PandoraPartyProject
フイユモールの終
黄昏の地は、誰かの願いだった。
人にとっての新天地。居住区域拡充による、人間の生存権の確立。そして、異種との共存。
為そうとしたのは『地廻竜』フリアノンとひとつの約束を築いた男であった。
――本当に腹が減って堪らず、我慢も効かなくなったのならば、わたしを喰らいなさい。
我が身全てを喰らうたならば、我が骨に眷属を棲まわせてやればいい。
我が魂が愛しき我が眷属達を守り抜くであろう。お前は其れだけ私達に尽くしてきたのだから――
ならば、おまえの愛しい全てを守り抜こう。それは随分と古びて真偽も定かではない伝承であった。
「けれど、確かにあの人の生きてきた物語だった」
珱・琉珂(p3n000246)は崩れゆく世界を歩む。
それは前人未踏とも呼ばれた覇竜領域に棲まう亜竜種の少女にとって、想像もしない一歩だった。
人と竜が慈しむ梯となれるよう。願い、気付かれたヘスペリデスは見る影をも喪った。
名も知らぬ花々は散り誘われた。陽の光を誘った風は鋭く膚を撫で、砂も岩も全てが吸い込まれていく。
冠位暴食ベルゼー・グラトニオスの権能は『制御』も出来やしないのだ。いや、本来ならばコントロール可能な『場合』もあっただろう。
「腹ぺこオジサマは、もう我慢が出来なくて全部が全部を集めているのね。
……聞いたわ。アウラスカルトの母竜を食べて三百年余りを『凌いだ』って。けど、それも――」
もはや消化してしまった。竜種を幾度か喰らうた男はその消化のスピードも徐々に上がり、竜では腹を満たす事が出来ないのだろう。
朱華(p3p010458)はベルゼーの腹の中で『消化されてしまった』であろう『光暁竜』パラスラディエとアウラスカルトを思い苦々しげに呟いた。
「……なら、完全に空腹になって終ったんだね。その気配を感じて練達に、それからは深緑に来ていたんだ」
天を仰いだアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の傍らで炎堂 焔(p3p004727)は唇をぎゅうと噛み締めた。
友人とも呼べる六竜が一人、アウラスカルトの母がその身を捧げたのは本人の意志であるという。
(屹度、大切な人だったんだろうな。それも食べちゃって――もう、時間が無いだなんて……)
その人はどの様に考えて居るのだろう。髪を煽った風が、砂を伴い何処かへと引き込まれて行く。
その行く先に怯えるように身を竦めたロスカの背を撫でてウテナ・ナナ・ナイン(p3p010033)は「光に飛び込めばいいんですね!?」と問うた。
「やっばい位ぎゃあすか叫んでたんですけど! シグロスレアさんってひとは何処かに行きましたね!?
怪我したからでしょうか!? まあ、此処に其の儘居れば巻込まれますし、体勢不利ってのは確かですしね!!」
剣を収めてからベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が一瞥すれば、静かにルカ・ガンビーノ(p3p007268)が頷いた。
青年の傍らには面倒くさそうに煙草の煙を燻らせる彼の父、ロウ・ガンビーノが立っている。
「息子よ」
「……ンだよ」
「どこぞの乳のデケェ姉ちゃんに凄まれて『家族の会話』をしろって事なんだが、後で良いか?」
「あ?」
ルカが怪訝そうに見遣ればロウは「嫁と仲良くして貰ったお礼参りが必要なモンでな」と呟いてから眼前を眺め遣った。
光だ。眩すぎるほどの光をその双眸に映してから『燎貴竜』シグロスレアは撤退した。
あの光は一人のイレギュラーズの献身である。
――イリス・アトラクトス(p3p000883)。
海洋の娘は、この荒れ狂う『大海原』に航路を示したのだ。
「イリスが示した道だ。先はベルゼーの権能(はら)の中だと聞いている。
……俺もリーティアから耳にした。ベルゼー・グラトニオスの権能は『喰らう』事に特化している。だが、その本質は別だと」
ベルゼーは腹の中に自らの領域を有している。
『飽くなき暴食』――その名を有した領域(はら)の内部では喰らったものを模倣・再現出来るのだそうだ。
「竜を、再現している可能性があるのですか……?
喰らうたというパラスラディエだけではない、フリアノンなども……」
驚愕に声を震わせた劉・紫琳(p3p010462)にベネディクトは「彼女が罠を仕掛けたらしい」とそう言った。
「パラスラディエさんが!? もしかして天才では!?」
「琉珂、静かにしてくれ」
「いいえ、天才だって褒めなくっちゃ。天才はどこかしらー! 里長が褒めて使わすわー!」
「琉珂。緊張しているのは良く分かるが……」
ベネディクトが宥めれば琉珂は紫琳を眺めた後、いそいそとルカの背後に隠れた。
「師匠、お母さんを殺すのって、どんな気持ちだった」
目を見開くルカを見上げてから「あ、ううん、何もない」と琉珂はぎこちなく微笑む。
「紫琳、きっと、オジサマでもフリアノンは再現できないとおもう。女神の欠片が、そう言っている気がするから」
「……女神の欠片がありましたね」
ユーフォニー(p3p010323)は琉珂が花籠に抱えた真白い花を一輪手に取った。
女神の欠片はみるみるうちに小さな花にその姿を変えて仕舞ったのだ。眩く光る、フリアノンの力を宿した花。
「女神の欠片が、イリスさんの定めた『航路』を補強してくれてる。
オジサマのお腹の中に飛び込んだって、大丈夫。安全に帰って来られるはずだわ。
それに……オジサマの権能はヘスペリデスの外にまで影響を及ぼしていない」
ヘスペリデスの外にまでその危害が及ばぬように、『女神の欠片』が防壁を張ってくれているのだという。そうするだけの数が集まった事に一先ず安心するべきか。
だが、それも長くは持たないはずだ。
「征かなくっちゃ。……急がなきゃ」
ベルゼーは言って居た。
覇竜領域を『喰らいたく』はないと。ならば、食事を行なう為に近郊の国を襲うだろう。
練達を、海洋を、それだけで留まらぬならば豊穣やラサを。深緑を、鉄帝を。『冠位魔種(きょうだい)』が居なくなった地を。
「琉珂様」
ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)は静かに声を掛けた。
「宜しいのですか?」
「……うーん」
琉珂はヴィルメイズを見上げて肩を竦める。
飲み込めてなんか居ない。あの人の腹のように簡単に消化もできやしない。
口が裂けたって、大丈夫だとは言えやしなかった。
「オジサマにね、手料理を食べさせて上げれば良いよって飛呂さんが教えてくれたの。
あと、零さんのパンをもう一度食べさせてあげようかな、みたいな!」
囲 飛呂(p3p010030)が言って居た――腹でなく心が満たされることない人に思えたのだと。
零・K・メルヴィル(p3p000277)がギフトで出したパンだって様々なアレンジがあるのだと教えてやると琉珂は笑う。
空元気の、大した意味の無さそうな微笑みで。
「……殺さなくちゃならないの?」
何も犠牲にする事無く、あの人に向き合うことが出来ればとЯ・E・D(p3p009532)は願っていた。
正しい道で、望む場所に辿り着く方法が見つからないなら。
間違った道を、絶対に後で後悔する道を進んで、知らない何かが見つかるのを信じるしか無いんだって。
「……うん、だって、オジサマは本気だもの」
「どうして、そう思う?」
「オジサマはね、きっと。ずっとずっと考えてたわ。私達を巻込みたくないから帰れって言ってたもの。
帰れば何処かの国が犠牲になる。
未だ見ぬ誰かが食われてしまう。
それを、私は許せなかった。だから、来たわ。みんなも、そうでしょう?」
琉珂は目を伏せった。
あの人に本音をぶつけて、抱き締めて、大好きだと伝えれば心だけでも救ってあげられるだろうか。
あの人を悪人だと、詰り罵り、全てを否定し尽くせば、あの人は満足だと笑ってくれるのだろうか。
そんなことも出来ない弱い私は、ただ、あの人の名前を呼ぶことしかできない。
そんな、弱い女の子ではいられないから。
「さとちょー、いこうか」
「そうよ、リュカ。一発ぶん殴ってやりましょうよ」
ユウェル・ベルク(p3p010361)と秦・鈴花(p3p010358)が手を差し伸べた。
「……行こう」
――さようなら、だいすきなあなた。
※ヘスペリデスの最奥――ベルゼーへの道が切り開かれています。
※冠位暴食討滅戦『フイユモールの終』が始まりました――
※『双竜宝冠』事件が新局面を迎えました!
※豊穣に『神の国』の帳が降り始めました――!
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