シナリオ詳細
<神の門>ベレシートの遂行
オープニング
●
「どうしてなの」
不機嫌そうな顔をした楊枝 茄子子(p3p008356)は花めく気配を身に纏った愛らしい黒髪の少女と手を繋いで居た。
薔薇庭園での茶会を終え、ツロに『指示』を受けたのだ。
これが信用されてのことなのか、それとも『信用されていない』が故なのか――
苛立ちを滲ませながらも白き衣を身に纏った彼女はじろりと前を歩く『遂行者』アドラステイアの背中を見た。
「アドラステイア」
「アドレでいい。その名前、気に入っていないんだ」
振り向いた少年は茄子子から見るに幼い姿をしていた。吊り上がった猫のような紫色の瞳。聖痕は腿に刻まれているのが確認された。
「ふうん」
茄子子は呟いてから「どうでもいい」とだけ返した。彼女にとって遂行者の呼び名も、そもそも友好的関係性の構築も興味は無い。
ただ、目的はたった一つだけ。大願とも呼べるそれの本懐を遂げるために彼等をも利用しただけに過ぎないのだ。
「どうしてアドレと……それからこの子と行動するのさ」
「その子はブーケ。ツロ様が、街であった魔種が『面白かった』からって、眷属にした子だよ」
眷属と茄子子は呟いた。手を繋ぎにこにこと笑う少女は10歳程度だろうか。悪意も、敵意も、何も感じられない。
「あ、えーと、ブーケ、です! おねえさん」
慌てた様子で背筋を伸ばした『ブーケ』に茄子子はツロはアドレといい、ブーケといい茄子子に子守を頼んだのかとげんなりとした。
そして、冒頭のようにもう一度その台詞を繰り替えすのだ。
「どうしてなの」
――茄子子。君には期待させて貰おうかな。
ルル家はルルの傍に居ない。聖痕を与えたのならばそうするべきだ。
グドルフは……そうだな、一人任せたい遂行者がいる。見に行って貰っても?
それから美咲は、ああ、テレサが『私の』だと言い張っていたか。今だけはそうしようかな。
預言者と名乗った男は遂行者の中でも最高位に位置するのだろう。彼の指示を聞いてから『遂行者』テレサが明るい表情を見せたのも、『神託の乙女』ルルが傍らを見て安堵したのも印象的だった。
「期待するってのは子守役にってこと?」
「違うよ、宣言通りに動くかだよ。ここに来るイレギュラーズは『偽の預言者』に配られた招待状を駆使してくる。
あれはテュリム大神殿までの道を開くもの……だけれど、審判の門はある程度の人間を弾くはずだ。
レテの回廊だって、聖痕を持たない者の立ち入りを阻むだろう。けど、遂行者に縁があれば入り込めてしまうから」
「だから?」
「彼等はこの『創造の座』にまで来て仕舞う。ここのステンドグラスは綺麗だろ?
ツロ様と、それから『あの方』が作ったとっておきの場所。『偽の預言者』への招待状はとっておきだから此処にまで来てしまうと――」
アドレは振り返った。先程、茄子子が潜ってきた『扉』がある。
その先には『聖女の薔薇庭園』があるのだ。つまりは現在茶会に参加するイレギュラーズの退路を確保されてしまうという事か。
(……成程ね、此処が陥落すれば天義からの簡単なワープポイントになる。ここの防衛をしろって事か)
茄子子はそこまで考えてから、はた、と思い立ったようにアドレを見た。
「この子は?」
「防衛要員。『飼い主』のお目当てが茶会に招かれてるから、出て来たら連れて帰る為の御遣いの最中」
「えへへ、です!」
ブーケの目的は『星雛鳥』とその兄だそうだ。知らないけど、と茄子子はぶつくさと呟いてから「もう一つ」とアドレに問うた。
「その招待状は、招致の力を逆に使うことはできるの?」
「勿論ですよ。ですから、茄子子様は『己の成したいことを出来ます』よ」
にこりと微笑んだのはゆっくりと姿を現した遂行者オウカ・ロウライトであった。
「リスティアは?」
「これから来ます」
アドレの問い掛けにオウカは『友人』の事を思いだして微笑んだ。
茄子子は「はあん」と呟いた。成程、実に分かり易い。
預言者ツロは『シェアキムと茄子子』の関係性を利用したいのか。
「まあ、分かった」
それだけ行ってから茄子子は『招致の光』の気配を見た。レテの回廊を越えた廊下を走り来る者達が居る。
――ほら、『元・お仲間』の登場だ。
●
「イルちゃん、こっち!」
呼ぶスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)に『凜なる刃』イル・フロッタ (p3n000094)はすらりと細剣を引き抜いてから「招致した!」と応じた。
レテの回廊を抜け。テュリム大神殿の廊下を走る。スティアやサクラ(p3p005004)はこの地の案内人に適していた。
教皇シェアキム六世の手にしていた『招待状』を元に、遂行者達の拠点を制圧し、拐かされたイレギュラーズを救出することが此度のイレギュラーズへと求められる神より下された勅命である。
スティアに言わせれば「残る残らないは当人次第、だけれど『道を繋ぐ』のは必要かもね」との事だ。サクラの祖父を始めとする幾人かがイレギュラーズの帰還を促したとも聞いているが――
(……ロウライト卿の事だ。考えはあるだろうが――)
何が起こるか未知数である。故に『正義の騎士』リンツァトルテ・コンフィズリー (p3n000104)は救出を急ぎたく考えて居た。
視線は僅かにイルへと向けられる。己を慕い、見習いの頃からずっと傍に居た後輩。先輩と呼ぶのは非公式の場のみ、今になってはコンフィズリー卿と慣れぬ呼びかけをするようになった後輩は立派に聖騎士になったのだろう。
「リンツさん?」
走りながらサクラは不思議そうにリンツァトルテを振り返った。
「あ、イルちゃんが気になるんだ。まあ、そうだよねえ。熱烈だったし」
「……いや」
――私は貴方に笑っていて欲しい! 貴方に幸せになって欲しい! その隣が私じゃ無くっても良い!
先輩が幸せになってくれたら私なんてどうでも良い位に貴方の事が好きなんだ!
正直なところ、リンツァトルテという青年は自らにその様な『価値』があるとは認識していない。
例えば、ヴェルグリーズ(p3p008566)と彼の相棒が仲睦まじく過ごしている姿を見ても自分がその様に過ごす日は来ないと考えて居たのだ。何時か、家のために婚姻を結ぶとしても『不正義の家門』であった事を受け入れてくれる奇特な存在と子を成すためだけのものだと考えて居たのに――
「……正直驚いた」
「リンツァトルテ殿、その調子で大丈夫だろうか」
ヴェルグリーズは揶揄い半分で問い掛けた。彼とて、相棒と『義兄』の退路確保に向かわねばならないのだ。
「驚いたが、大丈夫だ。騎士として成すべき事をせねばならない。
それにイルが見習いの頃からの付き合いだ。彼女にとっては見習いであった自身へと安心を与えてくれただけの相手であるはずだ。
「屹度勘違いって顔してるわね。此れが終ったらちゃんと向き合いなさいよ」
嘆息したリア・クォーツ(p3p004937)は審判の門を抜け、テュルム大神殿を走りながら肩を竦めた。
リンツァトルテが見透かされたと驚いた顔をしたことに笑う。
「……女の子の一世一代の告白をなしにしちゃだめよ。ちゃんと返事してやらなくっちゃ」
「あ、ああ……」
「じゃ、一先ずは目の前の奴らをぶんなぐりましょう!」
ほら、と指差したリアにリンツァトルテは剣を引き向いた。
行く先を塞ぐのは悪霊達だろうか。それらは遂行者アドレが使役する『デーモン』にも良く似ている。
「……アドレ様」
ニル(p3p009185)はぽつり、と呟いた。彼の事を知りたいと願っていた。彼は『かなしい』を是としているように思えたからだ。
けれど、その表情は何時も寂しげで。理由がある事も理解している。『かなしく』て『くるしい』のにそれしかないと言うのだから――
(……力になれたら、いいのに)
ニルはぽつりと呟いてから、目の前の騒霊を見遣った。喧噪の中を進み出てきたのはサクラと同じ顔をした遂行者である。
「……オウカ・ロウライト、それからリスティア・ヴァークライトですね?」
呼ぶアリシス・シーアルジア(p3p000397)にオウカは微笑んだ。その背後からリスティアが顔を出す。
「またあったね、スティア。それから、イレギュラーズ。
此処から先は創造の座。天に坐す神が命を産み落とすために使ったとされた神域の一つだよ。
皆が目指したい聖女の薔薇庭園はその奥。……アドレくんも、ルルちゃんも、ツロ様だって奥にいるよ」
リスティアは真っ直ぐにイレギュラーズを見詰めていた。
「どうして」とスティアは言う。どうして、教えてくれるのかと。
「どうしてだろう。……なんか、考えちゃうよね。私やオウカちゃん、アドレ君も、ルルちゃんも。
生きていく為には皆を殺さないと行けないんだ。倒さなくっちゃ救いはないし、幸せになれないのに。
……時々嫌になっちゃうんだ。戦うこと。私が『消滅(し)』んで仕舞えばこんな思いなくなるのかな」
「リスティアちゃん」
「分かってる。私達は神のご意志を遂行する為に生きてるんだ。だから、諦めない」
リスティアは戦おうと静かな声で告げた。騒霊に背を押され、姿を見せたのは黒髪の少女と、褐色の肌の少年である。
「ブーケ、さん……」
どうして、とメイメイ・ルー(p3p004460)は呻いた。
「ルオまで……もう! マリエッタは居ないのに!」
「ああ、だから後で迎えに行こうかと」
にんまりと笑った遂行者『ルオ』と手を繋いで現れたブーケを見てからセレナ・夜月(p3p010688)が頭を抱えた。
「ブーケちゃんは何をしているのかしら?」
「あのね、お迎えに来たの! せらおねえちゃんとせなおにいちゃんを」
プエリーリス(p3p010932)はくるりと振り返る。頷いたヴェルグリーズは「誰の指示でだい?」と静かに問うた。
「ロイブラック様」
微笑むブーケを見詰めてからメイメイは「それは、いけないこと、です」と首を振った。
「いけないことでもそうしなくっちゃだめです」
「……そう、迷っていたら、全てが台無しになってしまうから」
ルオは云った。
「――此処から先は通させない。異言の濁流に呑まれて魔力だけ置いて、消えてください。イレギュラーズ」
此れより先は神の領域。
聖痕が無い物は踏み入れることは許さず。
「世界を覆う力の前に屈して、イレギュラーズ」
アドレは囁いた。
「僕が、生きる世界のために」
わたしが、命を喰らうとき。それは肉なるあらたな生き物として息をすることだろう。
わたしが、命を作るとき。地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚はわたしのものとなる。
地を滅ぼす濁流は、わたしが零した血潮の一筋よりつくられる。
しかして、わたしを愛する者は救われるであろう。
わたしはわたしを愛する者にわたしの血肉を分け与え、導くことが赦された。
それこそが、終焉へと向かう方舟の主であるわたしのすべてだ。
――愛さぬ者を、救う義理など、どこにもないのだ。
- <神の門>ベレシートの遂行Lv:40以上完了
- GM名夏あかね
- 種別長編EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年10月27日 22時05分
- 参加人数15/15人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 15 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(15人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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光よ差せ、我が元に――
眼前には少年が立っている。灰色の髪に紫色の瞳、悪辣な笑みを浮かべた『遂行者』だ。
「御機嫌よう、アドレ。貴方の『お母さん』に良く言って聞かせるよう言われていたので、またお尻ぺんぺんしに来たわよ。
何度でもアンタ達のやり方は否定するわ、覚悟しろよ、クソガキ」
「お母さんじゃない」
首を振りながらも、真っ先にその顔を思い浮かべたのであろう『遂行者』アドラステイア――アドレは『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)を見据えていた。
母だなんだと揶揄うイレギュラーズも多いが、アドレは『母親』が何たるかを知らない。
欲しいなどと考えたこともないが、何となくの興味は湧いた。だからこそ、此処に彼女がいなかったことだけは感謝しておこう。一先ずは。
「……で、何人かそっちに付いたって話は本当だったのね。
ただの見学でそこに居るならいいけど、邪魔するならお尻ぺんぺんの対象が増えるだけよ」
ぎろりとリアが睨め付けたのはアドレの傍に立っていた『“遂行者”』楊枝 茄子子(p3p008356)であった。
「茄子子さん……」
呼ぶ『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)の表情が暗くなる。彼女の立ち位置だけで『立場』が明確に理解出来たからだ。
(……きっと、茄子子さんの目的はシェアキム様だ。それが個人敵に向き合いたいという動機だというなら私は否定しない。
それまで否定してしまえば、何も肯定することが出来なくなるから。シェアキム様を魔種や遂行者にしたいって訳じゃなさそうだしね)
サクラはまじまじと茄子子を見詰めていた。白いコートを揺らした『黒衣』の娘はにっこりと笑っているだけだ。
「イレギュラーズ、まじで来たじゃん」
「来たよ! 茄子子さん?! どうしてそっちにいるの?! もーばかばかっ! ばかっ!」
思わず叫んだ『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の視線を受け止めてから茄子子は「そう言われても、ねえ」とアドレを見た。
「あっ、アドラステイア……アドレさん。あのアドラステイアを作った人なんだね。
ようやく会えた。とてもいい国とは言えなかった。ワタシはアナタを許せない。だから……その頬にグーでパンチするよっ!!」
「まあ、どちらかといえば箱庭の中身の人間の薄汚さでしょ」
違う? と肩を竦めたアドレにフラーゴラは「ぶつくさいわないの!」と膨れ面をして見せた。
「茄子子様は、どうしてそちらにいるのですか? 茄子子様も、この世界がいやなのですか?
どうして……? どうしてなのですか、アドレ様……」
震える声音を絞り出す『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)にアドレは「本人の選択だし」とさらりと返した。
どうにも、イレギュラーズとは仲間意識が強くて助かるとアドレは感じていた。義に篤く情に弱い、そして対話を望むのだ。知らぬが儘で終えることがないように、と。
(ま、そういうのって戦う上じゃ結構なハイリスクだけどね)
アドレは青褪めた『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)をその双眸に映した。金色の瞳は揺らぎ、今にも涙がこぼれ落ちそうな程に潤っている。
「お仕事でご一緒したことのある方と、袂を分かつこと。頭では理解してるけれど、心がついてこないのです」
吐露するように呟いた。メイでさえも『こう』なのだ。親交のある者達からすれば茄子子が白を纏いイレギュラーズと相対するこの現状を容易に受け入れる事など出来まい。
(でも、みんなやるべきことは見失わず、前を見てる……ならば、メイも、同じく。進まなくては……)
はあ、と息を吐く。喪う者が多く、怖れるばかりでは居られないとメイは翌々知っていたから。
「分かってございますわ。茄子子のことは後、今は彼らを止めることだけを考えましょう。
……主よ、どうか私達にご加護を。困難を切り開く力をお与え下さい」
指を組み合わせた『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)に小さく頷いたのは『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)だった。
ヴァレーリヤを指差したアドレは「茄子子って案外放逐された人類なの?」と問うた。あんまりな言い方に茄子子は眉を吊り上げてから「アドレも言い方を考えなよ」と返す。
ああ、どうやら茄子子自体は狂気に染まり身も心も遂行者とは言い切れない。それだけでも安堵できるだろうかとヴァレーリヤは胸を撫で下ろす。
『正義の騎士』リンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)は茄子子をまじまじと見てからフェネスト六世の無事だけを願っていた。
そう――彼女の目的がフェネスト六世である可能性は高い。この場にアドレと共に顔を出したのもイレギュラーズを引付ける可能性はあるか。
「……それにしたって余り素敵なお出迎えじゃないのね。ブーケちゃんまでいるのだもの」
唇をつんと尖らせた『母たる矜持』プエリーリス(p3p010932)は愛らしい笑みを浮かべていた。そのまろい掌が手にしているのは『創造礼装』の名を付けた彼女専用の武装だ。
その鮮やかな気配を黒髪の娘は知っていた。ブーケと呼ばれた彼女は「わあ」とこの場に筒底に使わぬ間の抜けた声を上げる。
「また会えましたね!」
「ええ。ええ。逢いたくは無かったのだけれど……。この戦いは、私が想像しているよりも遙かに多くの糸が絡み合っているのね。
なればこそ、最後まで物語の行く末を見届けなくてはならない。多くの物語(こども)たちの創造者(母)として」
「母ぁ?」
アドレが眉を吊り上げた。ああ、どこもかしこも『お母さん』『お母さん』だ。
一体全体、母親という存在はそんなにも素晴らしいのか。アドレは嘆息してから「分かってるな」と振り返った。
「はい、仰せのままに」
「はあい!」
遂行者の少年と、不思議な少女。それから、サクラと『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と瓜二つの顔をした少女達。
「リスティア……」
「スティア……」
互いに思うところはあれども――この流れは最早止められぬ。
魔力の気配を宿した『遂行者』ルオは静かに息を吐く。さっさと死んでしまえとでも云うかの如く、無数の綺羅星が地を叩いた。
●
美しい魔術だと『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は目を瞠った。
夜を切り裂く一縷の願い。嫋やかな祈りにも似たそれをまじまじと眺めては言葉にも出来ない。
それに見惚れている場合ではないとは知っている。此処が何処であるのかを理解したときから頭に熱は昇っていた。冷静であれと己に言い聞かせてやってきたのだ。なのに――彼が居るのだ。
「ルオ……!」
「『魔女』」
魔力を奪いそれをそっくり己の者とする事を目的とした遂行者。深緑の魔女の魔力を枯れるまで吸い付くさんとした所業を目にしてから彼を追掛けてきた。
「ここを制圧すれば、遂行者に囚われたままのマリエッタを助けに行ける。
残ったからには、マリエッタにも考えがあるんだと思うけど…………きっと無事。そう信じてる。きっと帰ってきてくれるって。
だから……遂行者ルオ!
あんたに魔力は渡さないし、マリエッタも奪わせない、わたしが、ここで倒してやるわ!」
自分には出来る事がある。それが仲間への道を繋ぐことに繋がると知っているのだ。
ああ、そうだ。ステンドグラスから差し込む光と、天使の喇叭の音色が聞こえるかの如き荘厳たる『創造の座』。
そのさっきに聖域が広がっているとしても何を躊躇う必要があるか。『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は鯉口を切った。
鈴鳴る音と共に、一歩を踏み締める。
「例えこの先が聖域だとしてもそれは偽の神のものだ、躊躇する理由はない。
それにブーケ殿、彼女をそのままにもしておけない。俺は相棒と義兄上と共に無事に帰還するんだ、ここは押し通らせてもらう」
その一閃には光を乗せる。ヴェルグリーズの視線を受けてからブーケは「わあ」とおっかない物を見るように大袈裟に仰け反って見せた。
「どうしよう!」
「どうしよう? 魔力があるなら根こそぎ奪いましょう。人間のガワなど必要ありませんから」
さらりと言ってのけたルオに『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は「聞き捨てならない」と呟いた。
「魔力だけ置いて……それ、僕に対する侮辱? ふざけるなよ。貴様等こそ、敗北だけ置いて消え失せろ!」
「いきなりはしゃがないでくださいよ。……ああ、宛ら人間のガワは飾りで本体は魔力の媒介とかそういうことですか? 興味深いな」
おとがいを撫でるルオにブーケはぱちくりと瞬いてから首を捻った。戦う前に、余り無理はしないようにと『凜なる刃』イル・フロッタ(p3n000094)に告げて居たヨゾラの激昂に、イルは慌てた様子で「だ、大丈夫か?」と問うた。
イルもリンツァトルテも人だ。決して、奇跡になぞ頼れる存在ではない。だからこそ、無理は禁物だと告げたが――
「皆、落ち着いていこう。あいつら、私達の連携を乱すつもりだぞ」
ルオがにんまりと微笑んでイルを見る。笑顔の気味が悪いと呟いたイルの傍で『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は成程と呟いてから魔導器より槍を顕現させた。
「アドレ、そして遂行者ルオ、リスティア、オウカ。揃い踏みと言った様子ですが、ルルやツロがいないのはどうしてですか?」
「ツロ様はお前達の相手をしたくないってさ」
「……ふむ、大凡、ルルは奥の庭園の管理を任され、ツロは『何かに備えている』のでしょうか」
アリシスの静かな声音に苛立った様子でアドレは「だから、お前達の相手をしたくないんだよ」と地団駄を踏んだ。
「そうやって言葉で武装をしたとて、本音は隠せない。貴方の眸は雄弁ですね。
いつだって貴方は口を閉ざせど、その瞳で真実を白日の下に晒してしまう。
否定しなければ貴方達は僅かな可能性すら得られない。故にこの世界を否定する。
今の世界を否定されればこの世界の生命は生きられない。故にこの世界も貴方達を否定する。
……即ち生存競争。己が生きる為に必要なら他を排除するのは生命の根源的な在り方です。違いますか?」
アリシスの問い掛けにアドレの瞳が嫌な気配を宿してから逸らされた。図星だ。そうとしか言えまい。
「正義か否か、正しいか正しくないか等という水掛け論を越えてその結論に至るなら……大変判り易くて結構な事ですね」
正しいか、正しくないか。そんなことどうでも良いのだろう。
承知できないからこそ、この場は戦場になったのだ。無数の騒霊を前にして『巨星の娘』紅花 牡丹(p3p010983)は片翼を揺らがせた。
炎の煌めきは幻惑として騒霊を引付け、盲目な愛を背負ったたったひとりの娘は「茄子子」と呟いた。
「あーあ、牡丹ちゃんが居る」
「来たぜ、茄子子。久しぶりだな」
その紅色の瞳にぎらりと敵意が乗せられた。その意味が分からぬほどに茄子子は鈍くも何もない。
彼女がこうして茄子子に声を掛けたのは『己が遂行者』だからだ。
そう――改めて向き合わねばならないのだ。ツロという『クソヤロウ』は言葉通りに茄子子が働くかを見たいと言って居た。
(ああ、そう。むかつく。宣言通りに動くか見たいってことは、そうじゃなくても全く問題ないようになってるってことでしょ。むかつくね。
美咲くんもグドルフくんもどうせなんかやるんでしょ。ルル家くんもルル以外どうでも良さそうだし。みんな敵だよ。
……そしてオウカくん達は私を信用していない。ってか邪魔だから早く行って欲しいんでしょ)
離反したイレギュラーズを信用するほどにオウカやリスティアは甘くない。アドレとてツロに言われて茄子子のお目付役をしている程度なのか。
「あーあ」
呟いてから茄子子はオウカとリスティアに癒やしを降ろした。自然の調和と共に、支える事を目的とする。
ちゃんと『敵』であるべきだ。もう戻る場所なんてない。戻ろうとも思わないから。
「やぁ、“遂行者”の茄子子だよ。夢は天義をめちゃくちゃにすること。よろしくね」
「茄子子……!」
牡丹が歯噛みした。彼女はここに使命を帯びてやって来た訳ではない。航空猟兵の一員としてやってきたのではない。そう、詰まり簡便に言えば『私情』だ。
「えとえと。あの扉の向こうに、イレギュラーズの仲間がいるですね。
ならば、扉の前にいる人たちには退いて貰わなきゃなのですね。……ん。がんばろう、です」
誰もが、目的と共にこの場所にやってきている。戦場を俯瞰するメイは仲間達を支える事を目的としていた。
(敵の数が多いのです。それだけ分散してしまう……。回復から漏れて誰かが倒れてしまわないようにしなくちゃです……!)
相手だって本気なのだろう。騒霊達を駆使するアドレを此処に配置したのは、恐らくは駒の多さ由縁だ。
「何体増えても、メイ達を押しとどめることはできない、ですよ!」
「押し止めるのが仕事なのにな」
参ったなと呟くアドレにメイはぎらりと睨め付けた。そんな軽口を叩く彼に肩を竦めたオウカが「リスティアちゃん」と囁く。
「うん、迷ってなんか居ないよ。行こう、オウカちゃん!」
すらりと剣を引き抜いた。その剣には『彼女』の正義を宿してリスティアは前線へとやってくる。
「イルちゃん、リンツさん! 私達と一緒に戦って!」
サクラの手にする聖刀に気配が宿された。リンツァトルテはオウカとサクラを見比べてから頷く。
「承知した」とそれだけを返したリンツァトルテの視線はイルには向いていない。
「リンツさん、余所見無用!」
サクラが叫んだ。オウカは『サクラの可能性の一つ』だと聞いている。それでも、大きく出自も何もかもが違うのだ。
戦い方は聖職者そのもの。親友と立ち位置を入れ替えたかの如きオウカは何を考えて居るかも得体が知れなくて不気味だ。
リンツァトルテから見れば『オウカ・ロウライト』はロウライトという家門を受け入れた果ての存在にも見えた。
断罪の騎士としてその正義を眩ませることはなく。己が行いに対して何ら疑問も感じない姿。
まさしくゲツガ・ロウライトの底知れなさに似ている気がしたのだ。
「いくよ、イルちゃん! サクラちゃんみたいな剣技を使うから気をつけてね」
「ああ、任せてくれ!」
地を蹴ったイルが剣を引き抜いた。ミュラトール家の騎士として、初めて家門の名を背負った少女の背中をスティアは見る。
迷いなんて捨て去ったような彼女。
イルダーナ・ミュラトール。
――ねえ、イルちゃん。死地への任務だからミュラトールの騎士を名乗ることを許されたの?
それって家門の名を売って死んで来いって事でしょう? 酷いなって思っちゃうよ。
――有り難う。スティア。けれど、ここで生き残ったら私が名乗ったことは消えない。
だから這い蹲って生き残ってさ、『イルダーナ・ミュラトール』として歩むんだ。
彼女がそう告げた事ばかりを思い出す。ここで誰も死なせやしない。スティアがその気持ちを強くした刹那に。
「リンツァトルテ! 貴方、真っ直ぐすぎて危なっかしく見えますわ!
良いですわね、貴方が命を賭けてそれこそ死ぬ勢いで突っ込んだら私が先に突っ込みますわよ! 覚えておいて頂戴!」
「ッ!?」
がばりとリンツァトルテが振り返った。踏ん反り返ったヴァレーリヤが騒霊を炎を吹き上がらせるメイスで灰燼に化している最中だ。
リンツァトルテ側の印象で言えば『天義とはまた別の信仰を有する司教が敵をぶん殴りながら脅してきている』現状だ。
「いや、その」
「だって貴方、パンドラの加護がないでしょう? イルを泣かせるわけにも行きませんものね。ねえ!?」
ヴァレーリヤが大きく仰げばサクラは「そうだよ!」と叫んだ。
「リンツさんには大事なことがあるからね、スティアちゃん!」
「そうだよ。リンツさん覚悟しておいてよね!」
女子に責め立てられたコンフィズリー家当主、リンツァトルテ・コンフィズリーは「善処する」と呟いてからオウカの前へと滑り込んだ。
「何やら、楽しそうですね」
「そうだね、オウカちゃん。私達も何だか楽しそうにしてみる? あ、唄を歌うとか」
「……リスティアちゃんお一人でどうぞ」
「ががーん! ど、どうして……」
オウカ・ロウライトとリスティア・ヴァークライトは『どう見たって二人だった』。それがどうにもイルには遣りづらさを感じさせるのだ。
「イルちゃん」
スティアはにんまりと笑ってから、意思の力を魔力に買えて聖杖に集めた。ヴァークライトの『聖職者』が手にする杖の蒼き光がリスティアに向けて放たれる。
「大丈夫だよ。私が間違えたとしてもぶん殴ってくれれば良いんだからね!」
「ふはっ、それだからスティアだ!」
イルは気を取り直したように地を蹴った。リスティアの元へと飛び込み振り下ろす一閃。
受け止めるリスティアの剣がぎりぎりと音を立て、一歩後方に下がった騎士が立っていた場所に全てを巻込むようにオウカの魔力が叩き込まれる。
「オウカ!」
サクラがその名を叫んだ。
「今まではちゃんと戦う事がなかったけど、今日は付き合って貰うよ。1対1という訳にはいかないのが残念だけどね」
何を企んでいたって、此処で終らせるだけ。ただ、それだけなのだから。
●
「手癖が悪くてごめんなさいね」
リアがべえと舌を出す。リスティアとオウカの事はスティアとサクラに任せていたが茶々を入れないと入っていない。
其方に構うだけではない。リアはすうと息を吸い込んだ。この場の旋律は気分は悪いが頭痛は余りしない。
皮肉な事だがアドレの歪な旋律も気持は悪いと感じるものの、頭痛などの悩みの種には鳴らなかったのだ。
「全く以て、大勢でわらわらわらわら……手癖が悪いったらありゃしないわ!」
リアの苛立ちにアドレは「お母さんとやらに言っておきなよ。躾はちゃんとしろってね」とせせら笑った。
後方支援を行なうアリシスは騒霊と遂行者の撤退を促し、アドレ自身の撤退を早期に行なわすことを目的としていた。
手にする槍が宿すのは浄罪と神罰の秘蹟。焔と雷の気配を纏わせていたアリシスは、ふと目を細め暗き泥の気配を周囲に撒き散らす。
これでは乱戦状態だ。騒霊と、そしてそれらと共に痛みなど感じていないかのような顔で笑うブーケの存在がそうさせているのだろう。
(……厄介ではありますが、アドレが撤退し騒霊が消えてしまえば此方のものでしょう。
恐らくはルオが最後まで留まる。次点でオウカやリスティアか。ブーケさんは……然程、というべきか)
幼い少女の目的は分からないが此処で撃破されたら『その背後に存在する者』が顔を出す程度だろう。
「ああもう、次から次に! しつっこいですわね!」
苛立ちを滲ませながらヴァレーリヤは叫んだ。にこにことしているブーケがどうにも意識せざるを得ないのだ。
天に御座す神が『彼女のような無垢な少女』までもを兵士として使うことが理解も出来ない。
(……本当に。どうして……)
メイメイは不安げな顔をして居た。ここで、ブーケを逃がしたならば彼女はきっと星穹とセナ・アリアライトを狙うのだ。
(ああ、けれど、こんなわたしの帰りを、あの人は待っていて下さるのだから……負けるわけにも、倒れるわけにも、いきません……!)
無事に帰らなければ彼はどんな顔をするのだろう。視線の先には茄子子が居た。
「故郷で起きた事件で、力を貸していただいた事は、忘れません。
茄子子さまは、茄子子さまの道を……お互いに、悔いのなきように」
茄子子が視線を逸らす。メイメイは小さく息を吐いてから、眼前のブーケに向き直った。己の目的はブーケをここで食い止めることだ。
「ブーケさまのお相手は、こちらです、よ」
「たたかうんですね。しかたない、ですよね……」
俯いたブーケが地を蹴った。勢い良く至近で叩き付ける一撃。メイメイははっと顔を上げる。
傍らより飛び込んだのはヴェルグリーズであった。
「ロイブラック殿はやはりあの二人を手に入れることに執心しているのだね。
……キミ自身には特に思うところはないけれど、あの男の思惑が透けて見えるのは不快ではある」
「元々の持ち物を取り戻すのは、悪い事ですか?」
「持ち物、か……。今の俺は急いでいるからね、申し訳ないけれど手加減は期待しないでほしい。
早急に帰ってロイブラック殿に伝えてくれるかな『俺がいる限りあの二人は渡さない』とね」
ぱちくりと瞬いたブーケに向けてヴェルグリーズは無数の攻撃を重ね続ける。
動きは淀みなく。だが、対等に戦う少女に薄ら寒ささえ感じていた。
どうして彼女は此程までに戦いに適した動きが出来るのだろうか。理不尽なほどに、戦闘慣れして居るように思えるのだ。
「ブーケちゃん、どうして星穹さんたちが必要なの? どうしてロイブラックの言うことを聞くの?
戦いなんてやめて、ご両親と暮らすことは出来ないの?」
「? ふしぎ。だって、わたしにはお父さんもお母さんもいなくて、店長だけが家族の――はず、なのに――?」
きょとんとしているブーケはまじまじとプエリーリスを見ていた。
嗚呼、違うのだ。それは全てが思い込まされただけ。本当の彼女の兄は、家族は。そう叫びたくとも『真実』はまだ知れない。
プエリーリスが出来るのはあくまでもブーケを眠らせることだけだった。
此処で殺さなければ、もう一度が必要になるだろうか。そうだって分かって居たって――『母』に『子』は殺せない。
遍く存在が我が子のようにプエリーリスは愛おしかった。
殺さなくてはならないと分かって居ながら、その決断が出来ないのだ。
「星雛鳥がいれば、いいんです。だって、だって……そういってた……そうすれば、おうち……お家に帰れて……あれ?」
頭を抱えるブーケを抱き締めたかった。
ここで、抱き締めて大丈夫だと安心させてやりたかった。
そうするだけの『希望』があればよかったのに。
(……彼女の身体能力は、人間のものじゃないもの。此処で、逃がしたって待ち受けているのは――)
ブーケが地を蹴った。ぐんと跳ね上がったその動きだけでも『人間』らしくはない。
「誰の、なんのためのお使い、なのでしょう?
わるいひとではないと聞きましたけど、話してわかってもらうのは難しそうですか?」
「わるいひと、じゃないとおもいます。ブーケは、ロイブラックが居たから生きていられるの」
ぱちくりと瞬くブーケにニルは「どう言う意味、ですか?」と首を傾げた。
アドレも、ブーケも。みんながみんな、分からないことばかりなのだ。
誰かがいるから息をしていて、誰かのために生きていて。その為に命を賭けられる。
そんなの、間違っていると声高に叫ぶ事もできなかった。
分からない。分からないのだ。
何も分かって上げられないなんて――『ニルは、かなしい』のだ。
「……だめです。ブーケ様に、なにも、なにも、渡せないです」
そうだ。何も渡せないのだ。ニルにブーケが首を傾げたその刹那を狙うようにヴェルグリーズは終焉の気配を刻み込む。
ブーケの柔らかな腹に刀が食込んだ、だが、浅いか。
腹を切られたというのに幼い子供は動き止めることはない。「あれれ?」などと呟いてから腹をぺたぺたと触る。
「傷付いてしまいました」
「……これ以上はやめよう、ブーケ殿。君に恨みはないんだ。退いて欲しい。俺は只、相棒と義兄上を取り戻したいだけ」
「でも、わたしも、ふたりがほしいんです。あ、そうだ! わけっこしませんか?」
手を打ち合わせ名案だとブーケは微笑んだ。「わけっこ?」と呟いてからメイメイが青ざめる。
「い、いえ、だ、だめです」
「はんぶんにわるんです。ええと、ヴェルグリーズおにいさんはどこがほしいですか? 腕?」
ああ――この子は本当に『救いのない方向に導かれてしまった』のだ。
ヴェルグリーズは「ごめんね」と囁いてから刀を再度振り上げた。
首を狙ったのは少しでも怯む機会を求めたからだ。メイメイが叩き付けた神秘の一撃に昏倒することを狙ったからだ。
ブーケの小さな手がヴェルグリーズの刀を掴む。それから、首に押し当てる。
「ふふ」
頸筋に僅かな切り傷が走った。
「おにーさん、おねーさん。今度は殺し―――」
「ごめんなさいブーケちゃん、ちょっとだけ眠っていてちょうだい!」
プエリーリスは全てを『遮る』ように少女の体を地へと叩き付けた。
●
戦いは続いていく。戦闘を走り抜けるだけでは熟すことは出来ない。
フラーゴラの盾が騒霊を押し込んだ。迷う事なんて怖くもないし、恐れる事もどこにもない。進むと決めたからには進む。
乙女の意地と共に此処までやってきた、けれど。
「騒霊ばっかり……! アドレさん! グーパンチくらってよ!」
フラーゴラの叱り付けるような声音にアドレははいはいと肩を竦めた。
「でも、僕のせいじゃないよ」
「ど、どういう意味?」
アドレは「アドラステイアでしょ」と肩を竦める。
「そもそも、だ。天義という国が冠位強欲を内に入れてなければああやって新しい神様に縋ることもなかったよ。
イレギュラーズがそれを明るみに出さなければ、そうやって不安がる奴らだって生まれなかっただろ?」
フラーゴラはアドレが上辺だけの言葉を連ねているようにしか思えなかった。
言葉を遮るかのように、騒霊が覆い被さらんとする。
「邪魔しないで!」
勢い良く押しのけて「何が言いたいの」とフラーゴラは叫んだ。
「まあ、人間ってヤツは、良いフィールドを得たら勝手にゲスい行動するって事。僕はただ箱庭を要してやっただけだしさ」
アドレは「それでも、僕に向かうなら、いいよ、相手にしよっか」と笑って見せた。
ざわめく騒霊達をリアがぎろりと睨め付けた。「クソガキ」と呟く声音が響く。
「ルルは冠位傲慢の意志の遂行こそが己の全てとの事でしたから、未来の事には然程興味が無さそうでしたが……。
まあ。恋とは、愛とはそういうものでしょう。
先に申し上げておきます。今生きる事を諦めない貴方達のその姿勢が間違っているとは申しません。その上で、単純に興味があるのですが」
アリシスに騒霊を指揮していたアドレは「何か?」と冷めた視線を送った。
「ええ。貴方達、というより貴方達を使役する冠位やその親たる原罪が目指しているだろう終局型確定未来が世界を滅ぼした後、そこに貴方達が望む、生きる時間は存在するのですか?」
アドレは眉を吊り上げた。アリシスにとっては単純な疑問ではあったのだ。
ある意味で残酷な問いかけだ。その先に何があるかなんて誰も知らないくせに、彼は『未来』を乞うのだから。
「尤も。恐らく存在の根幹を握られている彼らにとって何れにせよ従う以外に路が無いのは当然の事。
今の私には他の延命手段は視えませんし、だからどうという訳でも無いのですが……如何です?」
「嫌な問いかけだよ。ルスト様も、どうなるんだろうな。そんなこと」
鼻先で笑ってからアドレは言った。
「僕は普通の人間じゃないからね。その先に僕がいないなんて保証もない。リスティアも、オウカもだ」
アリシスはちらりと見た。アドレを守るように立ちはだかる騎士達は、互いの『鏡映し』と相対しているのだ。
「オウカ、貴方は正義を重んずると言うけど貴方にとっての正義って何!
今を生きる人達が、死んでいった人達が作り上げてきた今を『間違いだった』なんて理由でなかった事にするなんて私は認めないよ!」
「……私の正義とは、『変わることのない天義』ただそれだけです」
オウカははっきりとサクラに言った。天義の人々には過ちがあった。スティアの父は幼子を救うが為に断罪された。
その処刑を行なうべく相対したのはサクラの祖父だったのだ。父を殺された娘と、その父を殺した祖父を持つ娘。
親友として共に在ったとしても――その過去は変わらない。
「私にだって色々あった。この国にも色々とあった! それでも、それらをなかった事になんてすべきじゃない!
私達は間違い、反省し、積み上げてきた! その全てを帳で覆い隠すなんて、それこそ過ちを繰り返す事だ!」
「なればこそ、その罪に向き合い変わることなく『天義』の正義を遂行すべきではありませんか!」
オウカは叫んだ。眩い光が花弁のように周辺へと舞い落ちる。桜の花びらがリンツァトルテの聖剣へと纏わり付いた。
「何を不抜けたことを言うのです。変わることが罪ならば、変わらなければ良いではありませんか。
リスティア・ヴァークライトは父を殺した。次こそはそうならぬように正義の剣を握り締め、我らが正義を護る為に戦っている!
私とてロウライトの家門に恥じぬ娘として神を尊び祈りを捧げ、鎮魂を願うのみ。正義とは、揺らぐものではありませんでしょう!?」
オウカに頷くリスティアは剣を振り下ろす。魔力の障壁を全面に張り受け止めるスティアは「リスティア!」と叫んだ。
オウカとリスティア、互いに違っていても正義の行き着く果ては何方も同じ。
ああ、けれど――もう、あなたは。
「嫌なら殺さなくても良いんじゃないの?
気にしてるのは貴女だけじゃないのかな……少なくてもルルは共存できそうな事を言ってたけど。
私はね、リスティアだって救いたい、それにルルだって。
生まれ方が違っても貴女達はそこにいて、自分の意志を持っている。
それは否定したくないって思ったんだ。甘いかもしれないけどね」
「甘いよ」
リスティアが奥歯を噛み締めた。
「甘い、甘いよ。
死んでった人にだって心があった、意志があった、命があった。スティア、あなたは甘いんだ。
間違いを正しても過去は変わらない。私達が歩んだ全てが間違いだったなら……どうして、私は産まれたの?」
スティアは目を見開いた。イルが「スティア」と呼び掛ける。
――私は、スティアに生きて欲しいよ。
サクラが、言っていたじゃないか。正義って――私は、こうするのが正しいと思うんだ。
正義とは自分の信じる道だというならば、産まれたことさえ過ちになんてしたくはない。
もしも、を思い浮かべてしまう。もしも、産まれていなかったら。
「スティア!」
イルがスティアの肩を掴んだ。ああ、そうだ。そんなこと考えたって意味は無い。
「……だからここで負ける訳にはいかないんだよ。全てがなかった事になってしまうから!
私達が出会ったという事実が消えてしまうのも寂しいでしょう? リスティアはどう思う?!
私は、寂しいよ! 嫌だよ、全てがなくなってしまうなんて!」
「スティア……」
「出会った事に意味があるなら、私はそれを感謝したい! 大切にして、どんな思いだって抱き締めていきたい!
それに嘘は無いよ、それに過ちなんてないよ。神様は、出会うべくして全てを照らしてくれるはずだもの」
スティアの魔力が光を帯びた。オウカは「リスティア!」と叫ぶ。揺らぐその気持ちを否定するように周辺を桜吹雪が包み込む。
「オウカ、貴方はこっちだよ!
ッ――悔しいけど、貴方は私より強いかも知れない。それでも!! そんな相手に、私は負けない!!」
聖刀よ、力を貸して。
オウカとリスティアは互いが互いの連携を知っている。サクラとスティアだって分かって居る。
「親友のコンビネーションを見せて上げる!」
サクラが攻め立てる行く手をオウカが阻んだ。ならば、スティアの一筋の魔力の光がリスティアを穿つのみ。
攻めるリスティアの眼前に飛び込んだリンツァトルテが「イル!」と名を呼んだ。
イルの瞳が煌めいた。
――あなたと、こうして並べるだけで幸せなのだから。
●
愛はさだめ、さだめは死(ミスディレクション・アガペー)――
視線を奪うかの如く。逃がしはしない。愛と死からは何人たりとも遁れられると知れ。
茄子子が目を見開いた。その動きも、その気配も。
「ガ……イア……ドニス君」
思わず茄子子は呟いた。満点の笑みで背を押してくれるその人は、背を押したのだ。
茄子子の脳裏に廻ったのは刹那の記憶。
グラーフ・アイゼンブルートは翼の折れた鳥のようなものだった。焔の気配の中で、彼女の大きな手が背を押してくれたのだ。
振り仰ぐことさえもできない。傷付いて、疲れた果てた茄子子を救ったのは紛れもなく。
――愛しているの。
儚く小さな星々を。
あんな、太陽に消させはしないのだわ!
「……まさか」
そんなまさか、有り得てたまるか。楊枝 茄子子はこの時、笑うつもりだったのだ。
どいつもこいつも因縁付け合いやがって。私ったら場違いじゃない、と大袈裟に笑ってやるつもりだったのだ。
ああ、なのに。
「てめえに打ち込むのに色んな意味でこれ以上無い技だろ!
なあ、茄子子! 信用ねえってか?
てめえがイレギュラーズや遂行者って枠組みに収まるようなたまじゃねえって信頼してるからこそだよ、ばあか!」
叫ぶ牡丹に茄子子が悲痛な声で「止めて!」と叫んだ。叩き付けたのは全てをもやい尽くすかの如く鋭い魔力。
それは後方に控えるイレギュラーズをも巻込む。仕方有るまい。立ち位置を遂行者側に変えたとて肉薄する仲間達を巻込む可能性は多いのだ。
「茄子子! 知ってたか、オレはガイアドニスの娘だ」
「ッ――」
あの大きな掌が救った。救われてしまった。押し巻けたら待つ結末は分かって居た。
『最悪』を前にして、『最善』を尽くしたはずが、誰かが命を賭けて救ったのだ。そんな彼女が前に立つ。
「かーさんが命がけで護ったてめえには前から思う所はあったさ。別に恨んじゃいねえし、そのことをとやかく言うつもりはねえ。
未来が分かっててもおかーさんはああしただろうさ。
だからオレが言いたいことは一つだけだ。せいぜい生きてて良かったとてめえが笑える最後を迎えやがれ!」
「分かった! 分かったけど殴るのは違うじゃん! 痛い!! やめて牡丹くん! 暴力反対!!」
ここで『悲しんでも』『足を止めても』ならない。
楊枝 茄子子は推定・遂行者だ。神の意志を遂行する者となるべくこの場所に立っている。
ある種で茄子子にとっては此れが好機だった。仲間を含め複数人を巻込む理由になる。牡丹がそうするように促したのだから茄子子は悪くはない。
敵か、敵じゃないか? そんなことは関係ない。
腹が立つから全員死んでしまえば良い。アドレも、ブーケも、イレギュラーズ達だって。
(……何か持ってるか……?)
牡丹は茄子子をまじまじと見た。牡丹の戦い方を茄子子も知っているはずだ。互いの手の内は晒しているからこそ仲間だった。
牡丹が最初に茄子子を警戒したのは彼女がヒーラーであり、神秘的素養に長けていたからだ。野放しにしていれば彼女は敵意を持ってイレギュラーズの相手をする。それが次善策だからである。
だから――? だから、引き寄せたわけではない。どうこうできる相手じゃ無い事を知っている。
少しでもその視界に入っておくことだけが目的だったのだ。茄子子が牡丹を見た。視線がかち合ってから、彼女は「アドレ」と呼ぶ。
「はいはい」
「牡丹くん、『あげる』よ」
囁きと共に、アドレの騒霊達が牡丹の周囲にも群がった。茄子子は後方に下がる。遂行者のコートを天へと投げてから、茄子子は駆け抜けていく。
「茄子子!」
呼ぶ声に、振り返ることは無かった。
「良いんですか」
「別に」
ルオの問い掛けにアドレは視線を逸らした。ルオの視線が僅かに逸れる。セレナは声を張り上げた。
「何処を見ているの」
邪魔立てする騒霊の数は多けれど、それらを抜けてルオの元に行くのは容易かった。茄子子を逃がすためにアドレがその配分をしたからか。
ルオの元へと駆けて行くセレナを支えるヨゾラに頷いてからヴァレーリヤは「アドレ!」と叫んだ。
「茄子子を解放なさい! 貴方達のことですもの。どうせ猊下のことで脅して無理やり従わせているのでしょう!?」
茄子子は鉄帝国の動乱の際に革命派を――クラースナヤ・ズヴェズダーを助けてくれた恩人だ。
ヴァレーリヤは彼女に恩義を感じると共に、友情をも感じていたのだ。何か事情がなければ彼女があの様に敵らしく振る舞うわけがない。
そう信じているヴァレーリヤを一瞥してからアドレは己の知識内でぴんと来たように「異教の司教か」と手を打った。
「茄子子は自分から来たよ。逃げの預言者……いいや、猊下とアンタが呼ぶシェアキムをどうこうする目的はあるかも知れないけどさ。
んー、ルルっていう遂行者が身内にいるけど、アイツ言ってたよ。
女の子って言うのは時々そういう風にするんだってさ」
ヴァレーリヤは「何てこと」と呟くと同時にアドレが嘘を吐いていないことに気付いた。
けれど、彼女が傷付き怪我を負っていないかだけが心配だった。どのような立場だって友人なのだから。
「優しいんですねえ」
「人間を魔力貯蔵庫くらいにしか思って居ないあんたが言う言葉かしら」
セレナはルオを睨め付けた。ルオの魔力が星降るように降り注ぐ、その気配だけにもヨゾラは苛立ちを滲ませていた。
「やあ、興味深いとは嬉しい言葉を貰ったけれど……魔術兼『魔法使い』の僕は対象外なのかな?」
「魔術そのものならば行使する存在が必要でしょう。まだ計りかねてますよ。その魔力の動力源」
ルオが至近に接近する。ヨゾラの胸をとんと叩いて唇を吊り上げた。
「人ならざる存在が、人間を気取ってる意味にもね?」
「なッ――」
ぎらりと睨め付けるヨゾラの眼光がより鋭くなった。魔術紋がきらりと輝く。
何もかもを飲み干して、叶えるが為に存在する『願望器』はその魔力の気配を漂わせる。ルオの前に立ったのはセレナとヨゾラの二人。
遂行者を二人で『押さえて』置けば良いのだ。仲間達が合流するまでの時間稼ぎでもある。
「『自身が若く、生き続ける事が幸せ』……ルオは前にそう言ってたわね。
不老不死を求める、それはマリエッタと一緒、その為に多くの命を奪ってきた事も……」
まるで彼はマリエッタの――いや、彼女の中に存在する『死血の魔女の鏡写し』だ。
故に、セレナが向き合わなくてはならない存在であると理解している。
悪辣なままに他者から奪い続けてきた魔女の罪を映す存在なのだ。
「あの魔女も同じ事を考えて居ましたよね。気が合いそうだなあと。
……ただ、ガワが『あなたのお好みの女』だから、此方に転がり落ちてきてくれないのは残念だったなあ」
「いいえ、マリエッタは魔女とも対話し、自分の意志で選んだはずよ。
……全部違う。どれだけ似ていても、少なくともあんたは己のエゴの為に魔力を求めてる。
それが過去の魔女と同質だとしても、あんたを見逃す理由にはならない。ルオは、あんただけは絶対に討ってみせる」
過去と現在に違いがあれば許せるとでもとルオは笑った。
その嘲る笑みにセレナは唇を噛み締める。
「はっは、馬鹿ですねえ! 似ているから、許せば良い物を。楽になりますよ?
この行いを否定するって言うなら、大好きなその女そのものも否定しなくてはならないのに!」
ルオに向けてセレナの魔力がその体を包み込む。
「なら、余所見しないで! 私があんたを殺す魔女よ!」
眩い光と共に突進して行く。夜の気配を身に纏い、その至近に飛び込んだ。
「あんたになんてなにもあげない!」
「冷たいことを」
セレナは歯を食いしばる。箒に乗って遣ってくる魔女の祈りも、夜を守るが為に身に着けた闇世の衣も、何もかも。
何れ一つとして渡して何て遣らないのだ。
「セレナさん! ……仲間は誰も倒れさせないよ!」
セレナを支えるヨゾラはステップを踏みながら楽しげに動くルオを視線で追掛ける。何もやらせはしない。
ヨゾラは決めて居た。セレナを支え、ルオが『魔力を食う』タイミングを計るのだ。視線をかち合わせなくとも攻撃を与える度に僅かに何かを奪い去るような気配がする。
(それが彼の能力――!)
根競べというならば承知の上で戦えば良い。さあ、どちらが『上』かを競うのだ。
●
「メイがいる限り、誰一人消させはしないのです。アナタたちが背にしている扉を開いて、皆で先に進むのです」
扉の先に広がる庭園は『奇妙な気配』がして居た。メイは少なくともその場所が悪い地ではないと思えてならなかったのだ。
鎮魂の響きを、願いと祈りを込めたその音色を響かせながらもメイは願う。
道行きに幸多からんことを。メイは知っていた、『ねーさま』は死者を弔うためにこの音色を響かせていたわけではない。
今から自らが誰かを救うことで、切り捨てられる誰かへと追憶を奏でたのだ。懺悔も、後悔も、その全てを祈りに昇華した。
(メイが、誰かを救えば、きっと誰かが死ぬ事になる。けれど――!)
その小さな掌が掬い上げられる範囲は望むべくその人達を救いたかった。
メイは神様なんかじゃない。
メイは万能なんかじゃない。
だから、メイは『神様』を信じている。知っている。
「神がおわすならば。己を信じるもののみを救うなんて器の小さいことを言わず、遍く命、想い全て救ってみればいい。
神とは、そういうものでしょう? ……そうあって欲しいのです」
メイを見て「くだらない」と呟いたアドレへとにんまりと微笑んでプエリーリスは穏やかに声を掛けた。
「こんにちは。えっと……アドレくん? 突然だけれどあなた、ご両親はご不在?
この子たちはお友達かしら? それとも、あなたが作り出しているの? ……創造の座、素敵ね。私も物語<いのち>を創造するのはすきよ」
「こんにちは。アドレでいい。両親? 作り手のことを言うならツロ様がお父さんになるんじゃない? うわ、やば、怖い」
アドレが手を上げて戯けてみせる。いいや、本当に父親なんかじゃないのだ。両親なんて存在していない。
少年は人間ではないのだから。だからこそイレギュラーズの一人を母親でしょうと宛がわれたときに困惑をしたのだ。
「やっとお話できるんだから、まずはご挨拶よ! 聞いてんのかクソガキィッ!」
リアのその言葉にアドレは「アンタって聖職者らしからぬかんじだよね」と呟く。
「ほら、『お母さん』だっけ? 僕がよく見る星芒は、もっとおしとやかだったよ。教えて貰えば?」
「はん、戦いなんて無礼講でしょうが。分かっていると思うけど、あたしは頑丈でしつこいわよたっぷり語り合いましょうか」
嫌なヤツに捕まったとでも言うかのようにアドレが眉を吊り上げた。周辺の騒霊達を一先ず無視したようにリアはアドレに向かって猛攻を繰り広げる。
「……アドレ様」
ニルは唇をぎゅうと噛み締めた。ニルの有りっ丈を籠めて、アドレの元へと飛び付いた。
ニルは『かなしい』がいやだ。『くるしい』のだって許しておけない。だからこそ、止めなくてはならないのだ。
それでも、それがアドレを傷付ける事になるとも知っている。
「……ニルは、ニルの大好きなひとたちが笑っていてくれるこの世界にいたいのです。まもりたいのです。
神の国は、ニルの好きなひとを傷つけました。だからニルは神の国はいやです。
……この世界では、だめなのですか? アドレ様はずっとかなしそうで、くるしそうなのです。
ニルたちが今の世界を諦めないと、アドレ様はかなしくてくるしいままなの?」
「そうだよ」
アドレは肩を竦めた。ニルは『悪い奴』じゃない。素直な感情をストレートにぶつけてくる人間をアドレは嫌いなんかじゃ無かった。
本当は、アドレと戦わないのが一番だ。
アドレが本当にしたいのはこんなにも悲しいことなのか。それさえも分からない。確かに、仲間の言う通り彼は『わるいひと』だ。
けれど――ニルにはそうだと思えやしないのだ。
「だから、知りたい。アドレ様のこともっともっと……知りたい。
ニルにできることは少ないけれど……何かニルが、力になれることはないでしょうか? ニルは……アドレ様にも、笑っていてほしいのです」
彼がどの様な人間であるかは分からない。人間なのかさえヴェルグリーズは認知していない。
ただ、アドレが奥の通路に対して何らかの『破壊工作』を行なわないかだけが心配だった。
視線で追掛ける。そこからは出来るだけ意識は外さない。
「アドレさん……!」
周辺が囲まれないように。フラーゴラは意識しながら、騒霊を去なしていた。
心は燃えても頭は冷静でなくてはならない。彼の言う『人間のせいだ』という言葉がやけに引っ掛かる。
(それでも、あの場所は悪い場所だったんだ……!)
それが作られたことを肯定してはならないのだから。
それでも、容赦も、情けも掛けない。だからこそ、リアに向けて攻撃を放ったアドレの横顔に一瞬の隙を見出せた。
「かなりの大技! ひとたまりもないよっ!」
今だ――! フラーゴラが放つミニハイペリオンの群に「うわ、モフモフの軍勢」と呟いたアドレが騒霊を盾とする。
「アドレ!」
リアは叫んだ。その腕を引いたのはアドレがフラーゴラに意識を奪われたからだ。
「あたしはアンタ達をそう簡単に否定はできない……してはいけない、そんな気がするの。
本来、あたし達は相容れない存在同士である事はわかるわ。でも、あたし達特異運命座標は可能性を示す者。
大罪すら呑み込み、どんな道でも強引に切り拓いて進む、この世の誰よりも傲慢な集団よ」
視線がかち合った。アドレの紫色の瞳がリアを見る。
「自分が傷付けられたから誰かを傷付けて、そんな悲しい連鎖を断ち切る為には超傲慢な赦しが必要よ。
――アドレ、大人しく投降して道を開けて」
「却下」
離せと腕を掴んだアドレは「投降なんかしない。けれどね」と続けた。
「僕のオーダーは時間稼ぎだ。『そろそろ』あいつも何かする頃だしね」
「そろそろって……?」
何、とリアが言い掛けたその刹那に、ルオが横槍を入れるように後方へと下がった。
「アドレ」
ルオの瞳がぎらりと光を帯びた。それがアドレの退路を示しただけだったのだろう。
「アドレッ! ちょっと話聞きなさいよ!」
「いやだ、おしとやかじゃないから」
「あっ? 一発殴らせなさいよ!」
リアが叫ぶ。安全無事な帰還を促すために彼が魔力を溜めていたのか。アリシスの思った通り、戦場にはルオのみが残った。
殿を任されたか、それとも『彼が此処で切り捨てられる程度の存在』であったのかは定かではない。
(ああ、けれど――茄子子さんを何処かに遣るためにルオの防御を薄めた時点で答えは分かっていたか)
遂行者であるアドレを逃がすことを目的にしていたようにさえ思えた。
「……魔女に興味があるの?」
ルオがぴくりと肩を揺らがせてからプエリーリスを見る。彼女は穏やかな微笑みを浮かべ防御のみに徹しているようだった。
「私も似たようなものよ。私は自分の魔力から物語(こども)たちを生み出したのだもの。
真名メル・メルヒェン。御伽話<メルヒェン>を冠する者。それが私よ」
「へえ、それじゃあ――頂きます」
唇を吊り上げたルオに対してヴァレーリヤも悪い笑みを浮かべた。嗚呼、何が『頂きます』だ。
プエリーリスを狙って、それから? ついでのようにヴァレーリヤの魔力も食らうつもりか。
耐えるだけのプエリーリスの背後から迫り来るヴァレーリヤにリアが「うわ」と思わず呟いた。到底聖職者らしからぬ顔をして居るからである。
散々、与えられた攻撃から魔力を吸って自己リソースにしてこの場を制するつもりかも知れないが、そうは行かないのだ。
「はっ、使えない――ああ……。
『主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。
毒の名は激情。毒の名は狂乱。どうか彼の者に一時の安息を。永き眠りのその前に』」
「諦めた?」
「ええ、もう無理ですもの――なんて言いませんわよ!」
炎を纏ったメイスを『どっせーーーい!』と叩き着けるわけではない。持ち替えたそれが衝撃波を放つ。
意識していなかった一撃が飛び出したことに目を見開いたルオの体が地へと叩きつけられた。
受け身をとる余裕さえ無かったか。目を見開く彼を一瞥してオウカは「リスティアちゃん」と呟く。
「待って!」
スティアが手を伸ばすが、二人はアドレと同じようにその場で姿を掻き消した。
「……もう一度、だね、今度こそ」
オウカが睨め付ける――残るルオが身をゆっくりと起こすがその動きを遮るようにもう一度ヴァレーリヤが衝撃波を放ち、アリシスの槍が鮮やかな気配を宿した。
「お終いにしましょうか?」
リアが振り返る。頷いたのは誰だったか。ルオに向けヨゾラが放つ最大の一撃。
続き、『魔女の意地』があった。
「ッ――ここで、終わりよ!」
セレナが最大の魔力を籠めた。満身創痍だ。防御に用いるはずの結界を刃の形に変える。
断絶の剣。
朝と夜を切り裂くように振り下ろす。
ルオ――『あの子』と似た貴方。
けれど、もう終わり。
悲しい気持ちをぎゅっと堪えたニルは「さようなら」を口にした。
●
「スティアとサクラは……」
リンツァトルテが頬に付いていた血を拭ってから顔を上げた。
薔薇庭園に行けば、カロルが、そして仲間達が居るはずだ。直ぐに行かなくちゃならないと手を差し伸べる。
ばちり、と音を立てた扉にスティアとサクラは顔を見合わせた。
「入れない?」
「うーん、ルルとお茶会をする約束してたんだけど、主役は遅れて登場するって言うもんね。きっと大丈夫だよね。
もう一度ッ――と!」
勢い良く腕を突っ込もうとしたスティアにイルが「ス、スティア」と慌てた様子で声を掛けた。
違和感がある。
眼前が歪むような。腕を差し入れたはずが『差し入れては居ないような』
「ん……?」
「スティアちゃんどうしたの」
「あれ、私今、腕、ぶち込んでみたよね?」
「……?」
首を傾げるサクラにスティアはぱちくりと瞬いた。
――『その奥の刻の流れが歪に変化している』というのは、庭園の内部の者と、ツロ達しか知らないのだろう。
彼等の下した選択の時は『流れる時空』より分離して、のちに代償として降りかかるように作用しているか。
少なくとも彼等が『解錠』するまで、その地は隔離されているかのようだった。
「……うーん、今は入れなさそう」
首を傾げてからスティアは「あ」とリンツァトルテを見た。意地の悪い顔をしたサクラが「リーンツさん」と肩を叩く。
「イルちゃんの言葉にちゃんと向き合って上げてね。
余計な事はぜーんぶ置いといてイルちゃんっていう女の子をどう思うかだけ考えて!
この期に及んで『自分にそんな価値はない』とか言い出したらグーパンだからね!」
「そうだよー! イルちゃんと向き合ってくれないと私も怒るからね」
真逆の『天義貴族の令嬢』二人に囲まれてしまったリンツァトルテは引き攣った顔をして後方へと下がる。
誰もが傷だらけで戦闘を終えたばかりだというのに――
「先輩は、こう……虐めないで上げて欲しい……」
「何だか……こう、心中お察し、します。イルさまの勇気ある行いには、いっぱいいっぱい応援したいです」
ぐっと拳を固めたメイメイを振り返ってからイルははたとリンツァトルテを見た。
「私はこう言うのなんて言うか知ってますよ、外堀って言うんだ」
「イル……」
頬を掻いて困ったなあとでも言いたげな顔をしたイルにリンツァトルテは「一先ず、帰ろう」とそそくさと帰還を促したのだった。
「……」
「……」
「リンツさんって」
「ねぇ……」
「めぇ……」
女子の冷たい視線にリンツァトルテが些か心を痛めたのは仕方が無い事だっただろうか。
●『女の子』
息を切らして娘は走る。走る。走る。
目的地は、簡単に辿り着くことが出来た。そんな采配をするツロに苛立ちを覚えずには居られない。
大丈夫――今までだって『大丈夫』だったのだもの。シェアキムは茄子子を疑わない。
茄子子のギフトは、慧眼捏造は、発言の真偽に関わらず、嘘だと思い込みやすくする作用がある。彼には効力を発揮してない。
だから、大丈夫だ。
「陛下」
ゆっくりと聖堂の扉を引いて、茄子子は踏込んだ。その地にはシェアキムだけが坐していた。
騎士達は出払ったか、それとも彼が何かを予期して一人で座っていたのかは定かではない。
「……茄子子」
呼び掛けられただけで心は舞い上がりそうだった。
もうすぐで手が届くのだ。
唯一無二の願い。彼を手にすることだけ、
「遂行者達はあなたの身柄を欲しています」――嘘じゃない。
シェアキムは茄子子に頷いた。
「このままでは、捕らわれた仲間がどうなるか……」――これも嘘じゃないよ。
だからね、シェアキム。
良い子だったでしょう。私。ずっと、ずっと良い子だったでしょ? だから、全部の言葉をちゃんと聞いた上で、判じて。
白か、黒か。
断罪を待つ幼子のような顔をして茄子子はゆっくりと手を差し伸べた。
「私に策があります。時間がありません。私と共に、来てくれませんか?」
静寂が満ちた。
聖痕が刻まれていないその身は滅びのアークには害されてなんかいない。
今ばかりはルルに感謝してもいい。あの女の子とは嫌いだが、彼女の聖痕がある『フリ』だけで済ませてくれている。
そう。
楊枝 茄子子には華めくような夢がある、女の子は恋をすると欲しがりになるのだ。
「……」
じっとりと彼が茄子子は見た。
清き肉体は、滅びなんて遠い。反転していないなら、良い子の茄子子と何時までも一緒に居てくれる。
しあわせで御伽噺のようなハッピーエンドでめでたしを柄にも無く信じていたのだ。
「断る」
「え」
ひきつった声を漏した茄子子にシェアキムは「共に行く事は出来ぬ。騎士達の帰還を待つのが教皇の務め、茄子子も此処で待つと良い」と囁いた。
じりじりと茄子子は後方に下がる。
違う、これは拒絶だ。真綿に来るんで言葉を『選んだ』だけなのだ。
茄子子は背を向けて走り出す。神の国へと繋がる『扉』を開いて、滑り込む。
――ああ、シェアキム。私のこと嫌い?
やっぱり、私は貴方を無理矢理にでも奪わないとダメなのかな……?
恋が入ると、知恵が出てくると誰かが言っていたけれど。
恋することは求める事で、愛する事は受け入れる事と誰かが言っていたけれど。
それでも、苦しみのない恋愛というものは存在しないと、知らなかったのかも知れない。
たったひとりに愛されることだけが、そこに立つ理由だった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
あなたの未来に幸有りますように。
GMコメント
夏あかねです。
●成功条件
テュリム大神殿『創造の座』制圧
※楊枝 茄子子さんはこの成功条件に沿わなくとも構いません。
●『創造の座』
非常に美しいステンドグラスが印象的な神の国、テュリム大神殿の内部です。
聖女の薔薇庭園の入り口に繋がっている場所であり、ツロとルストが作った場所であるともされています。
この内部では『致命者』や『影の天使』が生み出される空間のようです。
後方には幾つもの扉が存在しており、アドレやブーケ、茄子子さんはその扉近くに位置しています。
●敵対NPC
・アドラステイア
遂行者『アドレ』と名乗る少年です。アドレと呼んであげてください。
預言者ツロの側近であり、彼を信奉しています。アドラステイアという都市の創設を行なった遂行者(ツロと共に行なった)です。
天義によくある名前として偽名はアーノルド、自らの本名はアドレ・ヴィオレッタであると宣言しています。
悪魔と呼ばれる奇妙な騒霊達を使役する能力を有しています。
引き際に関してはどの様に行動するか定かではありませんが、何やら考えて居るようです。
彼が引く際には騒霊達も納まります。
・『ブーケ』
可愛らしい少女。何らかの聖遺物を『体に産み込まれて』動いているようです。
両親から引き離され兄と共に過ごしていた少女は遂行者達に従って唄を歌い、日々を楽しげに過ごしています。
目的は『イレギュラーズ回収』ですが、その前に邪魔になる敵を排除しなさいと命じられています。
体そのものが武器です。腕で大人の肉体を貫通させることが出来ます。おなか、いたくない?
・騒霊達
アドレが使役する『デモーン』です。無数に存在しています。
ターン毎に出現します。この創造の座ではアドレの能力が色濃く反映されているのか増加スピードが高いようです。
初期は20体。有象無象と云うべき弱さですが、個々に特色が有ります。注意してください。
・『遂行者』オウカ・ロウライト
サクラさんに良く似た姿をした『本来のサクラ』を名乗って居る遂行者です。聖職者であり、正義に対してより強い思い入れがあります。
非常に穏やかですが他者を利用する狡猾な面もあり、アドレのことも只の協力者程度として扱っているようです。
アドレに基本的には従います。『偽・不朽たる恩寵』と呼ばれる恩寵が聖骸布に付与されています。
・『遂行者』リスティア・ヴァークライト
スティアさんの姿をしている遂行者です。騎士です。『偽・不朽たる恩寵』と呼ばれる恩寵を剣に付与されています。
人を殺す事に対して、非常忌避感を抱いています。それでも、良い未来の為にこの犠牲は仕方ないとも考えて居るようです。
危険時はツロよりオウカと共に退路を任され、アドレを逃がすようにと指示されているようです。
・『遂行者』ルオ(誤植変更10/11)
聖遺物と思わしき瞳を双眸に押し込んだ浅黒い肌をした少年です。遂行者であり、他者の魔力を喰らう能力を有します。
基本的には後方で戦っているだけです。(最後まで残ります)
魔女、魔力を有する存在に対して興味を抱き、それらを『喰らう』事を好んでいます。
●『代弁者』
・楊枝 茄子子さん(個別行動)
あなたは【薔薇庭園】の茶会を終えた後、アドレに合流することになりました。
戦闘行動に参加する必要は無く、自らの思うが儘に行動しても構いません。イレギュラーズとしれっと結託しても構いません。
ツロからのオーダーは『偽の預言者(シェアキム)の身柄を確保する』か『説得を行なえ』とのことです。
従っても従わなくても構いません。自由自在に動いても大丈夫です。
茄子子さんは「シナリオ参加者」ですがローレットの一員出ない状態ですのでハイ・ルールに縛られていません。
●NPC
・リンツァトルテ・コンフィズリー
天義貴族。コンフィズリーの不正義で知られる『断罪された家門』の当代。
現在はそうした評判は払拭され聖騎士として一隊を率いています。フェネスト六世の近衛騎士のように活動する事も増えたようです。
聖剣(聖遺物)を有して居ます。正義そのものです。
騎士としての実力はお墨付です。指示があれば従います。無ければそれなりの無難な行動をします。
ただ、イルの考え通り『自らが命を賭せば好転する状況』では彼は躊躇いません。
・イル・フロッタ
リンツァトルテの後輩の聖騎士。本名をイルダーナ・ミュラトール。
旅人の父と天義貴族ミュラトール家の母を持っていますが、旅人との婚姻が不正義と見做されたミュラトールを名乗ることを認められていませんでした。
死地に赴き、騎士としての責務を全うすることと引き換えにその名を名乗っています。
騎士としての実力は『それなり』です。猪突猛進型ガール。元気いっぱいです。
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