PandoraPartyProject
黒聖女
「ねぇ、イノリ」
終焉の跋扈する影の城。
人類には決して未踏の領域で黒の聖女は物憂げな原罪にそう語り掛けた。
「『貴方が何を考えているか、当てて見せましょうか』」
美しい女の声は蠱惑的な艶を含み、破滅的に毒々しい。
かつて清楚そのものだったその音色は極上致命のファム・ファタルを思わせる――まるで魔術そのものだ。
「当たるかな?」
「当たりますとも」
玉座の原罪は『かつて』と同じように聖女と言葉を遊ばせる。
同じ意地悪でも過去と違うのは――彼女に冷え冷えとした悪意が存在する事だけだ。
それは語り掛けたイノリに対してのものではない。
『彼女は全く。今、ここに在る事自体を呪っているかのようだったから』。
「貴方は――子供(ベルゼー)が信じ切れないのでしょう?」
「……………」
「彼は優しい。全く『七罪に産まれ落ちた事そのものが間違いだった』。
まさに最悪の権能である『暴食』の暴走に、フリアノンを、愛し仔を巻き込めるのか――
不測の事態が起きないのか。これまでの――頼りにならない子達の二の舞を踏まないか、憂いている」
「敵わないな」
饒舌な毒花のマリアベルにイノリは思わず苦笑を漏らした。
最早、宿敵と呼ぶ他無い特異運命座標(ローレット)はこの戦いにも強い関わりを持っている。
実にお節介な事に世界中の何処が滅びかけても、駆け付けてみせる彼等が驚異的な末脚で幾多を救済してきたのは既知の事実だ。
神託を前にその成就をより確かなものにする為には『滅びのアーク』を満たす必要があるというのに、積み重なったのは延命の為の可能性(パンドラ)ばかりではないか。
「ベルゼーが日和れば、貴方の望みは叶わない」
「……そうかもね」
「実際の所、『暴食』を防ぐ事は困難でしょう。
しかし『困難位で成し遂げられない連中なら、この状況に到る筈も無かった』。
ひよこの頃のローレットにベアトリーチェは敗退しなかったし……
まさか、七罪最強のバルナバスは負けなかったでしょう?」
むしろ愉しそうに言うマリアベルにイノリの表情は浮かなかった。
彼は彼女が何を言おうとしているかを察している。
そしてそれは彼にとっても余り嬉しい事ではない。向き合いたい話ではない――
「『私が、何とかしてあげましょうか』」
「それ来た」とイノリは溜息を吐いた。
「ベルゼーは優し過ぎる。あまりに人間的過ぎるわ。
だから、私が『呼び声』を彼にあげる。彼が彼らしく――『暴食の冠位のように』。
無駄に苦しまずに済むように。為すべき事を為せるように――囁いてあげます。
そうしたらイノリの願いは叶うし、終わってしまえば――彼も諦めがつくというものでしょう?」
マリアベルは原初の魔種ではない。
さりとて人間時代からイノリと渡り合える程の傑物は――文字通り人類圏最強最高の『聖女』は原罪が『約束』を叶える為に全力を以って封じなければならなかった『怪物』だ。
七罪さえも逃がさない黒の聖女の『浸食』は、成る程。ベルゼーの問題の殆どを解決してしまう事だろう。
「どうする? イノリ」
「……」
「私は別にどちらでも良いのだけれど。
『貴方の優先順位は何が一番上だったのかしらね?』」
イノリは目を閉じ、瞼の裏に一人の女の姿を描く。
彼女の姿が零落したマリアベルに重なった。重く、深く、そして硬質に。
「……分かった」
――君に任せる。
「ふふ。そう言うと思ったわ」
華やかに笑ったマリアベルの姿がイノリの目前から消え失せた。
彼女はベルゼーを『浸食』し、話をずっとシンプルにするだろう。
酷く無慈悲に、酷く凄惨に。
「ああ――」
天を仰ぐ。
「我が子を信用出来ない親にはなりたくなかったな」
イノリの言葉は些かの自嘲に満ちていた。
独白は心からの言葉である。或る意味での痛恨であり、『懺悔』であった。
それはそう――本当に。かつて神に『失敗作』とされた自身をも呪う行為に他ならなかったから。
※何か『致命的な予感』がします……
※ヘスペリデスの最奥――ベルゼーへの道が切り開かれています。
※冠位暴食討滅戦『フイユモールの終』が始まりました――
※『双竜宝冠』事件が新局面を迎えました!
※豊穣に『神の国』の帳が降り始めました――!
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