント紅茶をすすっています。

 曲刀と銃で武装しています。
 弱いです。

 眠りの砂をひと瓶ずつ持っており、投げつけてきます。
 意識がぼんやりする、寝るなどの効果があります。
 対抗手段は気合いです。

『召使い』×数名
 いずれも奴隷商人の召使いです。
 戦闘能力もなく茫然自失としています。
 放っておいても良いでしょう。

●救出対象
『幻想種の少女達』×3
 マリアライトと一緒に、ベッドで寝ています。

 グリムルートという金色の首輪をしています。
 グリムルートは本人の意識は残したまま主人の命令通りに行動させる力を持ちます。

●同行NPC
・『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 両面型。剣魔双撃、シャドウオブテラー、ディスピリオド、格闘、物質透過を活性化しています。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <Sandman>動力因果性サウダシスモLv:10以上完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年10月12日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
銀城 黒羽(p3p000505)
フレイ・カミイ(p3p001369)
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ニル=エルサリス(p3p002400)
藤堂 夕(p3p006645)
小さな太陽
彼岸会 空観(p3p007169)
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き

サポートNPC一覧(1人)

アルテナ・フォルテ(p3n000007)
冒険者

リプレイ


 もうやだ。
 したくない。

 はやく。いますぐおとなになりたい。

               ――マリアライト・チェレスタ



 戦混の柄を硬く握りしめた鋼の拳を、細月の光が撫でた。
 愛らしい顔立ちを一際彩る勝ち気な瞳は、いかにも鉄帝人らしく。
 今宵イレギュラーズ一行が集ったのは、珠月館と称される豪商ザラーガンドの屋敷。その壮麗な門の前である。
「このような真似、許しては置けませんわ。絶対に助け出しましょう!」
 誓いを立てた『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)に一同が頷く。

「さーさ、奴隷商人の屋敷にカチコミだお!!」
 ニル=エルサリス(p3p002400)の口ぶりは朗らかに、けれど楽しげな表情は確かな闘志も帯びて。
 この国(ラサ)は今、ディルク=パレスト派とオラクル派とに割れ、混乱の渦中にあった。
 勃発した大規模な市街戦の中で、しかしこの屋敷は静まりかえっている。
 見張り一人立たせぬとは異様な不用心さであるが、イレギュラーズはその理由を知っていた。

 屋敷の主ザラーガンドはオラクル派であり、イレギュラーズの交戦記録は彼等が魔種と繋がりがあることを暴いていた。
「幻想種誘拐だけでも頭が痛ぇのに、それを主導してたのが魔種たぁな」
 ラサに生まれ、自身も傭兵である『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)にとって、ディルクは身近な英雄でもある。
 ルカにしてみれば、オラクルによる幻想種の誘拐と奴隷売買は、緩やかな同盟状態にあった深緑とラサとの間に亀裂を生じさせ、ディルクの顔に泥を塗ったに等しい
 それだけでも許せる自体ではないが、ラサの人間であると同時にイレギュラーズでもあるルカにとって、魔種の存在も捨て置くことなど出来はしない。
「幻想種は全員助け出す!
 でもって魔種とくそったれの奴隷商人共には全員落とし前をつけてやる!」
 戦う理由は誰にとっても十分にあるのだ。

「ヤベい魔種のねーちゃんも居るらしいし?」
「ああ。まさかこんなにも早くリベンジの機会が来るとはな……」
 ニルに答えた『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)等、この場に居る約半数もの面々が怠惰の魔種マリアライトとの交戦を経験している。
 前回の作戦目標は傭兵崩れの盗賊達と交戦しながら、その足で魔種と連戦する。更には囚われた幻想種の少女達を、正体不明の魔物の気配を感じる危険極まる敵陣で救助するというものであった。
 その場で魔種マリアライトを倒せる目は――ニル風に述べれば『ワンちゃんある』のであろうが、少女達は余りの危険に晒される事になる。
「前回のようにはいかねぇぞ」
 述べた『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)の通り、作戦の成功を最重視した結果だ。
 作戦は見事に成功した訳だが――
「傷を負わせてくれた借りをキッチリ返さないといけないし、ね?」
 ――凜と声を張る『フィルティス家の姫騎士』アルテミア・フィルティス(p3p001981)の言葉通り、イレギュラーズの心境はリベンジに近しい所がある。
「今回は確実に仕留めるわよ」

 さておき。屋敷の不用心さはまさに『怠惰』がなせる業なのであろう。
 門をくぐれば一面の池に真っ直ぐ伸びる橋が待っている。ここにも敵の姿はない。
 辺りには花々が咲き乱れているが、殆どがこの地方のものではない。造形深かろうポテトなら理解も容易かろうが、景観のために土からして運ばせているのだろう。贅沢な話である。
「作戦は大丈夫か?」
「うんうん、任せて!」
 ポテトの言葉に『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が頷く。
 交戦前に安堵するのは尚早だが、ひとまずイレギュラーズ間の作戦伝達は問題なさそうだ。

 そうした中でフレイ・カミイ(p3p001369)はと言えば、至極明快な心境である。
 仲間達から聞くところ面倒くさそうな相手ではあるが、マリアライトは見た目だけなら『美しい』と伝わる。
「ブスと男は殺して美女は俺の女にする」
 ならばいつもとやることは変わるまい。
「俺様の女――」
 あえて決めてかかるが。
「手を出していいのは俺様だけと決まっているのだ!」
 夜風に陽の朱をなびかせ豪放磊落を口にする。幻想種でも魔種でも、全ての美女はそうなのだから。

 一方で柔和な愛らしい面持ちに憂いを帯びるのは『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)である。
 先ほど受け取った情報では、救出すべき少女達はマリアライトの抱き枕になって寝ているとされ、更には操られているという話であった。
 故に彼女等は――かなり苛烈な策を検討せざるを得なかった。
 イレギュラーズ達は月夜に駆け出す。
 夕は偶然視線の合ったアルテナと共に頷き合った。二人の抱く豊かな果実が揺れる。
「これが最善手だと信じて、後で謝りましょう!」
「うん……!」
 想いは同じだ。
 真っ直ぐな決意は揺るがない。揺るがせることなど出来はしない。
 謝るためには救出が必要であり、救出のためには――だから誓った――絶対に負けられないと。

 一行は注意深く、そして素早く橋を渡り終えた。
 あっけないものだ。珠月館は一行の眼前にあり、開かれた客間からは炊かれた香が感じられる。
 ヒーローは柄ではないと、『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は伝えていた。
「俺は全力で奴らを殺る、囚われの姫サマ達の救出は任せたぜ」
 常闇を編み込んだ様な外套は夜に溶け、月に映える美貌はどこまでも不敵に。されどその瞳の奥に揺らめく憎悪は決して色あせる事なく――

「私もそうさせてもらいますね」
 鞘走る大太刀――朱呑童子切。滑る鋼の歌声に呼応して、イレギュラーズは一斉に得物を抜き放つ。
 レイチェルとは全く別の意味で、彼岸会 無量(p3p007169)もまた戦い側に傾注する心算で居た。
 国家間の関係性は彼女にとって興味の範疇を外れている。
 更に正直なところを言えば。この兇刃の剣修羅は、奴隷がどうなろうが、そもローレットの特異運命座標として依頼の成否を問うことすら執着には値しない。

 けれど。
(だって、ホラ――)
 満ちる仲間達のの闘志。
(――生きているって感じじゃあないですか)
 奴隷と商人、其れに対して憐みと憤りを向ける者等の感情が、撫でるように心をくすぐるから。


「おーおー。うじゃうじゃ居るお」
 のんびりした声音とは裏腹に、ニルは両の拳を打ち鳴らす。
 誰しも怖気を催す光景を前にして、ニルは泰然自若を崩さない。
 屋敷の天井には、壁を透過する奇っ怪な魔物の姿が見える。予想通りだ。
 一同の目配せ。
 なに。殴れば良い。
 問題などありはしない。

 解放された客間にイレギュラーズ達は次々に飛び乗った。
 突入した一行に立ち塞がったのは奴隷商共ではなく、天井から現れたコウモリのような怪物であった。
「分かってれば、たいしたことないんだぬ」
 唸りを上げるニルの拳が一羽をたたき落とし。
「くらいやがれ!」
 ――裂帛。
 爆裂するルカの闘気が天井を揺るがし、砕けた破片と共に怪物が次々に床へと叩きつけられた。
 豪奢な絨毯を醜悪な血が穢す。

「お、おい。なんだ?」
「おー? 客かあ?」
 茶をすすっていた奴隷商達が顔を見合わせ、あごひげを撫でる。
「呑気なものね……これも『怠惰』のなせる業なのかしら?」
 一羽、また一羽。憎悪の奇声をあげ襲い来る怪物を次々に剣でいなし、アルテミアが吐き捨てる。
「やれる?」
 背を合わせたアルテナへ。
「任せて」
 深く傷ついた一羽にアルテナは至近の刺突を見舞い、怪物へ終焉を穿った。

「嗚呼。コレじゃあ……せめて本命には期待させて頂きたいものですが」
 不満げな無量が刃を振るって血糊を払う。壁面に赤く三日月が描かれた。
 彼女のぼやきも無理なかろう、この程度では斬り甲斐も何もあったものではないのだから。
「どうか裏切らないで下さいね」
 中央に鎮座する豪奢な天蓋付きベッドからは、未だ寝息が聞こえていた。あそこに魔種と囚われの少女達が居るはずだ。

 何はともあれ、敵が腑抜けているうちに、怪物共は一掃すべきである。イレギュラーズの行動は迅速だった。
「主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え」
 紡ぎ、瞳を開く。
 煌めく翠玉を吹き上がる爆炎が照らして。
「一網打尽! でございますわー!」
 ヴァレーリヤは戦棍を天高く掲げ、一気に振り下ろす。
 唸りを上げる炎渦の中で、三羽の怪物が塵のように舞い散る。
「灰は灰に、ですわね!」

 派手な襲撃の中で、敵の動きは余りに鈍かった。
 腕をばたつかせ、奴隷商共がソファからようやく立ち上がる。
 中腰のまま目玉をぎょろぎょろと動かし、両手に見えないキャベツでも抱えているかのように宙空をうろうろさせていた。

「あは☆ はやくやっちゃえ~☆」
 奔放なるフィーネリアが夕をつつく。
「行きます!」
 夕の背に光の翼が閃き、羽ばたいた。
 舞い踊る煌めきの光刃が穿ち、切り裂き――イレギュラーズの一方的な攻勢は僅かな内に初めの決着を得るに至る。

「客じゃねえな、どうすんだこれ」
「いやあれだ。さっきディルクの奴等がかちこみ始めたってんで。おらあ、だあら旦那にも伝えようって来たんで」
「早く言えよー」
 ザラーガンドは眉間にしわを寄せ、イレギュラーズを睨む。
「高かったんだぞー、絨毯ー。いいかお前等、こいつぁな。雌奴隷が一生をかけ――」
 鼻っ柱に拳がめり込む。
「いいから黙っとけ」
 仰向けに吹き飛んだザラーガンドがローテーブルを押しつぶし、けたたましい音が響いた。
「俺様の女に絨毯なんぞ編ませてんじゃねえ」
 完全に白目を剥いて泡を吹いている。

「お、おい。どうする」
「いや、お前行けよ」
「いやいやいや」
 奴隷商共がじわじわと壁際に追い詰められていく。
 彼等の行動は明らかに常軌を逸していた。彼等からは怒りも憎しみも恐慌も感じない。
 彼等とて一応得物を抜きはしたのだが、まるで眼前の現実を拒絶しているかの如く具体的な行動に欠けている。
 間違いなく『原罪の呼び声』の影響だ。

「様子はどうだ?」
 仲間を手早く癒やしつつ、ポテトは問う。
「ずっとあのままだが」
 答えた黒羽は即応出来るように注視を続けていたが。マリアライトはピクリとも動かない。
 動かないのだが――先ほどまでの寝息も聞こえない。だからそう続ける。
 何もしてこないというのも鬱陶しいと言えば鬱陶しいことこの上ないのだが、下手に刺激して襲われてもたまらない。
 いざというその瞬間、誰よりも早く状況に対応することを考慮するならば選択肢は少なかった。今はこれが最善だと信じる他ない。
「そう。起きたのね」
 アルテミアが覚悟を決める。

「あー……で、まずはコイツラだな」
 商人達が後ずさる。
 こうなれば余り時間もないだろう。レイチェルの言葉にルカとニルが拳を鳴らし。
「赦しちゃあ置けねぇよなあ」
「鉄拳制裁だお!」
「あー。金か。金だ、金をや――」
 言い終える前に。二人の拳が再び唸りを上げ。
「ラサの傭兵舐めてんじゃねえぞ」
 大戦斧が落とし前をつけさせた。


「やだ。かえって」
 唐突な――ひどくのんびりとした声。

「そうは行かないんだ」
 ポテトはきっぱりと拒絶する。
 正直なところ、一行はさすがにもう少し早くマリアライトが動き出すと考えていた。
 思えば前回もそうであったが、怠惰というものもつくづく度しがたい。
「うわぁ……めんどくさ。これはあげないし」
 対する答え。これも予想通りだが、やはり対話は期待出来ない。

 肌をヒリつかせる空気の中、訪れた静寂は数秒であったか。
 マリアライトは未だ動いていなかった。
 幾重にも包まれた薄絹の向こうで、ただただ押し黙っている。
 一同に生じた微かな焦り。
 この状況を打破せねばならない。
 唇を引き結んだアルテナの肩に、フレイが手のひらを乗せた。
「俺がなんとかしてやる」

 駆け踏み込んだフレイが天幕の支柱を蹴り飛ばし打ち払い、即座に地を蹴りベッドに飛び乗る。
 幾重ものベールが吹き飛び、現れたのはあられもない姿の女達。魔種マリアライトと三人の少女達であった。
 ベッドの上に転がった少女が二人。もう一人は半身を起こしたマリアライトの腕の中。

「頂きだ―! ガッハハハ!!」
 その言葉に魔種はひどく不機嫌そうな顔で少女を抱きしめた。
 フレイは転げている少女の一人を抱きかかえ、即座に離脱する。
 ほぼ同時に。夕が果敢な決意と共に飛び込んだ先。ベッドの上で転げながらも二人目の少女を抱きかかえる。
 枯れそうに細い少女を豊かな胸に押し抱き――イレギュラーズは再び行動を開始した。

 最後の少女をどう助けるか。
 課題は誰にでも一目で分かる。
 予測とて十二分に済ませている。
「じゃあそっちあげる、これはだめ」
 マリアライトは少女を抱いたまま、首輪から伸びる鎖を手に絡める。
「わ・た・し・を・ま・も・っ・て」
 金色の首輪グリムルートの魔力が、少女の朦朧とした意識に食い込んだ。、
 腕の中で目を閉じ、首を傾けたままの少女がカクンと頷く。
「こうすると取られないって、『あいつ』がいった」
 少女は夢に意識を預けたまま、しがみつくように細い両腕をマリアライトの背へ回した。
「ザントマンかぬ」
「あいつむかつくけど、たまには役に立つかなあ……?」
 これも予測通り、マリアライトは己が身を少女に庇わせている。
 さながら人質、肉の盾。
 ザントマンの入れ知恵だとすれば余計な事をしてくれたものだ。
「ぜったいあげない、早くどっかいって」
 一向に課せられた試練は、あれをどう引き剥がすかという事。

「主よ、慈悲深き天の王よ」
 迷わない。
「彼の者を破滅の毒より救い給え」
 迷ってはいけない。
「毒の名は激情。毒の名は狂乱――どうか彼の者に一時の安息を。永き眠りのその前に!」
 聖句を唱え、地を蹴り、踏みだす。
 ヴァレーリヤが突き出す戦混、裂帛の気合いと共に放たれた一撃はマリアライト――否、助けるべき少女の小さな胸へ吸い込まれた。
 衝撃の余波にベッドはけたたましい音をたて断ち割れ、砕け、吹き飛び。
 マリアライト諸共に吹き飛ん少女の口から赤色が溢れる。
 少女の小さな胸を劈いたであろう痛みと衝撃は、おそらく魔種の力によって幸せな夢を揺蕩う少女には自覚されていまい。
 苛まれるとすれば、むしろヴァレーリヤの心であろう。
 命に別状がないという言葉は、必ずしも救いにはならないのだから。

 だがこれこそが先刻、夕が述べていた最善手。
 殺さぬように少女を奪う為に行う一同の決意であった。
 だから絶対に勝ち、心身を癒やし、誠心誠意謝るしかない。

「もー……やめてって言ったのに」
 呻くマリアライトが鎖を引こうとした刹那、レイチェルが構える純白の大弓から放たれた一条の光が鎖と交差する。
 引き延ばされたような時の中で、光が通り過ぎて往く。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 連なった環の一つが砕け、支えを失った幻想種の少女が自由落下に囚われる。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 吸い込まれるように。
 その身は床へ。

 もう一度。
 あと一人を。あの子を。
 絶対に助けるのだから。

 床に跳ねて倒れる少女へ夕が駆け――しかしマリアライトの指先は光を放ち。
 部屋の全てを覆う程の禍々しい輝きが、巨大な魔陣を描ききった。
「るみなすこーと」
 刃のように煌めく魔石の渦がマリアライトの周囲を舞い、意識を揺さぶる瘴気の波動が放たれた。

 ――考えてみて欲しい。
 ローレットからの依頼は『奴隷商』『魔物』『魔種』を撃破すること。
 そして『少女』を助けることである。
 最後のこれは、少女を助けるという使命は本当に必要なことか。
 奴隷商と魔物は既に片が付いている。
 第一に事件の元凶は魔種であろう。
 魔種とは人のタガを外した強大な力を保有している。討ち滅ぼすことは至難。
 そして魔種の撃破はレギュラーズの本懐だ。
 ならば少女の救助など差し置いて、ここでマリアライトを殺しきることが本来の姿ではないのか。
 それこそイレギュラーズが果たすべき使命ではないのか。
 なぜ助ける必要がある――

 荒れ狂う魔晶の刃が荒い呼吸を繰り返す少女を襲い、小さな命に永久の別れを告げさせる。
 それで良い。
 そうすれば楽になる。
 最短最高効率の達成である。

 ――

 ――――

 させない。
 唇を噛みしめる。
 赤が滲み、鉄の味が広がる。
 この手が届く限り、命を守る誓い。
 その炎が潰えるはずなどありはしないと。
「させないわ。絶対に!」
 そうなる筈だった未来を変えたのは、アルテミアであった。
 高らかな声音が告げたのは、約束されたかのように思えた悲劇を斬り捨てた真実。

 無数の晶刃に切り裂かれるアルテミア。その背に守られた少女の命を救ったのは夕であった。
 抱きしめ走り出す。強大な邪悪に無防備な背を晒し、一念を押し抱いて駆け抜ける。
「頼む」
「はい!」
 己が全霊を賭して支えねばなるまい。
 ポテトが放つ聖浄の歌声が少女と夕、アルテミア包む中で、フレイと夕は屋敷の外へ向かって走り出す。

 マリアライトの瞳に微かな焦りが浮かんだ。
「いや。ぜったいだめ」
 デモニアはフレイと夕の背へ視線を突き刺し、コウモリのような翼を広げる。
 黒羽は直感した。
 マリアライトを縛り付けるのは、おそらく無理だ。
 言葉(ちょうはつ)に耳を貸す手合いでもなければ、闘気の枷で捉えきれるほど容易くもない。
 どうしたらいい。
 回答は常にシンプルだ。
 とにかく注意を向けさせればそれでいい。
 どんな手を使っても足止めする他ない。

 魔晶の陣を展開させ、マリアライトが視界から掻き消えたその時。
 身体をぶつけるよう立ちはだかったのは黒羽だった。
 転げる黒羽は地を蹴り、尚も両腕を広げる。衝撃にきりもみしたマリアライトは宙空で姿勢を立て直す。
 両者は譲らぬまま、その身を覆う闘気を膨れ上がらせる。

 ヴァレーリアの一撃から始まった全てが噛み合わなければ今の結果は訪れて居まい。
 イレギュラーズはようやく、少女達を救い出すことに成功したのであった。

 後はこの眼前の魔種を――
「……どうしてよ」
 掠れた声がする。
「もー……なんで……もー……なんでよ」
 一同が目の当たりにしたのは、唖然とする光景であった。

 なぜならばマリアライトが美貌をぐしゃぐしゃに歪めて泣いていたのだから。
「なんで、どうして。もうやだよ。いやだよう」
 嗚咽し、何度もしゃくりあげ、涙をぼろぼろとこぼしながらデモニアが泣いている。

「マリアライト……何故、魔種であるお前がこんなことに手を貸した?」
 だからポテトか溢した言の葉は、素朴な疑問であった。


 ――ラサの夢。
 それはさながら、砂漠の見せる蜃気楼のように。
 街へたどり着く夜、行商であった父は決まって居なくなった。
 真夜中に宿で目覚める度、マリアライトはひとりぼっちになっていた。

 寂しさか、好奇心か。
 マリアライトは父が出て行く事に気付き、後を付けてみた。
 酷く暗い建物の中は、イランイランのむせかえるような甘い香に包まれている。
 隠れながら父を追い、物陰に潜んだ。
 そこで幼いマリアライトの目に焼き付いたのは、父の淫蕩であった。
 眼前で行われる動物的儀式の意味すら理解出来ぬまま、マリアライトは不意に『あのような姿になれば父に愛されるに違いない』と思った。

 そもそもマリアライトは行商に連れられるのが大嫌いだった。
 同じ年頃の子供達と遊びたかった。
 一緒に学校に行きたかった。
 父に連れられ足が棒になるまで歩くのは嫌だった。
 揺れるラクダの背に乗るのも嫌だった。

 自由になれればいいのに。早く大人になれればいいのに。
 自由に飛べればいいのに。さっき夜空を飛んでいたコウモリの羽があればいいのに。
 何度も、何度も、何度も願って。
 にゃんちゃんの声を聞いた。

 そして知った。
 父に愛される必要なんてない。
 歩く必要なんてない。
 なにもしなくていい。

 身体は大人になったし、すごく綺麗になった。
 コウモリの羽もある。
 欲しいものは全部ある。
 だからもう何もしなくていい筈だった。

 なのに――

「わかんない……あいつがやれって言うし」

 聖域より顕現した樹精たるポテトは、人の身が必ずしも形通りとは言えぬ事を知っている。
 何よりも大切な『死力の聖剣』と、そして掛け替えのない友達と築き上げた優しさ故に理解出来ることがある。
「お前は……」
 おそらく反転する前のマリアライトは、年端も行かぬ子供だったのだろう。
 今でも十年と生きていまい。
 故に悟り、けれど言葉は飲んだ。
 言えばきっとひどく傷つけてしまうだろうから。
 それに相手が何であろうと、ここで倒す決意を揺るがせる訳にはいかないから。

「でもやらないと、きっとにゃんちゃんが怒られるから、もっとめんどくさい」
「にゃんちゃんというのは、誰なんだ」
「にゃんちゃんは、すごいえらいしかわいいし、もういい」

 マリアライトが突如身を翻す。
 ああ。これを放置すれば仕事は終わりだ。
 任務達成。
 依頼は成功――だが。

「逃がすかよ!」
 権能の解放。レイチェルの凄絶な笑み。髪は毛皮に、美貌は獣の王へ。
 銀狼が咆哮する。
 その意。その怒りを厳然と突きつける。

 我、月を背負う者――我が歩み妨げる者、何人たりとも赦さぬ。と。

 美しき獣王から放たれた衝撃はマリアライトが展開する晶刃の衣を吹き飛ばし、そのまま地に叩き付けた。
「行け!」
 イレギュラーズの猛攻が始まった。
 立て続けに襲う攻撃の嵐に、マリアライトの身に数多の傷跡を残す。
 マリアライトは逃げ回るのをやめ、時にイレギュラーズに触れ、時に攻撃を仕掛けてくる。
 魔種の指先が掠める度に、全てを投げ捨ててしまいたくなるほどの強烈な睡眠欲が襲ってくる。
 約束するのは幸福な夢。
「そんなもん要らねぇ!」
「幸せは夢じゃない!」
 揺らぐ意識を叱咤してレイチェルとポテトが叫ぶ。
 幸せは現実に、伴侶と共にあるのだと。
「同胞見捨てる位なら死んだ方がマシだ。俺は馬鹿でなァ」
「仲間を癒し、支える道を選んだ覚悟を舐めるな!」

 交戦は続いている。
「気合いと根性で俺に右に出る奴はいねぇ!」
「この程度……ゼシュテル人の底力、甘く見ないで下さいまし! どおりゃあー!」
「約束しちまったからな…必ず戻るって。だからよ、こんなところで不甲斐ねぇ姿は晒せねぇんだよ!」
 時に己を殴りつけ、時にのろけ、時に誓いを新たとし。
 イレギュラーズの果敢な攻撃は止まらない。
 無論マリアライトも、放つ魔晶の煌刃が絶大な殺傷力をもってイレギュラーズを苛み続けていた。
 更には度々展開されるルミナスコートにより、敵の戦闘能力は極度に膨れ上がる。
 剥がすのは困難を極めたが、可能としたのは常にレイチェルの咆哮だった。
 一度は成し、一度はしくじり、仲間達の攻撃が生み出した僅かな隙を狙うことを選んでから、二度と外していない。
「逃がさねえよ」
 ルミナスコートさえなければ、黒羽は飛び回るマリアライトの動きを制限出来る。

 こうした激しい攻防の中でいくらか僅かな間隙に、数名が可能性の箱をこじ開け、それでも闘志を剥き出しに反撃の刃を振り上げた。
「めっちゃいたい一撃だお。か・く・ご・し・ろ?」
 ニルの鉄拳制裁がマリアライトを吹き飛ばし、瓦礫の山が粉砕される。
 ばらばらと舞い散る埃の中で彼女は更に間合いを詰めた。
「いたい、やめて」
「わりーけど、無理だぬ」
 言葉こそ呑気に聞こえるが攻防は壮絶だ。
 一撃。また一撃。大気を切り裂く雷撃のようなニルの拳は、人ならざるデモニアの生命を確実に穿ち続けている。
 ルカが、アルテナが、アルテミアが。ニルに続いて猛攻を仕掛ける。
「嗚呼、良いですね。こうでなくては」
 無量の斬撃がマリアライトの身に一条の赤を描き、煌刃が無量の身を引き裂いて。
「皆で帰る! 最後まで支え切って見せる!」
 イレギュラーズを支え続けるポテトと、サポートに回ったヴァレーリヤが居なければ、戦いは最悪の結末を迎えていたかも知れない。
 ヴァレーリヤの瞳に燃える激情は、おそらくポテト同様にマリアライトの身の上を察していた。
 察して尚、成さねばならぬ。
 それは民(りそう)と帝(げんじつ)とに引き裂かれ、無力に殉ずる甘美さえ拒絶して燃え上がる生き様を描きながら――今一度、聖句が紡がれる。
 戦場に炎が舞い降りた。

 終わりの時がじりじりと近づく中で、ついに大きく風向きに変化が訪れた。
「やっぱ見た目は報告以上だな! よし俺の女になれ」
「あの子達は、もう大丈夫です!」
「安心しろ、まだ何もしてねえからな!」
 フレイと夕が使命を果たし、戦場へと戻ったのである。

「魔種だろうとなんだろうと美女なら俺の女だ。生かすも殺すのも俺がやる」
 フレイの拳――行道赤路。己が身すら蝕むほどの一撃が魔種へ叩き付けられる。
「相手がなんだろうがぁ! 力づくで叩き切ってやらぁ!」
 傭兵の意地と誇りを賭け、ルカは振り上げた大斧に渾身を籠める。
 ――轟音。
 舞い散る滑りが染めた木片は砕け飛び、眼前で爆ぜたものを、かの傭兵王は言祝ぐか。
 否、杯が卓を滑るのみに違いない。
 ディルクに成せぬ偉業を遂げた実感は定かでない。されどそれだけを求めて、ここに立つ訳でもなく。
 ルカは今一度、大戦斧を振りかぶった。

 人が人たる殻を割ったなら、生命という概念の箍が外れるのも無理からぬ事である。
 マリアライトは未だ生きており、健在であり、息災で。イレギュラーズは苛烈な災厄に晒され続けていた。
「支えます!」
 ギリギリの攻防を支え続けるポテトやヴァレーリヤと並び、夕がその魔力を解放した。
 マリアライトが再び煌刃を纏い――
「悪いけど、その力を奪わせてもらうわよ?」
 アルテミアの剣が青白の軌跡を描いて、マリアライトを切り裂いた。
 滅びのアークに属する邪しき力が霧散し、輝く波動となってアルテミアの身を包み込む。

 猛攻の中、身を翻したマリアライトは眼前の無量に手を伸ばす。
 眠らせ、このまま走りきる。飛び去る。逃げる。
 そういう心算なのであろう。
「嗚呼、得心いきました。”こう”ですね?」
 だが無量はその手を掴み、マリアライトを引き寄せた。
 無量は襲い来る強烈な眠気の中で、身をよじり突き放そうとするマリアライトをそのまま抱きしめる。
「なんで、やめて。もう帰る」
「愉しいですね……貴女が敵で本当に良かった」
「痛い、にゃんちゃん、助けて」
 額の瞳が捉えた細く煌めく『線』は、踊るように兇刃が向かうべき場所を指し示す。
「たすけて、たすけて、たすけて」
 閃く刃をマリアライトの背に当て、無量はそのまま己ごと貫いた。

「お互い同じ痛みを分かち合い、お互いの血の温もりで暖め合う……」
 己の口から溢れる血に噎せ、壮絶な眠気のただ中で無量が語りかける。
「……宛ら閨で睦み合う恋人の様ですね。如何ですか」
 マリアライトの顔が恐怖に引きつった。
「背中も寒くないでしょう?」
 血が溢れる。
「さむいよ」
「それは、それは」
 人と魔の命のしずくが混ざり合い、おびただしい赤が床を染めて往く。
 マリアライトは無量の肩に爪を立て、串刺しにされた己の身を引き裂きながら逃れようとする。

 喀血。マリアライトの吐き出すおびただしい液体が無量を黄昏に染め。
「幸せな夢は、見れそうですか?」
「ん……おやすみ」
 抱き合う二人はそのまま意識を手放した。

成否

成功

MVP

彼岸会 空観(p3p007169)

状態異常

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
祝呪反魂
銀城 黒羽(p3p000505)[重傷]
アルテミア・フィルティス(p3p001981)[重傷]
銀青の戦乙女
ニル=エルサリス(p3p002400)[重傷]
彼岸会 空観(p3p007169)[重傷]
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き

あとがき

依頼お疲れ様でした。
MVPは巨大なリスクを背負った方へ。
この形での成功は想定していませんでした。

それではまた。皆さんのご参加を心待ちにしております。pipiでした。

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