PandoraPartyProject

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『魔王座』VI

 何時だって、物語に憧れた。
 元々は創作に興味がある方では無かったけれど――思い切って触れたそれは外の世界同様に鮮やかで。
 悠久の檻のように変わらないファルカウでの日常を一遍に塗り替えてしまったから。

 ――一体、どうしてだっただろう?

 靄のように不確かで胡乱な自問を何度繰り返したか覚えていない。
 出逢って、知って、気付いたら好きで、焦がれて。
 出来る限りに背伸びをして――何時も無茶苦茶に傷付けられた。
 求める事が愚かだと思わない程に莫迦でも子供でも無かったのだけれど、嗚呼。
『物語に書いてあったその通りに、制御出来ないからこその恋だった』。
「『今更』かよ」
(……我ながら、どうかしています)
 刹那の一時に傍らのレオンの横顔を見上げた時、ドラマは心の底から呆れてしまった。
 いや、隣に居る男の女々しさはどうでもいい。そんな事は知った上で、呑み込んだ上でここに在る。
 それより何より問題は。
(混沌(せかい)が終わるか否かのこんな時に、私は別の事を考えてしまっている――)
 より正確に言えば世界を救済する事が100%ではないという意味になるのだろうか。
 30%、いや。嘘を吐いた。少なくとも50%か――それ以上、確かにドラマには別の動機がある。
(ルカ君が何を成すとしても、それが貴方には出来ない事だったとしても)

 ――運命が味方しないなら、私が味方する。
  運命が貴方を愛さないのなら、私が貴方を愛するだけ。

 運命を持ち合わせない男の為に運命を抱いた少女は祈る。
 自身の滅びも、枯渇も全て覚悟の上で。彼女が望むのは実に単純だ。
『ドラマ・ゲツクが願ったのは世界が救われる事それそのものではなく、レオン・ドナーツ・バルトロメイが最後のページに手を伸ばす事だけだった』。
 選ばなかった誰かを見返して、滅びの運命を捻じ伏せて。せめて一度だけでも役割を与えてやりたかった、それだけだ。
 ドラマの運命が蒼く燃えかける。しなやかに育ったその肢体が彼女をも焼き尽くす炎に咽びかけたその時に。
「辞めとけ」
 実に予想外な事に――前を向いたままのレオンの大きな手がドラマの頭をポンと抑えた。
 嫌になる位の以心伝心はきっと彼の自惚れなのだろうが、ドラマはそれを否定出来ない。
「オマエは――あと何十年か位は俺に付き合ってくれんだろ?」
「――――」
 それは踏み込ませず、逃げ水のように答えを口にしない男が初めて言った決定的な一言だった。
「……誤解しますよ?」
「誤解でいいの? それで、答えは?」
 短く返したレオンは先にも増して自惚れている。
 ああ、そうだ。と茫然とドラマは想った。
 何が運命が選ばなかっただ。何が全て無駄だっただこの唐変木!
……ッ、……っ、はい、喜んで……!
 大馬鹿だ。
(私はずっと、ずっと貴方を選んでいたのだから。
 だから今度こそ、この物語はHAPPY END以外は有り得ないのです!)
 ドラマの見上げたレオンが「良し」と頷く。大きく息を吸い込んで、そうして。
「『今更』何やってんだバカ女。
『笑えるぜ』。辛気臭い面してねぇでとっととそんなトコから降りてこい!」
 まるで得意気になった子供のような屈託のない表情でそう言った。
「レオン……ルカ! 落としたら、承知しねーですよ!」
 凍り付いていたざんげの美貌が見た事も無い位に破顔して、その足がステップを踏んだ。
 扉が開かれ、空中神殿から影の城に飛び込んだ彼女はそのままルカに抱き着いた。
「ざんげ!」
 片腕でぎゅっと抱きしめたルカに拮抗した最後の物語の天秤が揺れる。
「遅いぞ、全く!」
 汰磨羈の顔が漸くここで輝いた。
 至上の輝きを以って語り継がれるであろう金剛の煌めきさえ友人(ルカ)の援護に捧げた想いも虚しく。
 先程まではルカが両手で支えても限界だった『重み』がそこにない。
「ここからは、魅せてくれるのだろうな? 存分に!」
 声を張った汰磨羈にルカが「おう!」と気を吐いた。
 残されたパンドラは願望機(ざんげ)と共に運命を振るう勇者のその手の中にある。
 ドラマは最早十二分。意地汚い悪食の神もそろそろ食傷の頃合だろう!
「あーあ。全く、僕も君も実に酷い配役だぜ」
 大きな溜息を吐き出したイノリが今までになく気安く軽い調子で呟いた。
「後悔してるか?」
「まあまあね。君の方は?」
「それなりに。……痛ぇなドラマ、足踏むな!」
「……まあ、礼は言っておくよ」
「言われる筋合いもねぇんだけど?」
「言っておきたかったんだよ。マリアベルも、子供達も待たせてる。
 これが最後だから。『何十年もありがとう』」
 馬鹿馬鹿しい位に穏やかなやり取りを済ませたイノリはもう一度だけ嘆息した。
「ざんげが選んだなら――選べたならもう何も言う事は無い。すべき事も無い。
 まぁ、兄としては不出来な妹の先行きは不安だが、君なら僕よりは――そう泣かしたりもしないだろう。
 パンドラをその手に全て抱えたなら、アークの方も持っていきなよ。それで――」

 ――この門は閉じるだろう。

 イノリの最後の言葉は音ではなく心に響き、彼の消失と共に開闢のパンドラが帯びた黒色がこれまでで一番強くなった。
 最後の絶叫と共に振り抜かれたその一閃は目前の歪みを縦に斬り裂き。
 後にはもう、何の異変も残されて等いなかった。


 ※『原罪』イノリと全てのパンドラ値、そして終焉の『門』が消失しました。


 ※幻想各地にダンジョンが発見されたようです。


 これはそう、全て終わりから始まる物語――

 Re:version第二作『Lost Arcadia』、開幕!

これまでの天義編プーレルジール(境界編)Bad End 8(終焉編)

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