PandoraPartyProject
消えない傷、消えない光
俺は死なない。俺は無敵だ。
俺は負けない。俺は最強だ。
そのはずだ。そのはずなんだ……。
覇竜領域は深部、ピシュニオンの森の更に奥。
ヘスペリデスへと進軍したローレット・イレギュラーズたちはついにベルゼーへと手をかけつつあった。六竜との戦いも本格的に始まり、その多くはローレット側の優勢であるという。
このまま行けば、彼らは最深部へとたどり着くだろう。
天義では未だにルスト勢力による神の国騒動が起こり、その波は海洋、幻想に続き練達や豊穣にまで及んでおりそれらの対応に追われている真っ最中だというのに。
天帝種『バシレウス』――六竜がひとり、霊喰晶竜クリスタラードは地面に降り立ち、よろぼうように歩く。
そして痛みにこらえるような顔をして、胸を押さえた。
自分がいま何をしたのか、思い出して。
この胸にもう傷はない。切り落とされたはずの腕もこの通りだ。自分にダメージらしいダメージは残っていない。虎の子の水晶体は壊されたが、それだって時間さえかければ、時間さえ……。
「時間だと……?」
思わず呟いた言葉に笑いがこみ上げてきた。
時間は今まで稼いできたはずだ。それを使って、力を取り戻して、ゴミ人間共をなぎ払って、また悠々自適に暮らす。そのはずだった。そのはずだったのに。
「なんでだ! なんでだ! なんでだ! なんで連中は追いかけて来れた! なんで立ち向かってくる! 俺は竜だぞ! 天帝種『バシレウス』だ! 逆らったら死ぬ存在! 絶対者! そうだろう! そうだろうが!」
地面を足で踏みつける。
その力のすさまじさに地面は耐えきれず放射状のヒビをいれ、ついには砕けクレーターを作って周囲に砂利を吹き飛ばした。
ぱらぱらと雨のように落ちる小石を浴びながら、クリスタラードの荒い呼吸は止まらない。
まるで落ち着く様子がない。
それも全て、脳裏に焼き付いた『傷』のせいだ。
そう、『傷』だ。
これまで自分を傷つける存在などいなかった。同格の竜たちでさえ距離を置き、下位のものなど頭を垂れ、それ以下の家畜はただの食い物でしかなかった。
それが当たり前で、そうすることが自然だった。
「どこだ? どこでおかしくなった……」
万事うまくいっていたはずだ。
自分は最強の竜で、そのはずで。
それが、どこかでズレた。
最初のズレは……確か練達を襲おうとジャバーウォックが言い出したときだったろうか。いや、厳密にはあの奇妙な町を蹂躙すると決めた時だ。
鉄の馬に乗ったゴミ人間どもが胸をつつくから、邪魔に思って蹴散らしてやった。それで終わりの筈だった。誰もが絶望と恐怖でこちらを見上げるいつもの光景になる筈だった。
けど連中は、違った。
キッとにらみ付ける瞳には光があって、その光には燦然とした意志があった。
本能が悟ってしまったのだ。
この意志を、殺せない。
この決意を、折れない。
この連中を、潰せない。
そう悟ったからだろうか。クリスタラードは退いてしまった。あの街から。
たしか当時は、どうせこれ以上壊したところで何にもならないからと考えたのだったか。それも、今思えば後付けの理由めいていた。
自分は……逃げ――。
「違う!!!!!!!!!!!!!」
気付けば膝を折り、地面を殴りつけていた。
大地のクレーターは更に大きくなり、震撼した大地がゴゴウと唸るように鳴る。
「俺は逃げていない! 俺は負けない! 俺は死なない! 俺は――!」
そして脳裏に光った。
彼らの――ローレット・イレギュラーズたちの目の光が。
振り払っても、吹き飛ばしても、殴り倒しても、どれだけ仲間が倒されても向かってくるあの決意の光が。
「うあ、あ、ああああああああああ!」
殆ど無意識だった。
無意識にクリスタラードは七つの水晶体を作り出していた。拳大のそれは誰をとりこめるでもない小さなもので、しかし妖しく光っている。
そのうちの一つを手に取って、まるで果実のようにかじりつく、ガガリとむりやり囓り取った水晶を呑み込み、更に囓る。
囓る、囓る、かみ砕いて飲み下す。
それを何度くり返しただろう。クリスタラードはその作業をくり返しながら――こう呟いていた。
「死にたくねえ……!」
本来他者を喰らい発揮するはずの機構を自らで喰らう。
その破滅的とも、狂気的とも言える行為は、彼にひとつの真価を発揮させた。
後戻りのできない、破滅への暴走と引き替えにして。
※覇竜にて、ローレットはクリスタラードを撤退させることに成功したようです!
※ヘスペリデスの戦いにおける戦況報告が届いています――!
※『双竜宝冠』事件が新局面を迎えました!
※豊穣に『神の国』の帳が降り始めました――!
※練達方面で遂行者の関与が疑われる事件が発生しています――!
これまでの覇竜編|シビュラの託宣(天義編)
トピックス
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