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シナリオ詳細

<神の王国>センチメンタルグレイプリズン

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ウィッシュオブラブ
「私達は神に愛されている」
 お父様。お父様。
 確かにあなたはそうおっしゃった。
 だから私は決めたのです。神の愛を得ます。神の愛を得ます。神の愛を得れば、お父様の愛も得られるでしょう? まっすぐに突き進んだのですよ、私。あなたの御言葉を信じて。シスターの衣に身を包み、言の葉と時に暴力をもって、神へ敵対するものを退けてきました。十字架で殴りつけた僧侶は泣きながら私を見て叫んだ。
「狂ってる!」
 何を言っているのでしょうか。何を言っていたのでしょうか。まったく撲殺されるまでわめかれて、迷惑したのは私のほう。
 私は正常です。お父様、そうでしょう? 私は正常ですよね? 私はただ神の愛でもってこの世を上書きしたいだけ。私が思う、私の考える、正しい歴史を追い求めただけ。すべては順風満帆のはず。神はたしかに私へ報いてくださった。見えない目以上の鋭い感覚をくださった。理想郷を作るだけの力を与えてくださった。それもこれも私が神の愛を得たから。お父様の言葉通りにしたから。私は正しい。いつだって間違うのは私以外の誰かで、私ではない。御覧なさいな、この肉感あふるる肢体。これもまた神の寵愛の賜物。触れてもいいのですよ、お父様。このワインしたたる唇だって、あなたのものですとも。喜んでくださいますよね? 抱きしめてくださいますよね? お父様。信じています。ええ、あなたが私へ、笑顔をみせてくださること。それをもって私の理想郷は完成する。

●グレイアンダーグレイ
「アリシア」
「今日も美しいな」
「自慢の子だ」
「愛しているよ」
 アリシア・フィンロードは椅子へ浅く腰掛けて、頬杖をついていた。色欲の魔種でありながら、傲慢の配下へくだった魔種。それがアリシアだ。見えぬ目は確実に気配を捉え、鳥のように広域を俯瞰する。そのアリシアの周りへは、たくさんの男がはべっていた。皆、同じ顔で、同じ体型で、同じ格好をしている。娘でもいそうな、いい年の男だ。くたびれてきた素肌はざらついて透明感に欠け、しみやほくろが目立つ。貴族と思しき服装は、欲の皮をつっぱら貸してギラギラしている。男らは皆一様にアリシアの気を引こうとしていた。真珠のネックレス、赤いリボン、香り高い紅茶、甘ったるそうなケーキ。まるで童女を相手にするかのように。
「アリシア」
「アリシア、触れてもいいか」
「こっちを向いておくれ」
「父さんはおまえの為なら何でもするとも」
「アリシア」
 アリシアは見向きもしない。無数に伸ばされる手を魔力回路が邪険に払い除けていく。
「アリシア」
「ああ幸せだ」
「父さんが悪かった」
「この心はいつだっておまえのものだ」
「おまえといれて幸せだよ」
 降り注ぐ美辞麗句の数々。時折交じる悲嘆。そのどれにも、アリシアは眉一つ動かさない。薔薇の園を窓の外へ見ながら、アリシアはむっつりと黙り込んでいる。

●突入
「理想郷? これが?」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は、あまりの悪臭に顔を歪めた。鼻がもげそうな悪臭だ。進む、ここは、貴族の邸宅だろうか。窓から見える薔薇の園が美しいが、それを愛でる余裕を悪臭が削ぎ取っていく。
 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)もまた、不快そうに鼻をつまんだ。
「この匂いって……」
 騎兵隊を率いる彼女はよく知っていた。この、甘いような苦いような、これは。
「腐敗臭だ」
 恋屍・愛無(p3p007296)が短く答える。
「死体がある。どこかに」
「桜の木の下じゃないんだ」
 茶化したイーリンは、腐敗臭をもろに吸って咳をした。進めば進むほど、匂いがきつくなってくる。
 三人とあなたは冷たい大理石の廊下を駆け抜けた。寒々とした広間へ躍り出る。何十人もの男が、たったひとりへ言い寄っている。クローンのように、同じ顔の同じ声の同じ姿の男が。
「アリシア君」
 愛無は片足で床を蹴った。のろのろとアリシアが顔を向ける。
「言ったはずだ。僕は『よそ見』をされるのは好きではない」
 アリシアが肩を震わせた。
「くく、あはは、あっはははは!」
 哄笑が響き、ガラスが音波でひび割れた。ヨハンナが耳を塞ぎ、イーリンが歯を食いしばる。つと垂れた鼻血を、愛無はハンカチで拭った。
「ここは理想郷、私の理想郷。残念ですね、そこな怪物。せっかくここまでやってきたのに、無駄足になるとは」
「無駄足かね?」
「ええ、そうです。私の心臓はお父様とともにある。私は死なない。滅びない。だから負けない」
 愛無を支えるように位置取ったヨハンナは、アリシアが従える男どもへ視線を走らせる。
「こいつらのどれかが、アンタの心臓を持っているというわけか?」
「ふふふ、そういうことにしてあげましょう。最後まで足掻きなさい」
 レイチェルは眉をひそめた。
(そういうことにしてあげる? 俺の言葉に乗ったということか? ということは、アリシアは嘘をついている?)
 イーリンへ目配せすると、彼女も小さくうなずいた。
「十中八九、今の言葉は嘘ね」
「そう思うか、やはり」
「ええ、それにしても、うぷ」
 酷い匂い。何度嗅いでも慣れない、肉が腐れ溶け崩れていく匂い。
 愛無が一歩前へ出た。思考を整理しながら、アリシアへ問う。
「何を隠している?」
「さあ?」
 魔種は、あでやかに笑った。
(心臓は父とともにある、ゆえに不死身。これは信が置ける。アリシア君は父へ酷く執着していたはずだ。心臓、すなわち魂の置き場として父を選択するに決まっている)
 しかして。ゆらゆらとこちらへ迫ってくる男どもを、愛無は一瞥する。
(この男どもはアリシア君の父親によく似ているが、別物と考えたほうが良いだろう。すなわち)
 愛無はあなたへ顔を向けた。
「アリシア君の心臓は、本体と別の場所で保管されている。それを見つけない限り、アリシア君打倒は叶わないだろう」

GMコメント

みどりです。アリシアさんに引導を渡しましょう。

やること
1)『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』こと、アリシアの心臓を見つける
2)アリシアの撃破

●エネミー
アリシア・フィンロード
 色欲の魔種。遂行者。聖痕はもみじ。父の愛を求めて魔種になり、父を求めるがあまり遂行者になった。その父の姿が見当たらないようですが……。
 初期状態では無敵です。無敵状態を解除するためには、心臓を見つけて砕かなくてはいけません。
 A:哄笑 レンジ無視神域 【魅了】【重圧】【ブレイク】【識別】
 A:大鎌 物近扇 【魅了】【疫病】
 P:不死身 すべてのBS及びダメージを無効化する
 P:マーク・ブロック不可
 飛行

アリシア・フィンロード<無敵状態解除時>
 A:グレイザリッパー 物中域 【識別】【疫病】【致命】
 A:アッシュスクリーム 神超貫 【万能】【恍惚】【怒り】
 A:クラウドブラッド 神中単 【副】【必殺】【封印】
 A:ブロークントープハート 副行動を使用し、沼男を3体召喚する

沼男✕たくさん
 屋敷の中で群れている男どもです。全員同じ顔をしています。同一人物を元に作成されたようです。
 A:ラブユーアリシア 神近単 アリシアのHPAP回復
 A:インラブアリシア 神近単 アリシアのBS回復
 A:スカムオブザワールド 物至単 【滂沱】【狂気】
 A:ユーバスタード 物至単 【ブレイク】【退化】

●戦場
 薔薇園に囲まれた三階建ての屋敷です。たくさんの部屋がありますが、空気がこもっており、匂いをたどることができそうです。初期位置は一階の広間からで、前後に廊下が伸びています。
戦場効果 腐敗臭
 ターン開始時に【麻痺】付与。この判定は匂いが強くなるほど強力になる。
戦場効果 色欲の呼び声
 ターン開始時に【魅了】付与。この判定は無敵状態解除時に強力になる。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <神の王国>センチメンタルグレイプリズン完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
ロレイン(p3p006293)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮

リプレイ


「コンビ組むのはたしかに久しいな! 足を引っ張らねぇよう努めさせてもらわぁ!」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は隣を走る『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)をとんでくる痛みからかばった。苦痛には慣れている。そのいわおのごとき肉体は、いつだって誰かのために捧げられるもので、雄々しく頼もしい。
「ぶはははッ! 理想郷ってわりには随分と掃除がなってねぇな! ダメだぜぇ? こんな臭いさせてたらいくら美人さんでも勘弁ってなるもんだ! 風呂には入ろうな!」
 聞いているのかいないのか、それとも興味など無いのか、アリシアは何も答えない。その姿へ視線をやりつつ、イーリンは舌打ちした。
「私の偽物を誑かしたと思ったら、その貴方はもっと昔に誰かさんに誑かされていたのね」
 イーリンが赤い瞳を輝かせながら走り抜けた。次の階へ到達したと同時に後ろを振り返る。アリシアは大鎌を大きく振るった。階段が破壊され、瓦礫が舞い飛ぶ。
「だけど不均衡だった。だけど天秤はひっくり返った。愛する側が、おおきかったってことかしら。色欲にして傲慢、止めましょう」
 ――神がそれを望まれる。
 いつもの誓いの言葉を、イーリンは吐いた。その言は祝福の音色、その言は呪詛の響き。清濁どちらともとれる言の葉は、音にされて初めて意味を持つ。
 この腐臭の中では、味玉でさえ粘土に変わった気がする。『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)は、咀嚼したそれを飲みこんだ。
(ユーバスタード……)
 低俗な罵声だ。よく聞く嘲笑だ。そしてなにより、「よくあてはまる」。愛無はそれを知っていた。
(父親にとって、さぞかし君は目障りだったのだろうな、アリシア君。なにせ君は優秀だ。嫌でも目立つ)
 飛んできた攻撃をひらりと避け、愛無はさりげなく振り返った。沼男をはべらせた、アリシアが、大鎌をもったまま宙を滑ってこちらへ近づいてくる。緩慢とも言えるその動きは、余裕すら感じさせた。
(よくある「不正義」といった話だろうが、当事者からしてみれば、それですまないのも事実だ。僕も親に捨てられた身ではあるゆえに、わからんでもない)
 足で床を蹴る音が高く響く。一同は腐敗臭の源を求めて走っていた。アリシアは音を的にしてうごいているようだった。彼女は盲目であるが、それ以上に優れた感覚も有している。見えぬ目は、些細なペナルティに過ぎない。
 愛無は口を閉じた。鼻も閉じてしまいたかった。腐敗臭は刺激が強すぎ、この身を蝕むかのよう。
「この匂い、いくら嗅いでも慣れんなァ」
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の、しかめた顔に憐憫を漂わせた。
「……アリシアの父親はおそらく、既に仏さんだ。この世にはいない」
 断言する、それだけの状況証拠が揃っている。途切れない腐敗臭。父とともにある心臓。隠された存在。それをいまから暴かねばならないとわかり、ヨハンナは憂鬱だった。
「早く見つけて、最後はちゃんと弔ってやりてぇ」
「どうにかしたいな。さっさと」
『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が応じた。
「酷い匂いだ。犬の身としちゃ、これはかなり堪える。鼻の奥へ針が刺さってるかのようだ」
 ゆらめくアリシアからまたも強烈な一撃が放たれた。アルヴァは宙返りをしてこれを避け、ヨハンナよりも前へ出る。
(狂った人間は、ことごとく自らを正常だという)
 アルヴァは目を細めた。
(どうしてわかるか? いいや、きっとわからないだろう。なぜなら、誰しも自分は正しいと信じてやまないからだ)
 正常と狂気は程度の度合いに過ぎず、誰も彼もが心の底に何かを秘めている。だがその獣にも似た想いに、食われてしまってはならないのだ。食われたが最後、理性ははじけとび、獣は表へ姿を表す。アリシアのように。
「けっ、ファザコンが。直ぐにその父とやらに会わせてやるよ」
 哄笑が聞こえる。まるでアルヴァたちの努力をあざ笑うかのようだった。
「愛を得るのに必死になるのは理解できるが、ね」
『記憶に刻め』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)がそのオッドアイをまたたかせる。
(心を奪うことができなかったから、支配することを選んだ……か。色欲の魔種が鞍替えしようとするぐらい、傲慢の権能は使い勝手がいいのかね?)
 なにもかもを欲しがった果ての女は、結局、なにも手に入れてはいないようにみえる。この理想郷という名の鳥かごがせいぜい。ここで過ごす日々は平穏ですばらしいのだろうか。はたして、永遠に続く満足と幸福なるものは、存在するのだろうか。
 ロレイン(p3p006293)は首を傾げる。
(こんなものまやかしだわ)
 永遠という言葉の薄っぺらさに、ロレインは吐き気を催した。同じ顔の男を山程従え、似たような愛の言葉を浴びて、それでいてむっつりとつまらなさそうな顔でいたアリシア。答えは既に出ているようなものだ。
「色欲のハーレムも、ここまで行けばいっそ立派ね。擬似的な不死まで引っ提げているようだけど……」
 ロレインは心に決める。そして宣言する。
「貴女はここで、確実に滅ぼすわ」
 アリシアに足場を破壊され、ロレインは後ろへ跳んだ。崩れ落ちていく階段。その荒れたなにもない空間に、『闇之雲』武器商人(p3p001107)は立っていた。
「理想の人々は死なず、遂行者の望むままの世界で、不自然なほど明確な腐敗臭」
 流れる銀糸が、つややかに光る。
「理解しているのだろ? 『父』が誰か、『父』が何か。そして『それ』がたとえ生き返っても、自分が望まれないことを理解しているから、腐敗の咎に包まれながら、明確に違うとわかる『偶像』を侍らすことしかできないと」
 ヒヒと細い笑い声が響き渡った。かすかな、それでいて神経をささくれさせる挑発の音色だ。
「憐れもうか?」
 耳をつんざくような哄笑が、なぜか、悲鳴に聞こえた。


「……腐敗臭がしてるということは、肉は残っていそうなのが幸いか」
 武器商人のつぶやきに、マニエラが苦笑した。
「残っていたとして、はたして生前の姿が拝めるだろうか?」
 その後ろでは、ロレインが魔力による無数の盾を展開していた。アリシアを押し返さんと迫る盾の群れが、大鎌の一振りによって雲散霧消する。
「残念ね、行けると思ったんだけど」
 足止めはムリ、ということね、そうロレインは結論づけた。飛んできた斬撃。ヨハンナはロレインをかっさらうように守った。床が裂け、亀裂が走る。
「無理して戦うことはねぇよ。あいつはいま不死身なんだ」
「そうね」
 ヨハンナはロレインとともに、落ちてくる梁をくぐり抜けた。腐敗臭はますます強まっている。埃のあいまから顔を出すのは、沼男の群れ。アルヴァはミサイルのような素早さと正確さで、沼男の群れへ飛び込む。
「さぁ、かかってこいよ。だれでもいい、どいつからでもいい。俺からこれ以上、奪えるってんならな!?」
 数々の戦いの結果、アルヴァはいくつかの大事なものを失った。それ以上に、得たものがあった。だから後悔はしていない。襲い来る沼男の、頭を蹴飛ばし、頬を殴り抜けて、物言わぬ屍に変えていく。
「こいつらは不死身じゃないんだな。奇妙だな、アリシア。自分だけ永遠の存在になって、こいつらがぼろぼろ死んでいくのは頓着しないなんて。不思議だよなぁ、もしかして、本当は、こいつらのことはどうでもいいのか?」
 アリシアは返事をしない。ただ、嗤い続けている。
「ここは俺に任せて先へいけ!」
「いいえ、みんなで一緒に行くのよ、そう決めたの。私がね」
 イーリンがマニエラへ顔を向けて叫ぶ。
「合わせで踊るのは久々かしら。舞の壱から手詰めを探すわよ!」
「私の神楽は他人と合わせるようでは無いんだが、ね?」
 マニエラが手を伸ばす。その手を取ったイーリンがワルツでも踊るかのようにマニエラを抱く。ふたりがターンするたびに、ふくいくたる芳醇な空気がつかの間腐敗臭をかき消し、呼吸を楽にさせる。
 マニエラがちらりと近づいてくるアリシアを見やった。
「攻撃は効かない……厄介な不調を使う、か。速戦即決とはいかんな。先ずは高みの見物決め込む奴を、同じ土俵に落とす……」
 マニエラの瞳が鋭い光を放った。
「それまで、耐えさせる」
 淡い光がイーリンとマニエラから放たれる。ゴリョウはそれを受け、大きく吠えた。
「まあなんせ俺は浮気するわけにゃいかんのでな! ぶははははッ!」
 窓ガラスを裏拳で破壊し、こもった空気を外へ逃がす。それと同時に、アリシアの哄笑の痛みをその身へ受ける。
「このへん、臭いがきついな。鼻がイカれちまわぁ」
 アリシアから距離を取り、一同はひたすらに走った。
「お父上はどこにいそうかな?」
 アリシアと遊ぶかのようにことをかまえていた武器商人へ、ロレインがぼそりと答える。
「そうね、色欲ならやっぱり、寝室ではないかしら」
「さらりと言いやがる。君のそういうところは好みだ」
 愛無が寝室のドアを蹴り開ける。これまでになく濃い臭気があふれだした。扉へ両手をかけ、中をのぞきこんだ愛無がつぶやく。
「ハツとか好きだけどな。あまり食事を楽しむ景色ではないのが残念だ」
 天蓋付きのベッドからは、大量の蛆がこぼれ落ちていた。


 桃色のカーテンをひらくと、目が痛くなるような臭気が押し寄せてくる。成人男性一人分のタンパク質が分解されればそうもなるだろうと、愛無は冷めた頭で考えた。無数の蛆が動き回りまるで肉が波打っているかのよう。腐肉を食らう蝿は数えるのも嫌になる。汚濁の真ん中で、場違いに輝く赤いいのち。ルビーの彫刻のような心臓だけが、奇妙に美しい。
(これが、アリシア君の……)
 愛無は手を伸ばしてそれを持ち上げた。にちゃと粘液が糸を引く。背後から声が聞こえた。
「手を離しなさい、そこな怪物」
「実の父と寝室でなにをしようとしたのかね? アリシア君」
「答えるほどのことでもないでしょう?」
 そうさねと愛無は振り向いた。
「なんにせよ、僕は傭兵で、神の国を破壊しに来た。だから君も壊す。アリシア君」
 ルビーの心臓を握りつぶすと、あっけなく砕けて消えた。アリシアの姿が変わる。あばただらけの、痩せぎすの、長いだけで手入れのなっていない髪の醜女に。
「再戦といこう。不死身とかいう、ずるっこなしでだ」
 愛無の肩で肉が集まり、渦巻く。現れた魔眼がアリシアをとらえた。アリシアの見えない瞳が怒りに揺れる。
「怪物ごときが……」
「聞き飽きたよ、アリシアの方。キミを見ていると、すっぱいぶどうの話を思い出す。本当に欲しい物へ手が届かず、難癖をつけて諦めた狐の話をね」
 するすると武器商人の影が伸びていく。小さな手がぷつりぷつりと現れては、茨へと姿を変えていく。金の冠と銀の冠、黄金としろがねの二重奏が武器商人を彩っている。もはやどんな脅威も、そのモノを傷つけることは敵わない。青い炎が武器商人を包んだ。それは主人の権能の一部。頭を垂れ、這いつくばる従者の焔。蒼が練り上げられ、鋭い槍へと変わっていく。
 影によって縛り上げられたアリシアが、青い槍によって串刺しになる。アリシアが憎悪に顔を歪ませ、声を上げた。
「ええ、もう、なにもかもが私の足を引っ張ってばかり! バカバカしい! 腹立たしい! 全て滅んでしまえばいい!」
「滅ぶのはそっちだ! 魔種!」
 ヨハンナが紅イ月に似た魔法陣を宙へ描く。それを拳で割ると同時に、衝撃波がアリシアと沼男へなだれ落ちる。苦痛に身を捩りつつも、沼男がアリシアへ回復を飛ばしている。
「血ぃ食らうのは好きじゃねぇが、本気で行かせて貰おうか! アリシア、アンタの無念を、俺等が闇へ還す! だから安心しなぁ!」
 右半身が熱い。ヨハンナを守るストッパー、術式が解除されたのだ。空気をかき回すように右腕をふるい、金銀の粒子を身にまとう。あとはただ押し出すだけだ、溜まりに溜まった魔力の奔流を。
「神はいつだって不平等で、神はいつだって沈黙している。故に、俺は、ヨハンナの名の下、右目に映る世界を壊す……!」
 復讐、それがヨハンナの一生を彩ってきた。熱い想いは破滅を望むものか。それとも、未来を信じるものか。いまはまだヨハンナ自身にもわからないけれど。
「そもそも、この世に神などいない。神がいるなら、こんなことになっていない」
 アルヴァがハウンド&キメラをかまえる。目標を中央へ。サイトの真ん中へ。聖剣の輝きを帯びた弾丸が、歓びの声を上げている。
「キミも判っているはずだ。もう、どうにもならないと。……それで、この理想郷は幸せかい?」
 引き金をひく。ライフリングを通った弾丸が、アリシアの肌を引き裂く。黒い血が飛び散る。魔種の証の血が。アリシアはひきつった声で何事か叫んでいる。大鎌を振り回す様子は、子どもが駄々をこねているかのようだった。
「わかってねえな。幸せって顔してねえから聞いたんだ!」
「黙れ!」
 アリシアの大きな瞳から、一筋涙がこぼれ落ちた。存外に清い色の涙だと、アルヴァは鼻で笑った。
「てめぇの幸せは、てめぇで掴むんだよ。神とやらになんとかしてもらおうなんて、考えたからこうなったんだ。因果を歪ませ、運命を逆回転させりゃ、そりゃこうもなる」
「ふっ、ようやくステージから引きずり落とせた。ここからは、私達のステージだ。改めて……速戦即決で行こう」
 マニエラがぐるりと頭を振り回した。銀糸が宙を薙ぎ、腐った空気を割いていく。
「弾は私たちで用意する、全力で頼むよ?」
 足元から伸びゆく聖なるかな。ひとつひとつが天上との交信。マニエラの神楽は、清純にして妖艶。あまたの力を誘惑し、己の意のままにする。一瞬、最盛期の姿と重なったマニエラは、指先で狐の窓を作った。そこからのぞきこんだ先にいるアリシアが、床から飛び出した巨大な狐の牙に引き裂かれる。
 血を流しながらも、アリシアはまだ敗北を認めようとしない。
「ゴリョウ、悪いわね、気を使わせて。今度はこっちが背中を守る番よ!」
「ぶはははッ! 水臭いこと言うない司書殿! だが存分に頼らせてもらうぜ!」
 産まれては潰れ、潰れては産まれていた沼男を、ゴリョウが軽々と引き受ける。吹き飛ばされた沼男は、起き上がるなり隣の男へ殴りかかる。
「さぁ、同担拒否で泥沼状態の始まりだ! 愛を標に数だけ揃えた雑兵とか、ちょいとつつけばこの通りよ! そして何より、『姫』がすべるサークルなんざクラッシュするのがお約束ってもんだろうがよ!」
 ゴリョウの影響から逃れた沼男が、アリシアへ近寄ろうとする。その頭をむんずと鷲掴み、ゴリョウは強く笑った。
「同じ端役同士。舞台の隅っこで、大人しく遊んでようぜ! な!?」
 ゴリョウはタンクだ。誰よりも固く、誰よりも重い。その存在感でもって、沼男をつぎからつぎへとアリシアから引き剥がしていく。回復支援のなくなったアリシアの、見た目だけは細い体へ仲間によって次々と傷が刻まれていった。
 イーリンはそんなアリシアへ近寄っていく。
「愛は与えるもの。恋は、奪うもの。奪い、育まず、淀み、腐り」
 鞘走る剣がアリシアの腹を裂く。黒い血がほとばしり、アリシアはイーリンへ悔しげな視線を送った。
「貴方に必要だったのは、パパンのげんこつよ。違う? 目を覚ましなさいよ!」
 アリシアはもはや言葉もない。その身に、罪が重くのしかかる。
「認めるものですか……おのれ……。私が、間違っていたなどと……」
「真に欲しかった愛は、永遠に得られないまま……憐れね、アリシア、まことに盲目なる者よ……」
 ロレインは自分の豊かな胸を叩き、二回柏手を打つと、片手を天へ掲げた。光明が召喚され、傷が癒やされていく。そしてその勢いで、ロレインはアリシアへ肉薄した。十字架が輝き、二丁拳銃へ変わる。ロレインは両手を水平に伸ばし、回転するかのように半身になった。
「まずはひとつ!」
 右の拳銃から発射された弾丸が、アリシアへ命中する。弾道を、桜の花びらを思わせる光がふちどる。
「つづけてふたつ!」
 半回転したアリシアの左手の拳銃からさらに狙撃。あふれだす桜の花びらが色濃くなる。
「これでしまいよ」
 両手を胸の前へ、まっすぐに。2丁拳銃から花びらがあふれだす。業火を思わせる濃い赤が、アリシアへ向けて発射される。銃弾がアリシアの胸を貫き、最後の絶叫をあげさせた。


 砕けていく。世界が。砕けていく。理想郷が。すべては破片の向こうに消えていく。
「アリシア君。ぱぴーとともに、地獄へ旅立ったか」
 愛無は片手で何かを握るように動かした。アリシアの心臓を破壊したときの感触が、その手に色濃く残っていた。
「都合の悪いものをみようとしなかった親子の末路。所詮はまがい物。キミも僕も。この理想郷もな。念願の二人暮らしを、地獄で始めるといい」
 そして真顔のままつづけた。
「僕のような善人は、天国へ行くだろうからな。結末を見ることができないのが、残念だ」

成否

成功

MVP

ロレイン(p3p006293)

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

アリシアさんは討伐されました。成功です。

またのご利用をお待ちしております。

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