シナリオ詳細
花咲く森のブラームス
オープニング
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Schlafe, schlafe, schlaf du, meine Kindelein――♪
花咲く木々は静かにざわめき、眠りについた花々は頭を垂れて夢の中。
夜闇避ける様にして、子供達が口遊み、まるで秘め事の様にささめきあった。
その様子を眺める紫苑の髪の大魔導は「久しいお出でですね」と静かな口調でそう言った。
「用事が無きゃそもそもオマエらもこんな所に招いちゃくれねぇだろ。全く――」
厭になる、と『赤犬』と呼ばれた男はそう言った。
鮮やかな緑葉が美しく、全てを覆い隠すかのようなその場所は大樹ファルカウに守護された幻想種の国『深緑』。
その内部に傭兵と商人が砂漠地帯に作り出した街――ラサの盟主たる『赤犬』ディルク・レイス・エッフェンベルグの姿があるのは珍しい。
「あの歌、『こんな時世に聞くとワケアリにしか思えない』な」
ぼやくその言葉を聞きながら目を伏せた大魔導――ファルカウの巫女、リュミエ・フル・フォーレは頷く。
――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
そうしないと、眠たい砂が降ってきてザントマンに攫われてしまうよ――
それは深緑で生れ育った者であれば、誰もが耳にする御伽噺であり、躾けの為の子守歌なのだそうだ。
厭になる、ともう一度呟いたディルクはリュミエをしかと見据える。
「単刀直入に言う。ウチ――ラサから幻想への商売ルートのひとつに『特定種族』ばかりの人身売買があると判明した」
「ええ。存じています」
穏やかな口調で、リュミエはそう返す。ディルクは彼女の穏やかさの中に冷たい気配を感じ取り厭になると三度目口にした。
彼は幻想へも足を運び、その事実を確認した。幻想貴族ガブリエル・ロウ・バルツァーレクに確認したところ商売筋では明らかにラサからのルートが増加している。それはディルクが『知り得る限り』のもので間違いはない。
商売が繁盛している。それだけであればラサの商人は喜ぶ事だろうが、問題はその商品だ。
「存じております。
……ラサから幻想へ行われる『人身売買』。その商品に我らが同胞のみが対象となって居るということ」
冷たい言葉であった。
リュミエ・フル・フォーレはその事実を知って尚、ディルクを深緑内部に招き入れたのだろう。
背に汗が伝う。ディルクはその状況が傍から見ればどのようにとられるかは一目瞭然だと口にした。
遥か昔より国家同士が隣接し合い、緩やかな同盟相手として取引をしてきた。
それはディルクが生まれる以前からの同盟関係だそうだが、その結びつきを反故にし、深緑へと敵対関係を取るかのような行いをしている。
彼らにその意図がなくとも、閉鎖的である彼女たちにとってそうと考えられても仕方がない事情だ。
「その事情に少なくとも『表立った人間』は関与していない」
「私は貴方が『そう言った事をする』とは思っておりません。
貴方――いいえ、『彼』の関係者である以上――は国家間の関係に罅を入れたいとは考えないと、そう思いますから」
どのようにして二つの国が結び付いたかを知っているでしょう、とリュミエは囁くように言った。
ディルクは唇を引き結び「だから、厭になるんじゃねぇか」と大仰に頭を掻いた。
「少なくともこちらからは敵対の意思もなけりゃオマエらが食い物にされてる状況は見過したくない」
「ええ、見過ごされては困ります。私達は搾取される側、ならば、する側に回っている貴方(ラサ)に対処を委ねるしかない」
リュミエはディルクをきつく睨み付ける。大魔導の美貌は此度の事を糾弾するかのように厳しいものに変化している。
ディルクは「調査をしたい」とリュミエに告げた。
「勿論、オマエらの意見を聞いてからの派兵になるが、一枚岩ではないウチよりも適任があると思ってな。
傭兵は金で動く。それ以上に何処の国家に対しても『肩入れしない』アイツらの方が向いてると思うんだが――」
「貴方方による搾取である以上、第三者……いいえ、明確に本件に関わっていない彼らの方が良いというのは同意します。
私にそれを聞きに来たという事は深緑内部で『彼らが本件に関わる事』を許可して欲しい……という事でしょうか」
静かに、リュミエは言う。
ディルクはお見通しかと肩を竦めてゆっくりと頷いた。
「ああ。ギルド・ローレット。アイツらにこの件を委ねたい。
今更、オレ達が内部で犯人捜しをした所で信頼性に欠ける。……そうだろ?」
確かめるように、ディルクは言った。
ギルド・ローレットを派兵し、『深緑内部』で多発する幻想種の誘拐、そして、人身売買に関する情報を収集して欲しい。
ラサと深緑の親交を揺るがす事態だ。
幻想、そして、天義をも救った彼らであれば、この事態を打開できるかもしれない――
- 花咲く森のブラームス完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年08月11日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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Schlafe, schlafe, schlaf du, meine Kindelein――♪
くすくすと子供達が笑い合う。緑の園を走り回った長耳の子供達――幻想種のその姿を両眼に映し込んで、『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)は目を細めた。
天真爛漫に走り回る幼い子供達。純真無垢であるその姿を見遣れば二人の盟主からローレットへと頼まれた『人身売買』という事実がどしりと胸に圧し掛かる。
木々の隙間より飛行で眺めるティアは静かに息を吐き肩を竦める。
「人身売買か……この世界でもやっぱりそういう事はあるんだね」
『くだらない話ではあるがそういった需要は貴族間ではあるだろう』
「犯人を特定できたらいいんだけど、とりあえずやれる事をやるとするよ」
『砂が巻き上がると言う事は地形を武器に出来る可能性もある。油断はするなよ』
人身売買――ローレットが本拠を設置する幻想国。その隣人足るラサより闇ルートの様に流れる商売の話。人身売買は今までも存在していた。寧ろ見目美しい幻想種の少女を奴隷にと乞う悪徳貴族の話も『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は耳にしたことはあった。
(……幻想種を狙った人身売買、ラサの商人も関わっていたのですね。
そちらはそちらで、既に拠点の割り出しが進んでいるという事ですから、まあよいとして……)
ラサの実質的主導者『赤犬』ディルク・レイス・エッフェンベルグが幻想貴族である『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレクの間である程度の割り出しと情報の収集が進んでいる様だ。その情報収集や拠点に対する対応にも特異運命座標が携わっている様だが……幻想種であるリースリットでも『何となく』は分かるアルティオ・エルムの事。無論、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)にっとては大樹ファルカウの神聖さは『理解できないわけがない』ものだ。
「アルティオ・エルム内どころか、ファルカウの中で失踪事件というのは、気になりますね」
「……そうだね」
リースリットの言葉にアレクシアは掌に力を込めた。彼女に取ってはこの事件は見過せない。
それは自身と同じ種族であるからではない――この美しい大樹が故郷であるからだ。
「誘拐事件だなんて放っておけないよ! ……深緑は大事な故郷でもあるんだから!」
小さく息を飲み、唇を噛み締める。情報収集は足だと認識するアレクシアは知り合い――自身の近くの友人たちや両親を始めとした幻想種からツテを伝っていく――を中心に情報収集をすると決定していた。
「ええ。ええ。天義の一件は私も話を聞きました。天義、そして練達に居た私にはまだまだ深緑は未知ですが……母国(かのくに)の様に魔の手が迫っているのならば見過すことはできません!」
フードでその顔を隠したメルトリリス(p3p007295)は自身のその身から失われた左腕を隠す様に撫でる。
「……なんとかしなくては」
「ええ。人身売買は見過せません。どのような目的で、どうして『幻想種』を誘拐しているか――そこが気になりますが……」
唇を尖らせて『嫣然の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)は悩まし気に首を傾いだ。
例えば、弥恵の様な見目麗しい少女を奴隷にしたいという話はよく聞く。同様に、人間種ではない獣種などを労働力とする話だって幻想国内では目にし、耳にすることはできた。
「なんとか手がかりを見つけて、二度とこんな事が起きないようにできれば良いのだけれど……実際としての『人身売買』を起こらないようにするというのは難しいのかしら」
それが国のあり方としても有り触れた物なのだろうと『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は静かに息を潜めた。
「人が人を売るなどとは、なんと浅ましい……種族の違いなど、中身に違いなどありはしないでしょうに」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は唇を震わせる。喜劇と悲劇。物語の中でも語られるそうした違いは何時だって
「愚かなのは、人の世の常。それでも、人が愛おしい。
人の欲から生まれたが故か。人の欲を知ったが故か――」
さて、人身売買を未然にどう防ぐかを考えればその事象が減るのではないかとも『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は考えていた。
「……まずはしっかり情報収集と子供たちが出歩かないようにしないとな……」
呟くサイズ。子供達が夜に出歩けばそれだけでも誘拐の可能性がグンと上がる。
サイズにとっても深緑は穏やかな木々が心地よい場所だ。こうした『不和』があるというならば出来うる限り改善したいというのが彼の中での希望でもあるだろう。
――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
そうしないと、眠たい砂が降ってきてザントマンに攫われてしまうよ――
子供達にしつけの様に語られた御伽噺。子守唄を耳にして『ラスト・スカベンジャー』ヴィマラ(p3p005079)は「よくある話だねえ」と小さく頷いた。よくある話であれど全然『ロック』ではないのだが――
「御伽噺の怪物に誘拐事件かぁ、こういうのには裏があるってーのも定番だよね。
……でもまぁ、やることは一緒、誘拐なんてやるような連中を懲らしめるだけさ!」
「ああ。その通りだ」
幻想種には異様なこだわりを見せる『黒のガンブレイダー』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は神妙に頷いた。
「幻想種を拉致しての人身売買……以前にも似たような話を聞いた事はあるが……。
リュミエ様やディルク氏からの依頼ともなると国自身が遂に動いた、と言う事……俺としても放っておくつもりはないし、あの二人の依頼に応えよう!」
――国家の盟主から求められる。それは事件の大きさを物語っている。
此処で見過ごして何が英雄だとクロバはその掌に力を込めた。
Schlafe, schlafe, schlaf du, meine Kindelein――♪
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「情報を得ようにもとりあえず現地の人たちの協力を得ない事には進まないよな……とりあえず警戒を解けよう尽力してみるよ」
重要なミッションは何を差し置いてもそれであるとクロバは理解していた。深緑と言う国は閉鎖的な場所だ。『縁ある隣人』として、ラサとはある程度の友好関係を結んでいる様だがそれが無ければローレットでさえも深緑内――大樹ファルカウに中央の都市を設置している――に立ち入ることはできなかっただろう。
「うん。私達も幻想種で故郷ではあるけど……ローレットの仕事をしたら『余所者』なことには変わりがないものね」
僅かな寂しさを感じながらアレクシアは小さく頷いた。ローレットの特異運命座標達の中では深緑にある『文化』になじみがない者も多いだろう。
例えば、ファルカウは大樹ではあるがこの国家の象徴でもあることで決して失礼をしてはならない。その体に昇るというのも控えた方がいいらしいことはアレクシアも聞いたことがある。
炎があまり好まれないという事も、この豊かな自然が燃える可能性を考慮してだろう。
ファルカウに昇ることはなく、それでも上空から抜け道となる部分を探してみるとティアは聞き込みではなく警戒に重きを置くと飛び立った。
「それでは僕はご老人を中心に伝承について聞いてきましょうか。
伝承というのは、なんらか理由があって、伝え残されるもので御座います」
幻は悩まし気にそう呟いた。特異運命座標を招くという『変化』をどれ程受け入れられているかは定かではないが――一先ずは聞き込みにも注力するべきだろうか。
「私も『ザントマンの物語』をもっと詳しく知りたいのです。
……そういう物語の影に似せて迫る誰かの仕業か、それとも本当に物語が現実になっているか……」
例えば、彼女が身を寄せていた練達の塔主が一角、Dr.マッドハッターの様な――彼の場合は旅人ではあるが、そう言った事象がないとは言い切れない。
「ティアさんが上空から確認してくれていますが……このような迷宮森林で『誘拐』というのもルート確保に骨が折れるでしょうね」
深い森を振り返り弥恵は何処か悩まし気にそう呟いた。さざめく木々の中、幻想種達が生き生きと歩み続ける。弥恵がもしも『案内役無し』に迷宮森林の中を歩み回れば、ファルカウには戻れないのではないかと言う錯覚さえも感じさせる。それがこの深緑の姿だ。
「考察としては、深緑側の地理を知っていないと難しい事……だと思います」
「それは……『深緑側』にも手引きしている方がいるかも、ということですか?」
「ええ。誘拐犯の手引きをしている人がいるのではないか、独自の移動ルートを確保しているのではないか――考察ではありますが、そうでなければこの森の深さでは余所者がそう言った行動をとるのは難しいでしょうね」
メルトリリスにゆるく頷いて弥恵はむ、と唇を尖らせた。見目麗しい舞姫は人目を引く事で情報収集をすると仲間達へと告げていた。
クロバが言う様に閉鎖的な国家であることも災いして、幻やメルトリリスの聞き込みや弥恵の舞からの聞き込みは中々困難を極めそうだ。
「いやー、でも! 『犯人は現場に戻ってくる』っていうしね!」
探偵役の様にズバリと言ってのけたヴィマラ。彼女の傍らでサイズも「ふむ」と小さく呟く。
「まあ、話を聞いてくれそうになくっても注意喚起位はしてみてもいいかもしれないぜ」
ヴィマラに頷いて、アレクシアは「それじゃあ、こっちから調査を始めよう?」と仲間達を手招いた。
「そちらから?」
「そう! クロバさんの言う通り、私の故郷は――深緑は閉鎖的だし、警戒が強かったりするんだ。
知り合いとかお父さんやお母さんのツテを頼ってみんなを紹介しながらの方が効率良いと思う!」
いろいろな事件を解決してきたという事もアピールし『地元のダチコー』として振る舞えばと告げた彼女の言葉に幻は『お願いします』と微笑んだ。
両親や知り合いのツテに特異運命座標を紹介しながらも失踪したとされる幻想種達の居た位置をマッピングするサイズ。しかして、その位置はまばらであり、決定的に『ここに居た』と言うのはなさそうだ。
「偏りがないどころか満遍なく……? 寧ろ、安全地帯に居る様にさえも思える」
子供達にはザントマンの御伽噺を言い聞かせ、サイズはうんと小さく唸った。
幻想種の子供達は皆、特異運命座標には好意的だ。瞳をきらりと輝かせ『お話を聞かせて」と近寄ってくる彼らにサイズは面白い話ではないと前置きをした。
「最近夜の時だけ人に害をなす悪者……化け物が出没する可能性がある。
……俺達はそれを退治しに来た。
でも深緑は広くて探し出すのに時間がかかるから暫く夜は家族と一緒に行動しような」
「それ、私達が倒せるんじゃない?」
「怪物だったら、いけるよ! だって、弓なら使えるもん!」
口々にそういう子供達にとって夜の怪物と言うのは御伽噺のザントマンよりも『楽しい存在』に映ったのだろう。天真爛漫な子供たちに「駄目だ」とサイズは肩を竦める。
「まだ敵の正体がしっかりつかめてないから、君たち家族に害をなす可能性があるかもしれない。
でも君たちが近くにいて、もしも家族がしゃべれない位ピンチな時君が叫べば俺達で助けられるかもしれない……だからみんなと一緒にいるんだぞ?」
皆と一緒――その言葉に子供達は瞳を輝かせた。
「うん! ならみんなで退治しに行くね!」
「いい度胸だ! けど、ここは『すげー強くてかっこいいイレギュラーズ』に任せてほしい」
胸を叩いてにんまりと笑ったヴィマラに子供たちは首を傾げる。どうして、だとか、ずるいだとか続く言葉に彼女にヴィマラは「だって、イレギュラーズがカッコ悪いとかダメだろー?」とうりうりと子供の頬を触った。
「御伽噺なら私も出来ますよっ!」
「じゃあ、絵本とは違うのかな?」
子供達に注意を促す様に様々な話題を絡めたメルトリリスに子供が見せた絵本。
その中にはザントマンと呼ばれる男が砂を纏い夜更かしをする子供を攫ってしまうという逸話が描かれている。
「絵本まであるのですね?」
「そうだよ。だから、深緑の子供はみぃんな知ってるの!」
微笑ましいと目を細めたヴァレーリヤがこつりと何かを蹴り飛ばした。
ふと、ヴァレーリヤは足元を見下ろした。朽ちた鎖が落ちている。砂に塗れたそれは深緑の美しい木々の中では余りに違和感を感じさせる。
(こんな場所に鎖……? 人気が多い以上、こんな場所で誘拐などしないでしょうに……)
その違和感を感じながら、彼女はそれを拾い上げ、布巾へと包む。
「ヴァレーリヤさん?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
声かけるアレクシアに首を振ってヴァレーリヤはむ、と小さく唇を尖らせた。
舞い踊り、幻想種達に親しみ深い演目をと、弥恵が選んだのはザントマンの話。
残酷な夜を踊る舞い手の姿に子供達は親近感を抱き寄っては来るが、それを眺めていた老人たちは良い顔をしない。それを眺めつつ、サイズは「あの……」と小さく声をかけた。
「特異運命座標、だろ」
老婆の声にクロバがいかにも、と頷く。別行動するリースリットが『痕跡』を探す様に歩いているそれを見逃がさぬように――白昼堂々と誘拐事件は出ないだろうが、念には念を入れる方が良いだろう――意識の片隅に置きながら「何かご存知か」と静かに問い掛ける。
「老いたアタシたちからすれば変化を望まない。特異運命座標だか、英雄だか分からないがね……あまり話したくはないんだよ」
幻と弥恵を見てそう言った老婆の言葉に、幻は表情を曇らせた。
それでもこの国の危機を救うためだという言葉に老婆はしゃがれた声を震わせ「アタシはあまりね」と俯く。
「幻想に売られてちまったんだよ。うちの子も」
「それは――……」
「……フランツェルを頼りな」
「フランツェル?」
首を傾いだ弥恵。その様子を眺めながらサイズは誰だろうかと首を捻る。
「それは、頼りになる相手なのか?」
「少なくともアタシらよりは詳しいだろうさ。フランツェル・ヘクセンハウス。
アンタらの来た幻想出身の深緑の魔女さね」
深緑の魔女――その言葉を反芻してサイズは只不思議そうに、老婆の言葉を口にした。
「幻想出身――?」
●
「フランツェルさんを頼れって、言ってたんだけど……」
そう呟くアレクシアに幻は「ふむ?」と首を傾いだ。彼女のツテからの捜索は有効打であり、子供達から話を聞くことに関しては良きルートであった。
しかし、老人たちや子を持つ母などになれば『人身売買先』と『ローレット』の本拠地が同じことが災いし、話を聞くことも難しいのは隠せぬ事実だ。
フランツェル・ヘクセンハウスと言うおんなを頼れの言葉を頼りに歩いてきたのだが、どうにもその名前の幻想種と出会うことはできない。
「フランツェルさんはどちらに――?」
「私ですけれど」
アレクシアが振り返りぱちり、と瞬く。幻はその声の主、フランツェルと名乗った人間種の女性――少女にも見紛う外見をしている――を見て「貴女が?」と首を傾いだ。
「私もこの国家では異種族ではありますが棲んでそれなりに長いのです」
「……驚きました。幻想種しかいない国なのかと――」
「いいえ。深緑とて一枚岩ではありませんもの。この国家の文化を理解している者であれば受け入れられる事もありましょう」
珍しい事だと思いますけど、と付け足してフランツェルは金の髪を揺らした。鈍い色の銀の瞳が細められ、森の中の草臥れた教会へと幻を招き入れる。
幻が振り仰ぎ頷けば、それに弥恵とメルトリリスも小さく頷いた。情報収集が終わればこの聖堂に集まろうと伝達し、サイズが合流を果したのを見て、フランツェルはにんまりと笑う。
「……私の貌に何かついていまして?」
「いや、幻想種達と会話をするのもこんな時世じゃ難しいと思ってたんだが……。
深緑で、それもこんな立派な聖堂に『幻想種達』以外が居るとは思わなくて」
サイズの言葉にフランツェルは「でしょうねぇ」と何処か間延びした様にそう言った。
「それでも、都合は良かったでしょう。名が通って居ようと『ローレットが奴隷商人の依頼を受けてるかもしれない』と思われる可能性が拭えぬ内は十分な情報収集ができない」
フランツェルの言葉に、サイズは肩を竦めた。事実、名声を使用しての情報収集は悪名よりは有効ではあるが、『ローレット』であることを知らしているようなものでもあった。
幻想種達の怯えにクロバは難しいものだと首を捻り、アレクシアが齎した頼りである『フランツェル』という魔女探しに注力することとなっていたのだ。
「貴女がフランツェル嬢? 聞いた話では長く深緑に住まう魔女であるとのことだったんだが……どう見ても、その……失礼、少女にしか……」
「可愛いでしょう」
「いや、その……疑って申し訳ないが、本当に魔女フランツェルか?」
飄々とした態度の少女にクロバは肩を竦める。楽し気に笑う彼女は「本当よぉ」と悪びれない。
「それで、聞きたいことって言うのは?」
「御伽噺についての詳しい事を」
先ずはそう口を開いた幻の隣でサイズが頷いた。
――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
そうしないと、眠たい砂が降ってきてザントマンに攫われてしまうよ――
口にしたフランツェルに幻は「それは、事実ですか?」と単刀直入に問い掛ける。
「どういう意味かしら」
「聞き込みをした情報を我々でも纏めました。個別行動しているリースリットさんも砂がまばらに散っている様子を見たと言います」
眠たい砂が降ってくる。その言葉を反芻してメルトリリスは「事実だとして砂が降るというのは……?」と首を傾いだ。
「皆さんが集めた情報を私は否定しないし、私もそれは事実だと思うわ。
砂が降る、というのも――意味があるのでしょうね。この目で見たわけじゃないから頼りにならなくてごめんなさい」
肩を竦めた彼女にクロバは「いや、此方こそ疑問ばかりで済まない」と首を振る。
「……みんなを疑いたくはないけど、部外者が深緑に何度も出入りするのは簡単なことじゃない。なら、手引きしてる人とか、抜け道や魔法の類があるんじゃないかなって近所の人たちにも聞いてみたんだけど……」
観たのは砂だけだった、とアレクシアは困った様にそう言った。弥恵が集めた情報でも、砂が舞い上がっただとか、魔的な気配がしただとか、そう言った抽象的な事ばかりだ。
「魔術の痕跡に関しては大きくは見つからなかったのですけれど、如何かしら?」
森の出口――商人たちが幻想種と取引する際に迷宮森林前にやってくるその場所で馬車や荷車が見られたことは確認しているが安易にそれを人身売買と結びつけるのは危ないかとヴァレーリヤは唇を尖らせる。
「魔法の類――いいセン言ってるんじゃないかしらね。
それよりも、うん、内部犯ではないんでしょうけれど、幻想種が関わってる可能性は否定できないかもしれないわ」
フランツェルは知っての通りと窓の外を指さした。
「ここは迷宮森林」
『ああ、上空を飛んでるだけでも迷うかと思った』
「ううん、迷ったよ。けど、何とか戻って来れたから……」
ティアが困った様に瞬く。その仕草に「でしょうね」とフランツェルは小さく笑った。
「それが私達のみを護るこの大いなる木々だもの。だから自然と共に調和して生きている。
余所者だって例外ではないわ。私は人の身だけれど、この国で魔を治めてこの場所に居る事を赦されている。……『許されなかったら』」
『迷っている?』
「私達みたいに、迷子になるかもしれない?」
ゆっくりと頷かれる。ならば――土地勘に優れた者が居るのかもしれない。
「例えばですけれど、首魁が『何らかの魔法的力を持っていて』、その加護があって誘拐犯となっている実行犯的存在がこの森に入り込んでいる可能性はありませんの?」
「大いに有り得るわ」
ヴァレーリヤは「なら、眠たい砂が降るというのが魔術である可能性は?」
「それもあり得ると思うわ」
「何らかの魔術的素養のある『ザントマン』が子供達を誘拐している――
嗚呼、まるでそれでは御伽噺そのままではありませんか!」
弥恵の言葉にフランツェルは緩く頷いた。絵本をのザントマン。聞き込み調査だけでは余りに多くを得ることはできなかったが大きな進展としては一つ。
この一件には魔術師が関わっている可能性がある――という事だ。
一方で、個別行動をしているリースリットは夜に囮をするが為特異運命座標と名乗る事無く調査を続けていた。
幻想種であることも幸いしてか、情報を得ることには長けていたが――ふと、彼女は首を捻る。
(……サイズさんの『誘拐されたであろう地点』のマッピング。微かですが、砂の痕跡がありますね。
それに、ここは迷宮森林でも開けて居る場所。子供が抵抗した場合、目立つ――)
顔を上げる。はらはらと散る砂の気配にリースリットの視界がくらりと揺らいだ。
●
出てはいけない。そう言い聞かせてきたはずなのに――
ヴァレーリヤはその背にこっそりと付いていく。
「……リースリットさんはどこだろう……?」
心配なのだと小さく告げたアレクシアにサイズは「大丈夫だとは思うが……」と困惑を滲ませる。
出来る限り囮であることから交流を避けていたこともあってか、彼女の姿を昼より見る事が出来て居ない。
気がかりではあるが、まずは目の前の子供の保護が先決だろうか、と踏み出しかけたサイズにお待ちになって、とヴァレーリヤが声をかける。
(何かが可笑しいですわ。……教えて置いたことから考えれば『出る訳』がない。
それにあの歩き方――まるで、夢でも見て居る様な……?)
夜の静寂に紛れながらも、ティアは息を潜めて子供達の様子を眺めていた。
出歩かぬようにと見回りをしていたサイズだが、どうやら好奇心に負けて抜け出した子供が存在している様だ。
子供達を追い掛ける特異運命座標。その様子を眺めながら、ヴィマラはふうんと首を傾いだ。
その子供が「おねえちゃん?」と首を傾ぐ。揺さぶられ、ぱちりと目を覚ましたその姿と宵闇を見る事に長けたヴィマラとクロバは確かに両眼に映し、リースリットであると認識した。
「んん……? 眠っていたのですか」
瞬くリースリットには何ら外傷はない。そのスカートに砂が纏わりついているそれを払い除け、彼女はゆっくりと顔をあげて『成程』と呟いた。
「貴方方が誘拐犯ですか」
リースリットが子供を庇う様に立つ。誘拐の実行犯であろう彼らの背後から舞い上がる砂の気配にリースリットは息を潜めた。
(あながち……弥恵さんの考察は間違いではありませんね?
土地勘が無ければ迷宮森林は越えられない。ならば、御伽噺で都合がよく誘い出せばいい。そして『誰かが手引きして』彼らが此処にいる)
リースリットは舞い上がる砂の中、確かに一人の男を見遣る。視線が勝ち合った瞬間に、ぐん、と砂が乙女の体へと襲い掛かった。
「なッ――!」
その身を捻る様に砂を避ける。前線に飛び出したクロバが砂を切り裂く様に放った一打の感触は空振り。
「クソッ……」
森と砂。その間に立ちながらリースリットは夜、戸を開けて飛び出していった子供達を護る様に立つ。
「ブラザー、一人歩きは危ないぜ? ……ってありゃ」
ぱちりと瞬いたヴィマラ。子供達はぼんやりとしており、昼間に見た快活な姿ではない。サイズも「この子は明るく、冒険に出たいと言っていたからこんな雰囲気じゃなかった」と小さく呟いた。
「まるで夢の世界で『ザントマン』に攫われたみたいだな」
「その譬え――ロックだけど、『有り得そう』だぜー!」
ギターかき鳴らすヴィマラがぎ、と実行犯たちを睨みつける。
「どうして幻想種を狙うのか応えて貰おうか」
「商人にとって高値で売れる以外にあるか?」
低く笑った商人の声に苛立ったようにクロバが武器を握りしめる。
その距離を詰めんとした刹那、砂塵が舞い上がる。これが幻想種達が魔的と感じた気配であり、魔女が『何かの魔法の気配がする』と告げていたものか。
――邪魔をされたのは、初めてだ。
砂の中――何者かの姿がリースリットの視界にはちらついた。
それを認識した途端、その身体が一気に深緑の木々へと打ち付けられる。
「ッ――!」
喉奥から漏れた苦し気な声を聴き癒しを送ったメルトリリスがリースリットへと駆け寄った。
「リースリット!」
「不足はありません」
遠くに舞う砂塵に隠された真実は未だ――遠い。
しかし、其処には確かに『何かが居た』。
その姿は、紛れもなく――
メルトリリスは子供達が見せてくれた絵本を思い返しながらザントマンと、一つ、静かに呟くだけであった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ!
これからまだまだ何かが起こりそうな気配……
深緑、幻想、そしラサで起こる『何か』をどうぞ、ご期待ください!
GMコメント
夏あかねです。
静かに蠢く事件の調査をお願いします。
●目的
情報収集
●重要:同時参加不可
当シナリオは『砂の首輪』のシナリオとの同時参加が不可となります。
『ヴィーゲンリートの行き先』『花咲く森のブラームス』にはいずれか一つしか参加できません。ご注意ください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●ラサより
ラサの裏の世界では人身売買が起こります。幻想貴族などが買い手となる事が多いです。
最近では特に幻想種の奴隷や人身売買が目立ち、そして『何らかの事情』もあり得るように見えます。
●現在の深緑内部
御伽噺に沿って子守歌で眠りにつきますが、時折悪戯めいて夜に抜け出す子供達が居るそうです。
また、そう言った子供達の他にも十代の少年少女などが一人で出歩いていて姿を消す事も……。
現在はリュミエの御触れで出来る限り一人にならないというようですが、『子供達には現状の把握』が出来て居ない子もいるようです。
深緑内部(ファルカウ内部)での調査/活動の正式依頼となる為、森の中の幻想種達とも協力体制を得られます。しかし、余所者であり、現状が把握できないという所から警戒する者も少なくはありません。
ラサと深緑の国境沿いは厳重体制となっています。
●深緑の御伽噺
――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
そうしないと、眠たい砂が降ってきてザントマンに攫われてしまうよ――
それは深緑で早く寝る様にと子供を躾けるために口にされる御伽噺です。
何か……本件にも関連する気がするとディルクもリュミエも『嫌な気配がする』と口にして居ました。
●静かな森に潜むモノ
ある子供の証言。
『友達がね、一人で歩いていたんだ。そしたら砂がばあって巻き上がって……。
きっと、あれはザントマンだよ! ザントマンがきちゃったんだ! そしたら、あの子、どこかに行っちゃって――』
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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