PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<信なる凱旋>聖し人よ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 汝、聖くあれ――

 正しいとは何であろうか?
 少なくとも、リスティア・ヴァークライトという娘においては『正しさ』とは『無意味な文字列』であった。
 娘は正義によって家族を壊されたと言える。
 リスティアの父アシュレイ・ヴァークライトは善人であった。幼子を慈しみ、孤児院に支援をしていた。
 そんな彼が不正義に問われたのは、彼の支援する孤児院の幼子がある『不正義の家門』の出であった事が問題である。
 少女は名を『エルサ』と言った。
 エルサは礼儀作法やマナーがしっかりした娘だった。不慮の事故で両親を喪い個人に身を寄せたとリスティアも聞いていた。
 リスティアとエルサは同い年であった。アシュレイに連れられて孤児院に顔を出す際には良く遊び相手に選んだ記憶がある。
 そんな彼女が不正義の家門の出なのだという。
 神の意に反する行いを続けたというその貴族は当主を始めに親族が『断罪』された。
 そしてその血を引くエルサにも罪に関与しているとされたのだ。
 ――その罪というのは騎士団内部に存在した不正捜査を暴かんとする『間違った正義感の暴走』であったと聞く。
 幼い娘を利用したのは情報を得るためであったそうだ。幼子であろうともその間違った正義を宿したからには断罪せねばならない。
 アシュレイは聖騎士だった。
 エルサの断罪を求められたのだ。だが、男は取りやめてエルサを逃がした。
 故に、アシュレイ・ヴァークライトは不正義であったのだ。
 それが『天義』という国に存在した不正義そのものである。

 真実の愛とは何だろうか?
 少なくとも、イル・フロッタという娘はそれを理解出来ない。己が抱く恋心が憧憬である可能性だって拭いきれなかった。
 恋に恋するお年頃、とも言えるのかも知れないが……少なくとも、真実の愛には不正義が付いて回ると知っている。
 イルは騎士を志していた娘であった。母は天義貴族ミュラトールの令嬢であり、騎士の家系の出身だ。
 体の弱かった母は騎士の道を選ぶことはなく『貴族の責務』として聖職者の男に嫁ぎ、子宝に恵まれることを求められた。
 だが、母はそれを拒絶したのだ。出会った旅人の男と駆け落ちをし、一女をもうけた。それがイルである。
 家の決めた正しき『婚姻』を否定し、剰え余所の男と手を取った不正義の魔女。それがイルの母に与えられた烙印である。
 母は真実の愛を追い求めただけだった。だが、家は許さなかった。それは分かる。貴族の責務であるからだ。
 イルだってミュラトール家を否定しているわけではない。
 ただ、その後押しをするように天義という国は母を――『レア』を不正義であると告げた。
 断罪されることは無かった。
 だが、家門の名を二度とは名乗れぬようになったレアはその後、二度と実の両親と貌を合せることなく病死した。
 その娘であることを明かしてはならないとキツく言い付けられたイルは聖騎士になるための試験を『資格不十分』として幾度となく受験資格を奪われ続けたのだ。
(でも、先輩はそれでもと前を向いていた)
 リンツァトルテ・コンフィズリーに憧れたのは、そういう所だった。
(あの人は、何時だって己を曲げなかった。
 ……だから、私はあの人が好きなのだ。私を見てくれなくったって良い。
 もっと、もっと素晴らしい人と幸せになってくれてもいい。
 スティアやサクラはどうなんだろう。先輩の隣に立っているならば私はあの人達のような強い人が良いと思う)
 イルはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)やその親友を思い浮かべた。
 もしも、己がレア――エレーザベル・ミュラトールの娘、イルダーナ・ミュラトールだと言ったら。
 屹度彼はミュラトールの騎士として己に接するだけなのだ。それでは、屹度無意味だ。
(私を見て欲しい)
 そう思う。
(私を認めて欲しい)
 けれどそれがどれ程に難しいかを――『少女』は知っていた。

「正義なんていうのはね、目に見えないものなの。
 それを基準にしていたこの国は最も神を冒涜していたとは言えない? 不正義によって罪を犯したと裁かれるだなんて馬鹿らしいでしょう」
 聖女ルル――カロル・ルゥーロルゥーは静かに言った。
 その傍には黙りこくったリスティア・ヴァークライトが立っている。
「だと言うのに『大きな罪を犯した国は誰にも裁かれることなく』新たに前を向いたと言うわ。
 太陽が昇れば直ぐにでも忘れるのかしら? それとも、罪を許される為の罰は十分に受けたと?」
「強欲さんは罰ではなかった?」
「その罰を被ったのは国民であって、『偽りの預言者』ではないわ。
 あの男の首を刎ねたとて、払いきれる者ではないでしょうけれど。許された気になっているから、私は嫌いなのよ。彼が」
 カロルは嘲るように言ってから、ゆっくりと立ち上がった。それは神の国での会話であった。
 リスティアはカロルに「それで、どうするの?」と問うた。
「リスティアが言ってきてくれる?」
「ルルちゃんは?」
「んー……まあ、着いていこうかしら。騎士を借りましょう。何匹でも良いわよね」
 振り返ったカロルの視線を受け入れたのは茶色の髪を結わえた男だった。穏やかな笑みを浮かべたその人は、遂行者が纏う衣服ではない。何処か旅商人のような装束に身を包んでいる。
「ああ」
「ねえ、ツロ」
「……何だい?」
「私はどうして此処に居るのかしら」
「一番に強い憎悪を抱いているのが君だったからだよ、カロル」
「私じゃないわ」
「そうだね、ルル」
 カロルとルルは別人なのだと『少女』は言う。ただ、それでも、己がカロル・ルゥーロルゥーである事には違いないのだとも思わされた。
「……借りていくわね。リスティア、行きましょう」
「ツロ様。御前を失礼致します。あ、アドレ君が寂しがってました」
 ひらひらと手を振った預言者にリスティアは「あーあ、ずっとチェスなんかして遊んでいられたら良いのに」と呟いた。
 そうやって遊んでいる場合ではないのだ。時は過ぎていくのだから。


 フォン・ルーベルグ近郊に白き騎士と黒き騎士、そして赤き騎士を伴って女は姿を現した。
 泣き黒子がチャームポイントだと笑う金色の瞳の娘。その瞳は嘗ては強き信仰の象徴とされたらしい。
 彼女、カロル・ルゥーロルゥーは『預言の騎士』と共にリスティア・ヴァークライトを連れて遣ってきた。
「ご機嫌よう」 
 イレギュラーズの姿を認めてからカロルはにこりと笑った。
「私ね、ファントムナイトが楽しみなの。マスティマとさっきすれ違った時に『阿呆共め!』とか言われたんだけど。
 サマエルが私はセクシーナースになればいいって言って居たわ。どうかしら、似合うかしら? あ、他の仮装も募集するわ」
 にんまりと微笑んでからカロルは「そうそう」と手を叩いた。
「私のことをね、偽の聖女様って呼んだ奴が居たの。失礼だと思わない?
 そうしたのは『お前達だろう』が。……嗚呼、ごめんなさいね。お前は生きてない時代の話だったか」
 カロルは呟いてからにんまりと笑う。ああ、全く以て聖女『らしからぬ』自分自身を曝け出している。
 其れは良く分かるのだ。分かりながら求められない。
「この国は歪んでいる。そうでしょう?
 正義とはなんだと常に己に問い続けなさい。そのズレが起きたならばお前は不正義だ。ねえ、リスティア」
「……そうだね」
「正しきことが正しくない。それでも、この国は神の意向だという。
 そうやってズレてきたのだから、修正する必要があるじゃない。
 お前達の信じる神は、人の犠牲と厭わない。そうやって、断罪を繰返してきたくせに、人の死を蔑ろにし、愚弄し、生きていると私に言う。この、私に!」
 カロルは聖職者の元へとつかつかと歩み寄ってからその頬を叩いた。
「信じられない。死んじゃえ、クズ! 私に罵倒の言葉を吐かせるな!」
「ルルちゃん」
「あ、ごめん。熱くなった。まあ、いいや。
 ……あ、そうそうなんだっけ。ファントムナイト? 他の仮装も考えたいわよね。
 あ、それから可愛い服も着たいわ。前に豊穣に言ったけど、あそこも楽しかったしお忍びで行きたいわね。つづりとも遊びたいし」
「ルルちゃん?」
「仕事? 忘れてないわよ」
 カロルはゆっくりと後方へと下がり、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
「行きなさいな、騎士達よ。
 ――主は真実、正しい存在である。わたしたちが罪を犯したとき、主は必ず見て居る。
 救済の光は天より雪ぎ、全てをきよめてくださることだろう。
 疑うことは、罪である。すなわち、疑わず願うことこそがわたしたちに与えられた使命である。
 願いなさい。祈りなさい。わたしたちの未来を開く光の再来を待ちなさい。
 それは波となり、全てを覆い尽くす。
 わたしたちがあるがままに生きて行く為に、主は全てを導いて下さるのだ」
 カロルは静かに告げてから、イレギュラーズを見てにっこりと笑った。

「機嫌が良いから、遊びに来たわ。楽しみましょうよ、イレギュラーズ」

GMコメント

●成功条件
 ・全『騎士』(炎の獣含む)の撃破
 ・リスティア・ヴァークライトを無力化する

●フィールド情報
 フォン・ルーベルグ近郊に存在する聖堂です。巡礼者達の憩いの場でもあります。
 聖職者が10人です。何故か礼拝客の姿はありません。どうやらリスティアが逃がしたようです。
 聖職者達はカロルの姿を見てから「偽の聖女様」と呼びました。カロルはそれで不機嫌になったのでしょう。
 ニコニコとしているカロルの前には無数の騎士が存在して居ます。
 カロルは余り動きませんが騎士とリスティアが戦闘を仕掛けてくるでしょう。

●エネミー
 ・『遂行者』カロル・ルゥーロルゥー
 聖女ルルと呼ばれる少女です。甘い桃色の髪に、金色の眸の少女。
『神託の乙女(シビュラ)』とも呼ばれ、遂行者の中でも特に強い力を有していることが推察されます。
 非常にお喋りです。お話ししている間は気を良くして攻撃の手が止るときが多いです。人間的な感性を有しているのも確かでしょう。
 リスティアに都度都度注意されているかも知れません。基本は後衛です。

 ・『遂行者』リスティア・ヴァークライト
 スティアさんの姿をしている遂行者です。騎士でありカロルの護衛を行って居ます。
 スティアさんを見た場合は非常に悲しげな顔をするでしょう。スティアさんを殺したくないようです。
 今回はツロの命を受けているために、イレギュラーズの誰か一人でも殺さねばならないと自由自在に動き回ります。非常に堅牢です。

 ・『ワールドイーター』2体
 カロルの趣味です。冠位魔種ルスト・シファーを模しているようです。うっとりとみています。
 ただ、美味く作れていないようで『ホンモノは圧倒的美なんだけど!!!』と叫んでいます。

 ・カロルの白騎士 3体
 カロル、リスティア、それからワールドイーターのいずれか1体を強化する事の出来るバッファータイプです。
 後方に控えています。治癒能力優れている個体的特徴があるそうです。

 ・カロルの赤騎士 5体
 滅びのアークを操り、周囲の人間を焔の獣に変化させます。その力全てを『聖職者』に移り変えた時点で消滅しますが、エネミーとして『焔の獣』が追加されます。

 ・カロルの黒騎士 1体
 強大な存在です。刻印を有さぬ存在を機械的に殺します。詰まりは前線でイレギュラーズを殺しに来るタイプのユニットです。
 カロルの騎士の中では非常に強力なアタッカーでありイレギュラーズ及び『炎の烙印』のない聖職者を殺します。

●保護対象?
 ・聖職者 10人
 赤騎士に狙われている聖堂の騎士達です。カロルの姿を見て『偽りの聖女様』と呼びました。
 カロルは非常に不機嫌そうです。

●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <信なる凱旋>聖し人よ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年09月23日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

サポートNPC一覧(1人)

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃

リプレイ


 聖女になんてなりたくなんて無かった。
 望んでの事ではない。偶然顕現した力が、降ったという神託が、その娘を聖女たらしめたのだ。
 そうではないと偽れば、断罪されるのだ。家族も、いや、村ごと。この国はそういう場所だった。
 聖女になどなりたくなんてないと叫べば罪を被り、聖女だと認めればそうあらねば罪を被る。
 雁字搦めの中で、行き着く最期は悲惨なものだった。
 罪人だと、石を投げる者が居た。正義を愚弄していると、野次を叫ぶ者が居た。
 生きていることが間違いなのだと、お前など聖女ではないと、剣を振り上げる者が居た。
 ――望んで何て、なってない。
 そうで無ければ、母も父も殺された。
 お前達の『愛する聖女様』じゃなかったから?
 期待を裏切ったから死ねと言うのか。人間らしい生活を送ることさえ許されないのか。
 私は聖女なんかじゃない。こんなの只の、奴隷ではないか。だから、私は――

「お久しぶり、ルル君」
 にこりと微笑んだ『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の杖には未だ色彩は宿っていない。
 ルル君と呼ばれたのは『神託の乙女』と名乗る遂行者、カロル・ルゥーロルゥーその人だ。常の通りの白衣にその身を包んでいたカロルは「アレクシア」と友人を呼び掛けるかのように返事をした。
「ゆっくりとお話したいところだけど……あいも変わらずそうもいかないみたいだね。
 でも、できるだけ『君』のことを聞かせてよ。私、ちょっと忘れっぽいからさ、忘れちゃわないようにね!」
「忘れっぽいの? やだ、書き留めておきなさいな」
 相変わらずよく口が回る娘だと『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)はまじまじと彼女を見詰めた。
 天義を厭い、国を、世界を『書き換え滅ぼす』事を願う遂行者。その在り方は雲雀にとっては到底許容できるものではない。
「遊びにきたって言うならもう少し物々しくないお供をつけたらどうだい、"聖女様"とやら」
「ちょ――」
「ああ返事は別にいいよ。期待してないし、どの道片付けてお帰り頂くだけだからね」
「なにこいつ! は? 私、あいつ嫌いなんだけど! 話くらい聞きなさいよ!」
「嫌い? あっそう。俺もお前が嫌いだよ。絶対に未来は渡さない」
「あー、はーはん。そういうね。ええ、そうね。お前の未来を奪いにやってきたわ。
 まあ、その前に私の未来が天義って国に無残に奪われた過去があるけど、ま、いいか。悪役っぽい言い方してみたかったの!」
 本当によく口が回る娘だと雲雀は眉を顰めた。厭うて、否定して、それでも彼女は対等であるかのように話す。
 その様はまるで遊んでいるかのようだ。だからこそ嫌いになりきれないのだと『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は肩を竦めた。
「本当に遊ぶだけなら良かったんだけど、悪巧みをやめてくれるならいつでもパーティーに招待するよ。
 今からでも諦めてくれないかな? 美味しい物に、可愛い衣装も用意するよ?」
「それってとっても魅力的で、リスティアと一緒に参加したくなるけれど、ダメなのよ。スティア。
 良いかしら? 私が何もしなければ『私は消滅するだけ』でしょ。それを受け入れてお前達と仲良く出来るほど、私って人間が出来てないのよね」
 堂々と言ってのけるカロルに『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は思わずぱちくりと瞬いた。
 ああ、本当に人間らしくて嫌になる。イレギュラーズが国の未来を守るが為に戦うと声高に宣言すれば彼女は『私怨だけど良いでしょ』と叫ぶのだ。
 手出しが少なく、見守って居るだけという現状を思えばカロル・ルゥーロルゥーと名乗った娘は本格的にイレギュラーズを害するつもりは無いのか。
(……ああ、けれど。『私達と相容れない』存在なのは確か。
 恐らくは、アークの負の感情に強く作用する性質から、聖遺物に宿る想念からそうした側面が強く引き出されているのだろうとは思うけれど。
 言動から滲み出る感情は余りにも分かり易い。やはり聖女カロルは『そういう最期』を遂げた人物か)
 そう、『そういう最期』とは天義にとっては有り難くはない存在だという事だ。
 例えば――そう、こんなのはどうだろうか?
 聖女という存在を立たせることで求心した女がいた。建国にも携わり、ネメシス聖教国が大いなる一歩を踏み出すときに彼女は邪魔だった。
 政治的観点か、それとも、『無理にでも聖女として名を連ねさせた』事か、それとも竜と関わり合いになった事が不正義と見做されたのか。
 それは定かではない話だが、利用し、不必要になったからと捨て去った国家の汚点。それが『聖女カロル』なのだとすれば。
(この態度は、頷ける。偽の聖女とされ断罪された――まるで異端者の如き扱い。
 国に民に、そして信仰にさえ裏切られれば、世界に呪いを残したくなるものかもしれない)
 ましてや、それが年端も行かぬ少女だったならば。
 アリシスの視線に「え、今日は何? 熱っぽい視線ね。ごめんなさいね、私の心はルスト様のものなのよね」とカロルは戯けてみせる。
「え? 拙者のものでは?」
「大名のものってちょっと解釈違わないかしら。何万石よ、あんた」
「大名じゃありませんよ。ほらほら、やっほー、キャロちゃん、コッチ見て! 貴方のルル家! ルル家が来ましたよ!」
 もう一度、『大名じゃありませんよ』と告げた『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)にカロルがひらひらと手を振った。
「ルルちゃん……」
「ファンサ」
「そうじゃなくって……」
 何処か、逸る気持ちを抑えているかのように唇を震わせたリスティア・ヴァークライトにカロルは「そうね」と目を伏せる。
「お話を為たいのも山々、ファントムナイトのパーティーに行きたいのも、新しく素敵な仮装をしたいことだって本音よ。
 けれどね、それだけではダメなのよ。だって――
 われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。
 ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。故に、われらはその御心に応えるべく献身する……のだもの」


 彼女は余りにも人間らしすぎる。だからこそ、彼女が語る正義にはなんら重みを感じられないのだ。
 こうあるべきだという正義と、掲げる正義がズレたならば不正義になると『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は理解している。
 その歪みがこの国は大きすぎたのだ。そうして多くの不幸を産み出したことは間違いではなく事実である。
「随分と物騒なお供を引き連れて遊びに来たものね?
 ファントムナイトが楽しみだというなら、大人しく帰ってその日まで静かにしていてくれないかしら?」
「ダメよ。大人しくしてたら私が私じゃなくなるかも知れないじゃない」
「どう言うことかしら?」
 問うたアルテミアにカロルは「コッチの話」と首を振った。どちらにせよ、遂行者達が切羽詰まっていることは確かなのだろう。
 楽しげにファントムナイトの話をする彼女に「そんなに仮装がしたいなら練達に来てみると良い。ハイテクを駆使したエレクトリカル仮装で持て成してやるぞ?」と面白半分に『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は声を掛けた。
「ゲーミングたぬきってコト!?」
「違うが?」
 大仰な仕草で両手を挙げた『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)に汰磨羈は首を振った。
「え、ゲーミングに光るってコト? たぬきちゃん」
「た・ま・き……だが」
 じろりとカロルを睨め付けた汰磨羈。カロルはからからと笑った後、「いいわね。もしもこの体が自由だったら、大名とお茶をして服を奢らせるわ」と口火を切った。
「拙者奢るんですか?」
「そう。それからね、アフタヌーンティーはちゃんとしたのを頼みたいし……たぬきちゃんが七光りするのも見たいわね。
 あと、私がまともで普通の女の子だったら、多分だけど、茄子子とも仲良く出来るわよ。あ、ごめん、嘘吐いたかも」
「そうだね。私はルルの事が普通に嫌いだからね」
 さらりと言ってのけた『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)は本音そのものでカロルにぶつかっていた。
 カロルにとってはそれは酷く心地の良い嫌悪感だ。素直で、真っ直ぐな茄子子。屹度彼女は鼻で笑うのだ。
「偽の聖女様だって。笑っちゃうよね。辞めちゃいなよ聖女もどきなんて、全然似合ってないよ。
 あはは、機嫌良さそうでほんと、何よりだよ。じゃあ、今度こそ死んでね」
 ――ほら、やっぱり。
 もしも、『私が生きていた頃に』そうやって言ってくれる人が居たならば救われただろうか。
 カロルはまじまじと茄子子を見てから「死にたくないわよね、リスティア」と囁いた。
「……そう、だね」
 偽の聖女と呼ばれて不機嫌にはなったがイレギュラーズがやってきて楽しげに笑う娘。
 只、彼女は『神託の乙女』と呼ばれているらしい。遂行者の中でも特に精力的に活動し、それだけ強力な存在であるとも『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は耳に為ている。
「遂行者勢力の好きにはさせんぞ。鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。――承った、遊ぼうじゃないか遂行者ルル」
「有り難う。詠蓮ね。私、名乗ってくれる男は好きよ」
 カロルの背後からぞろりと姿を見せた騎士達が走り出す。前線へと向け歩を進めるそれらを見詰めてから『凜なる刃』イル・フロッタ(p3n000094)が「スティア」と呼んだ。
「うん……!」
 全く以てやることが多いのだ。スティアの役割はと言えば、己の映し鏡である『リスティア』を抑える役割だ。カロルはと言えば、話している間は攻撃の手を和らげてくれる。屹度彼女は対話を好んでいるのだ。
 ちらりとカロルの動向を確認してからルル家は赤騎士へと向き直った。炎が、人を燃やす光景は余り視ていても気持ちよくはない。
「赤、白、そして黒。青も確認されていると聞きます――黙示録の四騎士。雰囲気は出ていますね……例の脚本家の演出ですか?」
 静かに告げるアリシスに「まあねえ」と手を叩いてからカロルは微笑んだ。アリシスはルル家と違い黒き騎士へと向かう。
 ラクリモーサは鎮魂と浄罪の秘蹟。手にした戦乙女の槍に刻み込まれた力ある文字が魔力を帯びて騎士の罪を暴くが如く、光を宿した。
「こちらです」
 肉体的に、精神的に、人に非ず。アリシスは『聖女と呼ばれてしまった娘』に対して些かの同情を抱いていた。
 否定が出来るわけではなかったのだ。黒き騎士を引き寄せるアリシスに気付き「救援だあ」と情けない声を上げた聖職者がすくりと立ち上がる。
「偽の聖女め! 裁きの時間――だッ」
 ヒュ、と空気を切る音がする。聖職者は腰を抜かし思わず尻餅をついた。赤騎士を狙ったルル家の攻撃が聖職者の帽子を穿ったのだ。
「な、何を……」
「いやー、これはうっかり! すいません!
 でも拙者の友達にそんな事を言ったら次はうっかり身体をぶち抜いてしまうかも知れませんのでご注意くださいね!」
 きゃぴきゃぴとした少女らしい笑みを浮かべたルル家を凝視した聖職者は「あんな魔女が友達!? この国を滅ぼそうとしているのに!?」と声を荒げる。
 眼前のカロルの表情は消え失せていた。普段は楽しげな笑みを浮かべている彼女は能面のように、つるりとなんの感情を抱いてさえ居ない。
 ルル家はぞっと背筋に嫌な気配が伝ったことに気付いた。彼女のその表情は見慣れないものだ。
 それでも――その言葉に間違いは無い。聖職者の言う通り、今の彼女はこの世界を滅ぼすために動く遂行者でしかないのだから。
(けれど……キャロちゃんと友達になると言ったのだから……)
 ルル家は「キャロちゃん」と呼び掛けた。はたとその表情が何時も通りのモノに変わる。
「そういえばキャロちゃん、カロルが昔の聖女様? の名前ってマジですか?」
「ええ、そうよ」
「まぁでも昔の偉人から名前を取るなんてよくある事ですよね! 同じ名前でも生まれが特殊でもキャロちゃんはキャロちゃん! 関係ないですよね!」
 ルル家は『見て見ぬ振り』をしてみせた。彼女にとっては触れられたくはない過去なのかも知れない。
 カロルは「大名……」としんみりとして呟いたが呼び名故に格好は付かない。
「さぁ、今日のルルバトルです! 拙者が勝ったら……えーっと、じゃあ聖女カロルって人の事を詳しく教えて下さい!
 拙者が負けたら前回と同じく拙者に聖痕刻んで良いですよ! 嫌なら他の何かでも良いです!」
「もしも、昔の天義なら貴方は不正義よ、大名」
 カロルの唇がついと吊り上がった。未だに動かぬままの彼女の傍らを走り抜けんとする赤騎士を食い止めるべく汰磨羈が地を蹴った。
「如何なる理由であれ、碌でもない行為を見逃すつもりは無い。迅速に殲滅させて貰うぞ……!」
 その身に纏ったのは限界をも超える太極の力。一歩踏込んだ先に存在する化膿し絵を掴むべく汰磨羈は過剰な霊気をその身に纏った。
 伸びた髪が揺らぐ。手にした『餓慈郎』は魔力が籠められ、勢い良く前線へと放たれた。騎士達の身を焼く霊気の気配、押し込むが如く秋奈がくるりと宙を踊る。
「ぶっはっはっ、ウチらの定番コース、これで決まりってね!
 まあまあ、聞いていきなさんな。聖女様。正義ねえ。戦うために作られた大義名分ってヤツっしょ?
 ま、お祈りの時間くらいは待ってやるぜ――誰だってかわいいお嬢さんにはやさしいもんよ」
「そう、私もそうだと思うわ。気が合いそうね。バイブステンアゲさん」
 凄い呼び名だと秋奈は楽しげに笑って見せた。『かまちょ』した赤騎士達を引き寄せて戦刀ががちりと音鳴らす。
 そうだ。戦うために作られた大義名分を掲げて自己のためにそれを正義と呼ぶのだ。
「だから、私ちゃんは私ちゃんの正義を告げるぜ。
 あんたらが信じる神サマなんざ知ったこっちゃねえ!
 それはもうバイブスぶち上げの時に自分で世界とか切り拓くってゆーか、とりまやっとけ的な! 余裕っしょ!
 ――私ちゃんになら、きっと、それができるはずだから」
 だからこそ、振り下ろした刃は曇る事なんて無かった。


「こんにちは、改めてルル君と話せる機会が来て嬉しいな」
 にこりと微笑むアレクシアはカロルの前に立っていた。カロルの傍に居るワールドイーターは非常に不格好ではあるが『複翼』の男である。
 それが冠位魔種であるルスト・シファーを模しているというのは以前戦ったイレギュラーズが指摘した事柄でもあった。
「蒼穹の魔女さんが私と何を話すのかしら?」
「うーん、じゃあ、これはどうかな。こないだアドレ君と会ったんだ。そこで彼がどういう存在なのかも聞いたよ
 前に会った時ルル君は言ってたよね。『そうあるように作られた』って。今ならその意味もわかるよ……そのままの意味なんだなって」
 カロル・ルゥーロルゥーは人に非ず。人間では無いからこそその存在意義がそうあるのは理解出来る。
 理解して為てしまったけれど、それは彼女にとっては只の理屈であり、使命であり、定められているだけの話だ。
 此れだけ人間染みていて、此れだけエゴイズムを発揮する彼女がそうした時にばかり殊勝であることをアレクシアは納得も出来まい。
「その上でもう一度尋ねるよ。『どうして世界を滅ぼそうとするの?』
 ……使命とか、定められたとかそういうのはナシだよ。私は『君』の気持ちを聞いてるの。ねえ、ルル君。『神託の聖女』じゃなくて、君にだよ」
 カロルは真っ直ぐにアレクシアを見ていた。アレクシアが杖を構え防御障壁を張る。魔術がばきんと音を立てワールドイーターの握る剣が幾度となく叩き付けられる。
 カロルは黙ったままだった。アレクシアを見て、それから回復役をしながらも「どいて」と聖職者を雑に後方に追い遣っている茄子子を見る。
「……私も女の子なのよ」
「女の子……?」
 アレクシアはカロルを見た。女の子のエゴイズムだ。自分が一番に可愛くありたい。それだけじゃない。自分が、一番に大切にしてしまった気持ちがある。
「私はルスト様を愛しているわ。あの人は私の光だった。あの人だけは私を聖女だと言わなかった。
 ……ま、お前達と早くに出会っておけば、お前達が私の光で、道標になったのかも知れないけれど、もう遅いわ。恋って盲目なのよ」
「ルル君……」
 アレクシアは息を呑んだ。恋心をアレクシアが正しく理解しているのかは分からない。
 ただ、カロルが茄子子を見たのは――屹度、彼女にシンパシーを感じたからだ。
「なんでコッチ見てるのさ」
 秋奈を、そしてルル家を支えるように言霊に力を込めた茄子子は眉を吊り上げた。
「ねえ、茄子子。お前は正義についてどう考えるの?」
「国を裁くのは国でしょ。神に使える最上が国なんだから。この国を続けて行くことそれこそが贖いだった。
 死ぬだけで罪が拭いきれないことなんて、あの御方が一番分かってる。
 あの方以上に神を代弁し、世界を導ける人は居ない。だから生きてるんだよ。
 ――天義は目を開けて前を向いた。でも、貴方達は後ろを向いて、まだやり直そうとしている」
 後ろ向きな奴は嫌いだと付け加えてから茄子子ははたと思い出したように「まあ、問答無用でルルは嫌いだけどさ」とそう言った。
「けれど、茄子子はあの方がいるからそう思うのでしょ。真実がどうかなんて関係ない。お前は、お前の思うままに生きてる。
 アレクシア、私も同じなの。真実も、世界がどう動こうかももう関係ない。私は純愛だよ。紛れもなく」
 カロルが囁いた。ワールドイーターが地を蹴った。周囲に降り注いだのは血色の弾丸か。
 はっと顔を上げたエーレンが「危険からこそ背後に行け!」と叫ぶ。聖職者を庇うイルは「茄子子の後方へ」と聖職者達へと声を掛ける。
「いいか! 敵から遠い壁際で固まれ! 必ず助けるので絶対に動くな!」
 指示を叫んだエーレンは聖職者達を統率し、雲雀と共に救うが為に手を伸ばす。
 雲雀は一度カロルと話してからその姿を隠した。カロルはそれ程周辺に頓着しない。ある意味で隙が多いのは此度に本気を出していないからなのだろう。
 遮蔽物を生かし動き回る雲雀はエーレンが遂行者を保護したことを確認し一気に赤騎士の前へと飛び出した。血だまりから溢れる八寒の如き冷気に動きを止める騎士達を、流転する星と共に遍く不幸を告げる。
 雲雀の瞳がぎらりと魔力の色味を帯びた。操る血潮――緋血傷器は禁術を帯びて更にまじないの色へと転じた。
(カロルの決意は決まっている。……けれど、リスティアさんの動きには迷いがあるように見えるのが気になるな……)
 雲雀はスティアと相対しているリスティアをまじまじと見詰めていた。瓜二つの外見でも、聖職者と騎士はその在り方が異なっている。
 迷うばかりで、スティアと相対しながらも戦うことを拒むかのように彼女は振る舞っていた。
「炎の烙印なんて私ちゃんはもってないぜ? ほれほれ? やっべ、烙印あったわ。って、これ別の烙印だわ」
「……イレギュラーズって、不思議だね」
 秋奈の声音に反応したようにリスティアがぽつりと呟いた。雲雀にはそれが彼女の惑いそのもののように聞こえていた。
「一つ聞いていい? 貴女の正義はどこにあるの?
 私はね、自分と同じような境遇の子を少しでも減らす為に戦ってるの。理不尽な出来事で家族を奪われる……そんな事が起きないようにと!
 リスティア、貴女はどう思う? 他者の苦しみを理解できない訳ではないよね――貴女は私なのだから」
「スティア、そう。私は貴女だもの。苦しい事が他人に迫っちゃいけないと思う。
 ただ――ただ! 私はこれ以上誰かが苦しまなくて良いと思う! こんな無駄な戦いを繰返さなくたっていいじゃない!」
 リスティアが叫んだ。互いに同じ志だ。どちらかが折れたらどちらかの信念が捻じ曲がる。
「……そうだよね。貴女は、私だもの。
 それでも立ちふさがるというなら止めてみせるよ。貴女のお父様の代わりに――私が!」
 スティアの魔力が花開いた。切り裂くようにリスティアが剣を振り下ろす。その剣戟は幼馴染みに良く似ている。きっと、戦い方が『入れ替わっている』のだ。
 リスティアが「騎士、走りなさい!」と声を上げた。赤き騎士は早急に対処を終えられた。ならば、と黒騎士が走り行く。
 アリシスが受け止めた黒き騎士。その力量は流石は遂行者の共連れというべきか。渋い表情を見せたアリシスが光の神を滅ぼす『力』を借り受けて槍に魔力を灯す。
 引き裂き、そして貫くだけ。その動作だけでも現状を打ち払えるか。
 フィーリングで騒いで、楽しんで。それだけで秋奈は良かった。エーレンは勢い良く大地を蹴り、騎士を切り裂く。
 体を捻り上げる。後方より波のように放たれる真空の刃に己が一撃を叩き付けたのは雲雀。
「……リスティアさん。殺すならしっかり殺せ、って言うんだよね。
 迷いがあるようじゃ足元を掬われる、戦いとはそういうものだと貴女も理解しているんだろう?
 そこの聖女様を連れてさっさと帰ってくれるなら、今のところは深追いするつもりもないし……退いてくれないかな? ……まあ、無理だとは思うけど」
「私には決定権はないかな」
 決定権はルルにあるのだとリスティアは雲雀へと囁いた。そうなのだろう。彼女は嘘なんて吐いてはいない。
 それが分かるからこそ、遣る瀬ないのだ。迷うような心の優しい存在が剣を振り上げ、戦い続けねばならない。
 エーレンの居合いは騎士の体を引き裂いた。霧散するそれは滅びで固められたものだったのだろうか。
 滅亡を前にした世界が、救いの可能性を否定しようとしている。アレクシアはその状態が酷く恐ろしく感じられる。
  汰磨羈は黒騎士へと接近しその喉を切り裂くように刀を振り上げた。その太刀筋に迷いはない。救うも、殺しも己の腕次第なのだから。
「汰磨羈さん」
「ああ」
 アルテミアが呼ぶ。白騎士が黒き死に施す快復を打ち払うように炎が鮮やかに燃え上がる。
 後方の聖職者の声音は最早聞こえやしない。彼等の考えも『幻想貴族』であるアルテミアには関係はなく、旅人である汰磨羈にはノイズのように聞こえていたのだから。
 さざなみのような攻撃を、打ち払うのもイレギュラーズの役目だった。この地に帳が降りてしまわぬように。
 守り切るその正義だって、戦う大義名分なのだと言われれば汰磨羈は笑う事だろう。
 ――人を脅かす災厄を打ち払う事が存在意義だというならば、それをエゴだと掲げ戦うことだって悪くは無いと思えるからだ。


「主は真実、正しい存在だって、必死に言い聞かせてるみたい。で、キミ達って今、あるがままに生きてんの?」
「生きてるかどうかだと、終った命かも知れないわね」
 茄子子は「お前やっぱわかんないよ」と呟いた。
「聖女とか遂行者とか知らない。私はお前に用があるんだよ、ルル」
 本当のところがどうとか、どうでも良かった。
 彼女が何者かも。どんな過去があろうとも、どういう未来を歩もうとも、敵だろうと味方だろうと何も関係はない。
 楊枝茄子子はヒーラーだ。攻撃を『当てる』必要は無く、仲間を支える事が仕事だ。
 だが、それは意地だった。当たれ、当たれ、当たれ、掠めるだけでも良い。
「何度だって言ってあげるよ。私は『お前』が大っ嫌いなんだよ」
 放つ魔砲。カロルには十分に避ける事は出来た。だが、それを頬に受け、一筋の傷を走らせてからカロルが浅く笑う。
「私はお前のこと好きだよ、茄子子」
 聖女とか、遂行者とか、どうでも良い。
『大名』――ルル家も、茄子子も、ただのカロルを見ている。カロル・ルゥーロルゥーではない、この場に居た一人の娘を。
「ちゃんルル! 誘うならさあ、やっぱお茶系?
 もーね、ガチで悩みまくってんの! 『マリ屋のつくねうまし』だっけ!? ぜんっぜんノれないワケ!」
「大名もさ、秋奈? も、好きね。
 ……殺し合うには時間が無いのよ。ねえ、『私がもしも平凡なお茶会をしましょう。武器を置いて』って頼めば誰か来るわけ?」
 ルル家の肩がぴくりと揺らいだ。茄子子がぎろりと睨め付ける。
 アリシスはと言えば寧ろそれがチャンスのように感じられる。ルルちゃんと呼ぶリスティアを制止してからカロルは言った。
「聖女とか、遂行者とか、過去とか、未来とか、そんなの関係なく私と話したいって思う? ……ま、思わなくて良いんだけどさ」
 邂逅一言目から己のことを嫌いだと言った雲雀のように、はっきりとした関係性ならば良いのだろうか。
 アレクシアは「前にさ、ルル君は聞いたよね?」とゆっくりと顔を向け彼女を真っ向から見据える。
「私も以前の質問に答えるよ。私がこの世界を護りたいと思うのは、そこにあるものが大好きだから。
 人が、動物が、自然が。私が心から護りたいと思うから、こうしてここにいる」
「エゴね。一緒だわ」
 カロルは初めてアレクシアという人間の人となりを理解した。
 彼女は穏やかなように見えて強情だ。彼女は誰もを受け入れるような顔をして、憤っている。
 アンバランスな精神性だ。大人びて見えて、子供の様な夢を見て居る。英雄を英雄たらしめるのは何れだけ夢を見て居られるかだろう。
 だからこそ――
「でもさ、私だってそろそろ怒ってる事もあるの。未だにこうして誰かと生命のやり取りをしなきゃいけない事が。
 そうさせる神様にも。こちらもそちらも、神様は何を考えてるの?
 どうして魔種は世界に滅びをもたらすの? 私達は仲良くできないの? ねえ、ルル君!」
 アレクシアは叫んだ。魔種と仲良くしたい。殺し合うなんて有り得ない。命を蔑ろに為ている行いだと。
 アレクシアはそう叫んだが――カロルはふ、と息を吐いた。
「……みんなエゴに塗れているのよ。ただ、滅びが観測されたからってお前達の『神様』はイレギュラーズに使命を与えた。
 まるでお前達に死ねとでも言う様にね。原初の魔種はただ、誰かを救いたがっただけのエゴイスト。ルスト様も、その兄弟だってそう。
 行き着くところが何処だって、私達は、自分たちが思うが儘に生きている。理性的じゃない生き方よ」
 カロルは嘆息した。アルテミアはは、と息を呑んでから、
「正義だとか不正義だとか、幻想民の私には関係ないわ。私はただ"守ると決めたモノを手が届く限りは守る"、それだけよ」
 ――と、そう告げた。それもカロルから見ればエゴなのだろうか。
 カロルを前に、騎士達を退けるが為に、白騎士の前へと滑り込んでからアリシスの瞳がぎらりと光を帯びる。
「冠位傲慢が貴女にとっての光である、とその気持ちは多少解らなくもありません。
 ……所で、ルル。アークの神も人の犠牲を厭う様子はありませんが、それは良いのですか?
 貴方達遂行者。魔種。冠位。原罪。何れも、アークの神にとっては目的達成の為の消耗品でしかないでしょう?」
「構わないわ。『全てを元に戻せるってルスト様が言って居た』もの」
 その言葉にアリシスははっとした。ああ、カノジョは己の在り方についてちゃんと口にしていたではないか。
 盲目なのだ、と。そんな嘘だろう言葉を信じ込めるほどに彼女はそれだけに縋って生きてきたのだ。
「同情はしないわ。どうせ貴女もそんなの望んでいないでしょうし、それでも、貴女が季節のイベントを害なく楽しむ事は否定しないであげる。
 もっとも、私達の時代を否定する事は全力で拒ませてもらうけれどね」
「アルテミアだったかしら? お前良い奴ね。仮装は何するの?」
「今聞くの?」
 アルテミアは思わずぽつりと零した。カロルは「お前とお揃いを着るセクシーな私ってどう?」などと問うている。
 カロルの様子を警戒しながらもアレクシアは一歩下がる。汰磨羈は周辺の騎士の討滅が終ったことに気付いてから「残るは御主か」とリスティアを睨め付けた。
「てか、マジで派手にカマさんでいいの? すちーのためならウチ、もっと全力出せっケド!」
「ははーん、任せて下さい! ふ、既に聡明な拙者は貴女の弱点を見抜きましたよ!」
 ルル家は突如としてスティアを羽交い締めにした。スティアが「どうしてー!?」と叫び、カロルが「あ?」と間の抜けた声を漏す。
「ちょ、ちょっと、ど、どうしてー!?」
 リスティアが目を白黒させながらルル家を見た。スティアの首元には刀が宛がわれている。
 エーレンから見ればこの場の悪人は明らかにルル家だ。エーレンと雲雀が顔を見合わせアルテミアが「ルル家さん」と驚いたように見詰める。
「スティア殿の命が惜しければ投降しなさい!」
「ひ、卑怯だよ!? そんなことして嘘ばっかり!」
「へっへっへ、脅しだと思いますか? ですが拙者はCTが高くてFBもまぁまぁあります! うっかり手元が狂ってCTしたらえらいことになりますよ!」
 スティアが「ががーん」と叫んだ。リスティアももれなく同じ反応をする。なんという状況か。
 騎士が打ち倒され、残るはリスティア一人となった。秋奈もこれは想像していなかったとルル家を指差してから「たまきち、まじ?」と問うた。
 汰磨羈は武器を取りこぼしたリスティアの意識を奪ってから「私が手伝えるのはここまでだ。――後は御主次第だな、スティア」と振り向いた。
 頷いたスティアはルルを見る。
「ここで、リスティアを殺してしまうというのは?」
「怒るわ。第二ラウンドかも」
「……じゃあ、今は返して上げる。でも、もうリスティアを戦わせないで上げて。私も、この子も、『同じ』なんだよ」
 誰かの苦しみのために自分が傷付く。スティアはそれが己の生き写しであっても許せなかった。
 ルルは「検討するわ」と肩を竦め武器を降ろすようにとワールドイーターに指示をした。
「信仰云々があるとはいえ、あまり口を滑らせないように気をつけた方がいいよ」
 雲雀は嘆息しながら聖職者達の様子を確認した。ルル家の脅しもあったからか、黙りこくった彼等は緩やかに肯くのみだ。
 聖職者を根絶やしにする事も無く、倒れたリスティアの腕を掴んで『糸』で体を絡め取ったカロルは大袈裟なほどに息を吐く。
「浮かない顔だな、聖女」
「だって、話さなくちゃだめなんでしょう」
 カロルがちらりと見ればルル家は勢い良く頷いた。
「ルル。昔に何があったか教えて貰えないかな? この国を憎む何かがあったはずでしょ……もちろんいい話でない事は推測できるけど」
 カロルは端的に言った。『己は断罪された聖女』だと。求心のために張りぼての聖女となって、用済みになれば群衆を騙した魔女だと罵られたのだと。
 闇に葬り去られた娘はどれ程の苦しみに喘いだ事だろうか。
「ルル、貴女もこの国の犠牲者だったんだね……
 確かにこの国は歪で、偽りの正義を振りかざしたりするけど、徐々に変わっていってると思う。
 だから少しだけ見守って貰えないかな?
 すぐにとは言えないけど私達が良い方向に変えてみせるから、なんたって竜種とだって手を取り合ったんだからね!」
 カロルはふ、と笑みを浮かべてから「出来ないって言ったら?」と問うた。
「それでも納得できないなら、貴女の怒りや悲しみは私が受け止めるよ!
 理不尽な出来事に怒りがわかないとは言わないけど、それ以上に大切なモノがあるから」
「……リスティアとそっくり。お前は綺麗事ばっかり言って、でも、嫌いじゃない」
 目を伏せたカロルは「飽きたから帰りましょう」とワールドイーターを傍に寄せ声を掛ける。リスティアの身柄を確保し、それを連れ帰る事とカロルは告げた。
「どうして」と問うたエーレンに「友達、見捨てるのはクズでしょ」と彼女は肩を竦めた。
「……募集されたので考えたが。練達にはチャイナドレスという艶やかな装束があるらしいぞ。
 羽扇と合わせて着こなせば多分似合うんじゃないか。帰って調べてみるがいい」
 ぴたり、と足を止めたカロルは「詠蓮」とその名前を呼んでからびしりと指差した。
「採用するわ。けど、チャイナドレスを選ぶ辺り、ちょっとむっつりなのかと疑ったわよ。
 でも、いいじゃないの。一人でファッションショーをして最高の私を作らなくちゃね。エレクトリカルたぬきを見る為にも」
「汰磨羈だ。暇なら、私達と仮装の話でもするか? 聖女様よ。
 中々に愉快な仮装はいくらでもあるぞ。何なら、ハイテクな着ぐるみというのも面白いな」
 汰磨羈が眉を吊り上げ、すぐに表情を変え提案すれば、カロルは「いいわねえ」と手を打ち合わせる。
 くすくすと笑ってからカロルは「リスティア、行きましょう」とその腕を掴んでずるずると引っ張った。
 ああ、本当は――もっと、話していたい。けれど、それも『無理』なのだ。
 相容れない存在なのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

アリシス・シーアルジア(p3p000397)[重傷]
黒のミスティリオン

あとがき

 お疲れ様でした。
 カロルにとって皆さんはまた違った存在のように感じられるのかも知れませんね。

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