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シナリオ詳細

<終焉のクロニクル>終焉否定のlost chaos Finale:可能性の願い

完了

参加者 : 13 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●願封じ(がんふうじ)
 人は生きれば何かを願う。
 願ったなにかのどれかは叶う。
 けれどどれかの祈りは尽きず。
 潰えたなにかも再び願う。
 結局願いは渦を巻く。

 願いと願いが反する時、どれかは叶いどれかは消える。
 同じ願いの、違いはなあに。
 違う願いの、同じはなあに。
 やっと見つけた願いの礎。
 人は他人(ひと)ゆえ交わらず。
 交わらぬゆえ心を乱す。
 
 願い続ける困難と。
 邪魔され続ける災難を。
 全て受け入れ眠れれば。
 全て拒んで喰らえれば。
 そんな極みは神にだけ。

 なれば願いを捧げましょう。
 譲れぬ思いを示しましょう。
 だからどうか、その大いなる恩寵を。
 我らが命にお与えください。
 どうか、我らに。
 どうか、我に。


●赤と黒の時間
「……遅いわねぇ」
 とある小さな山小屋で。
 【ルベル・ゼノ・ドラクルート】はその場に随分と不釣り合いなグラスを傾けると、中に溜まっていた赤い蜜を身体に満たしていく。
 もう五杯目にもなろうかという所で、魔法陣が展開される音。
 続いて小屋のドアが開けられる音が聞こえた。
「子供だろうがルールはルール。遅れた理由を説明してもらえるかしらぁ?」
「すみません女王様」
「なんだよ、ちょっと大人だからって。ボク達にはボク達の都合ってもんがあるのに」
 文句を返す吊り目の少年【ビス】の手を強く握り、垂れ目の少年【メウ】が諫める。
「願いを集めるのに少々時間がかかってしまいました」
「ふぅーん」
「ですが、これだけあればもう充分です。聖母達様も動き出すでしょうし、早くボク達もボク達の願いを叶えないと」
「あれは聖母というより聖女だと思うけどねぇ。もっとも『聖』なんてどれだけ残っているか知らないけれど」
 話題が逸れた。
 ルベルは話を戻すべく居住まいを女王様なりに正すと、足を組んだ状態で続ける。
「じゃあ本題。あなた達、願いを集める理由はなぁに?」
「約束はボク達が願いを集める手伝いをしてもらう代わりに、貴方のゲームに協力するというものだったはずです。わざわざそれを聞いてどうしようと?」
 メウが珍しく強気な態度で返す。
 されどルベルも引きはしない。
「わたしが十全の力を発揮するには『契約』が必要なのよぉ。正真正銘のねぇ。だからあなた達の願いが契約に足るものかどうか、知らなければならないわぁ」
 逡巡したメウであったが、そこに裏がないと判断した彼は話し出す。
「……単純な話です。ボク達は二つの大きな願いを叶えるためだけに生きています。一つは人は人を救わないと証明すること。もう一つはママとおねえちゃんを殺すこと」
 何故そんな願いを抱くに至ったか、メウは説明を続ける。
 二人は元々一般的な人間種の子供であった。
 しかしまだ赤ん坊の頃に親から取り上げられた彼らは、異世界の技術と思想を組み込んだ『天使』となるべく様々な調整が施された。
 従来の天使は多量の肉を一つに混ぜ合わせるものであったが、彼らはその逆。
 一つの身体に複数の血や魔力を宿すというコンセプトを元に改造させられた。
 全身の血を入れ替えられ、拒否反応を無くす投薬を受け、あらゆるデータや魔力を詰め込まれ。
 特に試作品であった『姉』が『母』と楽しそうに過ごす記憶のデータは、自分達の手に入らない『生きた人生』を見せつけられているようで苦しかったのだという。
「可哀想なのねぇ」
「そんなこと思ってない顔に見えるぞ」
「あら、ポーカーフェイスは得意なつもりなのだけれど」
「ボク達には見えるんだよ。身体の中にあるたくさんの人達が教えてくれるんだ」
(……血の記憶、といったところかしら。使えそうだわぁ)
 ビスの指摘に一瞬驚いたルベルであったが、流石に一切外へ出していない心を読めるわけではなさそうだ。
 女王の内心に気づかぬままメウは説明を続ける。
 彼らがいた研究施設にてある事件が起きたこと。
 その時、特殊な薬液の中に閉じ込められていた二人の嫉妬心に『呼び声』が聞こえたことを。

――さぁスケース……コノ血とアノ人間の血に、滅びを与えロォ!
――イヒヒ……コレが遊戯の結末。オマエ達はきっと救わナイ

「その声と聖なる物への願いは、ボク達に力を与えてくれたんです。おかげでボク達は燃え盛る研究施設から脱出できて、ママも殺せました。でもまだ足りない。あの声の願いを叶えるために、救いがない事を証明して、おねえちゃんを殺したい」
「だとしても他人の願いを叶える必要はないんじゃなぁい?」
「声のおじさんは願いが叶うことなく殺されちゃったからね。だからボク達は絶対に願いを叶えられる強い力が欲しかったんだ」
 今度はビスが継いだ。
 魔種となった二人はからある村に伝わる願いを叶える精霊の事を思い出し、その力にあやかるべく向かったのだという。
「願いを話したのに、ソイツは叶えないとか言い出したから、魔力諸共喰ってやった」
 元々信仰が薄れかけていた事もあり、精霊も抵抗する力が残って無かったのであろう。
 二人は精霊が持っていた『他者の祈りに寄り添い、願いを叶えようとする心に魔力を分け与える力、願供え(ねがいそなえ)の魔法』を吸収。
 『他者の願いを叶えることで祈りを奪い盗り、それを自身の魔力へと変換する力、願封じの魔法』へと変質させたのであった。
「大体の事情はわかったわぁ」
 ルベルはどこからか真っ赤なインクの入ったビンを取り出すと、契約書にさらさらと文字を書いていく。
「あなた達が賭けられるのはその願いで集めた魔力と精霊の魔法。得たい対価は血の滅びと人は人を救わないという証明。で間違いないわねぇ?」
 二人が頷くのを確認すると、ルベルは契約書と羽根ペンを差し出す。
「そこに名前を書けば契約完了よぉ。わたしの力で、あなた達の願いをゲームにしてあげる」
「メウ、どうする?」
「決めてたでしょ、ビス。ボク達も滅ぶべき血を持つ者。だから世界と一緒に滅びる前にできるだけ願いを叶える。そのために出来ることは全部やらなきゃ」
 子供達は強く手を握る。
「そうだよね」
 そして名前を書けば。
「はい、ご苦労様ぁ。大丈夫よぉ、ちゃんとゲームは成立させるから」
 契約は甲も乙も縛るもの。
 ルベルは自身が求める最高のゲームのために、魔種との契約を果たす義務があるのだ。
「さてと」
 ルベルがペンを振るえば彼女の赤い魔力が双子の身体を包み込み、周囲に揺蕩う滅びの気配すら巻き込んで一つの小さな花の種のような形となる。
「まずは一つ。そうねぇ……今のあなた達に名前をつけるなら『メビウス』ってところかしら」
 彼女はそれを手にすると、小屋の奥にあるくたびれたベットへと近づいていく。
「よく寝るわねぇ。だからそんなに無駄な脂肪が蓄えられたのねぇ」
 そこには『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)が気を失った状態で横たわっていた。
(邪神の心に目覚めたと思ったから会いに行ってみれば……)

 思い返す。
 夜道で彷徨っていた彼女の言葉。
 彼女は泣きながら笑い、言ったのだ。

――ワタクシは悪い子である、と。
――ワタくしは殺されるべき悪である、と。
――私は仲間達のことが大切である、と。

(もし本当に邪神の心を受け入れていたなら)

 ルベルは思う。
 きっと彼女は笑って容体を心配する仲間達を迎え入れただろう。
 助けてくれてありがとうと、救ってくれて嬉しいと。
 言葉巧みに自分自身へ引き寄せて。
 もっとも美味しい頃合いに、後ろから刺してやる。
 ただそれだけで。
 困惑と苦痛に歪んだ瞳が見られると。
 抗いがたい甘美が味わえるのだと。
 今のコレなら分かっているはずなのに。

 ――ワタクシは確かにアナタの言うように、人ほど優しくもなれなければ、邪神ほど無情にもなれない半端者です。だけれども……私には私が信ずる信念がある。

(そう言っていたあなたが同類になるまであと少し。だから)

 ――はやく堕ちてきなさいな。
   そうしたら、わたしは心からあなたを嘲笑ってあげるから。

 僅かに口元を歪め。
 ルベルはヴァイオレット第三の目からメビウスを埋め込み。
 そのまま彼女の心臓へと押し込んでいく。


●赤と白の時間
「……」
 自分以外誰もいない病室で、少女――【結月 文(ゆづき あや)】は窓の外を見やる。
「あの人、どうしてるのかな……」
 枠の中に探すのはある占い師の姿。
 知り合ってからもう2年になるだろうか。
 今の文は詳しく聞かされていないが、彼女は記憶を失ってしまうほど大きな衝撃を受ける出来事があったらしい。
 そんな出来事から彼女を救い、暇を見つけては彼女の様子を見に来てくれた人がいたのだ。
 ――どうしてこんなに気にしてくれるの?
 ――それはワタクシが忘れないためですよ。己自身の悪を。
「あの時は意味が良く分からなかったけど……来てくれなくなったんだから、悪? を忘れられたのかな」
 会えなくて寂しいけど。
 そうだったらいいな。
 なんて思う自分の心が、文には不思議だった。
「本当にそれでいいのぉ? もう一度会いたいとは思わない?」
「……えっ?」
 振り返る。
 そこには深紅のドレスに身を包んだ女がいた。
(……なんだか占い師さんに似てるかも)
 文の中では彼女が突如出現した驚きよりも、どこか懐かしい雰囲気に近づきたい気持ちが勝った。
「占い師さんと、会わせてくれるの?」
「えぇそうよぉ。会えるまで貴方の感覚の一部を奪うこの契約に応じてくれたらね。それでもいいかしらぁ?」
「……うん、わかった」
 親も友達もいないこの病室(世界)で。
 たった一人側に居てくれた人に、もう一度会えるなら。
 どんな条件だろうが構わないと、文は覚悟をもって名を刻む。
「じゃあ、少しそのハンカチを借りるわねぇ」
「えっ、それは……」
「大丈夫よぉ。変な事はしないわぁ」
「う、うん」
 女は文からハンカチを借り受けると、菫の刺繍が施されたところに綺麗に輝く植物の種のような物を置き、丁寧に周囲の布で包んだ。
「これ……宝石みたいに綺麗」
「うふふ、あなたの願いを叶えるために必要だから大事に持っててねぇ」
 種を見つめる文の両目に女が魔力を注ぐと、文の両目は急速に朱へ染まり、視力が奪われていく。
「これから耳も聞こえなくなるけど、わたしがきちんと占い師の所へ連れていくわ。そうしたら、その種が熱く感じる方向に進んでねぇ。迷わずいけば、ちゃんと会えるわぁ」
 魔力を注がれながらも頷く文。
 やがて聴覚が消え、声も出せなくなったところで手をひかれる。
 続いて体がゆっくりと沈む感覚。
 この世界に詳しくない文でも、それが地に開いた魔法陣に吸い込まれる時に感じるものだということは分かった。


●死のゲーム
 ルベルからの招待状がローレットに届く。
 手紙の中には『最後のゲーム』という文言と、ある場所への地図だけが書かれていた。
 多くはその意図を図りかねていたが、ヴァイオレットの事を思う友人達はこれが意味するところを理解する。
 きっとまともなゲームではない。
 でも黙ってはいられない。
 集いあった者達は一丸となって、指定地へと向かった。

~~~

「ようこそ、『死のゲーム』へ」
 待ち受けていた赤の女王、ルベルに一行は警戒態勢。
「忙しないのねぇ。確かに今日のわたしはプレイヤーだけど、戦うのはわたしじゃないわぁ。別に戦っても良かったけれどねぇ」
 ルベルが指を鳴らす。
 すると魔法陣を通じて彼女の隣に、気を失った状態のヴァイオレットが。
 一行の背後に同様に気を失ったまま立っている文が出現する。
「ゲームの名前は『Lost or Chaos』。あなた達にはこの半端者を消し去るか、可能性とやらを信じて賭けに出るかを選ばせてあげるわぁ」
 自分達は救いに来たのだ、と誰かが言う。
「では聞くけれど。今のコレがどんなものだと、あなた達は判断するのかしらぁ?」
 ルベルは問う。
 ヴァイオレットは『人』なのかと。
 一行は明確に答えることが出来なかった。
 何故なら彼女から確かな『魔種』の気配が漂っていたからだ。
「旅人は反転しないとは聞くけど。コレの心臓には魔種から作ったメビウスの種を埋め込んであるわぁ。体内に魔種を飼っていたら、コレも魔種と言えるんじゃないかしらぁ」
 ヴァイオレットの言葉を借りるならば、この事実は明確な『悪の条件』を満たしていた。
「もう一つ。コレの心は一体何を求めているのかしらぁ? 折角助けて貰ったのにどうして消えたのか、不思議に思わない?」
 同じ邪神のハーフとして。
 彼女の気持ちを代弁できると豪語するルベルはかく語る。
「コレの影は深いわぁ。ただ人の絶望を味わうだけじゃ満たされない。耐えに耐え続けた器は『大切な人の絶望』を求めてる。できもしない善の生き方で殺しを躊躇っていたせいで、縁もない悪人を殺すだけじゃ渇きは絶対に消えないところまで来ているのよぉ。この意味、分かるわよねぇ?」
 もし魔種である状態を何とかして、今度こそ連れ戻せたとしても。
 内なる悪意が消せない限り、いつか彼女は彼女自身の手で。
 大切な仲間を手にかけてしまう、と言いたいのだろう。
「じゃあ、ルール説明に戻るわねぇ」
 提示される選択肢の1、Lost。
 それはイレギュラーズとして『魔種』を倒すために戦う選択肢。
「あなた達はこれまでも多くの元人間を殺してきたわよねぇ?
 ただそれをすれば良いわ。混沌の平和のために。
 勿論、魔種は全力で殺しに来るでしょうけどねぇ。
 あなた達が真剣に戦いコレに勝ったなら、わたしの力で善性を全部消してあげる。
 そうすればトドメをさしやすいでしょう?
 そうそう、コレが魔種だと――友達ではないと認めるなら。
 死んだところで願いの影響は受けないわぁ」
 提示される選択肢の2、Chaos。
 それは友人として『友達』を生かすために賭けにでる選択肢。
「あなた達の後ろにいる女の子。彼女が『滅石花』の種を持っているわぁ。彼女を守り切ってその種をコレの中に植えられれば、メビウスの種と入れ替えることができるわよぉ」
 だがそれでは!
 滅石花の恐ろしさを知る者が抗議する。
 滅石花は滅びのアークを放出する魔性の花だ。
 それを体内に入れるなど、寄生終焉獣を植え付けるに等しい行為ではないか。
「確かにこれまで寄生が解けなかった人間は、滅びのアークが体内に残った状態で全員眠りについてるみたいねぇ。
 でも、魔種として殺さなくて済むのよぉ? それに……得意でしょ? 奇跡を願うのはぁ?」
 ルベルは一行の所持品の中にある『死せる星のエイドス』を指さして。
「普通なら目覚めないとしても、イレギュラーズであるコレに対して、心臓に深く絡みついた種に願ってみたらどうなるかしらねぇ。
 結局目が覚めないか、その女の子みたく記憶でも飛んでしまうのか、種ごと心臓を消し飛ばしてしまうのか、実に混沌とした選択肢だと思わなぁい?」
 やはり不公平だ、と一人が言えば。
 仲間達は次々と同意する。
 このルールではゲームのどこにも『自分達の勝ち』がないではないかと。
 その言葉にルベルは視線を鋭くした。
「これはわたしの用意したゲーム。疑いたいなら好きにしてもらって構わないけど、勝ち負けがないゲームなんてわたしの心情に反するのよぉ」
 ふぅ、と小さく息を吐くと、元の調子を取り戻し続ける。
「敵プレイヤーに一から十まで教えてやる義理はないけれど……少しだけ教えてあげるわぁ。
 コレは善に悪が注がれたんじゃなくて、悪に善が注がれて出来た半端者。
 あなた達が欲しいのは『コレ』なんでしょう?
 なら悪も善も半端じゃないといけないわぁ。
 その上で善を注ぐというのなら、どう悪を受け止めるのか考えてご覧なさいねぇ」
 どうやら、ルベルには彼女が思うなりの『勝ち筋』があるらしい。
 その答えを導く前に。
 話は終わりだとルベルが再び指を鳴らせば、ヴァイオレットと文が目を覚ました。
「……あぁ、皆様」
 ヴァイオレットが優しい笑みを浮かべる。
「ワタクシを探しに来てしまったのですね。本当にお優しい……」
 ダメなのに、嬉しくて。
 頬を伝うのは透き通った涙。
「ありがとうございます。ワタクシの大切で、大事で、愛しているといっても過言ではない皆様……」
 彼女の体内で、急速に滅びの魔力が高まっていく。
「ならばそんな皆様に少しだけ……甘えたいことがあるのです」
 それは魔種の願いであり、彼女の願いでもある、歪な想い。
「ワタクシの大切な人達に不幸をもたらす悪(わたし)を……殺して頂けませんか?
 そうすれば誰も傷つくことはなく……。
 そうすればきっと……皆様は悲痛な顔で泣いて下さるのでしょうから」

 大切な誰かの為に、悪は死なねばならない。
 乾ききった心を満たすために、涙を注いで欲しい。

 静かで真っ白な雪の草原に、破滅の願いが木霊する。


●終焉否定
 人は生きれば何かを願う。
 願ったなにかのどれかは叶う。

【封ー強欲ー封】
 ――親友が眠る海でそんな悲劇をまた繰り返したくはないんです!
   強欲と言われようと、無駄だと笑われようと、それでも願い続けたいのです!

【封ー傲慢ー封】
 ――どうありたいかは僕自身が決められる……。
   だから僕は傲慢と罵られようと、この力を病を治す薬にしたり、皆を守るために使いたいのです。

 結局願いは渦を巻く。

 願いと願いが反する時、どれかは叶いどれかは消える。
 同じ願いの、違いはなあに。
 違う願いの、同じはなあに。
 やっと見つけた願いの礎。

【封ー憤怒ー封】
 ――だがこの怒りは個人的な因縁や復讐心だけじゃねぇ。……人様の大切なものを傷つけ踏みにじる行為に宿る心――誰かを思う怒りだ!

【封ー嫉妬ー封】
 ――他人の心など計り知れぬ。時にそれが悩ましく、もどかしく、苦しくもある。
 ……だが俺は決めた。例えどんな道に至るとしても、知ることからは逃げ出さぬと!

 願い続ける困難と。
 邪魔され続ける災難を。

【封ー怠惰ー封】
 ――挙げればきりの無いリスクを抱え、考え、乗り越える覚悟がいる。
   それでもこの商売を選んだのは、ただ飢えを凌がせたいだけじゃない。
   その先に待つ笑顔という幸せを広げたいんだ。

【封ー暴食ー封】
 ――だってボクにはまだまだやりたい事が一杯あるもの。食べる事も何でも、ぜーんぶやるの。そのためなら、どんな勝負にも正面から挑んで勝ってみせるよ!

 そんな極みは神にだけ。

 なれば願いを捧げましょう。
 譲れぬ思いを示しましょう。

【封ー色欲ー封】
 ――あたし、ママ頑張るから。初めてのこと、もっともっと教えてあげるから……!

 我らが命にお与えください。
 どうか、我らに。
 どうか、我に。

 ――終焉を拒み、願いに降りかかる絶望に抗った可能性達。
   その大いなる希望を抱いた祈りは、メビウスの中で消えかけていた精霊の残滓を呼び起こす。

 嗚呼、どうか未来を生きる者の願いが叶いますように。
 死者すら望んだ未来が封じられることのありませんように。


●願供え(ねがいそなえ)
 人は生きれば何かを願う。
 願ったなにかのどれかは叶う。
 結局願いは渦を巻く。
 それでも願うが人なれば、荒ぶる波に罪罰善悪おしなべて。
 誓いが届くその日へと、注ぐべき祈りは純潔の芽吹き。
 
 願いと願いが反する時、どれかは叶いどれかは消える。
 同じ願いの、違いはなあに。
 違う願いの、同じはなあに。
 やっと見つけた願いの礎。
 傷つきたいと願うのは、傷つけるのが怖いから。
 悪が消えぬと嘆くのは、悪を消すしか知らぬから。
 
 願い続ける困難と。
 邪魔され続ける災難を。
 知れども笑顔を望むなら、善と悪から支えとならん。
 見果てぬ明日へ導く我らと、消えぬ過去から支える彼女らと。
 そんな極みは神にだけ?

 なれば願いを捧げましょう。
 譲れぬ思いを示しましょう。
 だからどうか、絶えぬ灯火が願った可能性を。
 我らが命にお与えください。
 どうか、我らに。
 どうか、我(とも)に。


※関連シナリオ
 以下を読んでいなくとも問題無く参加できますが、知っているとシナリオの解像度が上がります。

●文ちゃんとの日々、初めての蜜(月織NMご担当)
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/872


●文ちゃんを取り戻すまでの物語(愁SDご担当)
Alice in ...
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4721

Almost everyone is mad here.
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5304

How do you get to ――?
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7104

We can’t go back to yesterday.
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7273

※今回ヴァイオレットさんを除く優先参加の皆様は、心情に余計な前提を与えないよう、敢えて描写を控えております。
 ヴァイオレットさんも最低限の描写に留めております。
 ご了承下さい。

GMコメント

●目標(成否判定&ハイルール適用)
 ヴァイオレット・ホロウウォーカーの無力化
 ※ルベルやヴァイオレットさんは殺しを促しますが、ローレット判断としては無力化できれば充分です。

●副目標(一例。個人的な目標があれば下記以外にも設定可)
 ヴァイオレット・ホロウウォーカーの帰還
 終焉融合魔種『メビウスの種』の除去
 滅石花の種に宿りうる可能性を芽吹かせる

●優先
※本シナリオは、以前に運用したシナリオ内プレイングに影響を受け制作されています。
 そのため本シナリオに深い関連性を持つ方がご招待対象となります。
 また合わせてリクエストシナリオにて打診された内容も採用しておりますので、以下の皆様(敬称略)へ優先参加権を付与しております。
・夢見 ルル家 (p3p000016)
・シキ・ナイトアッシュ (p3p000229)
・エマ(p3p000257)
・ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
・エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
・リア・クォーツ (p3p004937)
・ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
・松元 聖霊(p3p008208)
・橋場・ステラ(p3p008617)
・フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
・ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)

●冒険エリア
【幻想周辺某地】
 とても静かな草原1km四方(以後「草原」表記)

●冒険開始時のPC状況
 ルベルの招待状を頼りに草原へ到着。
 ルベルの話を聞き終えヴァイオレットさんと向き合ったところ(エリア中央)からスタートです。
 文ちゃんは機動力3でエリアの端から近寄ってきます。

《依頼遂行に当たり物語内で提供されたPC情報(提供者:ルベル 情報確度Aー)》

●概要
 『死のゲーム』を用意したわぁ。賭けるのは二つの種が導く未来に対してよぉ。
 魔種として倒すか、願いを込めて種に可能性を注ぐのか、好きな方を選びなさいねぇ。

●人物(NPC)詳細
【子供達】
 つり目の『ビス』とたれ目の『メウ』。元人間種の魔種。
 一応OP内でどのような存在かは説明していますが、彼らは滅びを願うだけの危険因子です。
 厄介をばらまく迷惑な双子だった、程度の認識で充分ですので、ヴァイオレットさんに向き合う事に集中して下さい。

<終焉融合魔種『メビウスの種』>
 子供達がルベルとの契約によって変身した姿(見た目は花の種)です。
 役割としては寄生終焉獣に近いです。
 現在はヴァイオレットさんの心臓に結び付いており、種を植え替えるか彼女を殺す以外、メビウスは消せません。
 これまで願いを叶えたことにより得た膨大な魔力を用い『滅びの願い』を生成、ヴァイオレットさんを通じて皆さんにぶつけてきます。

【ルベル・ゼノ・ドラクルート】
 ヴァイオレットさんと同じ世界から来た旅人。
 「赤の女王」の名を持つ、人間と邪神のハーフ。
 ゲームのためヴァイオレットさんとメビウスの融合を維持しています。
 彼女はヴァイオレットさんの悪性が覚醒することを期待し、子供達との契約のため、人が人を救わない=殺し合いをするよう仕向けています。
 融合維持のため基本傍観ですが、彼女から見てつまらない行動をした場合は粛正に動きます。

【ヴァイオレット・ホロウウォーカー】
 共に大切な時を過ごしてきたイレギュラーズ。
 先日の仲間達の呼びかけにより「他者を本当に大切だと思っていい心」と「大切な他者が壊れて不幸となる事に愉悦を感じる心」が開花しました。
 ルベルの能力によってメビウスと融合しており、「彷徨う幽鬼、影の骸」の衣装の上に先日戦った『影』を彷彿とさせる翼や尾のついた黒い鎧に身を包んでいるような状態となり、強化されています。
・確定主行動2回+EXA判定。付与が消えている時、回避増加量極大のアブソリュート・ワンとアムド・インベンションを高頻度。
・BS特殊回復80%(BS被付与確定時即時判定、判定成功時2つまで任意選択し回復。判定失敗時、次主行動開始時に成功率5%上乗せし再判定)
・怒り無効(攻撃行動時、自由意志で選んだ相手のR2まで近づき破滅の願いを放とうとする。ブロック可)
・笑顔の血涙(ターン終了時、自分の最大HP3500減少。最大HP1000を切るまで継続)
・???(瀕死時、心臓から黒い菫の花が咲き、切り落とすor花弁に滅石花の種を突っ込み種を入れ替える事ができます。ヴァイオレットさんからすればどちらでも痛いです)

【結月 文】
 あやちゃん。
 関連シナリオの結果により記憶喪失中。
 ルベルが用意した皆さんの使える『手札』です。
 『滅石花の種』を大切なハンカチに包んで持っています。
 視覚と聴覚と発声が封じられており、目覚めた時側にいてくれた人の気配を種の熱から辿り、エリア外縁部からゆっくり、前に進んできます。
 また、彼女が種を落とすor菫の花が咲くまで、ヴァイオレットさんは彼女を認知できません。
 彼女が直接狙われることはありませんが、種を植えたいならば彼女が破滅の願いで消失しないよう注意しましょう。

●特殊判定詳細
【破滅の願い】
 ヴァイオレットさんから放出されるリング上に広がる特レ単体攻撃。
 (誰か一人に当たるまで消えないタイプです)
・通常回避不可。命中時点で通常の防御/EXF判定無視、治癒スキルによる回復不可の確定7万ダメージ。
・回数制限有り。回数制限の範囲内において、最大でスプラッシュ5まで任意選択。
 =子供達が今まで願いと祈りを見届けてきたイレギュラーズの人数分使えます。
 (=メタ的に言えば、願封じからここまでのシナリオでpnkとご縁のあったPC様と同数です。
  本シナリオの作成開始時点で締め切っておりますので、58で確定しています。
 PCは限界数を知りませんが、願いの残量が減ってきた&無くなったのは直感的に分かります)
・リング1つ1つが「罰属性を1つ」所持(PC達は直感的に属性判別ができます)。

【願供え】
 イレギュラーズの仲間達が沢山の苦しみや悲しみにさらされながらも願封じに向き合い成立させたことで紡いできた希望の可能性。それに精霊の残滓が応えたもの。
 破滅の願いに立ち向かうとメインPC全員が決めた場合、全PCに自動付与されます。
・PCが持つ「罰」と「同じ」属性の破滅の願いを「その身で受ける」時、2回までダメージを「最大体力の半分-1」まで軽減(パンドラ復活と合わせ3回まで耐えられます)。
 ※4回目で戦闘不能→5回目で死亡します。
  死亡だけは避けたいので、もし4回目を喰らった仲間がいれば「復活」させたいところです(復活によるHP回復は有効。とはいえ次を喰らえば死にますが)。
・PCが持つ「罰」と「違う」属性の破滅の願いに対して、攻撃的行動が可能。
 PC着弾前に3つ以上の罰を与えた時、そのリングは無効化され消滅します。

※今回は特別に、治癒スキルを願いに放つ事も攻撃として判定します。また破滅の願いに対する攻撃を目的としたもののみ全ての行動に【特殊万能】を付与しますので、超レンジのスキル等でもリングに攻撃を行うことも可能です。
 (=PCの皆様らしいビルドのままで、PCの皆様らしいスキルをぶつけられます)

※優先者の中に「嫉妬」保持者がいないので、そちらは通常/サポート参加者に所持者がいればそちらの方に受けてもらうか、無効化するか、敢えて喰らう形となります。
(ゼロにはなりませんが、無理ゲーとならないよう、破滅の願いの属性選択は参加者の比率にある程度合わせますのでご安心下さい)

※リングは多い場合だと1ターンに2回行動+EXA1回全てでスプラッシュ5=15連撃できたりします(こちらも確定で誰かが死ぬ状況にはならないよう調整します。とはいえプレイング次第です)。
 なので全てを無効化する方針はおよそ成立しません。
 無効化は主に嫉妬を捌くのに使うこととなるでしょう。
 メインPCは感情設定等に関係なく連鎖行動可能としますので、「仲間同士で言葉を紡ぎながら連携し願いを破る描写ができる」という演出条件程度にお考え下さい。

【死せる星のエイドス&願う星のアレーティア】
 パンドラを消費しヴァイオレットさんに埋め込んだ「滅石花の種」に対して願いを送ることができます。
 今回は特別にメインPCの内1人でも所持していれば、双方を全PCで共有できるものとします。
(パンドラは個別消費です)

●エリアギミック詳細
<1:草原>
 薄らと白く化粧をした草原です。優しく舞い落ちる雪が綺麗です。
 皆さんが争うほど雪は踏み荒らされ、血を流せば朱に染まります。

<全般(戦闘エリアのみ表記)>
光源:1問題なし
足場:1問題なし
飛行:1可
騎乗:1可(あまり利点は無さそうです)
遮蔽:1なし
特記:特になし

●サポート参加
解放してあります。
どうしても言いたいことがある場合は、一言どうぞ。
また、覚悟をお持ちであるならばメインPC達をかばって破滅の願いを一度だけ受ける事もできます。
(願供えの加護があるので複数回受けれますが、描写としては基本1回のみです)

《PL情報(提供者:GM プレイングに際しての参考にどうぞ)》
【主目標のために何すればよい?】
 打倒を目標に定め純戦闘を選ぶならば、全力で足止めや機動力低下、ブレイクを多用しとにかく彼女から離れ、願いを撃たせる回数を減らしましょう。
 そうすればいずれ自傷ダメージで弱り花が咲きますので、切り落とせば無力化できます。
 この達成条件を目指す場合、ヴァイオレットさんからは悪性≒彼女の人生の大部分が切り落とされることになります。

【副目標】
皆様が信じるヴァイオレットさんの帰還を望むなら、可能性をかけて挑むことができます。
その場合、この依頼は戦闘依頼から心情依頼へと変化します。
動きを阻害しつつ、破滅の願いから逃げるのではなく抗いながら友に語り掛けましょう。
副目標の達成は非常に困難ですが「全員の想いをもって命懸けで願い、彼女の中へそれを届ける」ことが出来たならば、たぐり寄せられる奇跡があるかも知れません。
以下の点に留意し、覚悟を持ってプレイングして下さい。
・どの程度命をかけた願いなのか
・破滅の願いの残量
・彼女にどんな声をかけるか
・花を切るか否か
・種に何を願うか
・願供えの文言(当然プレイングによって全ての結果が決まりますのであくまで補助的な要素ですが、現状GMが思いつく解決策のヒントです。扱いづらければここは無視して大丈夫です)

【ヴァイオレットさん】
OP時点でルベルを経由して、PC目線でもおおよその心情の説明は出来ています。
戦闘行動はGM側で管理しますので、胸に溢れる皆様との思い出や親愛の気持ち、自分が生きていてはいけない理由等を沢山語ってあげて下さい。破滅の願いと共にお届けします。
 仮プレ、もしくは方針の表明があるだけでも、ご友人の皆様が喜ぶと思います。

・その他
目標達成の最低難易度はH相当ですが、行動や状況次第では難易度の上昇、パンドラ復活や重傷も充分あり得ます。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 破滅の願いに向き合うならば相応の覚悟を持ってお臨み下さい。

  • <終焉のクロニクル>終焉否定のlost chaos Finale:可能性の願い完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年04月10日 22時25分
  • 参加人数13/13人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 13 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC3人)参加者一覧(13人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
エマ(p3p000257)
こそどろ
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼

リプレイ

●悪蜜を抱くⅠ
 そこは静かな草原だった。
 周囲を取り囲む木々はきっと内と外を隔てる境界で。
 大切であるからこそ内側へ辿りつけた者達は、薄らと積もった白雪に足跡を刻んでいく。
「殺して頂けませんか、だ? 悪いなヴァイオレット。ここに居るヤツら、みんなお前を殺す気はねぇんだわ。諦めるってことを知らねぇからな」
 『重ねた罪』松元 聖霊(p3p008208)が『咲き誇る想いは』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)に告げれば。
「その通りです。拙らもまた我儘でして。ホロウウォーカー……いえ。ヴァイオレットさん。友人たるあなたには生きて頂きたいですし、拙らも死ぬつもりは毛頭ありません。なので残念ながらお願いは却下です」
『夜を裂く星』橋場・ステラ(p3p008617)も並び立つ。
「難しく考えすぎてるっすよ、ヴァイオレット先輩。先輩にどんな悪が備わっていたって……人は変われるっす。先輩自身が証明してるじゃないっすか。後から注がれた善性でも心優しい女の子になれるってことを」
 『あたしがいるっすからね』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)も『人を思いやれる優しい先輩』がそこにいると信じている。
「ああ、皆様……。ワタクシは邪な望みを抱いているというのに。この身に魔種の種を宿しているというのに。そう……仰って下さるのですね」
 心のどこかで、期待してしまった通り。
 この方たちは、己の身も省みず私に手を差し伸べてくれる。
 それがどうしようもなく嬉しくて。
 それがどうしようもなく愛おしいから。

 『壊してしまいたくなかった! / 壊してしまいたいではないか!』。

「ならば受け止めて下さりますか? ワタクシの渇きを満たすようなとびきりの不幸を見せて頂けますか!?」
 ヴァイオレットが自身の根源を悪だと認識してもなお、最後の最後まで抑え続けていた悪性。
 その解放を示唆するように、ヴァイオレット第三の眼が昏き色を灯す。
 同時に彼女の身と心を覆い始める、邪な力。
 所々穴の開いた翼と、押し固めた影を思わせる漆黒の尾。
 変化を遂げた外見は先日戦った『闇をさまようもの』――邪神の化身にほぼ相違なかった。
 ただ愉悦のままに。
 心に抱いた欲望のため力を振舞う様は魔種そのもの。
 胸の内から漂う滅びのアークの気配が、嫌でも最悪の結果を意識させる。
 だというのに。
「ヴァイオレットさんの本音というか本心というかが、ようやく見えてきた感じですね。どんな形であれ、曝け出してもらえて嬉しいですよ、えっひひ」
「大人しく助かって下さるたちではないと思っておりましたし。悪い子上等ではありませんか。その気になって頂けるまでお付き合い致しましょう」
「全く世話が焼けるね、ヴィオ」
 『こそどろ』エマ(p3p000257)も。
 ステラも。
 『夢見大名』夢見 ルル家(p3p000016)も。
 なんてことはない。
 ちょっと困っている『友達』に手を貸すだけだと。
 そう振舞ってみせるのだ。
「ヴァイオレットさん。ローレットのルールは覚えていますよね? わたし達はイレギュラーズ。やらなきゃいけないことはありますが、その人の過去や善悪は問われません。だから伏せられたカードに何が描かれていても、どの位置であったとしても……引け目を感じる必要ないんですよ」
 『あたしの夢を連れて行ってね』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)もまた、ヴァイオレットという命そのものを肯定する。
「あなたはもうカードを返してくれました。だからもったいぶらずにぶつけてください。……あなたの心を。どっちでも、どんなのでも。わたし達は、それを望んでます!」
 占いの結果がいつも同じではないように。
 一枚のタロットには幾つもの意味が含まれているように。
 生きてさえいれば、カードは何度でも引き直すことができる。
 命に向き合い続けることができれば、その意義は如何様にも変えられる。
 生きることそれ自体に、ココロは大きな価値を見出しているのだ。
「……ココロ様。太陽のように暖かい心でワタクシを照らしてくれる方!」

 その輝きは。
 生きる事へ苦しみしか見いだせない私には眩し過ぎる。

「貴方様は極光すら届かない昏く寒々しい海へ沈んでも……今の様に輝いていられますか!」
 見えざる邪神の手に圧搾された林檎が弾け、汁が噴き出すように。
 ヴァイオレットの周囲へ放出された魔力は、純粋な力の輪。
 または死すら生ぬるい破滅の具現であった。
「エマ先輩!」
「ええ、その技は一度偽の闘技場で見てますからね! エクスマリアさん!」
「分かった、合わせる」
 その絡繰りの一端を知るウルズ、エマが咄嗟に飛び出し拳と曲剣を、連携した『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が乙女の名を冠する魔力をぶつけた。
 ぶつかり合う力には天と地ほどの差。
 だがあれほどまでに濃密だった嫉妬を宿す魔力の輪は、ココロの元へ届くことなく黒い光の粒子となって消え去った。
「なに、今の……!?」
 突然の出来事に『神殺し』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は戸惑いを隠せない。
「なるほど、そういうことね」
 一方『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)はこれで全容を把握した。
 数々の苦難の果て、先の『玲瓏(れいろう)公』をその身に宿し、精霊との親和性が高まっているリア。
 その象徴とも言える授かりもの、『幻奏のクオリア』――周囲の感情を旋律として読み取れる能力――に願いの精霊が残した残滓が作用することで、ヴァイオレットに植え付けられた狂気がどのような影響を齎しているのか『聴こえて』いたのだ。
「ならあれに私達が持つ力……罪をぶつければ良いんだね。なんだか、ヴァイオレットらしいかも」
 親友たるリアからの説明を聞いた『ゆびきり』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)も友を見る。
(あの時もそう。共犯であることを楽しもうって)
 場所は再現性東京。
 肉まんとケーキ片手に、お行儀悪く過ごした夜。
 それからのシャイネン・ナハトやグラオ・クローネでも。
 笑い合う表情がどんどん穏やかになっていると思っていた。
「ねぇヴァイオレット。私は君との約束を破ってしまったのかな」
 シキが歩み寄る。
 『最後まで見ていて』。
 かつて処刑人が望み。
 『運命を見届ける』。
 占い師が応じた『ゆびきり』の約束。
 ずっと見ていてと乞うならば。
 ずっと見つめ返してこそ等価。
 それなのに私は、こうなるまで寄り添ってあげられなかった。
 きっとこれが、私の罪。
「ご安心をシキ様。貴女はたくさん触れ合ってきたかけがえのない友だちです! 今ここで殺し約束を果たしてみせましょう!!」

 その美しい瞳が。
 傷つけてはならないと私を遠ざける。

 ヴァイオレットの魔力が高まっていく。
 その脳裏を過るのは一緒に過ごし、一緒に食べた沢山の菓子。
 口腔を満たす甘露は、貴女がいてこその甘美であった。
 思い出が願いに混ざり合い。
 大切な人へと捧げられる。
「……ぐっ!」
 暴食の願いが命を削り、身体を押し退けた。
 服が破れ。朱が雪を染め。左頬の貴石が輝きを増していく。
「ああ……ああ! 痛かったでしょう、悲しかったでしょう?」
 愉悦に満ちた声。
 だがシキが臆することなく顔をあげれば。
「そのお顔、また一段と綺麗になられましたね!」
 言葉とは裏腹に、化身の頬を伝う朱の雫があった。
(ヴァイオレット……君は、溢れ出した悪に蝕まれているんだね)
 本気で嘲笑うと同時に、与えた痛みに苦しんでいる。
 仮に根源は悪にあるのだとしても。
 彼女の中に変わらぬ善性を見たシキは、柔らかな笑みを返す。
「……ううん。これが君の想いに寄り添うことになるのなら、私は嬉しいよ」
 その選択は、蓄積された魔種の力と彼女を長年縛りつける邪神の力に抗うということ。
 ヴァイオレットが宿す願いが尽きるのが先か。
 自分達の可能性が燃え尽きるのが先か。
 今ここに『死のゲーム』が幕を開けた。


●悪蜜を抱くⅡ
「そうですか。ではもっと喜ばせてあげませんと!!」
 それまで一行と距離を保っていたヴァイオレットが、瞬間移動とも思える早さでリアに迫る。
「自分が傷ついても嬉しいのですよね? ではリア様が消えてしまえばどんな表情を見せてくれるのでしょう!?」
 きっと結末を嘆くことだろう。
 この化け物を殺さねばならぬと苦悩するだろう。
 その時浮かぶ悲痛に歪んだ顔を想像するだけで、情欲よりも狂おしい快楽が彼女を潤し。
 願いが、放たれる。
「こんな事で、貴女に何も失わせはしない!!」
 しかし、リアを狙うと読んだルル家が間に立ち塞がり『星之太刀』で輪に傷をつけた。
 それは長い付き合い故か。
 コアに宿る『姉』の記憶か。
「想像したくもない仮定なんて、グシャグシャにしてポイです!」
 ステラが放出した魔力が歪みを広げれば、そこを『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が『バリスティックシールド』で押し込むようにして砕く。
「ヴァイオレットさん。アナタのお願い……やっぱり叶えられないよ」
 彼女はかつて、お見舞いに来てくれたヴァイオレット自身から『内なる邪神の血』は聞いていた。
 だが悪性と称して不幸を求める心をずっと押さえ込んでいたのも、それ故に苦しんでいるのを実感したのも、赤き船上でのことだった。
 あの時咲いた花を切ってなお、悪性が止められないのなら。
「ヴァイオレットさんが望むなら……狂気に追われる日々を、終わらせてあげた方が良いかなって……考えてみたんだ。でも、でもでも!」
 ヴァイオレットが姿を消して以降、幾度となくマッチを擦った。
 本来なら未来への希望を映すギフトの炎。
 そこに浮かび上がる夢は数あれど。
 どの夢の中でも、大切な友の顔はどこか悲壮を背負っているように思えてならなかった。
「やっぱり全然ダメだと思った……だから、もう迷わないよ!」
 フラーゴラの腕に力がこもる。
「今のヴァイオレットさんも、あの時思いやりをくれたヴァイオレットさんも、ワタシの大切なお友達! ワタシは、アナタの盾となってどっちも守ってみせるよ!!」
 ビオラのブローチに誓った想いの熱は、消えちゃいない。
「フラーゴラ様、時に燃え上がる灼熱、時に穏やかな焚火の温もりを授けてくれる方!」

 その想いの炎が。
 殺した人々から奪い取った命の温度であると私を糾弾する。

「貴方様が守ると決めたワタクシが友人を、愛する人を殺したら、炎を涙で枯らしてくださりますか!?」
 ヴァイオレットは突如方向転換、エクスマリアへ狙いを定める。
「……まさかあのときのゲームが此のような形になるとは思ってもみませんでした」
 その行く手を塞いだ『懐中時計は動き出す』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)が零す。
 迫るヴァイオレットを見据えつつ、背後で契約の維持に努める【ルベル・ゼノ・ドラクルート】をも捉えながら。
「それは貴女も同じように思うのですが」
 問いかけ。
 聞こえているはずだが彼女は答えようとしない。
 ゲームに関わること以外は答えぬ腹づもりだろう。
「……ともあれ。此の場に居合わせることになった私ができることと言えば、想いを届けられるよう手伝うことでしょう」
 希うは、ただ一つ。
「皆様の想い。そしてヴァイオレット様の想いが、どうか届きますように」
「ワタクシの想い? 突き動かされる衝動に身を任せた今こそ届けられているのですよ!」
 定義し、他者に強いる傲慢の魔力がヴィクトールへ放たれるも、彼は聖霊、エクスマリアと協力してこれを破る。
「人が壊れる瞬間を望んでいるのはヴィクトール様も同じはず! なぜ阻むのです?!」

 その昏い悦びが。
 手遅れとなった私の時間を止めてくれると信じていたのに。

「……だとしても、貴女と私は違うのですよ」
 『黄金の王』の器は否定する。
「貴女の心にはただしい愛があります。大事なものを壊したら後悔するのだと分かっているから、涙が出るのではありませんか」
 彼女が『邪神』に堕ちたということを。
「それに残念ながら……私は貴女の殺意(あい)を向けられようとも苦痛に顔を歪ませたりできませんから」
 ヴィクトールが腕をまくってみせれば、煤がこびりついたような黒い痕。
「私の心は、臓腑は、煙に満ちています。欠けたものはどうともできない。ですから……貴女はこちらに来てはいけませんよ」
「ヴァイオレット」
 エクスマリアもまた『混沌で出会ったヴァイオレット』を信じて呼びかける。
「殺したいだとか、殺したくないだとか。善だとか、悪だとか。随分と難儀なものを、抱えていたのは、分かった。その大きさや重さは、マリアには計り知れないものだが……。こうして我慢して、頑張ってきたことこそ、人としての、優しさの証明、だろう。忘れたか? 因と果だ。マリアも皆も、その優しさに、報いたいんだ。だから、甘えたいと言うなら。勢いで死を願う前に、苦悩を全部、吐き出せばいい。下らん破滅も、殺意も。抱えきれない分は、マリア達が共に背負い、一緒に悩もう」
「エクスマリア様……! 数多の御伽噺と同じようにワタクシの神話さえ終わらせようとして下さる方!」

 その信仰が。
 大いなるものによって崩される時、私の希望を奪い去る。

「ああ、ああ……!!」
 仲間達から呼びかけられるほど、ヴァイオレットの心が人格という器の中で揺らぎ始める。
 たまりにたまった悪蜜。
 そこに注がれていく善性は黒い絵の具に白を足していくようなもの。
 思いやられて嬉しいのに、白に染まってしまいたいのに。

 ――誰かの不幸なしに生きられない邪神(私)が。
   他人の幸福を奪ってきた悪人(私)が。
   自分の同根を壊してきた菫(私)が。
   どうして善なる道を望めようか!
   今も継ぎ足された愛を塗りつぶしたくてたまらないではないか!

 器が、嘲笑う声にかき混ぜられる。
 白が、黒に溶けていく。
 光が、消えていく。

 『ああ、ああ! 殺したくない!! / ああ、ああ! 殺したい!!』 

『何よりも大切な貴方達を……この手で縊り殺したくなんてない! / 何よりも大切な貴方達を……この手で縊り殺してしまいたい!』

 もう自分がどっちを本当に望んでいるのかもわからないの!


●悪蜜を抱くⅢ
 血の涙を流すほど、ヴァイオレットが解き放つ魔力は勢いを増した。
 幾つも放出される漆黒は、間隔が密となって。
 七色の罰がそれぞれ連なる様は、絶望という虹の架け橋。
 全ては命を狩り取り、不幸の蜜を味わうために。
「皆殿、これより先が正念場です! 拙者達の想いを刃に重ねましょう!」
 先陣を切ったルル家に続いて、全員でこれを迎え撃つ。
 特に手数の多いリアは多くの輪に対処した。
「こんな癇癪みたいな攻撃にあたし達が恐れ戦くとでも思ってた? ハッ、笑わせてくれるわね! シキ、ルル家、手伝いなさい!!」
 二人が輪へ攻撃を仕掛ければ、最後にリアが魔力を込めた平手で輪を叩き割る。
「さっきから黙って聞いてれば、あたしを殺すだ自分を壊せだ? ほんっっと傲慢! どっちつかずの根性なし!!」
 立て続け迫る怠惰の願いも、その身と気合でぶち破る。
「知ってるのよ。あたしがクオリアを制御できず苦しんでいた時、夢の中まで守りに来てくれていた事。目を覚ませばパッと居なくなっちゃって……影の守護者か何かでも気取ってたわけ? そういうところも生意気なのよ!」
 それだけではない。
 過日のパーティー会場。
 観客席の端も端、暗闇の帳から微かに聞こえたあの旋律(こえ)。
 ――嗚呼、本当に……貴女は幸福で、良かった。
 他人の幸せを喜べる人間が、不幸なままで良いわけないじゃない。
「ワタクシは! 己が渇望のためだけに数多の命を!! 友すら殺めるバケモノ!!!」
「あなたがバケモノだろうが何だろうが、この際だからハッキリさせておくわ!」
 彼女は思う。家族なら喧嘩くらいするものだと。
 願いをかき分けた先、胸ぐらを捕まえて。
「誰がなんと言おうとあなたはわたしの『妹』! だから『姉(わたし)』が!! ぶん殴ってでもあなたを幸せにしてやるって……いってんのよ!!!」
 リア全力の頭突きが、第三の眼に直撃。
 ヴァイオレットもよろめいてしまう。

「つっ――!!? ば、バケモノを、妹、などと……!」

 その清らかな親愛を。
 遍く人々を導く旋律を奪いたくないから。

「もう、耐えられない!! お願い、だから……!!!」
 光が強まれば、影はその濃さを増す。
 そして今か今かと舌なめずりをするのだ。
 光が消え、闇へと飲み込まれる瞬間を。
「わたしを、殺してぇぇ!!!」

 ――何もかも、壊れてしまえ。

 かつて海洋に響いたよりも大きな苦悶。
 ヴァイオレットを覆う影が
 肉体を断ち切られる痛みよりも辛い、矛盾する心の殺し合い。
 せめてこの命をもって封じんと願う、嘆く少女の呪歌(のろいうた)。
 破滅の祝詞をリュコスが、ヴィクトールが、フラーゴラが破る。
 そして。
「ヴァイオレット先輩! あたし言ったっすよね。 出会いの価値を、生きているからこその希望をみせるって! 今がその時っす!」
 ウルズが受け止める。
「あたしだって、あの花嫁の先輩を救えなかった! 大切だった人には手が届かなかった! また自分を捨てちゃいたいくらい苦しかったっすけど……それでも生きることに手を伸ばしたから!! 愛するものに出会えた!!!」
 ただいまを待つ娘。
 失った人達とは何の縁もないけれど。
 彼女を救えたのは、あの人達があたし(ウルズ)の心を作ってくれたから。
「記憶でも命でも……! 自分を捨てるんじゃなくて、本当になりたい自分を想像して手を伸ばすっす! 先輩が希望を掴み取るその日まで、あたし達はずっと先輩といるっすから!!」
 ――ああ、ウルズ様。 悲壮の先を覗き、歩みたい未来を見出した方。

 その自身の過去すら受け入れる覚悟は。
 罪を重ねた私には重すぎる。

「ヴァイオレットさん! 折角友人になると決めたのに、まだ私あなたと全然お話できておりませんよ!」
 エマもまた、強欲に立ち向かう。
「昔は、後ろ暗い私と仲良くなったら迷惑をかけてしまうなんて思ってしまって、人の目を見て話すのすら怖かったんです。それでもやっぱりおしゃべりできると楽しくて、そうしたらなんだがもっと一緒にいたくなって……でも、心のどこかではずっと不安を抱えていました。もしかしたら無理して付き合ってくれてるんじゃないかって」
 厚みを増す願いの先は、もはや目では見えず。
 声が届いている保証すらなかった。
 それでもココロが、ルル家が、シキが諦めずに戦っている。
 なればぎこちない言葉でも、自身の想いを過小評価することなく届けるのみ。
「だったらそれは間違いです! たとえちょっとした偶然から始まった出会いでも。それが縁として連なるのは相手という存在全てを知りたいと、仲良くなりたいと思ってこそ! 私はそれを、私を信じてくれる友人から教えてもらいました! だからどうか逃げないで! 私達と……友達との未来を、諦めないで!!」
 ――……エマ様。己を悪だと認識しながらも、友となった相手の善を受け入れられた方。

 その授けようとする希望が。
 私に絡みつく悪性を刺激する。


●悪蜜を抱くⅣ
 終焉を願う破滅の祈り、正確には分からなくともその数はあと僅か。
 それは協力をもって破り、その身をもって受け止めた全員が感じ取れること。
 今もまた、暴食の願いがステラとエクスマリアによって傷つけられ。
「どうだ、ヴァイオレット。少しは気が晴れたか? 生憎と暴れる患者の相手は慣れっこなもんでな。その願いすらも癒せるまで、逃げたりなんかしねぇぞ」
 聖霊によって打ち消される。
「もう、殺し、て……!」
 願いが止んだ間隙に、乞われた想い。
 聖霊は額の傷から垂れる血を拭いつつ、己の運命を嗤った。
「ほんとにどいつもこいつも……馬鹿野郎が」
 一つ愚痴をこぼすと『医神』が遺した杖を構える。
「理解できるまで何度でも教えてやるよ。これが俺の答えだ」
 授けるは『蛇遣座の祈り』。
 これまで多くの仲間を、友を治したその魔法。
 だがその癒しでは彼女の流れ落ちる血涙を止められない。
 彼女の心は治らない。
 けれど聖霊はそんなことは百も承知で。
「辛いよな……心に善と悪を持ち合わせて悪の欲に耐え続ける道は。もしかしたら、お前の記憶ごと悪を消してやることが本当の救いなのかも知れない。……でもお前はそれを望んでねぇだろ」
 ただ気持ちを届けるためだけに、覚悟と共に魔力を注ぐ。
「自分が奪った命に向き合い続けるからこそ、お前はそうして苦しんでる。嫌でもやめられねぇその心もまた、お前の人間らしい葛藤だ。俺はそんな切ない優しさを消したいわけじゃない。悩み苦しむ中でも、それでも生きたいと思えるような希望を見出してほしいんだ」
「ああ……聖霊、様」
 ――大切な人の死を経てもなお、信念を折らず向き合ってくれる方。

 その悲しい重ねた罪に。
 私も加えてほしい。

「ヒッ、ヒッヒッヒ……」
 破滅の願いはルベルの契約によりヴァイオレットの力として深く結びついている。
 とはいえやはり本来は魔種にしか扱えない危険な力に相違ない。
 邪神の血という親和性をもってしても、一般的な人間の身体に対する負担は尋常ならざるもので。
 願いを行使し血の涙を流すほど、誰が手を下さなくとも魂が削れた。
 削ぎ落されるのはより弱ったものから。
 混沌にて思い出を共にしたヴァイオレット・ホロウウォーカーとしての、善性と称される意識は薄れ、元いた世界で邪神の力を行使していた『占い師』へと置き換わっていく。
「ヴァイオレット……」
 リュコスは思い悩む。
 ヴァイオレットを助けたい気持ちは当然ある。
 彼女に人殺しなんてさせたくないと思っている。
 だがこのまま続けば、ヴァイオレットか他の仲間達の誰かが死んでしまうことは明白だった。
 もしかしたら。
 皆で協力すればそんなことないはずだ。
 心に言い聞かせるも、リュコスは特に大切に思うステラの身を案じてしまうのだ。
 そんなリュコスに選択を迫るように、願いの輪が広がり始める。
 恐らく人格すら消えてしまいそうなヴァイオレットが無作為に放ったのだろう。
 輪の先にはこちらへ近づきつつある【結月 文】がいた。
「やらせない……!」
 憤怒の罰。
 リュコスが受け止める。
「リュコスさん?!」
 ステラが駆け寄り、弾き飛ばされた身体を抱き起こした。
「もう三発目です。これ以上無理をしては!」
「だ、大丈夫。ぼくは、こんなところで倒されるつもりなんて、ないから……!」
 パンドラを燃やして立ち上がる。
「ぼくはまたステラと一緒にキャンプに行きたい、ステラのバウムクーヘンより凄いブラウニー…お返しできてない! だから!!」
 ステラを死なせない。
 ステラが死なせたくないヴァイオレットを死なせない。
 そんな生きて帰るための必須条件を満たすには。
(こんな殺し合いをゲームだなんていうルベル……ムカつく! 文にテレパスまで効かなくしてあるし!)
 苛立ちは募るがルベル自体は手を出してこない。
 なればこれが『ルール』ということ。
「む、次なる願い……怠惰ですね。拙が受け持ちます!」
 ステラが身を捧げる。
 自分だって今ので三度目じゃないか!
 ああ、このままでは。
 リュコスは再度思考を巡らせる。
 どうしたらいい?
 どうして文を隠す?
「……あっ!」
 リュコスは気づいた。
 自分だってそうだから。
 隠すことは、見られたくないということではないだろうか。
 なら彼女を先んじて見せることができれば、きっと何かが変わるはずだ。
「……ルベル!」
 リュコスの呼びかけに、ルベルは視線のみを向ける。
「ヴァイオレットに……文がいること、教えたい!」
「言ったはずよぉ? 守り切るのがルールだって」
 ルベルが答える。
 彼女が用いる契約の力故か、この会話もヴァイオレットには聞こえていないようだ。
「負けるのが怖いんだ!」
 ステラの、ヴァイオレットの命が懸かっている。
 ここばかりはリュコスも強気だった。
「プレイ中にルール変更なんて前代未聞だけど……じゃあ『それ』。貰えるかしらぁ?」
 ルベルはリュコスの頭頂付近、『カミ隠しを施した耳』を指し示す。
 ギフトの力で本来周囲には見えなくなっているのだが、ここはルベルのゲーム空間故の感知だろう。
 この力が無くなれば、リュコスがかつての世界で嫌われ者――『人狼』だったことが知れてしまう。
 それは大切な人達にしか見せたことのない、リュコスの大きな秘密と後悔の証。
「うぅ……」
「いい表情だわぁ。でもそれとこれとは別。取引は等価でこそよぉ。これでもわたしはプレイヤー。無視したっていいところを、ゲームマスターとして対応するだけでも感謝してほしいくらいだわぁ」
 リュコスの中を、記憶が駆け抜ける。
 精度に違いがあるが、どれもリュコスにとって鉄の味がするものであった。
 妹、兄をはじめとした兄弟達、母。
 続くは人狼に対して迫害を行ってきた『人間』の姿。
(助けられなかった皆。取り返しのつかない事をした記憶。絶対に許せない悪い事をしてきた大人達……)
「悪いけど、そんなに時間をあげるつもりはないわぁ。ゲームはもう終盤だもの」
 こうしている今も、仲間や文が危機に晒されている。
 シキやエマ、ココロが何とかそれを食い止めているが、もしもが起きてからでは取り返しがつかない。
「ぼ、ぼくは……」
 駆け巡る記憶が、混沌より先へと至る。
 その時、積み重ねた中からふと『剣の聖女』が微笑みかけてきた。
 蘇る、滅びのアークに汚れた肋骨の味。
 それはとても苦かったけれど。
 どこか恋する乙女の心のような、未来に想いを馳せたくなるような薄荷の味がしていた。
「……ぼくは、それでも構わない!」
「そう。契約成立だわぁ」
 ルベルは紅いインクを宙で走らせると、ヴァイオレットとリュコス、二人を魔力で結びつける。
「カミ隠しは消え、規則の裏を見通す千里の眼をここに」
 ルベルがそう唱えると、リュコスのギフトは消え去り耳は誰からも見えるようになる。
 同時に。
「ヴァイオレット、こっちを見て!」
「ヒッ…………あ、文……ちゃん?」
 それは彼女が初めて得た、大切な人。
 そして狂気から救い、邪神(じしん)から遠ざけた人。
 後生大事に菫の刺繍が入ったハンカチを握る様も。
 感覚が魔力によって封じられている様も。
 一目でわかった。
「どうして、ここに……?」
 思わぬ存在の登場に、消えかけていたヴァイオレットの心が蘇る。
「ヴァイオレット! ぼ、ぼくは、この世界で色んな人と出会って、卑怯な自分のことが、少しだけ好きになれたんだ……。ヴァイオレットのこと、まだ知らないことも多いけど……。ここにいる皆との出会い、文との再会で感じた喜びは、今の君じゃないと、なかったこと……だと思う!」
 リュコスの精一杯が、注がれる。
「悪いことはよくないけど……本当に悪い人は、苦しまないし……。文だって、君を助けたくて、ここまで来た……! だから、だから……! 文のためにも、前を向いて!」
「化け物に怯えていた文ちゃんが、悪人だと、化け物だと知ったうえで……私を?」
 己の罪を明かしてまで、狼が放った手札。
 文の記憶は欠けているが、少なくともこの場に至る時点で何かしらヴァイオレットに想いを寄せているはずであると。
 きっとここにいる皆の救いになると。
 それは確かにヴァイオレットを縛る鎖の一つ『文を壊した後悔』を揺さぶって。
 ヴァイオレットの慟哭が収まり、破滅の願いが止まる。
 だが、ルベルがそっと耳打つのだ。
「……残念ねぇ。あなたのせいであの娘、『また』こっち側にきちゃうのよぉ」
「あ、ああ……あああ! そんな、そんな……それだけは! 文ちゃんだけは!! もう絶対に……!!!」
 元いた世界で。
 初めて得た悪蜜で。
 自分が『壊した』最初の大切なもの。
 折角立ち直ることができた。
 そんな彼女を壊すことが。
 今度こそ嫌われることが怖かった。
 そして。
 あの『壊れた顔』がもう一度味わえるのだと。
 心を、そっとくすぐるのだ。
「嫌、嫌嫌嫌!!!」

『彼女だけは自分が守らねば / 最高の蜜を得なければ』。

 ないまぜとなった心が、強大な破滅の願いとなって充填されていく。
 既に全員が可能性を燃やしてここに立っている。
 中にはフラーゴラやココロが持つ最後の手段――復活の奇跡を使い果たした者さえいるのだ。
 打てる手はそう多くない。
「ヴァイオレットさん。拙は結月さんを救わんと奮闘するあなたをしかとこの目に焼き付けております。その破滅を叶えてしまえば、あなたの心は壊れてしまうでしょう。斬城剣を謳う拙でございますが、今は希望の星を守る盾としてこの命を賭けましょう」
「だ、ダメだよ! Uh……! ステラを倒したいなら、まずぼくを倒してからだ!」
 高まる魔力はもう抑えられない。
 ただ微かに揺蕩う思考は、もはや残響。

――ステラ様、リュコス様……。互いを思い合い、隣り合うことで本当の意味で優しくあれる方達。

 その瑞々しい友情を。
 私の初めてと共に壊してしまえれば、きっと最高に心地よい。

 ただ、影の望むままに。
 一つは、夜を裂く星すら覆い。
 一つは、神殺しすら食い尽くす。
「ステラさん、リュコスさん! こんなところで死んじゃだめです!」
 ココロが治療のために前へ飛び出した。
 そうだ。イレギュラーズ達はこんなところで死んでいる場合ではない。
 世界が危機に瀕した今。
 倒さねばならぬ敵も、守るべき者も、命を賭けねばならぬ場面もあるだろう。

 ――それなのに、私のせいでみんながこんなに命を削って。
   ああ、やっぱり私って『悪い子』だ。
   かなしい、うれしい。
   もう、おわりたい。
   ごめん、なさい。
   こんなおもい、ぶつけてもいいでしょうか。

 ヴァイオレットの瞳が、ココロを捉えた。
「ココロさん!」
 危険な未来を予測したエマが庇わんと立ち上がる。
 だが距離があった。
 間に合わない。
 そう思いかけた時、一騎の騎兵が颯爽と横を駆け抜けていく。
「ボロボロじゃないの。少しくらい休んでなさい」
 【イーリン・ジョーンズ】である。
「イーリンさん!?」
 確かに先程までの予測には無かった未来。
 驚くエマの声は聞こえただろうか。
「あら。あなたはゲームに招待した覚えがないけれど」
「久しいわねルベル。貴方のことよ、命を賭けるなら大抵のことは許してくれるでしょう?」
「……ふん。まぁいいわぁ」
 介入の許可を得たイーリンは、ヴァイオレットとココロの間で馬を降りると、両手を差し出し一歩ずつ近づいていく。
(ああヴァイオレット! かわいそうなヴァイオレット、可愛いヴァイオレット!!)
 永劫にも思える苦しみに惑う者。
 自身が『ヒト』かどうかに悩む者。
 それはイーリンにとってある種の『同類』であった。
(さぁ、私の血肉を……心を持っていきなさい。貴方のその願いが、私の願いを叶えてくれるのなら!)
 ヒトは続くか、終わるのか。
 賭けられた意図を知らぬまま、ヴァイオレットは願いを放つ。
 投げられた賽は――怠惰。
 奇しくもそれは、イーリンの罰と同じ。
 弾き飛ばされる中、イーリンは己の身が人のままであることを■■■。
 それを少し遅れて駆け付けた【炎堂 焔】が目撃する。
「ちょっとリアちゃん! なんでこんなことになってるの!? ていうかリアちゃんも血まみれじゃん?! ヤダヤダ、ボクこんなのイヤだよ!!」
「うるさいわよ焔ァ! こっちだって必死に……」
 ふと、リアの身体にあの時の熱がよぎった。
「さぁて? もう勝負は見えている気がするけれど」
 ルベルが言う。
 Lostを拒んだ以上、Chaosへ至らねばならない。
 その結果がこれなのだ。
 メビウスの種は、間もなく半端者の命も心も食い尽くすだろう。
 では願いはどうだ?
 例えここで焔が一撃を受けたところで、まだ破滅は残っている。
 イレギュラーズの消耗具合から考えれば、どうしたって犠牲は避けられない。
 そうなればどのみち、半端者の心は砕け散る。
 最後の光が消える時、大いなる闇が深淵より出でるのだ。
「とはいえ邪魔されるのは気にくわないわぁ。あなた、出て行ってもらえるかしらぁ?」
 ルベルが紅いインクで焔を捕えんと、ペンを振るう瞬間。
「既に定まったと嗤うのも貴様の勝手だが、我は基本的に『傲慢』を極めているのだよ」
 気づかれぬよう這いよっていた【ロジャーズ=L=ナイア】がそれを妨げる。
「……なぁに、邪魔する気なの? 同類」
「Nyahahahahahahahaha!!! あれこそ、我々の器に相応だったのだ。だが、嗚呼、あれに根付いている『それ』は人間だ。我等こそが這い寄る混沌、我等こそが悪意の化身。であればあれは未だ矛盾たる『混沌』の渦中にある。今暫し饗宴を見定てこそ、混沌はその果てに至るではないか!」
 二人の邪神が語らいあう中。
 ブシャ、と。
 『器』から音がした。
 血を枯らし、更なる血と不幸を求め。
 黒い菫の花が咲く。
 咲いた穴からは黒い泥水がだくだくと。
 それは血か、魔力か、蓄えられた悪蜜か。
 物理的概念を超えた影なるものの悪意は草原中へと広がり。
 一帯を、まるで海の底のように彩っていく。
 暗く、昏く、喰らく。
 深く、不可く、沈む。
 苦痛の願いが、取り残される。

 ――貴様、我はどちらとて構わぬが。
   準備はできておるのだな?
   ならば、幸せとやらを受け止める覚悟を決めると良い!

 願いを、供えよ。



●希望を注ぐ
 全てが黒だった。
 視界を失ったわけでもないというのに、ただ全てが闇だった。
 見えない方が良かったとさえ思う。
 永劫の影の向こうにはきっと何かが蠢いている。
 ここにいるはずの自分という存在さえも嘘のよう。
 何とかしたくて、抗って。
 でも、どうにもならなくて。
 ああ、ぼんやりする。
 やっと、沈んでいける。
 さようなら、わたしの大切な――。

(――ばか、大丈夫よ。あなたの願い(せんりつ)、ちゃんと聴こえているもの)
 リアが立ち上がる。
 溢れ出した悪蜜は既に腰のあたりにまで来ていた。
 いわゆる魔力の塊だ。
 純粋な窒息などはしないだろうが、この速度なら20秒も持たずに自分達は沈むだろう。
「焔、あなたちょっと付き合いなさい」
「えっ、もちろんだよ! 何すればいいの?」
「なにって? 生意気な妹にお説教してやんのよ!!」

 ――命懸けで!

「謳え、『英雄幻奏』!!!」
 願いの先へ至るため、リアは己に与えられた可能性の全てを賭けてマナを解放する。
 まるで花が咲き乱れるように。
 仲間達の隣へ出現した五線譜は、それぞれが持つ想い(せんりつ)を書き記す。
「響け、幻想のクオリア!!!」
 記された音色は光の帯となって、昏い海の中を照らし出した。
「知ってるよねヴァイオレットちゃん!
 ボクは今までだってどんなに嫌だって言われてもやりたい事をやってきたんだよ?
 今回は絶対お説教するって決めた!
 絶対連れて帰って!
 可愛いお洋服とか探しに行って!
 気に入ったの色々着せて写真に撮ってやるんだから!
 だから……ここで死なせたりしない!!!」
 腐れ縁の炎が、音色の光を覆わんとする闇を焼いていく。
「あたしは願いの大精霊【ベアトリクス】の子にして、その後を継ぐ者!
 ここにいる誰もが善だ悪だ関係なく『あなたが』好きな気持ち!
 あたしの中に響く優しい『紫』の音色!!
 ……あたし達愛したいという貴方の願い(せんりつ)!!!
 全部、纏めて聴かせてあげるわ!!!」
 ヴァイオレットを想い集った音色は楽章にして優に十を超える。
 かの狂気が如何なるものとて、煉獄すらも打ち破る絆には及ばぬだろう。
 これが次代の玲瓏公最初の務めにして、希望を紡ぐ混沌公演!
 溢れ出す白き魔力が、仲間達に溶け込んでいく。
 それは悪蜜を遮る聖なる祈り。
「皆、あの子に想いを伝えて! あたしが護るから!!」
 すんでのところで、悪蜜が満ちる。
 リアの加護によって、一行の可能性は消えてはいない。
 それを察知したか、深海のような様相を呈する闇の向こうから破滅の願いが信じられない速さで迫りくる。
「ああ。そっちにいるんだね」
 迎撃は間に合わない。
 しかしそれを承知でシキは歩みだす。
「あのね、ヴァイオレット。
 私も死ぬつもりはないんだよ。
 それでも……願ってしまうんだ。
 君が生きていてくれるならって」

 差し出す小指。
 約束は果たされるべき願い。
 込められた想いは可能性すらも結びつけ破滅の願いの痛みを極限まで低下させる!

「私達が君に善を注いだ分、悪が溢れてしまったんだよね。
 いいよ、それだって君だもん。私は全部見て、全部を受け止めてみせるよ」
 シキの身体がアクアマリン色のオーラを纏った。
 優しく、淡い光はどんな罰をも喰らい尽くす親愛の暴食。
「ねぇ、もう一度約束をさせてよ。
 君の痛みも、苦しみも、悲しみも、全部抱きしめてあげるから。
 いつか死ぬその日まで。
 私は君と笑いあっていたいんだ」
 いつかの日、貴女は私の表情で痛みに気づいてくれた。
 今日この日、私は貴女の痛みに気づいてあげられた。
 だから今度こそ。
 何度破れそうになったとしても、互いを見つめ合うゆびきりを。
 シキの歩みが、ヴァイオレットへの軌跡となる。
「――!!」
 止まらないシキを狙い、今度は影の本体たる【闇をさまようもの】が襲いかかってきた。
 ここの向こうにはきっと――。
「よくも私の友達を傷つけたなぁ!」
 飛ぶようにして肉薄したのはルル家だった。

 リアのベールを纏い、シキのオーラの道を通った体。
 更にルル家の願いが、可能性の炎が。
 黄金の光となって刀に宿ると、漆黒すらも断ち切る流星の刃となる!

「私はヴィオに悪性も記憶も失わせない!
 悪性も罪も知った上で友達になったんだ!
 全部ひっくるめてヴァイオレット・ホロウウォーカーなんだ!」
 人が生きるにおいて、悪との邂逅は避けられない。
 大好きな姉と命を削り合う事もあれば。
 大名とまで呼んでくれた親しい相手の恋を斬らねばならぬ時もある。
 それでも。
 姉がいてくれたから今の自分がいて。
 あの悪がいたから彼女は聖女として今の世界にいられるのだ。
 大切なのは、そのバランス。
 ならば。
 今目の前にいる邪神の悪性は黙らせてみせる!
「私は今のヴィオを好きになったんだ!
 ヴィオは記憶を失ってでもこの悪性を失くしたいかも知れない。
 けどそれで、ヴィオがヴィオでなくなるなら私は許さない!
 その代わり、私はヴィオの悪性に一生付き合うよ!!
 何度だって助けるし、何度だって止めてみせる!!!
 ずっとずっとずっと!!!」
 いつもの部屋、いつもの場所に居なかった貴女。
 私がその痛みを知った時、貴女はもうその部屋にいなかったから。
 あのシャイネン・ナハトで止まってしまった部屋で。
 泣かせてしまったと知ったから。
「もう二度と貴女を泣かせない!!!!
 だから……帰ってきてよ、ヴィオ!!!」
 ルル家は斬り払った影に手を伸ばす。
 何とか腕を掴めば、影の中からヴァイオレットが抜き出てくる。
「ヴィオ!!!」
 抱きとめたルル家。
 胸には黒い菫がまだちゃんと咲いていた。
「良くやってくれたな。後は医者に任せろ」
 聖霊は先ほど文から預かった『滅石花の種』を握る手を、花弁を通じて心臓へと突き刺した。
「うあああああああぁぁぁぁぁあぁぁ!!!???」
 轟く断末魔。
 死に等しい痛みを浴びて、ヴァイオレットが荒ぶる。
 それを全員で分担して押さえつける。
 耳をつんざくような悲鳴。
 だがこの声を聖霊は知っていた。
「ヴァイオレット……」
 今痛みを与えているのは他ならぬ自分自身。
 ここで種を植え替えず、大元を潰すことすらできるだろう。
 痛みを癒す最後の手段。
 それでも。
 医神になれなかったただの男は。
 ――己の命をかけてでも救ってやりたいと願うのだ!
「ヴァイオレット。この世に奪っていい生命なんて一つも存在しねぇ。例えそれが悪と言われるものでもな!」
 どんな相手だろうと治してやる。
 聖霊の誓いが、奇跡の力となって滅びの種を取り除いていく。
 だが種とて中身は魔種。
 強力に根付いたそれを完全に引き剥がすには、一人の奇跡では足りなかった。
 そう、彼の誓いの、その根源。
「ヴァイオレット! お前が願うんだ!!」
 聖霊の重ねた罪。
 救えなかった人々は肝心なところで抱いてくれなかった。
 その想いさえあれば。
「俺達と生きたいと!!!」
 さぁ、願いを供えて。
「ヴァイオレットさん、私とともだちになりましょう! 私は友人と扱うと宣言しましたけど返事も何も聞いていませんから!」
 エマは願う、あなたの希望となれますように。
「生への可能性から目を背ける医者なんていません!
 友だちの温かな笑顔を諦められる人なんていません!
 あなたが帰ってきてくれるまで、わたし、絶対あきらめませんから!」
 ココロは信じる。海種に伝わる伝説を。
 ――人は死ねば海に還り、またいつか海から戻ってくる。
 この昏くて冷たい海は『おかえり』を言うための場所であると。
「帰って来い。一緒に風呂に入って、食事をして。そんな相手に。マリアのともだちになってくれ」
 エクスマリアは思い浮かべる。
 御伽噺にも語られないような、他愛ない日常を。
「ヴァイオレットさん! また一緒にいちごを食べよう!」
 フラーゴラは懐かしむ。
 あの病室で苺(フラーゴラ)を食べた彼女の笑みを。
「生きて下さい。一緒に歩んで下さい。拙達と」
 ステラは信じる。
 滅びが打ち払われた世界に、彼女と共にいることを。
「信じて、君の可能性を!」
 リュコスは決意する。
 自身も悪性たる秘密と向き合い、ヴァイオレットの支えになると。
「ヴィオ、唯の一欠片だって、君を失いたくないんだ! 戻ってきて!」
 ルル家も。
「お願いヴァイオレット。目が覚めるまで……目が覚めてからも。辛い時は私が抱きしめてあげるから」
 シキも。
「帰ってきなさい! そしてこれからも……一緒に笑って、一緒に生きるのよ!! ヴァイオレット・ホロウウォーカー!!!」
「ヴァイオレットちゃんが戻って来てくれないのなんてイヤだよ! お願いだから!」
 リアも焔も。
 誰もが、願っている。
「先輩! これがあたしが憧れた先輩達、特異点と呼ばれる希望の人達っす! 先輩も希望を抱けるってことなんすよ! 自分を、あたし達を……あの人を信じて!」
 ウルズは手を伸ばす。
 あの日、謎肉を持っていった彼女の中の『善性』を。
「想いは、出揃ったようですね」
 ヴィクトールがためにためた魔力に命の全てを賭して可能性の力を結び付けていく。
 最初から希ったそれを、形にするために。
「誰しも、矛盾した心を抱えて生きているそうです。
 私達は皆、貴女の愛も、殺意(あい)も、すべて許しますから。
 貴女は、愛していい。愛されていいのです。
 それが私達の想い……ヴァイオレット様、幸せになって下さい」
 リアが集め、シキが届け、ルル家が掴み、ヴィクトールが支えた奇跡。
 それが聖霊の願いとも結びつき、ヴァイオレットの中へ仲間達全員の感情という旋律を流し込んでいく。
 この願いが届くなら、俺が絶対治してやる。
「誰もが罪を背負って生きていく。苦しみながらも、支え合って生きていくんだよ。俺達は。そうだろ?」
 ――花嫁。


●こがんとひがん
 まぁ、会いに来て下さったのですか!
 はい。私は、貴方を凶手から覆い隠す者ですから。
 そうですか……でも困りました。
 どうしてですか?
 ああ、嫌という訳ではないのですよ! あんな殺し合い(けんか)仲間といるよりずっとずっと一緒に居て楽しいと思いますから!
 それなら、私と一緒に咲いて頂けませんか?
 う~ん……残念ですが、やっぱり『のぅ』です。
 え……
 こちらに蜘蛛の糸は無いようで、今しかあなたは戻れません。それに……やっぱり私、最初はあの方と一緒の時間を過ごしたいのです。きっとそれが一番幸せですから!

 鬼は笑顔で私の背を押した。

 あなたも幸せになってきて下さいね!
 それが一番、嬉しいですから!  

 ああ、体が浮かんでいく。

「――!」

 ああ、誰かが……皆が私を呼んでいる。
 あたまが、ぼんやりする。

『生きて』

 私は……生きて、幸せに……。

~~~

 花が咲いていた。
 黒い菫は消え去り。
 善も悪も混じり合った、美しき紫花に。


●半端者の流れる先は
「……ゲーム終了。あなた達の『混沌』……当たりだったみたいねぇ」
 全てが終わった。
 溢れ出した悪蜜は消え去り。
 遺されたのは雪が踏み荒らされた雪原と歓喜に湧くイレギュラーズ。
 しんしんと降る雪はやがて泥を覆い、季節が廻れば溶けて、色とりどりの花を咲かせる草原となるだろう。
「メビウスの種は消失。万が一負けたら滅石花の種で眠らせてやろうと思ったのに。まさか心臓の傷を塞ぐのに使われちゃうなんてねぇ」
 胸に咲いた紫の菫は、再びヴァイオレットの身体へと戻った。
 傷が癒えたなら、やがて種それ自体も自然吸収されてしまうだろう。
 これが本気の奇跡かと、ルベルはため息をついた。
「ルベル、やっぱり貴方見たかったんじゃない? 愚者が集い、夢に手を伸ばし、掴み取る様を」
 ヴァイオレットの無事を遠目に確認したイーリンは、ルベルの側へと来ていた。
「あたしはあくまで魔種達との契約を果たしただけだわぁ。勝負に負けたくもなかったし、同類となったあれを嗤ってやりたかったのも本当。ただ強いて言えば――」
 そう言いながらイーリン達の背後に回る。
「『中途半端』は嫌いなのよぉ」
 次の瞬間にはもうルベルの姿はなく。
 彼女がいた場所の雪が紅く染まっていた。
「ふん。あれも所詮は『半端者』。最早この混沌世界で『混沌』を名乗れるのは『我』だけとなった!」
「誰しも変化からは逃れられないのよ。……行きましょうロジャーズ。もう一人の狂姫の下へ」
 役目を果たしたと感じた二人は、次なる戦場である全剣王の塔へと向かう。

~~~

 ぼんやりする。
 このかんかくを、わたしはしっている。
 でもいつもより、ずっとあったかい。
 だからもう、きっとだいじょうぶ。
 ただ、きこえるこえをしんじて。

――大切な人達が、手を差し伸べてくれる
  大切な人達が、受け止めてくれる
  勿体ないくらいの、幸福……。
  ……。嬉しい。壊したいくらい。
  でも今は、それよりも。
  みんなの声が聴きたい。

 病室に、仲間達がなだれ込んでくる。
 労いと罵倒。
 それもまた個性があって、心地よい。

「ああ、皆様……あはは、ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」

 死にたくないと思った。
 助けて欲しい、どうして自分がこんな風に、と悩んだ。
 なんで私は普通に生きられないんだろう。
 普通に生きたい。
 きっとそれは、これからも叶わない。

 でもそう望んだのは。
 友達が欲しかったから。恋をしたかったから。幸せになりたかったから。
 みんなと一緒に、笑いながら生きていたかったから。
 きっとこれは、これから叶っていくんだ。

 輝きが。
 瞳が。
 炎が。
 悦びが。
 信仰が。
 親愛が。
 覚悟が。
 希望が。
 重ねた罪が。
 友情達が。
 拠り所が。
 祈ってくれた願いがあるから。

 私だって、幸せになれる可能性があるんだ。

「目が覚めてよかった。お帰りヴィオ」
「ただいま、ルル。私の拠り所」
「文殿も心配してましたから、後で会いに行こうね」
「ああその前に。ただいま……こんな悪人を助けてしまった、私の大切な大悪党の皆様」

成否

大成功

MVP

ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す

状態異常

ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)[重傷]
懐中時計は動き出す

あとがき

※納品遅れてしまい申し訳ありませんでした。

冒険お疲れ様でした。

12名それぞれの願い、そしてヴァイオレットさんの葛藤はどれも素晴らしく、願いが奇跡を起こす本作品を象徴するようなプレイングの数々にただただ圧倒されました。

MVPは命懸けで「誰かの願いの手助け」を望んだ貴方へ。
沢山の願いが溢れる中、全てを受け止める覚悟は素晴しいものでした。

pnkが担当する通常シナリオはこちらで最終となります。
残るラリー決戦、掴み取った友人との未来を生きるためにも是非勝利して下さいね。

重ねまして長らくお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。

ご参加ありがとうございました。

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