シナリオ詳細
<悠久残夢>サハイェルの戦姫
オープニング
●
かの隣界は真綿のようだ。
神も魔も特異点も持たない無垢の綿。
故に滅びという名の水を良く吸い上げる。
あの神にうち捨てられた古い実験場は、生きとし生けるものを既に見放しているが。
一方で、こちらの世界――無辜なる混沌はずいぶんと貪欲だ。
琥珀が太古の生き物を飲むように、さながら老婆が生娘の生き血を啜るように。
ああ、生き血といえば、ティベリヤのエルゼベートも死んだのか。
まあいい。いずれ遅かれ早かれだ。人も、竜も、魔も、この混沌さえもな。
ともかく、無辜なる混沌は可能性を吸い寄せる。それは世界さえも例外ではない。
北の大地に眠る遺跡も、深緑の迷宮も、あるいは積み上がった果ての迷宮さえも。
すべて異界のかけらなれば。
ゆえに隣界がやがてこの混沌へ飲まれる時、そこに蓄積された滅びのアークが向かう先はどこか。
答えは自ずと知れている。実にエレガントなプランだ。
では、お手並み拝見と行こうじゃないか。
全く忌々しいことに、この程度の滅びでは奴らに太刀打ち出来まいがな。
――『アークロード』ヴェラムデリクト
●
アラウダ軍団の砦(カストラ)、その貸し与えられた一棟にイレギュラーズは座していた。
石造りの街道を布きながら進軍し、この石造りの砦を僅か三日で建造したという。
現代の幻想と比較すれば素朴な技術体系だが、運用の練度は目を見張るものだ。
この世界は滅びによって脅かされており、その元凶は魔王イルドゼギアではないかと推測されている。イレギュラーズは事にあたり、古代人の軍勢と共に魔王の居城サハイェルを目指していた。
隣界プーレルジールは、古代の混沌を模している。
「混沌にあって隣界に足りないものを、わたくしが預かる佐伯の研究室に分析して頂きました」
ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)が言うには、プーレルジールには足りていないものがあるという。それは『空中神殿』『特異運命座標』『魔種』『旅人(ウォーカー)』だ。
「例えば鴉殿(パズルピース)が欠ければアイオンは勇者たり得ず、と」
「仰る通りです。そして魔種の暗躍がなくば諸氏族の不和もありません」
新田 寛治(p3p005073)にディアナが答えた。
「古代人、研究室では便宜上、厳密な区別として隣界種(カオスネイバー)と呼んでいますが」
「カオスネイバー!」
セララ(p3p000273)のテンションが上がる。
「共に手を携え、この世界から滅びを祓う必要がありそうです」
「旅人は居ないって話しスよね、イルドゼギアはどうなんスか」
佐藤 美咲(p3p009818)の疑問はもっともだ。イルドゼギアは旅人とされている。
「どうも、『イルドゼギア当人ではない』とか」
答えたのは普久原・ほむら(p3n000159)だった。
「アーカーシュのような浮島がたくさん残って居るのも、魔種の暗躍がなかったからかしら?」
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が考え込んだ時、唐突な拍手が響いた。
――『それ』はいつからそこに居た。
闇がわだかまっている。
「まずは、ご名答と言っておこう」
一行が振り返った先で、手を叩いているのは貴族然とした男だった。
「どちらさま、なのですか?」
メイ(p3p010703)の胸奥が早鐘を打つ。
気配が放つ圧倒的な滅びの力は、生命の危機さえ告げている。
「お初にお目にかかる、いや『お前』については久しいな。元気にしていたか」
男の礼は幻想貴族の習慣に則ったものだった。
「…………お父……様……?」
「――ッ!?」
アルテナ・フォルテ(p3n000007)の言葉に、シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は思わず目を見開いた。アルテナの父は、貴族間の政争で死亡したとされていたからだ。
それは一介の冒険者から名門貴族へ婿入りを果たした世紀の成り上がり者、十年ほど昔に歴史の闇へと葬られた不和の象徴――
「いかにも私はアンリ=ニコラ・ド・ディストラーディと名乗っていた」
沈黙が訪れる中、肩を震わせるアルテナの手をシフォリィは握った。
「落ち着いて、アルテナさん。そんなはずはありません」
「何故そう言い切れる。たった今、お前等が言っていたんだぞ。魔種の暗躍がないから歴史が違うと」
男が得意げに述べる。
古代、残虐非道なクラウディウス一族を作り上げ、その長となり、やがて討たれた者。
そしてなぜかプーレルジールには影も形もない男。
「そのユリウス・マクシミリアヌス・クラウディウスも、私なのだとも」
「……」
そして浮遊島が多く現存していることも。
「この世界――プーレルジールの私は、遙か太古に『人のまま』死んだのだろうからな」
「…………」
「改めて名乗らせて頂こう。魔種(デモニア)『アークロード』ヴェラムデリクトと申し上げる」
「ほう」
恋屍・愛無(p3p007296)が瞳を細めた。
「仕事をしない上司――冠位共の代わりに働きづめの、しがない中間管理職に過ぎんがね」
「それで、ご用件のほどは?」
寛治が一歩前へ歩み出る。タフな交渉になるのではないかと考えてのことだ。
「お前等は実に何もかもを滅茶苦茶にしてくれたものだ、何もかもをだ」
男が吐き捨てた。
「腐りきった国々をすっかり平和ボケさせ、冠位すら滅ぼし、竜とすら手を結ぶ」
ヴェラムデリクトは「全く忌々しい」と、首を振った。
「だが冠位すら滅ぼす相手と、無策で戦いに挑むほど、私は愚かではないつもりだ」
「……」
「分からんかね。私は握手をしに来たのだよ。魔法騎士セララ、お前が好むやり方をしてやるんだぞ」
そして手を差し伸べてきた。
「……ボクは」
セララすら、一瞬言葉を詰まらせる。
「ここは一つ、お友達になろうじゃないか。我が娘もお前等とずいぶん懇意にしているようだしな」
シフォリィを眺めたヴェラムデリクトは、皮肉気に笑った。
「忌々しい女にこれまた似ているが、まあ案ずるな。運命の悪戯は今のお前の責任ではない」
「じゃあ、私……お父様、は」
「安心しろリーラ、いやアルテナなどと名乗っているそうだが。お前は純然たる人間だ」
「……」
「化け物(デモニア)に生まれなくて良かったな、人間種(カオスシード)」
「…………」
「不服かね、仮初の家族とはいえ、愛情は注いだろう。魔種が家族を愛して何が悪い」
「…………」
「で、どうする。友人、停戦協定、友好条約――呼び名は何でもいいが、さっさと決めたらどうだ」
差し伸べられた手は、けれど誰も握ろうとはしなかった。
「もののついでだ、策もやろう」
男が指を鳴らすと、魔術スクリーンが描き出される。
そこに映っていたのは、アーカーシュ同様の浮島だ。
「サハイェルへ進軍するなら、浮遊島の一つでも使えばいい。お前等なら使い方だって分かるだろう」
「ご提案を感謝しますが、なにぶんそちらのメリットを感じないもので、如何とも」
寛治の指摘は鋭い。
相手にはなんら利益もないと思える。
そもそも信用出来る間柄ではあり得なかった。
「ハッ、もちろん私とて、終焉獣を引き連れてお前等にけしかけることぐらいは考えたさ」
そして大きな溜息を吐き出しながら、首を横に振る。
「だがお前等、全滅させるだろう。冗談じゃない。それこそ滅びのアークの浪費というものだ」
親指で自身の首へ横一文字を引いた。
「私もこうはされたくないんでな、やり方を変えん馬鹿がどこにいる」
「なるほど、しかしメリットとしては弱いと言わざるを得ませんが」
「小賢しい男だ、ではもう一つ、贈り物をやろうじゃあないか」
ヴェラムデリクトが一拍手を叩く。
すると、突如現われた一人の女性が、床へどさりと崩れ落ちた。
「あな、たは……」
シフォリィが慌てて駆け寄る。
「介抱してやれ。健気にも、魔王討伐のため単身サハイェルへ向かった結界師――」
銀髪の女は、シフォリィにひどく良く似ていた。
「――だが間抜けなことに、砂漠で行き倒れたフィナリィを拾ってやったんだからな」
ヴェラムデリクトは踵を返して手を振った。
「せいぜい良く考えておけよ。ではな、リーラ。お前は長生きをすることだ」
そして闇へと掻き消える。
辺りには重い沈黙だけが残った。
●
「アラウダ軍団、全軍集結致しました!」
「よろしい」
数刻の後に、一行は砦の広場に集まっていた。
居並ぶのは諸氏族の代表達、そして部下たる精鋭の兵士達である。
イミル氏族代表のフレイス・ミーミルが一同を見渡し、片手を上げた。
「これより諸氏族連合軍はサハイェルへ攻撃を敢行する」
「異議なし」
代表達が次々に片手を挙げた。
幻想の亡霊だったフレイスは、この世界では生き生きと見える。
良く笑うし、明るく闊達としており、義に厚く情が深い指導者のようだ。
勇猛果敢で腕っ節も立つのだから、氏族の皆に愛されているのだろう。
混沌では不倶戴天だったクラウディウス氏族とも上手くやっている。
本来であれば、これが彼女の本質なのだろう。
空には巨大な浮島が鎮座していた。
結局、一行はヴェラムデリクトの提案する作戦を採らざるをえなかった。
サハイェル砂漠から魔王の居城へ向けて進軍し、諸氏族連合は正面から終焉獣を攻撃。
イレギュラーズは浮島からゴーレム軍団を投下して挟撃し、多数の敵軍を分断。
その後、敵拠点へ降下して斬首するという、イレギュラーズお得意の戦術だ。
「で、なんで居るんスかね」
「そりゃ、仕事だからだろ。バックアップはおなじみのマキナだ」
美咲が眉をひそめる先に居たのは、元上司のジオルドだった。
練達もこの異世界にアプローチしているという訳だ。
「お前はもう、俺の部下じゃあない。だが戦友であってもいいだろう?」
「では、その作戦に私も同行させて下さい」
「我も黙ってはおれん、共に行こうぞ」
一行にはフィナリィとフレイスも同行してくれるようだった。
「ではクラウディウス派からは、このマクシムスがお供致しましょうぞ」
「助けて頂いた恩も返さなきゃですし、ていうかシフォリィさんでしたっけ、すごい似てません?」
「あの、ええと。まあ、それは」
首を傾げるフィナリィに、シフォリィが言葉を濁す。
正面からぶつかる諸氏族連合の主力軍と、敵将を討ち取る一行等遊撃隊という編成となる。
「では全軍の指揮は私が受け持ちましょう」
クラウディウスの軍団長が胸を張る。
これにはクラウディウス諸氏ならず、イミルの民すらも力強く賛同した。
混沌ではいがみ合っていた氏族同士が、上手く団結出来ている。
これなら、そちらは任せて良いだろう。
「では作戦開始、諸氏の健闘を祈る!」
――そんな戦場の対角、魔城サハイェル外郭のこと。
「ふ、ふふふざ、ふざっけんなよ!」
「シュナルヒェン様ぁ……」
「勝てるとお思いで? この? 四天王最弱の? シュナルヒェンが!?」
言葉の終わりは『に』ではない。『が』である。
「で、ではこのシュナルヒェンめが終焉獣を率いて、ど、どうにか」
「ならば私、最弱のシュナルヒェンは右翼を固めましょう」
何か、ちまこいのが、沢山居る。
いずれも豚耳を付けた、愛らしい少女のぬいぐるみのように見えた。
だが全て、瞳がうつろである。
胸の辺りに、あるいは腕に、スライム状の怪物が取り憑いていた。
寄生終焉獣という存在だろう。
殺さないよう戦闘不能にし、上手く寄生を解くことが出来れば新たな可能性もあるかもしれない。
「と、ととと、とにかく。ここは、通したらやばやばのやば!」
「魔王様が、困る」
どれもこれもシュナルヒェンなのだろうか。
本体が居るのか、それとも分身や何かなのか。
それはともかく終焉獣と合わせれば数が多いことには違いない。
いずれにせよ、イレギュラーズは敵を打破し、この世界から終焉を退けねばならない。
- <悠久残夢>サハイェルの戦姫Lv:50以上完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●
手に馴染んだ武器も。
出がけに掴む鞄も。朝を共にする、ちょっとしたマグカップでも。
どんなに丁寧に扱ったとしても、買ったばかりの時とは違ってくる。
ちいさな傷やへこみなど。けれどそれはかえって愛着を抱かせるものでもあった。
浮遊島の制御コンソールに手を沿えた『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は、『同じものではない』ことを感じていた。
そこはアーカーシュと全く同様の作りをしている。
けれど、同じものではないと分かる。
「笑い方が、全然違うものね」
少なくともオデットにとって、制御する精霊は完全に別の個体だった。
それは新たな友人との出会いとも言え――
一行は浮遊島に乗り、近世界プーレルジールを旅していた。
「自分の住んでいる世界と隣り合う、もう一つの世界があるって面白いなって、メイ、思ってたです」
それも酷似しているならば、『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は考える。
「この世界にも、メイやねーさまがいるのかな?なのです」
逢いたいような、会いたくないような気もするがそれはそれ。
「よもや我等が古代の民と呼ばれようとは!」
愉快そうに笑ったフレイスは、混沌の史実においては悲惨な運命を辿る者だった。
古代幻想において、彼女は歴史に翻弄され、復讐の悪鬼と成り果てた。
だがこの世界では違う。フレイスは民に慕われる勇猛果敢な指導者だった。
この世界には旅人も魔種もイレギュラーズも存在しない。
フレイスの場合は魔種によって運命を狂わせられたのだ。
プーレルジールは無辜なる混沌の生き写しのようだが――
「ざっと数百年とか千年とか、そのぐらい違うんですかね」
――だからなのか。普久原・ほむら(p3n000159)の言葉通り、この世界の時間軸は混沌より遙かに古い。
「なぜこの世界が成立したのか、そして近世界へ渡航出来たということは……」
あるいは旅人(ウォーカー)であるディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)が夢見る、元の世界へ帰還する方法の手がかりとなるかもしれず。
いずれにせよ。
この世界では伝説上の人物さえ――混沌とは同一でないにせよ――存在している。
たとえば――
(まさか寝物語に聞いた勇者様(フィナリィ)と肩を並べて戦うことになるだなんて、ね)
視線を送る『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が見たもの。
「見かけないと思ったら、単身サハイェルへ向かっていただなんてね……」
「……」
ぼやいた『銀焔の乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)に、なぜか視線を逸らした『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の表情はどこか渋い。
「あの、何か?」
――小首を傾げた幻想種の美しい女性、フィナリィのように。
シフォリィとあまりに良く似たフィナリィは、混沌ではシフォリィの前世とされる人物だ。
けれど何より勇者アイオンの仲間であり、古代幻想で悲愴な最期を遂げたとも伝承されている。
果たして――幼少のヴァレーリヤが聞けば、なんと思ったことだろう。
「なんともどこかの誰かさんと似て無茶をする人ね、そう思わないかしら? シフォリィ?」
「ですから、そんなことは一度しかないのだと」
「だから、あるのだと」
「あの……」
そんなやり取りの中で、シフォリィはふとアルテナ・フォルテ(p3n000007)へ視線を送る。
この島の存在を教えてくれた者――魔種ヴェラムデリクトは、アルテナの実父だと語った。
魔種は不倶戴天の敵であり、当然のことながらアルテナはひどく困惑している。
死んだとされる父が生きていた。だがこともあろうに魔種であった。ならば当然の反応だろう。
「お父様に会えてよかったですね」
「え」
シフォリィは自身も抱く困惑を隠して、あえてそう述べた。
「生きているなら、聞きたい事を聞くことが出来ます」
「……」
「答えるかは別ですし、現状は敵ですけど。それでも」
「そうね、ありがとう。そんな風に考えたほうがいいものね」
「はい。ですからアルテナさん、ここを乗り越えて聞きに行きましょう」
シフォリィが続ける。
「なぜ貴方は魔種になったのか、何をしたいのか。答えを出すのは、それからでも遅くない筈です」
「……なんて、余計なお節介ですかね?」
「ううん、全然」
「とにかくこれからの戦場は別々ですが、終わらせて確かめに行きましょう!」
「そうね。本当にありがとう」
そんな様子を横目に、『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)は案じる。
(何かあの高いワイン飲みながら蘊蓄とマウントとってきそうなおっさん。名前が矢鱈と長いやつ)
ヴェラムデリクトの横槍は気がかりだった。
戦うだけならば後れを取ることはなかろうが。
(アレがアルテナの父親とはな)
同じく『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)もまた。
ルカの母も魔種だったが、成人してから初めて会った自身と、子供の頃から父親として愛情を注がれたアルテナとでは、受けた衝撃は異なるだろう。
気の利いた言葉でもかけてやりたいが――
「アルテナ、今は考えるな。悩むのはこの戦いが終わってからだ」
「うん、大丈夫。大丈夫だから」
「とにかく生き延びる事を考えるべきだ」
そんなアドバイスしか思い浮かばず。
ヴェラムデリクトはイレギュラーズと手を結ぼうと言っていた。
ああいう手合いは、狙いが読みにくい。厄介だ。
用心しておく程度しか出来ない。
そんな一行が浮遊島で向かうのは魔城サハイェルである。
プーレルジールと混沌には様々な差異があるのだが、最も大きな所は幻想王国の建国王であるアイオンが勇者ではないという点だろう。
故にか、史実では既に倒されているはずの魔王イルドゼギアも健在だ。
そして魔王はやはり史実と違い、終焉の気配――滅びのアークを纏っているらしい。
仮に、この世界にため込まれた滅びのアークが無辜なる混沌へ流れ込んだなら、全てが水の泡だった。
「それはそれとして、マキナも久しぶりですわね。こちらの方は、例の……?」
「ああ、話は聞いている。ヴァレーリヤか。よろしく頼む」
「ところでジオルド」
「何だ」
「君の暴露のことを美咲に言ったかい?」
「ん? 俺からは何も」
「……皆は?」
ジオルドに問うたマキナに、一行は首を横に振る。
「……この件は一旦保留かな」
それは『無職』佐藤 美咲(p3p009818)に関するちょっとした事件の話のことだったが。
何はともあれ、マキナとジオルドは浮遊島が誇るゴーレム軍の管制を買って出てくれるとのことだった。
「色々と積もる話はあるんスけど……」
コンソールと向き合うジオルドを他所に、美咲がマキナへ問う。
「私がいない間にジオルド氏、変なこと言い出しませんでしたか?」
「ん?」
「再現性富士樹海送りにするとか」
物騒に聞こえるが、レンジャー部隊が使う訓練場である。
「いや、罰とかそういうのなくても週末のゴルフ感覚で樹海訓練に行く人なんで……」
「そういうことはないが……」
「ジオルドとなんかなかったかって?」
オデットは腹を立てていた。
「あったわよ! あの頭のお堅い人間、大っ嫌いだわ」
一体全体、何があったのだろうか。
変だと言えばきりがない。たとえば美咲の居ない間に『思春期の娘との付き合い方』とか読むなど。
いやオデットのほうが美咲より年上ではあるのだが、ともかく豪胆なのか真面目なのか分からない。
そして美咲は物憂げなディアナの横顔へ視線を送る。
(裏口……世界渡りにつながるなら毒を飲む程度は)
なにはともあれ、考えることが多すぎる。
「いずれにせよ、まずは作戦に集中するとしましょうか」
もつれかけた話の糸を整えたのは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)だ。
「降下からの斬首作戦ですか。成る程これは、アーカーシュのお家芸だ」
それを指揮したかの魔術師は、この世にはもう居ない。
もしもこの場に居たのなら、どんな指揮を執ったのだろう。
同じく、ふと思い至ったルカとオデット、そして美咲も神妙な表情を見せた。
美咲は戻ってきた。だが魔術師はついに戻ってこなかった。
(今は追い払っておかねえとな)
ルカが唇を引き結ぶ。
「見えてきたです」
前のめりに両手をついて、メイがスクリーンを覗き込む。
浮遊島は、ついに魔城を視界に捕えた。
「ええと、見つけましたわ。多分……」
「多分?」
作戦目標は敵将の撃破だ。
一行が索敵する中で、ヴァレーリヤの答えは曖昧だった。
「だって仕方がないでしょう? 以前見た姿と、全然違うんですもの」
敵の名はシュナルヒェン。魔王軍四天王の一人とされる人物だ。
伝承でも、そして浮遊島で交戦した際にも、屈強なオーク(ブルーブラッドの一種)とされる。
なのに、だ。
「メイ達の為に頑張ってくれてる友軍さん達の為にも、敵将を討-……かわいくないです?アレ」
「……え? シュナルヒェン? アレが?」
美咲の声色も、素っ頓狂なものだった。
「アーカーシュ攻略戦のときと姿変わり過ぎじゃない?」
友軍と激突を始めた敵軍を指揮しているのは、何隊ものぬいぐるみのような存在だった。
しかも沢山いるのだが、家族や何かなのだろうか。
(なんか美味しいそうなのがいっぱいいる。かつ丼が食べたくなってきた)
いずれも豚耳をつけた可愛らしい少女を、デフォルメしたような見た目をしている。
ちなみに愛無はロースでなくヒレ肉派だが、余談はさておき。
「……愛無様」
ディアナの視線に、肩をすくめる。
食べたら駄目らしいので、今日は我慢しておこう。
ともあれ、ここからは総力戦だ。
一行は浮遊島が誇るゴーレムの軍勢と共に、降下作戦を開始した。
「それにしても、飛び降りる回数増えたわね」
溜息一つ、オデットのつま先が浮遊島の石畳を蹴った。
パラシュートが開き、ゴーレムの軍勢が腕に生えた翼を広げる。
●
地上――岩陰に降り立った寛治が鋭く周囲の様子をうかがう。
鬨の声と共に、友軍が一斉に突撃を始めたようだ。
同じくして、敵軍後方を挟撃するゴーレムの軍勢が無数の終焉獣に光線を放ち始める。
個人的に伝手のあるマクシムス等との連携は、順調なようだ。
戦場を俯瞰し、左翼が薄いと伝える。
「終焉獣はこちらの特記戦力で受け止め、速度に軍勢をかき乱される事を防ぎます」
「ああ」
「軍勢は正面以外を心配する必要が無いよう立ち回りますので、存分に圧力を掛けていただきたく」
「あいわかった! 全軍左へ展開、術士隊は砲撃し、騎兵を突貫させる!」
「美咲、折角帰ってきたんだ。『いつものやつ』頼むぜ!」
ルカが不敵に口角を上げた。
浮遊島アーカーシュで何度も行った連携だ。
「それじゃあ行くよ!」
美咲の号令で、真っ先に駆けだしたのは『魔法騎士』セララ(p3p000273)だ。
眼前に迫るのは、終焉獣(ラグナヴァイス)――滅びのアークを纏う怪物だ。
ドーナツを飲み込み、一声歌えば瘴気と共に、狼のような終焉獣達が包囲網を縮めてくる。
「――セラフインストール!」
跳躍――氷狼を僅か一瞬だけクロスインストールさせ、一角へ肉薄。氷刃を振り抜いた。
終焉獣が絶叫を放つより早く、セララは氷狼を解除する。
そして僅かに腰を沈め、乾いた荒野を蹴る。
「ギガ――セララ! ブレイク!」
大気を焼く雷が聖剣へと降り、横薙ぎに振り抜く。
同時に、突風を纏うルカの斬撃が、さながらラサの砂嵐のように終焉獣共をなぎ払った。
「今スかね、乗って下さい」
美咲が降下させたトラックへ、一行が飛び乗った。
「このままつっきりまス」
矢雨や術弾が飛び交う荒野を、偵察機と共に四駆が砂煙と共に突進する。
終焉獣が飛びかかるが――
「させないわ」
「どきやがれ」
――オデットの放つ混沌の泥、そしてルカの闘気の矢雨が打ち祓った。
「ま、まさかこの最弱のシュナルヒェンに迫る者が居ようとは!」
「も、もうおしまいだー!」
「静まれ、静まれシュナルヒェン! まさか勝てるはずもなしに!」
「このシュナルヒェンに勝とうなど、百年遅いわ!」
戦場の最奥、そこにはシュナルヒェンがわやくちゃに、おかしなことを叫んでいた。
アルテミアは思う。
混沌のシュナルヒェンも沢山居たが、この世界でも何体も居るとは。
そして気付く。スライム状の寄生体が取り憑いていることに。
「操られているのか、それとも自らの意思なのか――はてさてね」
そして理解する。少なくとも正気ではないことも。
「取りついてる終焉獣を引き剥がせば、お話とか聞いてくれないですかね」
「うん、そうすればきっとチャンスもあると思うよ」
メイの言葉に、セララが瞳を輝かせる。
寄生を解くことが出来たなら、魔王軍の幹部とだって、友人になれるかもしれないのだと。
「美咲も皆も、準備はよろしくて? 薙ぎ払ったら、一気に突っ込みますわよ!」
「いいっスよ!」
ドリフトを切るトラックから慣性のままに飛び出したヴァレーリヤが、宙空で聖句を紡いだ。
「どっせえーーい!!!」
そして爆炎を纏う戦棍を振り抜く。
「主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え」
荒野へ足を滑らせ、制止。そして間髪いれずに顔をあげ、大地を蹴りつける。
「もう一発、喰らって行きなさい!」
「えーん戦うしかない!?」
「出たわねー、シュナルヒェン」
オデットが掲げた指先に、太陽が権限した。
元がどんな子だったのかは気になるが、寄生を解かねば会話もままならないだろう。
「精霊さん達、お願いね」
ぱぱっと片付けてしまいたい所だ。
「ぴえん、かくなる上は!」
シュナルヒェンの一体が、冗談のように巨大な槌を振り上げた。
「――さて、いかほどか」
寛治がトリガーを引く。
狙いは手首。だがシュナルヒェンは突如つまづき転んだではないか。
弾丸が空を穿つ。
当てられぬ技量ではない。ならばよほどの幸運の持ち主なのだろう。
だが物体は慣性に逆らえない。
偏差を予測し、即座に第二射のトリガーを引く。
今度は外さず、シュナルヒェンが吹き飛んだ。
「――はっ」
ただそこに落ちただけで岩肌を抉った槌に、メイが息を飲む。
外見に惑わされてはいけない。
あれでも魔王軍の幹部なのだ。
「みなさぁん! 決して無茶はしないでくださいなのです!」
自身にも言い聞かせるように、声を振り絞った。
「深手を負った際には下がって回復を受けてほしいです!」
これは、死闘だ。
だから沢山、癒す必要がある。
歴戦のイレギュラーズも、同行してくれた新しい仲間達も。
もう誰一人欠けないように願って。
「助けて終焉獣!!」
「ルーティーンは定めた通りに実行されるべきですから」
シュナルヒェンを庇うように踊り出た終焉獣を、寛治の弾丸が正確無比に穿った。
顎を大きく仰け反らせた滅びの獣を、オデットの陽光が焼き尽くす。
「後は――要らぬ心配かとは存じますが、美しい女性に怪我をさせてはエスコート失格ですからね」
オデットと寛治が切り拓いた活路を、セララとディアナが駆け抜ける。
「ディアナちゃん、行くよ!」
「もちろんですわ!」
ドーナツを飲み込んだディアナが、舌なめずりと共に剣を掲げる。
「これがボク達の連係必殺技!」
ディアナが踏み込み、一閃。
吹き飛んだシュナルヒェンの周囲を、無数の光線が駆け抜けた。
「「セイクリッドクロスハート!」」
そして宙で身を回転させ、セララの聖剣がシュナルヒェンの脳天を打ち付けた。
雷撃が迸り、シュナルヒェンが骨格とシルエットにばりばりと点滅する。
セララ達が追撃をかけようとした刹那――
「させないぶう!」
もう一体のシュナルヒェンが、玩具のような槌を振り抜いた。
余りに軽そうな一撃を、ディアナは無造作に剣で振り払おうとするが、剣が弾き飛ばされる。
「この――っ!?」
大地を抉る一撃は、思いも寄らない威力だった。
「大丈夫です、ささえます!」
はじけ飛ぶ石つぶてに頬を切ったディアナを、メイの紡ぐ癒やしの術式が包み込む。
「ありがとうございます」
「ディアナちゃん、行くよ!」
横目で視線を交し、再び荒野を蹴る。
手をたずさえるように、二人は宙で一本の聖剣を握りしめた。
「「セイクリッド――ダブルクロス!」」
その一撃に、二体目のシュナルヒェンも頭上に数匹のひよこを飛ばした。
「しかしこれは、なかなかの光景だな」
愛無は冗談のように奇妙だと思う。
だが――続くシュナルヒェンの一撃を黒い粘膜で受け止め、愛無は瞳を細めた。
重い、が。
こうでなければ面白くない。
「――適度に殴られた方がテンション上がってくるからな。僕は」
アルテミアと背を合わせ、愛無は四体のシュナルヒェンと対峙する。
「このまま押えきります」
「無論、そして無力化する」
最弱とは言え、そして五番目とはいえ魔王軍の四天王だ。
それも一体ならばの話。集団として見るならば、かなりの戦力であることは疑いない。
練達の漫画さながらの様相ではあれど、まるで油断出来たものではなかった。
襲い来る巨大な槌を、アルテミアは華麗なステップで避けきった。
一撃でも受けたなら危険だと、はっきりと分かる。
可能な限りを避け続け、振り抜いた隙へ向けて剣撃を重ねる。
さながらフェンシングのように、あるいは幻想貴族同士の決闘のように。
手首のスナップで振う剣は、シュナルヒェンの身に無数の傷を刻み始めていた。
●
交戦開始から、幾ばくかの時が流れた。
シュナルヒェンの二体が地に倒れているが、依然として多数が健在だ。
終焉獣の軍勢は友軍の挟撃に押されているが、シュナルヒェンの危機を救おうとするのか、あるいは命令に従っているのか。何体もが何度も、庇うように飛び込んでくる。
その都度、シフォリィやオデット、アルテミアや寛治達がなぎ払っているが、なかなか面倒な事態だ。
一行の傷はメイやほむらが都度癒しているが、シュナルヒェンの一撃は余りに重く、危機的な事態は発生していた。無論これはメイ達に責はなく、単に敵が強いという話である。むしろメイこそがこの戦場を支えているといっても過言ではない。それに寛治や美咲、それから別口ではシフォリィの封じ込めも効いている。
「ていうか、なんでそんなに似ているんですか!? シフォリィさんて何なんですか!?」
「そうですね、あとで詳しくお話します」
そしてやはり、フィナリィの戦い方は、それそのものがシフォリィの生き写しのようだ。
後はどうにか各個撃破し――
「それから、この寄生をどう解くかだけれど……妙案はありまして?」
ヴァレーリヤが問う。
「無かったら、取り敢えず燃やしてみるけれど」
「待って待って、けど確かにどうにか」
倒れたシュナルヒェンを岩陰にひきずっていたオデットが慌てた。
ともかく命だけでも、無事で居て欲しい。
「メイも戦うなら、本人の意思でと思うです」
操られて戦いを強いられるなど、悲しいではないかとメイも思う。
「とは言え、この調子じゃ無力化はしねえと話にならねえな」
ルカが踏み込んだ。
「ちっとばかし痛ぇのは勘弁しろよな!」
その斬撃はシュナルヒェンよりも重く、鋭い。
手加減出来る相手ではなかった。
「よい味だけに口惜しいとも言えるが、ソースのほうは酷いものだ」
いよいよ興が乗ってきた愛無の粘膜が、シュナルヒェンを強かに打ち付ける。
吹き飛んだシュナルヒェンは目をぐるぐるにして仰向けに倒れた。
「かくなるうえは! 最弱のシュナルヒェンに告ぐ! あれを!」
「合点承知の助! 変身合体! グレートシュナッ――」
「させませんわ! どっせーーーー!!」
「――ぶべッ!」
ヴァレーリヤが、大地を蹴りつけ一斉に集結しようとしたシュナルヒェンをなぎ払う。
オデットは思う。
どうにか正気に戻したなら、聞きたい話だって山積みだ。
ならばどうするのか。
「そうね、やっぱり。奇跡に縋るほかないわ」
「ああ、こんな寄生虫共に好きにされてたまるかよ!」
「星は、最も強く願いを持つ者の下に集まるものです。星座を描くようにね」
アルテミアとルカに、寛治も同意した。
この世界――可能性から見捨てられた大地で、イレギュラーズが勝ち得たリソース。
それは――
「――死せる星のエイドス、そして願う星のアレーティア」
シフォリィが続けた。
「この世界は既に伝承の手を離れました」
そして剣に術を纏い、シュナルヒェンを封じる。
「ならば四天王が倒れず生きる別の物語があってもいいと思います」
「ええ、それに」
相手のキャラは嫌いではないが、取り憑かれているのなら本人とは言えない
「離れなさい、私はその子とお友達になってみたいのよ」
だから願った。
――この見捨てられた廃棄場、神の実験施設に、可能性の光が満ちる。
●
眩い光が晴れた後――
目を回しながら荒野に倒れるシュナルヒェンに寄生する汚泥は、見事に消え失せていた。
戦場全体は、友軍優勢のまま推移している。
じきに掃討戦へと移行するだろう。
後はシュナルヒェンを回収し、安全を確保したいところだが。
そんな時。一体のシュナルヒェンが目を覚まして、額に大粒の汗を浮かべた。
「そういえばディアナ氏。いつだったかのあのゲームの話なんスけど」
「ええ、お勧めされましたので一通りは」
「あのゲームって見た目が良いモブが出るたびに一人ぐらい持ち帰っても……って話題出まスよね」
「はっ!」
起き上がったシュナルヒェンが後ずさり、ディアナが舌なめずりをした。
「居ますよね、こういうこと言って、絶対に手出さない人」
「そスね」
「いいかげん揉みしだきますわよ!?」
「ちょ、ま、ごめんなさい、ごめんなさい!」
両手をわきわきとさせるディアナから、ほむらが逃げ惑う。
「話は変わりますが、私には隠蔽工作とスリ、ついでにマジックがありまス」
「ぶ、ぶひぃ」
「なるほど?」
「裁縫も布……というかゴラぐるみで口をふさぐのに役立ちまスね」
「声が出せないならばー、すこしだけなら味見ぐらいはー??」
「なんですの? 簀巻きは慣れておりますわー!」
ヴァレーリヤがいささか反社会的な台詞を続け、シュナルヒェンを縛り始める。
なんだろう。やり口が赤い。
「おい、ジオルド、美咲!」
マキナが指さした。
「ん?」
「手慣れた動きで軽トラに少女を詰め込むのはどう見ても事案だ!」
「要人確保はなくはない仕事だろう」
「いや、これはなんか違うぞ!?」
「うーん、事案と言われてしまったら仕方ありませんわね」
ヴァレーリヤが腰に両手をあてながら、うなだれる。
「それではこれからは要人確保ではなく、営利誘拐ということで」
「うん?」
「身代金を何に使うか、今から考えておかないといけませんわね」
「ヴァレーリヤはどこから身代金を持っていく気だ!?」
そんなやり取りをする中で、メイは傷を負った仲間の他に、シュナルヒェン達も治療していた。
無論、友軍である氏族連合の面々も。
「友軍の皆様もお疲れさまなのです!」
「いやあ、助かる。決戦への戦力は一人でも多く欲しいからなあ」
「はい、魔王を倒すまで、もうひと踏ん張りなのです。頑張りましょう、なのですよ」
「えっと」
「そうですね、お約束していた件で」
フィナリィに、シフォリィが頷いた。
自己紹介する前に、もう人となりはなんとなく分かってはいるのだが。
こうして改めて話すのは初めてになるだろう。
「私と貴女がなぜ似ているのか、にわかには信じがたいでしょうが」
それは混沌における歴史上の話。
そしてフィナリィの顛末と、夢での出来事の話。
要するに、無辜なる混沌におけるフィナリィは、シフォリィの前世のような存在だということ。
「そんなことあるんですか!?」
「まあ、混沌とは別人てことにはなるらしいが」
ルカもまた話を続ける。
英雄王の物語と、そして妖精郷の伝説と。
同一人物ではないということは分かっていても、緊張せずにはいられない。
フィナリィは伝承に謳われる大英雄の一人なのだ。
「なぁ、頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「サイン……くれねえか?」
「ええ、ええー!?」
一方の愛無は、表情を崩さぬまま宙を睨んでいた。
「そもそも贈り物なら食べても良いのが良かった。あのねーちゃんも食べちゃ駄目な奴だし」
「気が利かなくて悪かったな」
いつから居たのだろう。
影のように、愛無の眼前に男が立っている。
わだかまる闇を纏い――にわかに緊張が走った。
「魔種『アークロード』ヴェラムデリクト」
アルテミアの声音は乾いていた。
「なんだその顔は。この私が、わざわざ。お前等の前哨戦を労いに来てやったんだぞ」
「……」
「まあいい、魔種というだけで忌み嫌われるのには慣れているからな」
ヴェラムデリクトが一拍手を打った。
「で、あれば。この程度の手助けはしてやろう」
すると友軍が掃討していた終焉獣が、一斉に闇へと溶け消える。
「ではな、イレギュラーズ。この間の返答は考えておけよ。あまり時間もないからな」
そして背を向け手を振るヴェラムデリクトも、掻き消えるようにして居なくなった。
「――ある意味で圧倒的な力を持つ冠位魔種より厄介かもしれないわね……」
アルテミアが拳を握りしめる。
「なんか、ごめんね、みんな……」
「いいのよ、アルテナさん。父親がなんであれ、貴女は仲間よ」
「うん……本当にありがとう」
今すぐどうにか出来る相手ではないのだろう。
それにアルテナの心の整理も必要だと感じる。
父が元から魔種だったなど。
妹が反転したアルテミア自身よりきついのではないかと思うから。
「やっぱり、保留かな」
セララも言葉を続ける。
友人が増えるのは嬉しいが、ヴェラムデリクトの態度は、どうみても嘘っぽいと感じられる。
それにどちらかといえば、シュナルヒェンや魔王と友達になるほうが楽しそうではないか。
「シュナルヒェン」
「ぶ?」
「一緒にドーナツでも食べに行かない?」
「ドーナツ?」
「ボクはキミの事を知りたいし、キミもボク達の事を知りたいでしょ?」
「いったい何がおきて、どうなっているかから知りたいけど」
シュナルヒェンの言うことは、もっともだ。
話せば長くなるだろうけれど。
「天晴! 愉快痛快よ! このまま陣容を堅め、進撃しようぞ!」
氏族軍を労ったフレイス達が戻ってきた。
ともかく、魔王城の外郭は制圧することが出来たのだ。
寛治が腕を組む。
ヴェラムデリクトの意図は、一体何なのか。
(このビジネスは『損切り』という事でしょうか)
作戦の件にせよ、贈り物の件にせよ、終焉獣を片付けた件にせよ。
プーレルジールで滅びのアークを消費したくないと考えればつじつまは合う。
こちらに手土産を渡し、正面の戦闘に集中させて撤収する。
終焉獣用に用意していた資産――滅びのアークを温存する。
(であれば、今回温存したリソースで、次に『何か』を起こすでしょう)
こちらがプーレルジールや天義で戦っている間に。
(彼の次の手を逃さぬよう、調査と監視を継続しなければ――)
――アルテナさんを餌にしてでも、ね。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオお疲れ様でした。
MVPは敵の奥の手を見抜いた方へ。
プーレルジール編もいよいよ決戦ですね。
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
隣り合う異世界プーレルジールでの決戦です。
恐ろしいことが画策されているようです。止めなければ。
●目的
敵将の討伐。
雑魚の掃討。
●フィールド
サハイェルと呼ばれる砂漠地帯の魔城です。その外郭部。
足場や光源には問題ありません。
●敵
『最弱の』シュナルヒェン × 12体
四天王なのに、なぜか五人目です。
しかもなぜか12体居ます。
いずれも寄生終焉獣に取り憑かれています。
見た目は愛らしい少女のぬいぐるみのようです。豚耳です。
物理、神秘攻撃をバランス良く使います。
思ったより強いです。四天王最弱ですが。
もしかすると十二体全部合わせると、四天王でもけっこう上のほうなんじゃなかろうか。
各個撃破してやりましょう。
『終焉獣』 × 20体ほど
四つ足の、影の狼めいた獣です。
物理攻撃を中心に、スピーディな攻撃を行います。
●友軍
精強な軍勢ですが、皆さんが敵陣の指揮官を打破する必要がある作戦です。
『アラウダ軍団』
諸氏族の連合軍です。
真正面から敵陣を食い破ろうとしています。
『ゴーレム軍団』
皆さんが浮遊島から投下した軍団です。
アラウダ軍団と敵軍の大軍勢を挟撃してくれています。
●同行NPC
・『イミルの長』フレイス・ミーミル(p3n000223)
大鎌で戦います。底力+復讐系の両面ファイターです。
そこそこちゃんと強いです。
皆さんには感謝の意を持っており、作戦があれば積極的に協力してくれます。
・『十人長』マクシムス
アラウダ軍団の兵士の一人です。
皆さんには友好的に接します。
・『ゼロ・クール』ケイト
この世界の案内してくれる、ゼロ・クールという魔法人形です。
ロリィタファッションの人形のような雰囲気です。
なぜか戦えます。
・『結界師』フィナリィ
非常に腕の立つバッファー&デバッファーで、体術にも優れます。
回避が高く、近接物理攻撃、単体神秘攻撃、範囲バフ、範囲回復などを行います。
混沌では勇者アイオンの仲間でした。
シフォリィさんの関係者……の異世界の姿です。
・アルテナ・フォルテ(p3n000007)
両面型の前衛スピードファイターです。闘技ステよりは強いです。
・普久原・ほむら(p3n000159)
一応、皆さんと同じローレットのイレギュラーズ。
両面型の中衛アタックヒーラー。闘技ステよりは強いです。
・ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
練達の依頼筋であり、普通に味方です。
両面型のオールレンジファイターです。けっこう戦えます。
・ジオルド・ジーク・ジャライムス
美咲さんの元上司です。
練達復興公社のほうから来ました。
普通に仲間です。美咲さんの関係者です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
実際のところ安全ですが、情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●サハイェル城攻略度
フィールドが『サハイェル城』のシナリオにおいては城内の攻略度が全体成功度に寄与します。
シナリオが『成功』時にこの攻略度が上昇し、全体勝利となり、プーレルジールにおける『滅びのアーク』が減少します。
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