PandoraPartyProject

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『お願い』

「――レオン」
 その声色を聞き、表情を確認した時――嫌な予感はしたものだった。
 てこでも動かない、何が起きても寝ぼけた侭の女が一丁前に悲壮な顔をしている。
『長くて短い時間の中でも、会いたいなんて言った事も無い女の呼び出しは、成る程やはり俺にとっては碌でもない意味を帯びていた』。
 冒険者の直感と言えば聞こえは良く、或いは積み重ねた女遊びの賜物と言えば最悪だが――俺はこれから聞かされる言葉が嬉しくないものだという事を疑わなかった。
「お願いがあるでごぜーます」
「……」
「緊急の話でごぜーます。本来なら、『筋』を通す話だとも思うのですが……」
 強張った顔で何時もの表情を作り、「聞くよ」と応じればざんげの顔は面白い程に安堵を帯びた。
 俺はオマエが願ったなら――一度だって聞かない心算は無かったのに。
『これまで一度も願わなかった女が、俺とは関係のない話で安心した顔をしていやがる』。
「……終焉(ラスト・ラスト)から強烈な気配が覇竜方面に移動したです」
「それはそれは。七罪か?」
「私は正確に相手の正体を知っている訳ではねーのですが……
『恐らくは七罪ではない何者か』と踏んでいるです。
 ただ、性質の悪さはいっそ七罪の方がマシかも知れねーですね」
「誰かさんはそれ以上のトラブルか」
「単純な強さが云々は分からねーですが、問題は『狙い』の方でごぜーます。
 その誰かさんは冠位『暴食』ベルゼー・グラトニオスに『呼び声』を出そうとしているようですから」
「冠位魔種に?」
「はい」と頷いたざんげは相変わらず普段見せないような顔で言葉を続ける。
「『原罪の呼び声』とはまた別の……『無慈悲の呼び声』とでも言いましょーか。
 ……その呼び声はヒトも魔種も狂わせるです。危険な『暴食』を無意識の内に……
 自分でも気付かないその内に抑制しているベルゼーが『居なくなった』ら。
 特異運命座標の皆さんが危険なのでごぜーます」
「どうして」と俺は問う。
 ゆっくりと息を吐き出すように――不安を帯びたざんげの目を見て問い掛ける。
「どうして分かった。オマエは『神託の少女』だが、都合の良い予知を見れる女じゃあ無いだろう?」
「……その『神託』が告げたでごぜーます。だからこれは絶対的な危機なのでごぜーます」
 成る程、神は『やがて来る破滅』の回避の為にざんげに神託を降ろすのだ。
 なればその回避の為の絶対条件である特異運命座標の命運は時に短期的な神託をも降ろすに足る理由になるという事か。
 ベアトリーチェ・ラ・レーテとの戦いでも、滅海竜リヴァイアサンとの戦いでも、バルナバス・スティージレッドとの戦いでも静観を決め込んだ神が『言う』のなら、到る結末は揺らぐ運命の先と言えない程にも濃厚で、破滅的な未来になるという事なのだろうが――
「事情は分かったよ。で、お願いってのは何だ?
 決戦に赴いた連中を戻す事は不可能だ。大体、既にやり始めてる頃合いだろうからな。
 仮に戻れって言っても聞く連中じゃあ無いし――」
「――空繰パンドラを使いたいのでごぜーます」
「――――」
 ざんげの口にしたのは『神託の少女』が為すべき使命に障る――逆を向く言葉だった。
 彼女は特異運命座標の活動を以って『確定的破滅(Case-D)』に抗う可能性(パンドラ)を蒐集する。
 七罪を冠する大魔種との戦いも、混沌の国々の――人々の不幸を正してきたのも全ては彼女のそんな使命の為だったに違いないのに。
 以前に止むを得ず『空繰パンドラ』を使用した事はあったが、それはあくまでローレットの主導によるものである。
『どれだけ願ってもこの空中神殿から一歩も動かなかった女が、自発的意思で使命の逆を行く』なんて。
 嗚呼、全く――こんなものはうんざりする程に聞きたくなかった言葉そのものではないか!
「『空繰パンドラ』はオマエの使命そのものだろ?」
「はい」
「神託の回避の為だけにオマエは居るって言ったじゃあないか」
「はい」
「俺だってあいつ等は心配だよ。援護してやれるもんならしてやりたいさ。
 だが、オマエの風の吹き回しはどういう――」
「――本来なら、ローレットの皆さんに尋くのが筋だとは思うですが……
 不安定になったベルゼーの波動は、彼が既に浸食されている事を示しているです。
 ……今すぐに動き出さなければ、もう間に合わなくなるです」
 ……俺は嘘が上手い自信があるが、この時ばかりは近くに鏡が無い事に感謝した。
 果たして。果たして――
 ローレットの長たるレオン・ドナーツ・バルトロメイはこの時一体どんな顔をしていただろうか?
 上手にローレットの仲間を思いやる顔を出来ていただろうか?
 どんな時でも飄々とした不良だけど頼りになるギルドマスターの顔をしていられたのだろうか?
 ……俺の顔をじっと見つめるのはそんな機微を絶対に理解しない不感症の女だけ。
 それは幸いだ。少なくともこの女は理解しないだろうから。
 今、この瞬間――目の前の。腐れ縁の男がどんな気分でここに在るかって事実には、絶対に思い当たらないだろうから。
「レオン?」
「――分かったよ」
 縋るざんげの調子に、感情的な色を認めればぞわぞわと背筋を舐め上げる宛先のない怒りが明滅した。
 特異運命座標の事は信頼している。感謝もしているし、彼等が仲間なのは間違いない。
 故にこれは――この不出来にして理不尽な感情は、彼等とは全く関係のない理由を端緒にしている。
 クソガキが幾分か歳を取って覚えた『一番』が物の道理の区別だと言うのなら、全精力を傾けてこの難所を潜り抜けるのは大人の義務だ。
「全く――」
 攪拌された激情のスープを少しばかりも零さないように、慎重に。ゆっくりと俺は言葉を選ぶ。
「――俺はローレットのオーナーだ。オマエが言う通りなら『空繰パンドラ』の使用には賛成するさ。
 特異運命座標(あいつら)も緊急事態なら文句は言わないだろうし――まぁ、責任は俺が取ればいい。
『特異運命座標でもない俺はその為にここに居る』」
「ありがとうでごぜーます!」
 やはり見た事も無い調子で表情に光を灯したざんげに俺は温く笑う以外の術を持たなかった。

 ――なあ、オマエはそんな顔をした事があったか?

 たったの二十年じゃあ足りなかったか。
 それとも俺に『可能性』が無かったのが悪かったのか。

 ――これは『使命』の絶対より重要だったか。
   全く関係ないとは言えないにせよ、オマエを感情的にまでさせる事だったんだな。

 そうしたくて、出来なくて。
 四季は何度も無意味に過ぎ去ったのに。
 俺もオマエも互いが誰より特別で、その癖何一つ交わる余地さえ無かったのに。
「……………遅いんだよ」
「……?」
「こっちの話。俺はオマエの『お願い』なら大抵何でも聞いてやるさ」
 今更何かを願うなよ。
 気楽に願ってくれるなよ。
 風車に挑んだ騎士をこんなに馬鹿にしてくれるなよ。
 不感症のお姫様は今日も何にも分かるまい。
 微睡みのファム・ファタルは襤褸の気持ちなんてきっと永遠に理解しまい――

 ――なあ、ざんげ。オマエは俺に。何かをお願いした事があったっけ?

 ※『黒聖女』マリアベルの『無慈悲な呼び声』を空中神殿のざんげが『空繰パンドラ』発動で阻害したようです……!
  代わりに空繰パンドラの現在値が100000低下しました……

 ※ヘスペリデスの最奥――ベルゼーへの道が切り開かれています。
 ※冠位暴食討滅戦『フイユモールの終』が始まりました――


 ※『双竜宝冠』事件が新局面を迎えました!
 ※豊穣に『神の国』の帳が降り始めました――!

これまでの覇竜編シビュラの託宣(天義編)

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