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シナリオ詳細

失われた村(後編)

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 突如として多数の住民が姿を消し、残る者も多くが傷ついた山村、ドレーデン。
 村人たちの記憶の限りでは一夜で荒廃したかのようなこの村ではあったが……特異運命座標たちはその裏に、恐るべき真実を見出だしたのだった。

 半年前にやってきた2体の魔物――正確には片方は旅人だが――が、半年に渡って村人たちの間に怨恨を育み、相争い殺し合わせた後に、生き残った者たちからも直近1年間の記憶を奪い去った。
 目的は確かなことは言えないが、自分たちの村が『世界一幸福な村』と信じていた人たちの間に憎しみを植えつけることにより、彼らは人間心理について、ある種の実験をしていたのかもしれない。

 彼らの正体について、確かなことは言えない。ただ、『善人のような顔をして、死せる村人たちを使役する魔術師』と、『村人たちの記憶を喰らい、今は深く眠る異形の存在』がいるということだけだ……だが異形が眠って動けない今彼らを討伐せねば、第二、第三のドレーデン村が生まれることは疑いようがないだろう。

 万が一彼らが再び現れた時に備えて、麓の町に向かう避難の列を作る村人たち。
「その魔物を倒したら、皆が帰ってくるのかなぁ?」
 不安げに来た道を振り返った彼らはいまだ、「元凶の魔物が谷の洞窟にいる」としか報らされていない――まさか同胞たちを手にかけたのが自分たちだとは想像せぬし、特異運命座標らからも、決して伝えるべきではないことであったからだ。

 彼らの見つめた遠くの空の下、特異運命座標たちの戦いは始まっているはずだった。
 足場の悪い洞窟に潜んで、次なる邪悪を企てているだろう2体――特異運命座標たちは必ずやかの唾棄すべき2体をうち滅ぼして、無辜なる混沌に平穏をもたらすのだ!

GMコメント

 どうも皆様、るうでございます。
 本シナリオの舞台は、ドレーデン村から半日ほど山を登った先にある、湧き水の出る鍾乳洞です。リプレイは鍾乳洞に足を踏み入れるところから始まります。
 敵は討伐部隊の襲撃を警戒しています。先制攻撃を防いだり、逆に先手を取るためのプレイングがあれば、戦闘を有利に進められるかもしれません。

●敵1『贖罪』
 かつてとある小説家が執筆したという人間の闇を描いた冒涜の小説が、受肉した魔物です。村人たちを唆して争わせた張本人であり、死亡した村人たちの肉体をページの中に綴り込んでいます。
 他者への憎悪で凝り固まった村人たちの死体を生み出し、斧や包丁などの凶器で戦わせますが、自身は攻撃能力を持ちません(死者たちと『魂食み』さえ排除すれば、容易く滅ぼせることでしょう)。

●敵2『魂食み』
 不定形の、異形の怪物のようなウォーカーで、他者の記憶を奪う能力を持ちます。自己の個性となりうる記憶を求めて人を襲っていた際に『贖罪』と出会い、「恵まれた人々が心の闇に囚われた時に現れる本性」を喰らうべくドレーデン村を襲いました。
 彼(?)は貪った記憶を整理するため洞窟の奥で眠っていますが、戦闘開始から8ターンが経過するか攻撃を受けるかすると起きてしまい、【毒】【苦鳴】つきの攻撃をしてきます。
 彼を倒すと彼が喰った記憶が戻ったりするのかどうかは……関係者設定者の銀城 黒羽(p3p000505)さんがお決めください。

●鍾乳洞
 敵は罠などは仕掛けていませんが、戦場には奇襲ポイントとなりそうな脇道が幾つかあります。
 また、流れる湧き水のせいで足場が極めて悪いため、飛行等をしていない限りは常にバッドステータス【泥沼】の効果を受けてしまいます(通常の【泥沼】効果とは累積しません)。

●Danger!
 本シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定があり得ます。
 あらかじめご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • 失われた村(後編)完了
  • GM名るう
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年03月30日 00時45分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
Lumilia=Sherwood(p3p000381)
渡鈴鳥
銀城 黒羽(p3p000505)
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
黒星 一晃(p3p004679)
黒一閃
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
イーフォ・ローデヴェイク(p3p006165)
水葬の誘い手
藤堂 夕(p3p006645)
小さな太陽

リプレイ

●悪意潜む洞穴
 口を開けていた底知れぬ闇は、どこまでも続いているかのようだった。
 足許を這うのは太古の昔、天から地へと染みた湧き水。頭上で蝙蝠たちが騒いでも、その流れは静寂を保ったままで悠久の時を刻みつづける。
 けれどもその先頭をゆく『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)の足取りは、ゆったりと流れ下る湧き水とは対照的に、少しばかり足早に見えた。鍾乳洞内を慎重に遡りながら想うのは、万が一に備えて町まで避難させた子供たち……村で初めて目にした時の痛々しい姿も、触れ合った際の手の柔らかさと暖かさも、別れ際に向けられた信頼の眼差しも、どれもユゥリアリアの感覚から今も消えなずんでいる。早く終わらせなければという願いとは裏腹に、この先の障害物だらけの道のりは、彼女の音波視覚を持ってしても見通せないけれど。
「ソウゾウ以上に大ごとだったね」
 彼女の一歩後ろを歩きつつ、そんな言葉を呟いたのは『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)だった。人々の間に不和をばら撒いて、凄惨な殺し合いにまで発展させた上で、片や記憶を、片や死体を奪い去った2体の魔物……最初、『村が滅びた』と聞いた時、はたしてそこまでの悪意が横たわっているなどと思えた者がどれほどいただろう? 多くの事実が白日の下に晒された今ですら、イグナートには彼らの目的など掴みきれぬのだ。魔物たちがまだ中にいることを教えてくれた、鍾乳洞の入口付近の下草たちも、当然ながら魔物の目的など知る由もない。
 ただひとつだけ言えることがあるのだとすれば……そう。

 さっさと片付けてやらねばならない。

「奴らと遭った場所ってのはまだか?」
「もう少し先だ……しかし、警戒されていると解っているからか、ここまで待ち構える敵の気配はないな」
 訊いた『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)に答えた『墨染鴉』黒星 一晃(p3p004679)のカンテラが、煌々と洞内の暗闇を追い払ってゆく。この灯りがある限り、こちらからの逆奇襲は困難だろう……だが、大差あるまいと一晃は見ている。どうせ足音やら何やらを消しきれぬのだ、こうして敵を先に見つけてやるほうが、幾分都合がいいというものだ。
「……みたいだな。ま、こんな場所に出てくるのなら、各個撃破してやるだけなのには違いない」
 アランの指先にも炎が点り、カンテラだけでは影になる部分を照らし出していた。それにしてもこの辺り、嫌な臭いが奥から漂ってくる……鉄のようなどろついた臭気だ。別に嗅ぎ慣れてないわけではないが、いつ嗅いでも不快な気分になれるモノ。
 それは謂わば、『取り返しのつかなさ』を告げる臭いだった。臭いは隊列の最後尾で後方の警戒を行なう『白綾の音色』Lumilia=Sherwood(p3p000381)の許にまで、それの意味するところを否応なしに押しつけてくる。
 ……すなわち。
 隠しきれぬ血の臭いの源になっている人々には、もう、どんな言葉も届かないのだ。ルミリアら、特異運命座標たちが見いだした真実を、死者には報告してやることすらできはしない。
(だから……せめて。これ以上の惨劇が繰り返されないように)
(人を殺し合わせ、あまつさえそいつらの記憶を奪う……そんなことは二度とさせねぇ)
 『暇人』銀城 黒羽(p3p000505)の中の不倒の闘気も燃え上がり、命も、心も、絶対に消させはすまいとの覚悟へと変わる。

 ……その時『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)の中の野生の嗅覚が、血の臭いに混じって前方にわだかまる、強い敵意を嗅ぎ取った。
「凄まじい悪意もあったもんじゃねえか。その周囲に、1つ、2つ……いや、結構な量の小さいのがいるな」
 ジェイクの口許が自ずとつり上がり、薄く開いた唇からは、鋭い牙が微かに覗く。
 戦いの時は迫っている。恋人の『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が面白いことに首を突っ込んだと聞いて合流してみたが、なるほど、人間の本性を煮詰めたような敵意の量だ。
 いや……それは敵意というよりも、『圧倒的順応力』藤堂 夕(p3p006645)には遣る方ない憎悪の塊であるかのように思えてならなかった。
 そこにいる者たちが何者であるのかを、特異運命座標たちは知っている。かつては自分たちを世界一幸福だと信じていた、ドレーデン村の人々。この先に潜む者たちに唆された結果、互いに殺し合う羽目になった者たち。彼らのうち生き残った者は記憶を奪われていたわけだが、死んだ者たちはこうして魔物に使役されている。
 唾棄すべきことだ。信頼していた者に裏切られた怒り。信頼されていた者を手にかけねばならなかった悲しみ。そういった諸々の複雑な感情の細かな部分こそ夕にも感じ取れはしなかったものの、それらが方向性のない憎しみとして死者たちに宿っていることだけは、彼女には目を背けたくなるほど強く伝わってくる。悪い足場を避けるため跨った箒を握る手が、震える。
 おお、怖イ、怖イ。恵まれて満ち足りていたはずのドレーデン村の人々でさえ、これほどの暗い感情を露にできる……だから『水葬の誘い手』イーフォ・ローデヴェイク(p3p006165)は、人の世というものが恐ろしいのだ。そして、それ以上に興味深くもある……光と闇、どちらもひっくるめたものが、人間というものなのかもしれないのだから。
 だが、そんな感傷に浸っている暇はないと、彼の直感は囁くのだった。
(この事件を起こした鬼ハ、人の心の闇に精通しているわけダ。何の不満もなかった村人たちニ、不和を植え付けて戦わせるホド)
 ならばこちらがどんなことをされると嫌なのか、敵はきっと理解しているはずだ。それは、夕やルミリアのような打たれ弱い後衛を狙った奇襲であろう。死者たちがそこかしこに潜む理由は、それ以外に考えられぬ。
 特異運命座標らが進み続ければ、次第に少しばかり開けた場所へと差し掛かった。
「……サテ、仕事だ、怖いこわーい鬼退治といこウ」
 イーフォがどこか傍観している風に嘯いたと同時、予想どおり、辺りの闇がにわかに蠢きはじめる。
 だが夕は跨る箒を駆って、闇の手の届かない場所へと飛び上がっていった。闇の奥に散らばる憎悪の動きは、強いがゆえに容易く見て取れる。ルミリアも彼らが最初の不意打ちを行なうより早く、純白の翼を広げて中空に舞い上がっている。そして隊列の中ほどへと収まって、探索のための隊列を包囲に備えた陣形へと変えてしまった。こうなれば物陰からとび出して来るはずだった者たちは、狙うべき相手を見失い、攻撃のタイミングをすっかり逸し、その場に呆然と佇まざるを得ない!
 ……すると彼らに代わって洞窟内に存在感を示したものは、ひとつの拍手と男の声だった。
「そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたよ」
 不意に広がった鍾乳洞の中央に……その男は1冊の『本』を手にして立っていた。

●“贖罪”
 男は顔つきといい立ち振る舞いといい、いかにも善良そうな姿で微笑んでいた。出会う場所がここではないどこかであれば、旅の神学生と言われても違和感はなかったやもしれない。
 けれども――それが邪悪なる存在たちの片割れであることを、一晃は数日前に目の当たりにしたばかりだった。ゆえに、無防備な構えを作る彼の剣。次に必殺の一撃を解き放つ時は、刻一刻と迫り来る。
「ですが先日もお話したとおり、私は友人を見捨てられぬのです」
 けれどもそれをものともせぬように、“贖罪”は両腕を広げて語るのだった。『友人』とはすなわちこの先に眠る者。記憶の強奪者。“魂食み”。一度は留まった死者たちを再び呼びつけて、自らも書の中より新たなる死者を喚び出しながら、信仰者の恍惚を浮かべて“贖罪”は説く――人が負の記憶を消去するための生理システムに過ぎなかった友人がかつて、いかにして擬人化存在としてひとつの生を受け、この無辜なる混沌に立ったのか、と。他者の負の記憶しか知らぬ彼が、他の者のように自らを肯定しようと思うなら、彼はどれほど人を知らねばならぬと言うのか? 彼に必要なもの光と闇。かつて喰らった心の闇と、これから喰らう光とが、いかに表裏一体であるのか。ドレーデン村を標的にしたのも、それを知るための実験――。

 そんな大演説を妨げるかのように、つんざく轟音が洞窟内に満ちた。辺りが揺れ、“贖罪”が倒れ、その周囲にいた死者たちもまた同時に伏せる。洞窟の奥で身じろぎが聞こえる……それは騒ぎを聞いた『友人』とやらが、微睡みの中で寝返りを打った音なのだろうか?
「だから、『恵まれた人々が心の闇に囚われた時に現れる本性』を暴いて、『友人』に喰らわせてやろうってか~、なるほどね」
 硝煙たなびく魔術銃を手にしたジェイクの口許が、皮肉げな形に歪んでいた。なるほど、性悪説とは結構なことで。これまで人の醜い部分を多く見てきたジェイクとしても、性善説よりは性悪説のほうがよほどしっくりとくる。
 が……そんな哲学を好むとは悪趣味な野郎だ。ならば、そんな人間の本性が生み出した『秩序』ってものの真髄を、たっぷりと叩きつけてやろうじゃないか。
 けれども目の前の人物が断罪者となる選択をしてみせたにもかかわらず、“贖罪”は善良そうな笑みを浮かべるづけるのだった。その間にも倒れなかった死者たちが、飴玉を見つけた蟻のように、特異運命座標らへと襲いかかってゆく!
 左側から鉈を振るったひとりの死者の胸元を、アランの剣が真一文字に裂いた。だが既に命奪われし村人は、心臓を割られた程度では動きを止めない。
「チッ……一般人を斬ってるみたいで嫌な気分だ……!」
 これが悪態を吐かずにおれようか? 吐き気がする。自分勝手な都合で殺した罪なき人々を、さらに傷つけさせるのか。血の臭い以上に慣れない邪悪だ……否、曲りなりにも勇者の身、決して斯様な邪悪に慣れるわけにはゆかぬ!
「せめて……仇くらいは討ってやるから辛抱してくれ……!」
 祈るように剣を振り続けるアランだったが、一方で新手の死者たちが続々現れて、彼に憎しみを向けんとしていた。
 あまり孤立させられるわけにはゆかない。バクテリアでぬめる床に足を取られぬよう意識を遣りつつ、そろりそろりと後退するアラン。死者たちはそれを追わんとす……が、それは叶わない。何故なら両者の間には、イグナートの右腕が闇から滲み出てきたからだ。
 その手の甲をよく見れば、既に赤い色に染まっていたようだった。それは彼が闇の中に潜んでいた間、何をしてきたのかを物語るものだ……けれどもその赤が見えたのは、その瞬間が最後だったろう。何故なら鉄騎種の鋼の右腕は、空気すらをも握り潰して、手の赤も、死者たちも全て蒸発させんと猛り狂う、炎の爆発へと変えたのだから!
 死者たちから零れ出ていた血が乾き、それから次々に燃え上がっていった。業火に包まれた死者たちはそれでもいまだ動きを止めず、しかしアランに心臓を裂かれていた者だけは、心臓から血管を伝って炎が回り、全身を炭の塊へと変えその場に崩れ落ちてゆく。
 だが……それはこの鍾乳洞の広間から見れば、左側半分で行なわれた応酬にすぎなかった。右にはまだ無傷の集団がいる。いかにイグナートの炎が激しかったといえども、彼らまで巻き込むにはまだ足りぬ!
 ……とはいえ、全てを彼に任せる必要などはないのだ。この場には幾人もの仲間たちがいる。イグナートが左を受け持つのなら、右からも押し寄せてくる敵に相対する者がいる。見よ、ユゥリアリアの蠱惑的な踊りを。聞け、熱情的なその歌を。憎しみの中に愛にも似た執着を目覚めさせ、愛の中にも憎しみに似た害意を呼び覚ます魔術的セレナーデの力の前には、死して“贖罪”に支配されし村人たちすら心動かされる。
 次々に踊りに目を惹かれ、凶器を振り上げる先を変えていった彼らの中心で、ユゥリアリアの歌と踊りはさらに熱を帯びていった。それを彩るのは彼女自身の血。死者たちが思い思いの武器を彼女へと叩きつけても、彼女は踊りを止めることも、微笑みを失うこともない。魔物たちにより生み出された重い現実を忘れさせ、世界を歓びで覆い尽くさんとするかのように。

 それが『生き足掻く』ということであるに違いない。この世界に辿り着くよりも遥か前に、幻はそのことを知っていたような気がする。
「人は誰もが怠惰で、傲慢で、貪欲で」
 そして嫉妬し、怒り、色欲に堕ち、貪食もするものだ。少なくとも幻はそのように理解している。
「崇高な人なんてもの、あるものですか」
 死者たちの前に惜しげなく我が身を晒したユゥリアリアさえ、崇高であるのだろうかと幻は問いかけた。答えはNOだ、崇高ではない。ただ、自らの力では及ばぬものを求めて足掻いた結果、他者が勝手に崇高だと解釈するだけだ。
 ならば……そんな彼女から苦しみを除こうとする、幻自身はどうだろう? 彼女が指を鳴らして奇術を披露する度に、ユゥリアリアの身体に刻まれた傷は跡形もなく消えてゆく。けれどもやはり、幻が聖人だからであるはずがない。
 彼女はしがない奇術師だ。昔も、今も。
「強いて言えば、ただ生き足掻くことこそが人の崇高さで御座います」
 すると“贖罪”はそれに応えて、その通りなのだと頷いてみせた。
「どれほど罪を重ねた人も、それだけで人としての崇高さが失われるなど、あるのでしょうか? むしろ、罪を負うことを覚悟して、あるいは罪を負っていることを承知で大切にするものにこそ、人を人たらしめる何かがあるものでしょう」
「ならば貴方は、自分が欲しいモノを手に入れているでは御座いませんか」
「ええ。ですが私も欲深き存在。『記されたモノ』をどれほど持っているのだとしても、『本物』を抱えきれぬほど集めたい……私も、人を写したモノなれば」
 そんな魔性の書物の欲望を聞いて、幻は穏やかだが意思を篭めた口調で断じるのだった。
「奪う人は、奪われることを知らねばなりません。『記された悲痛』ではなく、『本物』の『奪われること』を」
 もしも“贖罪”が人の真実を語ると言うのなら、罰を受けることまで含めて人の真実であろう。そんな『罰』をかの書に与えるために、その時幻とは別の場所から殺気が立ち昇り、音速の何かが“贖罪”へと迫る!
「ああ……」
 魅入られたような声を上げた“贖罪”の目の前で、幾人もの死者たちの胴が纏めて上下に分かたれた。一鬼討閃・衰勢無惨。敵の守りはおろか、自らの命すらも眼中にない、一晃の渾身の一太刀である。
「滑稽だな、“贖罪”よ」
 一晃の呑み込むような漆黒の瞳は、じっと“贖罪”を凝視しつづけていた。
「正の感情も負の感情も、生み出せるのは生者のみ。死者の残滓だけ操れば『本物』が手に入るなどとは、まさに『知った気』という言葉が相応しい」
 そして再び刀を振るえば、斬撃はまた新たな死者をあるべき姿に還す。
「貴様らは、他者から奪っても骸しか生めぬ」
 そうでないのだと言うのなら、せいぜい貴様自身が足掻いてみせよ。例え何かを失おうと、無様だろうと、それこそ人の真実であろうよ。もっともそう言う一晃自身、彼らとそう変わらぬのやも知れぬが。
「何故なら悪意を以って貴様らを斬る歓びこそ、俺の真実なのだからな!」

 そんな一晃の刀が振るわれる度、死者たちは次々と滅んでいった。無論、一晃のみがその任を果たしたわけじゃない……ルミリアのフルートが囁くは、神剣授かりし英雄の歌。夕の空想が生み出せしは、母の抱擁、安らかな揺らぎ。
 飛行種の白き翼で浮かびつつ、ルミリアの奏でる笛の音は、まさに詩の語り手たる天の御使いの加護を、定命の身にて具現せしめんとする試みであった。奏者の命を削る演奏から零れ出るのは、最初は神剣の英雄たちを祝福する音色。けれどもそれは一転し、魔神の詩へと彩を変える……ただでさえ魔力の剣を生み出す呪歌に、さらに魔神の力が宿り、敵を切り刻む魔神の刃が、哀れな死者たちへと降り注ぐ。
 そして……そんな彼らを抱きしめてやるのは、夕の祈りから現れた女性たち。悪いことをすれば厳しく叱られたものの、養子の夕にも深い愛情を注いでくれた『お母さん』――彼女から受け取った愛情を、今度は夕が村人たちに注いでやる番だ。彼らはもう、十分に憎しみに対する罰を受けているはずだ。なら次は、彼らに安らぎを与えてやれば、次第に憎しみも融けるに違いない。
 死者たちはしばし、動きを止めた。するとそんな彼らに纏わりつくように、どす黒い霧の塊が包む。
 死の力を操れるのは決して、邪悪なる魔物のみに与えられた特権ではないと知るべきである。イーフォの双眸――『水海の瞳』もまた、死者を弔い、生者を溺れさす蝶草の花。
「もう、苦しくないよネ」
 イーフォが囁きかけてやったのと同時、動かなくなった死者たちは次々に崩れ落ちていった。悪意には悪意を。死には死を。もはや凝り固まった憎しみの他は何も感じなくなった死者たちにとって、彼の瞳の放つ苦痛に苛まれることなく仮初の生を絶たれることは、幸いのはずだ。

 が……どれほど死者たちを減らしたところで、次々に押し寄せてくる死者たちはいまだ途切れず。なのに洞窟の奥の身じろぎは、激しさを増す戦いの音に誘われたのか、さらに頻度を増している……もしも、彼が起きてしまった時は?
 村人たちの記憶を喰った後、ずっと眠り続けているらしい奥の魔物。その眠りが彼にとって、記憶を消化するためのものであるのだとしたら――ぞくりとした何かが夕の背を伝った。彼が『自然に』起きた時、村人たちの戦いの記憶が、彼の血肉となって自分たちに降り注ぐのではないか、と想像し。
 だから彼女は左手で箒を強く握り締め、一度、高く飛び上がり、その闇の奥を見通さんとした。その闇はまるで奈落に繋がるかのように深く、使い魔たちにランタンを持たせて飛ばせてみても、その全容までは判らない……それでも、その奥に何かがいることまでは見える。ならば、右手を闇の向こうへと翳し……闇の先にいる者を、闇と、そこにある想像の産物ごと、もっと強い空想の力にて破壊してみせる!
 直後、子供を思わせる悲鳴が響いた。
「いたイヨ……なニゴと……!? まダ、ネむいノニ……!」
 けれどもそれは人の声に似るようでいて、決して人の声ではなかった。たどたどしい、まるで何かが人の声を真似ているかのような、不気味さばかりを感じさせる音だ。
「ああ、起こしてしまいましたか」
 “贖罪”が他人事のように嘯いた。彼は、傷つけられた友人にかけるとは思えぬ優しい声で、“ソレ”へと語りかけてやる。理解しがたい遣り取りだ。
「彼らは私たちのしたことが許せずにやって来た、正義の味方たちなのです。“魂食み”……貴方は、そんな人たちの記憶を食べたことがありますか?」
「セいギ……ソれは、おレ? ワたシ?」
「さあ、どうでしょう? けれども彼らの記憶を調べれば、貴方の求めていた『貴方らしさ』も見つかるかもしれませんよ……何故なら他人のために命を賭せる彼らの心は、友人であっても殺めようという憎しみと同じくらい、強いものかもしれないのですから」

●“魂食み”
「ボくノ、おイららしサ……」
 どことなくほっとしたような声が、闇の中から聞こえてきた直後、闇から特異運命座標らの前に、赤黒い何かが飛び出してきた。
「こいつが……アンタが守ってた『友人』とやらか!」
 反射的に黒羽が床を蹴る。その身に黄金色の闘気を纏い、敵の軌道と交差する。足元を流れる水がその勢いに弾かれて、大きく丸く乾いた領域を作る……そして、吼える!
「アンタがどんな奴かは知らないが、記憶を奪うってのは、そいつのそれまでの人生を奪うってことだ! アンタは何か理由があって、他人の記憶を求めてるのかもしれねぇさ……だがよ、たとえどんな奴だろうと、他人の人生を奪っていい権利なんてねぇんだよ」
 闇から姿を現したモノを両手で押さえ込み……そこで初めて黒羽はぎょっとした。何故ならそれは人の姿でも獣の姿でも、植物でも機械でも鉱物でもない何かだからだ。赤黒い色の“魂食み”はまるで人間の部品――目や、口や、内臓や――が、本来あるべき場所もあるべき数も一切無視して、無秩序に人の形に集まったかのような化け物だ。そして、その見る者の正気を失わせるような見た目に違わず、吐き気を催すようなグロテスクな毒素――それは彼を捕らえた黒羽の肉体と精神、双方を着実に蝕んでゆく。
 けれども両腕を肘近くまで赤黒色に染めながら、黒羽は仲間たちへと声を張り上げてみせた。
「コイツは俺に任せろ、皆は村の奴らを頼む!」
 確かにこいつは苛烈な悪意だ。同時に無垢でもあるこいつの性質は、捉えどころなくそして圧倒的だ。
 が……だからどうした? その程度で、黒羽を壊そうと言うのか? いちど全ての記憶を奪われた黒羽は死者だ。イーフォの言葉を借りるなら、死者が苦痛を感じることはない。少なくとも黒羽にとって、これしきの苦痛、苦痛のうちになど入るものか……。

 意志が悪意を押し返していった。最も苛烈な“魂食み”の悪意さえ封じてしまえば、為すべきことなどたったのひとつだ。
 ユゥリアリアの唄が鍾乳洞内の空気を哀しく震わせたならば、死者たちはまるで自らの行ないを悔いて罰し合うかのように、互いに互いを傷つけはじめた。しばし彼女の踊りに引き寄せられていたことも、他に自らを操る存在がいたことも忘れて。
 そうして数をますます減らしていった死者たちのひとりを、イグナートの右手は捕らえて離しはしない。
(コイツで……残りは3人かな)
 最後から4人めの死者が、右手の指の間から床へと落ちる。もう、彼がこれ以上動くことはない……終わりは近い。ここまで来れば、残りの死者たちも全て真なる眠りを取り戻すまで、決して時間はかかるまい。
 だからイグナートは迷わず踵を返し、次は“魂食み”へと右手を向けた。あの混沌じみた怪物の頭には、人のように砕くべき脳など持っていないかもしれない。が……致命傷などハナから求めてなどいない。何故ならこれから放つのは、本命を叩き込ませるための一撃だからだ!
 飛燕のごとき掌底の突きは、違わず“魂食み”の頭部を弾き飛ばした。
「いタイよ……」「みエナい……!」「たすケて……!」
 彼の全身に生えた口たちが、文字どおり口々に悲鳴を上げる。その悲鳴をかき消すかのように、ルミリアのフルートが再び英雄譚となる。ただでさえ誰よりも鋭い一晃の剣が、より鋭さを増して神速を超える!
「墨染鴉、黒星一晃。一筋の光と成りて、空虚な自我の終わりを刻む!」
「ア……」「あ……」「阿……!」
 呆然とする“魂食み”の声は、ほとんど掻き消える寸前だった。ただ神々しきフルートの音だけが、鍾乳洞内に反響して荘厳な響きを作る。
 それでも……ぐにゃり。“魂食み”は体を歪めて、腕を一晃へと伸ばしてみせる。いヤダ。ヤめロ。ただ拒絶のための拒絶の力は、全てを攻撃にのみ注ぎ込んだ男を、あまりにも呆気なく滅亡に導いてゆく。
「が……為すべきことは成した」
 身体に呪毒が回る間際まで、男の眼差しは鋭く“魂食み”を貫いて、彼に恐怖を植え付け続けた。おお怖イ……死ぬ時はこんな風にすっぱりと殺されて、海と一体にされたいものだとイーフォは嗤う。
 だが彼が死ぬ時はまだ先だ。特異運命座標らが“魂食み”を攻め立てる舞台を、不躾な観客が邪魔しようとしているのだから。
「ハイハイ、おさわりは禁止だヨ」
 イーフォの葬送の術式は、また1人、死者に安寧をもたらした。だからその間にもジェイクの銃が、“魂食み”に熱烈な――幻が思わず嫉妬してやしまわないかと心配になるほどの――口づけをしてみせる。もっともそのキスは甘さとは無縁の、死を告げる魔性のものだけれども。
 さらに死者が1人、夕の母の抱擁に包まれて眠った。彼らには、これくらいのことしかしてやれぬのだとしても、それでもできることをせよというのが『お母さん』の教えだ。
 これで、死者たちはあと1人……それはどうやら子供のようだった。
 あれだけの人々が殺し合っていれば、中には大人たちが守りきれなかった子供がいたとしても、不思議ではないだろう。だが、その胸元に無言で氷の刃を突き立てるユゥリアリアの内心は、はたしてどのようなものだっただろうか? アランにはそれを慮ることしかできない……ただ彼女の生み出した氷が、痛みも恐怖も凍てつかせるほどに鋭かったことから、それが意味するものを想像するばかりだ。
 アランから、吼えるような叫びが飛び出した。
「同じ旅人として、お前の罪はこの俺が裁く! ここで朽ち果てろ!!」
 その大剣に宿した感情は、何にも増して悪への憎悪。“魂食み”の体がいっそう歪み、目玉が、歯が砕けて飛び散ってゆく。まだ倒せない……だが必ず終わらせてみせる! アラン自身にそれが叶わなくとも、誰か、彼の仲間たちが!

 彼の怒りに呼応するかのように、突如として虚空から現れた人形たちが、こぞって“魂食み”へと群がっていった。
 幻の奇術だ。
 “贖罪”の言葉を信じるのなら、“魂食み”がこの事件を起こしたことも、彼が生き足掻いている証拠に違いない……けれどもやはり、罪は罪。恐れ、怯えた人々がそれを望んで、自身が仕事を引き受けた以上、幻にはその罪の何たるかを“魂食み”に知らしめてやらねばならない。それが彼女の傲慢に過ぎないのだとしても、彼女とてひとつの生き足掻く身だ……ただ夢の中を羽ばたいていればよかった胡蝶ではない。
 ……すると。
「シにたクナい……まダ、ジブんがナニかモワからなイノに!!」
 “魂食み”は嫌がり首を振った。“贖罪”が笑む。
「そういう時は、食べてきた記憶を思い出すのです……同じような状況に陥った人は、はたして何をしましたか? 同じようにすればいいのですよ」
「! シにそウナヒとを、こロすぞッテいッてタ!!」
 “魂食み”が毒が回り息も絶え絶えな一晃に目をつけたのが、ジェイクには判った。牽制の銃撃でその肩を貫いて、再び口許から牙を覗かせる。
「おっと、どうやら解っちゃなさそうだが……人質ってのは本当に殺しちまったら意味ないんだぜ? ま、本当に殺すつもりだったとしても、そんなこと、俺たちが許さねえけどな。……そうだろ?」
 そう言って仲間たちのほうをジェイクが振り向いたなら、戦場に響くルミリアのフルートが、彼に応えて新たなフレーズを生んだ。
 瑠璃色の音色が瑠璃色の光を呼び覚まし、瑠璃色の香りが辺りに広がる。そうして“魂食み”に纏わりついた瑠璃色は、彼を凍らせ、毒に冒して、その他ありとあらゆる災難で彼を苦しめる……最期は、もう一度魔神の剣の唄で貫くだけだ。
 だが――“魂食み”がどれほど悪行の限りを尽くしたのだとしても、そんな苦しみながらの最期などあっていいものだろうか?
「どんな善人だろうと悪人だろうと、死ぬときまで救われねぇなんて、俺は許さねぇ」
 事件に終止符を打つために、彼の肉体を苛まねばならぬのだとしても、心くらいは救ってやりたい。それが、黒羽の今までも、そして、これからも変わらない信念だ。
 だから……半ば呪いにも似た彼のギフトで、“魂食み”の苦痛だけは俺が受け持ってやろう。命を救ってやるわけにはゆかないかもしれないが、ならば、なおのことだ。
 すると“魂食み”は安らかそうな声を作って、黒羽の耳元で囁いた。
「なンだか……マえに、ニたよウナひトノきオくヲ、たべタんダ……」
 似たような?
「そうか……俺もアンタの犠牲者だったのか」
 不思議と怒りは感じなかった。ギフトは“魂食み”がそうした理由――己の存在が判らぬ苦しみまでも、全て黒羽に伝えてくるのだ。ならば、自分のぶんくらいは赦してやらなくちゃ、心を救ったことにはならねぇじゃねぇか。

 “魂食み”は、黒羽の腕の中で息絶えた。だから、次は……“贖罪”のほうだ。
「聖剣とまではいかないが、こいつは霊樹フォルカウの加護が宿った剣だ」
 アランの剣が“贖罪”へと向く。力を貸してくれ、霊剣よ。俺は、憎悪の元凶を刈り取らねばならぬ。
 力いっぱいに剣を真横に薙いだなら、“贖罪”はあまりにも呆気なく、本ごと上下に分かたれた。人の姿は幻のように消え、羊皮紙の断片が洞窟内に舞う。
 もう……呪われし書が力を持つことはない。

●鎮魂の村
 こうして全てが終わったことは、数日のうちに町まで伝えられた。けれどもそれが悲報ではないと、誰が胸を張って言えるだろうか?
 事件の元凶を滅ぼしたところで、命も、記憶も、戻ったりはしない。それは今まであった一縷の望みに、終止符を打つことに他ならぬのだ……そのことがルミリアの心を重くする。
 だとしても、彼女は告げねばならない。告げねば、彼らが前を向く切っ掛けにはならない。だからともに死者たちを弔って、ともに鎮魂歌を歌う。それが、村人たちに必要なことなのだから――。

「――ああ。二度とこんな悲劇があっちゃならねぇ」
 その後、ドレーデン村で行なわれた慰霊祭の夜。ジェイクは天に昇ってゆく鎮魂の炎を見上げて呟いていた。
 悲劇を起こす側だった自分が、まさかそんな願いを抱く側になるとは。運命はしばし悲劇をもたらすが、時に歓喜も運んでくれる。そして、望む運命は自分の手で掴み取れるということは、彼の隣の女性――幻が証明してくれている。

 だとすれば、彼らが隣人たちをもう少し信じてやれていれば、今回のような運命を捨て去ることができたのかもしれない。
 だが、そんなものは後知恵だ。
「汝、隣人を愛せよ……ってネ」
 囁いてイーフォは星空を見上げる……村人たちがそれを忘れぬ限り、次に同じ運命が訪れることはない。今は、それで十分じゃないか。

 翌朝には特異運命座標らは、ローレットに向けて村を後にしていた。
 村からは、また来てほしいと呼びかける子供たちの声。もう、ユゥリアリアも後ろ髪を引かれてなんていられない……。
 かくして村は、再び日常へと返るのだ。願わくばその日常が、どうかいつまでも続かんことを。

成否

成功

MVP

銀城 黒羽(p3p000505)

状態異常

黒星 一晃(p3p004679)[重傷]
黒一閃

あとがき

 ドレーデン村の一幕は、ひとまずはこれにて終幕を迎えます。
 けれども資料庫の記述を信じるのならば、“贖罪”とは別に、“魂食み”の暴走を生んだ魔種がいるはず……その魔種はいつか、特異運命座標たちの前に現れるのでしょうか?

 ……ところで最後に一言言わせて。
 何この人ぜんぜん殺せない。

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