シナリオ詳細
<冥刻のエクリプス>色調狂いの深き夢
オープニング
●
教会の鐘が響く――
重なる音は空を覆う雲にかき消され、何処か悲しげに落ちていく。
鈍色の空からぽつりと雨が降ってきて地面に染みを作った。
音を散らす水滴が折り重なれば騒がしさに耳を塞ぎたくなるものだ。
「こんな風に雨を疎ましく思ったのはいつぶりだろうか」
リゴール・モルトンは疲労の浮かんだ目で鈍色の空を見遣る。
天義国聖都フォン・ルーベルグを包み込んでいる雲は厚く降り出した雨に気持ちも滅入ってくるようだ。
何処か遠くで爆発音がした。
音の衝撃は部屋の窓枠をカタカタと揺らす。
フォン・ルーベルグを取り巻く状況はこの曇天の空の様に重苦しかった。
月光人形から始まった一連の事象は、パンを食らい尽くす黴のように広がっていった。
未曾有の国難に際して聖職者は法王派と枢機卿派に割れ、醜く争う様は度しがたいにも程があるというものだ。
そもアストリア枢機卿は――魔種だと言うではないか。
「魔種ベアトリーチェ……」
口にするもおぞましい、その名をリゴールはかみ砕く。
いつの頃からだろうか。己の無力さを痛感するようになったのは。
ひとかどの聖職者だと人は言うが、たかが司祭に何が出来るのかと。
月光事件にせよ、己を救ったのは己自身でなくイレギュラーズだったではないか。
リゴールは聖句の一節を途中まで紡ぎ、聖典を乱暴に閉じた。
「わかったよ。行けばいいんだろう!」
あの『断罪すべき』だと信じる『不正義』を纏った男に。
(私は……)
すがろうとしているのか。
否――違う。
私は問い正したいのだ。
先のこと。リゴールは、アランでなくなった男を責めようとした。
問い正すつもりで、拒絶したのだ。
「ああ……」
リゴールは理解する。
私は自分自身に苛立っているのだ。
己が否定する山賊という生き方を拒絶するために自身が救われたという事実を、きっとねじ曲げた。
グドルフという男ではなく、イレギュラーズという抽象的な正義の体現者に、当てはめようとしたのだ。
だから――
(私は問い正さねばならない)
殴られようが。
疎まれようが。
何があったのかを問い、受け入れねばならない。
そのためには。そう。
この未曾有の危機に、彼らと共に立ち向かう他ないのだ。
●
裏路地にクローム・オレンジの明かりが灯る。
マッチの火の様な小さな炎。
風にゆらり揺らめいた。
その明かりを見つめるのはフードを深く被った青年だった。
耳の辺りで整えられた銀の髪が炎に反射する。
「辛かったね……」
青年の足元には血の海が広がっていた。その中で横たわる女性の姿。
既に事切れて動かない彼女の頭を慈しむように撫でて男は言葉を紡ぐ。
「苦しかっただろう」
暖かな光に包まれた屍は、閉じていた目を再び開いた。
「もう大丈夫。私と共に行こう――」
ゆらりと屍人は立ち上がり、青年の後ろをひたりとついていく。
――――
――
かつてリゴールには、同僚の司祭がいた。
ロラン・エルノーという青年は穏やかな性格で、他者を慈しむ心を持っていた。
誰もがロランを慕い尊敬していた。
「何故、神は死というものを我らに与えたもうたのか」
優しすぎる彼は弱き者が死に直面するたび慟哭の涙を流す。
その涙は月の光の様に美しく悲しさを孕んでいた。
次第に彼の心は病んでいったのだろう。
もしも死を止めることが、死者が甦ることが、本当にこの世界の摂理に反するならば。
神の意志にそぐわないのであれば、不正義であるならば。
あらゆる死者の蘇生は、自ずから存在しえないのではないか。
ならば、アンデッドはどうなのか。神に存在を否定されているのであればこれは動くはずもないものだ。
ロランは見てしまった、知ってしまった。かの古の戦史。『強欲』の操る業は何なのか。
――声が聞こえる。
死を否定せよと囁きかける。
ある日の夜、ロランは姿を消した。
残されたのは一枚の紙切れだけ。
「もしもこれが真の正義に叶う物ならば」
- <冥刻のエクリプス>色調狂いの深き夢完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年07月08日 22時45分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――どうして貴方が僕に死のうなどというのです?
星空を宿したブラックオパールの瞳が目の前の男を見つめる。
戸惑いに揺れる『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の視線は愛しい灰狼に向けられていた。
ここが戦場だということは幻にも分かっている。冷静沈着な彼女がそれを違う筈もない。
けれど、目の前に現れたのが世界で一番大切な恋人ならば動揺せざるおえなかった。冷静さを欠く程には幻はジェイクを愛していた。
――――
――
「さて、アルエットさん。出発前にちょっと手を出して頂けますか?」
声を掛けられた『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)が振り向けば、微笑みを浮かべる『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)に手を取られる。
「?」
「何、そんな手間は取らせませんよ」
取り出したペンで四音はアルエットの手の甲に絵を描いていった。
デフォルメされた可愛い少女の顔。四音自身の似顔絵だ。
「可愛いの」
嬉しそうに絵を四音に見せるアルエット。
「ふふふ、私の顔を描いておきました。それが消えずに残ってる限り……」
四音の指がアルエットの頬をふわりと包み込む。
「何があっても戦いは終わってないと覚えていてください、ね?」
アルエットは似顔絵をギュッと押さえて、こくこくと頷いた。
クローム・オレンジの明かりが静かに揺れる。
聖都フォン・ルーベルグの一角。闇に覆われた裏路地の広場で『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)はシリウス・ブルーの瞳を少しだけ伏せた。
眼の前に現れた魔種の遍歴をイレギュラーズは知らされている。
それは、『司祭』リゴール・モルトンから齎されたものだった。
弱者を慈しむ心は繊細で弱く簡単に壊れてしまったのだろう。
『優しい人だった』のだと。だからこそリゲルは瞳を上げる。一刻も早く魔の呪縛から解き放つ為に。
「俺たちとお前。どっちが真の正義か、不正義か──この場で決めようぜ」
リゲルの肩に手を置いて闇から姿を表したのは『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)だ。
視線を隣のリゲルに落としてから頷き、大きく足を踏み出す。
その背が屍人に接敵するより早くリゲルの銀の剣が煌めいた。
当時に裏路地が赤く染まる。ゴウゴウと音を立てて降り注ぐ炎の星が屍人の体表を焦がした。
「俺はグドルフさんの剣となり盾となる」
リゲルは彼の背を視線で追う。
父親との戦いで言葉をくれたグドルフの存在。それはどんなに心強かったことか。
だから。これは恩返しだ。「それは他のヤツに使ってくれや」と言われてしまうかもしれないけど。
グドルフを守ることで、彼の無事を喜ぶ人への恩送りになるはずだから。
だから。
「貴方を守ります!」
炎の爆煙に紛れて最前線へ駆け抜けるのは『藍玉雫の守り刀』シキ(p3p001037)だ。
彼の軌跡には薄桃色の花弁が舞う。
死人を蘇らせ、操ることは正しいのか間違っているのか。「武器」であるシキには分からなかった。
「……だって、何度も何度でも斬って殺せるから、僕は楽しい」
「……だって、何度も何度でも斬られて殺されるから、その人は……きっと、ずっと痛くて苦しい」
相反する心。「武器」と「人間」のシキの乖離。
ロランに近付こうとするシキの行く手には、屍人が立ちはだかる。シキは迷わず人間だったモノに刀を振り下ろした。手に伝わるのは、感じ慣れた肉を断つ感触。
「ずっと痛いことが、ロランさんの言う……正義、ですか」
純然たる刀の化身は人の心が分からなかった。かつてのシキならばそんな事に思い悩むよりも前に敵を斬り伏せていただろう。
「……僕は、「人間」のことを、もっと知りたい」
そう思わせたのは、約束したから。手を取ったから。守るために強くありたいと願ったから。
「だから……もっと、強くなるために、僕はキミを殺します」
聖都フォン・ルーベルグの現状は、外から来たローレットでさえ酷い状況に追い込まれて居ることが分かる。住んでる人達からすればもう退く所がないような状態なのだと『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は祈るように手を組み合わせる。
「その居場所を守るためにも私達が頑張らないといけないね」
「……元司祭なんて言ってるが」
憂いのため息を吐く『幻灯グレイ』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は戦場の奥に佇むロランを一瞥した。人間というものは総じて弱い生き物だということをクローネは知っている。
両手で救えるものなんて一握り。一人で何もかも出来るわけが無いと視線を流した。
「……今の貴方を否定しましょう、所詮唯の1人の人間ですよ……」
先行したシキを巻き込まぬ様、疫病の幻覚をロランへと放つクローネ。
クローネの後方からは『黒鴉の花姫』アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)がゆっくりと戦場に散開していく。手に持った鳥籠は仄かな明かりに揺れていた。
この天義という国において正義とは絶対である。
死霊と心を通わせネクロマンサーとなったアイリスはその境遇からロランが何処か他人事ではないように感じていた。同業者といえばいいのだろうか。
死人を操り、魂に呼びかける。それだけ見ればアイリスもロランもやっていることは変わらない。否定さえ出来ない。死にゆく狭間に幻影を見せ、寄り添うのは間違っていない。
けれど。違うのだ。言葉に出来ない本能的な忌避感をアイリスは感じていた。
●
「……レイチェル。出会った時の……契約した時の事、覚えているかね?」
『『知識』の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)の声が裏路地に反響する。
眼の前に現れた愛しき人は紛うことなき『本物』で。シグは彼女の銀糸の隙間から白磁の頬を撫でた。
「ああ、覚えてるぜ」
復讐者として生きてきたレイチェルが求めたシグという希望。
契約(のぞみ)は。
「常に共にある事……それから」
「シグの為に生きたい。そう願った」
レイチェルの手がシグの首に回される。ゆっくりと力が籠もっていく指にシグは息苦しさを感じた。
「でも、シグが苦しむのは見たくない。だったら!」
今にも泣き出しそうな顔で言葉を吐き出す彼女に「ああ……」とシグは答えを導き出す。
「私のレイチェルはそんな事は言わないよ」
何処までも気高い孤独の吸血鬼は、簡単に望みを諦めるような性格ではない。
そんな麗しき鬼が愛した者を自ら手放すなどありえない。
「……故に。私の生存を妨げる今のお前さんは、「紛い物」であるという結論が弾き出されるな?」
「違う! 俺は……!」
ポロリと一粒彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
恋人の流す涙程心に刺さるものはない。だが。シグは奥歯をギリリと噛みしめる。
紛い物といえどシグの記憶から呼び起こされた幻影はレイチェルそのものだったから。
逃げぬよう抱きしめて、武装に力を込める。
「最も、幻影であるとしても……「お前さんの姿をした者」を斬るのは……不快ではあるがな」
パラパラと蒼き楔が解かれるようにシグの大切な人は砕けて消えた。
「ふざけやがって……」
唸るような声を吐き出した『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)は赤い瞳に少女の姿を映し出していた。
よりによってコイツかよ。そう苦虫を噛んだ様な表情で少女と対峙するキドー。
こんな場所に居るべきではない。キドーは目の前の少女シルヴィを睨みつける。この少女は裏通りにも、キドーの様な破落戸の側にも居ないほうが良い。太陽の当たる場所で笑っていて欲しいと思う存在。
場違いな程の笑顔でじりじりと近づいて来るシルヴィにキドーはククリを突き立てた。
「不愉快だ。ブッ潰すぜ紛い物!」
「あ……」
小さく漏れた声は己から吹き上がる大量の血に心底驚いた、普通の少女のものだった。
ミルクティ色の髪が風に揺れる。
見慣れた顔。優しげな瞳。
「リゲル」
聞き慣れた穏やかな声。リゲルがいつも見ているポテトの姿で彼女は微笑んだ。
だが、リゲルに動揺など一切見られなかった。天に煌く星を宿した強い意志。
確固たる愛は紛い物で揺らいだりはしないのだ。
「ポテトは俺の邪魔をしない!」
彼女の尊厳の為にも。リゲルはその手の剣で恋人の幻影を切り払う。
「パパ、ママ……」
キドーは聞こえてきたアルエットの声に視線を流す。子供といえどある程度場数を踏んでいるアルエットであれば大丈夫だろう。それよりも心配なのはリゴールの方。
彼の前に現れたのはカティだった。
「カティ……」
グドルフの妹であり、叶わぬ恋をしていた相手。
心の片隅に常に在り続けた想い人が目の前に居るという事実はリゴールを揺さぶる。
「リゴール! 魔に取り込まれてはなりません!」
凛とした声が戦場に響いた。リゲルの声は惑わされそうになったリゴールの思考をクリアにしていく。
「そうだぜ、リゴール。今は戦いに集中しよう。余計な事考えてると幻影に付け込まれるぜ」
重ねる声はキドーのものだ。リゴールだけで対峙していたならば飲み込まれていただろう。
けれど、この戦場にはイレギュラーズが居る。迷いそうになった時に心強い言葉がある。
「ああ、すまない。カティはもう、この姿では無いのだったな」
優しげに微笑む少女はもう居ない。生きているとしても相応に年を重ねているのだから。
久々に見る両親の姿にアルエットは酷く動揺していた。
二人の胸の中に飛び込んで温もりを噛みしめる。
「会いたかったよ。パパ、ママ」
しゃくりあげる雲雀の首に両親の手が添えられた。ギリギリと締め上げられる首に息が上がっていく。
「どう、して」
「アルエット!」
朦朧とする意識の中でリゲルの声が聞こえた。両親にやめてくれと手を伸ばす。
「君の心の強さを信じている!」
「リゲルさ、ん」
涙で歪んだ視界に自分の手が見えた。そこには、可愛い四音の似顔絵が描かれている。
『この絵が消えていない限り、何があっても戦いは終わってない』
そう言った四音の声がアルエットの脳内に木霊した。
「パパとママはこんなことしない! だって、ふたりとも優しいんだよ!」
大きな鍵の杖でアルエットは幻想を打ち砕く。
この戦場に儚き雫は二人現れた。
一人はシキの前に。もう一人は四音の前に。
四音は目の前に出現したティミを引き寄せる。背中の骨腕で逃さぬよう優しく抱きしめた。
「えっと、四音さん……?」
「ああ、ティミさん。私を友人と呼んでくれる貴女を幻影とは言え手に掛けるなんて……」
遠くから見れば四音は悲しみに暮れてティミの肩に頭を預けているように見えただろう。
けれど俯いた彼女の表情は歓喜に満ちていた。
――――なんて、なんて……なんて心が震えるんでしょう!
三日月の唇を悟られぬよう少女の温もりに頭を預けたまま骨腕で首を持ち上げていく。
「貴女は私にとってこんなに大切な存在なんですね」
超然的な思考を持つ四音が選んだ最も必要な人物。
紛い物と言えどそれをこの手で終わらせることが出来る素晴らしさ。
仲間に聞こえぬよう、持ち上がって行くティミの顔に指を滑らせる四音。
「さあ、もっとその可愛らしい顔を見せて……」
グキリと骨が折れる音と共にふわりと掻き消える幻影。
「消えてしましたか。何だ、つまらない。ああ、でも」
まだ『向こう』が残っているではないか。
シキの前に現れた雫にカーマインの瞳を細める四音。
「僕を必要だと言ってくれた人……」
冬の浜辺で。星空の下で。その名を呼んだ。刀であるシキが真名を口にするということは誓いだった。
シキが最も必要な人。固い絆で結ばれたはずの二人。
けれど、シキには不安もあった。使われなくなり蔵の中で永遠にも近い年月を過ごして来たから。
「もし、またいつか必要とされなくなるなら……いらないと言われるなら」
「シキさん」
いつもと変わらぬ微笑みでシキを見つめるティミ。彼女の笑顔を見たのはいつ振りだっただろうか。
前もその前もその前だって、終わりは呆気なくやってきた。このまま捨てられてしまうならば。
「その前に、僕がキミをこの手で――」
永遠にしてしまおう。そうすれば、誰にも奪われることもないのだから。
「……なんて、本当の御主人様には秘密です」
少女のアクアマリンの瞳から一筋の雫が溢れて地に落ちる。
儚き雫は一晩で二度死んだ。
燃えるような赤い髪がスティアの視界を覆う。
誰か何て言わなくても分かる。必要な人の幻影がスティアの前に現れるのならば、それはサクラ以外ありえない。大切で大好きな幼馴染の輪郭。
大事な戦いではいつも傍にいれくれた。その背を追いかけその傷を癒やした。
「何かあったら私に手を差し伸べてくれるって言ったよね」
「うん」
サクラの剣がスティアの喉元に押し当てられる。少しばかりの痛みが走り、アガットの赤い血がスティアの白い首に這った。
「そんなサクラちゃんがこんな事するわけないじゃない!」
ドンと幼馴染の体を押しのけたスティアはサンクチュアリを展開する。
ペールホワイトの光に包まれた幻影の身体は路地裏の広場に霧散した。
「……ああ、もしかしたらこうなる事もあるかも知れない……」
クローネは憂いた顔で対峙した後輩を見た。誇らしげな表情からは揺るがない自信が溢れる。
「けれども、今じゃない」
不意に伸ばされた手を押し返してクローネは紡ぐ。
「……私が本当に堕ちたその時に貴女はそちら側に立って下さい」
己が世界の悪となるならば、タントは正義の御旗に先導されるべきだ。
情に絆されて共に歩もうなどと思ってくれるなとクローネは想う。
だから、今はどうかそこを退いてはくれまいか。
「私の大切な後輩、唯一触れられる太陽……」
陽光のように強く優しい笑顔は後輩だけに許されたものだから。紛い物がいくら真似しようとそれは本物ではないのだ。
クローネは葛藤する間も惜しいとばかりに後輩を象った影に攻撃を放った。
アイリスはふと出現した愛しい家族と幼馴染に郷愁を抱く。
貧しい暮らしであった。質素で贅沢など無縁の日々だったけれど。優しい両親と、人懐っこい大きな犬と、仲良しの彼が居てくれたから何も不便は感じなかった。満ち足りた日々だったのだ。
あの日、死の淵から戻ってきたアイリスが、不正義と謂われるまでは。
アイリスは彼らの顔を見ては居ない。魂のカタチを感じ取っていた。
本物であれば持っているはずの魂のカタチ。墓守として死者の魂を間近で感じていた彼女だからこそ、分かるのだろう。眼の前に居るこの愛おしい人達が本物ではないということが。これが他人ならば難しかったかもしれない。けれど、これはアイリスの記憶から作り出された幻影。
そこに彼らの魂が無いことは彼女にはありありと分かるのだ。
「まだ、みんな死んでないはずだから」
聖業人形・マグダラの罪十字が起動しアイリスの幻影を闇に葬って行く。
●
闇の中からのったりと姿を見せた『グドルフ・ボイデル』は相変わらず快闊な笑顔で『アラン』を見つめていた。
「よお、久しぶりじゃねえか。おめえ、ずいぶんとまあ、おっさんになったな」
「もう何年経ってると思ってんだ」
あの生っちょろいボウズがよう、とグドルフは懐かしむ様にカカっと笑う。
かつて、アラン・スミシーという男が居た。
天義の孤児院で妹カテリーナ、親友リゴールと共に育ち司祭となるために神に信仰を捧げていた一人の若き青年。ごく普通の敬虔な信仰者であった彼が、神への祈りを恨みに変えてしまったのは全てを失ってしまったからだ。
彼の慟哭は死にかけの身体を駆けずり回り。怒りと絶望が呪いへと変わらんとする頃。
手を伸ばし掬い上げたのが眼の前に居るグドルフだった。
アランを傭兵として鍛え上げた恩人。
金より人情を選ぶ馬鹿な男。いつだって貧乏で、安い薬草酒ばかり飲んでいた。
「なあ、どうしてそんなナリしてんだ? おれはあの時、言ったよなぁ。故郷に戻って夢だった聖職者になれってよお」
まるで自分の事のように憂いてみせるグドルフ。
自分や家族を襲った山賊に復讐を成し遂げたアランは、断末魔の凶刃に気が付かなかった。
それを身を呈して庇ったのがグドルフだったのだ。
「あんたの夢は、世界に名を轟かせる事だった」
「……」
一瞬の戸惑いとそれを掻き消す様にガハハと重なる笑い。
「そんな事言ったかぁ? 忘れちまったなぁ」
ああ、そうだ。これがこの男の優しさだった。ガサツな笑顔の裏にどれ程の苦悩を抱えていたのだろう。
自分に向けられていた深い愛情が鮮明に蘇ってくる。
だから。なればこそ。
「罪滅ぼしにあんたの名を借りて、俺は『グドルフ』として生きることを選んだ」
「おめえ、それは。……そんなん、やめちまえよ。良いことなんて一つもねえ」
ぐっと堪えるように上に顔を向けるグドルフ。
「おれに縛られる必要はねえんだ。アラン、おまえは……」
アランは真っ直ぐにグドルフを見つめる。
「無力に嘆くだけの『アラン』は。あの時、あんたと一緒に――――死んだ」
上を向いたグドルフの肩が僅かに震え、眦から大粒の涙が頬を伝った。
幻と分かっていても、目の前のグドルフを殺す事に躊躇いを覚える。
刀を握る手が自分の意志と反して震えていた。
死んでしまったらそこで終わりだ。
世界が、神が決めた絶対の真理。戻ることはない永久の消失。
死が無ければ。そこはきっと地獄なのだ。
「だから、またな」
――――
――
「どうして」
ブラックオパールの瞳で恋人を見つめる幻は今にも泣きそうな顔をしていた。
「出会ったあの日からずっと僕を愛してると言って下さったのは嘘なのですか」
ジェイクが紡ぐ言葉と熱を持った指先は、幻の心を揺さぶり恋を芽吹かせた。遊色の瞳が煌めきを増して頬に赤みが混ざる。
「天国でずっと一緒に居られる。離れることもなくいつも傍に」
「確かにそれは幸せに違いありません」
ならばとジェイクは幻の腰を引き寄せた。
デートは常に彼の紳士的なエスコートから始まる。歩きやすい様に歩調を合わせてくれるし人混みの中では逸れないよう手を引いてくれた。恥ずかしいけれど最後はいつも強引で。幻の仮面はいとも簡単に剥がされてしまう。
抱きしめられた腕から彼の温もりを感じる。それだけで幻の心はふわりとあたたかくなる。
傍に居ない時はぽっかりと心に穴が空いたように寂しさを覚えた。
得意な奇術が上手くいかない。ジェイクの微笑みが頭を過るばかりで。
このまま二人、離れることのない天国へ行ければそんな不安や寂しさも無くなるだろう。
それは幸せで満ち足りた世界だ。一つの幸せのカタチだと思う。
「だったら、一緒に行こう」
「ですが貴方には家族を作るという夢があるじゃないですか!」
天涯孤独だったジェイクに家族の愛を教えてくれたのは狼達。血や種族を超えて繋がれる『家族』というカタチに彼は憧れていたのだ。
「天国でそんな家族を作れるんですか?」
「それは……」
ジェイクの表情が歪む。親に怒られた子供の様に。
「僕は貴方といつか家族になるって決めてるんです。だから、僕は貴方と一緒でも死ねない!」
ブラックオパールの視線は上へ。
彼の家族となるために。夢の為に。
幻は手にした『夢眩』で愛しい恋人の姿をした幻影を弾き返した。
●
イレギュラーズの記憶を読み取るのには相当の魔力を消費する。
普通の人間に術を掛けるのとはわけが違う。何故なら歩んできた物語の厚みが違うからだ。
幾度となく死線を乗り越え命を張り、血を流し、愛を叫んだ彼らのアカシックレコードはたった一人で背負える重さではない。
彼らは無辜なる混沌が選んだ救世主なのだから。
キドーは戦場を見渡す。
思った以上に消耗し、肩で息をするロランが消えていく幻影を見つめていた。
その額には汗が浮かび、目の下には隈が出来ている。
幻影は消え失せた。憂いはもう無い。ならば、畳み掛けるのみ。
「行くぜ!!」
幻が幻影と対話している間、彼女を守り続けたのはキドーだった。
満身創痍ではある。けれどどこか清々しい気分だ。
だって、この戦場に居るグドルフは負けなかった。
自分の意思でその背を追う男を斬ったのだ。己の弱さに負けてしまったロランとは違う。
「別に今回限りでケリつけようとしなくたっていいじゃねえか。アイツの面なんざもう見たくねえか? 違うだろ。何度でも呼び出せよ。なあ?」
どこか嬉しげにグドルフを見やるキドー。
「反撃だ――!!」
「オオ!!!!」
イレギュラーズの雄叫びが裏路地に木霊する。
「葛藤を乗り越えて戦う。まさに物語の勇者のようですね」
四音はカーマインの瞳を細めて超然的な微笑みを浮かべた。
「そんな心強い皆さんの手助けができるなんて、幸いです。癒し支えさせて頂きますね」
キドーの傷を地面から出現したダークヴァイオレットの腕が撫でていく。
まるで攻撃の様な禍々しい抱擁に戸惑いつつ、キドーは四音に手を上げた。
墓守は人の死を見続ける仕事だ。だから、何度でも眼の前に再現することが出来る。
アイリスは五つの死をロランに向ける。
「高々四つの死因を無効化できたからって、それだけじゃ足りない」
他の理由だとしても、人は驚くほど呆気なく、あっさりと死んでいく事をアイリスは知っている。
「……だから、私のこれを完全には止められない。それはよく知ってるんじゃぁなくて?」
アイリスの攻撃を屍人に庇わせたロランは彼女を一瞥した。
「死骸に庇わせ……失礼、庇われるなんて、『お優しい』神父様だこと」
彼女の言葉にスティアも頷く。
「死んだ後も操って辱める。そんな事を許すわけにはいかない」
きちんとした終わりが迎えられず、ただ苦しみを長引かせるだけならば、そんな非道な事が許される筈もない。死という苦しみを与えられたのにそれ以上に重ねる愚行は考えただけでも胸が締め付けられる。
「倒せないとどれだけの人が操られるか」
スティアはぎゅっと拳を握りしめた。アイオライトとピンクトルマリンの色を宿した瞳は前を向く。
「絶対にさせない。私達がここで貴方を倒す!」
幻影を打ち払った幻は頭を手で押さえ、状況を整理するように戦場を見渡した。
未だ健在の屍人。その大半はリゲルが引き受けている。
自分が意識を幻影にゆだねている間も仲間は懸命に戦場を維持していたのだろう。
なんと頼もしいことか。
――悲しみを覚えるなら、何故喜びを噛み締められないのか
それはロランに向けた言葉だった。
「非力さを嘆くなら、何故努力をしないのか。何をしようとも、どうにもできないことだったから?」
嘆き悲しみ。苦しむ事から逃げた。抗う事を諦めた。
「魔種になっていれば本末転倒で御座いますね。貴方が受け入れられなかった弱者を殺すものになったのですから」
「……ッ! 私は弱き者達の救済の為に……!」
幻の言葉はロランの動揺を誘った。
屍人の動きが鈍る。
「如何なる形でも死者が蘇るなら奇跡。それ自体は1つの考え方として認めよう。……だが、もはや体が残らぬ者……蘇生範囲外の者はどうする? 彼らはお前さんの慈愛の範囲外か?」
重なるはシグの言葉。その慈悲の境界はどこからなのだとロランに問う。
結局は自分が選んだものしか救わない。見せかけだけの慈愛なのだとシグは鋭い指摘をした。
「全てが救えると考えるのは愚考ではないのか?」
「この手から零れ落ちて行く命を救いたいと、願ったんです。間違っていたのかもしれない。その手段は取っては行けないものだったのかもしれない。けれど、死んでいくその一瞬にささやかな幸せを与えたいと思うのは……!」
魔種になってからも藻掻き苦しみ抜いたのだろう。シグにはそれが分かった。
しかし、不倶戴天の世界悪を見逃す訳にはいかない。
「……うだうだと時間を取ってやる必要も無い……邪魔な肉壁事纏めて始末してやりましょうか」
クローネの狂心象は高い命中力を誇り、屍人を討滅して行く。
ボロボロと崩れ落ちる敵に追撃の一手を放った。
「意志無き生に何の意味がある……? さっさとそこを退け壁共」
本来であれば静かに眠っているはずの人々だ。それをずるずると連れ回すのは悪趣味にも程がある。
だから、クローネは終わらせる。
「もう、眠りなさい」
――――
――
「……まとめて葬ってあげる。私が言えたことではないけど、死者は眠れるならそれがいいのよ」
アイリスのマグダラの罪十字が敵を穿つ。
屍人は居なくなり、残るはロランただ一人。さりとて魔種という事に変わりはない。
此処までに攻撃を受けた数人はパンドラを燃やしていた。
「続けて!」
アイリスの言葉に影から出てくるのは桜纏いし大太刀。シキの白い肌に赤い血が伝う。
強さの為には代償が必要だ。己が身を削り前へ前へと突き進む姿は戦場に咲く花の様に美しい。
「僕は、ご主人様の為に強くなる……! だからこんな所で折れはしない……!」
普段の無表情からほんの少しだけ怒りを纏ったシキの姿。それは、大切な人を斬った高揚だったのかもしれない。二度と味わいたくないような。もう一度斬ってみたいような。得も言われぬ感覚。
人間と刀の意思の乖離が起こした迷いが怒りとなって現れたのだ。
「ぅああアァアア――――!!!」
目にも止まらぬ速さで大太刀が走る。ロランの左腕がブラッディレッドの血と共に地面に転がった。
シキはその場を素早く飛んで後退する。次に来る攻撃はクローネのものだからだ。
「こうも堕ちて……何が慈愛か……動かぬ死蝋の方がよっぽど聖人様でしょうよ」
疫病を振りまく呪いはロランを蝕む。じわりじわりと這う様な感覚に正気が狂っていく。
最も魔種になった時点で本来の意味での正気など失われているのだが。
「お前さんが蘇らせた者がお互いを恨み、殺しあう場合は? どちらに加担するかね?」
シグの問いにロランは首を振る。答えなど出ぬ問答。動揺したロランはシグの攻撃を真正面から受けた。
しとどに濡れるアガットの赤。
シキの回復に入ったのはスティアだ。月の様に優しい光がシキを包み込む。
「大丈夫。私が回復するから」
だから、存分に戦ってほしい。その為にスティアは此処に居るのだ。
誰かを癒やす事はそれだけ剣や盾が戦場に立っていられるということ。
自身の戦う力が弱くとも、スティアが居なければもっと戦場に血が流れていただろう。
「終わりのない物語なんてつまらないでしょう? 貴方は失われた物を重視し過ぎなんですよ」
くすりと三日月の唇を上げる四音は機を読み指先をロランに向けた。
回復の手を攻撃へ。畳み掛けるように。ダーク・ヴァイオレットの腕が地を這うのだ。
夢幻泡影がロランを包む。
幻の奇術は敵を蝕み惑わし、確実にダメージを与えていた。
肩で息をする魔種に重なる呪術。キドーが放った呪殺は耐性があるとは言えど、内包する状態異常に棘を穿つ。侵食されていく身体を抱きしめるロラン。ゴポリと血を吐いたのを右手で押さえる。
あともう少し。
「いけぇ! グドルフ!」
キドーの声にグドルフが走る。山賊の斧を引っさげて鈍色の背中が魔種へと向かう。
「うおおおおおお!!!!」
振り下ろされる鋭い刃。ロランの頭上に迫り来る。
「これで――!」
「グドルフさん、待っ……!」
閃光と爆発。
――――
――
一瞬の狭間。
真っ白になった世界で、グドルフは見た。
さっき己の手で葬り去ったアイツが立っていた。
「何だぁ? もう来たのか? アラン」
此処はどこだ。俺はどうしちまったんだ?
「しっし。おまえ向こう行けよ。まだ、くるべきじゃあねえだろ?」
声がでない。身体も動かせない。どんどん朧気に滲んでいく。
「アラン。まだこっちに来るのは早えだろうがよ」
ああ、そうだ。仲間が出来た。見守ってやりてえ奴も居る。あいつらを死なせる訳にはいかねえ。
「だったら。もどれよ。おれはここで待ってるからよ。ゆっくり来いよ、なあ」
ガハハといつもの笑い声が聞こえる。遠く、遠くに聞こえる。
「――さん、グドルフさん!!!!」
己を呼ぶ声にバッと目を見開いたグドルフは自分に倒れ掛かるリゲルを咄嗟に抱える。
「リゲル!?」
爽青のマントを血だらけにしたリゲルは魔種からの攻撃を一身に受けたのだ。
「俺は大丈夫。グドルフさん……貴方は自分を見失う程弱くは無い筈だ。
その名を背負った意味を思い、出せ……」
意識を失ったリゲルをスティアに託しグドルフは立ち上がる。
潰えた希望と残された愛をその背に纏い。
山賊は魔種を打倒する。
――俺が必ず。あんたの名前を世界に轟かせるから。
「覚えとけ、俺の名前は『グドルフ・ボイデル』だ……!」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。いかがだったでしょうか。
皆さんの物語を少しでも彩る事ができたなら幸いです。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。決戦がんばりましょう。
●目的
魔種、幻影の討伐
●情報精度B
不明点はありますが、作戦に必要な分ついては、しっかりとした情報が揃っています。
●ロケーション
聖都フォン・ルーベルグの裏路地にある広場。明かりが灯されているので戦闘に支障はありません。
イレギュラーズを感知して敵が現れた所からスタートです。
●敵
魔種、幻影、屍人
○強欲の魔種『慈愛の』ロラン・エルノー
天義国辺境にあった教会の元司祭。ネクロマンサー。
かつては助けを必要とする人々を教え導く人格者であった。
孤児や病人を慈しみ、その身を惜しみなく捧げ尽くしていた。
弱き者に付き纏う死を受け入れられず、強欲の呼び声を聞き入れた。
それは切なる願いでもあった。
死にゆく者に実体を持つ幻影を見せ、安らかな死を齎す。
そして、死後はその身が朽ちるまで共に在る。
・聖火:神遠範、業炎、炎獄、ダメージ特大
・祈瞳:神近扇、魅了、必殺、ダメージ特大
・安寧:神至単、HP回復大、治癒
・慈愛の幻影:神特レ、戦場に居る全ての者の前に各々一体ずつ幻影(後述)を生み出します。
この術に注力すればするだけ、そちらに意識や魔力が割かれます。つまり弱くなります。
・火炎耐性・不吉耐性、麻痺耐性、精神耐性(其々に類するBS無効)
○慈愛の幻影
ロランの力で生み出されたもの。戦場に居る全ての者の前に突如として現れます。
戦闘能力は殆どありません。倒すという強い意思を持っていれば一撃で簡単に消滅します。
ロランがこの幻影を生み出す際、相手の深層意識や心を読み取り「その人が一番必要としている人物」を具現化します。
たくさんの情報を得る事に魔力や意識を使うため、この術を有効的に使うとロランが弱体化します。
つまり、倒したくない相手や愛する人などの情報や、それを倒す時に生まれる葛藤が効果的です。
また、クリティカルなプレイングですと、原罪の呼び声が掛かる場合があります。レジストしてやりましょう。
○屍人×10
それなりの戦闘能力です。ロランの命令で動きます。
単体攻撃に加え、かばう、ブロック等の妨害も行います。
●味方
○『司祭』リゴール・モルトン
天義の司祭。真面目で信心深く、孤児院出身ながら現在の立場に登りつめた苦労人。
回復役として参戦します。彼の前にも幻影が現れます。
●同行NPC
・『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
神秘バランス型。回復をメインに神秘攻撃が使えます。
皆さんと同じか、やや弱い程度の実力。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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