シナリオ詳細
死牡丹遊戯・序
オープニング
●退屈な夜
驚く程、容易い仕事だった。
種別も手段も問わずトラブルシューターの真似事をするローレットにとって、雑多な仕事は山とある。時に理不尽であったり、時に馬鹿馬鹿しくもあったり。その中身は千差万別だが、今日集まった八人は何れもローレットの中では多くの経験を積んだ者達であり、その彼等にとっては余りにも今日の仕事は簡単過ぎた。
「退屈な夜だと思ったら」
だから、言葉の通り間違いなく今夜は何事も無い筈だったのだ。
仕事の打ち上げ代わりにローレットに顔を出し、レオンに「つまらん仕事だったよ」と愚痴りながら、談笑に花を咲かせてやがては床につく。
なんとも平和な夜の筈だったのだ。
「思ってたら――ああ、こりゃあ何て夜だ」
ぼやいたイレギュラーズには確信めいた予感があった。
『きっとそうなる筈だったのに、今は一分もそれを期待していない』。
理由は言わずもがな、帰路で出会ってしまったたった一人の男に起因する。
「まるで退屈な夜だったのだがな」
奇しくもイレギュラーズと同じ事を想い、同じ事を云う。
切れ長の瞳を細める、鋭利過ぎる端正な面には皮肉気な笑みが浮いていた。
男は――ローレットとも浅からぬ因縁を持つ剣客は。死牡丹梅泉は嗤う。
「退屈な使いに腹を立ててみれば、偶然にも主等と鉢合わせるとは。
これまさに天啓天恵、神仏信ずる性質ではないが、運命と言わざるを得なかろうな?」
短い台詞から梅泉の事情も知れた。
彼曰くの『退屈な使い』とは雇い主であるクリスチアンの仕事だろう。
この男に仕事をさせるのだから、それが碌な何かである筈も無かろうが――凶相隠しもしない、隠せもしない梅泉にとってそれが酷く不本意なものだった事は分かる。第一彼は、誰ぞの暗殺にしろ、何かの使いにしろ――そこに満足なる闘争が無ければ収まらぬ男なのである。牛飲馬食のその欲望を受け止められる者等、多い筈も無かろうや。
「歓迎しないな。此方には戦(や)る理由が無い」
「一言も告げておらんに、話が早いな、特異運命座標」
「外してはいないんだろう?」
「如何にも。こんな月の夜じゃ。主等と出会って刃も抜かぬは風情も無い」
傍迷惑な理屈にイレギュラーズは苦笑した。
多くの鉄火場を潜った彼等は『それ』を直感的に知っていた。
肌を突き刺す、肌を粟立たせる本物の危険がそこに居た。
今夜の温い仕事が遥か遠くに霞む程――この『談笑』は魔性を帯びていた。
「クリスチアンの意志の外だろ? 問題になっても知らないぜ」
「うん?」
「奴はローレットと事を構えていない筈だ。プランに間違いが生じるだろ」
「まぁ、知らぬ……と言えばそれまでじゃが。
成る程、小事で先の馳走をひっくり返すのも上手くは無い。そうじゃな」
梅泉は遂に刀を抜いた。
しゃらん、と涼やかな音を立てた彼は言った。
「故にこれは『遊戯』じゃ。
知己の主等とわしは退屈な仕事の後に『合意を以って』刃鳴散らす――
故に、サリューとローレットが揉める話でもない、これで良かろう?」
「……その話、此方が受けるメリットは?」
打てば響くイレギュラーズの問いに梅泉は呵呵大笑する。
「三分じゃ。三分でわしは刃を収めよう。
どれ程に滾ろうと、どれ程に狂おうと――誓って鞘に収めてやろう。
流儀では無いがな、遊戯は遊戯じゃ。
なればこそ、主等にも多少の利はあると言えよう?」
成る程、『遊戯』なればルールがある。
問答無用(バーリトゥード)に比するなら、今夜の不運も多少は霞もう。
「守れよ、ルール」
頷いたイレギュラーズはめいめいに得物を手に取る。
――月夜の遊戯は僅か三分。
だが忘れる事勿れ、その三分は誰に死化粧を施すも十分な時間である事を!
- 死牡丹遊戯・序Lv:18以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年05月30日 22時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●幸運不運
「月に群雲、花に風。退屈は常、風情に水を差してくるものじゃがな」
冴え冴えとした月光の下、蒼い世界に九人が佇む。
此方、ローレットを中心に活動する八人のイレギュラーズ、彼方、和装に刀をぶら下げた一人の剣士。
幻想北部、商都サリューを拠点とするクリスチアン・バダンデールの客将として知られる彼はイレギュラーズの知る限り最強の剣士の一角であると思われている。
「わしも主等も幸運ぞ――」
やけに響くバリトンが剣士特有の語り口を以って夜を震わせた。
「――こんな夜に、相応の相手を見つけたのじゃ。これ以上を求むる事も無かろうよ」
剣士――死牡丹梅泉の言葉を肯定するべきか、否定するべきか。それは受け手の資質によるだろう。
「幸運って……冗談じゃないわよ」
例えば理知的にして計算高い『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は実に常識的である。
(最悪! 計算外! 一つ下手を打てば――一体何人死ぬことか!)
彼女はと言えば、我が身と仲間の不幸を呪いたい気持ちだったが、
「なんぞ、偶には奉公に安い仕事でもしようかと思えば斯様な事になるとは! いやはや、徳は積んでおくものであるなぁ!」
「ヒヒッ、死牡丹の旦那――随分と久し振りだねぇ! 会いたかったよ!」
「……………」
イーリンが眺めた二人、彼女と同じくこの梅泉と『旧知』である『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)や『闇之雲』武器商人(p3p001107)の表情は輝いており、まるで『花が咲いた』ように華やいですらいる。
「梅泉……『死牡丹』梅泉。こういう偶然もあるものね。
……この流れにこんなにも……ああ、胸が高鳴るのは何故なのかしら。これはきっと――可笑しいのかしら?」
「要するに今夜のは『火照った体を冷ますお手伝い』ですね!
引き受けるのは構わないのですが、一つお願いがあります!
えーと、梅泉さんって有名人ですよね! サインください!
スマホ持ってるので並んで自撮りもアリアリです! 宜しくお願いします!」
独白めいた久住・舞花(p3p005056)の言葉は何処か彼女らしからぬ熱さえ帯びていて。
一方の『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)は強面に危険極まる邪剣士を眼前に置いても全くマイペースを崩していない。楽しげでさえある。
「……ええと、私、『普通』よね?」
「まぁな。だけど、諦めな。
やれやれってヤツだよ。剣士の『遊び』っていつの時代も、どこの世界でも変わんねぇなぁ」
思わず素面で問い掛けたイーリンに肩を竦めた『紅風の剣士』天之空・ミーナ(p3p005003)が応じた。
多くは死神と出会う事を望まないが、稀にはこんな酔狂な連中も居る。
梅泉が『死牡丹遊戯』と称するこの場においては、全く適切な人選と言わざるを得ないのだろう。
「銃は剣よりも強し、そりゃ常識ですがね。今夜は『常識外』を見せてくれるんでしょう?」
イレギュラーズの――皮肉めいた『未来偏差』アベル(p3p003719)の胆力に梅泉は呵呵と笑う。
「サインであろうと、酒宴であろうと主等が生き残るならば好きにせい。
じゃが、『未来偏差』よ。主の役は大きいぞ? 主がまるでわしに届かねば、全員死ぬと心得よ」
「嫌な、責任重大だ。ま、一発二発は『当てて』見せますよ。其方がどんな『怪物』でも」
「怪物は勇者に討たれるものです。おっと勇者は自分以外でお願いしたいですが」とアベルは冗句めいた。
名にしおう狙撃手は梅泉が名指しした事実、そして飄々とした態度に違わず、ローレットの内でも最も捉える事に長けた人物である。
だが、ほぼ全員がそう確信している通り、一対八のやり取りであったとしても相手は死牡丹梅泉(ばけもの)である。
余人ならば冗句で聞き逃せよう「全滅させる」等という『妄言』も彼にかかれば笑えない。
少なからぬ因縁を持つ両者は幾度目かの邂逅と共に今夜に在る。だが『最初から』刃を交わす心算で始まるのは初めてであった。
それは取りも直さず――イレギュラーズが『相応にやる気の梅泉を初めて見るという事態に他ならない』という事でもある。
「さて、やるか。約定は三分、戯言もその内に十分愉しめよう?」
「うん、まったく。何せ、穏やかな夜、空には見事な月。こんな夜は静かに眺めて眠りにつきたかったんだけどね」
「月は翳る。翳るより先に死合うが至上よ」
言葉と共に梅泉は刀をぶら下げたまま、自身の殺気を開放した。
『構えすら取らない彼』はそれだけでイレギュラーズの肌をビリビリと粟立たせる。
「ああ。死牡丹、梅泉。幸か不幸か、ここでアンタと戦うのなら。どうしたって、食らいついてみせる――!」
恐れはある。だが、止まらない。
『貪狼斬り』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)はそんな事実にむしろ薄い笑みを浮かべていた。
月に群雲、花に風。
されど、今宵の遊戯はそんな退屈を認めない。
「ああ――全員生きて帰るわよ! 神がそれを望まれる!」
イーリン・ジョーンズは確かにそれを望んでいた。
●遊戯I
「ヒヒ、じゃあコイツが鳴いたら終わりの合図で――いいね?」
メカ子ロリババアを顎で指した武器商人に「準備のいいやつめ」と梅泉が一つ頷いた。
梅泉が死牡丹遊戯と称した今夜の戦いは三分である。
つまり、イレギュラーズに求められるのは以下。
一つ、三分の間、耐える事。
二つ、三分の間、攻める事。
三つ、三分の後に死牡丹梅泉が満足している事。
条件はそれぞれが独立しており、同時に連携もしている。
一見して相反する内容とも取れるが、理由はこれが『遊戯』であるという事実に集約されよう。
一は言うまでも無くこれが唯のゲームならぬ殺し合いなのだから言うまでもない。
二は梅泉が退屈する程にこの場が『危険』になるという事実に根差す。彼は逃げ腰を好まない――どころか大いに嫌う。
三はまさか梅泉は三分の約束は破るまいが――不満極まれば例えば終わり際に『本気』でこられたらたまらない、とそういう訳である。
謂わばローレットに求められるのは戦闘の勝利ではなく遊戯の成立なのだから、こんな珍しい状況もあろうというものだ。
パーティの作戦は当然、大筋においては極めて強力な近接戦闘者である梅泉を前衛で食い止め、後衛で援護し叩くというオーソドックスなものである。
役割としては比較的受けに優れる舞花とミーナが食い止め、夕やイーリンが援護する。比較的梅泉に通用しやすい一発(クリティカル)に優れたクロバ、彼の注意と防御を手数を稼ぐ事で削り得る可能性を秘めた百合子はアタッカーのポジションだ。彼に無理ならばこの場の誰にも無理――アベルの狙撃に、EXFの耐久(ジョーカー)を誇る武器商人を添えれば、死牡丹遊戯に手向かう此方の手札の完成である。
さて、序盤戦。
開幕は、開幕より。パーティの想定は大きく崩される最悪の状況から始まった。
「往くぞ、特異点」
「――――!?」
短い言葉を発した梅泉の草履が地面に焼け焦げを作っていた。
『先手』を取った彼の動きに比較的反応に優れるクロバ、舞花、ミーナ等が反応しかかったが、それでも遅い。
何処かのバイクでも居れば先手は容易かったろうが、常人の範囲を出ない反応ではそれの先を取る事は難しかった。
「――っ、やっぱり不運な夜だわ!」
目を見開いたイーリンの瞳の中、梅泉の姿が大きくなっていた。
「楔は外すものよ。何分、数が多いのでな。それに――前の連中は相応粘る心算じゃろう?
後ろの味見は最初にしておくに限る故にな!」
一撃確殺の邪剣士は大いに嗤う。
小さく呻いて必死に身を翻しかけた彼女の影を赤い軌跡が追い掛けた。
鋭い悲鳴、血飛沫、崩れるイーリン。辛うじて――倒れるまでは耐えた。
「ほう、中々しぶとい。首を狙った心算じゃったがな」
「それは――どうも!」
切っ先に肉を断たれてもこの期に及べば戦意は挫けない。イーリンはきっと敵を睥睨し、
「つれない事するなよ、死牡丹梅泉。『死神』クロバ=ザ=ホロウメア、押して参る!」
ここで前衛――クロバが彼に喰らいついた。
「死牡丹流――一菱流か? 見せて貰うぜ。
こっちは元々見様見真似で――流派ってのはないんだけども。黒葉(こくよう)流とでも名乗らせてもらうよ」
「『面白い』」
横合いからのクロバの打ち込みは瞬ノ太刀・葉風――即ち、二刀による高速の斬撃。
黒葉の名を冠するに相応しい疾き颶風は触れるもの切り刻む彼の鬼札の一つである。
「――っらぁああああああ!」
裂帛の気合と共に放たれた斬撃の風が邪剣士の影を縫う。
「……っ、やはり中々愉快よな!」
如何な技量をもってもそう容易くは捌き難いこの攻勢に梅泉の着物が斬り裂かれた。薄く血が舞う。
だが、目を見開いた彼は続け様の連撃を放ち、更に続けんとするクロバの剣を二撃目をもって『見て』避けた。
「……笑えるぜ、実際!」
「ええ、ですが――これが死牡丹です」
舞花は衝撃的な光景にも驚いてはいなかった。
『まるで、こうなる事は分かっていた』。確信めいた魔的な予感は魂に刻みつけられた剣士の業である。
「あの時、あなたの技を見てから――ずっと。こうしてみたいと思っていました」
「気が合うな。わしもじゃ。主も、あの盲目の女も、あの――奇怪な事を云う娘も。
つくづく業じゃな。剣士というものは、剣を持つ敵を如何ともし難く見過ごせぬものよ」
「ええ――ええ。『貴方はそうでしょう』」
舞花は梅泉の軽口を肯定したが、その内心は等しく同じでは無い。
――梅泉にとって自身は剣士の一に過ぎまいが、自身にとってはこの梅泉こそが絶対の一つになる――
多くの死線を経たとてこれ程の剣士に出会う機会は多くはあるまい。
未来は分からぬがこれまた――確信めいた予感である。なればこそ、久住舞花はこの一瞬(とき)にこそ死力を奮わぬ理由は無い!
「――いざ!」
後の先を斬る剣は心の速かなること水月鏡像の如し。ただ先を斬るのみならず縫い付けんとする技は、より難度の高い裏の一。
恐らくは彼の技の模倣となろう――『外三光』を更に自身で練り上げた、その技で向かうのは酔狂でもあり矜持でもある。
高く剣戟が嘶き、鋼同士が噛み合えば、二人の剣士は知らぬ内に笑っていた。
「ずるいのである。吾とも死合って貰うのである!」
バトルマニアという人種は厄介だ。そしてそれは剣士に限らない。
愛らしい頬をぷくっと膨らめて――その花のような愛らしさにまるで不似合いな事を言ったのは言わずと知れた百合子だった。
「吾の役目、しかと果たして見せようぞ!」
美少女概念とは、交差する互いの概念を比べて、美少女という概念の方が重ければこれを破るもの。
美少女の拳が鉄を砕くのは、拳が硬いからではなく鉄よりも美少女という概念の方が重いから――与太話極まるが事実なので厄介である。
彼女の役目はその闘犬の如き闘志と裏腹に今夜は『牽制』の色を帯びていたが――
「『あそび』には丁度よかろう?」
――唸りを上げる白百合清楚殺戮拳は彼女の並々ならぬ気概をまさに証明するばかり。
一撃、梅泉は軽く避けた。
二撃、梅泉にはまだ届かない。
三撃、梅泉の眉がぴくりと動く。
四撃、掠めた一撃に彼の笑みが深くなる。
「心技体バラバラじゃ――否、主の場合は『心』に技体がついてこぬ。
『お互いに』召喚、混沌法則というものは厄介よな。
『本当の主』が相手なら、これ程の重畳も無かろうが――しかし、これも見事よな!」
爆発的な手数は怒涛の瀑布――威力の軽さはまだ痛打足り得ないが、
「さあ、目一杯楽しもうぜこの死合いをよぉ!」
元より彼女の攻勢は梅泉を『崩す』為のもの。
翻ってはこのミーナの『引き付け口上』を確実に届かせんとするものでもあった。
「主が、相手か」
「おうとも、個人的にも軽い恨みが出来たんでな――」
ミーナがちらりと見たのは先の一撃で大きく傷んだイーリンである。
「一人で戦うお前にはわからねーだろうがな……皆を守る為の戦い方ってーのもあるんだよ!」
少なくともミーナの戦る気が大いに持ち上がったのは事実であり、元より本気だか、無論本気の上も出よう。
「まったくだ。どこの馬の骨とも知れない娘に見向きされたら妬いてしまうなァ、なんて――ヒヒ!」
更に壁を立ち塞がる武器商人の言葉は先に狙われたイーリンが自身を「馬の骨」と称したがる事に起因する。
武器商人の言葉は冗談で、半ば本音でもあった。武器商人は唯、聞きたくてやって来たのだ。
ある種、焦がれた梅泉に「次は必殺じゃ」の次を――運命をねじふせてやって来たのだから、聞かせて貰わねば収まらない!
「これは――仕事も多そうです!」
一方、嬉々と立ち向かう前衛が喰らいついたその隙に危急のイーリンを夕の『喚んだ』白衣の天使とベッドが癒した。
ダメージを全てリカバーするには足りないが、時間制限のある戦いで回復による時間稼ぎは生命線とも言える。
「忙しくなりそう」と言った彼女の予感はまさに大当たりになるだろう。
「全く同感ね――不本意だけど」
苦笑い交じりのイーリンも前へ一歩を踏み出した。
中衛を自認する彼女の役割はこの夕とアベルを守る事――つまり、一打目を受けたのは十分仕事を果たしたという事でもある。
「期待してるわよ、スナイパー」
「お任せを。敵がどんなに強くとも弾を当てるぐらいなら出来るでしょう」
嘯いた未来偏差(アベル)がスコープを覗き込む。
彼が見据えた梅泉は「良く狙え」とばかりに自身の眉間を、心臓を指し示していた。
(自信家め――)
アベルの舌が乾いた唇をぺろりと舐めた。
●遊戯II
唸りを上げるインターセプト。
敵がどれ程のものであろうとも全ての誤差を偏差する。
その動きを、可能性を、予測し、織り込み、先回り――逃れる方に吸い付くように狙撃の弾丸は疾走する。
避けた筈が逃げ切れない――否、避けた方にこそ弾は近付く。
「――――」
あの梅泉が息さえ呑んだ一撃が初めて――彼の上半身を完全に後ろに仰け反らせた。
「俺だけでは貴方に勝てないでしょう。それでも、俺達ならどうです? ――とね」
前衛達は良く喰らいつき、アベルの狙撃は見事だった。
ミーナは死力を尽くして敵を引き付け、時に彼女に代わり攻勢を受け止める武器商人は中々に厄介な役割を持っていた。
落首を刻まば流石の武器商人でも倒れようが乱戦において『それを選ばねば決着がつかない』のは中々に厄介だからである。
無論、追い込まれたままならばトドメも放ち易かろうが、そうさせじとする、
「刺激が足りない――とか。そうさせてなるもんかー! ふおー!!!」
「全員生かす――この遊戯で、それ以上のアガリが何があると?」
夕やイーリンの必死の支援も効いている。
特に武器商人への回復は『一撃でのリーサル圏内を離れさせる事が出来れば有効』に違いない。
「ヒヒヒ、残念。まだ倒せないねぇ」
「主は――本当に斬り甲斐がある輩じゃな」
時間制限の戦いで武器商人が一手稼げばそれは貴重極まる成果となる。
一人で手向かえば落首を逃れ得る事は叶うまいが、一度だけ――アベルの援護もあって『上手くいった』封印も合わせ、武器商人の寄与は大きい。
……もっとも、梅泉の攻撃はそれが『通常』であろうとも致死の範囲を出ないのが事実なのだが。
「何にもできねーが…何でもやれるのが私だ! 調子に乗ったな梅泉!」
ミーナが吠え、幾度目か死の刃を跳ね上げる。
たかが三分。されど三分の戦いは文字通り凄絶なものとなっていた。
荒い呼吸は誰のものか。
全身に走る痛みと疲労感は隠せないものになっている。
囲われ、集中攻撃を受ける梅泉も傷ついていない訳ではないのだが。
――カカカカカカカカカ!
髪を振り乱し、暴れに暴れる。血走った目で哄笑する彼は戦いが続く程に冴えていく。
傷を受ける度、時間が経つ度に。捉えたと思った一撃が届かなくなる。
(視てよく解った。その剣の冴え、想像以上の恐るべき美しさ)
舞花は見惚れる程の気持ちであった。
(変わらぬ濃密な死の匂い。その先が、奥義が見たいと思うのは――過ぎた願いなのかしら。
――こんなにも生きている実感を思い出せてくれるなんて。忘れられなくなりそうね……)
アベルの偏差さえ少しずつ、少しずつ、ズレて遠ざかり――繰り出される殺人剣はやがてミーナや舞花の受けさえ超え始める。
戦いが二分も過ぎれば、万全無事に立っている前衛は居なかった。
イレギュラーズが頼り得る可能性に縋り、それでも必死に前を向き、叩いて叩いて叩きまくる他は無い。
防衛戦でありながら極度の『前のめり』さえ強いられる戦いは濃密過ぎる三分を演出するに余りにも相応しかった。
「……っ、く!」
「今宵の主等――大いに気に入ったぞ!」
返しの刃も薄皮を掠めたまで。
今度こそ血の線を引いて倒れたミーナを見やり、それでも前に飛び出した舞花を縫い止める。
怒涛の如き百合子の連打連撃を『全て』さばく。
気分も最高に、機嫌よく声を発した梅泉が不意に手にした刀を放り捨てた。
「何を――」
「――何、単なる褒美じゃ」
梅泉は腰にさした『もう一本』を抜き放ち。
その動作だけでクロバの問いに完全な回答を返してみせた。
ゆらゆら、ゆらゆらと。
揺らめく赤い妖気は尋常なるものではない。魔性そのものを体現したその一振りは。
「――血蛭・真打。とある異界の化生を斬り、その血で鍛えた業物よ。
今宵は良い。なれば、もっと、もっと奮えよな。
これはわしの心を喰う。血を啜り、漸く満悦する化け物よ。なればこそ、奮わねば――そろそろ死ぬぞ?」
傲岸不遜なる宣言は、息を呑んだ舞花が望んだ、イレギュラーズの素晴らしい奮戦が引きだしたものである。
パーティは余りに勇敢に、余りに素晴らしい戦いをした。
故に梅泉はそれを抜き、危険は山と跳ね上がる。されどそれは彼の不満を示すものではない。逆に彼の満足を示すものだった。
「一段、上がる――という訳ですね?」
「吾よりも遥かに強いものが敵に居る! 戦える! これほど嬉しい事があろうか!
此方に流されて本当に良かった! 戦ってくれる強者を諦めなくてよかった!」
「如何にも」と応じる梅泉に舞花(げっかびじん)は薄く微笑む。
大きな瞳を輝かせる百合子はまさに『少女マンガを読む乙女の如し』である。
更に加速した死線は月下を紅に染め、強烈な終わりを望み始めていた。
「キェェェェェェェェェェェェ――!」
猿叫の名残の後。
そこに残るのは死か、それとも生存か――
最早止まらぬ梅泉の攻め手に守りは次々と陥落した。
「馬の首、落としてみせなさい――!」
吠えたイーリンが梅泉に吶喊する。
「うわああぁぁぁっ!!!」
腰を目がけたタックルは――成功する事を期待していない『唯一手斬らせ、十秒を稼ぐ為だけの捨て身』である。
「『遊びこそ全力でやらなきゃつまらない』ですよね! だから私は『のす』心算でやりますから!」
この期に及んでも『倒す』心算の夕の言葉に梅泉は破顔した。
死線が幾度となく交錯したその後に。
魔境と化した戦場に何処か間抜けた鳴き声が響いた。
死屍累々、血の山河に無事に立つ者はいない。ただ、負けた者も居ない。
「――終わっちゃったねぇ」
ボロボロになりながらも『必殺』足り得なかった武器商人が小さく笑った。
「次の言葉をくれないかい?」
「戯け」と呟いて刀を収めた梅泉はそんな武器商人に云う。
――『今度こそ』必殺じゃ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
前のめりで良かったです。
血蛭・真打が出てきたのは奮戦した故のオマケです。
敵を知らねば遊戯ならず、真に戦う日はこない。
かえって被害が増えたかも知れないですが、凄く良い事です。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
余計な情報の全く存在しない単なる純戦です。
以下詳細。
●依頼達成条件
・劇中時間より三分経過する事
・三分経過時に死牡丹梅泉が満足している事
●夜の街角
依頼帰りのイレギュラーズとお使い帰りの梅泉が遭遇した場所。
戦場、十分なスペースがあり、立ち回りに十分と考えて下さい。
人通りは全くありません。存分にやり合えます。
●死牡丹梅泉
和装を纏った長い黒髪の剣士。
常に左目を閉じており、右手で刀を構えます。
サリューの王ことクリスチアンの護衛であり、客将であり、友人(?)です。
非常に危険な人物であり、生粋のバトルマニア。本人曰く『退屈な使い』の所為で中途半端に戦い、滾っている為、平時より危険性が増しています。
戦闘スタイルは当然ながら剣を使った近接戦闘が主体ですが、特長を上げるならば取り分け異様な殺傷力を誇る点です。
以下、不明瞭なアクティブリスト。
・赤丹(真)
・外三光(裏)
・落首山茶花(裏)
・EX 雨四光
●死牡丹遊戯
三分後には(イレギュラーズが望まない限りは)戦闘は終幕します。
三分過ぎれば一先ず死地からは脱出出来ます。
が、メタ的情報として以下を把握するようにお願いします。
・死牡丹梅泉は追い込まれる程強くなる
・死牡丹梅泉はターン経過で強くなる
・死牡丹梅泉は適切にダメージを与えないとより危険になる
・兎に角、中途半端に逃げ腰だと、とてつもなく危険である
どういう事かと言うと、戦闘でダメージを与える程、彼は強くなりますが、死牡丹遊戯において彼にダメージを与えないと圧倒的に危険になります。生存率が下がります。
つまり、受けるばかりではなく強かに叩く必要もあるという事です。
本人が喜ぶ程強くなりますが、満足する程危険性は下がります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
かなり変化球ですがたまには純戦を。
月下の剣劇と気取りましょう。
以上、宜しければ御参加下さいませませ。
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