PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<信なる凱旋>悲瞳の炎

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 ――この世は『自由』という名の『絶望』に満ちている。

 幾度、その苦しみを彼女は味わったのだろう。
 何百という辛さを今も尚浴び続けているのだ。
 嘆かわしい。お労しい。このような悲劇があってなるものか。

「美咲様、今度こそお救いいたします」

 二度と歩かなくても良いように。
 二度と話さなくても良いように。
 二度とその瞳に何ものをも映しませんように。

 どうか、どうか。


 聖都フォン・ルーベルグ近郊の街ロザミエラの建物は、他の街と同じように白い壁で設えられている。
 窓から見える白壁とアジュール・ブルーの空のコントラストが美しい。
 遠くから子供のはしゃぐ声が聞こえた。何でも無い日常がロザミエラにはあった。
 動いている。生きている。未来がある。
 ――何て、恐ろしいのか。この先には絶望しか残されていないのに。
 和装を身に纏い、布で顔の殆どを覆い隠した『ミサ』と呼ばれる女がパタリと窓を閉めた。

「なぜ、わたくしに協力してくれるのですか?」
 ミサが痩せぎすの男レプロブス=レヴニールへ問いかける。
「あなた様は旅人(ウォーカー)を殺したいのですよね? わたくしは旅人でございます」
 静かに問いかけるミサに対して、レプロブスは嫌そうな顔で視線を合わせず言い放った。
「協力だと? 馬鹿馬鹿しい。旅人なぞ根絶やしにすべき存在だ。貴様含めてな」
 レプロブスは旅人を忌み嫌っている。ならば何故、旅人であるミサの目の前に居るのか。
 それは、この会話が『交渉の場』であるからだ。
「私は旅人を殺す。しかし、己の動ける範囲は限られているだろう。貴様に力を与える代わりに貴様と貴様の主人の旅人も死ぬ。二人も殺せるわけだ。これは効率がいいと私は考える。だから、これは協力ではなく対価だ。貴様とそいつの死を以て完了する、契約にすぎない」

 目的と報酬は明確であり、それ以上の干渉や情報の共有は一切行わない。
 ミサが成功しようがしまいが、いずれ全員殺すのだからレプロブスには問題などなかった。
 これは手段である。ミサも己が主を殺す為にレプロブスの力を借りるという手段を選んだ。
 目的さえ遂行されれば、その過程など些末なことだろう。
「分かりました。ではその力をお借りいたします。対価はわたくしと美咲様の死をもって」

 ――さあ、あなた様に永遠の揺り籠を。苦しみ続けることのないように。


 美咲を自由という名の絶望から解放するために。
『眼帯の従魔』ミサという存在を思い出す度に、美咲・マクスウェル(p3p005192)は美しい表情を歪めてしまう。ミサはかつて美咲が元の世界で、彼女の力を封じる魔装具だった。美咲の凶悪するぎる力を制御する為に、嵌められた十三の拘束具のうちの二つの眼帯。それがミサの元の姿だ。
 前回の戦いで、無辜なる混沌に来ている事を知り、あろうことか大切なヒィロ=エヒト(p3p002503)を誘拐する愚行を犯したのだ。
 集まってくれた仲間と共に助け出したが、あの時は心底生きた心地がしなかった。
 もう二度とあのような思いはしたくないと美咲は首を振る。

「ミサの情報が掴めたの?」
 こてりと首を傾げたヒィロにこくりと頷く美咲。
 この所天義では神の国を造り上げる遂行者の対処に追われていた。
 美咲やヒィロも幾度か交戦したことがある。
 その情報を追う中で見つけた、先日の聖都フォン・ルーベルグ近郊の町ハウエルの事件。
 対応したのがグランヴィル小隊という騎士団だったらしい。それ自体はありふれた情報だ。
 しかしその中で旅人を狙うワールドイーターが現れたというのだ。
 執拗に旅人を狙う人物には幾人か候補が上がっていたが、その中の一人レプロブス=レヴニールという男について調べていた際に、その周囲に『眼帯をした和装の女』が目撃されているのだ。

「そのレプロブスという男とミサが共闘しているのか?」
 ルカ・ガンビーノ(p3p007268)の問いかけに美咲は少し複雑な顔をする。
「共闘は難しいかも。このレプロブスは旅人を根絶やしにしたいと思っている人物で、ミサは私と同じ世界から来た旅人だから」
 元が拘束具とはいえ、無辜なる混沌では自我を得た『人』である存在。
 レプロブスとミサの相性は最悪と言っていいだろう。
「だったら何の為に一緒に居たんだろ?」
 フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は顎に手を当てながら考え込む。
「売買の基本は客との契約。欲しいものがありそれに対しての報酬がある……」
 ラダ・ジグリ(p3p000271)の言葉にイーリン・ジョーンズ(p3p000854)は「成程ね」と頷いた。
「つまり、利害の一致があったわけね」
 其処から導き出される答えなど、ミサの目的を考えれば自ずとわかるもの。

「――力を貰う代わりに、美咲さんと自分の命を対価とした」
 アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が苦虫を噛みつぶしたように唸る。
 それは強大な力を伴って目の前に立ちはだかるであろうことを意味していた。
「これは早急に打ってでねえと、厄介かもな」
 ゴリョウ・クートン(p3p002081)の言葉に一同が頷く。

「これ以上被害が出る前に、決着をつけないと……」
 美咲は集まってくれた仲間を見つめた。
「お願い、力を貸して欲しい」
 彼女の強い眼差しに、一同は「応」と答えたのだ。

GMコメント

 もみじです。ミサとの再戦です。
 今回は遂行者代行の力を借りています。

●目的
・ミサの撃退or撃破
・敵の殲滅

●ロケーション
 聖都フォン・ルーベルグ近郊の街ロザミエラの西地区。
 ウォーカーが住んでいるとされる大きな洋館の中です。
 夜間ですが室内なので灯りは問題ありません。
 ただ、戦闘が長引くと屋敷の周囲に人が集まってきてしまう恐れがあります。

 戦場は入口を抜けた所にある中央のホールです。
 ここは敵陣となります。戦場に仕掛けられた罠などがあります。

●敵
○『眼帯の従魔』ミサ
 非常に強力な敵です。注意が必要です。
 美咲さんを『救う為』に全てを排除しようとしてきます。
 また、ヒィロさんが美咲さんにとって大切な人(弱点)であることを知っています。

 神秘攻撃を中心に、かなりの命中と反応で『封印』『麻痺系のBS』『封殺』『泥沼』『停滞』がある範囲攻撃をしてきます。
 また、戦場に仕掛けられた『罠』を発動させてきます。
 罠は『HPダメージ』『APダメージ』『回避反応低下』。回避は可能。罠対処も可能。

 魔物を使役する系統の能力を持っている他、今回は遂行者代行の力を借りています。

 これ以上被害を増やさない為に、この場での決着を付けることも可能でしょう。
 皆さんの今の実力であれば撃破可能な範囲となります。
 当然、難易度は上がります。決着するかは美咲さんに決定権があります。

○『預言の騎士』ブラッディ・ストーム
 ミサの指示に従います。
 赤の騎士と呼ばれる存在です。馬に乗って戦場を駆け抜けます。
 炎を操り遠距離の広範囲攻撃などを行ってくるでしょう。
 赤い炎の槍での攻撃も強力です。突進されれば戦場の隅まで跳ね飛ばされるでしょう。
 攻撃力はとても高いです。

○炎の獣×5
 ミサの指示に従います。
 ブラッディ・ストームに炎の獣と変えられた人間です。
 既に怪物となっており、元に戻すことは出来ません。
 炎の近距離範囲攻撃と剣やナイフでの攻撃があります。
 そこそこ強いです。

○影の天使×無数
 ミサの指示に従います。
 強さはそこそこですが数が多いです。
 ミサを退けるまで戦場に現れ続けます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <信なる凱旋>悲瞳の炎完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年09月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談9日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

リプレイ


 インクブルーの空に散らばる星々の声が聞こえる。
 昏い空の海に一筋の流れ星が駆け抜けた。尾を引いて夜空を縦断したあと、静かに消える。
 聖都フォン・ルーベルグ近郊の街ロザミエラの街にも静かな夜の時間が流れていた。

『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)は事前にこのロザミエラの街で協力者を得ていた。
 戦闘の騒音に屋敷周辺に集まる野次馬を払うための人員だ。
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が集めたゴリョウ亭の用心棒、それにトリィヌの姿もある。トリィヌは口調も固く、近寄りがたい雰囲気がある。だからこそこういった警戒態勢に打って付けだと協力を要請したのだ。
「周辺住民へは空き家に不審者がいると通報があったとしてくれ」
 ラダの言葉にトリィヌは頷く。その隣にはこの街の兵士も見えた。彼も協力をしてくれるのだろう。
「スマンが少々危険でもある。あまり近付かないようにしてくれ」
「もし騒ぎ出す者がいれば、遅い時間に騒がせて申し訳ないと伝えてくれると助かる」
 ゴリョウの指示にラダも重ねれば、トリィヌと兵士たちも緊張した様子で「了解」と返す。
「全部終わったら全員揃ってゴリョウ亭で打ち上げだ!」
「それは楽しみだ!」
 その為にもまずは野次馬を屋敷に近づけさせないことが重要だろう。
 ラダは持ち場へと散開するトリィヌたちを見つめ小さく息を吐く。
「どうした?」
「これがラサなら小金でも握らせて何も見なかったことにして帰せるんだろうが、国が違うとこういう所がちょっと厄介だなと思ってな」
 良くも悪くも天義という国は自分の中の正義を貫かんとする精神性がある。
 されど、これで屋敷の周辺への対応は万全であろう。ゴリョウとラダは屋敷の門の前へと歩みを進める。
「ぶはははッ、さあ行くぜ、リベンジマッチとやらになぁ!」
 拳を打ち合わせたゴリョウの声と共に勢い良く門が開かれた。

 屋敷へと続く道には数カ所の罠が仕掛けられている。
 それは普通の人を安易に寄せ付けないものなのだろう。見た目も分かりやすく凶悪なものだ。
 鋭い刃がうなりを上げて飛んでくるのをゴリョウは両手で挟み込んで受け止める。
「おうおう、熱い歓迎だなぁ!」
 挟み込んだ刃を縄ごと引っ張って罠を破壊するゴリョウ。
「あ、こっちにもあるよ、気を付けて」
『神をも殺す』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は目立たないように張られた糸を掴んで引きちぎる。
 その瞬間、飛び出した矢がフラーゴラの目の前を通り抜けた。
「おっと!」
 時間差でトドメを差すようにフラーゴラへ飛んで来た矢をラダはライフルの金属部で弾いた。
「ありがとう。最初のが当たって痛みで動けなくなった所を狙ってる……嫌な罠だね」
 よく見れば矢には毒が塗り込めてあった。フラーゴラは矢を握り締めて頬を膨らませる。

 屋敷の入口まで辿り着いたゴリョウたちは扉に罠が仕掛けられていないか注意深く調べる。
「うん、大丈夫そうだよ」
「ああ……この扉は問題無さそうだ」
 万が一に備え、ゴリョウは仲間達を一歩下がらせ扉をぐぐっと押した。
 洋館の大きな扉がギィギィと音を立てて開く。
 玄関ホールから上に上がる弧を描く階段と、左右に分れた通路。奥には大きな扉がある。
「この奥から気配がするよ」
 フラーゴラは自分達に向けられた敵意を感じ取った。
 その瞬間、開かれた奥の扉に『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は武器を構える。
 奥の扉の中へと入ったルカ達は見た目よりも広い空間に眉を寄せた。
 魔術で空間を広げているのだろう。戦闘には十二分の広さであった。

「……ようこそ、美咲様。お待ちしておりました」
 明りに揺らめく和装の女『眼帯の従魔』ミサが恭しく手を揃え腰を折る。
「ミサ……」
 かつて元の世界で『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)の強すぎる力を封じるために存在した魔力を帯びた拘束具の一つ。重ねられた眼帯が無辜なる混沌に召喚され人の形を成した。それがミサである。
 彼女は自由を忌避し、美咲が苦しむ事が無いように永遠の停滞を望んでいた。
 つまり、美咲と共に死ぬ事がミサの目的である。
「今度こそお救いいたします。この命に代えてでも」

 己の理想を他者になぞらせたいのならば……そんな風にラダは美咲を警戒しながら考える。
 論理であれ暴力であれ「強制」という選択肢以外はきっとない。
 ある意味ではミサは正しいのかもしれない。
 ただ、同時に相手にも彼女の嫌う――反発の「自由」を持つだけで。
 束縛する側は常に相手が居るから幸せであると『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は息を吐く。ミサが本当に怖いのは何なのだろう。それを暴く為に自分は此処に立っている。
「神がそれを望まれる」

 美咲は一度深呼吸をして、ミサの前に立った。
 始める前に確認はしておきたかったからだ。もし、その可能性があるならばこの戦いは回避できる。
「全ての戦力を放棄して、私に従いなさい」
「……」
 一瞬、ミサは戸惑うような気配をみせたがゆるく首を振った。
「いえ……美咲様のご命令でも聞く事は出来ません。わたくしは貴女を救いたいのです」
 美咲はミサの後ろに控える『預言の騎士』ブラッディ・ストームを見遣る。その周りには炎の獣も居た。彼らは天義を騒がせている『遂行者』が使うもの。
「ミサ、あなたは遂行者にでもなったの?」
「いいえ。これは力を借りているのです。わたくしだけの力では美咲様をお救いできないから」
 力を借りるには、対価が必要である。それは則ち『契約』と同じ意味だ。
 自分の命令には従わず、遂行者との契約には従うのかと美咲の胸に僅かな焦燥が過る。
「そう。従わない従魔なんて、要らないわね」
 ポケットから契約の依代であった眼帯を取り出した美咲は、それを魔力で切り裂いた。
 同時に、ミサの顔を覆っていた白い眼帯もはらりと床に落ちる。
 眼帯の下から現れたのは美咲によく似た顔だった。
 そのミサの瞳が寂しげに、床に落ちた眼帯を見つめる。
「大丈夫ですよ。美咲様……この先にはもっと怖い事がありますから。私は美咲様のためなら、嫌われても構いません。美咲様が駄々を捏ねたってきちんと抱きしめてさしあげます」
 慈愛に満ちた瞳を美咲に向けるミサ。
 それが異様な光景に見えて『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は毛を逆立たせる。
 ――美咲さんを殺そうとするのは絶対に許せない!
 ヒィロの胸に嫌な気持ちが渦巻いた。最後の交渉は決裂し、殺し合いは必須であろう。
 ミサと殺し合うのに躊躇いは無いけれど、とヒィロは深呼吸をして心を落ち着かせる。

「……あなたはもう必要無いわ。ここで倒す」
 美咲の声にフラーゴラとラダはこくりと頷く。
「うんわかったよ美咲さん。決着させるんだね。だったらワタシも気合い入れなきゃね……!」
「二度三度と撃ち漏らしてちゃ名が廃るってもんだ」
 気合いを入れるためぺちんと頬を叩いたフラーゴラはラダに視線を送った。
 足に力を込めて同時に走り出す二人。
 炎の獣目がけてフラーゴラは全身を使って戦場を駆け抜ける。
 フラーゴラが自分の周りに魔力を解き放った。雄叫びを上げる炎の獣はフラーゴラに引き寄せられるように蠢く。それをラダが的確に打ち抜いた。
 それに続くのは美咲とヒィロだ。フラーゴラにおびき寄せられた敵の合間を縫ってミサへと一気に駆け抜ける。封殺型のミサにとって自身の反応速度を上回る動きで迫られるのは悪手であった。
 眉を寄せ迎撃態勢を取ろうにも一歩遅い。
 美咲とヒィロはミサに封殺される前に彼女の元へと辿り着いた。初動としては見事な動きだろう。
『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は戦場を冷静に見据え頷く。
「前回は取り逃したけれど、今回は決着をつけるよ! 『自由』は決して絶望なんかじゃないということを、私達がその『目』に見せてやるんだから!」
 アレクシアが魔法杖を掲げれば、白銀に輝く王冠が煌めき、その粒子が小さな炎となりて戦場を舞う。
 赤き炎はまるで風に舞う花びらの如く、ブラッディストームを包み込んだ。


 イーリンはラムレイに乗って戦場を駆け抜ける。
「いつぞやの豊穣でもこの戦術を取ったわね。その時は――大勝だったわけだけど!」
 ブラッディストームの敵視を自らに向けるために声を張り上げた。
 馬蹄の音が戦場に響き、イーリンの構えた槍がブラッディストームの鎧を破砕する。
 されど、すれ違うイーリンの背に向けて赤騎士は槍を薙いだ。
 柔らかな背に刃が届く寸前、ゴリョウの大盾がそれを弾く。
「こちとらオークにしてタンク様よ!!」
 金属が重なる音よりも大きなゴリョウの雄叫びが戦場に響き渡った。

「遂行者は旅人をけしかけて共倒れを狙おうって腹か。そんなもん、全部纏めて踏み倒してやる」
 ルカはイーリンとゴリョウの連携の対角で戦場を見渡す。
 ブラッディストームの突進に巻き込まれれば、此方とて相当なダメージを負うだろう。
「わざわざ来て貰って悪いが……消えて貰うぜ!」
 ルカは大剣を手にブラッディストームの乗る馬へと刃を向けた。
「ユーディア、お前さんの技を借りるぜ!」
 一心同体であろうとも、ルカの狙いは的確であり赤騎士の愛馬の足を分断するに至る。
 嘶いた馬はその場にどうと倒れ込んだ。ブラッディストームは即座に飛び退き、イーリンの追撃を躱す。
 その躱した着地点へ弾丸を放つのはラダだ。
 寸分違わぬ弾丸はブラッディストームの頭部に命中し、兜が戦場の隅に飛ぶ。
 ブラッディストームは槍を構え炎の花弁を纏わり付かせるアレクシアへと狙いを定めた。
「突進に飛ばされないよう皆気をつけて!」
「おう!」
 アレクシアに向けた射線から飛び退くゴリョウとイーリン。
 ブラッディストームの突進を受け止めたアレクシアの眼前には三角形の魔法陣が空色の光を放つ。
 辛うじて受けきったアレクシアは、それでも膨大な体力の消耗を感じた。
「……これは、何度も受けきれないね」
「うん、一気に仕掛けよう!」
 フラーゴラの号令の元、ブラッディストームへと狙いを集中させる仲間達。

 ――美咲さんを殺そうと企むミサは絶対止める! 美咲さんは絶対に絶対に護る!
 ヒィロはミサの前に立ち、相手を睨み付けた。
 大切な美咲を殺そうとするミサの気持ちを受け止めてやるつもりなどない。
 どれだけミサが美咲を大切に想っていようと、譲れない一線はある。
 ヒィロが美咲を想う気持ちは誰にも負けやしないと思っているから。
 この戦いに負けることは、自分の気持ちが相手に劣っているのだと示すもの。
 其れだけは絶対に許せなかった。
 美咲を一番大切に想っているのは自分なのだから!
 ヒィロは美咲を気に掛けながら、ミサと対峙していた。
 その隣で美咲は戦況を正しく見通す。ヒィロがミサや他の敵を引きつけてくれているからこそ、美咲は自分の力を存分に発揮出来るのだ。
 戦力を集中できるまでは抑えという方針ではあるが、ミサに余裕を持たれたら意味がないのだ。
 踏み込み過ぎないよう注意しつつ、その瞳には明確に殺意が滲む。

 ――――
 ――

 フラーゴラは口に溜った血を袖で拭った。
 アレクシアの回復はタンクであるゴリョウやミサに対峙するヒィロに向けられている。
 パーティの生存率を上げるのならば、それが最善の方法だった。
 だから、この身体の傷も勲章のように思える。それにフラーゴラはただ傷を負うだけで留まるようなか弱い生き物ではない。フラーゴラを攻撃すればするだけ相手にもダメージが入るのだ。
「大丈夫か」
「うん! 平気だよ!」
 敵の攻撃を躱してふらついたフラーゴラをラダが支えた。
「私達が頑張った分、皆が集中出来るから!」
「ああ、そうだな。もう一踏ん張りといこうか」
 フラーゴラにとって支え合うことは嬉しいものであった。そこに弾けるような優しく高揚した感情が生まれるからだ。心が繋がっている感覚とでもいうのだろうか。それが何だか嬉しかったのだ。
「お腹いっぱい食らっちゃえ!」
 フラーゴラの前方に現れたミニペリオンの群れは、影の天使と傷付いた炎の獣を飲み込んだ。
 次々と消え去る影の天使と炎の獣たち。
 ラダはアレクシアが赤い花弁を戦場に吹雪かせるのを横目に走り出す。
 アレクシアの魔法に引き寄せられる炎の獣を避けながらミサを狙える位置まで駆け込んだ。
「ミサの主張は理解しがたいが――自らぶつかって来たのは悪くない。
 欲しい物にはいつだって全力で手を伸ばしてしかるべきなのだから。
 そのうえでの衝突は、人の本分というものだろうよ!」
 ラダの弾丸がミサの心臓を射線に捕える。寸前の所で身を捻ったミサの肩へ弾丸が貫通した。
「……っ!」
 流石のミサもラダの弾丸には胆を冷やしただろう。
 されど戦場には未だ、炎の獣と影の天使が健在である。逃げるにはまだ惜しい。
 イレギュラーズ全員を退けられなくとも、美咲さえこの手で殺す事が出来れば目的は果たせる。
 そのミサの心の動きを、アレクシアは感じていた。
 逃げ腰にならないように敵の数を減らしすぎない作戦は功を奏したのだろう。
 このまま、耐えきれば勝敗は決する。
 アレクシアは蒼穹の瞳に強い意思を宿した。
「大丈夫! 回復は任せて! 私は倒れたりしないから!」
 戦場に立ち続けること。それがアレクシアの戦いであった。


「――安心なさいよ。誰も彼も天命を終えれば死ぬ。貴方の望みはいずれ叶う。なのに急ぐ」
 イーリンはミサに槍を振るいながら言葉で追い詰めていく。
「本当に不安なのは、終わりへの過程が怖いだけじゃないかしら。あとは……」
 イーリンの槍を躱し、受け止め、徐々に苦しげな表情を浮かべるミサ。
「嫉妬?」
「よく、お喋りをなさる……」
 ミサは眉を寄せイーリンを睨み付ける。
 イーリンの言うとおり、ミサの心の中にはヒィロに対しての……否、美咲が見るもの全てに対しての嫉妬があったのかもしれない。自分だけが美咲を本当に心配しているのに。
「本当に嫌になりますね」
 ミサの心の乱れをイーリンや他の仲間も感じ取る。それは明確な隙であった。
 ゴリョウはこの好機を逃すまいと密かに広間の柱の陰に隠れる。
 ギフトを使い細身になったゴリョウは気配を消してミサの背後に回り込んだ。
 瞬時に元の巨体に戻ったゴリョウにミサは目を見開く。
「いつの間に……!」
「こっから先は通行止めだ! 仕舞いとしようじゃねぇかッ!」
 ゴリョウはミサの逃げ道を塞ぐ形で大盾を構えた。

「悪ぃ、待たせたな!」
 ルカは魔剣を両手で握り締め、赤い闘気を纏わせた刃をミサに叩きつける。
「お前みたいな奴に渡せる程、美咲は安い女じゃねえんだ。諦めな!」
「っ……、美咲様は、私がお救いしなけれ、ば……!」
 ミサの魔眼から放たれた魔力がルカの身体を苛んだ。
 されど、ルカは歯を食いしばり、その先へ続く道へと手を伸ばす。
 一瞬の隙を作り出すための、渾身の刃。その身体が悲鳴を上げようとも振り上げる斬撃。
 ――この一瞬ぐらいは持たせねえと男じゃねえよな!
「決めちまえ! 美咲、ヒィロ!」

 美咲はミサの肉体を構成する魔力を収奪する。
 元々は美咲の所有物であったミサは、それに抗う事は出来ない。
 次第に抜けて行く力を握り締めるミサ。
「でも、それでも、わたくしは美咲様を救いたいのです!」
「ねえ……救いたいというのは、何から救いたいの?」
 戦闘中無言であったヒィロがミサの声を真似て問いかける。
「美咲様の苦しみを。これから味わうであろう絶望を。わたくしは美咲様の心が傷付くのが悲しくて」
「本当に美咲さんは悲しんでいるのかな? ちゃんと見てる? 今の、美咲さんを」
 ヒィロの問いかけに美咲は押し黙る。
 今の美咲を見ているか。守りたいと思ったのは『いつ』の美咲であったか。

 大きく見開かれた、ミサの瞳に涙の膜が張る。
 こんな単純なことに、どうして今まで気付かなかったのだろう。
 イーリンの言うように嫉妬で曇っていたのかもしれない。
 ヒィロの言うように今の美咲を見つめていなかったのかもしれない。

 身体の魔力を奪われ、戦闘の傷を治すことも出来ずその場に横たわったミサは浅い呼吸を繰り返す。
 それでも、僅かに残った力を振り絞り美咲に手を伸ばした。
 警戒するヒィロに美咲は「大丈夫」と笑みを向ける。
 美咲はミサの手を取って確りと彼女を見つめた。
「私に関わる全てから、解放してあげる――貴女はもう、どこまでも『自由』よ」
 その言葉は従魔にとって存在意義を失うことと同義である。
 魔力も失い、致命傷を負い助かる見込みなどもう何処にも無い。

「ああ、わたくし死ぬのですね」
 口から血を吐いたミサは残る力で美咲の頭に手を置いた。
「申し訳ありません。美咲様……貴女をお救いしたかった。その瞳は貴女にとって毒だったから。
 誰かを傷つけてしまうことを恐れる貴女を守りたかった。小さな貴女をまもりたかった。
 けれど、私が間違っていた。貴女は私が居なくとも、もう一人で歩いていけるのですね。
 寂しいです。でも、嬉しいです。愛しい美咲様。貴女の進む道に、光あらんことを祈ってます……」

 ――美咲を愛していた。
 これからを、見届けることは出来ないけれど。
 きっと、貴女はもう大丈夫なのだ。だから。
「ああ、よかった」と頭を撫でた。

 ――――
 ――

「個人的な感傷だけれど、あの廃滅に蝕まれる感覚は……恋にも似て甘美だわ。嫉妬の恋の色。それが誰も彼もに感染していく。美咲、貴方結構幸せものじゃないかしら」
 イーリンは亡友カタラァナの顔を脳裏に思い浮かべる。――廃滅の再現、あの海の再演。もう何回も私はそれを相手に踊ってきた。だからこの戦いでは焦りも何もない。
「墓守や番人のような穏やかな気分ね、これって。ありがとう、おかげで私はまだ、あの歌を思い出せる」

 美咲の隣でヒィロは光の粒子となって消えていくミサを見つめる。
 命を懸けて貫いた想いに、偽りは何一つないとヒィロは思うのだ。
 だから、ヒィロは心の中で手向けの花を捧げる。
 同じ人を愛した者として――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ミサは満足して旅立ったようです。
 ご参加ありがとうございました。

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