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シナリオ詳細

<神の王国>もう一度、君に会えたら

完了

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 遠く朧気な断片が、水の中に揺蕩う泡の如く浮上する。
 ごぽりと音を成す気泡が、耳の奥で響いていた。
 絶え間なく続く痛みと息苦しさにパーセヴァル・ド・グランヴィルは歯を食いしばる。
「貴様は往生際が悪いな」
 耳元で響いた声を振りほどくようにパーセヴァルは身体を捻った。
 其処には剣の聖遺物の姿がある。
 暗闇に薄らと光るそれは、いっそ美しくあった。
 この四年間幾度となく睨み付けていたものだ。
 目の前の聖遺物こそ、パーセヴァルを死に至らしめた元凶。
 今となっては遂行者と呼ばれる剣だった。
「自分の身を動かす事すら、もはや出来ぬというのに、まだ抗い続けるか」
「諦めの悪さは、お前がよく知っているだろう」
 四年間、肉体が滅びようとも抗い続けたのだ。
 パーセヴァルの精神力の強さは聖遺物が身を以て理解していた。
「だが、もう見ていることしか出来ないだろう。存分に苦しむがいい。そうだ、貴様に取っておきのプレゼントをやろう。貴様が大切にしていた『家族』だ」
「何を……、まさか、お前!」
 パーセヴァルは自分の腕が勝手に上がるのを感じる。
 もう、身体の主導権は聖遺物へと移っていた。

 指先に魔力が集まり、やがて円形の魔法陣が形成される。
 それはゆっくりと回転し、解けた光の中から人の形を生み出した。
 集束した光の中から現れたのは『メレイア・ド・グランヴィル』だった。
「これは、致命者だ。よく出来ているだろう」
「やめろ」
「ほら、娘も作ってやろう。弟も居るのだったか」
「やめろ!!」
 パーセヴァルが叫び声を上げるも、次々と光の中から『致命者』が生み出される。

「おとうさま! おかあさま! きょうはこうえんにいきましょ?」

 幼い声を響かせた小さなティナリスはパーセヴァルとメレイアの手を握った。
「まあ、ティナリスはあの公園が好きね」
「うん! だってね、おとうさまとおかあさまがいれば、さむくないもの!」
 両親の手を握った小さなティナリスはぐいぐいと嬉しそうに前へと進む。
 それはパーセヴァルの記憶の中にある、ティナリスとメレイアであった。
 幸せであった頃の、思い出。
 幾度となく繰り返した夢のような日々を噛みしめるパーセヴァル。
 痛みと苦しみが泥沼のようにパーセヴァルを覆った。

 ――ティナリス、頼むぞ。必ず、私を討ってくれ……


 アーデルハイト神学校に警告の鐘が鳴り響く。
 神学校という場所柄、結界が張り巡らされているけれど、それが大規模な警告音を発するのは四年前の大戦の時以来だった。
 生徒会長であるリリア・アリアーヌは唯ならぬ気配に生徒会室を飛び出す。
 直ぐさま跳躍し校舎の上に登ったリリアは第二聖堂に黒い膜が張られているのを見つけた。
「あれは……帳!?」
 天義国を震撼させている遂行者の降ろす帳がこのアーデルハイト神学校にも広がっている。
「……っ」
 竦んでしまいそうになる足をどうにか動かして、リリアは教員の元へと走った。
 すぐさま生徒たちを避難させなければ、人的被害が出てしまうことは容易に想像できる。
 怯えている生徒達に呼びかけ続けたリリアは、足を止めること無く走り続けた。

「他にも逃げ遅れた人が居るかも急がなきゃ! あ……、あれは!」
 リリアは正門から走り込んでくる人影に目を輝かせる。
『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)とロレッタ・ディ・バレスの姿を見つけたのだ。
「リリア!」
「ティナリスちゃん! ロレッタちゃん!」
 久し振りの友人達との再開に嬉しさがこみ上げる。されど、今は緊急事態である。
 リリアは手短に状況をティナリスたちグランヴィル小隊へと伝えた。
「第二聖堂に帳がおりてるわ」
 説明を聞く間にも正門から逃げ出す生徒達をグランヴィル小隊の隊員が誘導する。
「分かったわ。じきにローレットの人達も来てくれる。だから、大丈夫よリリア」
 肩をぽんと叩いたティナリスとロレッタにリリアは安心したように涙を浮かべた。

「ケルルちゃん!」
「スティアちゃん、来てくれたんだね」
 正門から駆け込んできたのはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だ。
 ケルル・オリオールたちグランヴィル小隊に続き、ローレットにも連絡が回ったのだろう。
「現在の避難状況は分かるか?」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はリリアとティナリスを交互に見つめる。
 走り回っていたリリアは全体の避難状況を把握していなかった。
「えっと……」
「第一聖堂と、校舎の方は大丈夫そうだよ」
 リリアに助け船を出す用にグレイはベネディクトへ頷く。
「そうか、ありがとう。では、帳が広がった場合、どの辺りが危険なのか教えてくれ」
「隣の、大講堂と研究棟は危ないかもね」
 グレイはベネディクトへと報告をしながら、スティアの隣に居た小金井・正純(p3p008000)へと小さく手をふった。
「であれば、大講堂と研究棟へはグランヴィル小隊の方達へ向かって貰いましょう。さすがに学生を危険に晒すわけにはいきませんよ」
 正純の言葉にリリアは「よろしくお願いします!」と元気よく応える。

「ティナリス……」
 聞き覚えのある声に振り向いたティナリスは目を見開いた。
「叔父様!? どうしてここに!?」
 ティナリスの叔父であるセオドリック・ド・グランヴィルは険しい顔で歩いて来る。
 その後ろには傍流であるエセルバート家の従者が付き従っていた。
「この剣を渡しにな……」
 手にした繊細な装飾が施された剣をセオドリックはティナリスへと差し出す。
「……これは」
「ああ、グランヴィル家に伝わる聖剣『ランジール』だ。これはグランヴィル当主に受け継がれるものだ。今回は特別に『貸し』与える。必ず、返すように」
 聖剣を受け取ったティナリスはセオドリックの瞳を確りと見つめ「はい」と頷いた。
「兄さんを任せたぞ、ティナリス」
「はい!」

「ロニ君、少しいいだろうか? ライアン君も」
「はい……」
 セオドリックに呼ばれたライアンと『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)は緊張した面持ちで彼の前に立った。アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はその様子を遠目から見守る。
「以前の戦いの報告書を読ませて貰った。君は兄の死因が自分にあるのだと思っているようだね」
「……!」
 図星を付かれたロニは唇を噛み、ゆっくりと頷いた。
 自分が持たされていた聖遺物の剣が、パーセヴァルの命を奪ったことは事実だった。
 四年前の大戦時はアストリア配下の聖銃士だったロニは敵としてグランヴィル小隊と戦っていたのだ。
 戦いの最中で瀕死の重傷を負ったロニを幼馴染みであるライアンが助けた。その直後に、パーセヴァルに見つかったのだが、彼はロニを敵とはみなさず直ぐさま救助するように指示したのだ。
 されど、現在の遂行者となった聖遺物にパーセヴァルは殺されてしまった。
「もし、君が兄に報いるため、ティナリスの危機に命を賭すと考えているなら、今すぐにやめなさい。何の為に兄が君の命を救ったのか考えなさい」



 同じようなことをライアンがいくら言っても響かなかったもの。
 生かされた命を無為に投げ出すことは許されないと、何度も説いた。
 ライアンはロニに生きていて欲しいと願っていたのだから。

 ロニにとって、パーセヴァルの家族であるセオドリックから受ける言葉は重みがあった。
 やはり、ティナリスの為に命を投げ出すのは自分を納得させるための『傲慢』でしかないとロニは思い知らされたのだ。
「はい……」
 ティナリスへの負い目は消えない。
 けれど、命を賭す以外で返せることを見つけなければならないだろう。

 凜々しく敬礼をしたロニの背を見送りながら、セオドリックは溜息を吐く。
 その肩にそっと手を置くのはジャレッド・エセルバートだ。片側を振り向けばフェネリー・エセルバートも朗らかな笑みを零していた。
「若人に道を示すのも気を使うな、当主様」
「お前ぐらい大雑把だったら何も気を使わなくてすむのにな」
「セオドリック、ジャレッドはこう見えて繊細なんだよ?」
「おい、フェネリー、余計な事言うな」
 くすりと笑い合った三人は、周りの景色に懐かしさを覚える。



 アーデルハイト神学校で笑い合った日々が、次々と脳裏に浮かんでは消えた。
 戻れない青い記憶に唇を噛みしめる。
「フェネリー、ジャレッド」
「はい」
「ティナリスを守れ、その命に代えても」
 ロニへ命を賭すなと言った口で、二人へ命令を下す。友人としてではなく、主として。
 それが、グランヴィル家当主の代理としてセオドリックが存在する意義。
「仰せのままに、マイロード」

 ――――
 ――

「避難誘導はセオドリック殿やグランヴィル小隊の隊員に任せるのはいいとして、問題は帳の中だね」
 ヴェルグリーズ(p3p008566)はグレイが齎した情報を元に、パーセヴァルを如何に倒せるかを練っていた。
 遂行者となったグドルフ・ボイデルが寄越した手紙をリゴール・モルトン(p3p011316)は握り締める。
 ツロが冠位ルストであること、この帳は今までとは訳が違うということ。
「パーセヴァルは不死身になったということでしょうか」
「リゴール君、その推測は半分当たっていて、半分外れだ」
「レプロ……」
「おっと、私のことは今はいい。それよりもパーセヴァルの事についてだろう?」
 名を呼ぶことを遮るようにサングラスを掛けフードを被った男がリゴールの前に歩み寄る。
 チック・シュテル(p3p000932)は男が以前戦ったレプロブスだと感づいた。
 されど、その事は一旦口を噤み、男の話に耳を傾ける。
「パーセヴァルを不死身たらしめているのは『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』と呼ばれるものだろう。これはルストによる『盟約』の縛りそのものだ。神の国内部で『神霊の淵』を有する遂行者は死なず強力な力を有するのだ」
 レプロブスの言葉にメイ(p3p010703)はこてりと首を傾げる。
「それは、とても強いということですかね?」
「そうだな。有り得ないぐらい強い。だが、どんな強大な力でも脆い箇所はあるものだ。特に『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』は謂わば『物』である。そして、パーセヴァルの場合強靱過ぎる精神故に、同化が遅れていた。隠れ蓑が用意できなかったということだ」
「つまり、本体が弱点そのものということですか?」
 レプロブスはリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の問いに「ご明察だ」と返す。

「お前達が戦い抜き、剣そのものを破壊すれば、パーセヴァルも消える」

「なるほど。分かりやすくていいですね」
 後ろで大人しく話しを聞いていたトール=アシェンプテル(p3p010816)は拳を握った。
「はい。ティナリス様のためにも、パーセヴァル様の為にも、必ず壊しましょう」
 ニル(p3p009185)は銀色の瞳を上げて頷いた。


 帳の前に立ったティナリスは深呼吸をして仲間へと振り返る。
 其処には凜々しく隊を率いる指揮官の少女が居た。

「私は、父が大好きでした。母も大好きでした。
 誰かの為にその身を投げ打ち、亡くなった両親を尊敬しています。
 二人は多くの命を救いました。沢山の笑顔を繋いだのです。
 だから、私も二人のようになりたい。この身は誰かを守る為の剣なのだから。
 でも、私は弱いんです。
 嘆いているわけではありません。
 己の力量を把握した上で、まだ足りないと認識しています。
 何故なら、私達が立ち向かうのは、父を取り込んだ遂行者だからです。
 だから、一緒に戦って欲しいのです。
 貴方達が居れば遂行者を倒す事ができると信じています。
 そして全てが終わったら……少しだけ胸を貸していただけますか? ほんの少しだけ……」

 青い瞳を揺らしたティナリスへジルーシャ・グレイ(p3p002246)は目を細める。
「もちろんよ! 一緒に戦うわ! その為にアタシ達は此処にいるんだから」
「ええ、幾らでも頼って下さいませ」
 ティナリスの手を取った水天宮 妙見子(p3p010644)は細い指先を少女の頬に添えた。
「私達が傍に居ます。だから、無理は禁物ですよ」
 妙見子の言葉にティナリスは「はい」と頷き、頬に添えられた手を握る。

「この戦いが終わったら……また一緒に遊びに行きたいですね」



 ティナリスはいつかの散歩を思い出していた。
 雪降る朝の公園は寒くて冷たくて。
 どうしようもなく、寂しくて。頬に伝う雫はすぐに熱をなくしてしまった。
 だからこそ、父と母の温もりを思い出してしまう。
 二人の手は温かかった。
「さあ、行きましょう!」

 大好きな両親を、静かに眠らせてあげられるように――


GMコメント

 もみじです。パーセヴァルとの決着を着けましょう!

●目的
・遂行者および神霊の淵の破壊

●ロケーション
 天義国、アーデルハイト神学校に降りた帳の中です。
 ティナリスやロニ、パーセヴァルやセオドリック、グランヴィル小隊、レプロブス達が学生時代を送った学校です。一人一人に思い出があるでしょう。
 戦闘が長引くほど、帳が広がりアーデルハイト神学校を覆うでしょう。
 アーデルハイト神学校は現在、生徒会や職員、グランヴィル小隊の誘導のもと避難が行われています。

 第二聖堂が戦場となります。
 光差すステンドグラスが美しい聖堂です。
 パーセヴァルのお気に入りの場所でした。

●敵
○『蔦剣の騎士』パーセヴァル・ド・グランヴィル
 ティナリスの父親でグランヴィル小隊の元隊長です。
 四年前の大戦で命を落しました。
 現在は『剣の聖遺物』の依代にされています。
 生命としては四年前に死亡しています。
 残留思念となったあとも聖遺物との融合を拒み、強大な精神力で抗い続けていました。
 しかし、とうとう自我や記憶を保てなくなりました。
 現在は聖遺物が主導権を握っています。

 生前の情報を元に剣で戦い、神聖魔術を使うことが予測されています。
 かなりの強敵であるでしょう。

○『致命者』メレイア・ド・グランヴィル
 ティナリスの母親の姿をした致命者です。
 パーセヴァルの記憶から再現させられています。
 幸せそうに、パーセヴァルの傍で微笑んでいます。
 回復を行います。
 簡単に死にますが、すぐ何処からともなく現れます。

○『致命者』ティナリス・ド・グランヴィル
 幼いティナリスです。
 パーセヴァルの記憶から再現させられています。
 幸せそうに、メレイアとパーセヴァルの傍で遊んでいます。
「おとうさまと、おかあさまをいじめないで!」と果敢に立ち向かってきます。
 簡単に死にますが、すぐ何処からともなく現れます。

○『致命者』セオドリック・ド・グランヴィル
 ティナリスの叔父です。
 パーセヴァルの記憶から再現させられています。
 アーデルハイト神学校に通っていたぐらいの若い年齢です。
 苦労性で、眉間に皺を寄せているのは変わりません。
 馬鹿みたいに笑い合った友人たちとの、思い出の中で止まったままの姿です。
 神聖魔術と剣術をそれなりに使います。
 死にますが、すぐ何処からともなく現れます。

●『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』
 パーセヴァルが手にしている聖遺物の剣そのものです。
 ルストによる『盟約』の縛りそのものであり、神の国内部で『神霊の淵』を有する遂行者は死なず、通常の魔種よりも強力な力を有し、聖遺物を使用出来る状態になって居ます。
 この剣を壊さない限り、パーセヴァルは死にません。

●NPC
○『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
 天義貴族グランヴィル家の娘であり、神学校を主席入学し、主席のまま飛び級で卒業した才媛。
 当時の学園最強の剣士にして、学園最優の神聖魔術師であり、勉学のトップでした。
 自分の身は自分で守れる程度の実力があります。
 性格はとても真面目です。些か真面目すぎる所があります。

 イレギュラーズと共に戦います。
 剣技と神聖魔術を使う前衛よりのオールラウンダーです。
 パーセヴァルとの約束を果たすために戦います。
 セオドリックに託された剣を持って戦います。

○『星の弾丸』ロニ・スタークラフト(p3n000317)
 聖都の騎士団グランヴィル小隊に所属する聖騎士。
 元々はアストリアの部下の聖銃士でした。
 年下(未成年)に見られることが多いがこれでも25歳を過ぎている。童顔。
 ティナリスより年上で先輩だが立場上は部下である。

 イレギュラーズと共に戦います。後衛からの射撃を得意とします。
 パーセヴァルの死因は自分にあると自責の念をずっと抱いていました。

○レプロブス=レヴニール
 サングラスにフードを被った痩せぎすの男です。
 心優しかったレプロブスが狂ってしまったのは故郷を旅人に襲撃され、アランさえも死んでしまったからなのかもしれません。
 しかし、前回の戦いで己の過ちに気付きました。
 そして、リゴールからアランが生きているのだと教えられました。
 遂行者になってしまったアランに自分はどうすべきかを思い悩んでいます。

 今回は味方として、リゴールの傍に居ます。
 戦闘能力は毒を使った広範囲の攻撃と転じて本来の能力である薬を使った回復を行います。
(ネクロマンシーは準備不足のため使用不能です)

○グランヴィル小隊の仲間
 ティナリスが所属する騎士団の仲間達です。
 パーセヴァルと面識があるメンバーは帳の中へ入ることが出来るようです。
 連携を取り戦術的に動きます。
・ライアン・ロブルス
・ケルル・オリオール
・ニコラ・マイルズ
・ジュリア・フォン・クレヴァンス

○エセルバート家
 グランヴィル家当主代理であるティナリスの叔父セオドリックからの命令を受けて
 傍流エセルバート家から数名がティナリスの護衛につきます。
 パーセヴァルと面識があるため、彼らも呼ばれるかたちとなっています。
・フェネリー・エセルバート
・ジャレッド・エセルバート

 上記以外のイレギュラーズでは無い関係者は魂への侵食があるため戦場に来ることが出来ません。

○避難誘導
 彼らは帳の外で避難誘導、情報伝達をしています。
・セオドリック・ド・グランヴィル(本物)
・グレイ
・ロレッタ・ディ・バレス
・リリア・アリアーヌ
・他のグランヴィル小隊

  • <神の王国>もう一度、君に会えたら完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時05分
  • 参加人数15/15人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(15人)

チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
リゴール・モルトン(p3p011316)
司祭

サポートNPC一覧(2人)

ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
青の尖晶
ロニ・スタークラフト(p3n000317)
星の弾丸

リプレイ


 柔らかな空の色が禍々しい黒へ塗りつぶされる。
 アーデルハイト神学校の第二聖堂を覆うように広がった帳を見つめ『夜明けを告げる鐘の音』チック・シュテル(p3p000932)は眉を寄せた。
「ティナリス達のいた学校にも、広がる……してるなんて。このままじゃ、皆が危ない」
 この学校には幼稚舎から研究員に至るまで幅広い年齢の学徒が集まっている。
 順次避難しているとはいえ、このまま帳が広がれば被害は大規模なものになるだろう。
「……それに、パーセヴァルやティナリスの大切な思い出を。こんな風に利用……するなんて」
 記憶を読み取り、親子を傷つけるための致命者を生み出す。それが『神霊の淵』の策略なのだろう。
「……彼の意志に、添う為に。終わらせなくちゃ、だね」
 チックの言葉に『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)も頷く。
 帳の中に見える聖堂は美しい色彩であるのだろう。黒く覆われた帳の外からでさえ、その華麗な意匠が見て取れる。この場所はきっとパーセヴァルの大切な場所なのだ。
 それを辛い記憶で塗りつぶしてなるものかとジルーシャは『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)の肩を優しく叩く。
「行きましょう、ティナちゃん。約束を果たしに――パーセヴァルが、安心して眠れるように」
「はい!」
 ティナリスの凜とした声を聞いた『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は目を瞠る。
 初めて会った時と比べるとティナリスの顔つきが変わっていたからだ。
 乗り越えた者だけが持つ強さをその瞳の奥に秘めている。
「『想い』はときに、とても強い力を興すのですよ」
 メイはティナリスの隣に立ち確りと頷いた。
「お父様を開放し、神霊の淵を破壊し、帳を打ち破ること。どれも簡単なことではありません、が。
 メイ達がいっしょです。想いの力をもって、成し遂げましょうなのです!」
 ジルーシャやメイの励ましが何と心強く感じたことだろう。
「今日は本当に多くの因縁が決着する日になるだろうね、それだけ多くの別れも訪れるだろう」
『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は黒い帳を見上げ此から起る結実の道筋に思い馳せる。
 ヴェルグリーズという『剣』が願うのがただ一つ。
「全ての別れに祝福を、そして良き未来が訪れんことを……」
 その為にもまずこの戦いを乗り越えなければならないだろう。
「さぁ、彼が待っている。約束を果たしに行こう」
「行きましょう!」
 帳の中へとティナリス達は足を踏み入れる。
 其処に見えて来たのは、小さな子供の姿とそれを見守る男女。
「パパ! ママ! ステンドグラスってとってもきれいなのね!」
 手を上に上げて落ちてくる光の粒子に目を細める幼子。幸せそうな家族の一幕だろう。
 父と母に抱き留められる幼子は、屈託の無い笑顔で笑っていた。
 それは『ティナリス』にとっての『理想郷』でもあっただろう。
 息を飲む少女の手を『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)は握り締める。
 本来であればティナリスは父や母、沢山の人に囲まれて幸せに過ごしたかったはずなのだ。
 だからこそこのような幻影を見せるなど、何処までも許し難いと妙見子は怒りを募らせる。
 実の父親を討たなければならない。きっとその葛藤は計り知れなかったことだろう。
「大丈夫。ティナリス様、私たちがついておりますから」
「妙見子さん……」
 挫けそうになったら自分達の名前を呼んでいいと妙見子はティナリスを励ます。
「貴女は思いっきり戦ってきてください。お父様ともう一度話してきてください。貴女の痛みは私達も請け負います」
 挫けないと心に強く思っていても、感情が揺らがないなんてことはない。
 そんなときには仲間がいることを忘れないで欲しいと妙見子は紡いだ。

『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は聖堂の中ではしゃぐ幼いティナリスを見つめ息を吐く。
「致命者……とは。まだ生きている人を作り出す事も出来るのですね」
 記憶か、或いは記録から作り出しているのだろう。度し難い程に悪趣味だとリースリットは眉を寄せる。
 こうも考えられる。ティナリスやパーセヴァル、その関係者への精神攻撃だとみれば、非常に効果的であるのは否定出来ないと。実際にティナリスは少なからず動揺している様子であった。
「過去の残滓を永遠に繰り返すだけの世界……こんなものが理想郷なものか……」
 死んでしまった教え子達の『幻影』を見遣り『司祭』リゴール・モルトン(p3p011316)は首を振る。
 この場には停滞しかなく、何処にも進めぬ未練だけがあった。
「パーセヴァル、君にもう一度……」
 平穏と安寧を。そう祈るリゴールの隣にはレプロブス=レヴニールの姿がある。
「レプロブス、無理はするなよ……まだ以前の戦いの傷も残っているだろう。もう私に……友との別れをさせないでくれ」
「同感だよ。リゴール……だから、此処に居るのだよ」
 二人が思い描いたのは、この学校で共に学んだ『親友』の顔だろうか。
「では、回復と支援を頼む。くれぐれも無茶はするな」
「ああ……分かっているさ」
 そんな二人のやり取りを見つめ、チックは安堵の表情を浮かべる。
 此まで戦って来たレプロブスが今回味方となってくれるのだ。
「今回一緒に戦う……出来て、嬉しく思う」
 傷も癒えぬまま戦場に立つことは危ういだろう。
 けれど、リゴールの傍で共に戦ってくれるという意思がチックは嬉しかったのだ。

『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)は青い瞳で『蔦剣の騎士』パーセヴァル・ド・グランヴィルを見つめる。その手には仄かに光る聖剣が掲げられていた。
 此までに純粋な願いを抱えた、心情的には理解できない訳でも無い遂行者はいた。
 ルチアはそういった遂行者に出会っている。けれど、こんな場所や致命者を作り出す聖遺物を見ると、やはり彼らと自分達の世界は相容れないのだと再認識してしまう。
「……あの剣を壊して、気高き騎士を解き放ちましょう」
「パーセヴァルさんはティナリスさんに想いを託した。であれば、それをサポートしてあげるのが先輩である私の役目だよね」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の声に頷くのはケルル・オリオールだ。
「ケルルちゃんも準備は良いかな? ティナリスちゃんの力になれるように頑張らないとね」
 大戦斧を握るケルルは何処か戦いを躊躇っているようにも見えた。彼女が握るその斧は聖遺物であり、心優しいケルルを戦闘狂へと変えてしまう。だからこそ戦うことを躊躇ってしまう。大切な人たちを傷つけてしまうのではないかという懸念は拭えないからだ。
「もし何かあっても私がいるから……心配しなくても大丈夫だよ!」
「うん。ありがとう、スティアちゃん」
 スティアの言葉は何よりも心強かった。何度も彼女と共闘したからこそ、スティアの強さを知っている。彼女なら自分が暴走しても止めてくれると安心できる。
「さて……」
 金の瞳で周囲を見渡した『ただの女』小金井・正純(p3p008000)は状況を把握しようと努めていた。
 薔薇庭園で『お茶会』をしている間に色々と進展があったようだ。
 敵として戦ったレプロブスが今回は仲間として参戦している。そして、目の前には小さなティナリスと、その母であるメレイアも存在していた。彼らは『致命者』だとグレイが情報を寄越していた。
 一気に押し寄せる情報に目眩がしそうになるが、向き合わねばならぬのだろう。
「彼らを操っている、パーセヴァルの持つ剣の破壊がこの場を乗り越える方法、なのでしょう」
 兎も角、自分の役目は此処に居る仲間の支援。
「思いも思いに戦えるよう、全力でサポートさせていただきます」


「……なんつー『嫌がらせ』みたいな舞台だな」
 目の前の光景に息を吐いた『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は首を振った。
「これを永訣の儀と擬えるなら、だ。――俺に出来るのは、苦痛をなるべく齎さないこと、か」
 情報によれば致命者はどうやら全員関係者の姿をしているらしい。
「最高に趣味の悪い聖遺物だな。だが、俺だって『殺し方ぐらいは選べる』人間のつもりで居るからな?」
 誰よりも先に動いたカイトは仲間を巻き込まない位置から極寒の雨を戦場に降らせる。
 凍てつく氷の雨が幼いティナリスやメレイアを襲った。
 がくがくと痛みと恐怖に震える様は、本物の子供のようで。カイトは胸に棘が刺さった気持ちになる。
「本当に、嫌になるな」
 一番縁遠い自分がこんなにも嫌な気持ちになるのだ。それが関係者なら尚更。仲間のイレギュラーズだって心に傷が生まれてしまうだろう。だからこそ、カイトは攻撃の手を止めなかった。この一撃が命を奪うことは無くとも『痛み』はある。それを与えるのは『自分』でいい。今回の舞台はそういう役回りなのだ。
「グランヴィル小隊は自分の命を優先で動いてほしい」
 そう告げるのは『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)だ。
 彼らはイレギュラーズではない。遂行者との戦いにおいて簡単に命を落してしまう可能性がある。
 されど、『グランヴィル小隊』である彼らにパーセヴァルと戦うなというのは酷な話しであった。
 パーセヴァルの部下だった彼らにとってこの戦いは弔いでもあり、隊長を救う機会でもあるのだ。
 それを奪ってしまうのはアーマデルにはできなかった。だからこそ、自分の命を優先して動いてほしいと願ったのだ。必要な時に連携できるように広域俯瞰で戦場を見渡すアーマデル。
 特にロニが心配ではあるが、ライアンが傍に居るから大丈夫だと信じたい。
 アーマデルの手にした銃から放たれる弾丸は戦場に鉛の雨音を奏でる。
「かぞくと戦うのは……たいせつなひとと戦うのは。きっと、とってもとっても、かなしくて、つらくて……さみしいこと」
『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は杖を握りパーセヴァルを見遣る。
 自分に出来ることは道を開くこと。ティナリスやグランヴィル小隊、フェネリーたちの悲しみを少しでも和らげられるようにしたい。
「パーセヴァル様を倒すのではありません。パーセヴァル様にひどいことをする聖遺物を…『神霊の淵』壊すのです」
 このままでは『かなしい』が終わらないままだ。パーセヴァルの悲しみも増えてしまう。
「だから……今度こそきちんと。『さようなら』と『おやすみなさい』をするのです」
 ニルの杖から放たれる眩い光。包み込む様な、停滞の白。
「辿り着く先が避けられない別れだとしても……」
 剣柄を握りしめる『至高のシンデレラ』トール=アシェンプテル(p3p010816)は目の前の光景に青い瞳を揺らす。幼いティナリスとメレイア。それにパーセヴァルとセオドリック。おそらく、パーセヴァルの記憶から作り出した理想郷なのだろう。それは紛い物である。聖遺物の剣が作り出した、誰しもを傷つける悪魔のような呪いだ。
「父と子が安らかに歩もうとしている道は誰にも邪魔はさせません」
 せめて別れの涙が悲しみではなく、安らぎで満たされるように。
「……私達が安寧の道を切り拓く!」
 パーセヴァルを覆う闇を祓うべく、トールは輝剣を手に戦場を駆け抜ける。
 カイトとニルが放った攻撃でメレイアと幼いティナリスは動くことが出来ない。
 パーセヴァルへと接敵したトールは彼の持つ神霊の淵――聖遺物の剣へと刃を振り下ろした。
「やぁッ……!」
 トールの重い一撃を受け止めたパーセヴァルは無表情でそれを弾き返す。
 衝撃を後退する力へ変え、距離を取ったトールは神霊の淵への攻撃の有用性について考えを巡らせた。
「聖遺物だけを狙うのも難しいですね……でも、全く効いていないわけではないと思います!」
 仲間と共に攻撃をかさねれば必ず勝機は見えるはずなのだ。トールはそれを信じている。
 トールの後ろからパーセヴァルの前に飛び出したのは妙見子だ。
「汝、敵を前にして退くことなかれ」
 パーセヴァルを挑発するようにその瑠璃色の尾を膨らませ揺らす。
「……さあ騎士としてかかってきなさいパーセヴァル・ド・グランヴィル!」
「ふん、何かと思えば安い挑発を……」
 パーセヴァルの口から発せられるのは『聖遺物の剣』としての言葉なのだろう。
 本人の意思は消えてしまった可能性もある。それでも、彼の強さを信じたいと妙見子は願うのだ。

 妙見子達に追従する仲間の前に神聖魔術が放たれる。
 床から迫り上がるように迸る光柱を放ったのは『遂行者』セオドリック・ド・グランヴィルだった。
 記憶から作られた紛い物。特異運命座標として戦ってきた『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)にとっては、既にこの世に居ない者達と戦うことは決して珍しくは無いだろう。
 己の知人たちの、大切な人と刃を交えることも。
 ベネディクトはセオドリックと対峙する。
 剣を抜き去り、視線を交す。剣先から灯る星の加護は命を奪わないという制約がある。
「セオドリック殿。こうして剣を合わせるのは初めてですか」
「ああ、君とは初めて会うな。お相手願おう」
 今、帳の外で避難誘導を行っている本物のセオドリックとは一度会話したことがあった。領主代理として領民を預かるベネディクトは、グランヴィル当主であるセオドリックとの交流を望んだのだ。
 されど、目の前のセオドリックは自分のことを覚えていない。つまりは、過去の記憶から作られたものなのだろうと推測が立つ。
「元より油断する心算も無いが──越えさせて頂こう」
 少なくとも目の前に居る『彼』に負けてしまっては、本物のセオドリックに申し訳が立たない。
 剣尖がセオドリックの胸を裂く。ベネディクトの刀身を滑り刃が向かって来た。摩擦音が聖堂に響き、弾かれた剣先が天井を向く。
 腰を落したベネディクトはセオドリックの神聖魔術を避け、そのまま懐へ滑り込んだ。
 剣柄を押し出し、セオドリックのみぞおち目がけ叩き込む。
「……がは!」
 美しい剣技とは違うベネディクトの戦い方にセオドリックは目を見開いた。
 きっと、目の前の騎士は相当に強いのだろうと口角を上げる。

 星の海を揺蕩うチックの歌声が戦場に響き渡った。
 重ねて紡ぐ歌声に長い休符が入る。銀の瞳に映り込むのは痛がって泣いている幼いティナリスの姿。
 彼女達に攻撃する度に、傷付き痛がる様はグランヴィル小隊やエセルバートの二人にも、苦痛に感じることだろう。だからチックは歌声を白き燈火へと変ずる。
「……いくら幻とはいえ、意思のある様に見える存在達を倒す……続けていくと、心も少しずつつらくなる
意思ある存在を象る、しているのなら。余計に」
 見ているチックとて辛いと思ってしまうのだ。思い出を紡いできた時間が多い人ならば尚更であろうとチックは銀の瞳を揺らす。
 戦場を見渡す正純は幼いティナリスを抱きしめ、全体に回復を施しているメレイアに視線を上げる。
 聖職者であるメレイアは癒しの神聖魔術にも長けているのだろう。
 たとえ殺してしまったとしても、何度も戦場に現れるのだから対策をせねばならない。
 パーセヴァルに回復をし続けられるのは厄介である。
 ならばと正純は狙いをパーセヴァルへと写す。メレイア自身を攻撃した所で、何度も甦ってしまうのだ。ならば、パーセヴァルの方の回復を封じる方が手っ取り早い。
 星の加護はなくなれども、その身に刻んだ技術は決して消えやしない。
 矢を番え、弦を引けば弓の撓る音が聞こえてくる。鈴やかなる弦音と共に、放たれる矢はパーセヴァルの鎧を穿つ。メレイアの癒やしで塞がりつつあった傷が止まった。
「効果はあるようですね」
 正純の狙いは的確で、パーセヴァルの傷口は開いたままになる。
「ふん、小賢しいことを……いくらこの肉体が削がれようとも関係のないこと」
 パーセヴァルの肉体自体の傷を物ともせず、神霊の淵は剣技を放った。
 戦場を覆う絶大な威力の刃撃にライアンはロニを背に庇う。
 切り裂かれたライアンの背から流れる血を見つめロニは苦しげな表情を浮かべた。
「大丈夫かロニ殿、ライアン殿」
 アーマデルは二人を心配してパーセヴァルとの射線上に身体を滑り込ませる。
「ロニ、怪我は……」
 チックはロニ達の負傷に直ぐさま癒やしの加護を降り注いだ。
 ライアンの酷い傷に苦しげな表情を浮かべるロニを見つめるチック。
「……もし昔に、罪と思う様な事をしてしまったと感じているのなら。今胸に残る、してるものを消す……するの。簡単には出来ない、よね」
 回復を施しながたチックはロニへと言葉を紡いだ。
「けれど、ティナリスもライアンも……おれも。ロニがいなくなろうとしたら、凄く……悲しいって、思う。だから、見つけよう。この戦いの先で、パーセヴァルやティナリスに返せる方法を。一人じゃ見つけられなくても……一緒なら、大丈夫」
「ああ……」
 チックの言葉はロニの心を溶かすように響く。気に掛けてくれたアーマデルやチックもきっと此までに辛い思いをしてきたのだろう。だからこそ、自分に手を差し伸べてくれるのだとロニは感謝の念を抱いた。
「おっと、回復のサポートするね!」
 痛みに歪むライアン達の顔を見つけ、スティアも声を掛けてくれた。
 何度も一緒に戦場を潜り抜けてきたのだ。言葉にせずともロニ達のことは少しだけ知っている。
 深く事情に踏み込むつもりは無いけれど、心配はしてしまうのだとスティアは眉を下げた。
 それに、幼馴染みや友人を案ずる気持ちはスティアにも分かってしまう。
 この戦場に居るケルルもそうだ。此処では無い戦場で戦っているであろう親友だっている。
 健気な後輩だって、沢山の仲間だってスティアにはいるのだ。
 だから、此処で誰一人として死なせないのは、スティアの覚悟でもあった。
 誰かの悲しむ姿は見たくないのだと光纏う花弁で戦場を覆い尽くす。
 白い光と共に降り注いだ癒やしの力は、ライアンたちの傷を瞬く間に塞いだ。


 リースリットの紅い瞳が戦場を見渡す。
 彼女が狙うはパーセヴァルが持つ『神霊の淵』ただ一つ。
 魔術の風を纏わせた細剣を手にリースリットは戦場を駆けた。
 重なる剣檄に疲弊は免れない。それを補い立ち向かえるのはリゴールやメイの回復のお陰であろう。
 リゴールの聖なる祈りが聖堂に降り注げば、リースリットの傷も癒える。
「メレイア……君の遺した言葉……私は決して忘れはしない。
 君の命は喪われた……しかし、君の誇り高き信念を、これからも後世に、後続へ語り継いでゆく」
 前に出たリゴールはメレイアと幼いティナリスの前に歩み寄る。
 恐怖に怯えながらも近づいてくるリゴールから母を守ろうと幼いティナリスは両手を広げた。
 幻影といえど、幼い彼女にはリゴールが敵に見えているのだろう。
 リゴールはその小さな手を握り、そのまま抱きしめる。
 嫌だと駄々を捏ねる幼い子供をあやすように、ただ腕の中へ閉じ込めた。
 それはリゴールの優しさであっただろう。作られた幼き幻影と今のティナリス、両方が傷付かない為の慈愛の心であるのだ。
「……にしても」
 メイはリゴールの腕の中へ収まった幼いティナリスを見つめ眉を下げる。
 敵として『致命者』としてこの場に居るメレイアとティナリスから強さは感じられない。
 殺してしまうことは容易である。
「メイ達に何度も『殺させる』ことで、こちらの心を折るつもりなのでしょうか?」
 人を殺す事に慣れる者など居ない。心優しいイレギュラーズだからこそ、傷付いてしまう。
 其れとも彼女達はパーセヴァルの大切なものを形にしているだけなのだろうか。
 何れにせよきっとティナリスもパーセヴァルも傷付いてしまう。悲しんでしまう。
「悲しい、は終わりにしなきゃいけないのですよ」
 今、生きている人達が、明日からも歩いていくために。終わらせねばならないのだ。
 メイは強い眼差しで仲間へと回復を届けた。
「失っても戻ってくるのが理想郷……でも。何度も失わせたくはないから」
 ニルは致命者を殺さぬよう攻撃を重ねる。
「知っている人が自分に向かって攻撃してくるのも、その人に攻撃しなければいけないのも、くるしいはず。だから……ニルは。きっと、ためらっちゃいけない」
 自分が辛い表情を浮かべてしまえば、それを見たティナリスやフェネリーが傷付いてしまう。
 それは負の連鎖であり、断ち切るべきものだ。
 フェネリー達はティナリスを守りに来ているのだろう。ならばこそ、ニルはフェネリー達を守りたいと願ってしまう。
「セオドリック様はティナリス様もたいせつだけど。おふたりのことだってたいせつだと思うのです。だって、一緒にいたのでしょう?」
 ニルの声にフェネリーとジャレッドは懐かしき青い記憶を思い出す。
「ああ、セオドリックの為にも生きて帰らないとな」
「僕達が死んだら泣いちゃうからねえ」

 ティナリスは視界の端に映り込んだ母の姿に懐かしさを覚える。
 それは本物の母ではないと分かっていても、胸に溢れる郷愁は隠す事が出来なかった。
「お母様……」
 小さな呟きに隣に居たジルーシャは眉を下げる。
「ティナリス……」
 その声は生前の母そのもの。駆け出してしまいたい衝動をティナリスは拳を握りぐっと堪えた。
 偽物だったとしても、ティナリスやパーセヴァルの目の前で『家族』を殺す事なんてできやしない。
 だからこそ聖遺物の破壊が最優先であろう。
「ティナリスさん……皆さんも。大丈夫ですか?」
 リースリットは声を詰まらせるティナリスを見つけ問いかける。
 子供の頃のティナリスとその母であるメレイア。ベネディクトと戦っているのは若い頃のセオドリックだろう。神の国と致命者という特性を考えれば、彼らを倒しても無限に復活するだろう。
 倒す意味は無い。それどころかその全てがまるで精神攻撃であった。
 そんなものを見せられては、正直なところ平静で居ろという方が無理なものである。
 自分がその立場だったとしても平静を保てる自信は無い。
「相手にするべきではないですね、あれは」
 メレイア達をじっと見つめてしまうティナリスの射線にリースリットは入り込んだ。
 ヴェルグリーズはパーセヴァルの元へと駆け抜ける。
 彼に追従するようにジャレッドとフェネリーが着いた。
 ヴェルグリーズはティナリスが携える聖剣ランシードを見遣る。出来ればあの剣でパーセヴァルを討って欲しいと願ってしまう。それはあの聖剣を代々受け継いできたグランヴィル家の者だからこそ意味を持つ。
 きっとパーセヴァルもそれを望んでいるのだろう。
「その為にもまずは全力で削り合わないとね。ジャレッド殿フェネリー殿追撃頼むよ」
「ああ。任せろ」
 何度か共闘したヴェルグリーズとジャレッド達は相手の動き方が分かるのだ。
 それは大きなアドバンテージだろう。ヴェルグリーズの剣檄に会わせジャレッドの大鎌とフェネリーの神聖魔術が交差する。

 回復手が多い事も幸いして妙見子の体力はまだ十分にあるだろう。そう判断したスティアは炎を纏った花弁を戦場に散らす。淡く赤色に染まる焔はパーセヴァルの身体を覆い尽くした。
 じりじりと身を焦がすスティアの攻撃を一頻り浴びた後、パーセヴァルは剣を振り上げる。
 瞬きするよりも早く突抜けた斬撃はスティアの腕を裂いた。
「……っ」
 以前戦った時よりも強さが跳ね上がっている。これも神霊の淵の力なのだろう。
 スティアとて無闇に攻撃を受けた訳では無い。前回よりも斬撃が重いという情報は何処へ注意を払うかの指針となる。
「皆気を付けて。特に剣の攻撃は前回の比じゃないよ!」
 神霊の淵を破壊するのにも、狙いを定めることは重要であった。
 ルチアは広域俯瞰で戦場を的確に分析する。致命者であるセオドリックはベネディクトと対峙している。幼いティナリスはリゴールの腕の中だ。残るメレイアも動きを封じられている。
 それでも遂行者であるパーセヴァルの攻撃は凄まじいものであった。
 だからこそ、以前戦ったことのあるスティアからの助言は大いに役に立つ。
 ルチアはスティアからの助言と仲間の動きを脳内に叩き込み、パーセヴァルと対峙する最前線の一歩手前へと布陣する。
 出来るだけ多くの味方を己の支援が届く範囲に収めるのだ。
 彼女が居るだけで、仲間の能力が底上げされる。
 ルチアが此処に立って居る限り、回復も万全となるだろう。
 されど、戦況を即座に読み取ったルチアは仲間の回復の具合を見計らい、パーセヴァルへと青い瞳を向け術式を解き放つ。
 禍々しい赤黒い光を放つ術式からは邪気を孕む爪が姿を現し、パーセヴァルの身体を走った。
 パーセヴァルがとてつもない体力を有しているのは明白であろう。ルチアにもそれは分かる。しかし、どのような敵だったとしても積み重ねればいずれ綻ぶ。イレギュラーズはそれを狙っているのだ。

 ――――
 ――

「何度も何度も『殺せば』蘇るなら、可能な限り殺さなければ良い」
 カイトは致命者たちに攻撃を続けながら、そんな風に呟く。
「……それでも手に掛けるってのは重責になりうるんだ」
 だからこそ、手を汚すのはこの場に集まった中で、誰よりも関わりの薄い自分でいいとカイトは術式に力を込める。
「なるべく、汚させは、しない」
 この状況を作り上げた歪んだ聖遺物を断つことでしか終わらせる方法がないのなら。
「思い出を以て思い出を汚すってなら、それは何よりも否定されるべき『傲慢』だ」
 アーマデルもカイトの言葉に同意する。
 パーセヴァル以外の、致命者を無理に殺す必要はないのだ。
 それは縁のある者の心情を慮るものでもあり、倒してもまた何処からともなく沸いてくるであろう現実的な部分でもあった。それよりも優先すべきは神霊の淵の破壊であろう。
「あの聖遺物には俺も思う所は勿論ある」
 アーマデルは蛇腹剣をパーセヴァルへと叩きつけ金の瞳を上げる。
「遺物は遺物らしく、ヒトの営みに余計な口を挟まず、教会か博物館ででも眠っているが良かろうさ」
 返す斬撃にアーマデルの皮膚が裂け、血が飛び散った。深い息を吐いたアーマデルはそれでも言葉を紡ぐことをやめない。普段の大人しい彼とは違う、怒りを滲ませた声色。
「パーセヴァル殿程の勇士の血肉を得ても、ヒトの心を、想いを、利用すべき記録(データ)としか解せぬものに、強く撚り合わされた縁の糸を断ち切れる筈も無かろう、鈍ら刃が」
 呼応するようにうねる蛇腹剣がパーセヴァルの持つ神霊の淵へ傷を着ける。
「何を吠える。悪しき邪教徒の分際で、この神聖なる物にそのような侮辱ゆるさん」
 ルチアはアーマデルが付けた傷を見逃さなかった。
「少しだけだけど、神霊の淵に亀裂が入ったわ。このまま続けていきましょう!」
 ルチアの声に仲間も「応」と答える。
 ただ、神霊の淵を傷付けられたからといって油断は禁物である。
 これまで以上に慎重に状況を把握する必要があるとルチアは気を引き締めた。
「レプロブス殿、死霊術は彷徨える魂の未練を聞き届け往くべき処へ逝けるよう道を示す事も出来る筈だ」
 アーマデルはリゴールの傍に居るレプロブスへ言葉を向ける。
「ああ……そうだな」
 死を司る神を信奉するアーマデルだからこそ、その重みが分かっていた。

 正純はその金瞳で狙いを定める。
 アーマデルが入れた僅かな亀裂はやがて大きな瑕疵となって剣を折るに至るだろう。
 今すぐに破壊は狙えなくとも、他の仲間が続く軌跡となれる。
「細かい事情までは聞き及んでいませんし、そこに至るまでの想いも、願いもちょっと今の私には分かりません。グレイさんはっきりとしたこと言わなかったですし」
 飄々とした猫を思わせるグレイの姿を思い浮かべた正純は、彼との重くない関係性に思い馳せる。きっと掴まえようとすればするりと逃げてしまうような男であろう。気付いたら野良猫のように傍に居る。それが正純とグレイの関係性であった。だからこそ、深くは踏み入れずにいたのだ。
「ですが、家族のために泣く子を放っても置けませんしそれを利用した悪を許す訳にも行かない。ですので、空に瞬く星の如く皆様の暗夜を照らす一助となりましょう!」
 凜とした弦の音が響く。
 心地よく鼓膜を揺らす音は光の粒子を帯びてパーセヴァルの持つ神霊の淵へ中たる。
 明確な傷に神霊の淵は怒りと邪気を孕んだ魔力を戦場に解き放った。
 戦場全体を覆う攻撃に正純の身体が傾ぐ。
 されど、この一射は神霊の淵の危機感を煽る程の威力だったことは間違いないのだ。
「やってやりましたよ……」
 正純は視線でヴェルグリーズを見遣る。後に続けと、頷いた。
「ああ、任せて。正純殿」
 彼女やアーマデルが作り出した好機を逃す訳にはいかないとヴェルグリーズは剣柄を強く握る。
 敵の聖遺物が相手の使っている剣であるというのは分かりやすくて良いと口角を上げた。
 ヴェルグリーズの得意な間合いも相手の至近である。
 打ち付けるような刃を受け止めるならば、その剣であるのだろう。
 重なる剣檄に想いを乗せ、ヴェルグリーズは一撃一撃を全力で叩き込んだ。
 仲間が繋いだ軌跡を途切れさせぬよう。想いを紡ぐ。
 ヴェルグリーズの刃が重なる度に聖堂に大きな音が響いた。
 びりびりと手に伝わる振動に僅かな歪みが生じる。亀裂が大きくなっているのだろう。
 このまま。このまま重ねれば神霊の淵は折れる――!
 ヴェルグリーズは強く強く力を込めた。
「誰一人、欠けさせない」
 チックは神霊の淵へ幾重にも織り込まれた旋律を奏でる。
 それは花の形を纏いパーセヴァル諸共神霊の淵を覆い隠した。
「皆で一緒に、この場所を守る。そして、パーセヴァルの魂を解放させる。
 これ以上、勝手な事……させない!!」
 チックの声に呼応するように花が聖堂に舞い上がった。

「仮にも聖遺物。列聖される程の人々と共に在った聖剣に相応しい格のある振る舞いではありませんね」
 リースリットは神霊の淵を誹るように言葉を発する。
「パーセヴァル卿を揺さぶる為なのでしょうが、家族を、妻子を利用し貶める……下劣極まるその品性、悪を制するものが聞いて呆れます」
「崇高なる行いだ」
 この醜悪なる理想郷を崇高だと宣う神霊の淵にリースリットは首を振った。
「敵になら何をしても良い、という発想は成程傲慢らしいと言えますが……本性の卑劣さは否定の仕様が無い。アークの使徒らしいといえばらしいけれど、貴方のかつての担い手達に対し聖剣として恥ずかしいと思う所は無いのですか?」
 彼女の辛辣なる言葉は神霊の淵を大いに揺さぶる。ステンドグラスが震えるほど、神霊の淵から瘴気が溢れ出していた。
「尤も、こうも考えられますか。己が器を自力で受肉させる事も出来なければ、散々に嬲ってなおパーセヴァル卿の魂を屈服させる事もできない……聖遺物たるその剣には、滅びのアークが絞り出し増幅した上でその程度の力と精神しか宿せない程度の負の感情しかなかった、と」
「貴様……余程、切り裂かれたいのだな。良かろう……赤き魔女よ。望み通り八つ裂きにしてくれよう」
 膨大な魔力が戦場を覆う。パーセヴァルの身体から蔦が広がり、何本もの剣を掴んだ。
「この地に混沌を齎す悪よ消滅せよ!」
 イレギュラーズに向けられた攻撃は幾重にも重なる剣の乱舞。
 重なる傷にメイとルチアは有りっ丈の癒やしを仲間へ届ける。
 其れでも足りない癒しにチックとリゴールも回復を重ねた。
 戦場を包む癒しの光。それは立ち上がる勇気をくれるもの。

 そんな中でティナリスは自分の名を呼ぶ母の声を聞いた。
 きっと、それは幼子を呼ぶものなのだろう。ただ、胸が締め付けられる。
「思い出はいつもきらきらしているから。致命者はみんな鮮やかで、心がぎゅうってなるかもしれません」
 ニルの放った言葉はティナリスを現実へと引き戻す。
「でも、思い出の中では生きていけないから。言葉に耳を貸さないで」
「……ええ」
 母はもう死んでしまったのだ。その声を聞く事はもう無い。
 何度も何度も噛みしめた現実だ。だからこそ、心が裂かれるのだとティナリスは唇を噛みしめる。
「私は負けません」
 ニルはティナリスに続いてほしいと、自ら前に走り出した。
 パーセヴァルの持つ神霊の淵を狙えば、恐らく自ら彼を盾とするだろう。
 ならば狙うべきは足や腕……少しでも攻撃が鈍るような場所を選ぶニル。
「そのような攻撃、この身体を無駄に損傷させるだけだ。まあ、もう意識も無いだろうがな。存分に切り刻めばいい」
「もう黙って――その顔で、その口で、これ以上彼を騙らないで頂戴。四年もの間、たった一人でアンタと戦い続けてきたパーセヴァルは、誰より勇敢で誇り高い騎士よ」
 神霊の淵の言葉に憤るのはジルーシャだ。追憶の香りを漂わせ、パーセヴァルの意識に強く願う。
(アンタも最後まで一緒に戦いましょ、パーセヴァル)

「大切な者達が生きている世界を、何も失う事も無く得る事が出来たのであれば」
 そんな世界で生きたいと思ってしまうだろう。ベネディクトはそう紡いで剣をパーセヴァルへ向ける。
「……だが、この世界には少なくともその様な空想を叶えられる術は存在しないのだ。ならば、俺達は定めた心のままにこの世界で生きていくしかない。聖遺物を破壊し、終わらせよう。当たり前の様に明日を迎える為に」
 たとえそれが誰かにとっての残酷であろうとも。覚悟はあるとベネディクトは剣に力を込める。
 接敵したベネディクトは刃を横に薙いだ。躱された太刀筋に沿って数度の斬撃が降り注ぐ。
 それらを全て受け止めたベネディクトは血を流しながらパーセヴァルの間合いへ入り込んだ。
「やはり、強いな。これが『蔦剣の騎士』パーセヴァル・ド・グランヴィル──!」
 神霊の淵を携えるパーセヴァルの実力は本物だろう。されど、その内に輝く覇気が見当たらない。
 聖遺物が操っているだけでは、彼の本当の強さを引き出せていないのだ。
「であれば、倒れる前に俺も騎士の端くれとして託す為に剣にヒビの一つでも入れねばな……!」
 ベネディクトの剣圧に押されるように、パーセヴァルの身体が後退する。
 刃が重なった部分から亀裂が生じた。
 それを見逃さなかったのはトールである。神霊の淵の綻び目がけ聖堂の床を飛び上がった。
 ハシバミの枝に願いを込めて、輝く剣を振り上げる。
「パーセヴァルさんがヒトのまま、ティナリスさんの父として安らかに逝けるように……!
 彼の矜持、彼の愛、彼が生きて残した証を護るため!
 ――その身を巣食う不死の淵源を絶つ!!!!」
 トールの攻撃がパーセヴァルの持つ聖遺物へと叩きつけられた。
 大きく亀裂を生じさせた神霊の淵は一歩後退る。
「パーセヴァル、これだけの者達が……君を救いに来たのだ。よく、永らく聖遺物の侵食に抗った」
 リゴールはその内に潜む『彼』へと確信を持って声を掛けた。
「そのお陰で……私達は万全を期す事が出来た」
 自身の破壊を間近に感じ、引こうとする神霊の淵を引き留めたのは他ならぬ『パーセヴァル』自身。
「なに……身体が動かないだとッ!?」
 抗う様に神霊の淵は魔力を大量に放出する。

「レプロブス……この戦いが終わったら、アランの元へゆこう。あいつは、私に君を託した」
 リゴールの声にレプロブスは「ああ」と頷く。
「私の代わりに遂行者となり、敵の内情を探ることで、イレギュラーズを陰で支援する……すべてあいつの目論見通りに事が運んだはずだ。そして君は、長い、長い過ちに気付く事が出来た」
 レプロブスはサングラスの奥で瞳を伏せる。この身に刻まれた咎は消えることはないだろう。
「あとは……アラン。あいつを救うだけだ。いつかまた、『あの三人』でと願った……あの頃のように!」
「そうだな。あいつを救わねば……」
 咎を背負っているからこそ、アランを救わねばならなかった。
 それはリゴールとレプロブスの誓いであり、願いでもあった。
「……ティナリス! 牢獄より父の魂を──勇敢なる聖騎士の魂を解放するのです!」
「はい!!」
 リゴールの声にティナリスは聖剣ランジールを掲げる。
 前を歩いて行く少女の背を見つめリゴールは歯がゆさを覚えた。
 剣を握れぬ手。辛い思いを引き受けられないもどかしさ。それを噛みしめリゴールは少女の背を押す。

 嗚呼、ティナリスよ。
 愛されし恩寵の子よ。
 試練を乗り越え……迷いを断ち切り……
 大人となっていくのだな。

「家族で過ごした幸せな日々はもう戻らないけれど……それでも、今が不幸だなんて勝手に決めつけないで。幸福も誇りも、形を変えて確かにここにある。アンタの前にしっかりと立っているティナちゃんがその証」
 ティナリスはジルーシャに背を押され一歩前に出る。
 言葉は必要無い。香りと温もりが伝わればいいとジルーシャは「前へ」と促す。
(大丈夫よ、アタシたちはここにいるわ)
「ティナリスちゃん、貴女ならきっとできるよ。想いの力は何よりも強いからね」
 スティアもパーセヴァルと対峙しながらティナリスへ言葉を紡ぐ。
「それにお父様を安心させてあげないとね。もう大丈夫なんだって……だから悔いのないように全力で!」
 一人では無理だったとしても、力を合わせれば絶対に成し遂げられるとスティアは叫ぶ。
 これまで仲間が刻んだ亀裂は大きくなっている。
 妙見子はティナリスの傍に寄り添いその横顔を見つめた。
 その青い尖晶の瞳は真っ直ぐに『敵』を見据えている。だから存分に戦えるように幾らでも支えになる。
 貴女なら打ち倒せます。父を騙る悪しき剣をその手で!
「行きなさい!ティナリス・ド・グランヴィル!」
 妙見子の声が聖堂に響き渡る。

 ティナリスは父の持つ聖遺物に向けて剣を振り上げた。
 その震える手をそっと包み込んだのはリースリットの指先。
「ティナリスさん。終わりにしましょう」
「……はい!」
 振り降ろされる聖剣は眩い光を帯びて輝いた。
 ――パーセヴァル卿……貴方をその呪縛から解き放ちます。
 リースリットの声はパーセヴァルに届いただろう。
「貴方の願いは必ず叶う」

 誰しもが願った、剣の瞬きに聖堂に光が溢れた。


「……ぁ、お父様っ」
 緩くその輪郭を朧にしていくパーセヴァルに、ティナリスは抱きつく。
 神霊の淵が砕けた今、パーセヴァルをこの世に留める楔は無くなってしまった。
 スティアも自身が父と別れる事になった時、掛けられる言葉が少なかった事を悔やんでいたのだ。
 もっと話したかった。だからティナリスには父との別れの時間を作ってやりたかった。
「よかった……」
 小さく零れたスティアの言葉は、きっとティナリスには届いていないだろう。
 けれど、それで構わなかった。目の前にいる『父』との別れを大切にしてほしいから。
 スティアの瞳に映る光景は、彼女が見たかったもの。己の心残りを重ね、優しさで満たし、昇華させる。後悔は変わらないけれど、少しだけ心が軽くなるような気がするのだ。
 ティナリスとパーセヴァルを見守っていたトールは静かにその場を離れる。
 彼らが大切な人と過ごした記憶も、思い出が詰まった場所も守る事が出来た。
 神霊の淵が壊れた今、もう此処には脅威など無いのだから。
 よかったとトールは青い瞳を細め、聖堂を後にした。

「まだ聞こえているかなパーセヴァル殿、キミの娘はこんなに強く美しく育った」
 横たわるパーセヴァルの元へ歩み寄ったヴェルグリーズは膝を付く。
「ああ……」
 涙を浮かべるティナリスの頬をそっと撫でるパーセヴァル。
「これからも彼女には数多の困難が待つことだろう、天義という国自体がそうだからね。
 けれど、それでも、明日こそ良きものであらんと信じ、顔を上げて前を向く。
 その姿勢をこそ『可能性』と俺達は呼ぶ、だからもう……大丈夫だよ。
 あとは任せて、ゆっくり休んでね」
 ヴェルグリーズの言葉に重ねるようにジルーシャが笑みを零す。
「アンタの娘には、こんなに沢山の友達がいる。これからはアタシ達が貴方の分まで守るわ。
 ティナちゃんも、貴方が愛したすべても。だから――おやすみなさい、パーセヴァル」
 手向けの言葉は何よりも頼もしく耳に響いた。
「ありがとう。君達なら、任せられる……」
 息を吐いたパーセヴァルは聞こえてきた足音に「ああ……」と眉を下げる。
「……兄さん!」
 トールから連絡を受け駆け込んで来たセオドリックがパーセヴァルの傍へ座り込んだ。
「セオドリック、すまない……迷惑を掛けたな」
「本当に、貴方という人はいつもいつも、そう破天荒なんだ!」
 いつもは冷静なセオドリックが感情を露わにパーセヴァルの手を握る。
「眩しく強い貴方が大戦で殉教したと聞かされたとき、私がどれだけ絶望したと思っているんだ!」
 荒々しく捲し立てるセオドリックの声を、パーセヴァルは目を細め聞き入っていた。
 兄弟であるからこそ分かる心の機微。セオドリックが声を荒らげるのはパーセヴァルにありのままの感情を打つけても関係性が壊れないと分かって居るから。それ程までにお互いが信頼しあう理解者なのだ。
「ティナリスをよく育ててくれたセオドリック。これからも見守ってやってほしい」
「ああ、勿論そのつもりだ。兄さんや義姉さんの代わりに。だから安心してくれ」
 両親の代わりになど成れない。けれど、ティナリスを育てていくのは自分であるという矜持を持ってセオドリックはパーセヴァルに言葉を紡ぐ。

 セオドリックや此処に集まったイレギュラーズが居れば、きっとティナリスは歩いていけるだろう。
 そう確信できる。パーセヴァルにとってそれが何より嬉しかった。
 傍で守ってやることはもう出来ないけれど、大丈夫なのだと安堵の表情を浮かべる。
 パーセヴァルの瞳に涙が浮かんだ。安堵出来たからこそ、零れる感情がある。
 未練などではない。ただ、言葉を伝えたかった。

 視線を上げたパーセヴァルはティナリスを真っ直ぐに見つめる。
「ティナリス、よくやった。君は私の自慢の娘だ」
 自らを討てと娘に命じ、彼女は立派にその役目を果たしたのだ。
 褒めてやらねばと消えかかった手で娘の頭をそっと撫でた。
「はい、お父様……!」
 嬉しさと悲しみ。一つも取りこぼしてはならないと揺れる感情にティナリスは涙を零す。
「セオドリックや彼らの言う事をよく聞いて、自分で考えてこれからの道を歩んでいくんだよ」
「分かりました。……っ、きちんと、自分の意思で歩いていきます……だから、心配なさらないでください。ティナリスはお父様のような立派な『聖騎士』になってみせます」
 これが精一杯だった。別れ逝く父へ向ける言葉に弱音を混ぜたくはなかった。
 零れ落ちる涙は止まらないけれど、縋り付くなんてことはしなかった。

「いつまでも見守っているからね……愛しているよティナリス」
 光の粒子を散らし、パーセヴァル・ド・グランヴィルはこの世を去った。

 跡形も無く消えてしまった地面に落ちるのは、ティナリスの頬から伝う涙と泣き声。
「さようなら………私の大切な教え子……」
 リゴールは祈りの言葉と共にパーセヴァルを見送る。
「そして……真なる神に仕えた、誉れ高き正義の騎士よ」
「Tu fui, ego eris.」
 かつて、汝は我であった。いつか、我は汝になるだろう。
 ルチアは祈りを込めて言葉を紡いだ。
「誇り高き騎士よ、今はただ安らかに……」
 リン――、と聞こえてくるのはメイが鳴らした鐘の音だ。
 死せる魂はあるべき場所へ帰るのだと、メイは道しるべを鳴らし続ける。
「パーセヴァルさん。おやすみなさい……」
 メイの隣でヴェルグリーズも祈りを捧げた。
 天義に住まう彼らを見ていると何故か無性に祈りたくなるのだ。
「散っていった多くの魂に安息のあらんことを」
「おつかれさま、ティナリスさん」
 鐘を鳴らすメイはティナリスへ声を掛ける。共に祈りを捧げ届くように願うのだ。

 妙見子はティナリスを優しく抱きしめる。
「よく……頑張りましたねティナリス」
 きっと彼女はこの悲しみを乗り越えるのだろう。妙見子はそんな願いを込め言葉にする。
「貴女は騎士としてもっと強く美しくなるんだと……期待していますからね」
 これからの未来を思い描き、歩んでいけるように。
「はい。これからも頑張ります!」
 涙を拭ったティナリスは、凜とした青の瞳で視線を上げた。
 その瞳に、強い輝きを宿して。


成否

成功

MVP

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者

状態異常

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)[重傷]
紅炎の勇者
カイト(p3p007128)[重傷]
雨夜の映し身
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣
水天宮 妙見子(p3p010644)[重傷]
ともに最期まで
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
ココロズ・プリンス

あとがき

 お疲れ様でした。
 皆さんが力を合わせて引き寄せた勝利です。
 今度こそパーセヴァルも安らかな眠りにつけるでしょう。
 MVPは的確に敵の性質を見抜き隙を作り出した方へ。
 ご参加ありがとうございました。

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