PandoraPartyProject
史上最悪の良い子
夜の宮殿。
フォン・ルーベルグの最奥は大凡総ゆる邪悪を拒む信仰の国の中核である。
そんな場所に禍々しい気配を持ちて侵入する事は赦されない。
通常、そんな事は起き得ない。余程の例外でも無ければ――有り得ざる非常事態に触れなかったのならば。
「陛下、陛下。ごきげんよう。
何だかずっと離れていたみたい――でも実際は先日ぶりですね」
高揚に満ちた楊枝 茄子子(p3p008356)の頬は紅潮していた。
彼女が見つめる威厳の玉座にはシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世が座っていた。
「私、ローレットを裏切って、あっち……遂行者の方に付いたんですよ。
驚きました? それともそういう子だって御存知でした?
ふふ、どちらでも構いません。陛下の御心が今、私の方だけを向いているなら!」
聖痕の刻まれた短剣はルストの権能の一部を宿した預言者ツロよりの授かり物である。
十分な経験を積んできたとはいえ、『特異運命座標』の性質を超越しない茄子子が聖域を侵し得たのは『彼等』の助力の甲斐である。
――もし、望むのならその力で愛しい者を好きにしたら良い――
囁きは甘やかで、確かな事実であり、実はその全てが嘘と言えた。
ツロは決して好意で物事を行わない。
彼は常に傲慢であり、彼は常に悪意的であり、彼は常に作為的であった。
だから彼がナチュカ・ラルクロークに選択肢を与えた事はきっと祝福でも何でもなかったに違いない。
「何度も通った場所ですから。
陛下に会いに来たってのもあるけど、それはそれだけじゃない。
いつどのタイミングでどの場所を護衛が、見張りが、騎士が回るのか、私は全部知ってます。
この日の為に、それこそイレギュラーズになる前から、何年もかけて調べてきたんです。
その上で、私は魔種じゃなければ、指名手配された大罪人でもない。護身用にちょっといい短剣を携帯してるだけの、ただのネメシス信徒。
……この姿を少し見られた位じゃ疑われませんから。
だって、そういう風に動いてきたんですから!」
高揚する茄子子の可憐な面立ちには――本質とも言える――邪悪な表情が浮いていた。
何処までも露悪的で、何処までも身勝手な女の顔は少女のなりに宿るナチュカの本質を表している。
シェアキムはそんな彼女の顔をじっと眺め、重く深い溜息を吐き出していた。
「陛下……ううん、シェアキム」
その先に続く言葉は察し難く、同時に理解せざるを得ない現実だったに違いない。
「私はね、貴方の事が好きなの。初めて見た時から、一目惚れだった。
雷鳴のような声に、胸を打たれた。信仰を体現したような揺るぎないその双眸(め)に奪われた。
……ほんの、八歳の時だったの。その頃から、ずっと、私の心は貴方の方を向いていた」
茄子子の告白は実に身勝手で彼女らしく独白めいていた。
――理想の彼なんて欲しくない。いつも私の思い通りに行く世界なんてなんにも面白くない。
私はずっと、このクソみたいな世界を、思い通りにする為に頑張ってきたんだから――
嘯く彼女は『単にこうしたかっただけ』であり、彼の答えを待っていなかったかも知れなかったから。
「『信仰と共にあれ。善行を続ければ、いつか凶事に出会おうとも、数多の救いが君を助く』。
シェアキムの言葉。私、ずっと忘れてないよ。だから、いつも良い子にしてた。
羽衣教会って知ってる? 私そこの会長になったの。信者をいっぱい集めて、みんなで善行を積んで……練達を救った。ほかにも、いっぱい、いっぱい!
私、とっても良い子になったでしょ?
善行を積めば、悪行を行っても許される。シェアキムがそう言ったから!
だから、ちょっとだけ悪い子になってもいいよね?
天義のみんなからシェアキムを奪っても、許してくれるよね。ね!?」
拙くも短剣を構えた茄子子にシェアキムはもう一度重く息を吐き出した。
彼女の言葉は成る程、彼からすれば寝耳に水の出来事だった。
実際問題、年若い――孫娘程の年齢の女の想いにこの理想的な聖職者が気付くような事があるだろうか。
仮に、想いを告げられたとて教皇たる彼が安直にそれを受け入れる事等あっただろうか?
「あのね、私は十五年待ったよ、シェアキム。
――責任取ってくれなきゃ、天義壊しちゃうかも。えへへ」
……とは言え、かくも強引に『踏み込んだ』彼女の有様からは予断を許さない真実だけが漏れていた。
茄子子は全てを知っていた。
『どうせ、遂げられぬ想いならば全てを無茶苦茶にしてでも押し通してみせる』。
史上最悪の良い子の結論は元から誰の答えも待っていないのだ。
「昔、我が国には歳若くも敬虔で大変感心した少女が居たものだ」
「……シェアキム?」
「言葉を交わした事等、殆ど無い。
国民の全てと向かい合う事等、人間である私の領分で叶う事では無かった筈だ。
しかし、彼女は神と正義への奉仕に熱心で、私の話を良く聞きに来てくれたものと承知している」
同じ位に答えを待たずにシェアキムは言葉を紡いでいた。
この真剣勝負は『遂行者陣営についた』と宣う茄子子と正義を体現するシェアキムとの一騎打ちである。
「どうしてこうなったのだろうな?
どうして、私の言葉は君の心を捉えたのだろう?
神が意味のない運命を背負わせるとは思えず、さりとてこの状況は余りに青天の霹靂だ。
――ナチュカ・ラルクローク。君は私が好きだという。
だが、私は君を好ましく思ってはいたが、君をそんな風に見た事等無かった」
「……っ……!」
短剣を握る茄子子の手に力が篭る。
シェアキムが愛を受け入れたなら『今度は遂行者さえ裏切るまで』だ。
逆に言えばシェアキムが自身を拒んだのなら『無理矢理シェアキムを奪い去る算段』であった。
遂行者の聖印を刻まない茄子子は何れにせよ力を借りたルスト陣営の事等考えてはいなかった。
「だから」
「だから?」
「君の気持ちを理解したのは今、この瞬間。今宵が初めてだ」
「……うん」
「十五年待った君は早急な結論だけを求めるだろうか」
「求めるよ」
「もう幾分の時も待てないのだろうか」
「待てないよ!!!」
「そうだろうな。だから君はこうして禁を破った」
苦笑いを浮かべたシェアキムは玉座から立ち上がった。
短剣を構える茄子子の前に歩み寄り、恐れもなく彼女の頬に手を触れた。
「私は聖職者故、君の気持ちを共有出来ているとは言い難い。
されど、人の愛は神の愛に劣後すまい。そして勿論、神の愛も同じ事。
それ程までに純粋に、私を好くという君ならば――理解してくれると信じている。
こんな事は辞めたまえ。辞めて、望み得る未来に正対したまえ。
これは断罪等ではないのだよ。『私は断罪等望んでいないのだよ』。
我が目の前にある罪の全てを裁き続けるには歳を取り過ぎた。失ったものも多すぎた。
この上、失わせてくれるな。伝えられた気持ちを一顧だにする暇も与えず、失わせてくれるな、茄子子殿」
全てを『決めていた』茄子子にとって、それは意外な答えであった。
叶うのならば良し、叶わぬであればそれも良し。
しかし、シェアキムは『知らなかったから考えてみる』と言った。
それは不可能と知っていたハッピーエンドの夢想でも、より現実的に思えた『無茶苦茶』とも違う結論だ。
「……っ、そんなの――」
何時もより幼い調子で零した茄子子は、きっと――
※冠位傲慢の遂行者達が闇に蠢いています。
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