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シナリオ詳細

<神の王国>理想という名の地獄にて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 理想があった。
 ずっと昔から、理想があった。
 反吐が出る理想があった。
「……メリッサ」
「お姉様?」
 寂れた白亜の修道院を歩くメリッサは呼び止められて振り返る。
「少し、良いですか」
「うん。お姉様の用なら」
 手を引かれて連れていかれたのは修道院の敷地内に別の建物として存在する聖堂だった。
「……また誰かが死んだんだね」
「えぇ……それだけなら、良いのですが」
 頷いて、ファウスティーナが扉を開いた。
 そこには、まばらな人影がある――まばらなそれは、この理想郷にいる全人口だった。
「どうしたの?」
「セラフィム様! 大変です!」
 貌の無い天使がこちらに気づいて声を上げる。
「■■が死んだのです! それに再誕もしないんです!」
「――え」
 その言葉は、青天の霹靂だった。
 ここは理想郷だ。冠位傲慢の権能の内側。
 この地では選ばれし人々は、遂行者は死なない。
 それが冠位傲慢の権能――『天地創造』と『生命の息』、そして『知恵と言』を与える力。
 神と自認する存在の大いなる権能。
(……私達は、消えてない。なら、あの方はまだ倒れてない。
 だとしたら――あぁ、なんだ。簡単なことだ)
 冠位傲慢はある意味では寛大だった。
 選ばれし人々は、全て彼の権能による存在だ。
 彼らが死んでも生き返るのは、彼自身のリソースを割いていることに他ならない。
 ――つまり、理想郷にいる人々が死ぬのなら、それは『その分のリソースをルスト自身に向けた』からだろう。
「あのお方が苦しんでおられます。行きましょうメリッサ」
 同じように気付いたのだろう、ファウスティーナが言う。
「……うん、そうだね」
 頷いたメリッサはファウスティーナの後を追って歩き出した。
(……ごめんなさい、お姉様)
 聖堂の扉が開かれる。
 数歩前に、ファウスティーナが進む。
「――もう終わりにしよう。お姉様、私達が眠るときだ」
「……メリッサ?」
 振り返るファウスティーナめがけ一気に距離を詰めた刹那、メリッサはゼロ距離で黒炎を叩きつけた。
「さようならお姉様――」
「あぁ、そうか、漸く眠れるのですね……」
「――ごめんね、お姉様。地獄で待っていてくれればいいよ」
 黒い炎に包まれファウスティーナだったモノが解け、滅びのアークになって消えていく。
 メリッサは静かに踵を返し、再び聖堂の扉を押し開く。
 背中で閉ざす音がした。視線の向こうに、私の証たる聖遺物の容器が見えた。
(……さようなら、私の家族)
 黒い炎を手に束ね、メリッサは静かに手を掲げた。
「――どうか、少しでも早く、死ねるように」
「……おやすみなさい、メリッサ様」
 ――あぁ、そうこの子達に名前を呼ばれたのは、いつぶりだったか。


 シンシア(p3n000249)がその理想郷に足を踏み入れた時、最初に思ったのは『懐かしい』だった。
「アロン聖堂、それに……あっちは私達がいた学び舎」
「ようやく戻ってこれましたが……メリッサとの決戦の舞台はやはりここでしたか」
 小金井・正純(p3p008000)は思わずそう呟くものだ。
「シンシアさん……メリッサにとっての理想があるとしたら、それはここだよね」
 笹木 花丸(p3p008689)もまた同意するものだ。
「ティーチャーアメリも再現されているのでしょうか」
「いないよ、先生は」
 日車・迅(p3p007500)の言葉に答えた声は空にあった。
「あの人は私が殺したから」
 六枚の翼を背に、ふらりと着地をしたのは、貌の無い天使だった。
「貴方達は遂にここまで来たんだね」
「……メリッサ。人の気配もないけど、どういうこと?」
 シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の目には降り立った無貌の天使からの敵意を感じなかった。
「だろうね……この理想郷に人はいない。いたのは、数少ない無貌の天使だけだったから」
「……どうして、ですか?」
 シンシアがようやく口にすれば、メリッサはしばしの沈黙の後にふと短く息を吐いた。
「私達は多くの人々を犠牲にした。私はたくさんの子供たちを殺した。
 ……ここでは何度死んでも生き返る。
 でもそれは結局、何度だってあの子たちを殺すことと変わらない」
 静かに、淡々とメリッサが告げる。
「……何度も、聖獣にならない道を探して、沢山の人達を殺したんですね」
 シンシアが言えば、誰かが息を呑んだ。
「そうだ、私はたくさんの人を殺した。
 いつの間にか生き返っていた子が、また怪物になる、だから殺した。
 私はそれを、永遠に繰り返し続けた」
 理想郷では死は訪れない――だからこそ、何度だって繰り返される。
 それのどこが理想郷だと、叫ぶ者もいるだろう。
「――だから私は、あの方の下で私が先兵になる事を選んだ。
 ……この場所の権限を私に譲渡して貰う代わりに、私が先生の代わりに遂行者になった。
 先生よりも、私の方が強かったからね」
 そう告げるメリッサはその手に握る大剣に魔力を束ねていく。
「理想郷では人は死なない。でも、もう違った。あの子たちはやっと眠れる。
 それは良いことだ。やっと、私達の地獄(りそうきょう)は終わる。
 貴方達があの方のリソースを削ってきたから、ようやく眠れる」
 静かに、敵意が増していく。
「――でもね、地の国の英雄さん達、私が戦うことを赦してほしい。
 これは、はっきり言って八つ当たりだよ。
 たくさんの子供たちに、最期を与えた後の、最期の八つ当たりだ。
 貴方達のように変えることが出来たらって……誰かを頼れたらって――そんな、八つ当たりだ」
 それは貌の無い天使の、聖獣と呼ばれる人々の成れの果ての、最後の人間性のようだった。
「……なら、俺達はその八つ当たりをねじ伏せるまでだ」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が静かに答えれば、メリッサは間合いを開くように大きく後退する。
「今度こそ、貴女の貌に落書きするんだから!」
「――いいよ。全てが終わった後、私のこの貌(かめん)がまだ残っていたら、その時は好きにすればいい」
 フラン・ヴィラネル(p3p006816)の宣言に対して、メリッサは静かに確かに笑って答えた。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『熾天:無貌の天使』メリッサの撃破

●フィールドデータ
 大きな聖堂と修道院が広がる理想郷です。
 人気は全くありません。

●エネミーデータ
・『熾天:無貌の天使』メリッサ
 遂行者の1人、魔種相応のスペックを有します。
 アメジスト色の髪に顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような存在です。
 六枚の翼と胸元に広がる翼のような聖痕、禍々しさのある大剣が特徴的。
『紫水の誠剣』シンシア(p3n000249)が聖別と呼ばれる聖獣実験を乗り越えたIFの存在。
 聖別における最高傑作の評価に違わず強力なエネミーです。

 物神両面のオールレンジアタッカーです。
 反応、EXA、命中なども高めですが、半面、回避や防技など守りが薄いです。
 この辺りまでシンシアと反転しているように思えますね。

 大剣を用いる近接攻撃には【変幻】【多重影】【堅実】を持つものがあります。
 黒炎の攻撃には【火炎】系列、【足止め】系列のBSを持ちます。
 また、自分にカウンターを付与するスキルを持ちます。

 他、パッシブに【反】、【再生】を持ちます。

●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
 アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
 皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力としては充分信頼できます。
 名乗り口上による怒り付与が可能な反タンク。上手く使ってあげましょう。

●参考データ
・聖別
 ティーチャーアメリと呼ばれる人物によってアドラステイアで行われていた聖獣実験の1つ。
 勧誘、順応、教化(教育)、選別、投薬の5段階を経て『自ら聖獣になることを望んだ子供』を聖獣に作り変えていました。
 教化過程を経た後は聖獣以外には後述の宣教師となる場合が殆どでした。

→理想郷版
 理想郷では人は死んでも生き返る。
 その性質を利用し、聖獣化の副作用が出た子供たちは殺しても何度だって生き返りました。
 何度も殺され、何度も生き返っては殺されました。
 数え切れぬ殺戮の過去の果て、神の国のメリッサはそれを繰り返すうちに自分が遂行者になることで実験その物を終わらせました。
 これまでのシナリオで登場した無貌の天使の多くはそうやって生まれた子供達の姿をした致命者でした。

・ファウスティーナ
 シンシアやメリッサがお姉様と慕っている人物です。
 地の国のファウスティーナはティーチャーアメリへ壮絶な忠誠心を持っていました。
 このため、地の国の方はシンシアやイレギュラーズへ複雑な感情を抱いています。
 神の国の『もしも』は無貌の天使になっていました。
 オープニング中にメリッサの手で討たれました。
 正体はゼノグラシアンであったようです。

・無貌の天使
 聖別によって生まれる聖獣の一種。
 文字通り貌のない天使のような姿をしており、曰く『天主=冠位傲慢の似姿』とのこと。
 上位個体であるほど知性を有し、兵隊のように連携を取り行動します。

 数少ない生き残りはオープニング中にメリッサの手で討たれました。
 恐らくですが、ゼノグラシアンや致命者、選ばれし人々であったと思われます。

・ティーチャーアメリ
 アドラステイアのティーチャーの1人、魔種であり故人。
 フィクトゥスの聖餐でイレギュラーズの手により倒されました。
 ファルマコン撃破後にシンシアの手で討ち取られました。

・宣教師
 聖別を行う対象となる人物を勧誘し中層へ送り込む実行部隊及びその構成員の事。
 一部を除いて『順応、教化』を経て聖獣にならないことを選んだ子供達です。
 そのため、多くはティーチャーアメリや天主への強烈な忠誠心を持つ戦士たちでした。

  • <神の王国>理想という名の地獄にて完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月21日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
小金井・正純(p3p008000)
ただの女

サポートNPC一覧(1人)

シンシア(p3n000249)
紫水の誠剣

リプレイ


(何度も殺して、見送って。君の背負った業と痛みはどれほどだったろうか)
 間合いを開き、死地に降り立つその姿を見る『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は愛剣を握りしめる。
「私にできること、これしか思いつかなくてさ……八つ当たり、全部受け止めてあげる。全力でおいで!」
「――ありがとう、お言葉に甘えて……全力で行くよ」
 メリッサはそう言いながらその手に魔力を籠めた様に見える。
「死とは時に救いだ。永遠に終わらない地獄からの開放だったンだな、メリッサ達にとっては。
 ……その『八つ当たり』、きっちり受け止めてやる」
 そう『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は小さく言葉を紡ぐ。
 真っすぐに向けた先で、そこにいる最後の1人へ。
(──そして、最後まで残ってしまったお前にも安らかな眠りを)
 弓を握る手に、少しだけ力を籠めて――弓を構えた。
「どうあっても戦わねばならないと……そういうことですのね」
 目椅子を握る『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の言葉にメリッサは短く応じた。
 貌の無い天使の表情は窺い知れないが、声色から彼女の覚悟の度合いは窺い知れる。
「……シンシア、心を強く持って引き込まれないように。あの人は、貴女では無いのですから」
「……はい、大丈夫です――でも、彼女の生き様を私は……私だけは、絶対に見届けなくてはならないと思うから」
 隣に立つシンシア(p3n000249)の表情が真摯にもう一人の自分を見据えているのがわかる。
「えぇ……そうですわね」
 ヴァレーリヤはそう応じながらその胸に聖句を告げる。
「理想の中で奇跡を願い、その光を手にする為に地獄を繰り返してきたのか。
 何度も何度も、只管に、その手を血で染め続けながら……」
 語られた言葉を反芻しながら、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は太刀を抜く準備を整える。
「……ああ。それなら、最後に八つ当たりの一つもしたくなるだろうさ。
 いいだろう。その全てをここで受け止め、そして乗り越えてやる。
 だから──その八つ当たりに、御主が抱く感情の全てを乗せて打ち込んでこい!」
「――ありがとう。言われずとも、全てを乗せるよ。それぐらいしか、私にはできないから」
 そう告げるメリッサの大剣に籠められた炎はその言葉の通りに質量を増していく。
(……変なの、メリッサさんの顔はわかんないのに
 『八つ当たりだ』って言った時、苦しいような、笑ってるような、そんな顔が見えた気がした)
 思い返す『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)はぎゅっと杖を握りしめる。
 事情を少しでも知ってこうして向き合うとメリッサの声が表情の代わりに意味を持っているように思えた。
「いいよ、八つ当たりで。全部、受け止めるから!」
 だから、そう告げることに何の躊躇いもなかった。
「……残念ですね。そちらにも『僕』がいたらきっと君の味方になっていたでしょうに。
 八つ当たり、良いでしょう。これが最後なら、悔いのないよう全力で来てください」
「――あぁ、そうだ……もしかしたらそうなのかもね」
 こぶしを握る『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)の言葉に、メリッサは何かを小さく呟いた。
「……そうですか。繰り返しの中で、壊れ、摩耗し、己の力で終わらせた。
 そして、今回もまた自分の手で。ええ、良いでしょう。
 八つ当たりでも何でも、今までの何も分からないまま戦ってきたどの戦いよりもよっぽどシンプルでいい。
 かかって来なよ、全部受け止めて、全部殴り返してあげる」
 弓を取る『ただの女』小金井・正純(p3p008000)はそう真っすぐにメリッサへと告げ。
「こほん。ではシンシアさん、行きましょうか」
「……はい、正純さん」
 短く頷いたシンシアが剣を構えた。
 何かしらの違和感を覚えているようにも見えるのは、きっと間違いじゃなかった。
(皆が強い気持ちを持って戦いに望む、その場に立てている事がとても嬉しいのだわ。
 皆の気持ちを助けて後押しする追い風だって、イレギュラーズとしての在り方をそう決めたから)
 向かい合う皆の背を見つめ、『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は小さな笑みをこぼす。
 ふわりとした風が戦場を擽るように駆けていく。


「大丈夫……私が追い風を送るから。皆で、為したい事を成してちょうだい」
 華蓮は柔らかにそう言って、祝詞を紡ぐ。
 稀久理媛神の加護をうけるままに紡いだ祝詞はその身に加護と降ろす。
 優しい風と共に、仲間たちと、剣をとる遂行者とに。
 彼らの為したいことが無事に成されるように。
 そうすることが、華蓮自身の為したいことだった。
「メリッサさん、根性比べだよ」
 フランは誰よりも速く、メリッサの前に立つ。
 杖の先に咲いた小さな花はフランの誓いを形にかえてくれる。
 花弁には小さくて大きな誓いを。
 一人でも多く、守れるように――そんな、決意を。
「あたしが耐えてる間にメリッサさんが倒れるか、それともあたしが倒されるか!」
「――そうだね。今度こそ、貴女を倒してみせるよ」
 黒炎を纏う大剣がゆらりと動いて、フランに向けられた意識を証明していた。
「負けないよ」
 見えない顔と、目が合った気がした。
「僕も力の限りお付き合いいたします!」
 迅はイレギュラーズの起爆剤だった。
 飛ぶように駆けたその拳打が凄まじい速度でメリッサに肉薄する。
「やはり、貴方を起点にされるとやりづらいね」
 剣を横にして盾のように構えたメリッサがその動きに気付いたのかそう言葉にする。
「褒め言葉として受け取っておきますね」
 ぐんと伸びた拳が放つは迅狼八閃拳。
 その拳(きば)は速く、鋭く。
 刻まれた傷口からはメリッサを形作る滅びのアークが綻び出る。
「単純な火力だけなら他の方に分がある。
 だから私は、全力で嫌がらせをさせてもらうね」
 そう告げた正純は既に弓に矢を番え引き絞っていた。
 呪いと、祝福から解き放たれたその大弓はただの女が引く弓は、きっと天理すら貫くはずだ。
 放たれた矢は閃光のように一瞬のまたたきと共にメリッサの剣を砕くように撃ちだされた。
 雷撃を帯びた矢がメリッサの身体へと浸透していくのが良く見える。
「殴るんじゃなかった?」
「……まあ、セーフでしょう。殴ってはいますし。ね?」
 尾を引いた矢の刹那に語ったメリッサの言葉に正純が返せば、メリッサが短く笑った気がした。
「――お前さんの強み、潰させてもらうぜ?」
 レイチェルはその刹那に続くように弓を引き絞る。
 動きの鈍ったメリッサを射線の中央へ。
 引き絞られた紅蓮に輝く必中の矢は獄門より来たる禍ツ爪。
 押し寄せる重圧とあらゆる策を無に帰す炎。
 それはただでさえ雷撃に抵抗力を失っているメリッサへと炸裂する。
「──さぁ、咲き誇れ彼岸の華よ。獲物を蝕め」
 指先を噛み切り二の矢に交えた鮮血は致命的な猛毒。
 炸裂する炎は曼殊沙華の如く華を咲く。
 2人の射手は繋がれた射線を繋ぎ、メリッサヘたどり着く道を作り出す。
 汰磨羈はその軌跡に合わせるままに刀を振るえば良かった。
「貴女の攻撃はずっと真っすぐだね。いっそ清々しくて頼もしいな」
 そう語るメリッサが撃つ猛攻の全てに、真っすぐに最大火力を叩きこんでいくつもりだった。
 カウンターにも、反撃にも対策があるから――だけではない。
「この程度の痛みで臆するようでは、己の意思で地獄を繰り返した御主に勝つ事など叶わぬよ」
「――そっか」
 思いつめたような声色でなく、どこか綻ぶような声色でメリッサが口ずさみ、剣を受けていく。
「メリッサ、君がもしもの可能性の果てのシンシアならば。
 いつだって、助けてって、そう言って欲しかった……なんて。
 自分勝手かな、ごめんね」
 シキはその手に抱く剣に――命を繋ぐための蒼剣魔銃に熱を籠める。
「……どうだろうね。もっと早くにそう言ってもらえていても、きっと私は貴方達を頼れなかったよ。
 一人目を殺したあの時からずっと」
 剣身に纏う熱意をメリッサに向ける。
 振りぬいた斬撃は真紅の輝きを纏い、その身体に傷を入れた。
「シンシア、敵の抑えを抑えて頂いてもよろしくて? 一気に畳み掛けますわよ!」
 ヴァレーリヤは応じるままに前へと走り出したシンシアと共にメリッサを挟み撃つ。
「――どっせえーーい!!!」
 渾身の気合の雄たけびと共に穿たれる炎のメイスの一撃。
「もう一発、喰らって行きなさい!」
 翼を盾のように使って守らんとするメリッサへ、振りぬいた動きをそのままに追撃を叩きこんだ。
「く――流石に重いね」
 弾き飛ばされた翼の内側、そう呻いたメリッサの反撃の太刀を叩き落とす。
「――天より降ろす黒炎。炎は悪しき物を焼き払い、天主の恵みを与えるだろう」
 体勢を立て直したメリッサが空より言葉を紡ぐ。
 それは一種の聖句であったのだろうか。
 掲げられた大剣が炎を纏い、黒炎の斬撃がフランに襲い掛かり、その余波が後ろまで迸る。
 紡がれた連携の終わり、天より打ち下ろされたそれの合間を華蓮は弓を取る。
「――大丈夫、これが私のやりたいこと」
 白百合を模した儀礼弓に番えるは稀久理媛神の加護を受けた矢。
 稀久理媛神の神罰を代行する神罰の一矢は巫女の祈りに依り強かにメリッサの身体を撃つ。
 神の加護を持たぬ散るような炎の反撃は元よりそれほどの脅威にもなりえない。


 華蓮はこの戦場における盾役の1人だった。
 ぶつかる仲間たちの攻勢とそれを受けて攻め返すメリッサの攻勢。
 戦場の中心に立つ娘の目にはその死闘はありありと映っていた。
「焦らずいきましょう、その機を静かに待つのだわ」
 神罰の矢を降ろし、華蓮は神様への祈りを紡ぐ。
 追い風が仲間たちの目を養い、その速度を跳ね上げる。
「変な顔とか言ってごめんなさい。
 メリッサさんとか、選別とか、一人で頑張ってきたこととか、何にも知らなかった」
 フランは向けられる猛攻を真正面から受けながら、メリッサに言う。
「それは気にしてないよ……私だって言いたくないことだったから」
 そういう声を聞きながら向けられた刃を打ち払う。
(そうだね……多分、あたしも同じ立場だったら同じだと思うから)
 誰にも言えず、言いたくもないだろうと思う。
 その全てを自分で背負い込んで、終わりまで持っていこうとしたと思う。
「喪ったものは帰らないし、過去は変えられない。
 だから、あたし達に出来るのは『これからを変えること』なんだ。
 この理想郷を、終わりにしよう」
「――そうだね」
 振り払われる斬撃がフランの守りを削っていく。
「――ヴァレーリヤ」
 刹那を汰磨羈は声に上げる。
 攻めかからんとするメリッサの本の隙を穿ち、その刹那に通すべき戦術が一つ。
「こちらはいつでも万端でしてよ!」
 ヴァレーリヤはすぐさま応じ、メイスを降ろすようにして構えなおす。
「――行くぞ」
 その言葉を聞くや、汰磨羈は一気に妖刀を撃ちだした。
 叩きつける桜花破天。
 桜花を思わす無数の斬撃はメリッサの身体を天へと打ち上げる。
「くっ――」
 打ち上げられた天使が体勢を立て直さんと大きく翼を羽ばたかせた。
 だが、そんなものは汰磨羈だって織り込み済みだ。
 明らかに飛行状態での戦闘が可能な風貌でも、完全にその影響を無くせなどするまい。
 追撃の斬撃は殲滅の輝きを帯びた絶凍の太刀。
 飛翔する斬撃へと対抗すべく放たれたメリッサの炎が汰磨羈の身体を確かに打ち下ろす。
「――主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え」
 その動きの最中、ヴァレーリヤは既に聖句を紡いでいた。
 メイスから溢れ出す紅蓮の炎がぐるぐると渦を巻いてその時を待っていた。
 メリッサの反撃が汰磨羈を襲う――その刹那、合わせるようにヴァレーリヤはメイスを振り上げた。
 メリッサが息を呑んだような気がした。
 溢れ出す紅蓮の炎が濁流となり、改めて天へと駆け上がる。
 それは夜に燃える太陽。夜明けを告げるような炎の濁流。
 翼を盾のようにして守りを固めた無貌の天使を、炎が丸々と呑み込んだ。
「まだだ。まだ……負けられない」
 そんな声の刹那、紅蓮の奔流を内側から黒炎が塗り替えていく。
「ではこちらもまだまだ続けましょう」
 迅は飛翔するメリッサめがけて駆け抜けた。
 翼を生えた虎は黒炎を斬り裂いて姿を見せたメリッサの懐に拳を叩きつける。
 四方八方より打ち込む無数の拳を受けたメリッサの身体が綻びを見せた。
 最後のに撃ち込んだ拳の勢いのまま、メリッサの身体が地面へと叩きつけられた。
「まだ立てるよね」
 正純は短く問うもので。当然とばかりに立ち上がったメリッサに矢を合わす。
「そうだね。まだ立てるよ。壊れるまで、壊れても、私は立つしかなかった。
 だから、砕け散ってでも、立っていてみせる」
 そう語るメリッサの心臓辺り目掛け、正純は矢を穿つ。
 放たれた夜残の矢がメリッサにあわされ叩き落とされる。
 その余波がメリッサを穿ち、反撃が駆け抜けてくるころ、本命の矢は既に放たれた。
 赤き魔弾がメリッサの翼を一枚、吹き飛ばす。
「神は復讐を咎める、神の怒りに任せよと。
 だが神は手を差し伸べず。
 故にこの手を鮮血に染めよう。
 復讐するは『我』にあり──」
 巡る黒炎、レイチェルはそれを見つめ、自らの枷を静かに言祝ぐ。
 黒い炎を纏い全力で向かってくる娘に、同じ炎の使い手として、正面から相対さずしてなんとするのだろう。
 揺蕩う黒炎を打ち払うべく、紅蓮の炎は煌々と輝きを放ち、全霊の焔が少女を呑み込んでいった。
「……ごめんね、さよなら」
 その姿を見据え、シキは短くそう告げ、美しき蒼と白の銃剣に真紅の衝撃を纏う。
(何もしてあげられなかった、なんて思うのはきっとただのエゴだ)
 振りぬいた斬撃に合わされた反撃の太刀を完全に磨り潰し、メリッサの身体を斬り裂いた。
「……あぁ、私も、終わるのか」
 確かな一撃がメリッサの仮面を割っていた。
 シンシアとよく似た、それでいて少しだけ思いつめたような顔が覗いた。
「最期の一押し。私にできることをやるのだわ」
 華蓮は舞と祝詞を言祝ぐ。
 稀久理媛神へと奉る優しき巫女の舞が、声が稀久理媛神からの追い風を仲間たちへと齎していく。
 神の名において約束される幸運は仲間たちの力にほんの少しの追い風を――十分すぎる風を巻き起こす。


「今まで、たくさん頑張りましたね」
 膝を着き、それでも立ち上がるメリッサを見つめ、迅はそう声をかける。
 もう彼女に継戦能力がないことは明らかだった。
「……頑張れた、かな」
「ええ、絶望的な中でも、それでも救いを求めて精一杯の事をした君はとてもえらいです。
 こんな形でしか終わらせる事が出来ませんでしたが、どうかその眠りが安らかでありますように」
 そう呟くメリッサに肯定して、迅は構えを解いた。
「……そっか、そう言ってもらえたのは貴方達で初めてだよ」
「辛かったな、今まで。もう独りで業を背負わなくて良い。
 例え『もしも』の存在でも、お前さん達は確かに存在した。俺が記憶して忘れないでいよう。
 おやすみ、メリッサ。きっと皆が向こうで待ってるだろさ」
 レイチェルがそう声をかければ、少しだけ驚いたように目を瞠った。
「……そっか、あの子たちは私になんていうかな」
 ぽつりと、そう呟きながら目を伏せるメリッサは、どことなく穏やかな表情に見えた。
「御主が抱く感情の全てを吐露し、置いていけ。私達が、その全てを覚えておく。
 地獄はもう終わった。ならば、後は安らかに眠るといい」
 太刀を収めた汰磨羈の言葉に仮面を失ったメリッサが視線を上げる。
「遠い道だった……私は、貴女達の敵になれたかな。
 少しでも命を賭けて戦う価値のある敵になれたかな」
 ぼんやりと、メリッサは言う。
「あの子たちのことを全て背負って戦うだけの価値があったかな」
「星の巫女ではない、ただの小金井・正純として、シンシアさんの友人として。
 貴女の理想も、その手に浴びた血も、その全部を私は赦す。だから抱えたものを全部吐き出して」
 正純はメリッサの言葉を受けながら少女の手を取った。
「あの子も、貴女も、もう休んでいいんだ」
 思うのはあの都市そのものであった少年のこと。
 自らが着けた決着はその手が覚えている。
「そっか、休んでいいんだ……ふふ、そっか。あぁ、休むのなんて――いつぶりだろう。
 ……彼女と私は別物だから次は友達が欲しいな」
「星が巡った先で、また会おうねメリッサ」
 綻び行くメリッサが小さく笑みを浮かべた気がした。


 崩れ落ちていく。零れ落ちていく。
 その身体を、シキはそっと抱きしめた。
「ここまでよく頑張ったね。……もし、泣きたかったら泣いていいよ。
 弱さだって全部、受け止めてあげる」
 仮面の向こう側、曝け出された顔はその言葉を聞いて、少しだけ崩れそうに見えた。
「ありがとう……でも、私は泣くわけにはいかないよ。泣くても泣けないまま死んだ子供達がたくさんいたのに……泣くわけには、いかないよ」
 そう震える声を聞きながら、シキはそっと抱き寄せる腕に少しだけ力を籠めた。
「あぁ、そうだ。約束は守らないと――」
 そう言ってメリッサが顔を上げる。
 半分ぐらいは砕けてしまった何も描かれてない仮面と、紫色の瞳がフランを見ていた。
「……うん、そうだね」
 フランは少しだけ深呼吸をして、ギュっと握っていた杖を手放した。
(でも、描くなら、ヘンテコな顔じゃなくて――)
 穏やかに眠る顔がいいなと。
 向けられる顔を見て、手を伸ばす。
「……おやすみなさい、メリッサ」
 そうシンシアが呟く声を迅は聴いていた。
 少女の瞳が向ける意思はいかなるものか。
 彼女が強い子であることは知っている。
 それでも、違う世界とはいえ自分が死ぬ様子を見るのは辛いはずだから。
「言おうとしてたことは、迅さんに言われてしまいましたね」
 そんな迅へシンシアの方から話しかけてきた。
 不思議に思い、迅がシンシアの方を見やれば、少女の視線はメリッサの方を見続けていた。
「……あの私には、友達が居なかったのだと思います。
 お姉様と一緒に居れて、沢山の子供たちに慕われていて……
 でもその子たちは、皆……私が守らないといけない人達で。
 そしていつか、私が眠らせないといけない人達だったから……
 友達とか、味方、というか、隣に立って一緒にいてくれる人はきっと」
 そう語るシンシアは綻び壊れていく自分の最期をずっと見つめている。
「……だから、多分、そこが一番、私とあの子が違う所なんです」
 そう語ったシンシアの表情は切なく見えた。
「さて、大丈夫? シンシアさん」
 正純はそんなシンシアの様子に気付いてそっと歩み寄る。
「ええ、思っていたよりも……それに、あんな風に終われるのなら十分幸せな気がするんです」
「そう。それならいいんだ」
 そう言った正純を見て、シンシアが不思議そうに見ている気がした。
「前までのイメージと違う? まあ、ちょっと色々あって。こっちが素というか」
「そうなんですね……それなら私も、素でいていいかな?」
 そう言ったシンシアの表情はどこか綻んで張り詰めた糸を緩めた様に見えた。
 その声色と雰囲気は、つい先ほどまで見ていたメリッサとそっくりで、初めて2人が同一人物であったことを証明したように思えた。
「祈りましょう……優しかったが故に残酷にならなければならなかった貴女が、せめて主の御許で心安らかに眠れるように」
 ヴァレーリヤは全てが終わった後、祈りを捧ぐべく香炉を焚く。
「……私も一緒に」
 そう呟いたシンシアに応じて、ヴァレーリヤは聖句と共に祈りを捧げた。

成否

成功

MVP

小金井・正純(p3p008000)
ただの女

状態異常

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
優しき咆哮
フラン・ヴィラネル(p3p006816)[重傷]
ノームの愛娘
日車・迅(p3p007500)[重傷]
疾風迅狼
小金井・正純(p3p008000)[重傷]
ただの女

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。

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