PandoraPartyProject

シナリオ詳細

明日もアナタとパンを食べたかった

完了

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ワカレタ世界
「望んでなんてなかった。でも……いつかこうなる気もしてた、かな」
 『ウーアン』は眼前の男に語り掛ける。
 雪吹きすさぶとある廃村。
 かつてここは小さいながらも人々が心豊かに生きる村であった。
 村人はただそこに生まれたから。
 職人達はただ建物の修繕を依頼されたから。
 他愛ない理由でそこにいた。
 だから多くは命を落とした。
「好きにしたら、とは言ったけどさ。アナタの事だ。
 どうせ後先考えてなかったんでしょ」
 次に贈るのは剣の煌めき。
 男が返すのは、言葉にもならぬ呻きと槌の一振り。
「家を作るは体が資本。部下を率いるは背中が基本。だったっけ」
 男曰く、老体ながら相応望みに応えてくれるのは、そうした年季を重ねた結果だという。
 けれど所詮は戦士ではなく職人。
 未来ある若者ではなく、死にゆく老人に過ぎない。
 特異な運命に選ばれたとて、それは変わらぬ事実。
「弟子たちの墓参りに来て。またしても気まぐれに揺蕩う災害に遭遇して。
 ……最近は自分よりずっと若い人が頑張ってたもんね。
 ずっと運命から離れ続けた自分がどんなに弱いと分かっていても。
 そんな背中を、ただ見てられなかったんだよね。
 でもさぁ『親方』。その背中は素敵だけど……ボクは嫌いかな」
 確かな決意を持って進んだであろう道。
 行きついたのは人ならぬ魔力を得た化の物。
 心に語り掛ける罪の呼び声がもたらす、願いを叶える狂った力。
 ウーアンはそれらを否定する。
「言ってなかったけどさ。僕って本当は鉄騎種じゃなくて旅人なんだ。
 まぁ元の世界で与えられた役割は、人を終わらせるための抹殺兵器。
 単純に国を潰すとかもあったけど。
 どちらかといえば拷問をするのがボクの仕事。
 体内時計って分かるかな。人の体は常にどこかで時を覚えている。
 一秒を二週間に。一年を三秒に。
 少し変えてあげるだけで、人は簡単に壊れてしまう」
 声が届いているとは思えない。
 告げることは最早ただの自己満足だ。
 それでも剣戟の火花は、言葉は止まらない。
「決して好きにはなれなかったけど。
 作られた道具は作った人のためにやらなきゃいけないことがある。
 そう思って人を壊してきたんだ。
 そしたらさ。今度は人に恐れられ。壊されそうになった。
 ……やりたくもない事をして。尽くした相手に拒まれる。
 これが運命か。神様は残酷だぁとか。思ってみたりもした」
「ウー……ア、ン……!」
「……この世界に流れ着いて。結局死ぬと思ってたのに。
 『修繕屋(なおして)』の親方にボクは生かされた。
 一緒に暮らして。人間の、親方の心に触れて。
 食事なんて知らなかったからさ。
 初めて食べたパンは、ボクの好物になったんだ。
 恩は受けたら返すものでしょ?
 助けられた恩に報いるため、弟子の代わりに側に居た。
 美味しいパンを食べ続けるため、守れる強さを取り戻した」
 魔種に関する事柄は、いまだ不明な事が多い。
 だが、現実はそこへ至る過程と可能性を全て兼ね備え存在する。
 元々ただの人として生き、運命に選ばれた後もそれを貫こうとした男。
 元々戦いの中を生き、運命に選ばれた後にその力を取り戻したもの。
 魔種化したてというのもあろうが。
 何にせよ、イレギュラーズという立場から見れば。
 一人で一体の魔種を倒せる、またとない機会であった。
 そして魔種は。
 沢山のイレギュラーズが何度も、どれだけの可能性を賭したとしても。
 救えた記録のない存在であった。
「ねぇ、親方」
 確実性を取るために、攻撃はギリギリで避ける。
 かつて温かく大きかった手は。変異した鉤爪で、僅か掠った眼鏡を弾き飛ばす。
「アナタがこの世界に生まれた事に、イレギュラーズになった事に意味があるのなら。
 ボクは呪うよ。この混沌渦巻く世界を見つめている……神様を」
 刺す。それは何度だって繰り返してきた行為。
「がっ!? ……あ」
 朱が弾けて、白粉のように顔から全てを染め上げる。
 やがて朱は雫となって、薄く積もった白銀に宿した熱を散らしていく。
「親方」
 倒れ込む大切だったもの。
 瞳の光は消えていき、乱れた呼吸もいずれは冬の静寂に呑まれる定め。
「ボクにはもう……これしか思いつかないや」
 震えるその手を掴み。
 身勝手な創造主達へ。酷い運命をもたらす理外の者へ。
 憎しみと感謝を込めて。
「ギフト……アナタの時間を操る力。もっとも、この世界じゃ体感時間に誤差が生まれる程度だけど」
 全てが終わるその時まで。
 ただ、握り続ける。

 ――ああ。明日もアナタとパンを食べていたかった。


●混沌世界の一ページ
 『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の朝は早い。
 それは大好きなあの人のために料理をしたり。
 とっても顔がいいあの人を想ってダンジョン情報を収集に向かったり。
 ゲヘナだろうがお家だろうが、誘われたら有無を言わさず付いて行く!
 ――の気構えで、特段の理由がなくとも隣に十数時間居続けたり。 
 とまぁ世界が世界なら、今頃爆発宣告を受けていてもおかしくないほど。
 大切な人のために時間を使う事が多いから……が主な理由ではあるのだが。
「えっと、プレゼント配って、着物着て、夜はお泊まりして。
 も、もしかしたら、今度はちゃんとキスできたりするのかな……えへへ……」
 これまで熱い恋の炎を滾らせつつも、その行方を見守る界隈の方々に温もりを届け続けた彼女だ。
 この『シャイネンナハト』には様々『お約束』が待っている。
 それらを滞りなく過ごすためにも、今はあらゆる準備を終えておく必要があるのだ。
「って。その前に肉屋ゴラの特売チラシも作らないとだ……!
 定番のチキンは予約も結構入ってるし、えっと後は……」
 各方面から寄せられた注文票に改めて目を通す。
 天義や境界、黄金劇場に関わっている間も出来る限り作業はこなしていたが。
 数日目を通していなかったかなり予約が増えている。
 チキン、チキン、ポーク、ビーフ、チキン、シャケ、チキン……シャケ?
「うちは肉屋だよ……!!」
 ぷんすかと可愛らしい音も出そうな仕草。
 それでも用意してしまうのは彼女の面倒見の良さ故か。
 そもそも日によっては(大切な人が二人で食べきれないほど持ってくるもんだから)触手目玉モンスターだって並ぶ店だ。
 たかが魚類すら用意出来ないようでは肉屋の風上にも置けぬというもの!

 ※混沌世界のフラーゴラ様は特殊な訓練を受けております。
  現実世界でお肉と魚の同ケース陳列は菌や寄生虫の問題があるらしいので止めた方が良いみたいです!

「ワタシ、シャケを売る……!」
「あら。ここは魚屋に改装されるのかしら?」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の入店に気づかなかったフラーゴラは、慌てた様子で居住まいを正す。
「お、お師匠先生! 今のはその、決意表明というか……肉屋の意地というか」
「最近の肉屋情勢は知らなかったけど、色々大変なのね」
 数々の戦いを経て、『銅狼弟子』と評するまで大切に思う愛弟子だ。
 司書として集めた情報と、騎兵隊隊長として培った戦術眼。
 それらを用いて昨今のシャイネンナハト動向を伝授するのもやぶさかではないが。
 彼女の商売人としての成長を邪魔するわけにはいかないので、内心で留めた。
「ところで、処分に困ってる出来合とか無いかしら。旅の腹ごなし用に買わせて貰いたいんだけど」
「それだと……。うん、アイスバインのサンドイッチがいいかな。今すぐ包みますので、少々お待ち下さいませ……!」
 店員らしくペコリ一礼。
 慣れた手つきで用意していく。
「お待たせしました……! サンドイッチと、触手目玉の燻製です」
「えっ、頼んで無いわよ?」
「少し早いけど、お師匠先生にお誕生日のプレゼント……!
 ローグの滋養強壮はこれに限るって言ってたから是非……。サンドイッチの御代も結構、です!」
「……ふふっ。ありがとう。なら遠慮無く頂戴するわ。今度また皆で鍋でもやりましょ」
 商品を受け取り、店を後にするイーリン。
 その後ろ姿がなくなるまで見送るフラーゴラ。
「よーし……。まずはシャケの確保、だよ!」
 気合い充分。澄んだ夜空には、月夜の狼の遠吠えが如く声が響いた。
 その声は道すがらを走る『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)の耳に届き。
「シャケだト? 元の世界でもこの時期はチキンだった気がするけどナ」
「えっと確か……って。そんな話は後だ。早く持って行くプレゼントを決めて用意しないと」
「結婚もしてねぇのに子供が二人もいると大変だなァ。だいっちパパ?」
「誤解を招く言い方をするな。大体、お前だって二人から父親として認識されてるんだ。他人事じゃないぞ」
 一方で空を揺蕩う『未完成であるほうが魅力的』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)の視線を惹いた。
「フラーゴラちゃん、元気になったみたいねぇ。良かったわぁ」
 メリーノは先日幻想付近で起きたある事件と、そこで遭遇した幻想種の女性に想いを馳せる。
(そういえば、もう面会できるようになったんだったわぁ。色々伝えにいかないとねぇ)
 ふわふわ。ゆらゆら。
 その口調も相まって、まるで何かを演じているようにも思えるメリーノの在り方。
 彼女の生き方、行動の基準、探し求める者の行方。
 それら全てがどこにあるのか、それは彼女自身にしか分からないが。
 一緒にいる人が『そうしたい』なら、『そうする』のはやぶさかではないらしい。
 ならば一緒にいる人が『今度は私が貴女のために尽くしたい』と。
 『貴女が与えてくれた優しさに応えたい』と望んだ時。
 彼女は何を選択するのだろうか。

 十人十色。千差万別。
 様々な想いと願い。出会いと別離が重なりあって。
 今日も混沌世界は続いている。



※上記「●ワカレタ世界」が、
 「会話:地の文=4:6程度の心づもり、場面転換無し」で1858文字です。
 参加人数とプレイングにより文字数上限が異なりますが、
 大体これくらいの描写量が一人分になります。
 (該当の章は、PC1名+モブ描写、くらいの感じになります。
  PCとPCの思い出であれば二人合算となり、描写量は倍になります)
 プレイングの参考にしてください。

※OPにて12月23日より前を想定して記載されている部分がございますが、
 リプレイ上の時系列は必ずしもこれを守る必要はありません。
 明確にしてほしい日付など、希望があればプレイングで指定して下さい。

※OPにてフラーゴラさんはシャイネンナハトの準備に燃えておりますが、
 本リプレイにおけるプレイングを指定するものではございません。
 ご参加頂ける場合は、コメディでもシリアスでもやりたいものを指定下さい。

GMコメント

●目標
 各々の日常を過ごす。
 ※ドシリアスも歓迎です。

●優先
※本作は、以下の皆様(敬称略)のアフターアクションを採用したものであり、
 該当の皆様がオープニングに登場している他、優先参加権を付与しております。
・イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
・赤羽・大地(p3p004151)
・フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
・メリーノ・アリテンシア(p3p010217)

●場所と日時
 キャラクターがそこに行こうと思えばいける場所、時間帯であれば大体OKです。
 場所に関しては名声付与に関わるため、国家が分かるようにご指定下さい。
 (不明/複数に渡る場合、幻想近辺として扱います)
 指定される時間が短い程、濃いめに描写できると思います。

 基本的には参加者を一名ずつ章分けして描写する想定ですが、
 参加者同士で共通の思い出にしたい場合、複合して描写致します!
 ※二人の場合は双方のお名前、三人以上の場合は【】を用いたグループタグ等、
  プレイング上にお相手が明記されていればOK(IDは不要)です。
 ※pnkNPCに関連する内容を選ばれる場合、選択肢機能もご利用下さい。
  仮に同じ選択肢を選んでいても、グループだと判断できない場合は
  別描写となりますので予めご了承下さい。

●関連人物(NPC)詳細
【親方&ウーアン】
 親方はローレット所属のカオスシード(人間種)でした。
 ウーアンはウォーカー(旅人)です。
 何がどうしたはOPで記載の通りです。
 基本的に描写する予定はありませんが、何か困っている人がほしいなど、
 キャラクターに直接関係のない人手がほしい場合には指定頂ければ、
 ウーアンがモブの代わりとして自由に使えます。

【ラティオラ&ベビオラ】
※関連シナリオ
<神の門>破天曲折の道程:遊戯
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10278
<神の門>破天曲折の道程:正義
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10466

 先日の事件でイレギュラーズ達によって救出された二人。
 色々あり現在は天義南西部のとある空き神社にて『杜』監視の下、静養しています。
 普通の話や簡単な遊びくらいなら出来そうです。
 ちなみにベビオラは4~5歳の見た目ですが、
 生後数ヶ月&ずっと医療施設暮らしだったので大体初めてです。
 ベビオラが持つ特異な点については調査中のため、何も分からないでしょう。
 ラティオラも現状は健康体、不審点はありません。
 元修道女ですので、告解的なものがあれば聞いてくれます。

 大地さん/メリーノさんが参加された場合、こちらに向かいます。
 (描写は個別でも複合でもお好きな方をお選び下さい)

【チェイス】
※関連シナリオ
<神の門>破天曲折の道程:選別
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10274
<尺には尺を>破天曲折の道程:誘引
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10371
<神の王国>破天曲折の道程:理想
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10468

 先日の天義決戦でイレギュラーズ達によって倒された遂行者。 
 彼はイレギュラーズ達との邂逅を経て、様々な想いを抱いていたようです。
 テセラ・ニバスには、リンバスシティ時代に彼が自室としていた家が残っています。
 机やベットの他には、様々な資料や本がまとめられた棚があるのみです。
 資料は混沌各地で起きた事件の記録や、救うべき死者の情報を集めた物。
 皆様の関係者に関連した情報があるかも知れません。
 本の中には日記もあり、決戦へ臨む直前までの内容が記載されています。
 彼の死生観やイレギュラーズ達への想いを垣間見、思考を整理するのも良いでしょう。

 イーリンさんが参加された場合、こちらに向かいます。

●プレイングに際して
 今回は最大3作まで、指定頂いたリプレイを確認してから執筆致します。
 キャラクターページから確認に行きますので、
 ご希望の場合「ページ数とシナリオの個別名称の頭文字3文字」を記載下さい。
 例)シナリオ一覧、3ページ目にある【<日常イベ>明日はパン食べる】を指定する場合
 「P3、明日は」
 ※イベントシナリオの場合、<>の部分を省いた3文字でお願い致します。
 ※3文字で判別できない場合等は、文字数を増やしたり抜き出す場所を変えたりして下さい。
 ※SS一覧からも指定可能です。
 ※TOPも指定可能としますが、その場合「国名、●●●」でご指定下さい。
  世界観⇒主要国家⇒主な事件⇒これまでの物語、から辿って探します。
 例)「天義、忘れることのない願い」
 ※過去同形式にご参加頂いた方は、過去指定済作品の再度指定は不要です。

●マスタリングについて
・運営管理、他マスターが管理するネームドNPCは、
 今回のリプレイ上では登場できないため、共通の思い出にはなりません。
・関連人物(NPC)詳細に記載が無くとも、
 過去pnkのシナリオ内で登場した個人NPCは指定可能です。
・本シナリオは「滅びが近づく中での日常」がテーマとなっておりますので、
 そういった要素を完全に排した楽しい日常を希望の場合は、
 お手数ですが「楽しい日常」をプレイング冒頭に記載頂きますよう、お願い致します。
・リプレイ描写全体の雰囲気や味付けを指定頂けると非常に助かります。
 ※お任せであれば特段記載不要です、全力で頑張らせて頂きます!


●実際どんな感じになるの?
 オープニングが描写量の参考になると思います。
 また前回同種の内容でPC達の思い出が記録されたものが下記になります。
 確認されなくとも本シナリオには問題なくご参加できますが、
 雰囲気を掴みたい場合には、ご覧になって頂くのも良いかもしれません。
ーーー
<ラケシスの紡ぎ糸>明日もアナタとパンが食べたい
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10344
ーーー

●その他
 死亡なし、情報確度A(基本的に、皆様が希望する状況の舞台が用意されます)


pnkNPC登場指定用
 NPC利用を希望される場合、以下の選択肢の中からご指定下さい。
(ウーアンの場合はほぼモブなので選ばなくていいです)

【1】ラティオラ&ベビオラ(名声付与先:天義)
ラティオラとベビオラへ会いに向かいます。
別途プレイング内でグループ明記があれば複合描写、
明記がなければ単体描写となります。

【2】チェイス(名声付与先:天義)
チェイスの家を訪れるためテセラ・ニバスに向かいます。
別途プレイング内でグループ明記があれば複合描写、
明記がなければ単体描写となります。

  • 明日もアナタとパンを食べたかった完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別EX
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2024年01月13日 22時05分
  • 参加人数9/10人
  • 相談5日
  • 参加費150RC

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(9人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
狙われた想い

リプレイ

●刻まれたもの
 理想郷が混沌から消え去ったあの日から程なく。
 街はほぼ変わらぬ代わりに人々は未だ傷も癒えぬ時の頃。
 その日の天義は鬱陶しくなるほどの快晴であった。
 星を読む者達は間もなく積もる程の雪が降ろうと予想していたのだが、見事外れた。
 それが彼らの実力が不足していたのか、たまたま天候を操る神のような存在が選んだかは不明だが。
「……ま、都合が良かったって事かしらね」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)がごちる。
 快晴は、彼女が乗る魔力で動く車椅子の移動が為し得るだけの道路コンディションを維持していた。
(今は一人だし取り繕う必要もないでしょ)
 全身の所々に包帯を巻き、身体を大きな白いローブ一枚で包んだような姿。
 それはとても騎兵隊の隊長でも、天義を救った英雄イレギュラーズの一員とも思えない。
「ママ、あの人変だよ」
「こら、指ささない。いくわよ」
 まるで無理矢理墓場から蘇ったような、そんな印象を周囲に与えていた。
(ふっ。おかげで声を掛けられることもない。これはこれである種気楽な旅ね)
 失笑気味の声を漏らして、イーリンは先を急ぐ。
 これでもローレットから駄賃を得た上での旅なのだから。

~~~

「ここね」
 ローレットの情報屋や天義勢力によって、帳の晴れた各都市に幾つか遂行者達の活動拠点と思われる場所が発見されていた。
 そしてここは、遂行者『チェイス』の居城であったと判明している。
「とにかく、仕事に取りかかりましょうか」
 今回彼女が立候補し、受けた依頼はただ一つ。
 遂行者チェイスの拠点に関する再調査と追加情報の提出。
 思えば、実に『司書向き』な依頼であった。

~~~

 簡易なベット、埃を被った机、様々な資料や本が所狭しと詰め込まれた棚。
 調べるものがコレしかないのだから、することは簡単だ。
 イーリンは棚から資料を取り出しては一つずつ資料へ目を通していく。
(これは混沌各地で起きた事件のリストね。
 私達が当事者となった大きな出来事もあれば、小さな外れ村に起きた真偽すら怪しい事件まで。マメね)
 ある世界の物品で例えるならば、事件のスクラップ集のようなもの。
 イーリンはローレット用の報告書を広げ、筆を持つ。
 その目で確認した事実だけを記載すべく。
 何故ならこの報告書は仮にこの場所が朽ちても。イーリン・ジョーンズという存在が消え去ったとしても。
 混沌世界が、ローレットが存続する限り、資料として後世へ残されていくであろう記録なのだ。
 記述は主観を排し。思考は心にのみ、刻む。
「初動調査記録には各地を調べた形跡があった、としか書いてなかったけれど。ろくに読まなかったのね」
 資料を扱う者として小言を述べずには居られなかったが。
 各記事にはその真偽調査に関する彼の独自見解も書き込まれており。
 恐らくローレットや各国家の中枢しか知り得ないような情報にも、推測から辿り着いている例が散見された。

「これだけ頭が回る男ならば」

 恐らく。気づいていたのであろう。
 自身が信じる神の所業によって死にかけていた『混沌世界の命』を救う方法を。
 そして悩んでいたのであろう。
 混沌での死を経た者しか救えない自身の理想に。
「悩めども。迷いは無かった」
 二度に渡る直接の邂逅。
 彼は信じていた。信じなければならなかった。己が背負う、理想の人々を護るために。
 己が知った、話した事もない有象無象を救うために。
 故に己が眼前を歩む生は。
 かつて彼が反転する直前まで護り続けた生に似た処遇の彼女らは。
 異神に傅く可能性にかけるしかなかったのだ。
「嫌な話ね」
 イレギュラーズの多くは彼の手法を非難した。
 それは単純明快に正しいと言える。何故なら混沌の生を否定しているのだから。
 だが他にも、その根拠の中には、理想郷での生を否定するものもあった。
 この点も、結果を見た上で考えれば正しいと言える。
 自分達が個人の構成要素として重きを置く魂が見えず。
 当人はあると主張していたものの、実際にそれはそこに無かったのであるから。

 だがどうだろう。もしかの冠位傲慢が。
 イレギュラーズの総力を結集して討ち取ったあの顔以外醜悪な男が。
 神の国の中だけでも本気で人間を作ろうとしていたならば。
「私達は魂があるかのように見せられたそれらを、人として屠り。
 人を護らんと立ち上がる者の拳を砕いたのでしょうね」
 ああ、これではどちらが正義の者なのだろう。

~~~

「ふぅ」
 大きく息をつき、吸い込まれるようにベットへ倒れ込む。
 彼女だからこそ出来た仕事とはいえ、既に日は頂点を超え西に傾き始めていた。
 陽光が赤の双眸に差し込むも。
「……痛い」
 右が返すのは、煌めきではなく先日の戦いで燃やした残滓たる炎のみ。
(私の中を揺蕩う、大切な波の音)
 それを彼女は、確かに感じている。
(人としての性質が希薄となり、魔力の塊になりつつあるこの身体)
 それも彼女は感じており、恐らく一部の友人達も知っている。
(私は私の中にいる音が確かであると。
 イーリンという存在は人間で、自身はかの理想の住人のような魔力体ではないと)
 他者に疑われるような事態に至った場合。
 証明する手立てなどあるのだろうか――否、●●。
 ともすれば。立っていた場所は逆だったかも知れないのだ。
「それでも、私は最後まで、イーリンであり続けなければならないのよ」
 神が、●●がそれを望むから。
 ローブのポケットから注射器を取り出す。
 打てば魔力が止めどなく垂れ流されるそれは、普通ならば毒だ。
 だが、身体の魔力化を食い止めんとする彼女にとっては、人であるための糧。
「あ、ら……?」
 いつもと同じ作業。けれど今日は少し違っていて。
 刺した場所はたまたま彼の一撃を受けた場所で。
 漏れ出るはずの魔力の代わりに、輝きに包み込まれて。
 意識が、混濁する。

~~~

「……んんっ」
 艶やかな声。
 薄れた意識ながら、彼女は陽の高さで数時間経過したことを察知する。
「少し、眠っていたかしら」
 身体に異常はない。
 それどころか、ここ暫くでもっとも気分が良かった。
 一言で言うならば、心地よかった、だろうか。
「そう、きっとこれが本当の貴方なのね」
 イーリンの体質に合致した故残された微かな魔力。
 蝕む魔を払い、喰われた空へ苦難の分だけ活を授けし護りの因果。
 その癒やしは右目の炎を僅かに弱め、辛うじて『四』を保たせる。
「じゃあ、もういくわ」
 全てを来た時と同じに戻し。
 いや。
 日記のページを一部破いて。
 少しの埃を払って、部屋を後にする。

~~~

 記録は実に簡素であった。

 『初期情報と大幅な相違なし』

 故に彼女以外、持ち去られた紙束に刻まれた想いは知り得ない。

 ――かの者が我を凌駕したならば。我は死ねる。
 ――我がかの者を凌駕したならば。かの者は死に、そして蘇る。

 ――死ぬならば、せめて理想を超えた救いを求めよう。

 ――生きたならば、せめて混沌の枷を払ってやろう。
 ――例え新たな枷を背負わせるとしても。ほんの少し、立ち止まったとしても。
 ――奴はきっと立ち上がる。

 ――我が共に、奴の中の波が共に。並び立ち背負ってやれるのだから。
 ――己の背に世界を背負い、友を背負い、前を見続けてきた覚悟があるのだから。

「……重いのよ、まったく」


●かの音色は何か
 その日の天義は珍しく積もるほどの雪が降った翌日であった。
 鉄帝種故に、人間種の多い天義の人々が行き交う足跡よりも、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)のものは僅かに深く沈み込む。
「どうやら先に司書さんが調べに向かったようだし、この後には約束も控えている。あまり遅くならないようにしないとな」
 イズマが向かう先もまた、かの殺風景な家だった。

~~~

「ここか」
 整頓された家の中。埃もほとんど被っていない。
 イズマは音楽家であるため、楽譜と向き合うことは多い。
 流石に文字の読破について大幅なアドバンテージを持つとは言えずとも、紙をめくる心地よさや、紙面に書き込んでいく際の情熱には理解があるつもりであった。
(彼の理想は順序が違っていたが、あれは正攻法の限界に挫折させられた結果なのかもしれない)
 イズマはかの遂行者が放つ『改心』という言葉に強い引っかかりを感じていた。
 今にして思えば。
 チェイスの理想を突き詰めた場合、その者は見も知らぬ死者を想い、その上で救いを模索していく必要がある。
 しかも理論が全て是ならば、記録と記憶にある存在は永遠に遡って再誕できる、果ての無き道。
 それ故に、救いを負担と感じさせぬために。
 強い覚悟を必要とするための問いかけだったのだろうが。
(例えどんなに誇り高き理想であったとしても、砕けてしまえば意味がない。
 確かに貴方は強い信念を持っていたが、理想が成就した先に、本当にそれを保てたのであろうか)
 相手は護るに狂った魔の遣い。
 同じ土俵で考えること事態詮無きことかも知れないが。
 同じ理想を持ち戦いに臨んだ相手として。
 イズマは一定の敬意を払い、冷静に彼らの思想と向かい合う。
 護りの想いに、愛の想いに。
(願わくば、辛い戦いが無くなるように。無くならないなら俺が受け止められるように。
 道を違えて潰えた貴方や、救えなかった誰かの分まで戦えるように。
 強くなってみせるさ。もっと、もっと。)

 強き鋼たれ。
 彼を支え、時に幻想を纏う糧ともなる信条。
 けれどそれは、同様に弱き鋼が鋼としての役割を果たせない事を理解し、覚悟した上でこそ成り立つ思想だ。
 鋼は鍛えられる。
 間違いを教訓とし、想いを継ぎ。
 進んだ先で、試練に抗うのだ。



●肉屋なら狩『漁』くらい何のその……だよ! by『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
 幻想から海洋へ向かう途中。
 険しい山々と入り組んだ川の迷路を一度も間違えることなく進めばたどり着ける……それはそれは長く険しい道。
 そんな困難を乗り越えた先に、やっとのことでたどり着ける洞窟がある。
 洞窟の中は不思議な力に包まれており、未だ全容は解明されていないが。
 入口から地下方向へ向かえば、大海原から流れ込む水源と地層から湧き出る水源が交じり合い、湖となって広がったエリアがあった。
 多様な水質と外敵の少ない環境は、ここに新鮮で良質な資源を蓄える。
 そも、ここまでたどり着けるローグが数少ないという点を除いたとしてだ。
 何故この場所の資源は豊かなままでいられるのか。
「うおおーー!!」 ブオオーン
 それは洞窟からここまで至る道のりがあまりに過酷であり。
「てやーー!!」 ザババーン
 仮にたどり着いても、湖のある空間はいつも嵐が吹きすさび、人間なんてひとたまりもないからである。
 よしんば荒れ狂う湖に出航する強者がいたとしてもだ。
 そんな厳しい環境に耐え生きる命は逞しい。
「シャアアーーケ!」
「そうだよね、急にこの時期に狙われるようになって辛いよね……」
 小型船の上、30kgの体重を振りかざし捕食者へ噛みつかんと飛び掛かる巨大魚だが、黒色の盾に阻まれる。
「でもワタシはタンク。せめてキミが冠位色欲くらい強かったら違うのかも知れないけど……」
 船が荒波に揺れ。
 魚の黒目に、盾の塗装の内側に秘められた星の運河が反射する。
「それに負けられない理由があるからっ……!」
 まだゲヘナにも至っていない。
 捌かなきゃならない肉も魚もモンスターも予約も山積みで。
 そういえば世界の滅びも近いとかなんとか。
 取り敢えず、シャケなどに遅れを取ってはいられない。
 びちびち。
 それは敗者が足掻く音。
 ざしゅ。
 それは勝者が有益な素材を迎え入れる音。


●旅は道連れ世はなシャケ
「ふむ、どうやら少し早く着いてしまったかな」
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)の視線が捉えるは肉屋のゴラ。
 荷馬車から降りると、道中僅かに肩へ積もった雪の結晶を優しく払い身なりを整える。
 知人といえど取引相手である店主に失礼が無いよう態度に気を遣うのは、飲食店を経営し接客を行う者として当然の心得だ。
「あ、誰かそこにいますか? 居たらどうぞ……!」
「流石フラーゴラさん。感覚が鋭いね」
 開店までは些かの猶予があったが、招待を受けた以上遠慮する方が不躾といえよう。
 モカは忙しいであろう店主を気遣い、注意を損ねないように入店する。
「朝早くからすまない。注文した品を取りに来たよ」
「あっ、モカさん! いらっしゃいませー!」 ザシュ
「……ん?」 イクラヌキヌキ
「えっと、モカさんのお店の分の仕入れだよね?」 ズシャ
「ああ。有り難い事に当日は予定より多く来店頂けそうでね。追加で幾つか買い付けたいんだが、可能だろうか?」 シャアアー アッ、マダイキテタ。シブトイ
「大丈夫だよ! 牛豚鳥は多めに在庫があるし、今なら――」 ズドン
 下処理中だったフラーゴラは、食材のお頭を片手に笑顔を浮かべながら出迎える。
「シャケもあるよ!」
「なんやて肉屋!?」
 ……まぁあくまで心得。例外はありますよね。

~~~

「最近はシャケの予約も多いのか。シャイネンナハト用のメニューにも取り入れてみようかな」
「良いんじゃないかな! 折角来てくれてるし、サービスするよ!」
「それはありがたい。南国な私の領地では中々直接は採れない魚だ。提供すれば客も喜んでくれるだろう」
 最初は肉屋で魚を見て戸惑いを感じていたモカであったが、受け入れる事にした。
 それに店主はフラーゴラ。
 愛する人の美味しい食事の為に肉屋を一から始められるような強い女性。
 そんな人が滋養に良い牡蠣やウナギ、貝類や青魚に手を出さぬ方がおかしいというもの。
 一瞬だけ感じた頭痛は固定概念が砕ける衝撃であったと理解し、食材を荷馬車へ積み込む。
「この後もお店対応なのかな?」
「今日はモカさんの分が終わったらあとは配達……! 約束もあるからね……!」
「約束?」
 フラーゴラから、天義にて団欒の集いがあることを聞いたモカは興味をそそられた。
「……ほう。丁度私もフォン・ルーベルグ店が迎える初めての繁忙期。
 近々視察へ行きたいと思っていたんだ。良ければ同行していいかい?」
「もちろん!」
「ありがとう。では予定していた店への納入を終えたら、私もフラーゴラさんの分を手伝うとしよう」
 こうして二人で配達を行う事となり効率は倍増。
 予定よりも早い僅か数時間で、幻想近辺の飲食店には大量の肉や魚やらが届けられるのであった。


●初めてがいっぱい ~朝から昼~
 天義に陽が昇る。
 様々な世界の出身者が集まる混沌と言えど、多くの世界においても当たり前の自然現象として認識されてきた、一日の始まり。
「うぅ。昨日珍しく雪が降り積もったからかしら。流石に冷えるわね」
 天義北西部のとある神社へ向かい揺れる二つの耳と一つの尻尾。
 『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が両の手に息を吹きかける。
 彼女達『狐』は『稲荷神』の式神――彼女の世界で言うところの稲荷神によって操作されている端末の一つ――である。
 とはいえ、肉体構成そのものはいわゆる獣種に該当するため、普通に寒さは感じられ。
 主人の主義もあり魔法や特殊な技術によって制御された意思のない個体でもない。
 狐の一体一体はしっかりとした感情を持ち、相応に個性もある。
「お疲れ様。今朝の検査結果を貰えるかしら?」
 神社の入口でイナリを待っていた衛生業務を担当する『狐』は嬉しそうに駆け寄ると、直接情報を記載した紙を渡す。
(狂神は退けたとはいえ、彼女は一度天使の血を暴走させている。
 万が一を考慮して私達が汚染されないようにネットワークは断っているけれど……今日も問題なかったみたいね)
 イナリが懸念する存在『ベビオラ』。
 彼女は現状4~5歳程度の見た目の女の子だが僅か数ヶ月前まで赤ちゃんであり。
 腕力なども異常な数値が算出される存在であった事は、ここへ来ようとするほとんどの者が知っていた。
(各種検査結果は異常なし。身体データも……見た目相応か)
 しかしながら、昨今の状態は当初の危険予測のほとんどを不要としてしまう程に『マトモ』だ。
「データありがとうね。そろそろ早い人達が来る頃だと思うから、迎えに行ってもらえる?」
 狐は駆け足で丘を下っていく。
「このまま身体に問題がない状態を確認できたなら、日常生活を送るのは問題なさそうね。となれば後は社会復帰の為のプログラ……おっと、人間社会では教育って言うのよね」
 形式上生みの親である稲荷神は、己が生み出した狐達の事を子供として例えてはいたが。
 狐本来の性質はもっとシステマチック。
 大半の知識や技術は互いの情報を瞬時に共有し合えるため、その習熟速度は圧倒的だ。
 思想や情緒なんて、社会秩序を維持した上で生活する為に形上遵守して見せねばならぬもの、いわば運用に必要だからと導入されているOSレベル。
 わざわざ学ぼうとする必要がない故に。
 人間の一般的教育や保育の類いは習熟効率が悪い事この上ない。
(私達では難しいけれど、危険の可能性がゼロと言えない以上、信頼できる第三者以外に託すにはリスキーな一件なのよね)
 小さなため息。
 立場上自分達が巻き込んでしまった者達へ必要な救済は届けるが、狐達の組織である『杜』も慈善事業団体ではないのだ。
 それに『社』の脅威はほとんど身を潜めたとはいえ、杜の、イナリの戦いは続く。
 このまま預かり続けて何かの被害に遭わせてしまう訳にもいかない。
「はぁ。ま、今日は事件の関係者達が結構来てくれるようだし。
 教育やら身請けやら、その辺りの懸念事項は後ほど相談してみるとしましょうか」
 思慮と同時に確認したデータを記録し終えたイナリは、神社の建物内へと入っていく。
 客間として利用出来る程度の広さを持つ大部屋には、ベビオラと『ラティオラ』が待っていた。
「おはようございますイナリ様」
「おはよう。検査の結果は問題無かったから、今日は遊びに来てくれる皆と楽しんでね。但し無理は禁物よ。
 それから、私は少し片づけないといけない用事があるから、一旦ここを離れるわね」
 言い終わると同じか否か。
 イナリは囲炉裏の火にデータの書かれた紙をくべるのであった。

~~~

 狐に連れられ丘を登るのは『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)と『先駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)。
 大地の隣には、彼が司書を務める自由図書館の住人『アイリス』が居た。
「ねぇパパ? 私べビオラちゃんと仲良くなれるかな?」
「まぁ不思議な雰囲気に感じる事はあるかもしれないが、少なくとも悪い子ではない。
 アイリスなら大丈夫だろう」
「そう? やった♪」
 微笑みあう二人。
 背格好から年の離れた兄妹とも見えなくはないだろうが、こうもハッキリ名言されれば普通はこう思うだろう。
「いやー。まさか大地先輩が子持ちだったなんて驚きっす!」
「……は?」
「だってさっき下で自己紹介してくれた時も今も、パパって。証拠は充分っすよ」
「いや、待ってくれ! 確かに大切に想ってはいるが、これはその……べビオラと同じような……あ、渾名みたいなもので――!」
「じゃあパパじゃないっすか?」
「いや! パパはアイリスのパパなの!」
 大地の腕にしがみつくアイリス。
 なんと可愛らしい仕草か。
 少なくとも世の反抗期の娘を持つお父さんは羨ましさにハンカチを嚙みちぎりかねない威力だ。
「クックックッ。頑張れヨ、パパ」
「だからお前も他人事じゃないだろ!」
 一つの口から二つの口調。
 大地の中にいる『赤羽』はこの訪問が決まったときからこれまでずっとこの調子。
 あくまで大地の体感だが、赤羽が話している時の自分の顔は愉悦に浸っているような気がしていた。
「あっ、見えてきたっすね!」
 大地パパ論が白熱する中、丘を登り切った一行。
「べビオラちゃーん! 会いに来たっすよー! どこっすかー!?」
「あ、危ないですよウルズさん!」
 アイリスの静止も虚しく、この時をずっと待っていたと言わんばかりにウルズは駆け出していく。
 決して無視しようとする意図があった訳ではない。
 だがウルズからしてみれば、べビオラと会った最後の記憶は薄れゆく意識の中で『天使』として悲痛な叫びをあげ続けていた幼子の痛々しい姿。
 情報として無事だと聞いていようが、自身が掴み取った温もりを一秒でも早くその手で抱きたかったのだ。
 それは大人だからこそ。
 二度と笑い合えない大切な先輩達の旅立ちが続いたからこその。
 はやる気持ちだったのかも知れない。
「あ、うるマ――」
「べビオラちゃん! べビオラちゃんっ!!」
 むぎゅう。
 あの時にも匹敵するような、熱い抱擁。
「う、うる」
「ああウルズ様、べビオラが窒息してしまいます!」
「ああ!? べビオラちゃん、ごめんねー!」
 ラティオラの言葉に抱きしめる力を緩めると、べビオラと視線が合う。
「あれ、べビオラちゃ……ん?」
「ん、なに、うるママ?」
「その目……」
 かつて宝石とも、血の色とも例えられるような鮮やか朱色は消え失せ。
 代わりに左に緑を、右に紫の輝きを。
 まるでウルズの鏡合わせのように湛えていた。
「私も当時は意識を失っていたので、いつどうなったかは詳細は分かりませんが……」
「救出から日が経って、徐々に瞳の色が変わってきたらしいな」
 そこへ追いついた大地からの補足が入る。
「え、えええ!? マジっすか??」
「マジも何もないだろうガ。無理やり理屈をつけるなラ?
 腕から吸血した際に遺伝子情報を吸収したとかだろうガ……。
 同じ色なんダ。証拠は充分、だったカ?」
 二人をシャイネンナハトへ誘おうとした際、外出できない事情と共にその情報を聞いていたが黙っていた大地。
 当日のサプライズ程度の気持ちであったが、それがまさか綺麗なカウンターになって(赤羽から)帰るとは当然想定外。
 ウルズもべビオラを抱いたままその衝撃に体を震わせていた。
「あたし……本当にママになってたんすね」
「いや待て。その言い方は色々と聞こえが悪いんじゃないか?」
「そういえば大地様、そちらのお嬢様は……?」
「は、初めまして修道女様! 私、パパと一緒に住んでるアイリスと申します。これからよろしくお願いします!」
「まぁ、きちんとご挨拶ができて偉いですね」
 ラティオラもまた、丁寧にあいさつを返すと、そのまま大地へ笑顔を向ける。
「まさかお子様がいらっしゃったとは」
「すまないラティオラ。そのくだりはもう――」
「まぁこいつハ、結婚経験があるからなァ」
「おい!? お前この前は結婚してないのにって煽ってきたじゃないか!」
「一応したロ?」
「あれ魔獣の魂の残滓を鎮めるためで――」
「キスもしたけどなァ」
「え、パパ? キスしたことあるの!? 相手はママ?!」
 好奇心に目を光らせるアイリス。
 それをべビオラはじっと見つめていた。
「……ん、だいっちパパの子? ばねっちパパの子? ……子? あ、ティカっち――」
「べビオラァ! ばねっちはやめろって言ってるダロォ!?」
「パパは良いのかよ! というか全員一旦落ち着いてくれー!」
 ああ、これぞまさに混沌の日常であろうな。

~~~

「「「スヤァ……」」」
 すやぁ。眠っている状態を表す擬音。
 もっともこの場合は実際に発音しているので擬音という定義は誤りと思われる。by自由図書館司書。
「ふふっ。皆様よく寝ておられますね」
 ラティオラが大地の審査を受ける間、優しいまなざしを向ける先には布団で大の字に眠るウルズ。
 その両腕にはべビオラとアイリスが同じポーズで収まっている。
「午前中一杯体を使って遊んでたからナ。じゃんけん程度ならいいガ、ウルズの足と追いかけっこは中々シビアだろうニ」
「ですがどれも施設にいた頃には与えられなかった遊びです。アイリス様のような若い世代の方と交流ができたのも刺激になるでしょうし」
 もう何度目かも分からない御礼を述べる。
 けれどいつぶりだろう?
 悲しみも申し訳なさもいらない――心からのありがとうは。
 そしてそれは大地にも伝わったのだろう。
「辛かっただろうが、無事に乗り越えこうして生きているんだ。
 生きていれば、未来がある。だからこれからは足りない分の幸せを思い切り追い求めればいい」
 先ほどまでのいじられキャラが嘘のように。少しだけ首元を擦って。
「もしまた困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。
 俺達はもちろん、ウルズや他の仲間達も、きっと貴方達の力になる」
 真剣なまなざしと声色に対し、ラティオラは小さくうなずいた。


●初めてがいっぱい ~雪とおやつ~
「こうしてお姫様は、優しい動物達の力を借りて世界にいっぱいの花を咲かせたとさ。めでたしめでたし」
「ウルズさん、私ももう一度やってみたいです!」
「そうっすか? じゃあまたアイリスちゃんの番っすね」
 ウルズが読み聞かせていたのは、大地が贈り物として持ち込んできた絵本達。
 ほっこりするような絵柄とお話のものを選りすぐってある。
 そこへ、狐に案内された『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)と『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が合流する。
「あらみんな、お久しぶりね!」
「あの戦い以来ですね。お二人とも元気そうでよかったです」
「メリーノ先輩、シフォリィ先輩、来てくれたっすね!」
 二人の来訪をラティオラ達と同じくらい喜ぶウルズ。
 遂行者『ダラス』との苦い戦いの数々を共に乗り越えたからというのもあろうが。
 こうして広がる仲間達の輪が、べビオラのように零れ落ちかけた粒を救っていって。
 そして最後には、明るく楽しい日常へと結実していく。
 この喜びに、嘘が入る余地なんて微塵もないのだから。
「遅くなっちゃってごめんなさいねぇ。折角だから、何か珍しいものでもあげたいなぁと思ってたの」
 そういったメリーノは袋を掲げた。
「うふふ、ゴラちゃんのお店の特製ミートパイよぉ。とっても綺麗だったから買ってきちゃった。きっと美味しいわあ!」
「パイか。皆昼寝してて食事は後回しにしていたし、小腹を埋めるにはうってつけだな」
 大地はメリーノから袋を受け取り、温め直しと切り分けをするため建物の奥へと向かっていく。
「そういえば、ゴラ先輩はいないんすね?」
「パイを届けて貰った時にゴラちゃんの予定を聞いたら、今日は他にも配達が一杯で遅くなるって言ってたわぁ」
「お仕事は大事っすもんね。仕方ないっす」
「それよりウルズさん、ひとつ聞いても?」
「へ、なんすかシフォリィ先輩?」
「この雪の荒れ具合では、かけっこばかりでまだあれをしていないのではありませんか?」
「あれ?」
 シフォリィは地面の雪を救い上げる。
「折角なのです、季節柄の出る遊びを忘れてはいけませんよ!」
 という会話から始まる、体を使った運動第二弾。
 こうも都合よく質の良い雪が積もったのだ。
 ただ走って潰してしまってはもったいないとはシフォリィ談。
「よーし、今日はうるママ達がとことん遊んであげるからね!
 べビオラちゃん、アイリスちゃん、何からしたい?」
「んー、ゆき、なに?」
「雪は冬になるとたまにお空から降ってくる、冷たくて白いやつなの。そうですよね?」
「んー。難しいことは無視無視! まずはひたすら雪を触って、お友達になれば大丈夫」
 その様子はまるでウルズママとアイリス&ベビオラ姉妹。
 ママ役が姉役に伝えれば、姉役が妹役へ復唱する。
 これもイナリ風にいえば酷く効率の悪い伝言ゲームではあるが。
 自分なり相手の言葉をかみ砕き、さらに別の相手に伝えようとする行為は、コミュニケーションにおいてもっとも重要な下地のスキルとはいえまいか。
「三人とも、いい笑顔です」
 初めての雪の触れ合いを楽しむ3人を、シフォリィは持ち込んだ一眼レフカメラで撮影していく。
「シフォリィ様、それは?」
「これは私の秘密兵器です!」
 ドヤ顔――とまでとは言わずとも、シフォリィの自信に満ちた顔は朗らかで。
 これまで長きに渡り続いてきた天義での騒動の渦中では、中々浮かべる事が出来なかった表情だ。
「もっともある意味ではイナリさんの秘密兵器と言った方が正しいかも知れませんが」
 実はこのカメラはかつてイナリから購入したもの。
 正直に言いつつ少し照れ笑いを浮かべてしまう仕草はまさに可憐な乙女たる部分といえよう。
「これを使えば、写真というその時、その場所の風景を切り取って残せる優れモノなんですよ!」
「まぁ、そのようなものが」
「ラティオラさんは元々幻想種の方ですし、子供達を連れてある旅の中では路銀の余力も無かったでしょうから、知らなくて当然かも知れませんね」
 そういってシフォリィはシャッターを切る。
 パシャリという音に驚いたラティオラであるが、実際に借りて触ってみることで徐々にカメラという存在を認識できてきた。
「……ずっと考えていたんです。ラティ、ティオ、ライラの事を」
 三人の間をかける一瞬の沈黙。
 けれど、シフォリィは続ける。
「状況からいって、私達が到着した時には既に手遅れだったのだと思います。
 けれど、彼女達とラティオラさんを繋ぐ品は、手紙と石とブレスレットだけ」
 無いよりはマシだろう。
 けれどそれらの中には『顔』がない。
 忘れないと心に誓おうと、所詮曖昧な人間の記憶はどんどんと薄れていく。
「ですが、このカメラというものがあれば、写真の中でその時生きていたありのままの姿を残せます。
 もし今後ベビオラさんが成長した時、こんなに小さかったんだよ、と。
 こんなに沢山の人に愛されたんだよ、と。写真を通じて過去をより鮮明に振り返ることができるんです」
 雪遊びを楽しむ三人を見やるシフォリィ。
 少し背丈は違うが、少女が三人仲睦まじく楽しむ姿を見れば、こみ上げてくるものがある。
 それぞれに辛い経験を経て、再会し、一人が零れた。
 けれど雫は大切な友人の身に宿った。
 それはもう一人の友の想いを支えているようで。
 決着をつける決断をした自分すらも、応援してくれている気がして。
「失えば、普通はどんどん消えてしまいます。だから少しでも私達が覚えていてあげないと。
 そんな風に思うのです」
 ぱぁん。
 カメラを降ろし、再びラティオラへ視線を向けていたシフォリィの頭に、横方向の圧力が加わった雪が降り積もる。
「……ん?」
「あ、しふぉママ、当たった」
「おお、上手いっすベビオラちゃん!」
「痛いのは、めっ」
「確かにそうっすけど、ちゃんとルールを決めて、お互いが納得した上でやるのは遊び。
 パパが教えてくれた仲良しの延長っす!」
「ん。雪合戦、仲良し。覚えた」
「あー良い子っすねぇベビオラちゃん!」
 そんな会話を横耳に、シフォリィは白銀の髪から白い輝きを払い落とす。
「そうですね。納得していればいいでしょう。ぶつけていいのは、ぶつけられる覚悟のある方だけだと!」
 カメラをラティオラに預け、シフォリィもまた本格参戦。
 流石に子供を狙う訳にはいかないので、主にウルズがターゲットだ。
「なんだか面白い展開になったわぁ。シフォリィちゃん、ウルズちゃん、頑張ってねぇー!」
 まるで誰が子供か分からないようなお遊び。
 けれど誰もが笑顔で、シフォリィも病弱故に数少なかった彼女との外遊びを思い出していた。
「みんな元気ねぇ。あの戦いも、天義での戦いもそうだけれど。この間までとっても大きな戦いをしていたのが嘘みたいだわぁ」
「そう……ですね」
 数枚写真を撮りながら、ぽつり、ぽつりと。
 絞り出すようにしてラティオラが言葉を繋いでいく。
「メリーノ様ほどではなくとも、私も旅を通じ、修道女として人々の痛みを背負っていく中で、成長していたつもりでした」
 でもそれは間違いだった。
 いや、成長したとして、過大評価であった。
 痛ましい事件の当事者となり、大切な子供を失い、自身もまた命の危機を経験した。
 あの戦いで己の身体を駆け巡った漆黒。
 それがもたらす滅びの疑似体験。
 いくら検査で問題がないと言われようと、誰も他人の心を綺麗に掃除などしてくれない。
「……ラティオラちゃん」
 初めて会った時のように、手を繋ぐ。
「あなたが望むなら、私は夢を見せてあげられるわ」
「……メリーノさん」
 そう、これは彼女の意志を伝える言葉ではない。
 あくまで、私の求めを確認するための会話。
 それでも……この人は、優しいと思う。
「夢みたいな時間でも。ほんのちょっと。束の間でも」
 他者の命を平然と奪えようと。
 それが覚悟が決まった故か、迷いの道中なのかなんて分からないけど。
 そこに言葉通りの気持ちが無くったって。
「こういう時間を、ちゃんと、みんなで。誰かが悲しい気持ちになる時間が、少しでも短くあるように」
 私に温もりを感じてさせてくれるこの姿が、嬉しい。
「なぁんて。ラティオラちゃん。
 天義の街も世界も、これから色々変わっていくんだろうけれど、でも変わらないものもあるものね。
 だから二人は二人が信じるように生きていけばいいわ。意地悪言ってごめんなさいね」
 貴女は感じていなくたって、私は感じてしまった。
 強い女であろうとしたけれど。
 この人はきっと罪を背負ってくれる、と。
 この人はきっと真実を受け入れさせてくれる、と。
 例えそれが人から見れば強引に思えるような形でも。
 冷静だからこそ、目の前の出来事をただ見つめられるその壊れたような強さが、眩しい。
 これではどちらが修道女か分かったものではない。
「……分かりました」
 私は彼女についていくことは出来ない。
 感じた恩義を返すこともできないだろう。
 ああ、だからせめてと。
 何の意味もないと言われれば一切反論もできないような、この言葉を。
「ならば、せめて私は変わらずに祈ります。メリーノ様のこの先のご多幸を。
 ……どうかご無事で」
「ありがとう。嬉しいわぁ」
 二人の淑女の目線は、確かに交錯した。


●初めてがいっぱい ~パーティー~
 大地が戻ってきてからはミートパイを全員で分け合い、再び雪と戯れるベビオラとアイリス。
 ラティオラが写真を撮っていく中、イレギュラーズ達4人も加わり巨大な雪だるまを完成させる。
 ところがここで問題が起きた。
「まずいっすね。このサイズじゃ雪だるまの鼻に刺す人参が無いっす……」
 芸術作品にはよくあることだが、作ってから気づく過ちは以外と多いのである。
「遅くなっちゃってゴメンねー!」
 しかし、そこに救世主が現れる。
 その名はフラーゴラ。後方にはモカと、途中で合流したイズマが控えている。
「あ、ゴラちゃん先輩おそ――」
「ゴメンねウルズさん、ベビオラさんにこれから食べるシャケがどんなものか見せてあげようと思って1本現物持ってきたんだけど、途中で蘇生しちゃってぇ……」
「あーこれっす! シャケっす! 時代は人参じゃなくてシャケっすよ!」
「せやかて運び屋!」
「あー……これは俺も何か言わないとダメだろうか」
 強き鋼であろうと心がけているイズマ。
 昔ネコが関連した依頼でほのぼのとした空気が流れる中ですら、己の役目を全うした経験もある。
 だがしかし。
 ここに蔓延っているのは物理衝撃や芯の通った信念や精神のぶつかり合いではなく、カオスの協奏曲だ。
 端的にいって、彼が担当するには音楽の方向性が違っている。
「いえ、イズマさんはこのまま中へ入られるのが良いかと思いますよ」
 せめての救いは、シフォリィの苦笑いと。
「何故皆してこんな所で立ち止まっているの?」
 丁度姿を表わしたイナリの冷静な指摘だけであった。

~~~
 フラーゴラとモカによって持ち込まれた食材や調理器具、テーブル類によって、まるでキャンプ場のような様相を呈してきた神社。
 鳥居の近くには非常に青く尖った鼻をした雪だるまも鎮座しており、一体何を祀っているのだか。
 端から見れば混乱すること間違いなしだが、後々片付けることを条件にイナリから許可を得ているので安心だ。
 子供達の濡れた服の着替えをラティオラに任せ、大人達はその間に素早く料理を作り、並べていく。
「炊き込みご飯に、ムニエルに、ホイル焼き、マリネにがら汁に…シャケのフルコース! だよ!
 お好きなものを召し上がれ!」
「給仕は任せてくれ。料理を手伝ったのもあるが、これでも本職なんでね」

『いっただきまーす!』

 ほぼ全員で声を揃えて。
 そして始まる食事会。
 外で風景を見ながら頂くには少し風が冷たいものの。
 雪だるま作りと平行して用意した焚き火と、料理そのものの温もりのおかげで当人達はとても暖かさを感じていた。
「ベビオラちゃん、お魚さん食べてみる?」
「ん、食べたい」
「じゃあ今骨取っちゃうっすね」
「うふふ。これでは私の仕事はありませんね」
 甲斐甲斐しく世話を焼くウルズの姿に、ラティオラを始め皆に笑顔の花が咲く。
「あ」
「おっと」
 食事の途中、誤ってコップを倒しそうになるが、モカがそれを支えた。
「ごきげんようお嬢さん。美味しい食事を喜んでくれるのは嬉しいが、気を付けないといけないよ」
「ん。ありがとモカ……パパ? ママ?」
「はは、そうか。ベビオラちゃん、君の話はフラーゴラさんから聞いているよ。
 今は服も着込んでいるし分かりづらいかも知れないが、一応ママになる。よろしくね」

~~~

 赤ちゃんよりは大きいといえど、所詮は4~5歳程度。
 アイリスもギリギリ両の指で治まろうか。
 どちらにせよ、大人が多いイレギュラーズ達と比べれば満腹になるのは早い。
 それに加えてフラーゴラ達の多種多様な料理に全てを口をつけていくのだから、こうなるのは当然と言えよう。
 他のイレギュラーズ達が体内へシャケを取り込んでいく間、魔を繋ぐためにイズマが進み出る。
「さて。ベビオラさんの食事も落ち着いてきたようだし、良かった少し音楽にでも触れてみないか? そっちのお嬢さんも一緒に」
 イズマが持ち込んだのは小物打楽器セット。
 ピアノや弦楽器といった演奏前の学習が必要な楽器に比べ、こうしたタンバリンやホイッスルといったものは音を出すのが容易な分、子供受けをすると考えたためであった。
「まぁイズマ様。こんなに沢山……」
「いいんだラティオラさん。元々ここへ置いていくつもりで持ち込んだものだから」
「ほらアイリス、折角だからイズマに習っておいで」
「うん、パパ!」
 大地も実にパパらしい言葉で愛娘(仮)を送り出す。
「そうそう、そんな感じだ。最初は音を鳴らしてみるだけでいい。慣れてきたら自分の中でリズムを感じ取るんだ」
「リズムとは何でしょう?」
「うーん。説明するよりやってみた方が早いか」
 アイリスの疑問へ答えるべく、イズマは流行りの曲のドラムパートをタンバリンで奏でてみせる。
「あー、聞いた事あります!」
「ん、ベビ、ない」
「ベビオラさんはずっとあの施設にいたのだろう? なら仕方ないさ。
 これから沢山の音楽に出会い、感動し、その心を創り上げていけばいい。
 音楽は、そんな希望の未来へのおまじないさ」
「ん、おとパパ、らしい」
「そういえば、何で俺はおとパパなんだ?」
「イズパパはもう居るから。お顔、覚えてないけど」
「そ、そうか」
 ふと。可能性の一つが過ぎる。
 ベビオラはダラスが天義の孤児院から回収しようとしていたという。
 天使を直接従える勢力が社だったとはいえ、遂行者側の認識の範囲内に居たということだ。
(もしかして、彼に会っていたのだろうか)
 脳裏を過ぎる、同じ名を持つ遂行者。
 それに釣られるようにして、チェイスを始めとした沢山の敵達が走馬灯のように浮かんでは消えていく。
(天義の戦いは本当に大変だったな。更なる戦いの予感は強く感じるが、だからこそ、今ある日常を大事にしないとな)
 雑念を振り払うような、楽しげな音楽を奏でる。
 それに面白そうに聞き入り、手元の楽器を真似して演奏しようとする姿を見て、イズマは守れた命が多くあった事を実感した。

●初めてがいっぱい ~またいつか~
 食事会が終わり片付けを済ませた一行。
 明日からはまた、いつもの日常が始まる。
 平和も、戦いも、そこにある。
 可能性を賭けて挑んでいく日々が。
「宜しければ皆さん、私に写真を撮らせては頂けませんか?」
 後は雪だるまを壊せば終わりと言う折、ラティオラが言う。
「でもそれじゃラティオラさんが入れないっす」
「私はこの先もベビオラと一緒に居られます。けれど、お忙しい皆様がこうして集まれる機会は。
 ベビオラと一度に会って下さる機会は、きっと少ないでしょうから」
 彼女の言葉に納得したウルズ。
 その後一行は、雪だるまをバックにカメラに入る配置を探っていく。
 待ち時間の間、ウルズの腕の中で手持ち無沙汰にしているベビオラの隣へ、フラーゴラがしゃがみ込む。
「はいベビオラさん! プレゼントだよ……!」
「ん……? これ、ふらママ?」
「そう! ゴラぐるみだぞー。ゴラゴラ~っ、ふわふわーっ」
「あらベビちゃん。ぬいぐるみもらったの? かわいいわねぇ」
「良かったね~ベビオラちゃん!」
 むぎゅう。
 朝とは違うバックハグ。
 けれど今度は、優しい。
「ウルズさんよかったねぇ」
 仲睦まじい姿に、あの時最後まで共に希望を信じたフラーゴラは笑みを浮かべた。
「ん。嬉しい。でも」
「でも? 何すか?」
「これで最後、寂しい」
「ふふっ」
 笑みがこぼれたウルズは、ベビオラの腕を取った。
「確かにうるママ達はものすごーく忙しくなっちゃうから、すぐには来れないけど」
 手を開かせ、小さな小指を、大きな小指で掬い上げる。
「らてぃママの言うことを聞いて、良い子にして、みーんなと仲良くしてくれたら、また絶対、遊びに来るからね」
 後輩ではなく、人生の先輩(ママ)として。
「うるママと、皆との約束ね!」
 本日最後の講義は、『指切りげんまん』。


●幕間
 ベビオラにとって、この日は忘れられない一日になるだろう。
 なにせあまりに初めての事が多すぎた。
 こんなに幸せな時間は初めてで。
 こんなに仲良しがいっぱいな時間は楽しくて。
 けれど、イレギュラーズ達はそうも言っていられない。
「皆、今回は社が起こした問題に対する協力をありがとう」
 改めて杜の代表として、イナリが礼を述べる。
「実は朝から隠れて皆と遊ぶ彼女達を目視検査させて貰ったわ。数値上では問題無かったから」
 数値上では。
 その言葉に一行の中にはダラスが散ったあの事件を思い出す者も多かった。
「あと数日は杜で預かるけど、対応完了事案として、話がついたらローレットに今後の対応を一任するわ。
 彼女達が今後どうなるかは、これでまた分からなくなるけれど」
 けれど。
「何にせよ、この混沌から脅威を排除すればいいだけの話よね」
 イナリの言葉に、各々は改めて気を引き締める。
 シャイネンナハトが訪れて。
 年が明ければ、また決戦が始まる。
 そんな予感が、誰の胸にもあった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ※納品が1日遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 ※当初はPC毎のオムニバスのような形式を想定していたのですが、参加者とプレイング内容を加味し、OP公開時とリプレイ執筆方針を変更しております。
 前半はチェイス関連、後半はラティオラ&ベビオラ関連となっております。
 前半と後半で、普段のリプレイ通りプレイングを出来るだけ全採用する形で書きました。
 そのため事前に定義したPC毎の文字数調整ではなく、前半と後半で文字数を管理しています。
(後半パートが複数人がほぼ常に絡む形のため、個別の文字数算出が非常に困難という理由もございます。ご了承下さい)


 冒険お疲れ様でした!

 気づけばpnkの天義編アフターみたいになっておりましたが、お楽しみ頂けたでしょうか?

 一番最初、ほぼ本シリーズにてまともなGM活動に復帰したこちらの想定では。
 チェイスはもっと尊大で拳至上主義でした。
 ダラスはもうひと越え陰湿でいやらしいやつでした。
 そして。ベビオラはそもそも想定すらしておりませんでした。

 遂行者達に理想と正義を冠題としたシナリオを任せられるほどには主義主張が生まれたのも。
 ラティオラが狂気に走らず、誰かの母親になる決心がついたのも。
 このシナリオが描かれることになったのも。
 全て破天曲折シリーズにご参加下さった皆様のおかげです。
 ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。

 平和な時間は束の間です。
 打ち破った理想に現実の愛おしさを伝えるため。
 ねじ伏せた正義に守り抜いた命の価値を示すため。
 この先に進まれる皆様の無事を、心よりお祈りしております。

 ここからはいよいよ、終焉の幕が開けます。
 (納品日的にはもうかなり動き出してしまっておりますが)
 どうか後悔のないように。

 それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
 ご参加ありがとうございました!

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