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モラトリアムの終わり:裏

モラトリアムの終わり:裏

 天義聖騎士であった男は、遂行者となった裏切り者の男は――『セレスタン・オリオール』は、聖堂の中で再誕した。
 迷いはもうなかった。悲しみも、残したことも、苦しみさえも、もうなかった。
 ただ、ただ、聖なるかな、が、頭の中で響いていた。ああ、ハレルヤ! ハレルヤ! 聖なるかな、素晴らしきかな。
「目が覚めたか」
 と――仮面の男が言う。
 『遂行者、サマエル』。神の国に再現された、理想のセレスタン・オリオールが。
「喜ばしいことだ。悲しいことだ。
 一人の男が死に、一人の神の信徒が生まれたのだ……」
「何故に泣くのだ、私(サマエル)よ」
 セレスタンは笑った。
「もう、こうするしか、道はなかったのに」
 無意識のうちに、目の端に輝いた涙の一片が、きっとそれが、彼の最後の人間性なのだろう。それは、つ、とほほを伝って流れて落ちて、すぐに乾いて跡も残らない。
「胡蝶の夢、という寓話を知っているかな、私(セレスタン)」
 サマエルは言う。
「私は、夢の中で蝶になっていたのか。蝶が、私の夢を見ているのか……。
 私は、神の国に発生した、泡沫なる『異言を話すもの』にすぎなかった。
 でも、私は幸せなるままに夢を見ていたのだよ。現実で苦しむ、私(セレスタン)の夢を。
 たまらなく苦しかった。たまらなく、悲しかった。私が遂行者へと召し上げられたのはそんな時だ。
 神に……ルスト・シファーにとっては、せっかく使える聖盾を、眠らせておくのはもったいない、その程度の認識だったかもしれないがね」
「だとしても」
 セレスタンは言った。
「私は、私に、救われたのだ。もう、そうするしか、なかった」
「その通りだ」
 サマエルは言った。
「君はきっと、その内に修復不可能なほどに壊れていただろう。
 そうなる前に、救い出せた……。それは良いことだ。
 セレスタン。人は、一人だ。隣に並んで立っていたとしても、究極、その人の心形はわかるまい。
 ジル・フラヴィニーがそうであったように、だ。
 何故、神の国に、ジル・フラヴィニーが存在しなかったかわかるかね?
 何故、私(サマエル)に、ジル・フラヴィニーが存在しなかったのか?
 簡単だ。ここは最初から理想の場所であったから、君が縋り付く理想は存在しなかったからだ」
 サマエルは息を吸い込んだ。
「人は一人だ。それは、私たちも同じだ。わかるだろう、私(セレスタン)」
 そう言って、サマエルは、小さな小箱を取り出した。そこには、ルスト・シファーの聖痕が刻まれている。
「『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』。遂行者の命の理。私たちが、神の国において不死身である理由がこれだ。
 君もわかっていると思う。君もまた、聖痕を授けられ、そして『心臓を差し出した』」
 セレスタンはうなづいた。彼の心臓は、もうずっと前から、『動いていなかった』。その通りだ。そこにはただ、空洞があるのみだったからだ。
 遂行者は、聖痕を賜るとともに、神に己が身を差し出す。それが、遂行者によってはそれぞれ異なるが、セレスタンの場合は、己の心臓であった。
「これが破壊されない限り、我々は不死身だ。
 だがね、セレスタン。『私には、捧げるものがなかった』。
 もし偽りの遂行者がいるのだとしたら、それは私だよ。
 私は最初から、神の国の被造物なのだから。捧げられるものなど、持っていなかった」
 サマエルは、悲しげに笑った。
「だから、君がうらやましかった。君が欲しかった。捧げられるだけの、何か『重さ』を持つ君が。
 そしてそんな君が、壊れてしまうことが、消えてしまうことが、たまらなく、悲しかった……」
 それは、究極の自己愛とも言えた。己が、己を、慈しみ、憐れみ、嘆き、愛した。あまりにも美しく悍ましい、自慰的行為だ。
「わかっているよ」
 セレスタンが言った。
「私が肉体で、君が魂だ。
 最初から、そうだったのだ。私たちは、不完全で、未完成だったのだ。
 君という魂があって、私という肉があって、ようやく、私は、セレスタン=”サマエル”・オリオールという、本当に独立した人間になれるんだ」
 紅潮していた。
 その頬が。
 幼年期が終わり、大人となる。一個の人格としての、欠落したものを己で埋める、奇跡的に吐き気を催す、人格の統合と補完。
「一つになろう、サマエル。私たちが、セレスタン・オリオールなんだ。
 モラトリアムは、終わるんだ。理想の、本当に全く理想の……私たちが夢見た、お互いの夢の結実が」
 セレスタンの言葉に、サマエルはうなづいた。

 次にこの聖堂から誰かが出てくる時、それは一人だけであるはずだった。
 それは白衣を身にまとったセレスタン・オリオールという名の男で、その顔に仮面はないはずだった。

 ※天義にて、遂行者たちの動きが活発化しているようです……。


 ※シーズンテーマノベル『蒼雪の舞う空へ』が開催されました。
 ※プーレルジールの諸氏族連合軍が、魔王軍主力部隊と激突を始めました。
 ※イレギュラーズは『魔王城サハイェル』攻略戦にて、敵特記戦力を撃破してください。


 ※ハロウィン2023の入賞が発表されています!

これまでの天義編プーレルジール(境界編)終焉の兆し(??編)

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